(うーむ、持っている株の値がまた下がった) 今の緊迫した世界情勢を思うと諦めるしかないがやはり無念。 恐らくこれもボーリャックの謀略だろう。 「おのれボーリャック!」 あの男への殺意を新たにしながら、イザベルは証券会社からの取引報告書をゴミ箱に叩き込んだ。 ******************** 「まいどー」 (むう…この上がり方は如何なものか…) ハチロクのガソリンの給油を終えたイザベルは手渡されたレシートを見て顔を顰める。 レシートに記されたガソリン代を見ると、節約のためにハチロクの乗車を控えることをイザベルとしても検討せざるを得ない。 (いや、待てよ…) 思えば近頃聖騎士たちのハチロク絡みの不運が多い。サーヴァインはハチロクの運転中に王都警察に検挙され※1、クリストは運転中海に転落し危うく大怪我をするところであった※2。 恐らくこれも聖騎士の移動の足を奪おうとするボーリャックの陰謀に違いない。そう思うとイザベルの胸の内に沸々と怒りが湧いてくる。 「おのれ…ボーリャック!」 イザベルはボーリャックへの殺意を新たにしながら勢いよくアクセルを踏み抜き、ハチロクを急発進させた。 ※1 ハナコ、スナイプ、メトリの三名による違法改造が原因 ※2 マーリンとのチキンゲームによって。目撃者のハルナ曰く「両名とも全く減速することなく思い切り海へ飛んで行った」 ******************** 「イザベラ殿とクリストが大喧嘩…」 噂を聞いた聖騎士イザベルの顔に驚きが浮かんだ。ギルドでもっとも微笑ましいペアと特集されたこともある、クリストと彼の仲間の漆黒の勇者イザベラ。それはイザベルから見ても何とも初々しいカップルのようであり、イザベルも晩酌の時などつい二人の結婚式の想像を物語っては、用心棒として自分を雇っているヘルマリィに笑われたこともあった。 (あの二人が喧嘩とは…) イザベルは嘆息する。やはりこの混沌の世。旅を続ける彼等にかかる負担も激しく、二人の心を摺り減らしていったのだろう。それに気づけなかった己が恨めしい。 イザベルは改めて一刻も早くモラレル、エビルソード、そしてボーリャックを打ち取ることを心に誓うのであった。 「イザベラ様貴女はなんです?手を汚さずクラッカーを掴めるきのこの山の偉大さも認めない頑迷さで勇者と言えるのですか」 「そっか!クリストはきのこの山がたけのこの里に勝てる部分がクラッカーしか思いつかないから何とかの一つ覚えみたいに連呼してるんだね!かわいそ…」 「大変や大変や大変や大変や大変やたい(ry」 「オレは甘いチョコならなんでもいいぜ(ボリボリ」 ******************** 「ぐすっ……くっ…」 聖騎士イザベルは胸を痛める。あのサーヴァイン・ヴァーズギルトが泣いている場面を見てしまうとは。 自分の存在に気づいたサーヴァインは荒々しく目元をゴシゴシこすると、「しまった…」と顔を顰め慌てて立ち去って行った。 一人になるとイザベルはため息を吐いた。 以前はあのような関わりを避けるような若者ではなかった。もっと普通のどこにでもいる青年だった。聖都の崩壊が奴の心を閉ざしてしまった。 「せめて、自分には涙を見せてもよいだろうに…」 彼を変えてしまったエビルソードが、ボーリャックが憎い。改めて復讐を心に誓うイザベルであった。 「うっわ、ギル目と鼻が真っ赤。花粉症ってそんなに辛いの?」 「へくしっ……さっき目を擦ったから余計にキツイな……へっくしょんっ………クソっ、喉も痒い…!……スナイプ、お前の銃で俺の喉を撃って直ぐに回復したら少しは痒みが取れるか…?」 「いや物騒なこと真顔で言わないでくれる旦那!?」 「サーヴァインがボケに回るとは珍しいですね」 「……メトリ、なんのことだ?」 「失礼、本心でしたか。重症ですね」 ******************** 「…コージン殿」 「イザベル殿か」 かつての同胞、コージンとの再会に久々にイザベルの顔に笑みが浮かぶ。既に魔人化の事情は聞いている彼女は、コージンの姿にも特に気にする様子はない。コージンにはそれが有難かった。 「挨拶しなさい二人とも」 コージンの後方に控えてたシロとブラックライトが彼の声に前に出てきて元気よく挨拶をする。その可愛らしい光景にイザベルの頬が緩んだ。 「む?そういえばウラヴレイ殿は?」 イザベルの言葉にコージンは顔を曇らせた。 「…彼女は……遠い所(魔久里浜医療センター的な意味で)に行ってしまった」 「…そうでしたか」 「私が、もう少し(彼女の暴飲に)気を付けていれば…」 辛そうに話すコージンの背後で、ブラックライトとシロが気遣わし気にコージンを見上げている。こんなところにも悲劇は転がっていた。もし聖都が陥落していなければ彼は今もレンハートの第一王子だったであろう。それが今では異形化した身で宛てもない旅を続けている。 イザベルは三人の前途と、ウラヴレイの冥福と、エビルソードとボーリャックへの復讐を神に祈った。 「出してくれ~~一口でいいから酒おくれよぉ~~!!」 ******************** 「こ、これは違うんですイザベルさん!」 「は、話を聞いてくれイザベル!」 「貴様ら…」 青くなって後ずさるジャンクとミサを、青筋たてながらイザベルが詰問する。彼女の手にはBL漫画が握られていた。しかも…。 「なぜイゾウが裸で縛られてるのだ!しかも『俺のはしたない乳首を見ないでくれ…』などふざけた台詞を…!」 ばーんっと音が聞こえそうな声で叱責するイザベルに、慌ててミサが釈明する。 「ち、違うんです!これは、えーとえーと…そう、謀略なんです!」 「ボーリャックだと…?」 イザベルの眉がピクリと揺れる。勝機ありとミサが一気に畳みかける。 「はい!気づいたらこの本が置いてて、たまたま拾ったのをイザベルさんが目撃したんです!ですよねジャンクさん!」 「お、おお…そうだぜ!これはオレらの仲を裂こうとする謀略だぜ!ボーリャックだけに、なんちゃって…」 イザベルは憤怒した。なんという邪悪な男だボーリャックは。まさかこんな卑劣な策で我らの離間を企むとは。 「おのれボーリャック!」 「「ああっ」」 漫画本を投げ、瞬時に剣を抜き本を両断すると、消沈してる二人に「すまん」と詫びイザベルは去っていった。 ******************** イザベルは激怒した。危うくギルドの職員をたたっ斬りに駆けだすところだった。 「『スリップスさんギルドはお化け屋敷じゃないんですよ。仕事がほしいなら幾らでもテーマパークを紹介しますよ』って…、酷いと思いませんか!!」 「思うぞスリップス!!」 ギルドから門前払いをくらった、怒れるスリップスの身振り手振りが、姿が見えないのにイザベルにはハッキリと見えた気がした。 (このままではいけない…!) イザベルは危機感を募らせる。このままだとスリップスは洋館か廃城を彷徨うモンスターポジに収まってしまう。 恐らくこれも、聖騎士の活動を阻害しようとするボーリャックの姦計の一環に違いない。後手に回っている己の立場を痛感し、あの男を敵に回す恐ろしさに戦慄するイザベルであった。 ギルドに関してはその後、クリストとギルが「ゴブリン(ヴリッグズ)とロボ(メトリ)がよくて、ゴーストが駄目な理由を教えてもらおうか」と談判した結果、あっさりギルドに登録できた。 やはり持つべきものは仲間である。様を見ろボーリャック。 「皆さんには足を向けて寝られませんな!まあ私もう足ないですが!」 ******************** セクハラ、アルハラ、パワハラ…。世の中にはこんなに多様なハラスメントがあるのかと、資料を眺めながらイザベルは感心すら覚えた。 切欠はイザベルがクリストにイザベラとの仲を「もう結婚した方がいいんじゃないか」と(願望を込めて)揶揄ってた時だった。 最年少のゾルデがビシッとイザベルを指をさして叫んだ。 『それ、ハラスメントです!』 『なん、だと…』 ゾルデの指摘からハラスメント知識のアップデートの必要性を覚えたイザベルの鶴の一声で、聖騎士たちのハラスメント研修会が開かれていた。 イザベルが顔を上げると、聖騎士最年少ということで白羽の矢が立った、講師担当ゾルデの作成したハラスメント資料を、聖騎士たちが難しい顔しながら読み込んでいる。 イザベルは内心彼らに頭を下げる。こうやって聖都が崩壊した後も同胞の絆を大切にしてくれていることは感謝の言葉しかない。だが、その絆が閉鎖的な空気を生んだり、内輪ノリで度を越した干渉が起こらないよう気を付けないといけない。 「フキハラとはなんだ…復讐者が不機嫌で何が悪い…」 「音ハラって言われてもよぉ。オルァァァン…」 心当たりがあるのか、ギルとジャンクが資料を読みながら苦い顔をしている。 「ふふっ、ラブハラとはいい言葉を知りました。僕たちへのちょっかいへの対策になります。…方言ハラ。ジュダさんを護るためにもきちんと学ばなくては。…ロジハラ。マーリンに少し強く言い過ぎましたか…?」 クリストは熱心に赤ペンを入れながら何やら百面相をしている。 「なんだよオワハラって就活のことかよ」 「終活のことかと思いましたな。まあ私たちもう終わってますが!」 はっはっはっと故人トークでイゾウとスリップスは盛り上がってる。何と豪胆な奴らとイザベルは呆れを通り越して感心した。 コージンはアルハラの項目とにらめっこしながら難しい顔をしている。「医療センター」と時々呟くのが何とも恐ろしい。 パワハラの項目を読みながら心中思う所があるイザベルも己を戒める。自分も含めて体育会系のノリが強い聖騎士はハラスメントには鈍い所があるのも事実。 ボーハラ;ボーリャックハラスメントの事、と書き加えながら深く自戒するイザベルであった。 ******************** 「…もう……見つからないかも……」 「…諦めんな……ッ!……」 「…ッ………見つかんな……」 イザベルは遠くからゾルデを眺めていた。落ち込んだ様子で俯くゾルデを、イゾウとジャンクとスリップスが励ましている。 言葉は聞き取れないが恐らくゾルデの師、ゾルデルの件だろうと、イザベルは推測する。 彼女は気づいてないだろうが師の名誉のため、悪評を幾ら浴びようとも探索を続けるゾルデにイザベルは心から敬意を抱いていた。 イゾウ、スリップス、ジャンクは皆優れた人格の騎士。自分が出る幕はないと判断したイザベルは踵を返す。 ゾルデの主張では恐らく師は魔王城にいるらしい。ならば己は彼女の行く先に立ちはだかるボーリャックをはじめとする魔王軍を斬り捨てるまで。 「旅が終わる前にいい感じのPTは見つからないかもしれないんですよぉ……」 「諦めんなよ!オレたちにも急にいい感じのPTが結成できるかもしれないだろぉぉん!?たぶんよぉ……」 「同陣営とずっといるってなんかクラスの組み合わせでペアが見つかんなかった的なアレを感じるよなぁ」 「私幽霊、ボロボロマント、騎士と属性盛沢山なのになんでPT組めないんでしょうか?」 ******************** 物価高、環境問題、年金問題、獣害被害、少子高齢化……。社会問題の大半でボーリャックが暗躍していることは周知の事実である。 イザベルは資料室で調べ物をしている、自分の雇い主であるヘルマリィをこっそり見守る。 どうも今日は彼女の表情が優れない。新聞の記事を見つめながら何度も嘆息をしている。それも当然のことだ、とイザベルはヘルマリィの内心を思いやる。 彼女は世界の平和を願い日々活動を続けているが、ヘル家の女とはいえ一介の魔族にできることはあまりにも少なく、また小さい。 だが、ただの騎士であり、今は用心棒でしかない自分が彼女のためにできることはさらに少ない。せめて一刻も早くこの物価高を鎮めるためにもボーリャックを斬らねば。 リビングで見つけた高級マドレーヌとフィナンシェを一口で頬張りながら、決心するイザベルであった。 「9-6-8…?15番人気なんて誰が買えるんですか…!こんなの当てられる人トータルで負けてますよ!!」 ******************** 『明らかに避けれる技をわざと受けてるのが変。ダイブ技の前なんて、自分から受けやすい位置に転がってるし。それに、悪役のセコンドのあからさまな誘導にレフェリーが引っかかってるのギャグでしょ。関節技、何十秒もかけてるのに決め切れないのっておかしい。余程下手か非力かでしか説明できない。あの筋肉は見せ筋?最後に、場外乱闘の時のレフェリーって、あれ何のために存在してるの?まとめると不自然さを感じて楽しめなかった』 子供故の、あまりにも正直で残酷な、忌憚なきシロの批評は、彼女を初めてのプロレス観戦に連れてったコージンの心をこれでもかと抉った。 その晩コージンは枕を涙で濡らした。 今日シロはウラヴレイと格闘技観戦に出かけている。『やっぱり総合だよね』という言葉を残して。 「なるほど…」 コージンに悩みがあると知り、彼のテントを訪れたイザベルは腕を組んで唸った。 「まあ、年を取れば考え方が変わることがあるかもしれん。済まんな、平凡な助言しかできなくて」 「いや、それだけでも有難い。サーヴァインは『パイルバンカー普及促進委員会の会合がある』と都合がつかなくてな…」 (ギルめ、逃げたな) 『プロレスの派手なパフォーマンスは性に合わなくてな…ボクシングはわかるが』 コージンのことを相談してきた帰り際に、ギルが愚痴った言葉がヒントだったと気づいたが、最早後の祭り。 正直言えばイザベルも「タッグマッチって明らかに格の低い選手が混ざってると、それでもう結果大体わかっちゃうよね」とか思ってしまうタイプ。どのようにコージンに声を掛けるべきか悩んでいた、その時だった。 「僕、好きだよプロレス。受けの美学って感じで」 それまで黙々と酒やつまみを運んでたブラックライトが口を挟んだ。 「ライト…お前というやつは…!」 「うわっ」 感極まったコージンがライトに抱き着いた。PTの麗しい絆を微笑ましく見ながらイザベルは思う。頑張って生きていれば、きっと理解者はどこかに出てくるものと。 ……たとえ明らかにライトの発言が気を使ったものだったとしても。 きっとクリストもボーリャックの悪を理解してくれるに違いない。「飲んだら頃す」と書かれたウラヴレイ秘蔵の酒瓶を傾けながら、イザベルはそう確信した。 その晩、イザベルはアイアンフィンガー・フロム・ヘルでボーリャックからベルトを奪取する夢を見た。 ******************** 気ぶりマスクの正体はボーリャックである。その噂を知った時イザベルの全身の血が滾った。 「ヘルマリィ殿!私とリングに立ちましょう」 ヘルマリィはリビングに現れるなり叫んだ護衛の言葉に、飲んでた紅茶を思い切り吹き出した。 「おお…なんというミスト。準備は万全でしたか」 「待って待って待ってなんでそうなるのです」 「おっと、これは説明不足でした」 イザベルの説明によるとボーリャックがマスクマン、気ぶりマスクとしてレンハートマンホーリーナイトのタッグパートナーとしてタッグリーグに挑むとのこと。ならばイザベルも何としてもリングに上がり、あの男を討たねばならない。ついでに奴に与するコージンも。 「少しでも当たる回数を増やそうということで、クリストはマーリン。ギルはスナイプと組んでの参戦が決まってます」 「そ、そう」 「女子はジャンクはミサ殿と組んでの参戦が決まりました!後は私にいるのはヘルマリィ殿くらいしかいないのです」 「ちょっと待ったぁ!」 思わずヘルマリィは絶叫した。 「確かゾルデ、って子がいたでしょ?あの子でいいですよね!」 「あの子にプロレスは可哀想です」 「私は可哀想じゃないと!」 その時ヘルマリィはふと彼女の言葉に違和感を抱いた。 「そういえば、女性陣はなんで同胞同士で組んでるのですか?」 「あの二人は…聖騎士の外で良く関わってる冒険者が思い浮かばなくて…」 「可哀そうに…ってそうじゃなくて!」 他者を同情してる場合じゃないことに気づいたヘルマリィが話を戻した。 「私には無理です!プロレスなんて見たこともないんですよ」 「大丈夫です。私が5秒で考えた必殺技があれば大盛り上がり間違いなしです。その名もヘルマリィボーリング!」 「私の頭をボーリング玉にするつもりですね!!」 焦れったくなったイザベルが右手でヘルマリィの頭を掴み、左わきにヘルマリィの体を抱え玄関に向かい始める。 「さあ行きましょう!新たな戦場が私たちを待ってます!」 「そ、そういう役回りはヘルノブレスだけで十分です!私はバラドル路線はごめんです!」 「ふふ、待ってろよボーリャック。いや気ぶりマスク!客の歓声と悲鳴がオーケストラ、そして10カウントがお前のレクイエムだ!!」 「たーすーけーてー!!」 ******************* 「ありえへんやろ…」 イザベルから頂戴したハラスメントの資料を睨みながらジュダが呻く。 変だと思っていた。近頃イザベラとクリストの仲を、二人の関係を自分の楽しみも兼ねて後押ししようとしても、「それ、ラブハラ!」と二人から注意されることが多かったのだ。 「だが仕方がない。これが世の流れだ」 「恋の応援の何が悪いんや…」 天を仰ぐジュダを痛ましげにイザベルが見つめる。 「恐らくこれもボーリャックの謀略に違いない」 「どういうことや?」 イザベルはジュダに説明する。ボーリャックは以前からクリストとイザベラに接近しては、「抱けー!」「もう付き合っちゃえよ!」とはやし立てたらしい。 そして今のラブハラスメントにつながる。つまり…。 「ボーリャックはイザベラはんたちを揶揄ってラブハラ地獄に二人を置き続けたっちゅうことやな…!」 「うむ!そして私たちの健全な二人の見守りも迂闊にできんようにした」 二人は怒りに震える。なんと悪辣な計略を考えるのだ。許すまじボーリャック! 「必ずあの男を誅す!二人の子供を見るためにも!」 「新郎新婦の衣装を仕立てるウチの夢の邪魔は誰にもさせへんで!」 ******************* 「貴女が最後の希望なのです。力を貸してください!」 膝に付くのではという位頭を下げて懇願するアズライールに、しかしイザベルは無言で首を横に振った。 「なぜなの!」 「騎士が、男が一度やると決めたことだからだ」 「お前もアイツを見届けてやってくれ」と告げると、一瞬顔を歪めるが、結局何も言わずアズライールはすごすごと帰っていった。 人の気配が去ったのを確認すると、それまで厳しい顔つきをしていたイザベルの表情に笑みが浮かぶ。 (ギルめ、ちゃんと仲間が出来ているではないか) 聖都が滅ぼされた後に再会したギルの姿は、かつてとは一変していた。荒み切り中々他者に心を開かない彼に、皆心を痛めていた。 だが、それでも彼女のようにギルを仲間と受け入れる者がいる。それは彼女にとって好ましいことだ。 しかし、彼を大事に思うあまりギルの決意まで遮るのは宜しくないだろう。 「仲間の理解が得られないならせめて私が奴の生き様を見届けてやろう。うん!」 ウキウキと剣部門のパンフレットを眺めながら、アタッシュケースに札束を積めるイザベルだった。 「まずいわ!イザベルさんから説得してもらうどころか逆に背中を押されちゃった!」 「畜生ッなんてこった!旦那を諭してもらうつもりが藪蛇になっちまったか…!」 「ふっ…、やはりイザベルはお前らよりも、俺の事をわかっている…」 「でも無理よ!武器展示会のパイルバンカーのPRスタッフに、愛想と言葉数と表情筋が死んでるギルが参加するなんて!」 「サーヴァイン、やはり辞退しましょう。優れた冒険者は不利な戦場を避けるもの。戦略的撤退は恥ではありません」 (心外!) 「イザベル、その現金パンパンに詰め込んだアタッシュケースを持ってどこにいくのですか?」 「へ、ヘルマリィ殿!?こ、これはボーリャックを倒すための投資で…」 「ほぉ~~う、面白い。それでは前回も前々回も全く同じことを言って買ってきては、倉庫の肥やしとなってるいい感じの剣について説明してもらいましょうか!」 ******************* 「ヘルマリィ殿!お助けください!」 帰宅するなりリビングの扉を壊さんとする勢いで突入してきたイザベルに、ヘルマリィは飲んでいた紅茶を吹き出した。 「ゴホッゴホッ、何なのですか急に…って、わぷっ!?」 咳き込みながらイザベルを睨んだヘルマリィが、突如突進してきた黒い塊に頭をタックルされた。 「ああやめなさいギル!それは私の雇い主だ!」 「な、なんなんですか…」 ギル(?)に愛用の帽子を噛まれながら周囲を見渡すと、他にも何頭かの小さな獣がリビングを走り回ってる。 混乱から立ち直ったヘルマリィがよく確認すると、イザベルが連れ帰ってきたもの、それは犬だった。 「…で、どうしてこうなったのです」 ゴールデンレトリバーに頭をペロペロされながらヘルマリィがイザベルに理由を尋ねる。汚れを拭かないまま居間を走り回る犬たちで、高価な絨毯が台無しになったことは諦めることとした。 「実は、とあるダンジョンでボーリャックを追跡中に…」 『待てーーーー!』 『ふっ、待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる…おっと目の前に怪しい魔法陣が!』 イザベルたちはボーリャックを追跡中に魔法陣トラップに引っかかってしまった。 『ぬわーーーーーー!!』 辛うじてイザベルはジャンプでよけたものの、後続の同胞たちは続々魔法陣に引っかかってしまったのだ。 魔法陣の光が消えるとそこには…。 『ワンッ』 犬がいた。 『おのれぇ仲間たちを罠に嵌めるとは…!許さんぞボーリャック!』 『え、俺も知らない罠だしさっき注意するよう言った……ははは!そうだ俺の策だ!』 仲間を放っておくこともできず、高笑いして去っていくボーリャックを歯ぎしりしながらイザベルは見送るしかなかった。 「ちなみに、今ヘルマリィ殿をペロペロしてるゴールデンレトリバーがクリスト。先程一番乗りでヘルマリィ殿にタックルしたバーニーズがギル、キャンキャン吠えてるパピヨンがゾルデ。テーブルの上に飛び乗ってる躾のなってないシーザーがイゾウ。今私の脛当てを齧っているシェパードがジャンクです…たぶん」 「そ、そう…」 気を取り直してヘルマリィがどう力を貸してほしいのかと尋ねると、イザベルはバッと平伏して叫んだ。 「元に戻す方法がわかるまで、ここで彼等を飼わせてください!」 「なん、ですってー!?」 ヘルマリィの絶叫に応えるように、ギルが「ワンッ」と元気よく吠えた。 ******************* 二人でやるババ抜きほど虚しいものはない。そう思いながら暇つぶしにクリストの手札からババをイザベルが引いた、その時だった。 「つまんねえ時間の潰し方してんなぁ」 「む、マーリンですか」 「ご名答」 イザベルは剣を握りながら立ち上がりかけたが、クリストはトランプから目も逸らさないまま正体を言い当てた。 スーッと姿を現すマーリンをじろっとイザベルが睨む。 (年長者としての威厳を損なったではないか!) 丁度いい、この男にはイザベルも常々一言言ってやりたいと思っていたところ。クリストと二人でこいつに説教をしてやるか。 そんなイザベルの思惑も知らずマーリンはトランプの誘いをあっさり乗った。 さて、どう切り出してやろうか。イザベルは心中ほくそ笑んだ。 「スペードの3、おめえのジョーカーは死んだな」 「え、そのルール初耳です」 「あれ?おめえ知らねえのかスぺ3」 「階段と8切り、イレブンバックぐらいです」 「うっそだろお前縛りと革命返しも知らねえのか」 「革命返しはまあ想像つきますが縛りってなんですか」 「同じマークが連続で出されるとその後は同じマーク縛りがかかる…と言ってる間に俺上がりっと、お前都落ちだな!」 「また知らないルールが」 「1位が次1位以下になったらその時点で最下位決定になんのさ」 「なんですと!」 「やーいお前大貧民~」 「くっ…ふ、ふん清貧をモットーにしている聖騎士に大富豪は余計な称号です」 「あ?お前金が邪魔だと言いてえの?」 「そうは言ってませんが心を惑わせるものが金なのも確かです」 「だからおめえは駄目なんだ。金で幸せは買えないって人は嘯くけどな、そう言うのは金に困ってねえやつばかりだ」 「ですが、金を求めるあまり金の亡者になってしまっては」 「金で避けられる不幸があるならやっぱ金はあった方がいい。違うか?」 「…確かにそこは否定しません。なら、僕が代わりに払ったツケも貴方は当然払ってくれるんですよね」 「あーあ―聞こえねえなあ」 「忘れたとは言わせませんよ!あの時パンツ一枚で僕に泣きついてきた光景は!」 「うっせえ!あの時一番人気がゲートで立ち上がらなきゃ俺は勝ってたんだ!」 「どうだか。イザベルさんも一言言ってください!…イザベルさん?」 「…私がこの気持ちを味わう側になるとは思わなかったぞ」 今日味わった疎外感という苦しみもボーリャックにぶつけよう。そう思うイザベルであった。 ******************* クリストの楯がだいぶ限界が近いということで買い替えてあげようかと思ってるが、何かいい盾を知ってるかとイザベラから相談されたサーヴァインは、自信満々でカタログのとあるページを指さした。 『このランタンシールドがいい。攻防一体の盾というロマンあふれる代物だ』 十数秒ほどカタログと睨めっこしていたイザベラがゆっくりと顔を上げると、面目なさげに頭を下げた。 『ごめんなさい、今の話は忘れてください』 「酷いと思わないかイザベル…」 「あーそうかもな」 バーのカウンター席でイザベルは生返事を繰り返しながら、隣で悪酔いしているギルの愚痴を聞く。 (イザベラ、相談する相手を間違えたな) 変形武器とパイルバンカーを愛す男、ギルをヒーラー兼タンク役の防具の相談相手に選んだのが、そもそもイザベラの間違いだったといえよう。 「最近の10代は…」「アズライールめ自分の中二センスを棚に上げて」と呟き続けるギルの愚痴に意味も碌に聞き取れないまま頷きながら、この鬱憤もボーリャックへの復讐の剣の力にしてやろうと誓うイザベルであった。 ******************* 「また鍛錬かいイザベルちゃん?」 剣を素振りしているイザベルの所にギルの仲間の必中のスナイプが現れ、馴れ馴れしく声をかけてきた。 「鍛錬の邪魔だ。去れ」 「つれないなあ」 飄々とした態度を崩さないスナイプにイザベルのイライラが募る。こういう軟派な男はイザベルの苦手なタイプだった。 「相変わらず真面目だねぇ。ちょっとは肩の力抜いてもいいんじゃない?」 「抜いた結果がお前だと思うと抜く気も失せるな」 「キッツいねぇ!気に入った!でも、イザベラちゃん見て同じこと言える?」 彼女の名を出されてイザベルはキッとスナイプを睨む。怒声を辛うじて抑えたのはスナイプの目に、戦場に立つときと同じような真剣な目の光を見たから。 「俺、前のあの子知ってるけどまるで苦行のような生き方して。それを変えたのってあんたの同僚でしょ?」 イザベルもかつてのイザベラを知っている。何かと自分を気に掛けるイザベラに不審を覚えて強く問い質したことがあった。 彼女の口から語られた過去は想像を絶するものだった。語り終えた時、イザベルは彼女を抱きしめて肩を震わせることしかできなかった。 スナイプはクリストのことを言っているのだろう。彼を見る時のイザベラの姿は、どこにでもいる、恋する乙女だった。イザベルも彼女の恋を応援している。最も、スナイプにそれを言う木はなかったが。 「イザベルちゃんもイザベラちゃんと同じで、自分を追い詰める不器用なレディって気がするんだよね。思い過ごしならいいけど」 「…ボーリャックを倒すまで、幸せなど求められん」 「それだよそれ!大望のためストイックに生きるのも大事だけどさ、ちょっとは心の糸を緩めないと体が持たないかもよ。どう?」 イザベルは考え込む。スナイプの言葉に頷くのも癪だが、イザベラの話題の後だと首を横に振るのも何となく罪悪感が湧く。 最後の抵抗に、イザベルは三つの条件をだした。 「一つ、気が変わったらすぐに帰る。二つ、割り勘にしろ。女だからと奢られるのは好かん。三つ、武器屋をデートコースに入れろ。この三つが守れるのなら、デートしてもいい」 「へ、ヘルマリィ殿!な、ナンパされてしまいました!明日デートの予定です!どうかお力をお貸しください!」 「お、おおおお落ち着くのですイザベル!こういう時は素数を数えるのです。7,14,21,28…」 「ヘルマリィ殿、それは七の倍数です…」 ******************* 「ヘルマリィ殿!お助けください!」 またもや大声と共にリビングに突入してきたイザベルに、ヘルマリィは飲んでいた紅茶を吹き出した。 「ゴホッゴホッ、何なのですか急に…ってあら?」 イザベルを咎めようとしたヘルマリィの動きが止まった、いや、固まった。 「お腹すいた」「イザベル、ここどこー?」「首無し女だー!」「こ、怖くないもん!」 イザベルの後からわらわらとリビングに入ってきた四人の子供たち。彼等をなんとかまとめようとしながら。イザベルは申し訳なさげな顔をヘルマリィに向ける。 「…イザベル、説明しなさい。なるべく詳しく」 『待てーー!』 『だから待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる…魔法陣トラップがあるぞ!』 イザベルたちはダンジョンに逃げ込んだボーリャックを追跡中に、またもや魔法陣トラップに引っかかってしまった。 『うぼあーー!!』 辛うじてイザベルはジャンプでよけたものの、後続の同胞たちは今回も続々魔法陣に引っかかってしまったのだ。魔法陣の光が消えるとそこには…。 『ここはどこー?』『お姉ちゃんだれ…?』『かっけえ剣だ!』『ここくらいよ…』 チビが4人そこにいた。 『犬化に続いて今度は幼児化か!二度も仲間を罠に嵌めるとは…!許さんぞボーリャック!』 『だから俺も知らない罠だと、はーっはっはっは!そうだ俺の策だ!』 まとわりつく子供たちにアタフタするしかないイザベルは、またしてもボーリャックを見逃すしかなかった。 「今回ボーリャックの罠にかかったのはクリスト、ギル、ジャンク、ゾルデの四人です。皆記憶も子供時代に戻ってます」 説明を終えるとイザベルはバッと平伏して叫んだ。 「元に戻す方法がわかるまで、ここで彼等を住まわせてください!」 「やっぱり…」 ヘルマリィは眩暈を覚えた。イザベルには同情するがヘルマリィも自身の手で子供の世話などしたことがない。どうしたものかと頭を悩ませているその時、クリストが泣きそうな目でヘルマリィを見つめているのに気づいた。 「頭だけのお姉ちゃん…お腹すいた」 突如 ヘルマリィの脳内に溢れ出した 存在しない記憶ーーー 「この子たちは私の生き別れの弟妹です。今思い出しました」 「ヘルマリィ殿!?」 ******************* 「陰謀論」とジャンクが呟いた時、イザベルに電流走った。 陰謀論。それはウァリトヒロイに巣食うイーンボウ、ボーリャック、ロン・ジャンの三悪人を指しているに違いない。 イーンボウは国政を壟断する奸臣であり、イザべラに対して「愛人にしてスモック着せて~」と公言する変態。噂話を聞いただけだがあの悪人顔ならさもありなん。 ロン・ジャンはロジカル語などというわけわからん話術で誤魔化しているが、話を聞く限りでは役割論理という人をまるでパーツのように扱う軍師。 そしてボーリャック。奴は度々ウァリトヒロイで目撃情報が上がっている。 ここでイザベルは一つの仮説に思い至り慄然とする。 (もしやボーリャックがクリストに幾度もラブハラ攻撃を仕掛けてきたのも、イーンボウにBSSさせてクリストの脳も破壊するためというロン・ジャンの策…!?) 一刻も早くボーリャックを斬り、奴の一味を失脚させねば。イザベルの焦りは募るばかりだった。 「なあミサ、陰謀論ってよぉ…イーンボウ×ボーリャック×ロン・ジャンのカップリング名みたいだよな…」 「ほぉ。予想外の組み合わせですが中々味わいのある……流石の慧眼ですジャンクさん」 ******************* 「どうしてボーリャックを憎むの?けじめ以外に理由があるの?」 ハナコの単刀直入な質問に重々しく頷いたギルは口を開いた。 「あれは…初めて仮面魔候と邂逅し、クリストにキレられた日だった」 「え、あの人キレる事あるの?」 「覚えておけアズライール、温厚な人がキレると怖いぞ」 「イ、イザベルさんがそういうなら」 『ボーリャック。決着は今は預けておく。だが、お前を許すことはないぞ…!』 『ああ、それでいい。俺からも一つ言わせてくれ』 『なんだ?』 『パイルバンカーは武器から外したらどうだ。白兵戦なら剣でいいし、接近戦で火薬使いたいならそれこそ散弾銃でいいだろ』 「その時俺は決めた…!こいつのどてっぱらにパイルバンカーで大穴を開けて、奴にパイルバンカーの偉大さを思い知らせながら地獄に叩き落すと…!」 (く、くだらな…イザベルさん、なんか言ってください!) 「わかるぞ!私もボーリャックと邂逅した時『剣の収集癖抑えろ散財やめろよ』って自分を棚に上げて説教してきたのだアイツ!許せん!」 「わかってくれたかイザベル!」 「畜生、この人もそっち側だったか!」 ******************* 「この最低レアがぁ!」 「アイエエエエエ!!」 サーヴァイン・ヴァーズギルトがリング外で魔術師マーリンの背を思いきりパイプ椅子でぶっ叩いた。その音に会場がどよめく。 「ギルめ、やるではないか…」 観戦に訪れた聖騎士イザベルは満足げに頷く。聖盾のクリストとの差別化をどうしようかと悩むギルに、『勝つためには手段を択ばないダーティなスタイルはどうだ』と提案したのは他ならぬイザベルだった。 渋るギルに笑いながら背中を押したのは彼の仲間の必中のスナイプだった。女の尻を追いかけてばかりの軟派な男だと思ってたが、少しはいい面もあるかもしれないとイザベルは多少評価を改めた。 (それにしても腹立たしい) 座面が吹き飛ぶ威力で、スナイプにパイプ椅子で脳天を叩かれるクリストを見ながら、心中でイザベルは歯ぎしりする。 気ぶりマスクことボーリャック&レンハートマンホーリーナイトに天誅を果たすべくリングに上がったのに、クリストもギルもボーリャックとは別ブロックになってしまったのだ。おまけにギルとクリストは同ブロックになりこうして潰し合っている始末。 イザベルにはわかる。恐らくこれもボーリャックの陰謀に違いない。 「おっ」 マーリンが一瞬のスキを突いてギルに金的(ローブロー)を決めた。悶絶するギルにすかさずマーリンはフランケンシュタイナーを炸裂させ、リング外に転がり落ちた所にクリストがプランチャで追撃を見せる。どうやら形勢逆転らしい。 「それにしてもクリストめ、中々の食わせ者を見つけてきたな」 誤爆や内輪もめをしたと思えば、急に抜群の連携を見せる。独特の空気感に相手チームどころか観客まで吞まれている。 (やはり試合を見ていると血が滾ってきて仕方がない。これも武人の性か) 「ヘルマリィ様、私たちは気ぶりマスクと同ブロック。必ずやあやつらに10カウントを奏でてやりましょう」 隣の席でなぜか病院にきたワンちゃんのように、プルプル震えているヘルマリィに決意を伝えると、イザベルは獰猛な笑みを見せた。     30分1本勝負 〇クリスト   サーヴァイン・ヴァーズギルト       VS  マーリン   スナイプ● 14分51秒 ノーザンライト・スープレックスホールド ******************* 「『直近のイベントだとボーリャックとすっかり和解した空気なのに、同PT編成の特殊ボイスだと未だに恨み骨髄な台詞を言っててなんか嫌です。ボイス更新してください』……知るかああああああ!!!」 ユーザーからのお気持ち文を読み上げたサーヴァイン・ヴァーズギルトが絶叫した。 今日は"シリアスなキャラへのフキハラ適用の除外を求める会"の開催日。聖騎士イザベル、審判の勇者イザベル、シーフのフレイ、ナタリア、聖騎士ゾルデと名だたるシリアスキャラが難しい顔してテーブル椅子に座っていた。 「『戦闘ボイスの更新がなかったかから、バレンタインチョコ持ちながら後ろ暗い台詞言うのはシュールすぎます』って…まあ、うん」 「『フレイの子供はいつ登場するのですか?』いやー、できないんじゃないかな…」 「『あのお辛い過去のナタリアのドスケベサンタ衣装はマジかと思いました』。別にいいじゃないですか今が幸せならイベントではじけても…」 魔剣の代わりにチョコ製の剣を持ったイザベル(妹)が何とも言えない顔でお気持ち文を眺める横で、フレイとナタリアが顔を見合わせてため息を吐く。 その時、頭を抱えて蹲ってたゾルデがバンッとテーブルを叩いた。 「皆さんはまだいいですよ…!私なんてっ私なんて……!」 わなわなと震えながらゾルデが叫んだ。 「師匠との決戦イベントがよりによって絶好の周回場所扱いなんですから!」 説明しよう。シナリオで深く関わる聖都勢はこのイベントでは経験値獲得量がUPするのだが、その中の一人、聖盾のクリストの聖属性の結界や防御魔法がアンデット属性で、おまけに低速なゾルデルに刺さる刺さる。 おまけにこの決戦は確定で腐聖女マリアンがサポートキャラに設定されてるため、クリストが結界や防御魔法を張る→ろくに動けないゾルデルにマリアンが聖属性の遠距離魔法でシューティング。 これだけで勝ててしまうため、瞬く間にユーザー間で周回方法が知れ渡り、今では(経験値、素材的な意味で)ゾルデル師匠と呼ばれ愛されキャラになっていた。 「まあ、皆辛い気持ちを抱えてるのだ。うん」 頃合いと見たイザベル(聖)がまとめに入る。 「皆、こんな時に言う言葉は?せーのっ」 「「「「「「なんもかんもボーリャックが悪い!」」」」」」 ******************* 「こんなのあんまりだよ!ナチアタねーちゃんが…可哀想すぎる!」 イザベルは激怒した。ツジカイの訴えに義憤を覚えざるを得なかった。二人の頭上ではナチアタ・コンナ―二が不安げに二人を見下ろしている。 『ア~~ップップッル!ナチアタお前はエロ過ぎて海外展開最大の敵アプ!せめて上半身の露出をもう少し控えろアプこの歩く18禁』 『子供の性癖を狂わせるのもいい加減にしてほしいアプねえ』と林檎頭の謎の紳士は最後に言い捨てて帰っていった。それからというもの魔物と一体化してしまった体を隠すように、ナチアタは森の奥に引っ込むことを余儀なくされている。 「恐らくこれも、ボーリャックの謀略に違いない」 ナチアタの実力を知ってるボーリャックの、彼女を封じるための陰謀に違いない。そう伝えるとツジカイは見る見るうちに憤りで顔を赤くさせた。 「許せない…殺してやる…殺してやるぞボーリャック!」 「ああその意気だ!ナチアタ、お前も世間の目など気にせず堂々と行動しろ」 先程までの悲し気な表情から一転、笑みが戻ったナチアタが嬉し気に何度も頷くと、彼女の豊満な胸がゆっさゆっさと揺れた。 「おっぱいでっか」 「おっぱいでっか」 ******************** 震えながらイザベルは無言で突き出したヘルマリィの手に、健康診断の診断結果を渡した。無言で診断結果を見たヘルマリィはイザベルを一瞥して呟いた。 「血糖値が随分高いですね」 そこからイザベルの地獄が始まった。糖質制限という名のおやつ制限。甘味に目がないイザベルにはこれは苦行に等しい。 「おのれボーリャックゥ…」 ボーリャックを呪う声も覇気がい。我慢の限界だった。 今日はヘルマリィは書斎に籠って何やら書き物をしている。その間に菓子を一つか二つ拝借してもいいだろう。 これはボーリャックを討つためのやむなき対価。心が大願を果たす前に萎びては元も子もない。そう理論武装しながら「聖騎士厳禁」と書かれた菓子が仕舞われている棚を開けた。 「あら♪珍しい所で会いましたねイザベル」 「………奇遇ですねヘルマリィ殿」 棚の中にヘルマリィがいた。正しくはヘルマリィの頭が。ということは書斎にいるのは胴体だけか。 「よく、わかりましたね私の狙いを」 「私は護衛に理解のある雇い主ですから…それでイザベル」 ヘルマリィの目が細められた。それを見たイザベルが思わず後ずさる。 「貴女はなぜ、ここの棚を開けたのですか?」 ******************** 「まさか、イゾウとジャンクが…」 イザベルが唖然としながらリングを見つめる。漆黒の勇者イザベラと偽勇者ユイリアに敗れたイゾウ&ジャンクペアがフラフラとリングを去っていく。 厳しい表情でマイクを握ったユイリアが語りだした。 「私は、マーリンの仲間のユイリア。私はとあるペアに悲しみを背負わされました」 愁いの溢れる美女の声に誰もが集中し、会場が静まり返る。 「その日は、マーリンと出会った記念日でした。私は二人でマーリンと祝おうと高級レストランを予約しました。…しかし、彼は用事があると断ったのです」 「えー!?」という会場に観客の声が響く。 「私は彼の用を知りたくて後を付けました。そして驚愕した!それはクリストとのタッグの結成記者会見だったのです!私はクリストを許せない!必ず決勝戦まで残ってあのペアを潰します!」 荒く息をしながらユイリアがイザベラにマイクを渡す。イザベラは静かに語りだした。 「私はイザベラ、クリストの仲間です。ううん、相方だと、私は思ってます」 「彼には因縁のある選手がいます。気ぶりマスクって言います」 イザベラが口惜し気に俯く。観客席から彼女を応援する声が聞こえた。 「彼からその人の事を聞いてから、私ずっとスタンバってました。なぜなら、私はクリストのあ、あ、相方だからっ」 気が昂ったのか、イザベラが言葉に詰まらせながら叫んだ。 「でも、あの人はそう思ってなかったみたい!クリストが選んだのはPTでも、同郷の人ですらないマーリンさんだった!私はマーリンさんが許せない!気ぶりマスクも、マーリンさんも私たちの手で倒します!」 演説を終えると泣きながらリング上で二人は抱き合う。二人の悲しみを理解した観客も二人に盛大に応援の声を捧げた。 「…クリストめ、やらかしたな」 言葉とは裏腹に、思わぬ強敵の出現に喜悦の笑みが隠せないイザベル。そんな彼女の横顔を見ながら「貴女当初の目的忘れてない?」という疑問が喉元まで出かかるも、結局怖くて聞けないヘルマリィだった。 「おいどーゆーことだよクリストあんなマイクパフォーマンス聞いてねえぞ!」 「え!?マーリンの仕組んだイベントとかじゃないんですか!?この展開!」 〇ユイリア   イゾウ(ミサ)●       VS  イザベラ   ジャンク 9分24秒 パワーボム→エビ固め ******************** チャーターした小船”謀略抹殺号”(命名者:イザベル)に乗って聖騎士イザベルと審判の勇者イザベルが船釣りをしている。 「釣れないね」 「うむ、どうやらボーリャックの邪念が我らの釣りを邪魔してるらしい」 話しながらイザベル(聖)はイザベル(妹)の釣竿を横目で見る。 その釣竿には釣り針の代わりに魔剣が括られていた。口笛を吹きながらリールを巻くイザベル(妹)にそっとイザベル(聖)が訊ねた。 「それ、楽しいか?」 「うん」 海中から魔剣がざばぁっと姿を現した。 『小娘、こんなことしても我に何の影響もないぞ、だからもうやめよ!もう海水はウンザリ』 「…えいっ」 力強くイザベル(妹)が釣り竿を振ると、勢いよく魔剣は飛んで行ってどぼんっ、と気持ちのいい音を立てて海に沈んでいく。海水漬けの魔剣の心中は察するが、イザベラの家に起こった悲劇を知った後だと同情する気にもならない。 「いい音だな」 「でしょ?」 その時、遠くからボートが猛スピードで近づいてきた。 『こらー!イザベル、家族会議から逃げないの!いい加減ソロ活動はやめてお姉ちゃんのPTに入りなさい!』 先頭でメガホン構えて怒鳴ってるのはイザベル(妹)の姉のイザべラだろう。どうやらあのスピードはクリストが支援魔法で漕ぎ手の力を強化しているらしい。 「おい、どうやらお前の姉が用らし」 「とうっ」 「…行ってしまったか」 イザベル(妹)が綺麗なフォームで海に飛び込むと、陸に向かってクロールで泳いでいく。瞬く間に遠ざかっていく彼女の後を追うように、魔剣も水中からイザベル(妹)を追っていった。 (呪具ってああいう風に持ち主を追いかけるのか) 勉強になったと感心しつつ、イザベル(聖)は自分の船を通り過ぎるイザベラたちの船に向け叫んだ。 「クリストー!今月のどこかで聖騎士たちで飲み会したいからあとで都合教えろー!」 遠ざかる船からクリストが腕をあげて応えたのを見送った時、イザベル(聖)の釣り竿に確かな反応があった。 「むっ!?フィーーーッシュ!!!」 「…という経緯で釣れた魔アジです。ヘルマリィ殿、いかがです?お味は」 「なんちゅうもんを食わせてくれたんですか… なんちゅうもんを…これに比べると邪魔岡さんの鮎はカスです」 ******************** 「「「やーいやーい聖都勢なのに脳筋戦士やーい!」」」 「うぅ…」 「「「やーいやーい聖都勢なのに剣術一本やりー」」」 「くぅ…」 ハナコ、シーフのフレイ、魔脚のカカトト・シーの悪ガキ?三人に囲まれて、聖騎士イザベルが囃し立てられている。哀れ、イザベルは普段の威勢はどこえやら蹲って泣きじゃくっていた。それを複数の冒険者が遠くから隠れて見守っている。 「なぁギル。これ本当にボーリャックに効くのか?」 「大丈夫だイゾウ、俺の考えた秘策『調虎離山』は必ず成功する。前もな…」 得意げにギルは口を開いた。 『やーいやーいイザベラ勇者なのに遠距離攻撃ばっかー』 『あうぅぅ…』 『やーいやーいイザベラ様接近戦はトーテムポールー』 『えーんえーんクリストのばかー』 『やーいやーい当ててんのよクリストにしようとして不発した貧乳ー』 『スナイプさんあとでお話があります』 クリスト、マーリン、スナイプがイザベラを囃し立ててると、突如審判の勇者イザベルが乱入した。 『そこまでだ!お姉ちゃんは白兵戦でも魔力を纏った体術で迎撃できるオールラウンダー!他はともかくお義兄ちゃゲフンゲフンクリストさんまでその程度の理解度なのはがっかり(ry』 『出ましたよイザベラ様!』 『クリストはイザベルの周囲に結界と魔法壁!マーリンさんはイザベルを転ばせて!スナイプさんは伏勢に合図送ってください!』 『謀ったのお姉ちゃん!?』 「こうして俺の策『調虎離山』でイザベラの妹は確保された。今も彼女はイザベラPTと楽しい家族会議の真っ最中だ」 自信満々に話すギルに半信半疑でイゾウが頷いた、その時だった。 「そこまでだ!イザベルは義手を使ったパリィや強い根性値が魅力の玄人向けの戦術!貴様らごときチビには理解できまい!」 「「「出たぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????」」 「ボーリャックだ!!皆のもの出会え、出会えー!」 「くっ、罠か!やるなイザベル!」 ******************** 電気椅子にネーサを座らせ、固定を終えたあなたは厳しい表情で彼女から離れた。 「──いいわよ、やりなさい」 「できません、ネーサ殿…!なぜ、貴女に私がこんなことを!」 聖騎士イザベルの今にも泣きそうな声にネーサはヘルメットの下で微笑む。 「いいの、これが私が望んだことなのだから」 「ですが…」 なおも弱々しく反論しようとするイザベルに、ネーサが叫んだ。 「もし、私がボーリャックと内通してたとしてもお前は躊躇うのか!」 「!!!」 『え、そうなの?』と呑気に聞くあなたの横で、イザベルの思考がボーリャックの怒りに塗りつぶされる。 「なめるなボーリャックぅぅぅ!!」 イザベルがボタンを押すと途端に電気椅子に、そしてネーサに高圧電流が流れた。 ⚡️🪑(ネ)⚡<アァァァ!キクワァァァァ! 電気椅子が稼働を止め、煙がモクモクと沸き起こる椅子に無言であなたが近づき、固定を外していく。 全ての固定が外れるとネーサは元気よく立ち上がり、「ん~!」と背伸びをした。 「悩みだった腰痛と肩こりが嘘のように調子がいいわ!ありがとギャンさん!サトーさん!イザベルも警察への取次役ありがとね!」 「は、はい…」 「ギャンさん、人間ってなんなんですかね」 「一瞬一瞬に賭けて、ひたすらやってみる生き物さ。わりぃ自分でも何言ってるかわかんねえや」 「…え?『自分も体験してみたい』?あなたには少し厳しいと思うわ」 (((まあ、普通はそうだよな(そうですよね)))) 「もう少し鍛えたら一度試してみましょう!」 (((もう少しでいけんのかよ!))) ******************** 「スナイプに口説かれてデートすることになった」 イザベルにバーに呼び出されて、訳のわからないままウイスキーのロックをチビチビ舐めていたギルは、唐突なイザベルのカミングアウトに硬直した。 十数秒後、ようやく再起動したギルは天井を見上げ、再びロックに視線を戻し、深く深呼吸すると隣のカウンター席に座るイザベルに向き直った。 「ウチの馬鹿が迷惑をかけた。早急に奴の首を刎ねて詫びをいれる」 「待て、早まるな」 深々と頭を上げようとしたギルをイザベルは制す。確かにイザベルならギルに相談するまでもなくスナイプを斬り捨てているだろう、そう思いなおしたギルはおずおずとイザベルに尋ねた。 「…いったい、どういう経緯であいつと?」 「ああ、アイツが私にな…」 『イザベルって堅いよねぇ、まあ、その生一本なとこが魅力なんだけど』 『なんだ急に、鍛錬の邪魔だから帰れ』 『まあまあ、でも、あの男に対してはその一徹さが不利になってんじゃない?』 『むっ、…ううむ…』 イザベルは鍛錬の手を止めて唸った。確かにボーリャックと相手にすると常に自分は血が頭に上りやすく、軽くいなされて撒かれてしまうことが多いのも事実だった。 『お前は対処法を用意できるのか?』 『まさか、俺程度があの仮面魔候の対抗策を容易できるなんて思ってないよ。でもね…』 首を傾げるイザベルにスナイプはキザに笑ってみせたのだった。 『その愚直さが駆け引きの引き出しの少なさとして表れてるんじゃないかな。騎士として自分を律するのも大事だけど、色んな経験を積むのも仮面魔候相手したときに己を見失わない余裕を作れるんじゃないかな』 イザベルが話し終えるとギルは耐えられず顔を手で覆った。 (イザベル…おまえ見事にスナイプの話術に乗せられてるぞ…!) 「それで、相談の件なんだが…」 ギルは目を丸くした。目の前の頬を赤らめてもじもじしている女性は誰だ?鍛錬で聖騎士たちや冒険者をぶっ飛ばしまくってたメスゴリラ、改め女傑のイザベルはどこにいったのか。 「デートはどうしたらいいのか?行き先など武器屋か教会か道場しか思いつかんのだか」 ずるっ、とギルは椅子から滑り落ちた。 「…おまえの雇い主に聞け」 「駄目だ。あの方は年齢=独り身歴だ」 同時刻、ヘルマリィがくしゅんと可愛らしいくしゃみをした。