酒蔵、薄暗がりの中、新酒が滴る音だけが、ポタリ、ポタリと規則正しいリズムを刻んでいる。外の雪がすべての音を吸い込んで、世界には二人しかいないような静寂の中、彼との会話がゆっくりと紡がれていく。 ​晒した木綿地を通って、しぼりたての生原酒が槽へ溜められてゆく。微かな灯りに照らされた褐色の巨体は、使い込まれた手ぬぐいで額の汗を拭い、おれを振り返った。紫を沈めた瞳には、安堵と、それ以上に深い熱が宿っている。 ​「……ようやく、拝めるぜ。今年の一番搾りだ」 ​杜氏は棚から、少し小ぶりな猪口を取り出した。透明度を増した雫をそっと柄杓で掬うと、その大きな指先でつまむほどの容器へ、慎重に注ぐ。モリヤスさんの酒は、生まれたての産声のように小さな泡を纏っていた。彼はその猪口を、両手で包み込むようにしておれに差し出した。 ​「さあ、持ってみな。……おまえさん、手が冷てぇな。待たせちまったか」 ​重なる指先。モリヤスさんの大きな掌は、米を蒸す蒸気と、醸しの情熱をそのまま宿したように熱く、おれの冷えた指先を解いていく。 ​「ほら、一口。おっちゃんがこの冬、寝る間も惜しんで口説き落とした自信作だ」 ​おれは促されるまま、その雫を口に含んだ。 ピチピチと舌を弾く微炭酸。鼻へ抜ける青林檎の香りは清涼。そして、喉を通り過ぎる時に感じる、力強い米の旨み。するりと落ちた腑の中からじんわりと身体が暖まっていく。 ​「……すごい。正月に飲んだのよりも、ずっと……甘くて、でもどこか切ない味がします」 美味しい。​おれの拙い言葉に、彼はふっと、子供のような無邪気な笑みを浮かべた。 ​「切ない、か。……お前さんにそう言われると、おっちゃんの苦労も報われるってもんだ。あれからさ、酵母と対話するたびに、お前さんの顔が浮かんで困ったよ。もっと綺麗に、もっと深く……そう願うほど、酒がわがままになっちまってなぁ」 ​モリヤスさんは自分用の猪口にも酒を注ぎ、おれの隣に腰を下ろした。肩が触れ合う距離。蔵の冷気が、二人の体温でわずかに和らぐ。 ​「モリヤスさん、本当に、おれでよかったんでしょうか?」 ​「ああ。どうしてもお前さんに飲んでもらいたかったんだ。この『最初の一滴』だけはな。……贅沢な男だろう? おっちゃんは」 ​彼はそう言って、眦を細めた。泣き黒子を緩く浮かせた笑みはどきりとするほど妖艶で、思わず目が吸い寄せられる。馬獣人の太い首が大きく動き、自らの生み出した清酒を煽った。首筋に浮かんだ喉仏が上下する。モリヤスさんがふうっと息をつくと、新酒の香りが二人の間に広がった。 ​「お前さんは、そうやって真っ直ぐに味わってくれる。だから怖いんだよ。おっちゃんがどれだけ経験を積んでも、この酒はお前さんの唇に触れるまで、ただの未完成品だ。お前さんの感想を聞いて、初めておっちゃんの冬が終わる。そして、春が始まるんだ」 ​「おれの感想で……完成するんですか?」 ​「そうだな。おっちゃんにとっては、品評会の金賞よりも、お前さんの『美味しい』の一言の方が、ずっと重い。……この酒に込めたのは、米と水だけじゃない。お前さんに伝えたい、言葉にならない気持ち全部だ」 ​モリヤスさんは猪口を置き、おれの肩にそっと大きな腕を回した。半纏越しに伝わる重みは、彼が背負ってきた伝統と、おれへの不器用な愛そのものなのかもしれない。 ​「見てみな。外の雪は、まだ止みそうにねぇ」 ​窓の向こう、闇に舞う白。 モリヤスさんはおれの耳元で、少しだけ声を震わせながら続けた。 ​「この蔵はさ、酒を育てる場所だが……今夜だけは、お前さんを閉じ込めておく場所にしたい。……嫌かい? こんな、酒臭いおっちゃんじゃ」 ​冗談めかした口調の中に、隠しきれない真剣な眼差し。おれは首を振り、彼の手をぎゅっと握り返す。酒に酔っただけではない、熱い何かが胸の奥で小さく弾けるのを感じて。 ​「いいですよ。この酒が、本当の意味で完成するまで……ずっと、ここにいます」 ​「……はは、まいったな。そんなこと言われたら、来年はもっと旨く仕込まねぇと」 ​馬獣人はおれを抱き寄せ、深く、深く息を吐き出した。蔵の中に漂う、甘く官能的な新酒の香り。外では雪が音もなく積もり、世界を白く染めていくけれど。腕の中の小さな空間は、しぼりたての命の熱と、二人の確かな鼓動で、先に春の暖かさに満たされていた。 ​「……来年も、最初の一滴はお前さんに。約束だぜ、「」測者」 ​低く優しい声が、蔵の静寂に溶けていく。雫が滴る音さえも、今は二人を祝福する拍手のように聞こえ見つめ合う二人の唇があーモリヤスさんの極太馬ちんぽしゃぶりしゃぶりたいブヒ