二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1772700544209.jpg-(28440 B)
28440 B26/03/05(木)17:49:04No.1407940602そうだねx1 19:53頃消えます
「ご来園ありがとうございました〜」
「お世話になりました、すごく楽しかった!」
「聞いたとおり穴場でしたね! 空いてるしキレイだし、早く帰って他の小隊にも教えてあげましょう」
「ぜひよろしくお願いします〜」

 はしゃぎあいながら帰っていくカリアフ・ベラとニンフに、キルケー19は笑顔で手を振る。二人の姿がゲートの向こうに消えるまで、その場を動かないのが見送りの鉄則だ。
 ゲートが閉まるのとほとんど同時に、コウモリに似た翼で周囲を飛んでいたドローンが小さく着信音を立てる。
《さっきの二名様で今日は最後です。閉園準備、始めますね》
「そうですね、お願いします」
 小脇に抱えたホウキ型デバイスを操作すると、天蓋パネルに映し出された空がさっと茜色に染まり、流れていた陽気なBGMが穏やかなものに切り替わる。各所に待機している清掃ロボットに起動コマンドを送り、バックヤードへ続く目立たない小道に入ってから、キルケーは誰にも聞こえないようため息をついた。
「穴場になりたいわけじゃないんですけどねえ……」
126/03/05(木)17:49:21No.1407940662+
 アクアランド。スヴァールバル諸島、スピッツベルゲン島に建設されたこの完全ドーム式ウォーターパークは現在、未曾有の危機を迎えている。
「今月も前年比大幅減……とうとう月間のべ入場者数が四桁に落ち込んでしまいました」
「このままだと、今年は実績ベースで去年の半分を割るかも」
 端的に、客が来ないのである。
 かつては夢のリゾート、オルカで二番目に素敵な福利厚生(一番が何かは言うまでもない)として全隊員の憧れの的だったアクアランドだが、ヨーロッパを手に入れフランスに本拠が置かれてからというもの、客足は遠のく一方だ。
 なにしろここは北極圏、フランスからは二千キロ以上離れている。定期船で三日、航空機を使っても四時間はかかる。すぐ隣にある箱舟に拠点を置いていた頃と比べれば、来園へのハードルが相当上がったのは仕方ない。
「なんとかして箱舟への定期便を増やしてもらえないものですかね」
「調べ物に来る人も減ってるって話、聞きましたよ。向こうにも図書館やデータベースがあるから」
 今夜もまた、キルケー19とキャロルライナ22b……アクアランドの園長と副園長が顔を突き合わせて景気の悪い話をしている。
226/03/05(木)17:49:42No.1407940739+
 利用者数の大幅減によりスタッフ・設備も縮小。三面あったプールは水資源節約のため一つ閉鎖して二面になり、目玉施設の一つだったオルカ各部隊によるフードコートは半分が自販機エリアに置き換えられた。フィットネスセンターはマッサージルームと統合して縮小、余ったスペースは多目的ゾーンという名の空き部屋と化して物置や居眠りに使われている。開園当時の規模を維持しているのは大浴場とARゲームゾーンだけだ。清掃は行き届いているのでみすぼらしさこそないものの、うらぶれた空気はいかんともしがたい。

「メリテさんがもう……本っ当に余計なことを……」
「すごかったですねえ、あそこ」
 ヨーロッパ解放作戦において、アクアランドはアミューズメント設備を縮小し、戦時医療・慰安施設に切り替えられた。それ自体は予定されていたことではあるが、しかしデルタ支配下のバイオロイド達の健康状態が予想以上に悪く、医療施設の不足から解放後一年近くもの間通常営業に戻れなかったのは誤算だった。そうこうしている間に、あのオルカパーク計画が始まってしまったからだ。
326/03/05(木)17:50:00No.1407940797+
 先日マルタ島に落成したばかりのオルカパークは、単なる遊園地ではない。商業施設に宿泊施設、海水浴場にスタジアム、映画館や美術館まで備えた巨大リゾートエリアだ。キルケーもキャロルライナも視察に行き、その魅力と威力を肌で感じている。あんなものがすぐ近くにあったのでは、わざわざ北極までプールに入りに来る物好きはますます減るに決まっている。
「でもまあ、それはそれでいーんじゃないですか? のんびりできるし、お客さん一人ずつにじっくり時間をかけられるから、私は今の状態も悪くないですよ」
 事務室のソファに座る三人目の人物……宝蓮040がネイルの具合を確かめながらあっけらかんと言った。
《私も同意します。箱舟がある限りお客様はいるのですから、今を一つの安定状態と見なすべきではないでしょうか。メモリ負荷が軽い方が、ハードウェア寿命にも好影響です》
 朗らかな電子音声が会議室に響く。もとARゲームゾーンの管理AIだったGAL9000は、今ではアクアランド全体の統括システムとして働いて。最盛期は百人近くを数えたアクアランドスタッフも今やほとんどの業務はAGSに委ねられ、管理職と呼べるのはこの三人と一機だけだ。
426/03/05(木)17:50:15No.1407940857+
 GAL9000の言うとおり、このスピッツベルゲン島にはオルカの重要施設のひとつ、記憶の箱舟がある。箱舟の運営にはそれなりの人員が必要であり、すぐ隣に建つアクアランドは職員が余暇を過ごすために必須の場所だ。箱舟がある限り、アクアランドの需要がなくなることはないと言っていい。さらに言えば、そもそもアクアランドはオルカ直営の施設であり、客が多かろうと少なかろうと予算は下りるし、スタッフの給料が変わることもない。
「GALちゃん、この機会にみっちりギャル語の練習してみない? せっかく名前がギャルなんだしさ」
《えー、どうしましょう。興味があります》
「いいえ、慣れと甘えはサービス業の最大の敵! アミューズアテンダントたる者、常に一人でも多くのお客様に楽しんでいただくことを目指さなくてはなりません。昨日より今日、今日より明日です!」
526/03/05(木)17:50:38No.1407940959+
 しかしキルケー19はぐっとこぶしを握る。二代目園長である彼女はオルカで復元されたての新人で、初代とちがって酒も飲まなければ目の下にクマもない、やる気に満ちたキルケーである。なお初代園長はオルカパークの経営、および食料局醸造部の顧問を単糖するためヨーロッパへ引っ越した。そのことからも今のアクアランドの地位がわかろうというものだが、そんなことでへこたれる彼女ではない。
「一番話題を呼べるのは、やっぱり新しいアトラクションですよね。ウォータースライダーをもっと高く改装できます?」
「予算はまあ、前借りでやりくりできますけど……」キャロルライナがタブレットを叩く。「でも確か、今でもわりと耐荷重ギリギリじゃなかったでしたっけ? これ以上増設できるのかな」
「プールを全部温水プールにしたのは好評でしたよね。あれ、恒常的にやってもいいんじゃないですか?」
「一週間だけでも電力を食いすぎるって発電所から注意が来たじゃないですか。とはいえ、イベント的に数日くらいならいいかもですね」
「あ、思いついた! シロクマと入れるプールってどうです? 山の方に行けば、いますよね結構」
626/03/05(木)17:51:05No.1407941060+
〈しつけと糞などの始末が問題ですね。シスターズ・オブ・ヴァルハラにバイオロイドシロクマが配備されたそうです。情報を検索してみます〉
「アロマ炊きましょう、アロマ。ドーム全体がいい香りに包まれるの、よくないですか」
 ノートと帳簿をひっくり返し、アイデアだけはあれこれ出るものの、決定版と言えるものはない。アクアランドの夜はいつものように更けていく。

「こんちわ、点検だよー」
 その日、桃色の髪を引きずってうっそりとゲートを入ってきたのはアンガー・オブ・ホードの技術士官、スカラビアであった。
「もうそんな時期ですか、お久しぶりです。いつもの仮眠室空いてますよ」
「んー」
 彼女は軍属であり技術部の職員ではないが、フリュームライドをはじめとするアクアランドの各種アトラクション設備の設計者だ。半年に一度、設備点検のためアクアランドを訪れるが、たいていは半日ほどでぱっぱと作業を済ませてしまい、残り時間を寝たりマッサージされたりプールに浮いたりして過ごす。
「ごめん、今日は先に園長に会えるかな」
726/03/05(木)17:51:30No.1407941166+
 が、今日は少し様子が違った。相変わらず気だるげではあるがまっすぐな足取りで園長室を訪れると、バッグから透明な板を取り出した。
「これ試したいんだけど、天井のパネルいじっていい?」
「なんですか、これ。アクリルガラス?」
 不思議そうに顔を寄せるキルケーに、スカラビアは頷く。
「そうそう、ポリカーボネート。技術部が……ていうか、ドクターちゃんがなんかやってたらできた新素材なんだけどさ」デスクのふちを叩くとコンコン、と軽い音が鳴った。
「めっちゃ強靱で透明度が高いの。これ使えば、天蓋パネルを今までより薄く軽くできるかも」
 スカラビアから板を受け取ったキルケーは、指先でくるくる回してみる。確かに、そこらの窓ガラスよりよほど透明だ。角度によっては、まるで手の中に存在していないかのように見える。
「それはサンプルだけど、外に寸法取ったやつ持ってきてるから」
「強靱で透明、ですか……ねえ、スカラビアさん。この素材でウォータースライダーを作れませんか?」
「ウォータースライダー?」スカラビアが眠たげな目をちょっとだけ開く。意表を突かれたときの顔だ。
826/03/05(木)17:51:46No.1407941216+
「空中を滑ってるみたいな、素敵なスライダーができるんじゃないかと思うんです。ランドの新しい目玉になるかも」
「どうかな〜。スライダーって材質何で作ってたんだっけ……あ、けっこう重いやつだ。この時はまだ材料の選択肢もなかったからな」
 スカラビアはタブレットにいくつかのファイルを呼び出し、しばらく見比べてから顔を上げた。「できるかも」
「お願いします!」キルケーはぱんと手を打ち合わせる。
「でも設計からやるとけっこう大変だな……また今度でいい?」
「できれば設計だけでも今、すぐに」ぐぐっと詰め寄るキルケー。「新しい目玉アトラクションがあれば、減ったお客さんを取り戻せるかもしれません」
「いや別に民営じゃないでしょ、ここ。そこまで必死に集客することなくない?」
 スカラビアは明らかに面倒くさがっている。キルケーにはわかる。しかし、彼女も技術者だ。新しい素材で新しいことを試せるとなれば、やってみたいはず。必要もないのに天蓋パネルの交換など提案してきたのが何よりの証拠だ。
「宝蓮さんに言って、スペシャルコースの上を解禁してもらいますから」
926/03/05(木)17:52:06No.1407941299+
 さらに一歩詰め寄るキルケーに、スカラビアはとうとう折れた。「……わかった」
1026/03/05(木)17:52:23No.1407941371+
「あれが新しいスライダーかあ。すっごい、ほんとに透明」
「上まで行くともっとすごいんですよ。ほんとに空を滑ってるみたいで」
「いらっしゃいませ、クリスタルストリーム乗り口はこちらで〜す」
 三ヶ月後。
 来年度の予算まで注ぎ込んだアクアランド経営陣の博打はみごとに当たり、落成した新型ウォータースライダー「クリスタルストリーム」はこの秋のオルカの話題をさらった。
「うわあ、広い! 想像以上ですね」
「ラビアタお姉様、早う早う! 乗り遅れてしまうぞ!」
「ヒルメ、走っては危ないわよ。滑り台はどこにも行かないんだから、乗り遅れたりはしないわ」
 思い思いの水着に身を包んだ大勢のバイオロイドが、楽しげにプールサイドを駆けていく。この光景こそ、キルケーが見たいものだったのだ。
「なんか、いい香りしません?」通りすがりに鼻をヒクヒクさせたケルベロス型に、キルケーは笑いかける。
「お客様、お目が高い! 今週はクチナシのアロマを炊いています。クチナシは別名を天国の花といっていうんですよ。素敵な香織でしょう」
「へえー」
「あっほらほら、温水プールとシロクマ! 船の中で見たガイド通り!」
1126/03/05(木)17:52:47No.1407941466+
「その子はバイオロイドですから、近づいても安全ですよ〜」
 せっかくの新装開店なのだからと、思いつくかぎりのアイデアを全部ぶち込んだのも功を奏しているようだ。
 今回のイベントで初めてわかったことだが、「一度でいいからアクアランドに行ってみたい」と思っている隊員は思った以上に大勢いた。特にバンクーバー作戦でオルカに加わり、その後世界各地の外部拠点で暮らしていた旧北米系のバイオロイドにとって、アクアランドという名前はオルカが与えてくれる幸福の象徴のようなものになっていた。単に、来る機会がないだけだったのだ。
「臨時便をこのまま定期便にしてもらおうかしら。箱舟と共同でイベント開催も考えられるわよね〜」
 上機嫌で園内を視察し、事務室に戻ってくると卓上のコールランプが点灯している。キルケーは鼻歌交じりにタブレットをつなぎ、通信をオンにした。
「はいこちらアクアランド事務室……あら、スカラビアさん! ええ、ええ、おかげさまで大好評です。本当にありがとうございます」
1226/03/05(木)17:53:43No.1407941680+
《そりゃよかったよ〜。んで、ひとつ確認したいことがあってさ》画面の向こうのスカラビアはいつも通りの眠たげな顔で、「そっちの空調って、25℃かそれくらいだったよね?》
「はい? そうですね。25℃から28℃くらいにしていますが」キルケーは園内環境モニタを呼び出す。今はプールを二面とも温水にしているから、実際の気温はもう少し高くなっているが、それを言う前にスカラビアが続けた。
《ならいいや。それ、あんま上げない方がいいかも》
「……どうしてですか?」不穏なものを感じてキルケーは声を低めた。
《いや実はさあ、例の新素材なんだけど。特定の温度帯で結合状態がビミョ〜に変わることがわかっちゃって》
「ええっ!?」キルケーは顔色を変えた。「それ、大丈夫なんですか? 事故にでもなったら……」
《いやいや、たぶん大丈夫。特定の化学物質をちょっと吸着しやすくなるってだけ……まあ、吸着しちゃうとちょっぴり劈開性が出るから、危ないっちゃ危ないけど》
1326/03/05(木)17:53:59No.1407941735+
 安心させるようにスカラビアはひらひらと手を振る。《そうだね、ベンジルアセテートとインドールの混じったぬる〜いサウナみたいな環境に長時間置いたうえで強い衝撃を与える……とかしなければへーきへーき》
「ベンジル……」ざわりと、嫌な感触がキルケーの背中を走る。
 今回のイベントの詳細を呼び出す。天空の滑り台という印象を演出するため、園内全域にクチナシのアロマを炊いている。クチナシの香気成分は……
「ベンジルアセテート、ターピオネール、リナロール、インドール……」
 キルケーが成分表を読み終える前に、破砕音と水音、そして悲鳴が聞こえた。壁に掛けてある園内監視モニタからだ。キルケーはタブレットをひっつかんで飛び出す。
《……え、これ、もしかしてあーしのせいになる? ……不幸な事故だよね?》
 小脇に抱えられたタブレットの画面の中で、スカラビアが所在なげに左右を見回した。答える声はなかった。
1426/03/05(木)17:54:15No.1407941810+
 クリスタルストリーム崩落事件は調査の結果「特殊な状況が招いた予期しえぬ事故」と結論され、アクアランドスタッフに水難救助訓練が義務づけられたのと、新素材の耐久試験の基準が厳格になったほかは、特に誰もとがめられることなく終わった。
 さいわいにして悪評が広まるといったこともなく、再改修したクリスタルストリームは変わらぬ人気を集めている。箱舟時代とは言わないまでも、来園者数はそれなりに回復した。
 しかし、再三のお詫びの手紙と園長手ずからの招待状にもかかわらず、事故の当事者であるラビアタ・プロトタイプがアクアランドを再訪するまでには、じつに一年という時間を要したのであった。

End
1526/03/05(木)17:55:51No.1407942189そうだねx4
まとめ
fu6376607.txt
ディオネイベの冒頭の事故があまりにひどかったのでなんか理屈をつけたかった話
1626/03/05(木)17:58:03No.1407942734+
アル中じゃないキルケーさん新鮮だ…
1726/03/05(木)18:00:31No.1407943341そうだねx1
これラビアタさんが馬鹿みたいに重いのがよくなかったのでは
1826/03/05(木)18:01:48No.1407943629+
ラビアタが出た時点でそんな気はしていた
1926/03/05(木)18:07:24No.1407944966そうだねx2
>これラビアタさんが馬鹿みたいに重いのがよくなかったのでは
言うて成人男性が三人乗ったらラビアタと同じ重さなわけだし
耐荷重を越えたとしても一発崩落までいくか?何かワケがあったのでは?
と思って書きました
そうじゃないとラビアタが自分の体重も忘れるほど浮かれてたことになっちゃうし…それはそれで可愛いけど…
2026/03/05(木)18:19:07No.1407947807+
書き込みをした人によって削除されました
2126/03/05(木)18:24:35No.1407949194そうだねx1
マルタ島のオルカパークも作るぞ!って言った後特に出番ないし
もうすこし話の中で活用してほしいところではある
2226/03/05(木)18:52:49No.1407956725+
5レス目の
>および食料局醸造部の顧問を単糖するため
の単糖って担当の誤字…?
2326/03/05(木)18:58:48No.1407958621そうだねx1
>5レス目の
>>および食料局醸造部の顧問を単糖するため
>の単糖って担当の誤字…?
うわーおその通りですごめんなさい!
役に立たないwikiと渋に投げる時修正しておきます
2426/03/05(木)19:02:40No.1407959749+
ふだん何書いてたらその誤変換が発生するのか


1772700544209.jpg fu6376607.txt