*   *   *   *   * 同じ山間の道をミレーンたちから少し離れた場所に一人の男がいる。彼はスコープのような物で何かを見ている。 「少年を庇っているケガ人と厳めしい恰好のスナイパー。こりゃどっちが悪人か明白だな…」 男は荷物袋の中から銃に使うロングバレルとストックを取り出し、それを腰に下げている拳銃に取り付ける。さらに先ほどまで使っていたスコープを付けようとしたが、気が変わったのかスコープを荷物袋の中に閉まう。 「こんな真夜中に遠くを狙うのなら俺の『鷹の目』の方が信頼度高いからね…」 男は銃を構え、目測でスナイパーを捕らえると銃弾を一発放つ。男の放った銃弾はスナイパーの持っていたライフルに命中し破壊した。 予想外の方向から来た銃弾にスナイパーは反撃をしようとするも、肝心の武器が破壊されてはどうにもならない。スナイパーはミレーンたちを仕留めるのを諦め撤退することにした。 ミレーンの耳に先ほどとは別方向から銃声が聞こえ、次の瞬間には彼らを狙っていた狙撃手の辺りから何かが破壊されたような音も聞こえた。 何が起こったのか判断しようと気を取られた瞬間ラーバルへの拘束が緩み、ラーバルがミレーンから離れる。ラーバルは木の陰から出たがしかし狙撃は来ない。先ほどの銃声が狙撃手を無力化したのであろうか…。 ジーニャを追いかけようとしたラーバルであったが、自分の着衣が血で濡れていることに気づく。 服の中に手を入れ、ケガがないか探ってみたが自分は全くの無傷。先ほどまでいた木の陰を見ると腹部に風穴が開き、息も絶え絶えなミレーンの姿があった。 「おい…大丈夫なのかよ?!」 重傷を負った姿を見てさすがに心配になったのか、ジーニャを追いかけることを忘れてミレーンに駆け寄る。 「ったく…誰のせいだと思ってるんだ…。お前を抑えてたから治療が遅れちまったろ…」 ミレーンはそう言うとケガの具合を見る。弾丸は貫通しているがかなりの重傷には間違いない。 「(こいつはホーリーヒールじゃ間に合わないな…。魔力を全消費するがあれを使うしかないか…)」 「聖魔法『ホーリーリジェネ』」 ホーリーリジェネは上位の治癒魔法である。ホーリーヒールが肉体の治癒力を最大限に活性化させケガを直すのに対し、ホーリーリジェネは肉体の欠損した部分を再生することも可能である。 もちろんホーリーヒールと比べて必要な魔力量は桁違いに多いが、腹に空いた風穴を塞ぐにはこれしかないのである。 ミレーンはケガを修復し立ち上がろうとするが少しよろける。恐らく血が大量に流れてしまったせいであろう。 「追いかけるぞラーバル…」 *   *   *   *   * 黒い甲冑たちはジーニャを抱えて猛スピードで逃げて行く。戦いの中では鈍重であった03も足に取り付けてある車輪を使って高速で走る、所謂ローラーダッシュである。 ライトも彼らに負けじと高速で走る。深夜の森の中で黒い物体を捉えるのは至難の業であるが、がーすけの力で夜目を強化しているのでライトの視界にはまるで暗視ゴーグル付けたかのようにくっきり見えるのである。 01が目くばせをすると02と03がライトの前に立ちはだかる。02は震わせた大鎌を構え、03は両腕を突き出し拳を発射態勢にしている。 「急いでいるからアンタたちの相手をしている暇はないよ。悪いけど本気を出させてもらう。がーすけ、僕もアイツみたいに刃を震わせてくれないか…」 ライトの右腕の刃が超高速で震える。高周波振動ブレードと呼ばれる武器が一番近いのであろう。 03が両拳を発射するとライトはそれを造作もなく避ける。それに気を取られた瞬間、02が距離を詰めライトに向かって大鎌を振るった。 ライトはそれを右手の刃で受ける。先ほどの戦いと違いライトの刃を砕くことができないことに02は動揺した。 「アンタの鎌、切れ味は凄いけど腕は大したことないね。ハナコ姉ちゃんに比べたら全然ぬるいよ…」 ライトは左腕から刃を生やし、右と同じように振動させる。そして鍔迫り合いで無防備になっている02の右腕を左の刃で両断すると、ライトの目に意外なものが見えたのであった。 右腕を落とされた02はおびただしい血を垂れ流し、傷口を左手で押さえて呻いている。 ライトは相手がゴーレムだと思っていたので躊躇なく切断したのだが、中身がまさかの人間だと知り激しく動揺したその時であった。 離れた場所にいる03から何かの機械音が聞こえる。次の瞬間、刃を構えて警戒するライトの目に入ったのは強烈な閃光であった。 極度に感度を上げている状態で食らう強烈な閃光、網膜が焼きつくような痛みにライトは手で目を押さえながら苦しむのであった。 ミレーンとラーバルが追いつくと、そこには目を押さえながら悶苦するライトだけが残っていた…。 ラーバルが一味を取り逃がしたライトに苛立ちをぶつける。 「何やってんだ!俺はお前のこと信用して任せたんだぞ! 目が痛いぐらいなんだよ!」 「いい加減にしろ! 確かに敵を取り逃がしたのはまずかったが、俺たちがアイツらと対峙にするには準備不足だったのは否めないだろ。それに誰のせいで俺の腹に風穴が開けられたと思うんだ!」 ミレーンはラーバルを窘めた。 「じゃあジーニャはどうすんだよ?! 早く行かないと殺されちまうかもしれないだろ!」 「おそらく大丈夫だ。わざわざ人を攫うのにあんな手間暇かけるぐらいだから、何らかの目的があってやっているはずだ。少なくとも今日明日で殺されるようなことはないだろ」 「とりあえず一度撤収するぞ。魔力切れの上に血も足りない…。ライトの目も回復させなければならんしな」 「俺は反対だ。一人になってもジーニャを探す…」 「勝手にしろ。俺とてただ休むためだけに帰るのではない。策は当然ある」 「はぁ?大丈夫なのかそれ?ジーニャにもし何かあったら責任取れるのかよ?」 「もしジーニャに何かあった時は俺を殺せ。それなら気が済むだろ…」 ラーバルの見たミレーンは悲壮な決意を固めた表情をしていた。 「あぁ分かったよ! もしジーニャに何かあったら、ぶっ殺して生首を国に送り返してやるからな」 宿に戻ると3人とも糸の切れたように倒れ、泥のように眠った。とにかく今は少しでも力を回復させることだ…。 *   *   *   *   * 昼前に全員目を覚ます。ライトの目はがーすけの高い治癒力のおかげで回復し、俺も完全ではないが魔力は回復した。準備が出来たところで作戦会議を行う。 「奴らを倒す倒さないはとりあえず置いておいて。まず最優先は敵のアジトとジーニャたちの居場所を発見すること。そのために一番有効なのは囮を使って奴らを誘き出すことだ」 「でもやってくれるような若い女の子なんてもういないじゃないですか。まさかリシーツァさんにでも頼むつもりですか?」 当たり前のような疑問をライトが問いかける。 「そんな必要はない…」 ミレーンはそう言うとライトの両肩に手をかける。 「ライト、女になれ…」 「ちょっと何言ってるかよくわかんないんですけど…」 「本当何言ってるか訳わかんねぇよ…」 ラーバルが信じられないようなものを見る目で俺を見る。 「がーすけの変身能力は竜が人に化けられるぐらいだから、男から女に代わるぐらい大したことじゃないだろ。ライト試しにがーすけに聞いてみろ」 「えっ?何?お前そんな変な生き物だったの?」 事情を知らないラーバルが動揺する。 「わかりましたよ…。がーすけできるの?…そうか…できるのか…」 ライトが目をつぶると身長がやや縮み、体つきも丸みを帯びてくる。表情筋の付き方も女性のそれとなっている。 「うわっ!本当に女になってる! うおっ!デカっ!」 ライトはシャツの隙間から胸元を見て、自分が女になっていることを確認した。 「次は服装だな。体が縮んだせいで今の服はブカブカだ。それに奴らがライトの服装を憶えてるかもしれないからな…。申し訳ないがジーニャの荷物から拝借させてもらおう」 ジーニャの荷物を漁ると出て来た着替えは軍支給の制服と下着ばかりであったが、その中に一着だけ彼女の私服であろう花柄のブラウスとチェックのスカートが入っていた。 「任務なのに何でアイツこんなの持って来てるんだ?」 ラーバルのクソボケな発言にミレーンとライトはため息をつく。 「ラーバルくん。ジーニャちゃんにはこれを着て一緒に歩きたい人がいるから持ってきてるんだよ。少しは女心理解してあげなよ…」 「ラーバル。マスグラにはクソボケ罪というのがあって、最悪死刑になることもあるから気をつけるんだぞ…」 「えっ?!何そのトンチキな罪?! それ言い出したら陛下なんか即死刑執行だよ!」 弟のクソボケは果たして直るのか一抹の不安を感じたが、とりあえず今はジーニャの私服をライトに着せることにした。 「ちゃんと女の子ぽく見えますかね…」 ライトが服を着替えて出てくる。大きな瞳と柔和な笑顔が特徴的で髪を整えるとちょっとした、いやかなりの美少女に見える。 何か気になることがあったのかラーバルはライトを観察している。 「どうしたラーバル?何か変なとこでもあるのか?」 「誰かに雰囲気似てるなぁって…。あれだ、ナタ…いや何でもない…」 ラーバルはお労しや…という表情になりライトから目を反らした。 「じゃあ準備が出来たところで作戦内容を伝える。ライトは囮になって奴らにわざと捕まってくれ。俺は認識阻害を使ってそれを追いかける。ラーバルは昨日の狙撃手がいた辺りを探ってくれ。ひょっとしたらターゲットを見つけるための監視装置みたいな物があるかもしれない」 「じゃあ準備も出来たところで作戦開始だ!」 *   *   *   *   * 昨夜黒い甲冑たちが逃げて行った山間の道をライトは一人歩いて行く。もっともすぐ後ろには認識阻害を使ったミレーンがぴったりマークしているのだが…。 道の傍らに一人の男が立ち木にもたれながら立っている。こちらに気が付いたのか男が寄ってきた。 「こんにちわ可愛いお嬢さん。こんな山道を一人で歩くのは危険すぎますぜ。何せここは怪しい人さらいが出るそうだから、早くお家に帰った方がいいですよ」 例の人さらいの実物を見ていなければ「怪しいのはお前の方だろ」とツッコミたいとこであったが、とにかく今はわざと捕まるのが目的なので邪魔者はさっさとスルーしたくはある。 「ごめんなさい。病気のおじいさんのために山を越えた隣町まで薬を取りにいかなきゃならないんです。ご忠告ありがとうございます。ではっ!」 「おっとそれはいけない、こんな危険な道を一人で行くなんて。でもご安心下さい、この私めがアナタをしっかりガードしてさしあげますから。ところで子猫ちゃんのお名前は何て言うのかな?」 「えっ…えーと、ホワイトと申します…」 「ホワイトちゃんって言うんだ。まるで雪ような君の髪色にぴったりの名前だね!」 「(うわーキモイキモイ…)」 ライトのメンタルが限界に達しそうなので俺は助け船を出した。 「オイ!お前いい加減にしろよ…」 空気を読まないナンパ男の首を背後からスリーパーホールドで固める。 「えっ!何?! 怖いお兄さん出てきた! またこのパターンかよー!」 ナンパ男を連れて俺たちは道沿いの森の中に入る。 森の中でナンパ男を正座させて彼の身元を確認する。 「B級冒険者『必中のスナイプ』。身分証は本物のようだな…」 「だから言ったでしょ。俺は人さらいからホワイトちゃんを守ってやりたいただそれだけなんで! 信じて下さいよぉ旦那ァ!」 「ここには一体何しに来たんだ?」 「そりゃもうこの人さらい事件の解決ですぜ。ギルドの女性冒険者もかなりの数がこの件では行方不明になっているから、何とかしてくれって頼まれちゃってさぁ…。それにもし解決できたら女の子たちのヒーローじゃん!モテまくりやりまくりのハーレム誕生ってわけよ!」 「この件は俺たちが何とかする。足並み乱されても困るから帰ってくれ」 「でもさぁこういう見方もできません? こんな山道を女の子が一人歩いてるのなんて、あっちからしたら怪しさ満点じゃないですか。むしろ誰かボディーガードがいた方が自然じゃないですかい」 確かにこの男が言うことも一理ある。 「まぁいい。それなら付いて来てくれ。ただし狙いは奴らのアジトを突き止めることだ。犯人が出てきたら無理をしないで逃げるんだ。いいな」 「了解しました! じゃあホワイトちゃん、仲良く一緒に行きましょうか。あっそうだ、お近づきの印にプレゼント。幸運のラッキーアイテムだからぜひ付けてくれないかな」 スナイプは腰のポーチからライトにブローチを手渡した。