旧聖都カンラーク。 今は魔の手に落ち、かつての栄華は見る影もないこの地の外れには、小さな教会が建っている。 人が住まなくなって久しく、かといって魔物が住処にすることもないこの教会は、最早屋根が抜け落ちて鉄骨だけになり果てており、それ自体が巨大なアトリウムのようであった。もともとあった装飾も朽ち果ててしまったらしく、光を浴びて煌めくものは雨粒以外なにもない。 …しかしこの教会にはある噂話が存在する。この地下にはかつて聖騎士が使っていたとされる聖剣が錆び一つなく佇んでいるらしい。そして夜な夜なこの教会を飛び出しては、カンラークに巣食う魔物を切り裂いて回っているのだという…… ~~~~~~~ 「…なるほど。 あの噂話は本当だったのデスね」 午前零時、そんな誰も居ないはずの教会に、 帽子を被った人影が射していた。 …いや、人影だろうか? 見れば、帽子はただかかっているだけで、そこから下はまるで洋服スタンドのそれである。それもそのはず、首から上は折れ曲がった枝がくっついてるだけで、頭に当たる部分はどこにもない。 彼女の名はファルテ。 かつてヒジンドー機関が開発した人造勇者で、物体を折り曲げることに特化した風変わりな能力を持つ人物である。聖剣適合試験を受け、晴れて勇者になった後どういう訳か第4中隊に属して旅を続けていた。 「――こちら玖號。 旧教会内に“聖剣”の存在を確認。…はい、直ちに回収し帰投しマス。」 全てが荒れ果てている中、聖騎士の剣だけが机の上に静かに置かれている。 そのまま隊長への連絡を済ませて通信機を切ると、ファルテは聖剣に歩み寄って手に取ろうと…… “ちょーっと お待ちを!  人のものを 取ったら ドロボウだと  教科書で 学びませんでしたかな!?” 驚いて振り向くと、そこにはぼろきれのようなメントがふわふわと浮かんでいた。 「幽…霊!? 魔物ではないようデスね」 “ははは。確かに このような姿では  最早 魔物と思われても 無理はないでしょうなあ” マントが小刻みに震えた。 …どうやら笑っているらしい。 “…申し遅れましたな。 私の名はスリップス。  かつて この地に在った聖騎士団の 中席あたりを 汚していたものです” ~~~~~~~  かつて聖都カンラークには1000人の聖騎士がいた。一人一人が一騎当千の豪傑と呼ばれ、その名に恥じぬ強さであったと伝わる。しかしある日急に現れた魔族によってほとんどが斬り殺され、聖都は一夜にして崩壊。数少ない生き残りもすでに散り散りになってしまい、どこに行ったのか誰にも分からない。そのうちの一人が今ここに…… 「…これは失礼いたしました。私は勇者ファルテ。  魔王モラレルを打ち倒すため、今は……そうデスね、仲間たちと旅をしていマス。  勝手に持っていこうとしてしまった件、どうかお許しを。カンラークの聖騎士は全滅してしまったとばかり思っておりマシたが……まだ生存者がいたとは思わなかったのデス」 “まさか。 今の私は ただマントに しがみついているだけの 霊魂。  成仏すら できぬ この身を 誰が聖騎士などと 呼べようものか!” スリップスは聖騎士の剣を手に取った。ふわりと机の上の剣が宙に浮く。 “しかし それでもタダで 渡すわけには いきませんぞ。  なぜならこれは 私が最期まで使っていた愛用の聖剣…  …の代わりの スペアの 代用品ですからな!” 「えぇ…」 ファルテはずっこけかけた。 騎士のみならず、普通の冒険者や勇者を志した者たちにとっても、聖騎士たちは尊敬に値する存在だ。だからこそ彼らがたった一人の魔族に敗れ去ったなど、当時は大きな衝撃を受けたものだった。…自分の心の中の何かが、音を立てて折れたかのようだった。そうしていてもたってもいられなくなって、自分も勇者になるために必死で努力をして………自身の限界を悟ったのだ。 “……しかし…” スリップスは聖騎士の剣を元の場所に置きなおすと、ファルテの前を向いた。 “貴方は 大分苦労して ここまでたどり着いたはず。  このあたりに のさばってる魔物を ちぎっては投げ 折っては投げ…は  さぞ 骨が折れたことでしょう…  どうです。 ひとつ 取引をしませんかな?  もしも 貴方ただ一人で 我が挑戦を 突破できたなら  それを タダで お渡ししましょう” 「はぁ。随分と面白い提案をするのデスね。  …良いですよ。それで私は何をすればいいんデス?…あ」 ファルテは思わず誘いに乗ってしまった自分がいることに自分自身で少し驚いた。それほどまでに彼自身の親しみやすさにひかれていたことに気づいたのである。会ったばかりだというのに…… しかし目の前のボロ布幽霊はというと、暢気にうなづいて考えこむ動作を見せた。 “そうですな………  このマントの「仕立て」はどうです?  汚れを 取って 欲しいのですが 自分では どうにもなりませんでな” 「なるほど。もうずいぶんと古い外套デスから  糸くずをすべて取って欲しいと。分かりマシた、面倒デスが……」 “いやいや、糸くずなら 一本だけで 十分ですぞ。” 「……えっ?それでいいんデスか?」 “ワッハッハ! 既に死した 亡霊が 高望みなどしては  神のもとへ 行けませんからなぁ!  その手で ホコリさえ はたいてくれれば  そこの剣は 貴方のものですぞ。” 「随分と簡単な願いデスね……  それならまずは、そこの目立った部分からやりマショうか…」 ファルテは幽霊に近づき、布をはたこうと手を振りかざした…… ……が、その手は空を切った。当たらなかったらしい。 「あれ……」 間違えたかと思い、もう一度布に触れようとするが、ボロ布はふわりとその手を受け流す。 「っ……」 今度は少し固めな材質の、襟の部分に触れようと手を伸ばしてみたが、当たる寸前で素早く避けられた。 ファルテはようやく、このボロ布が自分の手を躱しているのだということに気が付いた。 “はたくのでは なかったですかな?” 「ならじっとしててくださいよ!」 少しムキになり、常人には目にもとまらぬスピードで両手を振るうファルテ。しかしボロ布の幽霊は、まるで風に飛ばされるティッシュペーパーのようにふわりふわりと躱し続けた。 「……はぁ……そういうことですか。  私が手加減すると思ってるようデスね……!!!」 ファルテはついに聖剣を構えた。 杖のようなフォルムのこの聖剣は、突いた対象を折り曲げる効果を持つもので、これによってついた折り目は決して元に戻らない。異形の少女は一旦距離を取り、重心を低くして…… 「綺麗に折り畳んでやりマスよっ!」 人造勇者としての力を解き放つと、ボロ布目掛け突進し一突きをお見舞いした。 ズダンッ、と衝撃が走り、土煙が舞う。ややもしないうちに景色は晴れ…… ……しかしそこにボロ布の姿は無かった。 「!? どこに行って───」 “ふむ。  真剣勝負を お望みのようですな。” “ならば 貴方には 聴こえていますかな?” “幽世より響く 聖騎士の歌が。” “風に 霹めく 外套の音が…?” “そう あれこそが………” 「!!!」 気配を感じて思わず飛びのくと、 先程まで少女の立っていた場所を銀色の風がヴン、と吹いた。 半ば混乱しながら前を向くと、 そこには聖騎士の剣を構えた青紫色に輝くマントの姿が───! “幽衣の聖騎士の歌だ!” ────────── (聖なる鐘が 鳴り響く…) (「こうげき」して 力を示せっ!) 「ボロ布の元聖騎士さん、少しは動けるようデスね…  けれど私もまた勇者の端くれ…そう簡単に御せるとは思わないことデス…!」 “…それはもちろん。  勇者とは 揺るがぬ 意思を持ち  前へと 進み続けるもの……” “だからこそ 私は知りたいのですよ。  ……貴方の 根性をね” スリップスはファルテからの連続突きをひらりと躱すと、彼女に向け剣を投擲した。彼女も一度は払いのけて見せたが……しかし吹き飛ばしたはずの剣が急にあり得ない動きを見せ、背中から彼女をみねうちにした。念動力で動かせるようになった、今の幽騎士だからこそ出来る芸当であった。 「ぐはっ……!?」 “はっはっは!   死んで 弱体化したと 思ってましたかな?  このような姿に なったからこそ  出来ることも また あるのですよ。  …油断大敵ですぞ?” 「……そう、デスか。  あぁもう本当に骨が折れマスね……!」 ファルテは杖のような聖剣を振り回すと、かん、と床をついた。 瞬間、バゴン!と床が砕け折れ、トラバサミのようにボロ布を挟み潰す。しかしスリップスも、瓦礫の隙間からするりと抜け出てファルテに斬りかかった。 厳かな空間の中、剣と剣が打ち合い、地響きが轟く。 …しかして、それを見届けるものは青白く輝く三日月のほかに誰もいなかった。 ~~~~~~~ 「………っ」 ファルテは膝をついていた。別に彼を侮っていたわけではない。しかしどうしても死角から飛んでくる剣撃には対応しきれなかった。…実のところ、なんでも折り曲げる能力が布だけの存在とは相性が悪いというのもあったのだが、なぜ彼女はそう思うことができなかった。 “ははは…いやぁ、  最近の 勇者というのは 存外強いものですな!  これなら 魔王討伐も 夢じゃないかも しれませんぞ!” 「…イヤミにしか聞こえないんデスが」 スリップスは聖騎士の剣を戻すと、ふわりと近くの瓦礫に腰かけた。 輝いていた青紫色のマントも、いつの間にかボロ布に戻っている。 “…しかし それにしても…  貴方は ずいぶんと 苦しそうに 剣を振るっておりますな。  何か 嫌なことでも?” 「……」 ファルテは静かにうつむいた。頭の部分をゆっくり傾け考え込む動作を見せていたが、しばらくして意を決心したのか、呻くようにつぶやいた。 「……私は…本当は勇者じゃないんです。」 “じゃない、とな。  それはまた どうして?” 「このような姿になる前は、私はただの勇者くずれでしたから。」 ~~~~~~~ ファルテはこれまでの境遇を、半ば吐き出すように、懺悔するように語り始めた。 かつての自分に勇者としての力など全く無かったこと。 最後の望みにしがみつく様に、怪しい研究機関に飛び込んだこと。 そして…力と引き換えに、人間の道を外れてしまったこと。 「…何度も折れて、妥協して、あきらめて……  それでいてまだ勇者であることにしがみついているのが私です。  ハハ……みっともない…デスよね」 “…ふむ……” ボロ布の幽霊は黙って少女の話を聞いていたが…。 急に大声で笑い出した。 “……くふっ、ははははは!  いやぁ 貴方 まだまだ 若いですなぁ!  実に 青臭くて 結構結構!” 「ッ…! 話して損しマシた、  よくも人の苦悩と挫折を………」 “そこですよ、そこ。  貴方いったい 何を あきらめたと 言うのです?  「あきらめられぬと あきらめた」という ヤツですかな?” “…お嬢さん そんな 程度のことを  「折れた」 とは 言いませんぞ!” 「え………」 スリップスは立ち上がった。 “勇者とは 勇気を胸に 前へ 前へと 進むもの。  言葉自体の 意味は そうでしょう?  強いか 強くないかなんて 二の次ですぞ” 「………」 “貴方は 勇者として 今もなお  あり続けている。  なら あきらめては いませんな。  それで いいと思いますぞ。” 「……“それ”…?」 “ええ。  『適性が無いと 言われても   勇者になる夢を 諦められず、   みんなの 明日を 守るため   ヒトの姿を 捨てました!』   勇者なんて それでいいんですよ。   貴方は 十分に カッコイイです” 聖騎士は、机の上の剣を拾い上げた。 “ほら。” 「……? 何の真似デスか?」 “実のところ 勇者が来たら 遠慮なく 渡すつもり でしてな。  ただどうも 訳ありのようでしたので 見定めたかったのです” “…持っていきなさい。 貴方の 炎が 見られただけで 十分です” ファルテは聖騎士の代剣を手に取ったが…すぐに机の上に戻した。 「いや。これはまだ貴方のものデス」 “おや。 …欲しかったのでは?” 「欲しいに決まってマスよ、任務ですから。  ……でも、これでは私、なにももらえないじゃないデスか…」 「……リベンジバトルの後で!」 幽騎士のマントが大きく震えた。 “はははははははは!!! まったく 良い答え ですな!    ──ほら、やっぱり折れていない。” スリップスはふわふわと移動し、再びファルテの前に向き合った。 “どれ。 もう一戦と しゃれこみましょうか。  …準備は いいですかな!?” 「もうとっくに。そちらのほうこそ良いのデスか?  …今度は手加減ゼロで行きマスよ!」 ────────── 再び始まった戦いは、前にもまして激しいものだった。 折れて砕ける瓦礫の音と、空を切る幽剣の風音が響き渡る。 “さて 時に……” スリップスが口を開く。 “貴方は ある物語を 知っていますかな?” “そう 今もまだ 書き続けられている  予言に基づく 物語……” “『メイト・オブ・ザ・ジャーニー』を” 「…名前だけなら聞いたことがありマスね。  どんな話デスか?」 腕を休めることは無いまま、その聖騎士は楽しそうに語りだした。 “…第一章は『始まりの王国』” “旅を志した 勇者たちは、 恐竜や デカいカマキリに 吹き飛ばされたり しながらも  魔王を打ち倒し 美女に追われて 国を去る” * 聖なる鐘が鳴る…… “第二章は『広大なる王国』” “勇者たちは 邪悪な組織と戦い 女王を救う” “週刊漫画紙を好む大臣に ごり押し戦法しかしない軍師…  どれも キャラが立っておりましたなぁ” * あたりに 青紫の自由が 弾け飛ぶ。 “第三章は『勇者王国の歓待』” “かつて 魔王を倒した 王の国で  彼の子供たちや やたら強いメイドたちとともに  蘇りし 第一王子を 呼び戻す” * ついに 真剣勝負が 始まった! “第四章は『偽りの聖国』” “聖女に扮した 魔物の貴族と 向き合って  お互いを 理解しあい 歩み寄る” * バナナの皮の ニオイがする。 “第五章は『鉄錆の孤王』” “勇者たちは 氷に閉ざされた 北側諸国をめぐり  疑念の連鎖を 断ち切る” * 帽子クリームの ニオイがする。 “断章その1は『レメゲトンの予言』” “勇者たちは 召喚された 72の魔神と 関わり合い  時に敵対し 時に共闘しながら 因縁と絆を深める” * 相手は 少女の根性に 感心している! “…さて そのあとは?” “ハッハッハ! 誰にもわかりませんな!  何せ まだ終わっていないのですから。” “…しかも物語は さらなる物語を呼び  終わることなく 続いていく……。” “そのせいで この物語には 断章が多すぎるのは アレですがな!  菓子にまみれた 魔王の国や、  変な服を着た 女ばかりの 呪われた国とか……” * 白い風が 鳴いている! “しかし 物語は必ず終わる” “大きく膨らんだ 物語はやがて 書き手を飲み込み  そして なくなってしまう” * ついに 真剣勝負が 始まった! “しかし貴方には… 貴方にも その中に 輝く物語が見える…” “明るく… まばゆく燃え上がり… 尽きることなくきらめく” * 正義の鐘が 鳴っている… 二人のために。 “鐘が鳴っていますな… いよいよ 最終ラウンドの ようですぞ” “さて… どんなふうに 終わると思います?” “いや 貴方は どんなふうに 終わらせたいですかな…?” 「終わり……」 「私が決めていいのなら……」 「いや、まだ終わりなんて要らないデスね!」 「まだ私の物語は、ずっと続けていたい…ですから」 “ハーッハッハ! なんと素晴らしい!” “夜も更けて… 正義を告げる 鐘が鳴り響く…” “そんななかで 貴方様は… 永遠を選ぶというのですか” * 柔らかな光が あたりをつつむ。 “勇者嬢様。 その気持ちを くれぐれも 大事になさることです” “運命の潮が 満ちんとする いま…” “じきに インクの海が ページたちを 洗いながすことでしょう” * 夢のような ひと時から さめるときだ。 “ひとつだけ 闇を上書きできる ものがある…” “希望という名で知られる 白いペンです” “勇者嬢には それがあると… 私は思っておりますぞ” 「私がデスか? …それはどうでしょう。  そのペンを持っているのは私たちの隊長だけかもしれマセン」 “おや。本当に そうでしょうかね? 私は──” 「…もう、そろそろ私に剣を渡してほしいのデスが!?」 ────────── 「なるほど、わかりマシた。そんなに私の力を見たいなら……」 ファルテは杖のような聖剣を構え…… 「これをくらえっ!」 スリップスに向け全力で投擲した……あらぬ方向に。 “おおっ……と 外れてますぞ どこに向けて……” 「曲がれっ!!!」 “(な… 私の技を 見よう見まねで……!?)” まるで弾道そのものが“折れ曲がった”かのように、その杖は聖騎士の外套を─── ~~~~~~~ 「はぁ……はぁ……どう、デスか!?」 スリップスの外套には、綺麗な折り目がついていた。 “…お見事! ここまで 愉快な思いをしたのは 初めてでした!  死んでなお このような 思いが できるとは、いやはや みっともなく この世に しがみついてみる ものですなぁ!” 「やっと、デスよ…!  正直勝てるかどうか不安に思ってマシたけど……」 “ははは… それこそ 忍耐 というもの。  挑戦するたびに 少しずつ 腕が上がっていく” “…それが見られたから 十分です” 幽騎士はマントをはためかせると、聖騎士の剣を少女に渡した。 それはかつて、聖騎士が王や勇者に剣を捧げる所作と何ら変わりないものであった。 “…これから先 貴方は 私以上に 強い相手に 出会うことでしょう” “……でも その時…貴方はもう 準備ができているはず。” “決してあきらめず 存分に 相手の鼻っ柱を へし折ってやることです!” 「ええ。……いわれなくてもそうするつもりですよ!」 ファルテは頭を上げた。 顔はもはや無かったが、それでも笑顔を浮かべているようだった。 戦いの終わったこの小さな教会には、元の静寂が戻る。 観客はいない。歓声もない。ただそこにあったのは、人ならざる者同士の奇妙な友情だけであった。 ─────────────── ・幽衣の聖騎士戦 「勇者」「聖騎士」属性を持つ人物一人のみが行えるタイマン型イベントバトル。 クリアするとキャラクターの全ステータスが1.2倍になるが、一人しか選べないため多くのプレイヤ神を悩ませた。 ・聖騎士の剣 攻撃力+1200 イベントバトル『幽衣の聖騎士戦』で手に入る長剣。 剣自体に特殊な力はないが、勝ち取る過程で前よりずっと強くなった!