2039年某日 「どう?ヤチヨ?いけそ?」 ラボから帰ってきた私はツクヨミのヤチヨの私室に来ていた。 3ヶ月前に実施したYC型素体の起動テストおよびヤチヨの連携テストは一定の成果をみせたものの、動作系で予想していた適合率を下回る結果に終わった。 原因のスクリーニングをしたものの駆動系や知覚センサは正常、ハード面ではオールOK。 あの時は何か見落としがあるんじゃないかと二晩は血眼になって焦ってしまった。 頭を抱えていたところ申し訳なさそうにヤチヨから連絡があって、むしろ原因はソフト…というかヤチヨの方にあったみたいで…… 「ん〜…多分いけそう…かな?ゴメンね、彩葉。彩葉はこんなに頑張ってくれててヤチヨは果報者なのに迷惑かけてばかりで……」 「気にしないの、ヤチヨのためなら大変なんて思ったことないんだから。むしろ今回大変だったのはヤチヨの方でしょ? ──じゃあ明日の朝からやってみようね、データの抽出実験」 スキンスーツの発売に合わせてツクヨミではシステムアップデートが行われ既に触覚機能が実装されている。 ヤチヨもそのおかげで幾久しい人と触れ合う感覚を体感するに至った。 …あの晩は恐る恐る指先から触れて、それから2人でお互い抱きしめてわんわん泣いたっけなぁ…… そんなこともあってすっかり触れる感覚を思い出したヤチヨは、まるでツクヨミに初めてログインしたみたいに跳ね回ってアチコチを触りまくっていた。 流石に路地裏で地面に頬擦りしているのを見つけた時は少しヒいたけど…… ただそれが盲点だった。 ヤチヨがツクヨミでいくら動き回っていても現実空間で動いていた時の身体データはかぐやだったのだ。 「私の方でもいくらか動作に補正はかけるけどやっぱり一番はヤチヨの中のかぐやだから。」 ヤチヨには現実空間で動いていた時のデータのサルベージを依頼していた。 絶望の海に沈み、私との邂逅にも消極的だったヤチヨはどこかかつてのかぐやを振り切ろうとしてたみたいで…… 私が絶対に、ぜえったいにハッピーエンドを目指すからと説得してヤチヨはノイズ混じりになっていた8,000年前の記憶の復旧に踏み切ってくれた。 幸いかぐやの乗ってきた宇宙船「もと光る竹」は擬態機能こそ破損していたが、定期バックアップによるデータ保護は機能しており、時間こそかかるもの復旧は可能だった。 「ありがとうね、彩葉」 「なんの、まだまだこれからだよ。データ抽出に成功しても今度はKG型の素体製作も、味覚野のマッピングもあるし──」 「んーん…それも本当にありがたいけど、それだけじゃ…ないの」 「?」 ヤチヨを見つめる。 いつも真っ直ぐに、優しく、愛しく私を見つめてくれる瞳の中にいつもとは違う明るげな輝きが垣間見えた。 「8,000年の中で淡く降り積もった彩葉への愛情はたしかに私の誇り。 でもね…思い出したんだ…8,000年前の弾けんばかりに輝いてた彩葉への愛情も、私の誇りなんだって」 急な告白に顔が熱くなる。 たしかにかぐやはまっすぐに私に愛を叫んでいたし私もその……結局は満更でもなかった。 でもその愛を私の憧れであるヤチヨから囁かれると何というか……すごく嬉しいし恥ずかしい。 「ん…それは…ありがとうございます…」 そんなんだからつい顔を背けて答えてしまった。 こっちを真っ直ぐに見つめるヤチヨからは行燈の淡く赤い光の中でも真っ赤になった私の顔が見えてるだろう。 「ふふふ」 そんな私がおかしかったのかヤチヨはちょっぴり笑っていた。 私もちょっとこそばゆいけど、嫌な気持ちはしなかった。 ただちょっぴり笑われたもんだから軽い仕返しを思いつく。 「そうだ!ヤチヨ、データを抽出する前に本当にちゃんと復旧できてるか確かめようよ」 「?いいけど…どうやって?」 ヤチヨが首を傾げる。くっ…そんな素振りも可愛いなぁ。 「なーに簡単だよ。復旧したデータからかぐやの動きをやってみてよ。今、ここで」 ?と首を傾げたままのヤチヨもそれがどういうことか考えて、理解したのか徐々に顔が赤くなってくる。 「えーとー…それはやっちょとしては年甲斐もないというかー…その…」 「実験は明日なんだしここで確認しておかないと失敗するかもしれないんだよ?なにより確認するならかぐやの事、一番よく知ってる私の目の前じゃないとね」 「それはその通りなんだけど……」 「ほらほら早く!明日も早いんだから!」 別にそんなに急いでもないのに急かす。 ヤチヨは顔を赤くしたままあー、とかえー、とかしばらく誤魔化そうとするが8000年に1人の天才美少女科学者、酒寄彩葉(27)の探せば結構隙のある説得についには根負けして 「もぅ…一回だけだからね」 しぶしぶ立ち上がると── 「ヤッホー!!かぐやだよ!!今日も配信始めるよ!!!………なのです……」 ●REC いつものヤチヨの姿のまま、ツクヨミに太陽が昇ったのかと思うような明るく元気な名乗りをあげ、直後反動のように床に突っ伏した。 よしログアウト タブレットから秒間16通のペースで通知音がするが無視して録画したデータをスタンドアロンのデータベースに移し替える。 私以外誰にだって見せてやるものか。 明日は大事な実験があるし、少し早いが寝てしまおう。 もし明日ヤチヨが拗ねてしまっていたら……それはその時に考えよう。