自称天才発明家ヴィランの放った、いかにもB級映画めいた怪しげな光線。それがすべての元凶だった。 『対象の精神年齢を強制的に幼児にまで退行させる』という、タチが悪いにも程がある機能。 そのおかげで、保育園を占拠した悪質ヴィランを一網打尽にできた、のだが。よりにもよって、最前線で交渉に当たっていたヒーロー、オブシディウスを巻き込むかたちで事態は収束を迎えた。 幸いにも効果は一時的なもののようで「一晩寝て起きれば、明日の朝には元の精神状態に戻るのだ!」と自称天才発明家のお墨付きが出ている。 しかし、問題は「今夜をどう乗り切るか」であった。屈強な肉体、人を惹きつける眼差し、常人ならざる圧倒的なオーラ。 普段は市民から絶大な信頼を集めるアルファ雄牛が、今は指をしゃぶりながら「おうちかえる……」と涙目でぐずっているのだ。 こんな姿がマスコミにすっぱ抜かれれば、ヒーローとしての威厳は地に堕ち、SNSのおもちゃにされることは火を見るより明らかだった。 結果として、事務所から直々に「彼と親交が深く、もし何かあっても観測者のせいにできる」俺に白羽の矢が立ち、この規格外の巨大な迷子を俺のワンルームマンションで一晩匿う羽目になったのである。 「ほら、オブシディウス。ハンバーグだよ、あーんして」 「あーん……もぐもぐ。おいしい! もっと!」 俺の部屋の安っぽいローテーブルの前に、丸太のような太い腕をテーブルに乗せ、巨体を折りたたむようにして座る男。身長は優に二メートルを超え、はち切れんばかりの大胸筋と分厚い肩幅を持つ雄牛が、俺の作ったレトルトのハンバーグをケチャップまみれにして無邪気に頬張っている。 普段なら逆だ。俺の口角に付いソースを「あー……ケチャップついてんぞ?ごちそうさん」などと指で拭った挙句、見せつけるように口に含む姿が容易に想像できる。不敵な笑みを浮かべてフェロモンをダダ漏れにさせる距離感0男が、今は口の周りをべとべとにしながら、尻尾をバタつかせているのだ。 精神年齢、推定四歳。 そのアンバランスさは、見ているこちらの脳の処理能力を狂わせる。凄まじいギャップと滑稽さに、俺は何度かこめかみを揉みほぐさなければならなかった。 食後のミッションはさらに過酷だった。お風呂である。「お風呂入らない! やだやだ!」と床に寝転がって駄々をこねる 2メートルの筋肉の塊。巨大な幼児が床を叩くたびに、マンションの床が抜けんばかりの振動が響き渡る。階下の住人からの苦情を恐れた俺は、必死になだめすかして彼を狭いユニットバスへと押し込んだ。 「あはは! お水バシャバシャ!」 無邪気にはしゃぐ雄牛の手のひらは、キャッチボールならぬボウリングの球を軽々と掴めるサイズである。彼が軽くお湯を叩くだけで、俺の顔面に津波のようなしぶきが襲いかかる。そして何より、彼から放たれる圧倒的な「オス」の匂い。 念入りにボディーソープで洗ってやったというのに、細胞の底から湧き上がるような、野性味あふれる獣臭が狭いユニットバスに充満している。濡れた髪が額に張り付き、湯気の中で紅潮したその顔立ちは、どう見ても色気を帯びた大人の男そのものだ。しかし、口を開けば「あひるさん、ぷかぷか〜」である。 視覚から入る「雄々しい肉体美」と、聴覚から入る「幼児の舌足らずな声」、そして嗅覚を刺激する「濃密な獣の匂い」。俺の五感は完全にパニックを起こしていた。 どうにかこうにか戦場のような風呂場を抜け出し、いよいよ就寝の時間である。 六畳間のスペースに、布団を二つ並べて敷く。オブシディウスの巨体が横たわると、一つの布団では到底収まりきらず、足や腕がはみ出してしまうが、今日ばかりは我慢してもらうしかない。 部屋の電気を消し、常夜灯の薄暗い光だけを残す。 「じゃあ、オブシディウスさん。おやすみなさい」 「……おやすみ……」 ようやく静寂が訪れた、と思ったのも束の間だった。 暗闇の中、隣の布団からゴソゴソと巨大な生物が蠢くような音が聞こえてくる。 「……ねぇ」 か細い、本当に蚊の鳴くような震える声だった。 「どうしました?」 「……そっちに行って、も、いい……?」 普段の彼なら絶対に、天地がひっくり返っても口にしないであろう台詞。戸惑う俺をよそに、彼はのそのそと這うようにして、俺の布団の中へ潜り込んできた。 「ちょ、オブさん、狭いって!」 「だって……暗いの、こわい……」 すり寄ってくる巨大な質量。常人より何倍も大きな体格が、俺の体を包み込むように密着してくる。 熱い。尋常ではない体温の高さだ。ヒーローとしての新陳代謝の良さゆえか、彼の体はまるで稼働中のボイラーのように熱を放っている。風呂上がりのせいで、あの隠しきれない獣臭――むせ返るようなフェロモンの匂いが、布団という密閉空間の中でさらに濃縮されて俺の鼻腔をくすぐる。 精神的に幼くされていても、肉体的には完全に成熟した大人。雄性の塊とも言える顔立ちの男が、俺の腕にしがみつき、胸元に顔を埋めて震えているのだ。 (落ち着け、俺。相手は今、中身が四歳児なんだぞ……!) 包まれて溶けそうになる理性を必死に繋ぎ止め、俺は一つ深呼吸をした。 しかし、俺の耳元には「くぅ……くぅ……」という、信じられないほど愛らしい寝息が聞こえてくる。あんなに怖がっていたくせに、俺にくっついた安心感からか、あっという間に夢の世界へ旅立ってしまったようだ。 俺の右腕は彼の重い頭の下敷きになり、完全に血流が止まっている。 「……今日だけは、仕方ないか」 完全に感覚のなくなったしびれる腕まくらで我慢しながら、俺は天井のシミを数えてなんとかやり過ごすことにした。 ――事件が起きたのは、明け方のことだった。 「ん…………」 右腕の圧迫感と、布団の中で蠢く物体の気配に、俺は浅い眠りから引きずり起こされた。 「……オブさん?」 声をかけると、彼は布団の上に正座し、もじもじと身をよじっていた。薄暗がりに照らされたその表情は、今にも泣き出しそうに歪んでいる。 「どうしました? 気分でも悪い?」 「……あのね」 彼はモジモジと巨大な指を絡ませ合いながら、消え入りそうな声で言った。 「……おトイレ、行きたいの」 「そうですか。行ってきて」 「……でも、こわいから、トイレまでついてきてほしい……」 なんと、内股である。あの、鋼の筋肉で形成された二本の丸太のような足が、モジモジと内股に交差しているのだ。頼れる兄貴ヒーロー、オブシディウスが、おしっこに行きたいと内股で懇願している。 そのあまりの滑稽さに、俺は危うく吹き出しそうになったが、ここで笑えばへそを曲げてしまうかもしれない。いや、それよりも恐ろしいのは「お漏らし」だ。この規格外の体躯を持つ男に布団でお漏らしなどされれば、俺の寝床は文字通り大洪水の大惨事に見舞われる。 「わかった、わかったから。一緒に行きましょう」 俺は慌てて起き上がり、彼の手を引いて廊下へと出た。 「ほら、着きました。入って」 俺がトイレのドアを開けると、彼はなぜか俺の手をぎゅっと握ったまま離さない。 「え? どうしました?」 「……ちゃんと見てて」 「は?」 「一人じゃ、こわいもん......! ちゃんと見てて!」 言うが早いか、雄牛は強引に俺の手を引き、狭いトイレの個室の中へ俺を押し込んだのだ。 「ちょっ、待って! さすがに狭すぎるし、大人の男が二人でトイレに入るのは――!」 俺の抗議など、強大な四歳児には届かない。ヒーロー幼児は便器の前に立つと、俺の方を振り返り、安心したようににっこりと微笑む。 そして、信じられない光景の幕が開く。 「持ってて!」 も、持つ? 言うや否や、オブシディウスはゆったりとしたスウェットを膝までずり下げて、巨大な中身を取り出した。べちん! と雄牛の胸板を叩いた陰茎。粘液を飛ばして露茎した肉竿は、血管を纏って発達しきり、先端は丸々とした果実を思わせる。そのペニスは悠々とした角度で天井を向いており、卵子を孕ませる気概を露わに、先端から汁を滴らせていた。つまり、巨大な4歳児は、朝勃ちした己のチンポを見せつけてにこやかにのたまった 。 「おちんちん! 持ってて!」 見ないようにしていた。普段からアピールの激しい股間の存在感を。お風呂に入れた際、風呂椅子にから床まで伸びるもう一つの雄を。 気づいてはいた。正座した4歳児の、もじもじとすり合わされた内腿の間、膝頭をゆうに越えて歪に前を膨らませるイチモツの存在は。歩きづらそうに前かがみになるその意味は。 いきり立ったペニスをよそに、その持ち主の両手は、シャツの裾をまくり上げることに使われている。明るい声色と、有無を言わせない低音に、反射的に雄牛の肉竿に手を伸ばした。ペットボトルを思わせる4歳児のおちんちんは、脈打ちながら雄々しく天を衝いている。両手を持っても、到底握りきれるものではない。 ドクドクと震えるそれを便器に向けようとして……なんだこれ堅すぎる! 水面へ向かい押し下げようとする俺の手のひらを、圧倒的な熱量と迫力で押し返す聞かん坊。成人男性2人を抱えて、身動きが取れないほどの熱を孕んだトイレに、性の匂いが満ちる。 「オブさん! お辞儀して……ペコッて頭下げて!」 「こ、こう……?」 前かがみになることで、ようやく雄牛から屹立した砲塔は、水面の1点へと狙いを定めることができた。便器に覆いかぶさり、今にも挿入を待ちわびているかのような性器の先端を狙い定める。最初は躊躇うように震えていた尿道口が、ぷしゅっと勢いよく開いた。 「しー、しー……」 雄牛は、自らを励ますように口で「しーしー」と言いながら、用を足し始めた。腹圧をかけては緩め、尿道を排泄用に開いていく。 だが、その音響は「しーしー」などという可愛らしい擬音で表現できるものではなかった。 ――ドボボボボボボボボボボボボボ!! 滝である。 ダムの放水か、あるいは瀑布の轟音か。便器の底をぶち抜くのではないかというほどの、すさまじい水圧と水量。かわいいとは到底言えないサイズの水量が、轟音とともに便器内を渦巻いている。 水栓を全開にしたホース、タガの外れた消火栓。噴き上がる大自然の黄金水が、開ききった鈴口から放たれていく。 「しー、しー……えへへ、いっぱいでたぁ」 「お、おう……そうです、ね……」 目の前で繰り広げられる、屈強なヒーローの圧倒的排尿シーン。俺は壁に背中を張り付けたまま、ただひたすらに虚無の表情を浮かべるしかなかった。 視界を覆うのは彼の広い背中と、立派な大臀筋。耳に響くのは滝のような水音と、幼児特有の「しーしー」という声。 水流が弱まってなお、雄牛の勃起からは汁が滴って便器に落ちてゆく。朦朧とした意識のなかで、何か神聖な聖遺物を扱うように、根本から先端へ扱き上げるたび、オブシディウスの亀頭が充血し、割れ目からびゅるりと残滓が飛び散る。 (明日……オブさんが元に戻ったら、絶対にこの話はできない……いや、動画にでも撮っておくべきだったか……?) 俺の股間はいつしか痛いほどに張り詰めており、雄牛の太腿に粘液の跡を遺していた。 「すっきりしたぁ! おてて洗う!」 用を済ませてご機嫌になったオブシディウスは、狭い手洗い場で窮屈そうに手を洗い、ペーパータオルでゴシゴシと拭いている。その無邪気な後ろ姿を見ながら、俺は深い深い溜息をついた。 再び布団に戻ると、彼はまた「そっち行っていい?」と聞き、俺の腕を枕にしてくぅくぅと寝息を立て始める。 熱い体温。獣の匂い。しびれる腕。 「……明日の朝、どう反応したらいいんだ、本当……」 眠気をすっかり吹き飛ばされてしまった俺は、この巨大で無邪気な幼児が、元の「格好いいヒーロー」に戻る瞬間を、底意地悪く待ちわびることにした。 窓の外では、少しずつ夜が明けようとしていた。 オブシディウスが、雄に戻るまで、あと半時。