包丁の音が、静かなキッチンに響いていた。 玉ねぎを炒める匂い、鍋から立ち上る湯気、換気扇の低い音。夕食の支度はほとんど終わっていて、あとは彼の帰りを待つばかりだ。 鍵の音がした。 玄関のドアが開く音、靴を脱ぐ音、廊下を歩く足音。それだけでわかる。足音がひとつひとつ重くて、低い。 キッチンの入り口に、彼が立っていた。 天井に届きそうなほどの長身に、厚みのある分厚い胸板、そして頭に立派な角を戴く牛獣人の彼。 オブシディウス。珍しくスーツ姿の仕事帰りは少し着崩れて、ネクタイが緩んでいる。黒い短毛に覆われた大きな体が、そこにあるだけで部屋の縮尺が変わる気がした。 彼は何も言わなかった。ただ腕を、横に広げる。 「……ん」 それだけだ。言葉はない。でも意味はわかる。 フライパンの火を止めて、手を拭いて、歩み寄った。 包まれる、というのはこういうことを言うのだと思う。一歩踏み込むだけで、両腕がこちらの全部をすっぽりと覆ってしまう。顔は雄牛の胸板の、ちょうど心臓の近くに押しつけられる形になった。服越しに、低い心音が聞こえる。 「おかえりなさい」 「……ああ。ただいま」 くぐもった声が、上から降ってきた。 腕の力が、少し強くなる。 オブシディウスの匂いがする。汗と、外の空気と、彼固有の何か。それを嗅いでいると、体の中の何かがゆっくりとほどけていく感覚があった。これは少し変態的かもしれない、と毎回思う。思うけれど、やめられない。 ふと、頭の上に重みを感じた。 見上げることはできないが、わかる。彼の顔が、こちらの頭に埋まっている。鼻が髪に触れて、深く、ゆっくりと息を吸い込む気配がした。 オブシディウスも同じだ。 そのことがなんとなくうれしくて、胸が温かくなった。抱きしめているようで、どちらが抱きしめられているのかわからない。 僕の肩口にすりすりと額を擦り寄せてくる仕草は、雄牛の大きさに反してひどく愛らしい。オブシディウスの広い胸に抱かれ、体温と匂いに包まれていると、僕の奥底からじんわりと熱を帯びた甘い疼きが湧き上がってくるのを感じた。 今すぐ押し倒されたいような、オブシディウスを独占したいような気持ち。けれど、彼もお腹を空かせているはずだ。逸る気持ちをぐっと飲み込み、僕はオブさんを見上げた。 「ご飯、できてるよ」 「もうちょっと、このままでいさせろ」 珍しく、オブさんが離れなかった。疲れているのかもしれない、と思いながら、こちらも黙って身を預けた。急ぐことは何もない。 テーブルに並んだ皿を、オブさんはひとつひとつ、確認するように眺めた。 「ずいぶん作ったな」 「オブさんよく食べるからね」 「……まあな」 否定しないところが正直だ。 大きな椅子に腰を下ろすと、彼はさっそく箸を手に取った。その所作を見て、いつも少し不思議に思う。あれほど大きな手が、箸をそれなりに器用に扱う。食べ散らかすわけでも、かき込むわけでもない。ただ静かに、着実に、大きな口に料理が消えていく。テーブルに乗せた皿がみるみる空になっていく。 赤い舌が、ちらりと覗いた。 なんでもないような仕草だ。口角に残ったソースを舌先で掬うような、ただそれだけのこと。なのに視線が、そこに吸い寄せられてしまう。その生々しくも健康的な赤色。さきほど沈めたはずの甘い疼きが、再び僕の下腹部をツンと刺激した。 オブシディウスのあの口が、あの舌が、夜になれば僕の身体をどんな風に這うのかを想像してしまう。無意識のうちに僕の視線は熱を帯び、オブさんを見つめてしまっていたのだろう。 ふと視線を感じたのか、彼が箸を止め、こちらを見やる。 気づかれている。 目を戻すと、彼がこちらを見ていた。唇の端が、ゆっくりと上がった。ニヤリ、というやつだ。声も出さず、指摘もせず、ただそれだけ。 「……なんです」 「べつに〜?」 涼しい顔で箸を動かす雄牛。見透かされている。 「今日、どうでした?」 話題を変えた。 「まあ、いつも通りだ」と彼は言う。「事務局がうるさかった」 「なんて?」 「カルトサークルを潰すだとか、モンスターOB様からのありがたいクレーム対応とかな」 「それは…頼りにされてるんですかね」 「どうだかな。下っ端教授を捕まえて、便利に使いたいんだろ」と付け加えて、彼は汁物をすすった。「お前は?」 「僕は……特に何もない一日でしたよ。あ、モクダイがスーツ破ってスイちゃんに怒られてた。ついでに社長も」 「また太ったのかよ」 「そうみたい。今度、一緒に筋トレすることになって」 「そうか、俺も行っていいか?」 「いいかも! 笑顔で追い込み掛けてくるトレーナー役やってよ」 「ふふん、任せろ」 弾む、という感じではない。でも穏やかだ。会話と沈黙が、交互に、自然に訪れる。それが二人の食卓の普通だった。こういう時のオブさんは意外と静かで、こちらも無理に沈黙を埋めようとは思わない。週末どこに行くか、先週見た映画の話、冷蔵庫の中のもので何が作れるか。他愛もない言葉が、湯気の向こうに浮かんでは消えた。 「これ、うまいな」と彼が言った。 「ほんと?」 「毎回言ってるだろ」 「毎回うれしいんですよ」 オブシディウスは何も言わなかった。でも箸のペースが少し上がった。それが彼なりの返事だとわかっていた。 食後、片付けはオブさんに任せた。 「いい、僕やりますよ」 「いや、先に風呂入ってろ」 「でも――」 「いいから」 短く、有無を言わせない声だ。こういうとき彼に言い返しても無駄だということを、短い付き合いで学んでいた。 「それに――ちゃんと支度してこいよ」 トーンを落とした雄牛のバリトンが、耳朶を舐めるように囁く。その意味に気がついて、一拍置いて赤面を強くした僕は、何も言えずに浴室へ向かった。 背後で水の音が始まる。雄牛の大きな体が、小さなキッチンで洗い物をしている。その光景の中のオブさんは、鼻歌でも歌いそうに機嫌が良いみたいで、なんとなく腹が立った。 後から風呂に入った雄牛が戻ってくる。天井の灯りを落として、小さな間接照明だけが灯っている部屋に。オブさんはそれを特に何も言わずに受け入れて、こちらの隣に腰を下ろした。 全てを曝け出した彼から、石鹸の匂いがする。そして、隠しきれない獣臭。部屋の空気が、甘く、重たい。 しばらく黙っていた。テレビもつけず、音楽もない。夜の気配だけが、部屋に満ちていた。 雄牛の手が、隣に伸びてくる。こちらの手の甲に、ただ置かれる。それだけだ。でもその重みと熱が、ゆっくりと伝わってくる。 「……ねえオブさん」 「なんだ」 「今日、疲れてた?」 少し間があった。 「まあな」 「そう」 「お前が待ってるから、帰ってこれたけどな」 こういう事をさらりと言う。オブシディウスはたまに、こちらの心臓を止めるようなことを何気ない顔で言う。 何も返せなくて黙っていると、彼が覆いかぶさるようにして、こちらの頭を肩に乗せた。大きな手が、髪をゆっくりと梳く。 「……」 「眠いか?」 「眠くない」 「そうか」 梳く手が止まらない。こちらの呼吸が、少しずつ変わっていくのがわかった。 彼の方を向く。 距離が、縮まった。 オブシディウスの顔が近い。黒い短毛に覆われた顎、横に広い鼻、紅い瞳。その瞳がこちらを映している。 鼻が、触れた。 雄牛のそれは、ひんやりとしていて、しっとりとやわらかい。ただ軽く触れ合わせるだけの、そっとした接触。体温より少し低いその感触が、妙に鮮明に伝わってくる。 ゆっくりと、擦り合わせるように動く。 それだけで、もう頭がぼんやりとしてきた。 やがて角度が変わった。鼻先が下がって、唇と唇が、そっと触れた。 ちゅ、と小さな音がした。 すぐに離れる。 また触れる。 また離れる。じらすような、でも焦っている様子はない、既にオブシディウスのペース。こちらはもうとっくに欲しくて仕方がないのに、彼は一向に構わない。 「……」 「なんだ」 「もっと」 「まだだ」 まだ、と言う。 ちゅ、ちゅ、と水音だけが続く。唇の端、上唇、下唇と、ひとつひとつ確かめるように。こちらの息が浅くなっても、彼のペースは変わらない。 やがて唇が離れた。 顎の下へ、首筋へ。 オブシディウスの唇が、皮膚に触れるたびに熱が残った。ゆっくりと、下へ。鎖骨の窪みに口づけが落ちたとき、思わず声が漏れた。 「っ……」 「ここか」 確認するように、もう一度。 「やめっ……」 「やめないけどな」 わかっていた。 オブシディウスから与えられる快は、決して止まらない。薄皮を剥ぎ取るように、小さく、小さく、僕の身体に火をつけていく。 胸元へ、腹へ、脇腹へ。雄牛の唇が描く線が、皮膚の上に熱の地図を作っていく。 そして内腿へ。 無骨な指が、そこに触れた。壊れ物を扱うような、信じられないほど繊細な力加減で。武骨で、節くれだった太い指。あれほど大きな手が、宇宙で一番脆い宝石を扱うように、極めて優しく、慈しむように僕の秘所をなぞる。 その指使いが、毎回、僕の頭を混乱させる。 撫でる。また撫でられる。大きな掌全体で、体の境界を確かめるように。 粗野で乱暴な言葉遣いと、巨大な身体。それらとは正反対の、あまりにも甘く優しい手つきとキスの雨。 「……綺麗だな」 内腿に顔を埋めながら、彼がぽつりと呟いた。 つぷ、と滑らかに境界が破られる。雄牛の熱を持った舌が僕の内側を舐る。 「お、オブさんっ!そこは…」 「支度は完璧じゃねぇか。俺の嫁さんはどこも綺麗だな」 有無を言わせない雄牛の肉が僕の後膣を抜き差しするたびに、体の芯から熱が滲む。 オブシディウスの顔を見た。こちらを見ている。その目には、静かな熱がある。さっきのニヤリとした笑みではなく、もっと深い、獲物を狙う獣の執着。 「……逃げないから、大丈夫」 「分かってる」 短く言って、また手が動いた。 雄牛から与えられる快感は逃げ場を潰すように、僕の体を暴いていく。意地悪と優しさが、彼の中では矛盾なく存在している。それがずるい。 気をやる箇所がない。 いつか読んだ話を思い出した。巨大な岩を砕くのに、有効なのは激流ではなく、長い時間をかけて滴り落ちる雫だと。水の激しさではなく、その根気強さが岩をブチ抜くのだ。 オブシディウスのやり方は、まさにそれだった。激しくはない。圧倒的な体格をもってしても、彼は力任せに僕に迫ったりしない。ただ丁寧に、丁寧に、触れ続ける。撫で続ける。口づけを続ける。 離さずに、でも強く縛ることもなく。その根気強さが、僕の抵抗を削っていく。 もっとも、抵抗する気などとうに消えているというのに。今はただ、「もっと」と思っている自分を持て余しているだけだ。 どこまでも丁寧な愛撫。僕の反応を確かめながら、少しずつ、こじ開けられてしまう。 鎖骨に口づけて、息が変わるのを確認してから、また別の場所に移る。 肩の付け根、腕の内側、手首の脈打つ場所。 どこに触れられても、電流のような何かが走った。皮膚が、雄牛の体温に慣れることができない。どこに触れられても初めてのように反応してしまう。それがくやしいような、でもどうしようもないような。 「……ちゃんと、感じてるか?」 「……うん」 「声、聞かせろ。我慢してるだろ」 図星だった。彼はそういうことを、さらりと正確に指摘する。僕が隠そうとしているものを、あっさりと見つけてしまう。 「我慢しなくていいぜ」とオブシディウスは言った。 「お前の声が聞きたい」 その言葉が、直接的すぎて、かえって息が詰まった。僕の声が聞きたい、と雄牛は言う。 それはなんて、恐ろしくて、甘い言葉なんだろう。 「……」 「おい、何か言えよ」 「……恥ずかしい」 「お前が恥ずかしいの、知ってる」 知っているからこそ、言わせようとするのだ。意地が悪い。本当に意地が悪い。でもオブさんが「お前のことを知っている」と言うとき、そこには奇妙な安心感がある。知られている、ということの、温かさ。 踏み込んでくるまでの速さに似つかわしくない。 肌を重ねる時、オブシディウスは何も急がなかった。何も急かさなかった。ただこちらが溶けるのを、根気強く、丁寧に、待ち続けた。そうだ。この雄牛に暴かれるとき、オブさんは決して僕の嫌がることをしない。 岩を穿つ水の話を思い出す。 でもオブシディウスは、冷たい水ではない。彼は熱だ。じわじわと染み込んでくる、消せない情熱。触れるたびに体の中に蓄積されて、やがてこちらの体温そのものを変えてしまうような。 オブさんの子種が欲しくてたまらない。目の前の雄を受け入れたい。 今や、ぴたりと照準を合わせた雄牛の巨根が、僕を貫かんと鼓動を伝えてくる。 ここに来ても、この雄牛は僕に選択の余地を残すのだ。 小玉スイカほどの亀頭が、僕の排泄腔に押し当てられる。幾度と貫かれて緩んだ後ろが期待に震えているのが分かる。その巨根に貫かれることで、奥底に子種をつけられることで、子宮に次世代を宿すことで。僕の未来に、オブさんと共に無い時間が考えられないような。 「…良いよな?」 「…好きです。オブさん」 返答にはなっていないけれど、2人の間はそれでよかった。 ぬる、と括約筋が限界まで開き、雄牛の先端をを受け入れる。拳より大きなオブシディウスの愛が、僕の膣をみっしりと満たした。圧倒的な質量に息が詰まる。 入口の痒さも、乗り越えた悦楽も、侵入を拒む襞も、何も関係がない。圧倒的なオスに奉仕する悦楽に、全身が震える。 「っはっ…ふぁ♥……大っきぃ」 「痛ぇか? 抜くか?」 「いや…続けて…」 指同士が握り込まれる。これから来る大波に備えて、離れないように。繰り出されるストロークはあまりに緩慢。それでも、オブシディウスの大質量が、生殖器と化した僕を抉る刺激は、到底耐えきれるものではない。 オブさんの顔が降ってきて、半開きになった唇が絡め取られた。分厚い舌が滑り込んできて、口の中を丁寧に、でも遠慮なく探ってくる。熱い。唾液がじわりと混ざって、飲み込む間もないまま、次の波が来る。 息継ぎのタイミングすら、オブシディウスが決める。少し引いたかと思えばまた深く、酸素が薄くなり始めたころに、ようやく鼻から細く空気を吸わせてもらえる。 支配されていると、はっきりわかる。 でも怖くはない。むしろこの息苦しさごと、オブさんに預けてしまいたい。 下腹がぼこりと膨らんでいる。目の前の雄に合わせて、身体が作り替えられていく。呼吸も、鼓動も、全てが、オブシディウスに。 みり、とオブさんの肉が狭路を進むたびに、反射的に締めてしまう。 「っは…んはぁ……♥」 犬みたいに舌を突き出して、酸素を取り込むごと、目の前がバチバチと明滅する。 「オブさんっ!オブさん…!」 「…今日はここまでにしとくな」 突然の宣言。 嫌だ。まだオブさんを収めきれていない。 雄牛の長大な男性器は、半分以上を残して、そのグロテスクな威容を股下に覗かせている。 駄々をこねるように首を振る僕の頭を、オブさんは優しく撫でた。慈しむような笑み。 「……な、んで…?」 「壊しちまうといけないからな」 「そのかわり」 ぞくり 「気持ちよくしてやる」 ギラついた目が物語っていた。 ここからが雄牛の本気。 「ッ――ん゛ん゛゛――――♥♥♥♥」 ごちゅっ!ごちゅっ! 容赦のないピストン。 呼吸が止まる。 腰の感覚が無い。 弱いところなんて関係ない。全てがすり潰される。 ひたすら背骨を通って押し寄せる快感を処理できない。 白飛びする意識。オブシディウスの真剣な眼差しが焼き付く。 雄牛の息遣い。 頭が自由落下していく。 「オ゛ブさんっ♥むりっ♥むりぃ゙ッ♥怖゛いっッ♥♥」 「俺に任せとけ!掴まってろ!」 「ひぃ゙ぃぃ♥っっ――♥♥」 「イクぞっ!」 お腹に熱いものがぶち撒けられる。 雄牛の鼓動を感じながら、僕は意識を手放した。 あとピロートークでいちゃいちゃする ……エロくならない!誰か添削して