スマホのスピーカーから流れてくるのはMyGO!!!!!としては珍しい、ゆったりとした曲調。
なんとなく、立希ちゃんのやつれ具合から激しい曲調を想像していたから、私は少し驚いていた。

「ともりんもそう思うよね！？」
「ぉぁ……」

突然話を振られた燈ちゃんは目を白黒させて、じっと手元のノートを見つめる。
曲の元になった詩がそこには書かれていて。
立希ちゃんはそんな燈ちゃんの様子を、まるで人生の一大事みたいな様子で見守る。
気になるのは、大切なのは、やっぱり燈ちゃんの反応なんだ。

「えと…うん…この曲で、歌いたい…」
「！」

立希ちゃんがグッと手を握り込んだ。小さなガッツポーズ。
聞くまでもない、嬉しさでいっぱいの表情。
私の視線に気付いた立希ちゃんが、眉間に皺を寄せる。私は何も言ってないのに。

「なに」
「別に。よかったねって」
「はぁ！？」

顔を真っ赤にして、噛みつきそうな勢いの立希ちゃん。
作曲が一区切りついたからだろう、いつになくテンションが高い。
付き合ってられないから、私は溜め息を飲み込んで先を促す。

「音合わせ、するんでしょ？」
「……」

そっぽを向いて、立希ちゃんはスマホを操作して全員に譜面を送った。
私はタブレットに送られてきた譜面を表示する。

「みせて」

耳で覚えたらしく一人で勝手にフレーズを弾いていた楽奈ちゃんが、するりと私とタブレットの間に入ってきた。
スイスイと指先を動かし、じっと画面を見つめる。
私は目の前にある楽奈ちゃんのつむじを見ながら、ただ退くのを待つ。
おもちゃに飛びつく猫みたいで、きっと私が何を言っても無駄だろうから。
楽奈ちゃんもう覚えたと言わんばかりにスッと離れた。

「…もういいの？」
「ん」

こくりと頷いて、勝手に弾き始める。
デモ音源だけじゃ掴みきれなかった曲が、楽奈ちゃんのギターで輪郭が朧げに見えてくる。
それはきっと私だけじゃなくて。
楽奈ちゃんのギターの音をじっと聞き入っていた立希ちゃんが、ハッとするようにドラムスローンに腰掛ける。

「愛音もそよも、はやく準備して」
「えっいきなりこれ演るの？」
「こうなったらもう、それしか無いでしょ」
「まじか〜…」

戸惑いつつ、愛音ちゃんもストラップに腕を通してギターを構える。
私もベースを準備しながら、そっと燈ちゃんを見た。
マイクをギュッと握って棒立ちのまま、燈ちゃんは微笑んでいた。

その小さな笑顔が妙に気になった。

「野良猫、音合わせするから一旦止めて」
「ん」
「燈、歌える？」
「…うん」

燈ちゃんにうなづき返した立希ちゃんが、ドラムスティックを打ち鳴らす。
そうして、私たちのスタジオ練習は始まった。

☕️
スタジオ練習が終わり。
立希ちゃんは次のスタジオの予約を取りに行き、愛音ちゃんは楽奈ちゃんとお茶を買いに行って。
RiNGエントランスにあるベンチに、私と燈ちゃんは座って待っていた。
次のライブに向けた練習はもちろん、新しい曲も一応の形になった。
まだ直したいところができたらしい立希ちゃんは、ちょっと心ここに在らずだったけど。

「…どうかした？」

手に持ったノートをじっと見ていた燈ちゃんは、私に声をかけられて顔をあげた。
きょとんとした表情が、私に向けられる。

「さっきからずっとノート見てたから。気になることでもあった？」
「えと…」

燈ちゃんは口ごもる。
言葉を探しているような、ううん、きっと探している。
ノートに視線を戻した燈ちゃんはポツリとつぶやいた。

「立希ちゃんが作ってくれた曲…温かくて…」
「あたたかい…？」

私のおうむ返しに、燈ちゃんはこくりと頷く。

「ゆっくり…一人で歩いてるのに…傍に居てくれる、ようで…」

なにを言ってるのか、ピンと来なかった。
燈ちゃんも、内側にあるなにかを少しずつ確かめるように言葉にしていく。

「この詩は…今のみんなを考えて書いた、から…だから…」
「だから、温かい？」

燈ちゃんは小さく頭を振った。
立希ちゃんが作った曲が詩に寄り添ってるようで、だから温かい。
そう言いたいのかと思ったのに、違うらしい。

「…きっと、今の私だから…書けた詩で…」

今。12月に入って、1年が終わろうとしている。
多分、燈ちゃんが言いたいことはそうじゃない。

「たくさん、立希ちゃんが作ってくれてる曲は、一緒に頑張ってくれてて…
　けど、この曲は…立希ちゃんが…そっと背中を支えてくれてるみたいで…」

立希ちゃんが今日作ってきた曲。
MyGO!!!!!のこれまでの曲と比べて少しゆったりとした曲調で、珍しいなと私は思った。
燈ちゃんも、燈ちゃんなりにそう感じていた。
でも、それはただテンポとかメロディとかって単純な違いじゃなくて。

「色んなことがあって…一瞬を重ねてきて…私は、ちょっとずつ昨日と違っていて。
　それは…立希ちゃんも、みんなも同じなのかも…って思えて…」

燈ちゃんは私を見た。
色んなこと、これまでのこと。
私たちだけじゃない、祥ちゃんや睦ちゃんとも忘れられない思い出ができて。
1年も満たない中で色んなことを経て、燈ちゃんたちは確実に変わっていく。

「燈ちゃんにはそれが、温かいって思うんだね」
「えと…うん」

「そっか…」

だから燈ちゃんは微笑んでいたのかな。
…私もきっと変わっていく。
燈ちゃんの書く詩みたいに。立希ちゃんの作る曲みたいに。
それが良い方向なのか、違ってるのか全然分からない。
けど燈ちゃんにとってそれは温かくて、肯定できるもの。
私はふっと力が抜けるみたいに笑った。

「…私もね。今の燈ちゃんの詩は、ただ痛いだけのものじゃないって…そう思えるよ」
「ぇ…」

自分のことみたいで、ちゃんと聞けなかった燈ちゃんの言葉。
これからもMyGO!!!!!であろうと決めて、CRYCHICが終わって、祥ちゃんたちは違うバンド組んで。

そうして今日。
新しく出来た曲は、過ぎた想いもいつかは消えていくって寂しんでいるみたいだった。

──想いのかたち、かぁ…

一瞬一瞬の中で感じるそれは確かに、雪みたいに少しずつ溶けてしまいそうで。
思い出ってそういうもので、でもそれはその時感じたどんな想いも等しく消えてしまうことでもあって。
そうしたくないって、藻搔いていた私にはチクリと痛む言葉。
でも、それだけじゃない。

「今の燈ちゃんの詩は…傍にいるよって、そんな風に聞こえるから」

燈ちゃんの詩が私に伝えてくれる。
消えていくものもあって、どれだけ縋ってもどうしようもなくって。

だけど、私たちは変わらずにバンドをやる。一生続けるって、そう約束したから。
過ぎ去って変わっていく色んなものの中で、それだけは絶対に揺るがない。

「そよちゃん…ありがとう…」

燈ちゃんはふわりと微笑んだ。
その笑顔は、今の燈ちゃんだから浮かべられるもの。
温かいって、きっとこういう気持ちなんだろうな。

「ともりんそよりんお待たせ〜！」
「お茶、うまい」
「スタジオ予約してきた…燈、そろそろ帰る？」

3人が戻ってきて、急に騒がしくなる。
私ははぁ、と溜め息を吐いた。

ネタ元：静降想

乾燥した季節に染み入る湿度でいいね

良かった

凄い良かった
元ネタ説明される前からこの曲のことなんだろうなって感じが伝わった

俺は面白かったよ

本編後のそよと燈の絡みもっと見たいよね
こんな感じの一歩引いたお母さん的な感じなんだろうけどもう少しそよから歩み寄るのも見てみたい

原作っぽい雰囲気がすごい上手いな…
めっちゃ良かった