二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1784474879647.png-(143688 B)
143688 B26/07/20(月)00:27:59No.1450695355そうだねx1 02:16頃消えます
その日はラヴズさんが皆で勉強会をしようと声をかけてくださり、栗東寮のお部屋で参考書を広げていました。
ラヴズさんは自分のいる場所がどこであろうと、そこを明るく彩ってしまう薔薇のような方です。勉強は確かに捗ったのですが、ケーキを囲んでの世間話はそれ以上に捗ってしまいました。私が以前に差し上げたアスターのお花が配信で大好評だったからとご馳走していただいたものだったのですが、ラヴズさんだけでなくほかのおふたりからも褒められ通しだと、うれしいのですがどこかむず痒くもなってしまいます。
勉強会がお開きになったころにはすっかり夜も更けて、美浦寮への帰り道は昼間の陽射しが嘘のように涼しい夜風が吹いていました。
外出届は事前に出していましたが、あまり遅くなっては明日の授業やトレーニングに差し障ります。早くお部屋に戻って眠ろうと、私は足早に寮に向かっておりました。
126/07/20(月)00:28:42No.1450695567+
ほとんどが灯りを落とした学園の窓の中で、いつも最後まで明るく光っている部屋を、私はつい目で追いかけてしまいました。
「…トレーナーさん、今日もこんな時間まで…」
仕事熱心な方だとは契約を結ぶ前から存じておりましたし、子供の私から忠告されるような立場でもないとはわかっています。けれどそれでも、あまり無理をして身体を壊してしまわないだろうかと、一抹の不安が過ります。誰かのために惜しみなく自分の時間を使う方だと、疑いようもなくわかっているから。
226/07/20(月)00:28:55No.1450695638+
トレーナーさんはきっと今も、私のためにできることを全てやろうとしてくださっているのでしょう。そう思うと、嬉しい思いと同じくらいに胸が締め付けられます。
私のために無理などなさらないでください、と申し上げるのは簡単なことです。けれど、きっとあなたはこう答えるのでしょう。
『大丈夫。辛くなんかないよ。
ブーケが頑張ってるから、できるだけ応えてあげたいんだ。今俺が頑張らないと、きっと後悔する』
どうしたらいいのでしょう。あなたの喜びが私の方を向いていることがたまらなくうれしいのに、そのひたむきさが眩しくて、目がずきずきと痛いのです。誰かのために一生懸命になれるあなたが好きだから、なおさら。

一心に太陽を追いかける向日葵に、もう頑張らなくてもいいと誰が言えるのでしょう。
「…あっ」
そう思うと、私にもできることがひとつ思い浮かびました。
お花はいつだって、人のこころに寄り添ってくれるものだから。
326/07/20(月)00:29:15No.1450695739+
「…ん〜っ…」
外の空気を目一杯吸いながら身体を伸ばすと、首や肩のあちこちから聞くに堪えない音が鳴った。やはり昨日は少し無理をしすぎたらしい。こういうときに身体のストレッチの方法を心得ていることが少し役に立つのは随分な皮肉だが、だからこそ疲労の溜まり方が誤魔化せる限界に達していることも理解できてしまう。
身体のことを思えば、ここで休んでおくのが正しい選択なのだろう。だが、今休んでも彼女のことをひとりでに考えてしまうような気がして、休める気がしなかった。
西の空に沈む太陽が目に眩しい。彼女が育てている花たちも、今日最後の恵みの光を一心に浴びていることだろう。
「…よし」
目を休めるがてら、少し庭に行ってみようと思った。今日を乗り切る最後の活力を、彼女の花から分けてもらうために。
426/07/20(月)00:29:31No.1450695807+
赤、白、黄色。大輪の芍薬から、小さなカスミソウまで。色とりどりの花たちが、今は茜色の化粧を薄く纏って一心に咲いている。
「…いつ見ても綺麗だ」
時々、自分に語彙がないのが悔しくなる。花を見る度に溢れ出しそうなくらいにたくさんのことを思うのに、結局口から出る言葉はいつも、綺麗というひとことだけだ。
育てている彼女の優しい笑顔を思い浮かべると、その献身に相応しい言葉をかけてあげられたらと、いつも思うのに。

「…よし」
言葉の貯金は、今すぐには増えそうにない。それに、言葉よりももっと確かなものを彼女に届けたくて、自分は今努力しているはずだ。そのための癒しをもらえたのだから、後は結果で返してあげればいい。
そう思い直して、温室の入り口に踵を返そうとしたとき、視線の端で何かが動いたように見えた。
「ん?」
何か大きなものを抱えて温室の裏手から出ていく人の姿が見えたような気がしたのだが、振り返ってもそこには誰もいなかった。
526/07/20(月)00:29:47No.1450695898+
窓の外の空が仄暗い赤紫色を残す頃に、トレーナーさんはお部屋に戻ってきました。
「お疲れさまです、トレーナーさん」
トレーナーさんが驚いたように目を見開いたのが、宵闇の僅かな明かりの中でもはっきりわかります。私がここにいるからだけでなく、私が携えてきたものに気づいたからでしょう。
「来てたんだ。
…それは?」
「サボテンの花です。
サボテンは、夜に花をつけるんです。月の光によく映えるような、大きくて白い花を」
どうしてもトレーナーさんに見せたくて、温室からここに持ってきました。
他の花たちが一日の務めを終えて眠りについた後に、夜の闇の中で誰よりも大きく花開く姿は、あなたにこそふさわしいと思ったから。
626/07/20(月)00:30:09No.1450696004+
何か聖なるものに触れるように、トレーナーさんは恭しくサボテンの花に手を伸ばしました。
「…俺のために、これを?」
「はい。トレーナーさんは最近、ずっと夜遅くまで頑張っていらしたようですから。
せめて、少しでもこの花が疲れを和らげてくれたらいいな、と」
一番星が上り始めた空を背に、今にも泣き出しそうにくしゃりと笑うその顔を、私はずっと忘れられないでしょう。
726/07/20(月)00:30:24No.1450696092+
デスクの上に広げていた資料とノートパソコンを、トレーナーさんはソファーに向かい合ったテーブルに移しました。並んで置かれた二人分のマグカップを見ていると、やっとトレーナーさんのそばまで来れたような気がして、なんでもない光景なのにひどく嬉しくなってしまいます。
コーヒーの香ばしい匂いと、サボテンの花の甘い香りが混じり合って、夢の中にいるような心地になります。薄明かりの中でトレーナーさんの濡れた瞳を見ていると、余計にそう思えてくるのですけれど。
「すごいな、ブーケは。
なんでもわかっちゃうんだ」
「そんな…できるかぎりわかってさしあげたいとは、思っていますけれど」
私の言葉を聞いて、トレーナーさんはどこかさみしそうに笑いました。優しく頼れる姿をたくさん見てきただけに、そんな表情を見るとトレーナーさんの心に少し触れたように思えて、ひどく胸の内側がざわつくのがわかります。
「…正直、ちょっと無理はしてた。でも、やりたくてやってたんだ。
もう、後悔したくないから」
826/07/20(月)00:30:40No.1450696170+
昼間の暑さが残る部屋の中が、少し冷ややかな空気で満たされたような気がしました。
「…えっ」
「前にさ。俺が君の担当をやめるんじゃないかって言われたとき、すごくびっくりした。
…本当に、そう思ってたから」
こんなトレーナーさんの姿に、私は見覚えがあります。
あの春の天皇賞の後に、いつまでもそばにいてくれると約束してくださったときでした。

あのときのトレーナーさんの言葉も表情も、私はいつでもありありと思い出せます。心の中の迷いを振り払うように力強く、君を独りになんてしないと、言葉にしてくださったことを。
「ブーケが悪いんじゃないんだ。俺の心が弱かっただけだよ。
もっと優秀で、実績のあるひとだったら、君を日の当たる場所に連れていってくれるんじゃないかって。君が勝てなかったのは君のせいじゃない。担当してる俺の力不足だって思いたかった」
私の涙を見て押し殺したかつての苦しみに、私は今、ようやく触れているのだと。
926/07/20(月)00:30:57No.1450696276+
トレーナーさんは、本当に立派な方です。だから、こうあるべきだと望む姿とかけ離れた心の内を教え子に覗かれるのは、ともすれば余計に苦しいことなのかもしれません。
「…でも、それは言い訳だ。本当は怖かったんだよ。
俺をずっと信じてくれる君の優しさに、これ以上笑って向き合える自信がなかったんだ」
けれど、それでも。
あなたの苦しみを、少しでも分かち合いたい。あなたの献身にふさわしい喜びを、私が届けてあげたいのです。
「…そんなことありません。
チリで登山をしたとき、苦しくて挫けそうになったとき、トレーナーさんから勇気をもらったんです。トレーナーさんが教えてくれたこと、私にしてくれたことを思い出したから、あの山を登り切れたんです」

うまく伝えられているかどうか、少し不安です。こんな気持ちになったのは、はじめてですから。
「…だから、もう何もできないなんて言わないでください。
あなたは私の、大切なトレーナーさんです」
伝えたいことが溢れて、止まらないなんて。
1026/07/20(月)00:31:08No.1450696339+
トレーナーさんは私の言葉を聞いて、また静かに笑いました。さっきまでのさみしそうな微笑みとは違う、大輪のダリアのような晴れやかな笑顔でした。
「大丈夫だよ。もう、そんなこと思ってない。
だからこそ、今は君のためにできることを精いっぱい頑張りたいんだ。もう、あんな思いはしたくないから」
張り詰めていたトレーナーさんの周りの空気が緩むのがわかります。それはまるで、私よりも口に出したトレーナーさん自身が、その言葉で楽になっているようでした。
「でも、それで君を心配させてたら元も子もないな。
ひどい顔してるな、隈も浮いてるし。明日はちゃんと休むよ」
1126/07/20(月)00:31:44No.1450696504+
そのあと、私は今日のお仕事をできるだけ早く終わらせられるように、しばらくトレーナーさんのお手伝いをしました。疲れているとは思えないトレーナーさんの手際のよさを見ていると、どれだけ役に立てたかは少し不安ですけれど。
「ありがとう、ブーケ。もうすぐ終わりそうだよ。
ごめんな、こんな夜遅くまで付き合わせて」
「ふふふっ、大丈夫ですよ。
今、なんだか少し楽しいんです。小さい頃にお布団にくるまったまま、夜ふかしして本を読んでいたときみたいな気持ちで」
ブーケも夜ふかしなんてしてたんだな、と笑うトレーナーさんの顔は、花を見ているときと同じ優しい笑顔でした。それを見ていると私の顔も綻んでしまうのも、花を見ているときと同じです。
でも、トレーナーさんの心をこんなに近くに感じたことは、初めてです。
1226/07/20(月)00:32:00No.1450696598+
「…俺もだよ。ブーケといると楽しいし、幸せ。でもちょっと怖いんだ。
ブーケは優しいから、甘えちゃいそうになる。支えてあげたいって気持ちと同じくらい、駄目なところも曝け出しちゃいそうで」
罪を告白するようにトレーナーさんはそう言ったけれど、私はその言葉を聞けて、うれしかったのです。
「…いけないことなんかじゃないと思います。
私もたくさん、トレーナーさんに不甲斐ないところを見せてきましたから。でも、トレーナーさんはいつも、それに優しく向き合ってくれました」
やっと、本当にあなたの心に寄り添ってあげられるような気がしたから。
1326/07/20(月)00:32:14No.1450696677+
どんなに辛くても我慢して、教え子のために尽くす。それはきっと、とても立派なことなのでしょう。
けれど、そうあろうとするあなたを見る度に、誇らしいのと同じくらい悲しかった。私はあなたを苦しめることしかできないのだろうかと、ずっと思っていたから。
「これからもつらいことはきっと、たくさんあるかもしれませんけれど。
きっと一番つらいのは、つらくてもそう言える相手がいないことだと思うんです」
だから、そんなあなたが少しでも、あって当然の苦しみを吐き出してくれることが、今はひどくうれしいのです。あなたを癒す一輪の花に、やっとなれたような気がして。
「…だから、トレーナーさんが辛い思いをしていたら、私も一緒に向き合って、乗り越えてあげたいんです。
トレーナーさんが、そうしてくれたように」
1426/07/20(月)00:32:27No.1450696747+
トレーナーさんはゆっくりと、静かに話し始めました。溢れ出す言葉の中から、話してもいいことを慎重に選ぶように。
「…もし迷惑じゃなかったら、もう少しここにいてくれないかな。レースとか、トレーニングのことじゃなくてもいい。友達のこととか、花のこととか、何でもいいから。
ブーケと、話していたいんだ」
それは初めて聞いた、トレーナーさんのわがままでした。
「…はい…!」
その小さなわがままを叶えてあげられるのが私であることが、こんなにもうれしいなんて。
1526/07/20(月)00:32:46No.1450696845+
お仕事が終わってパソコンをしまった後も、トレーナーさんも私もさよならを言えなくて、一緒の毛布にくるまったまま並んでソファーに座っています。サボテンの花はそんな私たちの前に、舞台に立つように凛とした姿で佇んでいました。
「サボテンの花なんて、初めて見たよ。こんなに大きくて綺麗な花なんだな。
それに、すごくいい匂いがする」
その花を撫でるトレーナーさんの瞳が頑張った子供を慈しむように優しくて、自分が褒められたわけでもないのに嬉しくなってしまいます。
「蕾が弛むと、花を見なくても匂いだけで咲いていることがわかるくらい、このお花は強い匂いを出すんですよ。
育てたのは初めてでしたけれど、綺麗に咲いてくれてよかったです」
そのまなざしが少しも変わらずに今度は私をまっすぐ捉えると、あっという間に心臓がうるさくなるのがわかります。
「…ブーケは、花にも人にも元気をあげる天才なんじゃないかって、しょっちゅう思うんだ。
ただ上手に育てるだけじゃなくて、育ててくれた気持ちに応えたいって思わせてくれるような、そんな不思議な力があるのかもって」
1626/07/20(月)00:33:05No.1450696941+
どうしてなのでしょう。
乾いた土が水を吸い込むように、トレーナーさんの言葉は私の心に深く染み込んでいきます。
「花がそんなこと思ってるかどうかなんて、誰も分からないけど。
…でも、そうだったらいいなって思うんだ。俺が、誰よりもそう思ってるから」
「…っ…!」
あなたを輝く舞台に連れて行く。ただそのために頑張っていたはずなのに。
──あなたのそばで、もっとそんな言葉を聞いていたい、だなんて。
「…本当、ですか。
私も、トレーナーさんに勝利以上のものをあげられるんですか」
「もう、とっくにもらってるよ。だから頑張れるんだ。
ただ支えるだけじゃない。君と一緒に同じものを見ていられる自分でいたいって」
1726/07/20(月)00:33:20No.1450697013+
献身の苗だけを植えたはずの花畑に、いつの間にか咲いていた違う色の花。
その色があんまり鮮やかで切ないから、切ってしまうのが惜しくなってしまったのです。
「あのとき、ちゃんと言えてなかったな。
俺を見つけてくれて、頑張る理由をくれて、ありがとう」
──好き。
あなたのことが、好き。
1826/07/20(月)00:33:34No.1450697080+
寮の部屋に戻ったあとも、夢を見ていたような感触が拭えません。その夢の続きをもう一度見たくて、一緒にくるまっていた毛布にすがるように抱きつきました。
毛布を抱きしめると、あの甘い香りがまだ仄かに残っています。私も、トレーナーさんも、きっと同じ匂いを纏っているのでしょう。

そんな甘やかな夢の中を漂っていた私の意識は、携帯の着信で現実に引き戻されました。メッセージの送信元があのひとだとわかると、微睡んでいた頭が一気に目覚めてゆきます。
『今日は本当にありがとう。しっかり寝ます。
明日も一緒に頑張ろう』
あれは本当にあったことなのだ、と。
やっと、あのひとの心の中に居場所を作ることができたのだ、と。
1926/07/20(月)00:33:44No.1450697122+
サボテンのあの白い花を、どうか瞼に焼き付けていてください。
「…はい。
おやすみなさい。私の、トレーナーさん」
何度夜が来ても、あなたの心で咲いていたいから。
2026/07/20(月)00:35:11No.1450697555そうだねx2
おわり
お互いに相手のことばかり想い合っているふたりがずっと一緒にいたいという欲に目覚めるのをずっと見ていたいだけの人生だった
2126/07/20(月)00:35:26No.1450697624+
2226/07/20(月)00:38:19No.1450698456+
お互い眠そうな顔で同じ匂いさせてるんだ…
2326/07/20(月)00:38:23No.1450698471+
好き…
2426/07/20(月)01:33:23No.1450712877+
いい…
2526/07/20(月)01:41:29No.1450714449+
サボテンの花言葉は枯れない愛…つまりそういう事だね?
2626/07/20(月)01:43:31No.1450714798+
花束を受け取れ
お前にはその資格がある


1784474879647.png