空一面に拡がる蒼、そして海一面に拡がる蒼…  蒼が支配する世界で白波の線を真っ直ぐに引き、一隻の船が海を往く。  船の名はミーニャ・ニーニャ号…令嬢船長ピタが駆る遠洋貨物船である。  しかし、船首に立ち爽やかな風を一身に受けている少女…彼女は船長のピタではない。  その少女は陽光に煌めく銀髪を海風に棚引かせ、心地良さそうに軽く目を伏せる。  まるで絵画のような光景を生み出している彼女の名はユリ・レズラレル…若くして商会を立ち上げて切り盛りするやり手の商人だ。  その背に、甲板からピタが声をかけた。 「私の船、気に入っていただけましたか?」 「ええ!とっても良い船!飛空挺の旅もいいけどこの光景は船旅ならではよね!」  そう言って屈託なく笑うユリの表情には、老若男女惹きつけてやまない魅力がある。  思わず見惚れかけたピタは誤魔化すようにコホンと咳払いして話を続けた。 「…積み荷の方ですが、限界積載量ギリギリまで積んでいますので船速があまり出ないことをご了承を」 「大丈夫よ、空輸で何度も往復するよりはずっと速いもの、むしろ一度に積めたことの方が驚きだわ」 「それはもう、最新鋭の蒸気機構船ですから!」  船を褒められてピタは自慢げにふんすと鼻を鳴らす。  積荷の中身…それは城塞都市ギリセフへと運ぶ大量の物資。魔王軍との戦いの最前線にあるかの都市は常に物資が不足している。  基本的に巨大企業ハイム商会が一切の卸を担っているのだが、今回とある事情による特例としてレズラレル商会へも声がかかった。  大口顧客を得る最大のチャンス、それを逃すユリではないが…問題となったのは発注された物資の総重量と納期であった。  私用飛空挺を主な輸送手段とするレズラレル商会は圧倒的な速度を誇るも、一度に運べる積み荷の重量は陸路や海路に劣ってしまう。  空路で何往復もすれば時間がかかる上に燃料費もバカにならない…せっかく取り付けた契約も大赤字になってしまう。  そこでユリは商人ギルドを介して海の運び屋、ピタへと輸送を依頼したのである。 「これなら充分納期に間に合うし利益もバッチリ、我ながら完璧な判断ね!」 「こちらとしても、かのレズラレル商会に頼っていただけて光栄の極みです」 「もしギリセフと継続契約が結べたら次回からもよろしく頼むわ!」 「ええ、是非とも末永いお付き合いを」  言葉を交わし、二人は白くたおやかな手で握手を交わす。お互い少女の身ながらリーダーとして組織を支える逞しさがそこにはあった。  そうしたやり取りの中…ふと海面に目を向けたピタが一瞬表情を曇らせる。  ユリは当然それを見逃さない。彼女は自分に向けられる劣情以外にはやたら鋭いのだ。 「どうしたの?何か気掛かりでも?」 「いえ…きっと私の気のせいです、お気になさらず」 「そう言われると余計気になるでしょ、言ってよ」  あまりお客様に不安を与えることは言いたくない…しかし、ユリがここで引き下がらない性格なのは重々承知済みだ。  少し困ったように眉をひそめながら、観念したピタは懸念を吐き出す。 「…どうも風向きがあまりよくない気がして……船乗りの勘で申し訳ありませんが…」 「それって、この航海に良くない予感がするってこと?こんなに良い天気なのに…」  二人が目を向ける海と空は穏やかで快適そのもの、高波や嵐などの気配は微塵もない。  これのどこに危険があるのだろうか…小首を傾げるユリに、ピタは軽く目を伏せて続ける。 「天候は大変良いのですが、それは敵船にとっても同じこと…出会わなければ良いのですが…」 「敵船って…ここはハイム商会の安全航路だし大丈夫じゃない?」  世界中に販路を拡げているハイム商会、その輸送ルートはドラゴンすら避けて通ると言われるほどに安全が確保されている。  船を襲う危険な魔物がいれば絶滅させる勢いで傭兵が駆逐し、積み荷を狙う海賊は徹底した経済圧力による報復が待っている。  今回は高い契約金を支払ってその航路を利用させてもらっているのだ。敵船など出ようはずもない。  だが、ピタは重々しく首を横に振り…   「…海には陸の常識が通用しない者たちがごまんといます、まったくの安全というものは存在しないのですよ…」  そんな大袈裟な…そうユリが続けようとした、その時である。  突如、けたたましい警鐘が穏やかな海に響き渡った。 「海賊だあーーーーーっ!!」  マストの上から緊迫した船員の叫び声が上り、船上を緊迫感が支配する。  屈強な船員たちが慌ただしく甲板を駆け巡る中、表情を引き締めたピタは手にした望遠鏡を覗き込んで海賊船の姿を探った。  蒼海に一際目立つ鮮やかな紅…生きているように、否、実際に“生きて”船体をしならせて泳ぐ船。  個性豊かな海賊たちの船の中でも一際異彩を放つその船…掲げるジョリーロジャーはフィッシュボーン、即ち… 「バトルマーメイド号…!キャプテン・カリブの海賊船…!」  よりによって最悪の海賊が現れた。  ピタは思わず軽い目眩を覚えるも、船長としてしかりと気を奮い立たせて毅然と指令を飛ばす。 「蒸気機構フル稼働!最大船速で振り切ります!」 「し…しかし現在の速度では…」 「どのみち今の足回りでバトルマーメイド号と戦っても絶対に勝てません!全力退避です!」  言うが早いかミーニャ・ニーニャ号は勢いよく黒煙を噴き出し、近づいてくるバトルマーメイド号から逃れるべく最大船速で奔り出す。  距離は十分…いつもであれば振り切ってウエス海軍の領海に逃げ込める位置取りだ。しかし今回に限っては積荷の重さがある。  重みにより船速は普段からは考えられないほど低下しており、安全な海域まで逃げ切れるかどうかは微妙なラインだ。 (せめてあと3ノットでも速度を上げられれば…)  海賊船との距離が縮まるほどにじわじわと心を侵食してくる焦燥感…  思わず不安が顔に出てしまいそうなところ、ピタは自らの頬を両手で張って気合いを入れ直す。  今隣にはユリがいる…船長の自分がお客様の前で不安な顔をするわけにはいかない。  彼女は凛とした立ち姿で敵船の方角を睨みつけ、操舵手に勇ましく指示を飛ばす。  戦況が動いたのは直後であった。 「船長!バトルマーメイド号が帆を畳みました!」  見張り台の上の船員が声を上げる。  追いかけてきていたバトルマーメイド号は突然帆を畳んで失速、二つの船の距離がどんどん開いていく…  幾ばくもしないうちに海賊船の姿は豆粒のように小さくなり、やがて見えなくなってしまった。 「なんだ…?諦めたってのか…?」 「ケッ!帆船が蒸気船に追いつけるかってんだ!」  船員たちが口々に安堵の声を漏らす中、ピタは猛烈に嫌な予感を感じていた。  キャプテン・カリブの性格は知っている…あの海賊は一度狙った獲物は絶対に逃さない執着心の塊だ。 「油断しないで!何か仕掛けて来ます!」  次の瞬間である。  彼女らのすぐ傍の海面が大きく盛り上がり、鮮やかな真紅の巨体が浮上。大波を立てて勢いよく天へと舞い上がる。  船縁に掴まっている甲板の者たちが呆気に取られる中、真紅の巨体は大ジャンプでその上空を横一文字に跳び越えていく。  その巨体の主…真紅の一角鯨はかつてマーメイア王国ではオクスタンと呼ばれていた騎士である。  そして…今は海賊船、バトルマーメイド号として四海に悪名を轟かせている。 「乗り込むわよ!アンタたち!」 「「ヨーホー!!」」  ミーニャ・ニーニャ号とバトルマーメイド号。  その軌道が横軸で交錯する刹那、十数人の人影が上空のバトルマーメイド号の甲板から跳躍した。  一拍遅れてその人影たちは身軽にミーニャ・ニーニャ号の甲板へと着地、曲芸じみた乗り移りでも平然と立ち上がって武器を手にする。  真紅の巨体がゆっくり着水していく光景を背後に、ご機嫌に鼻歌を歌う少女が人影たちの先頭に立った。 「つーかまーえたっ!今日の獲物ゲット~♪」  真っ赤な海賊衣装を身に纏った海賊少女…その名はキャプテン・カリブ。  見た目こそは可憐な少女そのものだが、その凶暴さと海戦の強さではウエス海域の海賊たちの中でも随一と名高い。  そして、カリブの後ろに忠実に控えている女性たちはカリブ海賊団。  今は船上での活動形態であるため人間と同様の姿だが、その正体は人魚のみで構成された海賊団である。  彼女らもまた海での強さは一騎当千、大の男が束になったとしてもほんの数秒で制圧してしまうだろう。  即ち…ミーニャ・ニーニャ号はまさに今、海賊に占拠されてしまったのだ。 「ピタ!いつもはカメみたいに素早いのに今日はウサギみたいにノロマじゃない!」 「くっ…!」 「そんなんでアタシから逃れようなんて百年早いのよ!」  カリブは手にしたトライデントを弄びながら得意げに勝ち誇る。海の逸話ではウサギとカメの立ち位置は逆転している。  ピタが歯噛みして対応を思考する中、ユリが勝ち気に一歩前に出てカリブを睨みつけた。 「ちょっと貴女!この海域での海賊行為なんて命知らずな真似はよしなさい!」 「は?何よアンタ」  気丈に睨みつけるユリに対し、カリブのゾッとするほど冷酷な視線が返される。  人の命を奪うことに何の躊躇もない、アウトロー特有の目に少し気圧されながらも…勇気を振り絞ってユリは言葉を続けた。 「私はレズラレル商会会長、ユリ・レズラレル!この海域はハイム商会の安全航路として登録されているわ!」 「ふーん……それで?」 「それでって……貴女、ハイム商会を敵に回すことになるわよ!」  一瞬の間。  その後、思わず吹き出したカリブは心底愉快そうに笑い始めた。釣られて海賊団員達もクスクスと嘲笑する。 「アハハハッ!そんな脅しでアタシがビビるとでも思ってんの?」 「えっ…」 「ハイム商会だか何だか知らないけど所詮は陸でしか生きられない人間ども!このキャプテン・カリブを陸の法で縛ろうだなんてバッカみたい!」  そう言ってのけるカリブにはハイム商会がもたらす圧力に対する恐れはない。  それもそのはず…人魚として海の生活を主体とする彼女らに対し、ハイム商会がいくら港を封鎖し物資補給を妨害しようが影響は限りなく薄い。  さらに討伐部隊が差し向けられたとしても海での戦闘ならば絶対に負けない自信が彼女らには満ち溢れていた。  先ほどピタが言っていたのはこういう手合いのことだ…ユリは今になってそれを実感する。 「まっ…素直に積み荷を差し出す気がないなら仕方ないわね!代わりにアンタらの命を奪うまでよ!」  残忍に笑い、手下に武器を構えさせるカリブ。  甲板を殺気と恐怖が支配し船員たちが思わず後ずさる中、ピタは状況を打開すべく高速で思考を巡らせる。  キャプテン・カリブは敵対者の殺傷に躊躇しない危険な相手だ。しかし好き好んで命を奪うような真似もしない。  彼女にとっての最優先は己の蒐集欲を満たすこと…そもそも特定個人以外の他者の命にはそれほど興味がないのだ。  逆らわず、怒らせさえしなければ全員無事にこの海域から逃れることも可能…だがそれは無条件で積み荷を差し出すことになる。  レズラレル商会にとっては舞い込んできた大口契約、ここで失敗すれば大きな損害を被るどころか今後の商売にすら関わってくる。  未来が関わってくる以上、略奪を受け入れろとは到底気軽に言うことはできない…  言いよどむピタに対し、それを察知したユリの判断は早かった。 「…わかったわ、積み荷は好きに持って行きなさい…その代わりこの船の人たちには誰一人手出ししないで」 「ユリさん…」 「いいのピタ、お金はいつでも稼げるしね…今は全員無事にこの航海を終えることが最優先よ」  剛毅に笑うユリに対し、カリブは軽く眉根を上げて彼女をまじまじと眺める。  てっきり慌てふためいて命乞いするか、もしくは無謀な戦いを挑んでくるかと思ったが…どうやら少しは骨のある商人のようだ。 「いいの?全部持って行っちゃうかもよ?」 「ええ、私たちの安全を保証してくれるならね…金品だろうが宝石だろうが何なりと」 「…なら、ここでアタシが積み荷はいらないからアンタら全員殺すって言ったら?」 「まさか、偉大なるキャプテン・カリブが無抵抗で積み荷を差し出す相手に乱暴を働くのかしら?」  言い返され、カリブは軽く唸って腕組みする。  カリブにも海賊としての矜持というものがある。丸腰で無抵抗の相手を一方的に痛めつけるのは自身のプライドが許さない。  彼女はふんと鼻を鳴らして踵を返すと、後ろに控えた手下の海賊たちに指示を飛ばした。 「アンタたち!この船からありったけのお宝をかき集めてきなさい!」 「「ヨーホー!!」」  ミーニャ・ニーニャ号の船内に突入して行く手下たちを確認し、カリブは船縁に腰掛けて足を組んだ。  無抵抗だったのは若干肩透かしだった。しかし悔しそうな表情を浮かべるピタを見、彼女の溜飲は下がる。  いつもはミーニャ・ニーニャ号には上手く逃げられていた…しかし今日はついに捕まえられた。それだけでご機嫌な一日だ。  そうしているうちに船内を探索していた海賊たちが甲板に戻って来、目ぼしいお宝をずらりと並べ始めた。  しかし… 「…少なくない?」 「その…積み荷の大半は建築資材や武器や食料品でして…姫様の好きそうなものはあんまり…」 「きーっ!何よそれ!ふざけてんの!?」  甲板に並べられたのはそこそこの数の宝石や調度品、そしてそれなりの硬貨や紙幣。  その中にカリブ的に価値を感じる宝物はなく、特に硬貨や紙幣に至っては海で生きる彼女たちにとっては単なるゴミでしかない。  かと言ってメインの積み荷の方は手下が言った通りそれ以上の無価値なものだ。そもそも奪ったところでバトルマーメイド号に積める重さではない。  上機嫌が一転、略奪成果に不満を覚えた海賊少女の矛先は再びユリに向いた。 「ちょっと!なんでしょーもない物ばっかり積んでんのよ!」 「えっと…戦時中のギリセフにとっては十分お宝だと思うんだけど…」 「はああ!?くっだらない!なんで戦争なんかやってんの!?」 「それは私に言われても…」  地団駄を踏んで癇癪を起こすカリブ、そんな彼女を慌てて宥める海賊たち。  どことなく気まずい空気にピタとユリはどちらともなく顔を見合わせる。この場合何を差し出せば良いのだろうか…  獲物たちを待たせたまま手下たちのご機嫌取りをひとしきり受けたカリブはなんとか怒りを収め、はぁはぁと肩で息をしながら二人に向き直った。 「奪うものがないなら仕方ないわね…お宝を奪うのは勘弁してやるわ」 「えっ…じゃあ…」 「その代わり、この船で一番価値のある人間を貰うわよ」  その言葉に、緊迫感が再びミーニャ・ニーニャ号を支配する。  キャプテン・カリブが略奪するものはお宝だけに限らない。奴隷船等を襲って気に入った人間を攫って行く噂も聞いている。  彼女にとっては乗組員ですら価値を感じれば略奪対象…人間とは考え方そのものが違うのである。  一体誰を…ピタとユリが周囲に視線を泳がせる中、カリブはぴしりと眼前の少女を指差した。 「アンタにするわ」 「わ…私!?!?」  指名を受けたのは、なんとユリ・レズラレルその人。  目を白黒させる彼女を不躾にじろじろと眺め回したカリブは、合格と言わんばかりにふんと鼻を鳴らす。 「なかなか骨がありそうな奴だし気に入った、見た目も悪くないしアタシの手下に加えたげる」 「ちょ…ちょっと待って!私は人魚じゃないのよ?あんな船乗ったら死んじゃうって!」 「それは大丈夫、コレ飲めば人魚になれるから」  そう言ってカリブは薄い胸元から紫色の液体の入ったフラスコを取り出す。  人魚薬…海の魔女が作る、陸上の生物を人魚に変える薬。伝承上の代物だが魔女を支配下に置いているカリブにとっては気軽に手に入る薬品だ。  困惑するユリ…そんな彼女に同情的な視線を向けている海賊の何人か。  彼女らもまたカリブに目をかけられて人魚に姿を変えられ、今は海賊団員として活動している元人間であった。  背筋に冷たいものが走るのを感じたユリは首を横に振って食い下がる。 「に…人魚になれるとしても、その上で海賊だなんて…」 「何?文句あんの?だったら全員殺すけど」 「そ…それは絶対ダメ!」 「だったらアンタに拒否権は最初からないのよ!オラオラ!さっさと人魚薬飲みなさい!」  窮地に追い込まれるユリに対し、その頬にフラスコをぐりぐりと押しつけるカリブ。  そんな光景を見、レズラレル商会のメンバーがにわかに殺気立っていくのをピタは敏感に察知していた。  当然だ、このままでは自分たちのボスがむざむざ海賊に奪われていくことになる。そうなるくらいならば不利を承知で全力で抵抗するまで。  しかしそれは最悪手…海の上でカリブとまともに戦って勝てる者など彼女が知る限り一人しかいない。全滅は目に見えている。  何か…何か手立てはないか…突破口を探るピタは、こそこそと不審な動きをする海賊の一人に目をつける。 「あれ…?貴女…」 「ギクッ!?」 「キャプテン・カリブ、あちらの方が何かお宝をちょろまかしていらっしゃるようですよ」 「な~~~に~~~!?」  怒りの形相で振り向いたカリブは、慌てる海賊の一人に飛びかかりその胸ぐらを掴む。  こういった裏切り行為は彼女の怒りを最も買う行いなのだ。 「ルミエラ!アンタ良い度胸してんじゃない!アタシの獲物に手を出すなんてね!」 「ヒ…ヒィィ…ご、ごめんなさい姫様…!つい出来心で…!」 「何盗ったのよ!出しなさい!サメのディナーに転職させるわよ!」  恫喝するカリブに恐れ慄きながら、ルミエラと呼ばれた若干陰気そうな見た目の人魚が取り出したのは二枚の布切れ。  手に取って広げるとそれはやけに長いソックス…オーバーニーソックスであることが判明した。  びろりと垂れ下がったそれを見、カリブは怪訝そうに首を傾げる。 「何これ?ゴミ?」 「これがゴミなんてとんでもない!!」  今度は突然興奮したルミエラがカリブに詰め寄るターンとなった。 「いいですか姫様!これはユリニーと言って今界隈では最もホットなユリ様アイテムと言われているんです!」 「ル…ルミエラ…?」 「特にこれは市場に出回っていない限定デザイン!さらに実際に履かれた形跡があるレア物です!断じてゴミではありません!」 「へ…へえ~…」 「姫様に内緒で持ち帰ろうとしたことはお詫びします!ですがこれは!ユリニーだけはどうかお許しください!陸にいた頃からのライフワークなんです!」  早口で捲し立てゼェゼェと肩で息をするルミエラ…どうやら元人間である彼女はユリの熱心なファンであったようだ。  圧倒されたカリブはルミエラから後ずさりながらも、手にしたユリニーをまじまじと観察する。  どうやらユリニーとやらは大変価値のある代物のようだ…こうして熱語りされるとなんだか自分もそう思えてくるから不思議である。  他人が大事そうにしていると何故か欲しくなってくる…そう心が揺らいだカリブの様子を見逃すピタではない。  その側にススス…と歩み寄ると耳元で囁くように問いかけた。 「キャプテン・カリブ、本当に奪うのはユリさんで良いのですか?」 「な、何よ…アタシに二言はないわよ…」 「よくお考えください、ユリさんは優れた商人ではありますが戦いに関しては素人ですし海のことも詳しくありません…海賊としてはお荷物です」 「むう…」  そう言われたらそうかも…カリブは腕組みして低く唸る。  お荷物と言われて何か言いたげなユリを目配せで制したピタは流れるように言葉を続ける。 「ですが、このユリニーは如何でしょう?今、陸ではこのユリニーを手にするのに一国一城を差し出す者もいる程なのです」 「そんなに!?陸の人間ってバカなの!?」 「ええ…バカにしてしまうくらいの価値がこのユリニーにはあるのですよ…」  ピタの言葉の真偽を疑ったカリブはルミエラに視線を飛ばすも、彼女は重々しく頷いて同意する。彼女もバカになった一人なのだ。  ユリニーにそれほどの価値があるのは間違いないらしい…カリブの蒐集欲はますます刺激されていく。  あと一押し…落とせると確信したピタは詰めの一手を放つ。 「もし…今この場で限定デザインの脱ぎたてユリニーが手に入るとすれば凄まじい価値がつくでしょうね…」 「ぬ…脱ぎたて…!?」 「ええ、証拠写真もお渡ししましょう…キャプテン・カリブ、“世界で貴女だけが持ち得る特別なユリニー”ですよ」  ヒュッ…とルミエラの呼吸が止まる音がした。オタク感情が限界に到達したようだ。  キラーワードを言われた瞬間、カリブの心は既に決まっていた。世界で自分だけしか持ち得ない宝…そんなの欲しいに決まっている。  ピタの話が終わるや否やカリブは甲板の者たち全てに声を張り上げる。 「よーし、決めたわ!ユリニーよ!とっておきのユリニーをこのアタシのために差し出しなさい!」  急転直下。海賊たちの標的はまさかのユリニーとなり、要求に応えた商会員たちが慌ただしく撮影の準備を始める。  言いくるめに成功し安堵の息を吐いたピタに、大衆の面前であられもない写真を撮ることになったユリが恨めしそうな視線を向けた。 「やってくれたわね、ピタ」 「ごめんなさいユリさん、これしか方法がなくて…」 「確かに全員助かったけども…!」  だとしてもニーソ以下の価値は複雑な気分である。  そもそもそこまでユリニーが欲しいのであれば当初の予定通り自分の身柄を略奪した後、存分に作らせればいいのではないだろうか…  そんな考えが頭を過ぎるも、どうやらカリブは気付いていない様子…ユリは余計なことを考えないようにした。 「ほら!何やってんのよユリ!撮って奪るわよ!早くしなさい!」 「はいはい!わかった!わかりましたよ!やればいいんでしょうやれば!」 「ユリさんの勇姿…しかと目に焼き付けさせていただきます」 「ピタ!貴女ちょっと楽しんでない!?」  かくして商会員や船員そして海賊たちが固唾を飲んで見守る中、脱ぎたてユリニー及びその一部始終を収めた写真がキャプテン・カリブに献上される。  彼女は満足そうにそれを宝箱にしまうと手下を引き連れて海に飛び込み、海中待機していたバトルマーメイド号と共に去っていった。  そうして再び穏やかさを取り戻した海で、ミーニャ・ニーニャ号は再びギリセフへと向けて針路をとる。 「にしても…カリブはユリニーを手に入れて一体どうするつもりなのかしら…」 「さて…どうなのでしょうね…何しろ我々には計り知れない海の怪物ですから…」  二人が抱いた他愛のない疑問…当然答えを知る者はなく、心地よい潮風に吹かれて消えていくのだった。 * * * * * * * 「これは…女神のニーソでゴザル  かつて恐ろしい海の怪物に船が襲われた際、このニーソが船と乗組員を守ったという伝説があるでゴザル  装備すると敏捷性が上がる他、海上なら逃走コマンドが必ず成功するようになるでゴザルヨ  なお、脚部が細ければ誰でも装備可能でゴザル」  時は遥か未来…  BEN-K1の解説を聞いた未来の勇者は厳重に宝箱にしまわれていたレリックを手に取る。  どこか神秘的な空気を纏ったニーソだ。海の怪物がこれを恐れたという話も嘘ではないように思える。  一緒に宝箱に格納されていた何らかの写真…それは既に風化し判別がつかなくなっていたが、写っているのは女性一人…おそらく彼女が女神なのだろう。  これもきっと何かの役に立つはず…格納器にレリックを収めながら、ふと覚えた疑問に勇者は首を傾げる。 「…しかし何故ニーソなんだ?海の怪物との関連性がいまいち分からないが…」 「レリックとは時に我々には理解し難いものでゴザル…過去世界では何かニーソである意味があったのでゴザロウ」 「そういうものか…」 「そういうものでゴザル…実際この付近の海には魔物避けとして船長がニーソを履く古くからの風習が」  そんな会話をしながら二人は“カリブディスのねぐら”と呼ばれているダンジョンを後にする。  後に残されたのは、宝箱にしまわれていた風化した女神の写真…それは不意に吹き込んできた風によってひらりと宙を舞った。