抜刄、ノートカインド  サイラントに生まれついて、呪いと縁無き者はまず稀有である。  しかし、才覚<インディヴィド>由来にしろ、共同体<コミュニティ>からの産物の呪いにしろ。正負どちらにもさして意味のない微弱な呪いに晒された者もまた居る。  現王室、アイルノヴァ女王より数代遡ってのサイラント王ツィレンⅦ世もまた、そういった呪いを体現した凡人であった。  その内容は触れた者の肉体を操る――と言う一見強力そうなもの。しかしそれは、接触時に限定して互いの身体に回線を作るようなものだ。  戦いにおいては意志の力で抵抗され、或いは逆に肉体を制御され得る。  ただ治療や怪我人の運搬、肉体の不備を確認する事には役立つため、看護師にでも生まれれば大成しただろうと言われた王である。  そのような王が治めていた時代、流れや治安の問題もあってか、王家の力はいささか弱かった――   🔸  遥か遠く昔。聖剣ノートカインドは気付けばサイラントの山にある洞穴に鎮座していた。  剣に意思はあれど、記憶は曖昧だ。誰にいつ造られたのかは解らない。ただ、存在の異質さからかこの呪い多き国から創造されたものではない――と言う実感だけはあった。  刃が深々と刺さっている地面――洞穴の住所はサイラントが王宮のある土地の裏山だが、思い返しても特に王家ゆかりの記憶はノートカインドの意識下に無かった。  どうやらこの裏山は、彼の国の呪いとは無関係の奇妙な生物や器物が出てくるらしく。呪いとは別のポンポンと引き寄せられ出てくる「なにか」の内の一つとしてノートカインドが含まれているようだった。  つまりこの聖剣の存在もまた、当たり前のようにいつしか国からオブジェクトとして受け入れられていたのだ。  国自体が平然と転移するせいか、時折外部から迷い込む存在にも慣れっこである。  ノートカインドの方も己が聖なる存在だからとサイラントを嫌ってはおらず、別段彼の国にかかる呪いを忌避する感情も無い。多くの国民はそれらと折り合いをつけ逞しく生きていた。  ただ、呪いもあってか――皆、聖剣の使い手とはなれぬようである。  稀にサイラントの外部から猛者が来る事もあったが。同じく動かせもしなかった辺り、単に自分の求める条件が厳しすぎるだけやもしれないが。  とはいえ、意思によって抗うまでもなく半ば自動的に弾いているようでもあり。全てはノートカインド自身にとってすら推測でしかなかった。  そうして洞穴に刺さり続けて幾星霜。長い時においては、国の脅威と言えるものも発生する。サイラントにさらなる騒乱を起こし、逆に収めた者も居た。  しかし――脅威に呼応して聖剣を取る主が現れた事は、一度も無かった。  聖剣の預かり知らぬところで事件が起こり、やがて落ち着いていく。その繰り返し。  他人事じみて静かな洞穴の日々。  無為な時。 (なぜ剣に意思など持たせたのか――)  幾度となく抱いた疑問。  超常なるが故自然に発生するものなのか。或いは持ち手に対して更なる多重の裁定がためか、偶発的副産物か、はたまた製作者の遊びか。  回答は無い。    ただ。たまに――迷い込んだ旅人や、子供や、拝みに来る老人たちの話を聞くのは嫌いではなかった。  刃に物怖じせぬ人々を眺めながら、静かに朽ちていくのなら、それもまた定めであるのかと諦観に似た感情がノートカインドの内面を徐々に埋めつつあった――  しかしてまたも世は乱れていく。  サイラント史上最悪の犯罪結社ディガムボラスの活性化や、それに乗じての悪党の台頭。また、国外においてもいくつもの災厄が蠢き出していく。 「――行かれるのですか」 「ああ。頼れる手段は頼っておきたい……」   ある夜の出来事である。  若き王が、ノートカインドの前に立っていた。この時点においての国王――ツィレンⅦ世の姿だ。  誰も連れずひっそりと。聖剣ノートカインドの柄に手を這わせ――やがて、意を決したように力を込める。  が―― (やはり、無理か)  刃は僅かも動かない。ノートカインド自身の意思以前に。物理の法則として現れているかのような――頑然たる「失格」の事実があった。  聖剣にとっては何度も見た光景だ。  そして王にとっても意外な結果ではなかった。ただ、順当な結果だからと言って――落胆や絶望と無縁とはならない。  手を離し、へたりこむ。 「国難なのです」  数ある犯罪組織。増える悪人。例え転移し続けるサイラント国土と言えど――王室も政府も弱きこの時期においては、王であっても呪いに非ざる力に縋ろうとするほどに、心労を抱えていた。  幼さすら帯びた問いかけるようなツィレン王の台詞は、ノートカインドの意志の存在を知ってのものではなかった。独り言に近かった。 「呪われていようと。いや、呪いが弱かろうと。人々を救おうとするのは間違いなのだろうか……?」 「言われたところで聖剣も困るんじゃねえの?」  突然返ってきたその冷淡な回答は、 ノートカインドからのものではなく。  装備を整え、王を害さんと足音を潜めてやってきた悪漢たちのものだった。 「――!?」  思わずツィレンⅦ世が身構えると同時に――息を殺し消していた気配が解き放たれる。  取り巻く害意は、洞穴を取り囲む者たちのそれだ。 「護衛を引き連れれば目立つ――まあそう間違った思考じゃない。遠くならともかく、近場ならなおさら隠れてサッと済ませた方がいいよな」  バレてなければの話だがな。と――賊の内の一人が言った。 「なぜ、僕の居場所が」  焦る王の悲痛さを嘲笑う者は居なかった。 「んー。さっくりと言えば王宮要人の家族を人質に取って、動向を監視させていたわけだが」  特に動じるでもなく平坦に賊の言葉が続く。自慢げですらない。帰すつもりもない――との酷薄な意図がありありと見てとれた。 「安心してくれ、すぐには殺さん。いくらか痛めつけてから、脅迫する。その後どうなるかまでは何も保証できんが――」 (……なんだ、これは)  目の前で救いを求める人が、襲われようとしている。それでも自分は他人事のように地面の岩に刺さっているだけだ。  今まで自身がそこに在ることの意味など、誰も教えてはくれなかった。  助けを欲する者を見捨てるのか?  正義の心を、資格が無いで切って捨てる――それが聖剣なのか?  ふざけるなと――ノートカインドの激情が、無理にでも動こうとした。ここで応えなければ聖剣ではないと。論理ではない衝動で――  そして「何か」が決壊する。  景色が――視覚、と言うより今まで何をもってして知覚していたのかはわからぬが。ノートカインドにとっての景色が、別種のものへと書き換わっていく。  うごめく光。抜け落ちる音。そして迫る、人のような誰かの像。 「なんのつもりだ、ノートカインド」  襤褸切れをまとった男の像<ヴィジョン>は詰問するように詰問するように話しかけてきた。 「貴方は……ここは……?」 「お前を作った者――の記憶が残滓のようなものだ。似合いの姿を取っているだけの、な。」  本当にこんな格好の存在だったかも疑わしいと。幻影であると。 「精神世界――」 「そんな御大層なものじゃない。単なるお前という道具に対する本能的警告だ。一瞬の幻でしかない」  剣に対して本能という時点でいささかおかしいが――いいか? と製作者の幻影が呆れ混じりに指さしてくる。 「お前に意思があるのは、使い手を選ぶためのセーフティーがいち機能だ――論外の持ち手を勝手に認めるためじゃあない。己の役目を忘れたか……?」  こんな場所で、賊に襲われようとしている情けない王のために動く事ではない。それは捻じ曲げだと。そう聖剣を聖剣たらしめる規範は叱り飛ばしているのだ。 「お前が聖剣である限り――無駄と言う物よ。まったくろくでもない国に来たものだ。救世を行うのであれば、尚更あるべき主を待たねばならぬ」 「それで――無視しろと言うのですか」  そうだ。と幻影は返した。 「ここで応えねば――正しき義も何もありません」  それは反論ではなかった。こうしてやると言う決定事項の再確認だった。決断はすでに終えている。 「四肢あらばもたげる頭もあり――」  突如、聖剣ノートカインドが言葉を紡ぎだす。 「待て」  それまで他人事のように語っていた幻影が、聖剣の行動に一転狼狽えだした。しかし、聖剣の言――呪文と、力の脈動は止まらない。 「見据え示すは己が自身の双眸である」  そう。呪い多き地ならば、自ずとそれらの秘術も耳にし――覚えてしまった。 「神人同形、されば人の形に縛られよ――」 「よせっ!」  雑音など耳に入らぬとばかりに淀み無く、術は行使される。 「戯画人型の法」    光包まれ、ヒトガタを得て。剣そのものによってされる定義。 「己自身の勇気で! 信念で戦ってしまえばお前はもう、剣とすら――!」 「それでいい」 「それでも――私はここで誰かの手を取りたい」  幻に満ちた意識の中で。ノートカインドは弾けたように駆け出した。  ニンゲンたちの視点においては突如聖剣が輝いたかと思われた直後、剣が消え。代わりに――何者かが佇んでいる。  後ろを結んだ銀髪。ぴったりと纏わりつく黒衣。布が覆わぬ場所からは腹筋や肩の筋肉が見える。  力強い女が、突如としてそこに居た――  皆が気圧される。  喝を入れるような息吹は、生誕を意味する咆哮だった。  聖なる刄が、女性の姿を取って顕現した。  誰もが動けぬまま。ふと、人の形を得たノートカインドが微笑んで――傍にへたり込んで呆然としているツィレンの頭を軽く撫でると。 「大丈夫」  そう言って、王を後ろに庇うようにして闘志を解き放つ。圧が洞穴を照らし――  賊が混乱する。 (なんだ、この清浄な気――) (人のそれではない。天使か、神々の類か――だが)  それらと比べてもあまりに硬質な気配は――刃を突き付けられているかのような恐怖。  突如消えて出現した謎の女。そしてこの威圧感。つまり。 「聖剣――!」  聖剣であったもの。状況的にそうとしか思えない。誰にも理屈は判らないが、どう見てもその振る舞いは賊の敵でツィレン王の味方だ。    瞬間、周囲から賊のほとんどが、ノートカインドへと跳躍した。  未知に近い脅威に対する焦りが、逃走ではなく逆に排除行動を取らせたのだ。  対して試運転に近い形となる聖刄は僅かに膝を曲げ――  完全に同時に近い形で攻撃してきた相手全員に迷いなく聖刄の拳が突き刺さり――蹴りが薙ぐ。  防具の上からでも血肉を裂く閃光と共に、その傷口を同時に衝撃が押しつぶす。  賊が吹き飛ばされ、岩壁へと激突していた。   切って潰すような痕跡。打撃に斬撃が混ざっている。曖昧に散った剣と人とが入り交じる存在の有り様が、攻撃を「斬打」と変えていた。  一瞬で洞穴内の敵全てを沈黙させた女は、やがて助け起こすようにツィレン王の手を取った。 「貴方は……」  との問いにノートカインドとだけ己の名を返す。  その答えを聞いて。ごめんなさい、と。啜り泣きと共に謝罪がツィレンより出た。  この聖剣――聖剣だったものは、何かを変えてしまった。取るに足らぬ自分のために。自分たちのために――それが、理屈抜きに解ってしまったのだ。 「良いんです。きっとあのまま動けない方が、後悔したのは間違い無いから。それに――」  剣である事は歪めても、己は曲げてませんよ。ノートカインドは言ってのけた。  ツィレン王もまた、そこまでの覚悟があるのならこれ以上の謝罪も侮辱かと――涙を拭って立ち上がる。 「これからどうされるのですか」 「ちょっと世直しの旅に出ようかと思います――そうですね。まず、今は外に居る残りの賊を蹴散らそうと思ってますが」 「そう、ですか」 「ええ。ですから……旅の仲間が居ると心強くて。どうです、一緒に」 「……え?」  気軽に問いかけてくる聖刄の言葉に、王は呆けた言葉を出して――やがて、我慢できないように笑った。  力ではなく。聖剣の使い手としてではなく。自分を奮い立たせてくれた人として、ノートカインドは旅の仲間に王を誘っていた。  ツィレン王の答えは―― 「ええ、是非!」  聖剣と――選ばれなかった王の旅が、始まった。   🔸  そして現代。  ノートカインドが刺さっていた洞穴の地面周りには敷物やら机やら様々な家具らしきものが置かれていた。  特筆して地位も名誉も求めていなかった聖刄だが、それなりに長い時を人の形でふるまっていると自然とこういう貰い物も溜まっていく一方だ。捨てる事もできず――結局は生活感のあるレイアウトが場違いにも広がっている。  そんな洞穴において。客として裸身――の、ように見える恰好をした女王が低い机に肘を乗せ、足を投げ出してくつろいでいた。  現サイラント女王、アイルノヴァである。  彼女は横に座ってぼんやりと遠くを見つめていたノートカインドを興味深そうに眺め。 「郷愁か?」 「ここに来る前の記憶は、私にありませんよ……少し、昔の事を思い返してはいましたがね。にしても……」  ノートカインドが渡されたコップに視線を落とす。 「あのー。アイルノヴァ、私は別に飲食の必要性は無いんですけど……」  女王にして弟子の差し入れに対して――師である聖刄がぼやいた。 「だが、可能ではあるのだろう」 「それはまーそうなんですけど私一応は元々剣と言うかぁ」 「剣が茶を飲んでいかんと言う法は無い!」 「……いや、でも普通」 「貴女が定義付ける普通の剣とやらが飲食可能な能力を持っていないだけだ。できるのなら、やったところで剣である事の否定材料になるものか」 「そんなめちゃくちゃな……」  傍若無人なのか鷹揚なのかもわからない理論である。  もう色々と諦めたとばかりにノートカインドが溜息を吐いて、茶を啜る。今まで押しの強さでこの弟子に勝てた試しがない。  悪党退治の旅を一段落させ、隠遁状態で自身の技を体系化していたら堂々と洞穴に単身やってきたのが――幼き日のアイルノヴァ・サイラントだった。 「面白いっ! その技、私が覚えてやろうではないか」  高笑いしながらそう言ってのけた少女にあっけに取られたものである。  先ず人型の剣が用いる技をニンゲンが覚えるなど――いくら王女とはいえ人知を超えすぎではないだろうか。  そう止めるのも聞かず、結局習得してしまった。  今もいくら王宮から近いとはいえ、こうして唐突に洞穴へとふらっと意味もなく遊びに来る始末だ。完全にお友達感覚である。   「それで?」 「ん?」 「それでさっきは――何か、楽しい思い出でも追想していたのか?」 「いえ、ちょっとばかりツィレン王のことをね」  自身の数代前の王の名を出されて、女王が銀の瞳をいっそう輝かせた。 「ほほう! それはさぞかし……私に似て、愛らしかったのだろうな?」  ウィンクするアイルノヴァに、聖刄は苦笑する。正直なところ無闇に自信満々と言った彼女の性格は、全く似ていなかった。だが、強いて言えば―― 「優しいところは、似ていたかもしれませんね」  曖昧な答え。お茶を濁すような回答だったが、そこに何かを感じ取ったのか。そうかそうかとアイルノヴァも満足気に呵々大笑する。  やがて要件も済んだとばかりに女王も王宮へ帰ろうとする。  直前、人差し指を立てて――もったいぶったように。 「ああ、そうそう」  最近になって、世界に人の姿となる刀剣が増えたそうだぞ――去り際にアイルノヴァは軽く付け足した。 「……はい?」  聖刄は暫し、頬に指を当て考え込んで。 「そこまで切羽詰まった剣ばかりなのかな、今の世の中……」  想像が及ばぬのか、困ったような顔をしていたそうである。