「お姉ちゃん……だよね?」 都内、午後三時。 インターホンが鳴る。 「……誰ですの?」 ソファに寝転がったまま、ダイヤは面倒そうにスマートフォンを置いた。 昨日の飲み会の空き缶がテーブルいっぱいに散らかり、灰皿には吸い殻が残っている。 ドアを開けると、キャリーケースを持った少女が立っていた。 「お姉ちゃん!」 「……ルビィ?」 高校を卒業したばかりのルビィが、嬉しそうに笑って飛び込んでくる。 「大学見てみたくて来ちゃった!」 「連絡くらい寄越しなさいな……。」 そう言いながらも、ダイヤは少し照れくさそうに笑った。 「まあ、上がりなさいですわ。」 部屋へ入った瞬間。 ルビィの笑顔が固まった。 床には酒の缶。 テーブルには食べかけのピザ。 ソファには男物のパーカー。 灰皿。 煙草の箱。 玄関には見覚えのないスニーカーが何足も並んでいる。 「…………。」 「…………。」 長い沈黙。 「お、お姉ちゃん……?」 ダイヤは頭を掻いた。 「昨日ちょっと人数多かっただけですわ。」 「これ全部……?」 「うちのサークルの連中ですわね。」 ルビィは言葉を失う。 高校時代、家の掃除一つにも厳しかった姉。 「部屋は常に整えておきなさい。」 そう言っていた人と、目の前の光景がどうしても結びつかない。 「ダイヤー。」 奥の部屋から男が一人顔を出した。 「お、妹さん?」 「そうですわ。」 「こんにちはー。」 気さくに手を振る男に続き、さらに二人。 「もう起きてた?」 「コーヒーある?」 「腹減ったー。」 まるで自分の家のように話しかけてくる。 ルビィは思わずダイヤの後ろへ隠れた。 ダイヤはそんな様子に苦笑する。 「大丈夫ですわ。」 男たちへ向き直る。 「この子、わたくしの妹ですの。」 「へぇー。」 「似てるじゃん。」 「かわいいね。」 その一人が冗談交じりに、 「じゃあ今度飲み会にも――」 と言いかけた瞬間だった。 ダイヤの表情が少しだけ変わる。 「それは却下ですわ。」 いつもの軽い口調のまま。 しかし声だけは妙に真面目だった。 「ルビィはまだ未成年ですもの。」 「酒は二十歳になるまでダメですわ。」 男たちも「りょーかい」と肩をすくめる。 ダイヤは続ける。 「あと。」 少し笑って、 「わたくしの大切な妹ですの。」 「この子にちょっかい出すのは、まだお預けですわ。」 「怖っ。」 「シスコンじゃん。」 「当たり前ですわ。」 笑いが起きる。 その場は冗談めいた空気だった。 けれどルビィは、そのやり取りそのものに息を呑んでいた。 男たちがコンビニへ出かけると、部屋は少し静かになった。 ルビィがおそるおそる口を開く。 「お姉ちゃん……。」 「何ですの?」 「その人たち……そういう話を普通にするの?」 「まあ、あれくらい普通ですわね。」 ダイヤは冷蔵庫から炭酸飲料を取り出す。 「別に悪い人たちじゃありませんもの。」 「でも……。」 「ルビィ。」 ダイヤは笑った。 「東京なんてこんなものですわ。」 その言葉は昔の黒澤家で育ったダイヤなら、決して口にしなかっただろう。 「最初はわたくしもビックリしましたけれど。」 缶を開ける。 「案外、細かいこと気にしてる方が疲れるんですの。」 「遊びたい時は遊ぶ。」 「飲みたい時は飲む。」 「付き合いも大事。」 「人生、そんな肩肘張らなくても回りますわ。」 どこか吹っ切れたような笑顔。 ルビィはその笑顔が、以前知っていた姉とは違って見えた。 帰り際。 玄関で靴を履きながら、ルビィは振り返る。 「……お姉ちゃん。」 「何ですの?」 「帰ってきて……。」 小さな声だった。 ダイヤは少しだけ目を丸くする。 そして困ったように笑った。 「難しいお願いですわね。」 「こっちの生活、案外楽しいんですもの。」 「でも。」 そう言ってルビィの頭を優しく撫でる。 「あなたまで同じことをする必要はありませんわ。」 「ルビィはルビィらしく、ちゃんとしていなさい。」 その言葉だけは、昔の姉と変わらなかった。 けれど、部屋に戻ったダイヤは散らかったソファへ腰を下ろし、友人から届いたメッセージを見て口元を緩める。 「今日も飲み来る?」 ダイヤは迷いなく返信した。 「行きますわ。昨日の店、まじで良かったですもの。」 送信ボタンを押す姿を、玄関の外からルビィは見ていない。 ただ、エレベーターの扉が閉まる直前まで、部屋から聞こえる笑い声だけが静かに廊下へ漏れていた。