サンク=マスグラード帝国・帝都内の路地の一角、そこに二人の軍服を着た男女がベンチに座っていた…。 「なぁ…本当にこんなところで大丈夫なのかよ…」 左目に眼帯をした少女が不安げに問いかける。 「しょうがねぇだろ、人目のあるところじゃまずいし…」 赤髪の少年が照れくさげに返す。 「でもさ、もっとこう雰囲気とかムードとかあるだろ…」 「わかったよ…これでいいんだろ…」 眼帯の少女のダメ出しを聞いて、赤髪の少年が少女の肩を抱き寄せる。肩を寄せた瞬間、二人の視線が重なる。息遣いも届くような突然の距離に緊張が走る…。 しかし五分十分経っても彼らに動きはなかった。その時物陰から躍動するような動きで一人の男が動き出した。 「フッ!ハッ!ラーバル!どうしてチューしない!」 声の主は覆面姿の大男、レンハートマンホーリーナイトであった。 「出やがったな!この変態仮面! こうやってイチャついてる感じを出したら食いついてくるかと思ったら案の定だ! 神妙にお縄につけ! 治安維持部隊のみなさーんお願いしまーす!」 赤髪の少年ラーバルが呼子を吹くと、周囲の建物や路地から白い制服を着た治安維持部隊の隊員たちがゾロゾロと出てくる。 大勢の隊員に囲まれたレンハートマンホーリーナイトはラーバルに向かってこう叫ぶ。 「いいかラーバル!まずお前に言っておく。私が着けているのは仮面ではない!覆面だ!」 「そんなことどうでもいいわ!変態は否定しないのかよ! 捕まえてそのお面をひん剥いてやるからおとなしくしろ!」 「貴様らごときにまだ捕まるわけにはいかない!」 覆面男はそう言うとパルクールの要領で建物の壁面を登り始める。 屋上まで登り切ったと安心した瞬間、何者かに突き落とされる。こんなこともあろうかと屋上にも人員を配置していたのだった。 地面に向かって落下する彼を何者かがピックアップする、それは背中に翼を生やした少年ブラックライト改めホワイトライト。レンハートマンホーリーナイトことコージン=ミレーンの相棒である。 「あっ!ライト!余計な真似しやがって! 待ちやがれー!お前ら二人とも逮捕だー!」 ラーバルが覆面男を追いかけようと走り出す。続いて眼帯の少女ジーニャも走り出すと大勢の治安維持部隊員もそれに付いて行く。 空中からその光景を見ているとライトはル覇ン三世の魔ニメでこんなシーンあったなぁ…とふと思い出すのであった。 *  *  *  *  * ラーバルは焦っていた、この千載一遇のチャンスを逃してはなるかと…。 ラーバルたち訓練兵も訓練期間も終盤を迎え、実地訓練として第6班には治安維持部隊での研修が行われている。 かつての大粛清時代においては逆臣やそのシンパを炙り出すべく、異世界における新●組やゲシュ●ポばりの苛烈な捜査摘発を行っていたがそれも今は昔。 一応ではあるが平穏を取り戻した今は町のお巡りさん的な存在として民からの信頼も取り戻しつつある。 全員が王家親衛隊を目指す彼らからすると不本意な派遣先ではあるが、元々親衛隊は完全実力主義で新人が入らない年があることも珍しくはない。 だったらこの研修期間内に成果を出して親衛隊に抜擢してもらおうと、第6班のメンバー同士で誓ったのであった。 ラーバルは成果を出そうと焦る余り、やらかしも多く生んでしまった。 だがそのやらかしが原因で例のレンハートマンホーリーナイトと幸か不幸か出会うのであった…。 彼との出会いはラーバルが商店主に因縁をつける荒くれ者を捕縛しようとした時であった。 ラーバルが荒くれ者の腕を取りねじ伏せようとしたところ、荒くれ者は仲間を呼び囲まれることとなった。この多勢に無勢の状況へ乱入してきたのが件の覆面男であった。 「囲まれたぐらいでなぜ攻撃を止める!ラーバル!お前は甘い!」 彼はそう叫ぶと荒くれ者たちをなぎ倒し、そして去って行った。 短時間の内に突然起きた怒涛の展開にラーバルは呆然としたが、気を取り直すと何でアイツ俺の名前知ってんだ?!怖っ!と一抹の不安を感じた。 その予感は不幸にも的中し以後も幾度となく現れては彼から理不尽なダメ出しをされ、同僚のジーニャと一緒にいるとまるでどこぞの気ぶり仮面かのごとく煽ってくるので、終いには彼の姿を見るとうわ…出たよ…と嘆くまでになった。 そんな状況が一変したのが初めての出会いから1カ月ほど経った頃。 レストロイカ帝とレンハート姉妹とのお見合いイベントをレンハートマンホーリーナイトが強襲し台無しにしたことである。 自分の預かり知らぬところで計画された縁談であったが、ラーバル自身はこの話に大いに期待もしていた。 両親よりも尊敬するレストロイカ帝が自分の義兄弟になるかもしれない。 誰が結ばれるかは分からないがきっと彼なら姉妹を幸せにしてくれるだろうと…。 だがその期待は乱入者の仕業によってもろくも崩れ去った。しかもその犯人は自分に付き纏っていた不審人物である。 これはもう腹を切って詫びるしかないと悲壮な覚悟を抱きレストロイカ帝に謝罪へ行くも、帝からは「気にするな。こちらとしてはむしろ結果オーライだ。ドンマイドンマイ」と、機嫌が良かったのか今まで見たことないような軽いノリで済まされてしまったのでやり場のない気持ちだけが残された。 だが複雑な感情を抱えていたのはラーバルだけはでなかった、お見合いイベントの首謀者であった参謀クァン=ヴェイクロードもその一人である。 帝に無理やりにでも縁談を結ばせる必勝の策を潰されたとして、憎きレンハートマンホーリーナイトを捕えるべく彼を不敬罪の咎人として国内全域に指名手配をしたのであった。 この措置を知り喜び勇んだのはラーバルであった。奴を捕まえれば汚名返上できるだけでなく参謀からの評価も間違いなく上がる。 アイツはまた自分の元にノコノコ現れるだろうと予想し、自分をエサとして仕掛けたのが冒頭のシーンだった…。 *  *  *  *  * 「まったくいい加減にして下さいよ。完全にお尋ね者になっているんですから、その恰好でうろつかないで下さい」 帝都の外れにある貧民街の一角、元倉庫であったであろう廃屋にレンハートマンホーリーナイトことコージン=ミレーンと彼の相棒ブラックライト改めホワイトライトがいた。 どうやらここは彼らのアジトのようであった。 「とは言ってもなぁ。素顔で動き回るにもレンハートからは俺の捜索願の手配状が回っているので、見つかれば国に強制送還されるから…」 覆面を脱ぎながらコージンが言う。 「だからといって覆面被って余計に危ない橋渡る必要ないでしょ。大体何度僕がその尻ぬぐいしてあげたと思うんですか! おかげで僕までラーバルくんに顔と名前覚えられちゃったじゃないですか」 最初の旅を終え人間に戻った二人だったが、今度はミレーンの中にある忌器を完全に破壊すべく再度旅を開始した。 その最初の目的地に選んだのはミレーンの弟であるラーバルが滞在するマスグラ。 当初の目的はライトに弟を紹介することであったが、先述の素顔を出せない理由のせいで覆面姿にて行動することとなり、様々なやらかしもあり紹介するどころではない状況となっている。 最も度々ライトがミレーンの後フォローをしているせいで、当のラーバルには顔と名前は覚えられてしまったようではあるが…。 「でも兄弟なんだから素顔で会いに行って、周りには内緒にしてくれって頼めばいいだけじゃないですか」 「それがなぁ…。距離感を測るためにラーバルの奴に兄について聞いてみたら『兄は死んだ。仮に生きていても二度と見たくない』とうんざりした顔で言われてなぁ…。名乗るに名乗れん状況なのだよ…」 ダメだこりゃというテンションでライトはため息をつく。 「とりあえず買い出しに行ってきます。ミレーンさんはここでジッとしていて下さいよ。暇だったら新しい変装でも考えていて下さい」 ライトは前の旅でも愛用していた外套を纏い、フードを目深に被り出て行く。 「せっかく人間に戻れたのに、何でまた顔隠してこそこそしなきゃいけないんだろ…」 筋向いにある廃屋の一室から双眼鏡でミレーンとライトのアジトを覗き込む者がいる。 「竜の少年とその相棒にレンハートの第一王子。なるほど確かに報告書の通りでしたな…」 *  *  *  *  * 買い出しを終えたライトは川沿いにある公園のベンチに腰かけている。夕刻の陽が落ちかけて始める時間帯、心地よい川風を浴びているライトに声をかける者がいる。 「よぉライト!どうやら無事だったみたいだな!」 声の主はイワン。訓練兵第6班所属でラーバルの同僚。彼もまた治安維持部隊の研修生でもある。 「あぁイワンくんか。うちの相棒がまた騒ぎを起こしてゴメンね。そっちは結局どうなったの?」 「お前らが空飛んでブッチ切って行っちまったからラーバルの奴もうおかんむりだよ。ジーニャの奴は『せっかく協力してやったのに、詰めが甘いんだよお前は!』って鬼の首取ったかのようにガン詰めしてたし」 「まぁ今更なんだけどイワンくんは僕のこと捕まえなくてもいいの?」 「お前には借りがあるからな。それに表向きにはお前はまだ指名手配されていないから、俺は捕まえなくても大丈夫ってわけだ。最もそれも時間の問題かもしれないけどな!」 イワンがにやけながら笑えない冗談を飛ばす。 イワンとの出会いはライトがマスグラに来たばかりの頃に遡る。 観光気分で街をぶらついていたところ、ひったくり犯を追いかけているイワンと遭遇。 身体強化を使って猛ダッシュで追跡し逮捕に協力してあげたのが縁であった。 前回の旅もそうであったが出会う人間は大抵自分よりも離れた年上の人間ばかりで、同年代の人間と語らうことは珍しい。 いつの間にか時折会ってはどうでもいい世間話をするようになった。 ライト自身はイワンのことは友人と呼んでも差し支えない間柄だと思っている。 ただ言われているだけでは口惜しくなったライトが反撃の糸口を切り出す。 「あっ、そういえば前に言ってたあの子とはどうなったの? 同じ班にいる同僚の子だっけ。デートに誘おうとか言ってたじゃん」 突っ込まれたくない話題を言われてイワンが動揺する。 「おまっ、よくそんなこと覚えてるな?! いや、まぁ、全然かな…。相手の子がさぁそういうことに興味がないって言うか、雰囲気作ろうと思ってもスカされちゃうっていうか…」 会話のイニシアティブを取れたせいかライトは上機嫌になりさらにたたみかける。 「デートじゃなくまずは買い物付き合ってもらうとかでいいんじゃない。これは僕と一緒に旅をしていたゴウさんって人が言ってたんだけど、女の子って自分から行くのは恥ずかしいって気持ちがあるから、時には無神経なぐらいに押してやる方がいいんだってさ」 「マジかよ?! でもそうなのかなぁ…。もし押してダメだったらどうすんだよ!」 「その時は素直にごめんなさいして、またの機会に再度押す。そんでダメならもう諦めろって言ってた」 「何のアドバイスにもなってねぇぞそれ! ふざけんな!こっちは真剣なんだよ!」 「ごめんごめん。でも待ってるだけじゃ何も始まらないってのは本当だから…」 「ん~やっぱそうだよなぁ…。あっいけね!もうこんな時間だ。サボってるのがバレたら大目玉食らうから、じゃあまたな!」 職場に帰って行くイワンを見送ると、ライトは買い出しの荷物を抱えて家路へと急いだ。 ライトがアジトに戻ると見知らぬ出で立ちをした男が中にいた。新たな変装姿をしたミレーンであった。 どこで手に入れたのかは分からないが赤いノースリーブのジャケットに赤い革の長手袋を身に着け、顔はサングラスで隠している。 「いったいどうしたんですかその恰好?」 「見ればわかるだろう。俺の新しい変装だ!」 「コージン、ミレーン、レンハートマンホーリーナイトに次ぐ四番目の顔だから、名はクワト…「あぁもうわかりました!こっちはツッコむ気力もないんで終わりにしますよ!」 *  *  *  *  * 数日後ライトはいつもの時刻いつもの川沿いの公園で、いつものようにイワンと与太話に興じている。 会話の途中イワンが何かに気づいたように視線を外した。 「どうしたのイワンくん?」 「いやあの子、さっきから木を見上げたままずーっと動かないなって…」 そう言われると妙に気になり出したので、二人はその女性の元に行ってみた。 近づいてみると一人の少女が高く生えた木の上の方を見上げながら、何か困っている様子であった。 「あのどうかしたんですか?」 ライトが恐る恐る問いかけると少女が申し訳なさそうに答える。 「風で帽子が木の上の方まで飛ばされてしまいまして…」 「マジかよ…。俺高いとこ苦手なんだよ…」 イワンが先手を打って高所恐怖症アピールをする。これは明らかにライトお前がやれよという無言の圧力であった。 「えぇ…しょうがないなぁ…」 ライトが自分の身の丈から一番近い太めの枝を掴むとまるで猿のように登っていく。 「(飛んだ方が楽だけど、さすがに知らない人の前で羽を出したらドン引きされちゃうからな…)」 ライトは帽子を回収するとそのままスルスルと降りて来た。 「はいどうぞ。この辺川沿いだから風が強いんで気を付けてね」 ライトが少女に帽子を渡す。少女がお礼でもと言いたげな様子を見て、ライトは気にしないでいいですよと言い、イワンと共にその場を去って行った。 翌日ライトがいつもの時間いつもの川沿いの公園のベンチに座っている。 待ち人のイワンはまだ来ない。特に約束をしているわけでもないから当然なのではあるが。 「イワンくん遅いな。今日は仕事忙しいのかな…」 ライトが諦めて帰ろうとした時、彼に声をかける者がいた。 それは帽子を被った金髪の少女、昨日この場所で出会った女性であった…。