二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1781967552397.png-(151023 B)
151023 B26/06/20(土)23:59:12No.1441887863そうだねx1 01:25頃消えます
苦しい。
最初に感じたのは、それだった。

ジリジリと、焼ける陽射し。熱い砂浜。気付けば俺は、そんな場所にいた。
やけに呼吸が苦しい。浅く、薄く、そして息が詰まる。そっと、口元に手を当てて――俺は、理解する。

口を覆うのは、忘れもしないあの“マスク”。場所も時も、ああ。忘れることはできない、まさしくあの日だ。
周りには、誰も居ない。ウマ娘たちの活気の溢れた声など、存在しない。あるのは、夏の陽射しと冷たく波打つ海と、肺をキリキリと締め付けるこの薄く極限の空気。

『――スタート』
パンっ。
俺のよく見知った声が響いて、手が打ち鳴らされる。その言葉に従って、俺は走る。

走る、走る。
途端に、息が上がる。呼吸が乱れて、喉がカヒュと鳴り、肺が潰れる。
126/06/21(日)00:01:07No.1441888523+
「ゴっ、こひゅっ――! ガッはっ」
脳が悲鳴を上げる。ただ、すこし走っただけで、この有様だ。
でも、それでも、その足を止めるつもりは無い。どんなに苦しくて、息ができなくなり、脳も肺も悲鳴を上げても。――俺に、足を止める資格など、存在しない。

「っゴぇっ」
一際大きなナニカが、俺の口から吐き出されたような感覚があって。
――グルリ。
視界が、真っ暗になる。グラと身体が揺れ、そうして力が抜け落ち、ボス、と全身に衝撃が響く。

「――――……」
気付けば、俺は砂浜に立っていた。先程までの、真っ暗だった視界はどこへやら。最初と同じように、陽射しと灼熱の砂浜と低酸素。

『スタート』
また、俺の声がどこかから響く。そうして、走り出す。
苦しい。苦しいけれど、今度はまだ、苦しいだけ。走る、走る。
226/06/21(日)00:02:33No.1441889135+
走って、走って、苦しんで、走って。
全身から、気味の悪い汗がぶわと吹き出して、脳は警告を鳴らし続けて、心臓は暴れまわって。
それでも、頭のどこかは冷静で、まだ苦しみに呑まれてはいなくて。だから、自分の走る力がヒトのそれでは無いことにも、気付いた。

はは。どこまでもこの世界は、あの日の写し鏡らしい。
自嘲するみたいに、苦しみの中の冷静な自分が思う。
あの日、俺が彼女に与えてしまった苦しみを、なんの因果か彼女の走りも含めてその全てを、今俺はこの身に受けることができている。

ザザンと、波の音が強く脳に響く。
そういえば――海の中に潜ったこともあったな。

「ガッ、こヒュッ――ゴホッがァ! ォエっ」
行き場の無くした空気が強制的に排出され、眩む頭の中が、そのまま自分の胃の中を滅茶苦茶にしようとして。
足りない、足りない。空気が、酸素が。肺が、悲鳴を上げるように求める。
海の中で、溺れるみたいに、この苦しみを再現しようとした自分の愚かさを笑われる。その程度では無い筈だ、分かっていた、分かっているつもりになっていた。
326/06/21(日)00:03:53No.1441889608+
しかし、実際に今体験して。そんな自分の行為に何の意味も無かったと分からされる。だって、こんなにも苦しいのだから。何を分かった気になろうとしていたんだ。

「がっヒュっ、ごぇッ――ガっあ」
決定的なナニカが壊れたような音がして、足が止まりそうになって、それでも俺は脳の警告を無視して、より強く足を踏み出す。
「っ――ぁ」
そうして、ぐらりと身体が歪んで、倒れる。
意識が、急速に遠のいて、どこか暗く深い所へと呑み込まれていく――。“死”。脳裏に過ぎった一文字を最期に、俺の意識はそこで途切れた。

――――
また、俺は気付けば砂浜に立っていた。息は、苦しい。
終わることはない。限界すらも、死すらも、止めることはない。永久の苦しみ。
今、自分の身に刻まれる全てが、俺がビリーヴに強いてしまった苦しみであり、あり得たかもしれない末路だった。

それが、どれだけ苦痛で、恐ろしく、残酷なものだったか。俺は、今ずっと、感じている。あの日から、ずっと。この考えは脳に焼き付いて離れることは無かった。
俺はどれだけ彼女に苦痛を与えてしまったか。それがどれだけリスクのあるものだったか。
426/06/21(日)00:04:58No.1441889983+
後悔は無い。あってなるものか。俺はビリーヴと最高の仕事をやり遂げる為に、この選択をした。
その末に、俺とビリーヴは最高の仕事ができた。結果は伴った。間違いでは無かったと、胸を張って言える。
……けれども、それだけが全てでは無い。どんなに結果が伴って、互いに後悔は無いと言ったって。どれだけ正しいという論理を言い聞かせたって、俺の脳にはあの日崩折れるビリーヴの姿が焼き付いて離れることは無いのだ。

だから、俺のこの何年も抱えたままの罪悪感を、今この場で焦がれるように追い求め満たそうとすることを、どれだけ愚かで無意味な行為だと理性では分かっていても、止めることなどできないのだ。

――そうして、俺はまた砂浜に立つ。
いつまでも、いつまでだって、この世界が続く限り。彼女の苦しみにこの身を浸すことができるのなら、何度だって。走りだそうと。
スタートを告げる、冷酷で非情な“あの男”の声を待っていた、その時。

「…………トレーナー、さん?」
「……え」
よく見知った声が、俺だけのこの世界に響いたのだった――。
526/06/21(日)00:06:25No.1441890533+
――――――
「……なるほど。どうやらここは、夢の世界のようですね」
「あ、ああ……恐らく。……けど、どうしてビリーヴ、君がここに?」
俺から話を一通り聞いてしばらく考え込んだビリーヴが、やがて一つの推察を立てる。それには俺も同意だった。けれど、分からないこともある。
今、目の前にいるビリーヴは、どう考えても本物のビリーヴだ。夢の中の鏡像などではなく、確かにそうだと、俺には分かった。
ならば、何故? そう彼女に尋ねると、またビリーヴはすこし考え込んで、それから口を開いた。

「……僕は、つい先程眠りについた所でした。ここに来る前の記憶では、そうです。なので……僕もまた、夢を見ているのかと」
「つまり、俺と君の夢が繋がってしまった、ということか……?」
「恐らくは」
坦々と、彼女は答える。
そんな不思議なこともあるのか、と。どこか夢見心地のようなふわふわとした気持ちで思う。……いや、実際夢を見ているのは確かなのだろうが。

「……ところで、トレーナーさんは何をしていたのですか」「……えっ、と」
ビリーヴは、一度まぶたを閉じると、それからまぶたを上げじっと俺の方を見つめ、問い掛けてきた。
626/06/21(日)00:07:30No.1441890953+
それは、疑問……などでは、無いだろう。彼女の眼差しにはそんなものは含まれていない。言うなれば、厳しさを含んだもので。
何をしていたのか。それは咎めるような言葉だった。

「…………」
じっと、見つめられる。静かに、でも、硬く。見つめられ続ける。……そんな彼女に、己の愚かな行いを誤魔化すことなどできる筈も無いだろう。
そうして、一つ、また一つと、俺は己がこの世界で何を思い、何をしてきたのか、自分の愚かさをビリーヴにこぼしていった――。

「――……なるほど。そうですか」
「……すまん、ビリーヴ」
静かに、俺の話を聞いていたビリーヴは、またしばらく、静かに考え込んでからそうこぼした。
そんな彼女に、俺はただ謝ることしかできなかった。

「――僕は」
ビリーヴが、静かに、でも確かな言葉で切り出す。
「……僕は、あのトレーニングを、後悔なんてしていません。貴方も、分かっていますよね」「……ああ」
726/06/21(日)00:09:01No.1441891482+
「あのトレーニングがあったから、あの過酷な夏合宿があったから、僕は限界のその先に辿り着けた。僕は最高の仕事ができた。なので……僕は、あのトレーニングを誇りに思っています」
ビリーヴは、すこし目を伏せた後、それでも俺の目をしっかりと見て、確かにそう言った。
彼女の瞳に、偽りや同情など無い。それは事実なのだと、静かにだが雄弁に語るような眼差しだった。

「ですので、トレーナーさんが罪悪感を覚える必要は、ありません。僕はあの日のトレーナーさんの判断は正しかったと、確かに信じていますから」
「……ああ、そうだな。その通りだ……すまない、ビリーヴ」
ビリーヴの言葉に、俺はそう応える。そして、謝罪する。
……俺のこの罪悪感は、俺が勝手にそう思っているだけだ。ビリーヴは、一度だって責めたりはしなかった。
むしろ、俺がこの罪悪感を抱えること自体を窘めるくらいだ。

ビリーヴは俺がこうしていることを、心よく思わないだろう。俺が勝手に罪悪感に苛まれ、苦しみを、罰を受けようとすることを、良しとは思わないだろう。
826/06/21(日)00:11:12No.1441892257+
彼女は初めから、俺を許している。分かっている。そんなことは。自分がどれだけ愚かしく正しくない行為をしているかは、痛いくらいに。だから、ただ謝ることしかできなかった。

「……それでは、トレーナーさん。帰りましょうか。……この場に、いつまでも長居するのを、僕は良いとは思えませんし」
「……ああ、そうだな。それが、正しい……こんな夢、早く醒めるべきだ」
「………………」
彼女の、正しい言葉に促され。俺はふうと息を吐く。……そして、俺はこの夢から醒める為に、その象徴たる己の“マスク”をはぎ取ろうとして――。

「……トレーナーさん」
ビリーヴの一言に、止められる。

「……どうしたんだ、ビリーヴ……?」「……その」
聞き返しても、彼女の言葉数は少なく。……けれども、迷いながらも言葉を選んで、彼女は静かに確かに、言う。

「トレーナーさん、醒めたく……無いんですよね?」「……え」
ドキ、と。心臓が跳ねる。
926/06/21(日)00:13:00No.1441892950+
「……顔を見れば、分かります。それくらい。……貴方が、その……罪悪感にまだ向き合っていたいって、そう思っていることくらい」
「それは……。…………すまん」

彼女の言葉は、俺の心の中の芯を捉えていた。だから、押し殺そうとしていたその心を暴かれて、ただ……謝罪する。
「……いえ。その、僕は……やっぱり、トレーナーさんを責めようとは思わないです。トレーナーさんが罪悪感を覚える必要もなければ、罰を受けるべきとも思いません」
ビリーヴは、坦々とそう告げる。その言葉に、自分は別の罪悪感を覚えて、だから謝ろうとするが、けれど――と、彼女は続ける。

「けれど、……トレーナーさんがそう思ってしまう気持ちも、分かります。トレーナーさんが、僕のあの気持ちをよく分かってくれてるみたいに、僕だってトレーナーさんが自分を苦しめようとする気持ちを、理解しています」
「……ビリーヴ」
「……なので」
そう言って、ビリーヴは――どこからともなく、黒いマスクを取り出す。

「ビリーヴ……!? それはっ」
「……はい。低酸素マスクです」
そう告げて、ビリーヴはそのマスクを装着する。
1026/06/21(日)00:14:18No.1441893386+
「っ、ビリーッがっ! っっ」
声を上げて止めようとして、呼吸が乱れる。
息が苦しくなりながら、しかし俺は彼女を見る。

「……っ、わ悪かった、俺が悪かったから、早くそれを取るんだビリーヴっ……!! こんな夢なんてすぐ辞めるから、だから――っう」
声が荒げれば、呼吸は乱れて息が詰まる。苦しい、だがそれ以上に、彼女にまたあのマスクを着けさせるなんて、許されないことを――。

「……トレーナーさん。……貴方がこのマスクを着けて、あの日の苦しみに触れたいというのなら……僕も、このマスクを着けます」
「それ、は……っ」
「……トレーナーさん、僕の目を、見てください」
そう言って、ビリーヴはこちらをじっと見つめる。肺が痛む中、暴れる頭の中をどうにか堪えて……俺は、彼女の瞳を見る。
こんなことをさせてはいけない、俺は辞めなければいけない。そう思っていた俺の心を、ビリーヴは――その眼差しで、制した。

その瞳には、咎めるものなど、何処にもなかった。
ただ、じっと。真っ直ぐに、俺を見つめていた。
1126/06/21(日)00:16:24No.1441894133+
「……トレーナーさんが罪悪感に苛まれて、この苦しみを味わっていたいのなら。……僕も、その苦しみを、味合わせてください」
「い、いや……そんな」

「……トレーナーさん。貴方が、あのトレーニングを僕に課したことを、罪だと思うのなら……僕だって、同罪です。僕は、貴方にあのトレーニングを課させてしまった。僕の、罪です」
「っ……!! そんなことはっ――かッぅっ」
思わず声を上げようとして、息がつんのめる。それを、ビリーヴはそっと制して、俺の呼吸を落ち着かせようとしてから、告げる。

「――僕だって、同じです。あの日、僕は止まろうとしなかった。最高の仕事をする為に、速く走る為に、止まろうと思えばできたのに、それでもその先を求めようとした。
……だから、トレーナーさんはこのマスクを使ったトレーニングを考えてくれた。僕にトレーニングを課した。……そのリスクのある厳しいトレーニングに対しての、すべての責任を、僕は貴方に背負わせてしまいました」
「それは……俺は、トレーナーだから……っ」
1226/06/21(日)00:18:35No.1441894918+
「……はい。あの時の僕は、担当で、教え子で、学生で。あの時のトレーナーさんは大人で、指導者で……だから、すべての責任を一人で背負った。
……覚えてますよ、トレーナーさんが世間から非難されたことも。それを何とも無いと言ったことも。……僕は、その時なんにも力がなくて、すべてトレーナーさんに責任を負わせてしまったんです」

「違う、そんなことを気にする必要は――!」
「ええ、正しくありません。……トレーナーさんと一緒です」
そう、彼女に言われて、ハッとする。
……彼女の告げたその罪が、本質的に自分の抱えたそれと同じということに。

「……僕も、貴方も。互いに許しています。けれど、それでも自分自身が許せない罪があるのなら――貴方が、その罪に苦しんで罰を望むというのなら、僕だって」
「――ビリーヴ……」

「……だから、僕はこのマスクを着けるんです。貴方が苦しみを味わいたいなら、僕も一緒に苦しみを味わいます。……一緒に走りましょう、トレーナーさん」
そう言って、ビリーヴはそっと手を差し伸べる。その言葉に、胸がぐっとなって。
1326/06/21(日)00:19:41No.1441895323+
……本当ならば、ともに堕ちていく選択は正しくない。ともに苦痛の中に身を投じるなど、バカげている。
……だが、それでも。心は強く惹かれていて。

彼女の手を、そっと取り、握る。
これは、エゴだ。自罰を求め、その果てにビリーヴが苦しむことになったとしても、それでもあの苦しみを味わいたいというエゴ。
それが、彼女とともに同じ苦しみを分かち合い、味わうという形で。……ビリーヴがそのエゴを赦してくれるというのなら。
愚かな行いで、無意味であっても、それでも。赦されるなら――。

「……良いのか、ビリーヴ」「ええ。……それに」
ビリーヴは、すこし躊躇いがちになりながらも、言葉を続ける。

「……どうやら、この世界でなら、トレーナーさんと同じスピードで走れるみたいなので」
「……あ、確かに」
そう彼女に言われて、気付く。そうだ、今の俺にはヒトではない、ウマ娘の走力があった。
このどこまでも都合の良い悪夢の、秘められた恩恵にすこし驚きつつ、なるほどと思う。
1426/06/21(日)00:20:41No.1441895656そうだねx1
「……トレーナーさんと一緒に、走る感覚も、あの苦しみも、二人で分かち合えるのはその……嬉しい、ですから」
「そうか。……そうだな。……じゃあ、走ろう、ビリーヴ」
「ええ、ともに」
――そうして、俺とビリーヴは低酸素マスクを着けて、砂浜に立ち。やがて、見知ったあの日のスタートを告げる声とともに二人、駆け出すのであった。
走る喜びも、課した罪も、終わらない自罰の苦しみも、赦されたエゴも、ともに、二人で分かち合って――。
1526/06/21(日)00:22:05No.1441896130そうだねx1
おわり
罪と罰を分かち合うのもひとつの愛
1626/06/21(日)00:38:23No.1441901188+
本編でも普通に入水しだすから危ういよねビリーヴのトレーナー
1726/06/21(日)00:39:55No.1441901592+
スレッドを立てた人によって削除されました
1826/06/21(日)00:41:41No.1441902047+
ビリちゃんのドスケベ二次創作もっと増えて…


1781967552397.png