【作業服の日】 作業服を着、手に工具を操る魔術師の姿がやけに様になっていて船大工キールは感心した。 「お前、本当に魔術師?シーフとかだったりしない?」 「正真正銘の魔術師さ」 マーリンが「確認してくれ」と作業場所から退くと、キールが感嘆の声をあげた。 「いや、予想以上だ。いい腕だな」 「どうも!へへっバイト代は弾んでくれよ」 数々の荒れ狂う海の航海や、命知らずの海賊との海戦で、痛みが激しくなってきたライフ・オブ・アドベンチャー号の修理に立ち寄った港で修理の依頼を出した所、やってきた職人たちのなかに明らかに場違いな男がいた。 「虚弱なウイザードはお呼びじゃない、なんて言ってすまんかった」 「いいさ、事実だしな」 マーリンに興味を持ったキールが話してみると、なんとも口が達者な男だった。ルタルタからの逃走劇なんて思わずキールも前のめりになって聞き入ったほどだった。 「なあ、ここが終わったら船に乗らないか?」 「有難い話だが断る。俺には待望がある」 どんな待望と聞くと、それがまた傑作だった。 「ギャンブランドで借りを返す!」と高らかに宣言するマーリン、それがおかしくて、思わずキールは声をあげて笑いこけた。 【オーケストラの日】 無人の音楽ホールに、5人の聖職者による五重奏が奏でられる。 ギルの手によって奏でられる重厚感溢れるコントラバスの、低音の響きが演奏の土台を見事に支えている。 音域の広いチェロの万能さは、ジャンク・ダルクの手によって見事に発揮され、メロディに彩りを与えている。 クリストが奏でるヴィオラの音色はバイオリンとチェロの間を埋め、音楽に深みを与える。一見地味だが重要なヴィオラの、まさに面目躍如という所か。 そしてゾルデが弾く第一バイオリンはクインテットの主旋律に恥じない優雅な音色を奏で、五重奏の花形としての役割をしっかりと果していた。 ゾルデの隣で第二バイオリンを担当するのはミサ。華やかなゾルデの第一バイオリンの土台を支えるハーモニーを奏で、より一層ゾルデの演奏を引き立てている。 演奏が終わり、五人が一斉に弦を上げると、イザベルが拍手を叩いた。5人も充実感を感じさせる顔で互いの顔を見合わせている。 ミサの下に歩み寄ったイザベルが彼女の手を握る。 「有難うミサ殿。貴女のお陰でいい演奏になった」 「いえ、それほどでも…。それよりも、私は皆さんの演奏技術の高さに驚きました」 「イザベルも素晴らしいバイオリンを奏でてた」 ギルがコントラバスを抱きながら呟いた。 ハッとなったミサがイザベルの義手を見ると、イザベルは苦笑いを浮かべる。 「イザベルの演奏はやばかった。オレたちも演奏しながらイザベルに聞惚れていた」 天井を見上げていたジャンクが懐かしむように語りだした。 「もう楽団はねえ。聖都が滅んだ時楽団員だった聖騎士も大勢亡くなり、楽団は自然解散しちまった」 「でも、音楽は私たちの耳に残っています!あの人たちとの演奏の時は私たちの心にあります!」 ゾルデの叫びにジャンクは笑って頷き、彼女の頭を乱暴に撫でた。 「事が終わったら、今度はレクイエムを奏でるか。エビルソードとボーリャックを討ったら」 「ええ、エビルソード達を討ち取ったぜひやりましょう」 イザベルとクリストの言葉の微妙な差異に双方とも振れることはない。突き詰めるとその先あるのは亀裂だとどちらもわかっていた。 「ふっ、5人だけでのレクイエムか」 「5人じゃないですギルさん。その時は大勢の同胞が天上から集います」 クリストの言葉に5人は頷いた。 こうしてたった5人のオーケストラは、静かに幕を閉じた。 【オーケストラの日 おまけ】 優雅な演奏がホテルのロビーに流れる。 「ギル達に私たちの演奏をアピールしてやるのよ」 「そうだね。私もクリストに披露できるように」 ハナコの決意をイザベラは首肯する。少しの休憩の後、また二人は演奏を再開した。 イザベラはバイオリンを、ハナコはチェロを、一心不乱に弾いていた。演奏はかなりの水準と言えたが、それでも彼女たちには不満のあるものだった。 チェロを弾きながらハナコは思う。ギルがコントラバスを弾いているとき彼の新たな一面と彼の弾く音色に惹かれたが、同時に悲しさを感じた。なぜこんな悲しい音を出すのかと。彼のコントラバスの隣にチェロを弾く自分が座ることが今の彼女の目標だった。その甘い想いの名前には気づかぬままに。 バイオリンを弾きながらイザベラは思う。私もクリストとアンサンブルを弾きたいと。かつて姉妹に訪れた悲劇から、彼女は音楽の楽しみを捨てた。楽しむ資格などないと。それを変えたのはクリスト。彼だった。クリストが楽器を弾くなら自分の彼とアンサンブルをする。そういう意味では彼女もハナコと一緒だった。 胸の痛みの名に気づいているか、いないかの違いはあったが。 【推し推しの日】 ジュダは壁際に追い詰められていた。イザベラとクリストが前からにじり寄ってくる。 「ふふ…年貢の納め時だよ、ジュダ」「ジュダさん、覚悟はいいですか?」 ジュダは絶体絶命の危機に置かれていた。いや、別に命の危機にあるわけではないが。 「ヴリッグズはん!助け」 ヴリッグズに助けを請うも、彼はサムズアップをして部屋を出ていき、外からがちゃっと鍵をかけた。詰みである。 「ジュダさん」「ひゃあ!」 クリストが距離を詰めると右手を壁につく。所謂壁ドンの構図にジュダの心臓が高鳴った。 「ジュダ」「あっ、あっ、あっ…」 イザベラが横からジュダに抱き着き、ジュダの頭を優しく撫でる。彼女の優しい手つきにジュダの脳が蕩けそうになる。 イザベラとクリストが、ジュダの左右の耳元で囁く。 「ジュダ、今日は推し推しの日なんだって」「推しと推している人の両者が気持ちを届け合う日ですって」 「ジュダ、私達を推してくれてるよね」「僕たち、今日ジュダさんにお礼しようと」 「日頃の感謝を伝えようって」「ジュダさんと会えて本当に良かったって」 「今日は一杯気持ち伝えるから」「覚悟してくださいね」 その日、ジュダは溶けた。 【セルフケアの日】 仮面魔候リャックボーから水筒を渡された豪雨のバリスタは、訝しげな視線を向ける。 「…これは?」 「仕事中はそれを飲むといい。ケアのためだと思え」 リャックボーの答えに益々バリスタは眉に皺をよせた。何様のつもりだと、不機嫌気な彼女の顔が明確に語っていた。 「ご心配なく、日中のケアの方法は考えております」 「その結果がコーヒーの暴飲か?オズワルドからも警告は受けているのだろう?」 うっ、とバリスタは言葉に詰まる。彼の読みは正確で、実際にバリスタはオズワルドから何度もコーヒー制限を厳命されていたのだった。おじさん構文も使わない勢いで。 「け、軽減には努めてるわ!1日、二、三杯に!」 「ジョッキで飲む1杯を常識的に考えて制限とは言わないだろうな」 「うぐぅ」 今度こそバリスタは撃沈した。意気消沈するバリスタに構わずリャックボーは彼女の手に水筒を手渡すと、「気に入らなかったら捨てろ」と言い捨てて去っていく。 忌々し気に遠ざかるリャックボーの背中を睨みつけていたバリスタが、彼の姿が消えた後荒々しく蓋を開けると半分ほど一気に飲み干す。 「…美味しい」 中に入っていた液体。それはハーブティーだった。 【音健の日】 「明るく澄んだ川で 元気よく身を翻しながら 気まぐれな鱒が 矢のように泳いでいた」 ピアノを弾くラーバルの横で、レストロイカが歌曲を歌う。 「私は岸辺に立って 澄みきった川の中で 鱒が活発に泳ぐのを よい気分で見ていた」 気まぐれにピアノを弾いていたラーバルを見かけたレストロイカが声をかけた。 「釣竿を手にした一人の釣り人が 岸辺に立って 魚の動き回る様子を 冷たく見ていた」 『お前は”鱒”を弾けるか?』 「私は思った 川の水が澄みきっている限り、 釣り人の釣り針に 鱒がかかることはないだろう。」 ピアノを弾きながらラーバルは思う。レストロイカはなぜ自分にこの曲を弾かせたのか。 「ところがその釣り人はとうとう しびれを切らして卑怯にも 川をかきまわして濁らせた」 鱒。ラーバルの脳裏にジーニャの姿が浮かぶ。 「私が考える暇もなく、 竿が引き込まれ その先には鱒が暴れていた」 だとしたら、釣り人は、この御方は、俺がジーニャを──。 「どうした。ピアノが止まってるぞ」 【しっかりいい朝食の日】 いい一日はいい朝食から。万国共通の鉄則であるとサトーは思っている。 「ギャンさんもそう思いますよね?」 「さあ、な」 朝食をテーブルに並べながらサトーが訊ねるが、曖昧な言葉でギャンは返した。最もサトーもギャンのこういう態度には慣れっこなので一々気にしたりはしない。 今日の朝食はハムを挟んだバターロールに簡単なサラダ、それにヨーグルト。 「普通の朝食ですね」 「普通でいいんだよ」 「ギャンさんの言葉には実感が籠ってますね」 さらりと言ったサトーの言葉ににうっ、とギャンがパンを喉に詰まらせる。サトーが呆れながら熱々のコーヒーの入ったカップを渡すとギャンは一気に飲み、ぎろりとサトーを睨んだ。 「どういう意味だ」 「煙草ふかしながらカップ麵よりずっといいかと」 ギャンが苦い顔をしてサラダを口に放り込む。ゴミ箱の中の弁当箱やカップ麺の容器の山を見て、唖然としたサトーの顔は未だにギャンの脳裏にこびりついていた。 「普通が、一番なんだよ」 また同じことをギャンは呟いた。恐らく今の彼の眼差しに映る光景は、もう戻れない大切な日々の思い出。 「ごちそうさまでした」「…ごちそうさまでした」 【世界宇宙旅行の日】 険しい顔のマリアンに呼ばれ、わけのわからないまま人気のない場所に来たボーリャックを語気荒くマリアンは問い質した。 「お前、ギルが地動説に興味を抱いてる話は知ってる?」 ボーリャックは一笑に付した。神が作りたもうた人間の住むこの世界こそが宇宙の中心。そんなの聖都の者なら子供でも知っている。 「風聞だと、ユーコって新人の冒険者に変な知識を吹き込まれたらしいよ」 「ギルがその女に誑かされたと…?」 堅い顔でマリアンが頷く。予想外な状況にボーリャックは呻いた。 今のギルが棄教者であることは知っている。だが、天動説に異を唱えるとなると話は別だ。ボーリャックの脳が高速でシミュレーションを行う。 ①ギル「地動説ってロックだよな」②教会「汚物(異端)は消毒だ~!」③ギルハナPT「revolution」 何とかせねばギルたちが危ない。ボーリャックは覚悟を決めた。 「マリアン落ち着いて聞いてほしい。初めに地動説を世間に広めたのは…俺だ!ふごぉ!」 ボーリャックの顎にマリアンのホーリーパンチが炸裂した。 「悔い改めなさい!」 「い、いや、そういう噂を流すことでギルを護ろうと…」 「あ、そっか」 狩りはいい。雪山で馬を駆けながらラーバルは思った。狩りは腕を鍛えられる。もし、獲物が取れればそれは貴重な食料となる。もっともボウズで帰れば思いきり笑われるが。 「おい、今アタシの顔見て何思った」 兎を仕留めてホクホク顔のジーニャが一転、ラーバルの視線に気づいて眉にしわを寄せる。話題を変えるためラーバルは崖下を見渡しながらジーニャに話しかけた。 「なあ、この世界は丸いって言ったら信じるか?」 「はあ?」 ジロリとラーバルを睨むジーニャに構わず、ラーバルが答えを促すと渋々話に乗った。 「んなわけねえだろ、だって見てみろよ。どこまでも大地が続いてるだろ」 ジーニャの言う通り雪山から遠くまで見回しても遥か遠くまで平面が続いてる。 「でも、ユーコっていう冒険者が言うにはこの世界は惑星っていって、とっても大きな丸い球なんだとさ。しかも惑星は自分で回転してるんだと」 「あはは!馬鹿言うな。じゃあなんで地上のものは振り落とされねえんだ。特に南国はさ」 「俺に聞かれてもな…でも」 ラーバルが燦然と輝く太陽を見上げた。釣られてジーニャも上を見上げる。 「見てみたいな。天空から見下ろした世界の光景を」 ラーバルの疑問にレストロイカは思わず自分の耳を疑った。 「この世界は球体で、しかも太陽の周りを回っている…?」 レストロイカは苦笑した。だいぶ成長したと思ったがやはりまだ子供。珍説に直ぐ飛びつく。 「お前、その場で飛び上がってみろ」 ラーバルがジャンプすると、当然のごとくその場に着地した。 「それが答えだ。世界が丸いならお前は今頃どこかへ飛んで行ってる」 「しかし、昼と夜はどう思いますか?」 「決まっている。太陽と月が大地を回っているのだ」 「では、四季については?」 重ねてラーバルが問いかけ、レストロイカは顎に手を当てて考え込む。確かに太陽と月が回っているだけなら、四季についての説明にはならない。 「…それを解き明かすのは学者の仕事だ、俺ではない」 「それもそうですね」 あっさりとラーバルも退く。元々確信があって聞いたわけではなく、純粋に疑問だっただけだったから、レストロイカでもわからないというならそれで十分だった。 「それより、ジーニャとの狩りはどうだった」 レストロイカにとっては世界が丸いか平らかよりも、ラーバルとジーニャの狩り、という名のデートの話の方がずっと重要だった。 【決闘の日】 マーリンは激怒した。切欠は美術館を出た後にクリストの言った言葉だった。 「僕現代アートって苦手みたいです。どうもよくわからなくて」 現代美術のメッセージも解せぬ愚か者。必ずやこの男を始末してくれると決めたマーリンは叫んだ。 「許せねぇ!決闘だ!」 小腹が空いたからと入ったカフェでコーヒーとサンドイッチで腹を満たしながら、決闘内容について二人は相談を始める。既にポーカー、チェス、麻雀、水泳、俳句、短歌、絵画、演奏、ポーカー、サッカー、ラップバトル、カラオケは決闘済みなため中々決闘内容が決まらなかったのだ。 あーだこーだと種目を言い合い、やっとのことでバスケットボールに決闘内容が決すると、二人は肩を怒らせて店を出る。 二人の背は「もはやこの者とは倶に天を戴かず」と雄弁に語っていた。 大急ぎで宿に戻ったマーリンは、会計担当のハルナに拝み倒してバスケットボールの購入料金を借りると、意気揚々とスポーツ用品ショップに向かう。 宿を出る時に背後からユイリアが「クリストと遊びに行くのですか」と声を掛けてきた。 「遊びじゃねえ!」 マーリンは叫ぶ。全く女は男と男の意地というものをわからんやつだ。 ギルの目は涼やかだった。「なんでよ」という言葉は、なぜか口から出る時は嗚咽となってハナコの口から漏れ出ていく。 「納得しろとは言わない、ただ、わかってくれ」 ハナコは激しく首を横にする。困ったな、という風にギルが頬を掻く。その姿が、ハナコに彼の心は既に決していることが嫌でも理解できた。 「何で今更決闘なの。あの、勇者ボーリャックと」 既に魔王軍は滅びた。仇のエビルソードも討ち、ボーリャックの真意知れたのだ。最早ギルとボーリャックが戦う理由などない。 だが、いくらハナコが喉を嗄らして訴えてもギルの決意は変わらない。 「これはけじめだ。策とは言え聖都の仇に降り、奴の部下としてその手を汚したアイツを俺は受け入れられない」 「諦めな、嬢ちゃん」 スナイプがハナコの背後に立ち肩に手を置く。普段と違う真摯な彼の声に「ああ」とハナコは小さく呻いた。 やっぱり、無理なのだ。 「これはサーヴァインの区切りです。無理に止めると逆に彼の心を殺すことになります」 メトリの発言に渋々頷いたハナコは、膝をついてすすり泣く。ギルがハナコに近づき、彼女の頭に手を置いた。 「じゃあな、ハナコ」 「…またねっ、ギルっ」 【ヘリコプターの日】 ヘルマリィの操縦するヘリコプター「ヘルコプター」が聖騎士イザベルを救出しようと上空を飛び回るが、一向に降下することができない。 それもそのはず、イザベルの周囲は大量発生した、ゾンビ・チンポレスが溢れかえっていた。 「くっ!」 斬っても斬っても一考にチンポレスの数は減らず、それどころかブツもないのに己の未練を解消したいのか、余計イザベルに群がってくる始末。 このままジーコ展開にイザベルが陥ってしまうのか…。地上を見ながらヘルマリィが切歯扼腕したその時だった。 「これを使え!」 気ぶり仮面が二挺のロケットランチャーを担いで走って現れ、イザベルに片方を投げ渡した。 二人がロケットランチャーを発射した直後、猛爆発が起きチンポレスの群れは哀れ、一網打尽に肉塊となり果てた。 降下したヘルコプターに搭乗しかけたイザベルが躊躇いがちに声をかける。 「気ぶり仮面どの、貴方は…」 「クリストとイザベラ殿の結婚式の参列者が減ったらアイツが悲しむと案じただけだ」 それだけ言うと背を向け気ぶり仮面は去っていく。 イザベルを乗せたヘルコプターが再び飛び立つ。地上ではハチロクが彼方へと走り去っていくのが見えた。 【エスプレッソの日】 豪雨のバリスタは鼻歌を歌いながら軽い足取りで喫茶室に向かう。 珈琲を減らすようオズワルドに言われてから、3杯の珈琲をチビチビ飲む苦行の日々。死んだ魚の目のようなバリスタに助け舟を出してくれたのがリャックボーだった。 『もし、節制できたら月に一回俺が珈琲を淹れてあげよう』 それからは彼との約束を楽しみに彼女は耐えた。この軍で数少ない、報連相と事務作業の大切さを知る、戦友と言っていい彼の珈琲を楽しみに。 「来たか」 喫茶室に入るとリャックボーが彼女を出迎えた。バリスタが席に座ると、早速リャックボーが機械を操作し、珈琲を淹れ始める。 「さあ、味わって飲んでくれ」 淹れたばかりの香しいコーヒーの匂いがバリスタの鼻を刺激する。しかし、バリスタは不満げな顔を露にした。 「少ないわ」 「仕方ないだろ、エスプレッソなんだから」 そう、彼が淹れたのはエスプレッソ。バリスタは恨めし気にリャックボーを睨みながら一口飲む。途端に口内に広がる濃厚な味わいに、彼女の頬が緩んだ。 来月も頑張ろうと、心の内で決心しながらバリスタは最後の一滴までしっかりと飲み干した。 「…ありがとう、まあ、次も期待してあげるわ」 【養育費を考える日】 ネーサ・マオは慈しむような目で、目の前で頭を下げる聖都の青年を見つめている。 「イザベラさんの経過は順調?」 赤くなってこくんと頷く、間もなく父親となる青年──聖盾のクリストの姿が微笑ましく、ネーサはクスクス笑った。 依頼は単純だった。貯蓄を増やしたいので、ギルドで収入を増やすノウハウを教えてもらいたいというものだった。 何処かで定職を見つけるという案も出してみたが、「動乱の世が収まり、聖都が奪還できるまでは」というクリストの主張にそれも道理とネーサは頷いた。 「貴方たちの依頼料の低さは有名だったからねえ」 ボランティアの延長かと影口も叩かれるくらい、安い依頼料しか受けとらないことで有名だったイザベラPT。周りが心配しても『いいの、私は今でも十分だから』とイザベラ──今のクリストの妻──は額を引き上げようとはせず、仲間もそんなイザベラを慕っていた。 「でも、貴方たちのご祝儀はそれは盛大だったと聞いたけど」 彼の仲間のジュダは彼女の実家から特上の反物を送ったというし、もう一人の仲間のヴリッグズはどこで掘ったのか、赤ん坊の掌サイズのダイアモンドの原石を送ったという。 極め付けは聖騎士イザベルで、ヘル印の入ったインゴットを送ったとか。 「はい、でも、それにはなるべく手をつけたくありません。イザベラと話し合って金品は銀行に預けました」 「あら、なぜ?」 興味深げにわけを問うネーサに、クリストは初めて胸を反らして答えた。 「僕は大黒柱となります。自分の収入で妻子を養いたい」 「…なるほど、いい顔をしてるわ。立派な父親の顔よ。…でも残念ね。私が教える事なんてなにもないわ」 「えっ!?」 呆けた顔をするクリストにネーサが笑って説明を加える。 「貴方、自分の価値わかってないのね。ヒーラー兼タンク兼バッファーの三刀流なんて、どこでも引っ張りだこよ。この話を伝われば次の日には貴方はギルドの人気アイドルね」 「と、と、ところでクリストさん、貴方どうやってイザベラさんが身籠ったのわかったの?なんか予兆あった!?イザベラさんの自己申告かしら!?その場合どんな体調の変化が起きたとか」 「え?え?ええええ!!?あ、あなたさん助けてください!え?「自分も参考のため聞きたい」!?そんなぁ…」 【禁煙の日】 口にしようとした煙草を取り上げられたギャンが、椅子に座ったまま恨めし気に目の前の人物を見上げる。 「なにしやがんだサトー」 無表情でギャンを凝視するサトーが無表情で見下ろしてたが、やがてぽつりと「禁煙の日」と漏らした。 「今日は禁煙の日ですよ。今日くらい少しは控えましょう」 「…ちっ」 このやり取りがギャンには億劫極まりなかった、言ってることは10割サトーが正しい。 「俺が死んで困る人なんていない」という主張は使えない。その決まり文句を吐いた時のサトーの顔が嫌でも思い出す。 その時、ギャンに嗜虐的な考えが浮かんだ。 「…じゃあ、お前が代わりに癒してくれよ」「っ!?」 ギャンがサトーの襟元を掴み引き寄せた。サトーの困惑した視線が間近に迫る。二人の息が交差する位置まで顔が近づく。 「おめえが、煙草を訴える俺の口に、代わりに何してくれるってんだ?」 サトーの瞳が悲しみに歪む。言ってはいけないことを言ってしまった。後悔に襲われたギャンが襟元から手を放そうとした、その時。 「んっ…」「!?サトー、お前…」 ギャンの思考が止まった。己の唇に触れた柔らかい感触。 「私が、あなたの渇きを癒せるなら…!」 【よい夫婦の日】 身籠ったイザベラのお腹に、恐る恐るイザベルが触れる。 「もうすぐイザべルもおばさんだね」とイザベラが言って微笑むと、姉のお腹を撫でながら涙を流してイザベルは何度も頷く。 イザべラの夫のクリストが妻の肩にそっと手を置くと、イザべラも愛情の籠った顔で彼の方を振り向いた。そんな三人をジュダとヴリッグズが慈しむような目で見つめている。 ハナコがずんずん前に歩み出てイザベルを冷やかす。むっとしたイザベルが彼女の背後に立つギルを指さすと、途端にハナコは真っ赤にして怒鳴った。 ギルに大声を注意されたハナコはしゅんと肩を落とす。慰めるようにギルはハナコの頭を乱暴に撫でた後、クリストの前に進み出る。一言、二言声を交わしたあと二人は固く抱きしめ合った。祝福の言葉を告げるギルの声が、小さく、だがはっきりと皆に聞こえた。 ようやく姉から離れたイザベルが、遠くに向かってとある男の名を叫んだ。驚きながら皆が振り返ると、なんとボーリャックが物陰に隠れてクリストたちを眺めていた。 何故か近づくのを躊躇ってたボーリャックだが、背中を聖騎士イザベルとマリアンに蹴られ、恐る恐る前に進み出ると、二人に祝いの言葉をかけた。 【不眠の日】 魔王城の休憩室で明らかにドヨンとしたオーラを出しながら、向かい合ってテーブルに禁術師センノウンとリャックボーが座っている。 「またバリスタが私のところに来たぞ。君も彼女に一言いってくれないか」 「…すまん」 深々とリャックボーは詫びた。 『洗脳でも何でもいいから寝させて!』 近頃、バリスタがセンノウンの所に足を運んでは自分に催眠をかけろと懇願するのだ。理由は不眠である。 脳は睡眠不足を訴えるのに睡眠をとることはできない。そのストレスはコーヒーの過剰摂取へと繋がる。ますます不眠が悪化と、完全に悪循環に陥っていた。 追い詰められたバリスタが思いついたのが、催眠術で眠らせてもらおうというもの。 元々センノウンにとっては催眠術云々は完全に風評被害。ただでさえ破滅・露出願望持ちの変態に襲撃される日々に怯えているのに加え、バリスタが彼の下に足を運んできてから益々誤解がヒートアップしていた。 「正直、もう辞めたい…。私も不眠になりそうだ」 「そ、そうか…」 魔王軍弱体化のためには兵の育成に長けた彼が抜けるのは歓迎だが、その一方で彼の置かれた状況を思うと、何とも同情を禁じ得ないリャックボーだった。 【シジミの日】 「あ”ー…頭いてぇ…」 「おはようございます…ってすごい顔してますね」 過酷な日勤が終わり、明日は休日だからと、昨晩は少しはめを外して痛飲した。その結果がこの立派な二日酔いである。ギャンは昨晩の己を憎んだ。 フラフラとテーブルに座ると、サトーが呆れながらスープの入ったカップをギャンの前に置いた。 「はい、そんなことだろうと思って。どうぞ」 「おっシジミ汁か」 スープから漂う貝の独特な匂いを堪能した後、一口ギャンはスープを飲む。味噌に合わさったシジミの出汁が、二日酔いの胃に染みわたっていく。 「あー、何か生き返った気分だ」 幾分か頭痛も和らいだ様子のギャンに、サトーが苦言を言う。 「…これに懲りたらもう暴飲はやめてくださいね」 「おう、次は気を付けるぜ」 ギャンの言葉をジト目で聞いていたサトーが、ため息を吐きながら朝ごはんの用意をするべく、台所にむかった。 彼の約束が守られたかどうかは……。まあ、ご想像のとおりである。 【成吉思汗たれの日】 ”お前は草原を駆ける青き狼となれ” 父母にそう教えを受けて育った。いつしか彼女は部族で最も乗馬に長けた存在となった。 草原を駆ける間しきりに考えた。「この草原の果てにはなにがあるのだろう」と。 一人で駆けるのはつまらない。彼女は仲間を増やした。出自や経歴に関わらず有能な者は躊躇わず抜擢した。 「草原を駆ける狼は強くなければならない」 騎馬に優れた者、武勇に優れた者を集め騎馬隊を結成した。やがてその隊は草原で最強の名を欲しいがままにした。 「奪え、殺せ、貴方たちにはその権利がある」 草原の民は弱くては生きてはいけない。弱いということは生殺与奪の権を委ねるという事。部族間の抗争に打ち勝ち、侵略し、併合し草原を一つにまとめ上げた。 「なぜ、一つの大地に留まるのか」 彼等の生き方がわからなかった。土地に固執し、そこに根を生やしたように生きる西方の国の人間。彼等の文化も思想も全く草原の民とは相いれない人たち。 「文字、財宝、技術、法。知りたい。面白い。ほしい、もっともっと欲しい」 彼女は西方の文明に興味を抱いた。ほしくなったらどうする?奪えばいい。 世界は、ルタルタをまだ知らない。 【つなぐ日】 「──ラーバルも知っての通り、逆臣共の跋扈にこの国は大いに苛まれた。では問おう。逆臣の悪事を何をもって制する?」 資料室で、レストロイカの問いにラーバルは暫し目を瞑った。考えをまとめると意を決して答える。 「法。悪事を働く臣下には厳罰を持って対処します」 「ほう。これまで俺が何度刑法を改正したと思う?それで屑どもは改心したか?」 嘲るようにレストロイカが笑うとラーバルは言葉に詰まる。考え込むラーバルを無言でレストロイカは見つめる。 「ただ、厳罰化しても効果はない……正しく執行されることが大事、そうか…法を司る治安機関が肝心か」 (考えろ、悩めラーバル) レストロイカはこういう時、ラーバルに助言を挟むことはしない。彼自身の答えを導き出すことが肝心なのだ。もしレストロイカが言えばそれがラーバルの考察に歯止めをかけかねない。 「貴族や皇族の特権の制限…!広大な領地内で貴族が自分の考えで民を裁くのを止めて……、民を裁くのはあくまで司法、領主じゃない…」 レストロイカのラーバルを見つめる目は厳しくも暖かい。こうして自分の統治で得た知識を次世代に伝えることの何と楽しいことか。 「教育も必要っ、閉ざされた空間特権意識を受け継いで育った貴族階級が領民への差別意識を持つなと言うこと自体が無理な話。そうだ、貴族も平民も等しく義務教育を課せばっ!陛下、どうでしょうか」 (俺の血で染まった治世も無駄ではなかった。目の前のこいつを見てると、そんな風に思えてくる) 「……か、陛下!?」 「むっ、どうしたラーバル」 はっと物思いから覚めると、ラーバルが剥れてレストロイカの顔を見つめている。 「何笑ってるんですか?俺の顔がそんなにおかしいですか?」 言われてレストロイカは己の頬に手を当てる。 (そうか、笑ってたのか俺は) 「いやすまん、お前の百面相が面白くてな」 酷いと抗議の声をあげるラーバルにレストロイカは快活に笑うと、目元を引き締める。 「さて、お前の考えを改めて聞かせろ」 ラーバルは姿勢を正すと、レストロイカに己の案を語り始めた。 今日はサンク・マスグラード帝国は平和である 【日本こどもホスピスの日】 ドアンPTのフレイが流行り病で倒れた。高熱に苦しむフレイをアリシアが付きっきりで看病しているが、未だ熱が収まる気配はない。 「薬飲ませてきたよ」 フレイが泊っている宿部屋がら戻ったクロウが、マスクをとりながら机に向かって書き物をしているリーダーのドアン・セスに告げる。 「アリシアは?」 「フレイから離れようとしないね。アイツ自身相当参ってるだろうに健気なこった」 宿屋の主人は病人のフレイが泊ることに嫌な顔をしたが、無言でドアンが定額の3倍の宿泊費を出したら一転、揉み手で彼等を受け入れた。 「フレイのやつ、アタシ自作の薬を中々飲まなくて難儀したよ。"そんなお金ない"ってさ。ま、鼻摘まんで無理やり飲ませたけどね」 キヒヒと笑うクロウの話を黙って聞いていたドアンが、メモ帳から目を放してクロウに尋ねた。 「他に何か気になること言ってたか?」 「ん?ああ、自分のせいで任務をキャンセルになったことをしきりに詫びてたね。それと…」 珍しくクロウが複雑そうな顔を浮かべた。 「"僕を捨てないで"、て」 ドアンが声を荒げた。 「馬鹿な!そんなに俺は信用されてないのか」 「ああ。"今回の損失を考えると僕はクビにされかねない"って」 「……はぁぁぁぁ…」 思わずドアンは頭を抱えた。確かに自分は守銭奴だ。合理的に考えて行動するのをモットーにしている。だからと言って、病人に解雇通知だすような血も涙もない経営者と思われているのか。と、流石のドアンもこれには呻いた。 「ホントにクビにしたらアリシアに寝首を搔かれかねんねアンタは。キヒヒ!」 ニヤニヤ笑っていたクロウが、ふとテーブルに置かれたメモ用紙に気づいた。 「なに書いてんだい?依頼人へのわび状かい?」 「ああ、これか」 少し憤然とした顔をしながらドアンが用紙をクロウの鼻先に突き出した。 「PTの契約書の改定案さ。今回の件を気に病気療養のための休業規定も設けようと思ってね!どうだい?これでも血も涙もない経営者か?」 流石のクロウもこれには頭を掻いて苦笑するしかなかった。 【羊肉の日】 ゴクッ、と誰かが唾を飲みこむ音が聞こえた。 ジュゥゥゥ……と見る者の食欲を刺激する匂いを漂わせる鉄板を、†天逆の魔戦士 アズライール†、聖盾のクリスト、戦士バニラ、魔術師マーリン、ラーバル・ディ・レンハートの5人が囲む。 『さあ、ジンギスカンが出来上がった。遠慮なく食べてくれ』と"あなた"がGoサインをだすとみんな一斉に箸をとった。 「ん~~~!美味しいっ」「ホントうめえぜこれ」 真っ先に羊肉を摘まんだアズライールが、次いでマーリンが感動の声をあげた。 「羊肉ってこんなに美味しかったんですね!」 肉を頬張りながらクリストがしきりに感心したように頷く。 「遠慮するなよ、もっと食べなって」「あ、あの、ありがとうございます」 遠慮がちに野菜を中心にとっていたバニラの皿に、ラーバルがラム肉を寄せる。 「このような壮行会を開いていただけてありがとうございます」 クリストが礼を言うと、4人も口々に礼を言う。 「『気にすることはない、精を5人にはつけてほしい』ですか」 バニラがおずおずと"あなた"に尋ねた。 「あ、あの。どういう任務なんでしょうか?調査任務だと聞きましたが」 "あなた"は難しい顔をして謝罪する。 「ふ~ん、現地で依頼人が直に説明する話になってるねぇ…」 要領を得ない説明にマーリンが首を捻った。 「じゃあ、人選は?」 ラーバルの質問に今度は"あなた"は明確に答えた。 「『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に動ける人』…は~っはっは!"あなた"よ、見事な慧眼だったと誉めてやろうぞ!」 「どうやら俺、じゃなくて私の名も知れ渡ってきたらしいな」 アズライールとラーバルが顔を見合わせると、仲良く得意げに背を反らした。 「大船に乗ったつもりでいていいぜ」 「神に誓って、任務の達成に全力を尽くします」 マーリンがどんと自分の胸を叩き、クリストは深々と頭を下げる。 「わ、私にそんなに評価をしていただけるなんて…!」 バニラが感動の面持ちで"あなた"を見つめる。 『さ、お代わりは自由だからどんどん食べてくれ』と"あなた"が促すと、5人は次々に再び箸を手に取った。 この後、依頼人、もとい仕掛け人の"あなた"に連れていかれたガースークロビカリ王国で、自分たちの腹筋と尻に深刻なダメージを受ける羽目に陥ることを、5人はまだ知らない…。