演奏の終わり際、最後の一音――それを半音だけ上げるのが、二人だけの符丁。 決まってそれは、下界の混沌が――殊に色欲に纏わる事例の時に起こる。 多くの男とふしだらな関係を結んで誰とも知れぬ相手の子を産み捨てた女。 手当たり次第に若い女に乱暴狼藉を働き、妻子を泣かせてきたような男。 そんな色呆け共の頭の中の――魂の汚れを清めるのが、彼女たちの役目である。 天から遍く広がる音律は、欲に塗れた人々の心を、無垢なる赤子のそれに戻す。 己の悪徳を、罪を悔い、人としての真っ当な道へと戻すための清らかなる音楽は、 天界に座す、七音それぞれの守護天使たちによって奏でられるもので―― 当然の帰結として、彼女たちはその存在そのものが清くあらねばならない。 湧水が汚れていれば、どうして下流が清く澄むだろう? 演奏を終え、そのうちの一人が、己に割り当てられた領域へと供を連れて戻った。 年長の彼女は、演奏者から次の段階――音律を左右する指揮者に最も近い。 美しく、気高く、冷静で――だからこそ、彼女が音を間違えるなどありえないことだった。 さぞや気落ちの一つも――と、その顔を見たところで、そんな様子は露もなく、 むしろ頬は、何らかの期待と高揚に、乙女の赤を纏っているのであった。 視線は彼女の部屋の中、綿雲のような寝具の中心へと向けられている。 扉を後ろ手に閉めて、指揮棒で封鎖の魔法を掛けて――勢いよく、布の海に飛び込む。 それを優しく抱きとめるのは、何も柔らかな布とだけではなく――ごつごつとした男の腕。 彼の胸元に頭を擦り付けて甘えるその姿は、ほんの数分前の凛々しさが嘘のよう。 人の世の汚れを払うべき彼女が、人間界から男を連れ込んでいるだなんて。 これが露見すれば、昇格の話も霧散しよう。仲間からの敬意も、一切が失われよう。 けれど――その破滅的な想像に反して、彼女にとって彼は大切な存在なのである。 男の指が、彼女の桃色の髪にそっと沈む。よりいっそうその身は彼の体に密着し、 長く手触りのよい髪の束を手櫛が持ち上げれば、水色の光沢が差し色めいて艶めく。 自身の髪が、そうして艶々と空気の中に踊るのを――嬉しそうに彼女は見ながら、 視線を恋人の顔に上げて、無言で軽く唇を差し出す。頬をすっかり赤くして。 桃色の川から上がった彼の手は、彼女の頬にそっと添えられる。逃げ場を奪うために。 ほんの一瞬、空気を軽く吸って――ぷるりと輝く唇を、雄の荒々しき唇が貪った。 女の体は、びくん、びくん、と何度も震える。だがそれももう一方の手に捕らえられて、 彼女はただ、己の口内の空気と――唾液を、一方的に奪われるしかないのである。 そして空っぽになった口の中に、愛しい相手の呼気と、唾液とが押し戻されてきて、 舌と舌が境界線を見失うほどに、どろどろに、熱く、絡んでは重なり合う。 ちょうどその様子は、先程払ったばかりの煩悩に塗れた雄と雌の姿と同じ―― 堪えきれず、相手の背中に両手を回して、もっと、もっととねだる様まで同じなのだ。 互いの名を呼ぶことすらもどかしく、ほんの僅かの息継ぎだけを――しかしそれさえも、 無窮の別離のように思えてくるほどの、熱烈で、甘えた舌遣い。 ようやく二人の顔が離れた時には――彼女の肌の上には、いくつもの汗の粒が。 そのまま無言で、女は着衣を解く。豊かな胸が、ゆさり、と音を立てるかのようにこぼれ、 ほっそりとした腰と、胸に劣らずの肉付きの尻が、女性らしい曲線をそこに描き出す。 恋人が服を脱ぐ様子を、先に裸になった男はやはり無言で見守っていたが、 一枚、一枚と脱ぎ終えた服が微かな音を立てて床に落ちるたび、性器の角度は直角に近付く。 二人が裸になりきった後には、男の槍はほとんど彼の腹筋に当たりそうなぐらい反り立ち、 それを、妖艶なる淫魔は唾液まみれの唇を舐めながら、物欲しそうに見るのであった。 寝転がって、片足だけを上げて雄を誘うその淫靡さは、娼婦すら恐れおののくだろう。 はやく――と、唇の形だけで告げて、口付けだけで十分に蕩けた体を開く。 腿の肉に引っ張られた陰唇からは、とろりと発情しきった雌の臭いがこぼれていて、 そこに思いきり、待ちに待ったものをぶち込まれたのだから――ひとたまりもない。 一際大きな嬌声が、その喉から信じられないほど甘ったるい声色で奏でられた。 続けざまに二度、三度。腰を打ち付けられるのに連動して、より激しく。 そしてその声に負けぬ程に、股間からの水音は――ぐちゅぐちゅと淫らに艶めかしく、 彼女が本気でこの交合に溺れていることを、何よりも明確に示すのである。 腿に回された彼の手は、腰を打ち付けるごとにどんどんとその力を強めていって、 その圧力だけで、彼女は一度目の射精が近くなったことを悟る。 無論、自分自身の膣内もめちゃくちゃに掘り尽くされているのだから、限界が近く、 思いきり、雄の欲を子宮内にぶちまけられれば、溜まらず絶頂することも把握済みだ。 その瞬間が訪れるのを今か今かと待ちながら、女はくねくねと尻肉を動かして、 少しでも早く、彼が射精してくれるのを、心待ちにしているのであった。 どぽり、びゅぶりと粘ついた熱の塊が、勢いよく己の体の中を駆け上がってくる感覚―― 脊椎を通じて、全身が痺れるように心地よく、目の前が何度もちかちかと明滅する。 絶頂の津波に翻弄されて、ただ獣のように舌を突き出しながら吠えると、 男は目ざとくその舌に、自身の舌を絡め、容赦ない追撃を加えてくるのであった。 咀嚼しきれない刺激に、彼女の体は繰り返しびくん、びくんと震える―― 何度目かの交合ののち、最後の仕上げとして、彼女は恋人の性器の先に唇を当てると、 筒のように丸めた舌とすぼめた口にて、丁寧に汚れを掃除していく。 清めるのが仕事の彼女は、そんな奉仕にも随分と熱が入るようで、夢中で舐めしゃぶる。 最後に、口腔内に満ちた白い塊を彼に見せながらゆっくり嚥下し――甘い時間は、終わる。 あまり長々と男が彼女の部屋にいれば、仲間たちに悟られる危険性が高まる。 部屋の外の様子を慎重に探って、天使の下僕達の詰め所に戻る彼の姿を見ながら―― 彼女は思うのである。この関係を、こんな隠れた形のままにしたくない、と。 その内心の、乙女の悩みを――一連の逢瀬を見ていた供は、肯定も否定もせぬ。 主が色に溺れて堕落しようか――そこに付き添うのが己の役目であるから、と。