◇アルラウモン 「私達はおめかししてるから人が来たら知らせてね」  とヒメ──パートナーである姫野サクラコにお願いされ、アルラウモンは更衣室から10mほど離れたベンチで見張りの役を任されていた。  常にすっぽんぽんかつ目立ちたがりのアルラウモンにとって人間の恥じらいは理解が難しいものだったりするのだが、敬愛するヒメのお願いとあれば全うする他ない。  とはいえ仕事内容はただ座って見張るだけの簡単なものだ。ご機嫌な太陽光を浴びながらトロピカルジュースの清涼感に舌鼓を打つ。熱気と冷気のコントラストが心地よい。ンハァー!と喜びの声を吐き出しながら隣に座るもう一体のデジモン……コーラを片手にジャーキーを齧るガンマン風のデジモンに話しかける。 「君の頭の花は茶色いんだね。ボクと比べたら地味めな色合いだが……ンなぁに!気にすることはないさ!!どんな花でも魅力に気づいてくれる人はいるとも!」 「…………」  相手からのリアクションは全くないが、感銘を受けすぎて固まったのだと判断した。  しかし次の瞬間ガンマンは頭頂の花……ではなく被り物を取ってアルラウモンの頭頂の花に被せてくる。 「ンなんと!これは確かカツラ、じゃなかったボウシとかいうファッションだ!これは失礼したよ!!」 「……」  わかればよろしいとばかりに彼はアルラウモンに被せた帽子を指先で撥ね上げ、飛ばされた帽子は宙を回転した後その頭頂に元通り収まった。思わず感嘆の声が出る。 「中々いいアクションをするじゃないか!だがボクの花もこうやってンホォッ!?」  アルラウモンが真似をしようと頭頂の花を上に弾くが、もちろん頭にくっついてる花が飛ぶことはなく、弾かれて反り返った反動で彼自身の目にぶつかり悶絶した。  「オホォォオンッ!なに、失敗は誰にでもあるもの!例えスターであるボクであっても痛みに泣くことはある!だからこそ皆に勇気を与えていると言っても過言ではないのさッ!」 「……」  ガンマンは掌を左右に広げて『やれやれ』のジェスチャーをとり、ジャーキーの一本を涙目のアルラウモンに差し出した。 「おやプレゼントかい?ありがとう、受け取らせてもらうよベイビー……ンんまいっ!!」  荒々しい肉の味に感動しつつ、なかなか良い雰囲気ではないかと己のコミュニケーション能力を自画自賛する。    かつてのアルラウモンにとって、世界とは自分やサクラコのように見目麗しいスターとそれを取りまくモブで構成されていた。  凡庸なモブは非凡なスターに尽くすのが当然だし、更に自分のようなスターを含めた全ての生き物は選ばれた〝主役〟を惹き立てる為に生きて死ぬのが幸せだと思っていた。  だが、アルラウモンが〝主役〟と認めたサクラコは彼が軽んじていた全てを愛していた。社会を、自然を、秩序を、そして他者を、下らないはずのそれを大切にしていた。自分の心を押し殺してしまうほどに。  アルラウモンはサクラコとの冒険の中で周りを尊重する姿勢を学び、こうして実践している。それが実を結んでいるのかどうかはわからないが今の在り方は刺激的だと思っている。目が痛いので間違いないだろう。    そしてサクラコのことを考える。  出会ったばかりの彼女は美しい微笑みの裏で誰にも本心を明かさず、そんな自分自身を嫌悪していた。  その根底にあったのはアルラウモンと同じ、自分の存在を認めて欲しいという凡庸で醜く、そして純粋な願いだった。  自分を抑えていたサクラコ、自分に閉じこもっていたアルラウモン、お互いがお互いの鏡だったと気づくまで長い時間といくつもの困難があった。だからこそわかる。  サクラコは感情豊かになった。大声で笑えるようになり、臆せずに怒れるようになり、素直に泣けるようになった。自分を愛せるようになった。  アルラウモンは主役であるヒメに尽くす為パートナーになった。その決意も覚悟も変わらないが、彼女をより魅力的に変えてくれた世界にも多少感謝するようにしている。 「君のパートナーにも感謝だね、ガンマン君」  更衣室に閉じ込められているあの少女……名前は『大きいお馬』と言っただろうか?サクラコとはタイプが違うが美しかった。あの娘を引っ張っているときのヒメの顔はそれはもう嬉しそうだった。後で感謝を述べておこう。と思考が巡ったところで感謝のしるしに丁度いいものがあったことを思い出し、頭頂の花弁に手を突っ込んでややぬめったそれを取り出した。 「これを君とあの金髪の子にあげよう。ボクだと思って大事に使って欲しい」  小型の香水瓶、サクラコと『オトウサン』という大きな人間が一緒に作った……何を隠そうアルラウモンの花から抽出したものだ。水着コンテストの景品用に持ってきたものの余り、サクラコ曰く「意外と上品で落ち着く」香りだ。  リボルモンは訝し気な様子を見せつつ手をこちらに向けてきたが、掌を広げてさえぎってきた。まさかスターである自分のプレゼントかつヒメ手製の品がお断りされることがあるとは……世界の広さに驚きを隠せない。 「香水はお気に召さなかったのかな?…ハッ!!それともまさか、保存用と観賞用にあと二つ欲しいということなのかいっ!?ならば大サービスしてあげ……」  ガンマンの様子がおかしいことに気付いた。こちらではなく反対側を向いている。海の方、自分たちが通ってきたあぜ道、その付近の茂みに何かいる。ガサガサと音が鳴り──直後それ以上の轟音が響いた。  目の前のガンマンが立ち上がり必殺技を放ったのだ。  胸部の巨大な銃口から弾丸が発射され、茂みを吹き飛ばし、枝葉や砂煙が舞い散る。 「ンやるじゃないか!哀れな乱入者は出番もなくやられたというわけだ!」  香水を収め直したアルラウモンはガンマンデジモンの判断の速さに賞賛の声を上げるが、当の本人は銃を構えたまま警戒を続けている。  「……?」  着弾地点、煙の奥からぬらりと何者かが立ち上がってくる。  大きな人型であるが人ではない。全身が黒灰色に染まり、てらてらと光沢を放っている。アルラウモンが知る『オトナ』という種族より一回りは大きく、更に片手が太い触手と化し、何よりその股間からは腕以上に太く長い魚の顔が突き出している。サクラコが読ませてくれた図鑑で見たことがある。あれは確かウナギという生き物だ。 「ウナギチ〇ポモオォォォォォォォォォォォォォォォオン!!!」  自己申告じみた咆哮を上げながら敵が迫る。ウナギはわかるが〇ンポとはどういう意味なのか?後でヒメに聞いてみようと思いながらアルラウモンも臨戦態勢を取った。 ◇解説  ウナギチン〇モン!!     レベル/完全体 タイプ/水棲獣人型 属性/ウイルス        アナゴ〇ンポモンにそっくりの亜種だ!温厚なアナゴチ〇ポモンと違い、狡猾で執念深い性格をしているぞ!  その身に纏う体液はあらゆる攻撃を滑らせて無効化する!  鋭い歯で相手を噛み千切る『ストーキングファング』はどこまでも相手を追いかける!! ◇リボルモン  できる。  歴戦のガンマンは目の前のウナギデジモンを強敵だと判断した。  全身に纏う邪悪な気配に加え、先手を〝撃った〟にも関わらず無傷でピンピンしているからだ。  胴体から打ち出す砲撃『ジャスティスブリッド』は完全体相手でも直撃すれば多少のダメージは与えられるし、相手には避けた形跡もない。何かしたのか──と考え始める前に二発目三発目の必殺技を撃ち込んでいた。とりあえず撃ってから考えるのがリボルモン流だ。  巨大な弾丸はまっすぐにウナギデジモンの胴体を捉え──しかし二発とも軌道が逸れて斜め後ろの木々を破壊した。弾道が曲がった……いや流された? 「ウナチンッ!!」 「……!」  ウナギデジモンは触腕を唸らせ、伸ばしながら鞭のように叩きつけようとする。こちらに降りかかるそれを横っ飛びで回避しながらアルラウモンの方を見ると、彼もまた両腕を大きく振りかぶり攻撃を放とうとしていた。 「ン『ネメシスアイビー』ィィンヌッ!」  6本の触手がまっすぐにウナギデジモンへと伸び、その体に巻き付き──そして見事にすっぽ抜けた。 「ンほわっつ!?」  困惑するアルラウモンを拾い上げ、横薙ぎに振るわれていた攻撃をジャンプして避ける。 「ありがとうだねガンマン君!」  感謝を述べつつ触手を引っ込めたその手にはどろどろとぬるついた粘液がまとわりついていた。彼を抱えるリボルモンの右腕にも付着するが生暖かくて嫌な感触だ。 「まるでローションだね。ヒメの部屋で見つけたことがある。二度と触れないでと怒られたけど……なるほどこれは厄介だ。」  それは出していい情報なのか?スキンケア用品という可能性もあるが……何にせよ敵のギミックは判明した。あの黒光りの正体、全身から分泌される潤滑液がこちらの攻撃を滑らせて無効化しているのだ。  左手で拳銃を連射してみるがその全てが相手のボディラインに沿うように滑り抜けていく。  アルラウモンは「お手上げだね!」と高らかに告げた。互いに打つ手はないようだ。  ウナギデジモンの方を見ると、粘ついた眼光はこちらではなく小屋に向かっている。やはり狙いはこちらではなく人間の方か。元より見逃す気はなかったが手加減する理由もなくなった。  アルラウモンの方を見ると彼もリボルモンを見つめていた。同じことを考えているようだと二体はコクリと頷き合った。  お喋りで軽薄な彼とはウマが合わないと思ったが、戦う者として理解できる部分はあるようだ。ならば遠慮もしないとアルラウモンの頭を強く掴み、 「ガンマン君!ボクをヒメのところへ投げてっへえええええええええええええンッ!?」    更衣室に向かってオーバースローで投げ込んだ。  自分が同じ立場ならこれを望むし、飛んでいく彼は風圧で顔を歪ませながらウィンクしていたので問題はない。  剛速球と化したアルラウモンは更衣室の扉をぶち破り室内に突っ込んでいく。これでトウマ達に速やかに危険を知らせることができた。  打つ手がないなら手を増やす。自分達デジモンは信頼するパートナーと共に戦ってこそだ。    更衣室から二つの人影が飛び出し、アルラウモンを抱きかかえた細身の人間──姫野サクラコがウナギデジモンを睨みつけながら吠える。 「あのデジモンね!よくもアルラウモンの頭を!」  何やら勘違いされてるらしい彼はタンコブができた頭をこちらに向けると触手を一本突き出してサムズアップを取った。  意外と男気があるデジモンだと感心し、こちらもサムズアップを返す。 「いくよアルラウモン!『サイクロンぐるぐるマグナム』!!」 「ガッテンショータイムさヒメ!!」  謎の呪文を叫んだサクラコの全身から青紫色に輝く粒子が吹き出し、右手に収束していく。確かデジソウルとかいう一部の人間が出せる不思議なエネルギーだ。  デジモンの進化や人間自身の強化にも使えたはずだとリボルモンが思い出していると、彼女は先ほどのリボルモン以上に大きく振りかぶってアルラウモンをウナギデジモンに向かって投球した。 「ンいい球だよヒメエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」 そのピッチングの勢いに乗ったままサクラコは踊るように一回転、掌の輝きを左手で構えたデジヴァイスに叩きつけた。  「デジソウル・フル……チャージッ!!」  トウマのDアークとは違うその装置(デバイス)から巨大な光線が放たれ、高速回転するアルラウモンに追いつきその全身を包み込む。 「ンアルラウモン進化ァーンンヌッ!!」   小さい体を構成するパーツが一瞬の内に分解、再構成されていく。和服を纏った花の魔人、そして更に全長10mほどの触手を纏った巨大な花の化身へと姿を変え、歌うようにその名を吼える 「ブロッサモォォ~ン♪♪」 「チンチンッ!?」   ウナギデジモンは驚愕していた。その巨体──低く見積もってもトン単位であろう重量が、投げられた勢いのまま突っ込んできたことにである。  ブロッサモンはその全身を構成する触手を広げながら突っ込み、ウナギデジモン周辺の地面を抉りながら衝突した。  まるで爆発したような裂風と砂塵が巻き起こり、リボルモンはいつの間に近くに来ていたもう一人の少女をとっさに抱き寄せ庇う。 「うひょわあああああああああああああああああああっっっ!?」  金髪の少女は素っ頓狂な悲鳴と共に全身をのけぞらせながら白目をむいていた。見た目とリアクションのギャップが激しい子だ。  およそ10mほど先の爆心地……元からでこぼこしていた道だったが更に無理矢理拡張したようになっているそこではもうもうと土煙が漂っており、ブロッサモンのシルエットがゆらりと立ち上がる。  彼は全身を構成する触手状のツタを脈動させ巨体に似合わぬ素早さでリボルモンの横へと戻ってきた。 「手ごたえはどう?」  「それはァ~♪」 「一つの♪」 「ナゾ♪」 「ナゾ♪」 「ナゾォ~ッ♪」  後方で構えるサクラコの問いにブロッサモンの巨大な顔面が歌うように応え、それに合わせて触手の先の4輪の花もコーラスする。  やかましさと絡みづらさが悪化してないか?とリボルモンは思ったがパートナーはスルーしている。慣れているのだろうか。にしても中々派手なことをするコンビだ。  投げ込んだデジモンを勢いはそのまま巨大な姿に進化させることで質量兵器としてぶつける……リボルモン好みの豪胆な攻撃で少し真似してみたくなる。  トウマも同じことをやれないものかと考え、しかしあの小さい相棒が片手で自分を持ち上げているイメージができず──そうだトウマはどこにいる? 「リボルモン!僕はああいうの無理だからね!」 「……!?」  目の前の少女が察したようなツッコミを入れてきて、そこでようやくこのワンピース状の水着を着た金髪美少女が変わり果てた自分のパートナーであることに気付き驚愕のあまり飛び跳ねてしまった。 「ねぇそんなに驚いたリボルモン見たことないんだけど!?僕どうなってんの!?」  改めて見ると顔もリアクションもトウマのままだ。化粧と装いだけで別人だと思い込んでしまった、不覚。  元々中性的な見た目ではあったがしかしここまで化けるとは、サクラコの手腕によるものか。あるいはトウマ自身にそういう才能があったのか。  彼女を初めて見たときに妙な違和感を感じ、それとなく筋肉、骨格の流れを観察し、そういうことかと合点しつつも半信半疑の気持ちがあった。  しかし家族同然に見知った少年をここまで化けさせる技術を目の当たりにすると納得せざるをえないだろう……もしくはトウマ自身にそういう才能があったのか。その両方かわからないが素直に感心した。   これはネガティブになりがちな彼の自己肯定感を上げる材料に使えないだろうか?そう思って赤面しているトウマにサムズアップを突きつけた。──お前、女の子の才能があるよ。 「じろじろ見られた上になんかはげまされてるの屈辱でしかないよぉ!!本当にボクどうなってんの!?鏡見てくればよかった!!」   激励は通じなかったようだ。残念に思ったそのとき 「チ〇ポォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」   ウナギデジモンの聞くに堪えない咆哮が響く。吹き飛びはしたようだが衝撃自体はやはり受け流したのだろう。土煙の中から這い出てきたその姿には茶色い砂や葉っぱが付着していたが、傷ついた様子はない。 「ウナギチン……Dアークって伏字有効なんだ……ウィルス、完全体……!」 「ブロッサモン!『アシバライヒラヒラウィップ!』」  Dアークをかざしたトウマが言いにくそうに相手のステータスを図る。レベルよりもそれが本名だったとに驚きつつ両手の拳銃を乱射し、更にサクラコの指示によりブロッサモンの触手が続く。  狙いはウナギデジモンではない。その足元だ。 「さすが」  後ろからサクラコの感嘆した声が聞こえ、トウマとブロッサモンの「何何?」という声が続いた。どっちがどっちのパートナーなのかわからない。というか何も考えず攻撃してるのかこの花デジモンは?  しかし弾丸の雨と触手の鞭は次々と正確に着弾し、連続する爆風と共に地面を噴き上げながらウナギデジモンの体に──体液に土砂を付着させていく。  やはりあの体液には粘度がある。ブロッサモンの衝突は流せても舞い上がる砂や葉が付着したままなことで確信した。サクラコもそう考えたはずで、狙いも同じだろう。  大量の不純物を混ぜて液の滑りそのものを殺す。見る見るうちにウナギデジモンの黒い体色が砂と土の入り混じった薄茶の衣に隠れていく。まるで大木家で食べたきなこ餅のようだ。これならば。 「ブロッサモン!『フラワリングチョキチョキクロス』!!」 「『スパイラァルゥ~♪」 「「「「フラワァ~』♪♪♪♪」」」」  サクラコの呪文に続くようにブロッサモンは合唱している花々を手裏剣のように投げつけ、ウナギデジモンの正面、左、右、上の四方から振るう。これは避けるのが難しいだろう  「そっか!リボルモ──  胴体から必殺の『ジャスティスブリッド』をウナギデジモンに向けて放つ。トウマも狙いに気づいたようで何か言おうとしたようだがその前に撃った。いつものことだ。 「早いよ!?」  トウマのツッコミをよそにノコギリと弾丸がウナギデジモン本体に向かう。茶色くなったウナギデジモンに動く様子はなく直撃する……筈なのだが。 「チィ~ン〇ポッ♪」 次の瞬間、砂の衣はまるで脱皮したように剥げ落ち、その下から汚れひとつないテカテカの黒光りした体が現れる。 「「ええっ!?」」人間2人が驚愕の声を上げる。  案の定リボルモンが放った弾丸は仁王立ちする体を綺麗に滑り、ウナギデジモンの後方に生えた木々を破壊する。 「クルッ♪クルッ♪クゥ~ルルルルゥ~ン♪」 「チンッ♪チンッ♪チィ~〇ポポポポォ~ン♪」  続くブロッサモンの斬撃をウナギデジモンは余裕の姿で流した上に歌の真似さえしていた。股間に生えたウナギ型の触手も挑発するように頭(?)を振るわせている。熱い日差しが見せる幻覚だと思いたい光景だ。  そんな敵の下品さは置いておくとして……思った以上に厄介だ。トウマがわかりやすく動揺し、サクラコが落ち着いた様子で応える。 「うわあこいつ無敵だよ!どうしようどうしよう!?」 「打撃や斬撃の類は通らないと見ていいかもね。でもそれ以外なら」 「あ!炎とか電撃とかそういうの!」  なるほど、確かに形のないものは滑るも何もない。燃焼や感電は効果的な対処法だろう。  最も拳銃一筋で生きてきたリボルモンにそのような攻撃手段などない。自分だけならだが。 「リボルモン、ボク達も進化だ!」   トウマの呼びかけにコクリと頷いた。 『ブルーカード』という特殊なカードをDアークにスキャンすることによってリボルモンは機械龍『ライズグレイモン』へと進化することができる。その攻撃は光弾や熱線などこの状況におあつらえ向きのものばかりだ。  そういう訳で進化の力を受け取るために構えるリボルモンだったが、しかし体内に伝わってくるはずの膨大な力が流れる感覚がない。  後ろを振り向くとトウマはDアークをかざしたポーズで硬直していた。 「デッキ……ホテルに預けてきてる……」     元々海水浴の為に来ていたのだ。武器でもあり金をかけたコレクションでもある大切なデッキが海水に濡れたら一大事。安全な場所に保管しておくのは当然だった。  水平線の向こうに広がる海よりも青ざめた顔をしている相棒を励ましてやりたかったが今はよしよししている場面ではない。そしてトウマもそれがわからない甘ったれではない。 「とっ…とりあえずブロッサモンを手助け──  声を上擦らせたトウマが指揮を飛ばす──前にリボルモンは銃を構え突撃した。 「まだ言い終わってないってばーっ!?」  言うとわかってることを最後まで聞き続けるほど暢気ではない。  そして頭を悩ませるのはトウマの仕事だ。この状況でも活路を見出してくれる──そう信じてるぜ相棒(パートナー)。 ◇姫野サクラコ 「〇〝ン〝ボ〝オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」  下品な咆哮を上げながらウナギチン……ウナギデジモンがこちらへ迫る。  ビーチの近隣で沸くとの噂だったアナゴチ……アナゴデジモンとの邂逅はサクラコが多少、いやほんの少し、いやごく僅かに期待していたものだったが……まさかこんな形でその亜種とエンカウントしてしまうとは。  その期待も純粋な生物学的興味であり邪な感情など決してまったくこれっぽっちも全然持ち合わせてなどいなかったわけだが、サクラコ自身をはるかに上回るその黒光りには雑念を吹き飛ばす迫力──性別や生物の枠組みを超えた象徴(イコン)に対する畏敬の念さえ湧き上がり、思わずごくりと生唾を飲んでしまう。 「姫野さん!どうしましょう!」 「え?あ、そうね……」  隣に立つトウマの声で我に返る。いけないいけない。まじまじと見て感動してる場合じゃないわよサクラコ。もう十分目に焼き付けたでしょう。  両手で頬を叩いてスイッチを切り替え、パートナーに指示を出す。 「ブロッサモン!手前に『スモーキングもくもくピザカッター』!!そして『ブロッキングちくちくネット』!!」  「ンそびえ立つタァアゲ~ットッ♪」 「「「「負ける訳にはいかンなぁ~い~♪」」」」  巨大花と化したパートナーは花弁を飛ばして砂埃を起こし、更に触手を高速で動かしていく。サクラコはパートナーの植物の力を活かせるようあらゆる状況に対応できる簡潔な『指示コード』を覚えさせている。もっとも彼の多彩さと器用さ、そして盲従ともとれる信頼があってこそだが。  現に彼は何も考えていない顔のまま触手同士を等間隔に細かく交差させ、数秒とかからずにウナギデジモンを阻む茨のフェンスを作った。  敵は物理攻撃を無効化するが幽霊のようにすり抜けている訳ではない。壁を作れば避けるか破壊する以外にこちらに近づく手段はない。こちらが見えないよう視界も塞いでおけば横に立つトウマに危険が及ぶ可能性は減らせるだろう。  だがこちらに有効な攻撃手段がないことは変わらない。それは隣であわあわしている年下金髪美少女も同じようだ。 「ウナチンッ!!」  咆哮と共にウナギを模した頭部…と言っていいかわからないイチモツが砂の煙幕を突き破り、凄まじい勢いでこちらへ、いやトウマに向かって正確に突っ込んできた。  その口内に白くギラついたものを見つけたサクラコはトウマの腕を握り、庇うようにフェンスから距離を取る。  直後ウナギ頭がぶつかり、弾性に富む触手の束はゴールポストのように伸びながらもその頭をはじき返した。念のためにガードをしておいてよかった……が、しかし煙幕の中からトウマを狙えたのは何故なのか。 「しゃ、しゃくらこしゃん!ブロッサモンが!」  狙われた本人は顔を真っ赤にしながら一点を指さしている。ウナギ触手がぶつかった場所、茨フェンスを構成する触手の何本か千切れ取られ機能を果たせなくなっていた。その全ての断面が切ったというより抉ったようにズタズタになっている。先程見た白くギラついたもの……ウナギ特有のヤスリ状になった歯によるものだ。 「大丈夫なんですか!?」 「安心してトウマ君、ブロッサモンの触手は千切れても再生できるから」  まだ若干赤ら顔の後輩に向かって応え、ブロッサモンも歌う。  「ナイッフの上だっろぉがぁ~ン~♪」 「「「「歩いてやっるぅン~♪♪♪♪」」」」 セルフ合唱と共にボロボロだった筈の触手がみるみる内に修復されていく。彼の触手は爪や毛髪のようなもので痛覚はなく、再生や自切もできる。しかし相応に体力を消費するので攻撃を受け続ければまずいだろう。煙幕が晴れたところから敵の様子を伺う。 黒光りする怪人は先ほど弾かれた股間のウナギ頭を片手で握りながら腰を突き出し軽く足を開いた状態、要するに立ショ……男子の排尿のポーズを取っていた。いろんな意味で当たらなくてよかった……と安心している暇はなかった。  サクラコはパートナーを更に進化させることを考え、すぐに却下した。アルラウモンの究極体『ブルムロードモン』は光線を出せるというだけではなく、太陽光を浴びるほどに力を発揮する性質を持つ。晴天の下ではかの『ロイヤルナイツ』にも匹敵する出力を誇る上にルックスもイケモンなのだが……今日の強すぎる日差しは逆にまずい。上がりすぎた火力のせいで周囲の木々に引火して山火事を起こしてしまう可能性がある。ここは燃えてもすぐに自然が復活するアトラーカブテリモンの森ではないのだ。  逆に退化させることも考える。歌舞伎役者の恰好をした桜の怪人といった風体の『カブキモン』は目から光線を出して攻撃することができるが、それだけで格上のデジモンに勝てるほどの火力はない。ブルムロードモン以外の形態は直接戦闘向きの性能はないのだ。  いっそ自分も参戦することを考えるがやはり却下。デジソウルを全開にした『サクラコ:バーストモード』は強力かつ飛行できるというアドバンテージがあるのだが、物理攻撃しかできないのでウナギデジモン相手では意味がない。戦いを挑めばぬるぬるのぐちゃぐちゃまみれにされておしまいだ。  どうしたものかとフェンスの向こうを見ると走り出すリボルモンの姿が見える。同じくこちらへ向かってくるウナギデジモンに対し走りながら両の拳銃を乱射しており、一体どこにどうやって装填しているのかというほどの鉄の雨を撃ち続けている。もはや拳銃と言うよりマシンガンのようだが、やはり全ての弾丸は敵の体液の前に無効化され受け流される。    物理攻撃を滑らせる体液は一時的に無力化しても脱皮のようなモーションで新たな体液を生成する。古い液と新しい液で層を形成しているのだろうか?やはり体液そのものを無視できる攻撃が必要だ。  例えば熱攻撃ならば粘液を凝固あるいは蒸発させることで無力化できるだろうが熱だけあればいいという訳でもない。  現にリボルモンの弾丸も火薬による高熱を伴っているにも関わらず無効化されている。弾が速すぎて熱が伝わりきる前に滑り抜けていくからだ。  しかし彼は躊躇なく連射を続けている。会話もなくこちらの意図を組めるほどの実力者が意味のない攻撃をするとは思えない。  互いの距離が5mほどに縮まった瞬間ウナギデジモンの触腕がアッパーのように振るわれ──  すれ違いざまに回避したリボルモンが横薙ぎに振るった拳銃が敵の側頭部を〝殴った〟。     「ヂッ…ン!?」  不意の一撃だったのだろう。ウナギデジモンはグラついてたたらを踏み、そこへリボルモンが飛び込んで拳銃を叩きつけようとするが触腕でガードされる。  そう、ガードだ。つまりリボルモンの攻撃は滑っていない。 「えっどうなってんの!?」  トウマが声を上げる。ふんばっているリボルモンが持つ拳銃の先端とウナギデジモンの腕の衝突面が黒く染まり、その周辺の体表が白く濁っていることに気づいた。液が凝固している。  「銃身を焼きつかせたのね!」  発砲により熱を持つのは弾丸の通り道である銃身も同じ。先程の過剰な連射は最初から銃を加熱させる為、しっかりと熱を伝えるアイロンのような鈍器として使用する為の行為だったのだ。  そしてその熱は体液を無効化するだけではない。その奥の体表に火傷を負わせれば体液そのものを生成できなくさせる。  ガァンガァンと銃声が連続し、ウナギデジモンが後退した。 「ウナァ…ッ!」  わなわなと震えながら触腕をもう片手で押さえており、その隙間からは赤黒いヒビ…データの破損が見えた。銃撃のダメージを受けている。  素の耐久力は低いようだと思った矢先、肩から流れ出た体液が負傷した触腕を覆いつくした。ようやく見つけた有効打だがこれでは十、いや数十回は当てないときついだろう。  そして負傷した相手もまたスタイルを変えてくるに違いなかった。 「ヂ〇ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」 「ひゅいいッ!!!?」  聞くに堪えない咆哮が森に響き渡るが、リボルモンは動じないままこちらを……先程小動物のように愛らしい悲鳴を上げたトウマの顔を見る。   「…………」  彼はトントントンとつま先で三度地面を蹴り、直後地面に乱射して土ぼこりを上げた。煙の中で影同士がもみ合いながら激しい銃声と鈍い衝突音の嵐が交錯する。 「さっ…3分稼ぐからなんとかしろって!リボルモンが」 「大丈夫なの!?相手は─」 「大丈夫です!」  慌てつつもトウマはそうはっきりと叫んだ。あれだけで意図がわかるものなのか?そもそも3分耐えきれるのか?と思ったが、いつも自信なさげな顔をしていたトウマがそれを疑う様子もなくこちらを見ている。パートナーを強く信頼しているのだ。ならば疑う理由はないと頭を巡らせる。    この状況ならばカブキモンに参戦させる手もあるが、しかし高速の接近戦に割り込むのは逆効果だ。お互いが邪魔になり銃弾も光線も味方に当たる可能性がある。連携ができない……つまり2対1ではなく1対1の2セットというアドバンテージの薄い構図になってしまう。その為にブロッサモンという盾役を捨ててしまうのもリスクが大きい。 考えながらうつむき──そして髪をかきあげ顔を上げた。何事も考えすぎるのが自分の長所であり欠点だ。だからこそ周りを見るべき……そう思った矢先、傍から大声が響く。 「これがあったー!!」 トウマが掲げているのはカードだった。海をイメージした水色の背景に、金色の装甲に覆われた機械の竜が描かれている   「それって、メタルシードラモンのカード?」  リボルモン自身を竜の姿に変化させるカード。少し前にアルラウモンが乗せてもらったものだ。 「これだけは持ってきてたから……それにこのデジモンの必殺技って光線だから、アイツにも通る……と思うんですけど」  確かに、あの巨大な砲から光線が発射されるというのならウナギデジモンを倒せる切り札になりそうだ。  そう光明が見えたかと思ったがしかし、急に歯切れ悪そうにトウマが続ける。どうやら見落としを発見したようだ。 「陸地だと尻尾が重くて狙いが定まらないと思うんです。これ」  あの尾で水生生物のように遊泳していたが、なるほど陸地ではかなりアンバランスな姿になるだろう。 「変身したリボルモンをどうにかして支えて……って作戦は露骨すぎてあのウナギに警戒されちゃうわよね。小回りも利かなくなるから動き回られると狙いをつけられないし、逆にこっちが的になる。それに森を焼かないように攻撃範囲も考えないと──」 「はい、だから、その、えっと」  ちゃんとその辺りも考慮した作戦を思いついているようだが口調は重い。サクラコと地面を交互に見つめ直している。 「……もしかして私に遠慮してる?」 「えっ?」  どうしてわかるのか、といった表情だ。この窮地で口ごもる理由なんて人への遠慮しかないだろう。女の勘だと言いたいが単に自分もそういう気にしいな気質だったからというだけだ。だから伝える。 「まずは聞かせてみて、トウマ君。反応なんか気にせずに、ここにいる私に」  相手の反応を伺うのは大事だが、配慮が過ぎれば一人だけで悪い方に想像してしまうものだ。まず伝えてみることも大事だと思い出の冒険で学んだ。 「リボルモンを信じてるんでしょう?だったらリボルモンが信じてるトウマ君のことも信じていいと思うな。」  自分自身が戒めていることだ。アルラウモンが誇れる素敵なお姫様でいたいから。だから微笑む。。 「…………」   トウマの顔つきが変わった。体は震えているがその目に揺らぎはない。男の顔だ。  2人は話し合い、そしてしばらく後にトウマが決心したように告げる。 「姫野さん。ボクは逃げます!」