コージン=ミレーンの日記 R月K日 マスグラ皇都を発ってから早T日。レストロイカ帝から受けたラバジニャをくっつけろという密命を果たすために、あれこれ理由を付けて遠回りをしていたが二人は一向に進展がない。気が付けば国境線まであとわずかの辺境領。最近はラーバルだけでなくジーニャまでキレ気味になっているので、今度こそこの国を離れねばならないようだ。レス兄からの願いを果たせず申し訳ない気持ちが残る…。 *   *   *   *   * この日の昼過ぎ、辺境領に入り最初の町へと着く。町の中心地だというのにどことなく活気がない。田舎なんてこんなもんかとも思いながら、昼食を取るために付近にあった食堂へと入る。 飯時なので食堂の中には労働者や農民と思わしき男たちで溢れかえっていた。空いている席に着くと皆俺達の方を見る。旅人が珍しいのであろうか…。 「いらっしゃい。アンタたち旅のお人かい?」 注文を取りに来た給仕の男が声をかけてくる。 「そうだ。この町はよほど旅人が珍しいようだな…」 「若いお嬢さんなんてこの町にはいないからね。旅をしているのなら悪いことは言わないから、飯を食ったらすぐこの町を、いやこの領内を離れた方がいい」 確かに思い返すと町の中にいた女性は中年や老婆ばかりで、過疎化が進んで若者は皆都会に出てしまったのだろうか。いやそれならば子供の姿すら一切見かけないというのもおかしくはある。 「それはどういう意味なんだ?」 「人攫いが出るんだよ。この町を出て国境線側の方に行くと、いやこの町にもだがね…。ある夜町中の若い女たちが夢遊病のようにフラリと出て行ったと思ったら誰一人として帰ってきやしねぇ。別の日には町中のガキどもが同じようになった。それでこの町はこの有様ってわけさ…」 「アンタたちはそれを見て何もしなかったのか?」 給仕の話を聞いて思いついた素朴な疑問を返す。 「もちろん連れ帰ろうとしたさ。そうしたら出やがったんだよ、黒い甲冑のような物を着た連中がさ…。腕っぷしに自信のある奴らが袋叩きにしようとしたが、逆に皆返り討ちに遭っちまった。そんな話はこの町だけじゃねぇ、近隣の町や村でも同じようなことがあった。だから悪いことは言わないからさっさと引き返した方がいい…」 甲冑のような物を着たという言葉にラーバルは以前聞いた忠死の騎士の話を思い出したが、奴らの目的は人を襲うことであって拐かしではない。それに大勢の人間を夢遊病のように操る手管も気になる。 甲冑の者以外に魅了魔法のような人心を操作する魔法使いでもいるのであろうか…。 「この領の国境線にはルタルタの生息圏と接しているな。奴らの仕業なのか?」 俺の思いついた推論にラーバルが反論する。 「それはないな。ルタルタは確かに息をするように侵略をするが、それは生息圏の拡大と部族内における一種の示威行為のために行っている。つまり俺ツエーってとこ見せつけたいのに、女子供だけ攫うようなセコい真似はアイツらの内々では恥ずかしい行為になっちまうのさ」 「そんなことよく知っているな」 彼の口から出た見識に俺は素直に感心した。 「ルタルタの生態は座学でやったからな。魔王軍と隣接してないこの国では一番の脅威だし。ジーニャ、そうだったよな?」 「あっ、うん、そうだったな…」 意表を突かれたのか、ジーニャは動揺した声色で返事をする。 「(あっ、知らなかったんだな…)」 ジーニャの様子を見てライトは色々察した。 「そんなことがあったのにここの領主は何もしてくれなかったのか? 職務怠慢過ぎないか?」 「もちろん私らも領主様にお願いしたさ。多くの兵隊さんを使って捜索や見回りもしたけど、この人数じゃ勝てないのが分かっているのか賊どもは現れやしねぇ。もうどうしたらいいんだって感じだよ…」 危険な臭いのする案件ではあるが領内の人々の悩みであり、何よりも攫われた人々が心配である。そして俺としては人々を夢遊病のように操るという手管に忌器の予感もした。 まずは事情を聞くのと協力を仰ぐために、ここの領主に会おうと皆に提案する。 「無理だって!領主ってのは貴族だぞ。一介の旅人や兵士と会ってくれるわけないだろ」 ラーバルが常識的な反応を示す。 「会ってくれなかったらそれはそれで別に構わないさ。でも俺たちの利になるようなことは少しでもやっておくべきだろ」 兄の無駄にポジティブな物言いに、ラーバルは勇者である父親や子供の身ながら思いつきで他国に冒険へ行く弟との血の繋がりを感じるのであった。 *   *   *   *   * リツィミェール辺境伯亭。山沿いに建てられた広大な敷地は自軍の兵営も兼ねられており、中では馬上戦の演習が行われていた。俺たち四人はその正門前に立っていた。 「そういえばここの領主の人となりはどうなんだ? ラーバル何か知っているか?」 「知らねえで来たのかよ。ここの領主はリシーツァ=リツィミェール辺境伯。女性ながらも代々武門の家柄。対ルタルタ防衛線の要の一つで陛下からの信頼も篤いらしい」 「人柄的な部分はどうなんだ? ほら逆臣はマスグラの名産品だし」 「名産品言うな! ここは大粛清時代に先代が不慮の事故で亡くなって代替わりしたそうだから以前のことは分からないけど、本人には悪い噂を聞くようなことはないな。まぁ当主になったタイミングで周りの逆臣たちが粛清された末路を見ればそんな気は起こさないだろうけど…」 ラーバルの話からとりあえずは信用できそうな人物だと判断し、正門にいた門兵に声をかける。追い返されるかと思いきや話を通してくれたようで、執事と思わしき中年の男がやってくる。 「旅の…それも兵士の方ですか…。事情はお伺いしております。主人もお話を聞きたいとのことですので、中へお入り下さい」 俺たちは豪奢な応接室へと通される。案内されてから少し経つとこの館の主人である リツィミェール辺境伯が入ってきた。年の頃は20代半ばぐらいだろうか、長い黒髪が印象的な一見武門の家柄とは思えない落ち着いた佇まいの女性である。 「リシーツァ=リツィミェールと申します。この度は我が領のためにお力添えをいただけるようで、大変感謝しております」 「何分賊どもは狡猾なようで我が共の兵を見ると姿をくらましてしまいます。そこでギルドを通じて冒険者たちに捜索させたり、女性冒険者を使って誘き出させようとしましたが失敗続きでして…」 「このままでは我が領は滅亡の危機でございます。ぜひお力をお願いします!」 彼女の必死の頼みに、皆思わずうんとうなずいてしまった。ただ話を聞くには賊は相当の強敵のようなので、あくまで賊と被害者の捜索をメインとして討伐は辺境伯側で行うよう話をつけた。 *   *   *   *   * 辺境伯との会談もあり日も暮れてしまったため、その夜は辺境伯亭の最寄りの町へと宿泊することにした。この町でも若い女性の姿は珍しいらしく、戸締りをしっかりして見張っておくんだよと心配をされた。 俺はラーバルに一緒の部屋でジーニャを見張っていろと言ったが、ラーバルの奴はふざけんな!と言い放ち俺たちとの相部屋でふて寝をした。 俺たちはジーニャが妙なことにならぬよう彼女の部屋の前で交代で見張りをする。深夜2時ラーバルの見張りの時間帯に動きがあった。 どこからともなく甘い匂いが漂う。ラーバルが訝しんで周囲を見回すとジーニャの部屋から何か物音がする。中を確かめようとしたが内鍵がかかっている。 同時刻その甘い匂いを感じた途端、俺の胸に嫌な感覚が奔った。これは以前迷いの森でも感じたのと同じ感覚、そう忌器の予兆だ。 俺は飛び起きるとライトを起こし、ジーニャの部屋の前へと急ぐ。部屋の前ではラーバルが鍵の閉まったドアを相手に悪戦苦闘していた。 俺は体当たりでドアを破る。中にはジーニャの姿はなく窓が開いている。どうやらここから出て行ったようだ。 俺とラーバルは周囲をライトには空からジーニャを捜索をさせる。すると上空からジーニャを発見したという報告がきた。俺たちはその声の方へ向かうと、町の中心通りを夢遊病患者のようにふらふら歩くジーニャの姿が見えた。 ラーバルが彼女を止めようと腕を掴むも物凄い力でふりほどかれる。 どうにもならないので俺たちはこのままジーニャを泳がせて犯人を捕らえる方向に切り替えた。 追跡を始め10分ほど歩き続け、町外れまで出る。するとそこに奴はいた。 香炉のような物を持った人物、噂通り黒い甲冑のような物を身に纏っている。この甘い匂いはその香炉から出ているようだ。 甲冑のような物と表現したのはデザインがとても鋭角的で機械的に見えたからである。ひょっとしたら甲冑ではなくゴーレムなのかもしれない。 黒い甲冑はジーニャを抱えると俺たちを警戒したのか脱兎のように逃げて行く。俺たちも全速力で追跡する。 あんな重そうな物を纏っているのに俺たちは付いて行くだけでも精一杯だ。やはり人間ではなくゴーレムなのだろうか…? *   *   *   *   * 気の遠くなるような時間追いかけっこをしていると、いつの間にか山間の道へと入っていた。黒い甲冑はそこで止まると何やら合図をする。すると木々の間から黒い甲冑がさらに2体現れたのだった。 中央にいるジーニャを攫った黒い甲冑にはよく見ると肩に01という番号が書かれていた。01の右隣にいるやや細身の甲冑には02、左隣の巨体の甲冑には03とあった(便宜上ここから先は番号で呼ばせてもらう)。 01は腰に下げていた双剣を抜く。02は持っていた棒のような物を振り回すと柄の長い大鎌へと変形させた。03は右腕を俺たちに向けた…。 03の右拳が弾丸のように発射される。俺たちが避けるとそれが戦いのゴングとなった。 俺たちはそれぞれに分かれ俺は01、ライトは02、ラーバルは03と相対する。 俺はいつものように両手両足に魔力を込め刃と化させる。だが01の双剣と打ち合うも斬り負けてしまい俺の腕に裂傷が走る。 「ムダダ…セイケンハ セイケンデシカコワセナイ…」 機械的な音声が聞こえる。コイツしゃべれるのか?! それに聖剣?!そんな物を何でこいつが?! 俺は打撃戦を諦め、投げ技と関節技で仕留める方向に切り替えた…。 ライトは前の旅の時のように、右腕から刃を生やして02の大鎌と斬り合う。技前はお互い互角のようで双方決め切れず膠着状態が続く。 らちが明かなくなったのか02が大鎌にあるスイッチのような物を入れると静かな振動音を放ち刃が赤熱化する。 ライトが再度斬りつけると02も大鎌で打ち返す。打ち合った瞬間であった、ライトの刃が切断される。危うく腕が落とされるところであったが、身を躱して難を逃れる。 ライトは再び右腕から刃を生やすが何合打ち合っても結果は同じであった…。 高速で発射された03の右拳にはワイヤーが繋がっており、避けられると見るやすぐさま巻き戻し次弾を発射する。そしてそれは左拳も同じ造りであった。 当たれば樹木を簡単にへし折る強威力だけあって、ラーバルは避けるのが手一杯で近づくことすらできない。もっとも近づいたところで堅牢そうな装甲をどうにかできるとは思えないが…。 攻撃を避けながらラーバルは敵の観察をしていた。それによると放たれる拳は高速だが本体は動きが鈍重である。つまり飛び道具は当てられるということだ。 木の陰に隠れながら呪文の詠唱をする。そして両拳のワイヤーを巻き切る前に03の前に飛び出し魔法を放つ。『漆黒の焦閃』ラーバルが得意とする闇魔法由来の爆炎である。 仕留めた!とラーバルが思った瞬間、爆炎の中から鋼の拳が飛んでくる。必死に避け直撃は免れたが最高火力で放った爆炎がノーダメージだったのは彼に動揺をもたらした。 「なら次はコイツだ!」 ラーバルはすぐに思考を戦いにへと切り替える。このメンタル強さは軍で鍛えられた成果なのであろう。ラーバルは再度呪文を詠唱する。それは彼のもう一つの切り札『深淵の超重量』である…。 俺と01の戦いは01優勢に進んでいた。何しろ打ち合うことができず、双剣を避けるので手一杯であった。しかしそれでも少しずつ距離を詰める。そして右左と連撃を放った瞬間の隙を見計らい俺は01の伸びきった左腕を捕らえる。 左腕を脇に抱えながら体重をかけ01がうつ伏せになるように倒した、所謂脇固めである。 「人間だかゴーレムだか知らんが関節を決めてしまえば動けまい!」 うつ伏せに寝転ばせているため01の右手に持つ剣は俺には届かない。左手に持っていた剣は関節を決めた瞬間に手放していた。このまま一気に腕をへし折ってやる!そう思った瞬間であった。 見えない何かが俺の顔面と後頭部に打撃を加える。衝撃で関節技のホールドが緩むとその見えない何かが俺の腕を掴んで引き剥がす。一体何が起こったんだ…。 「深淵の超重量!」 先ほどと同じようにタイミングを見計らいラーバルが魔法を放つ。上からのしかかる超重量に03は膝を落とし両手を突く。このまま押し潰そうとラーバルがさらに魔力を込めた時、03から大きなモーターの駆動音が聞こえた。 03が立ち上がるとラーバルへと近づく。重力がかかっているため拳を飛ばせないから直接攻撃を加えようとしているのだろう…。 ラーバルが深淵の超重量を解除するかどうか迷っていた瞬間、この戦いに動きが起きた。 関節技から逃れた01が双剣を拾い何やら合図をする。02と03もそれに従い俺たちから徐々に距離を取る。何が起こるのだろうと俺たちが警戒をしていると、03の装甲の腹部が開き何かが放たれた。 煙幕だ!  煙幕が晴れるまでほんの10秒ほどであったが、その隙に奴らはジーニャを攫い逃走した。周囲を見回すとライトの姿が見えない。どうやら先行して奴らを追いかけているようだ。俺たちも追いかけようとした時、俺の中にいる聖女の声が聞こえた。 『いけません!左上より何かが飛んできます』 左上を見ると山の中腹辺りに何か光るものが見える。俺は駆け出そうとするラーバルを掴み引きずり倒した。次の瞬間遠くより銃声が響いた。俺はラーバルを庇いどてっ腹に一発食らったのであった。 俺はラーバルを抱えると木の後ろに逃げ込んだ。ジーニャを追いかけようと半狂乱になっているラーバルを俺は必死に抑えた。 「離せ!ジーニャが!ジーニャが!早く追いかけないと! 邪魔するな!いいから離せ!」 「落ち着けラーバル…。遠くに狙撃手がいる。今出て行けば無駄死にするだけだ。ジーニャはライトが追跡しているから、今はまだ抑えるんだ…」