障子戸の開く音に、自然と視線はそちらに向く。ついで頭も眼球に追従して、 ぱさりと振られた長い金髪が、きらきらと星をこぼしながら彼の帰りを労うのである。 流暢な英語、青い瞳――それは彼女の出自を、これ以上なく表していた。 しかし身にまとうのは、飾り気のない割烹着。いる場所も調度の一切からして和風そのもの。 それでいて、そこに不慣れな様子は一切なく――両者はごく自然に調和していた。 後ろ手に戸を閉めて振り返る横顔に、柔らかな唇の感触が生々しく残る。 悪戯気なその口付けに、男はさして驚きもしない。すぐさま、彼女にやり返そうとして―― その腕の中の存在にはたと目をやり、そっと、唇に重ね返すだけであった。 彼の労をねぎらうその口ぶりには、まだ微かに発音や抑揚の揺らぎが残っているものの、 異邦の生まれであることを加味すれば、母語に限りなく近いと言えるほどこなれていた。 それも当然であろうか――彼と出会ってから早数年、こうして同じ屋根の下に暮らすまでに、 枕を並べて語り合った夜は、数え切れぬほどにあったのだから。 そしてその結果が――今、彼女の懐の中にすやすやと寝息を立てている。 黒い髪。母に比して低い鼻、細面の顔。こうして眠っている姿だけ見れば、 その母との血の繋がりを想像するのは難しかろう。父親似とこそ言われはすれど。 だが彼女が目を開けば、そこにある青と、活発な動きぶりで、その証を立てるのである。 割烹着の下の衣服は、かつて彼女が彼の麾下にあった頃の服に似ている。 そうであった方が慣れていることもあるし、そうであることを望んでいる、とも言える。 現役の頃から、胸の谷間が大きく覗いた衣装を着ていたのだから、 授乳の利便性のために、胸元を開きやすい格好をしておくことに、何の違和感もない。 そうでもしなければ、ただでさえ大きな母の乳房の中の母乳すら吸い尽くしそうな我が子に、 一日に何度も何度も胸を差し出してやるわけにはいかなくなってしまう。 自身の頭ほどの母の胸にしがみついて、指だけはもぞもぞと動かすその様子は、 まだまだ手のかかる赤子であることを、誰の目にも明らかに証明していた。 しかし母を独り占めできる時間はもうほとんど残っていない――何故といえば、 既に安定期を迎えた第二子が、また丸々と彼女の腹部を膨らませているからである。 第一子の出産を経てすぐに着けられた種が――すくすくと育って、 姉が独占していた両親の何もかもをも、横取りしようと狙っているのだ。 自分に妹のできることを英語で語られたとて――当然、それがわかるわけもない。 ただ赤子は、不安に泣くのである――己の取り分の減ることを本能的に悟って。 軍属の彼の仕事の内容は、妻にすら容易には明かせないものだ。まして、退役者ならば。 一つの基地を預かる重責は、想像するに余りある――離れてから、それがようやくわかる。 その彼を癒そうとした結果が、この見事な年子である。 もう少し、二人きりの蜜月を味わっておきたい気持ちもないではなかったが―― ただ、その寝顔に彼と自分との血の繋がりを感じるたびに、彼女自身、救われる想いがする。 かつては一つの暴力装置として、彼の下でひたすらに戦い続けてきたのだ。 風呂を済ませ寝室にやってきた彼を出迎えたのは、先ほどとは打って変わって淫靡な―― ほとんど肌の透けて見えるような薄く、服としての用途すらなさないような、寝間着。 むしろそれは、下着と表現する方が正しかった――とても、妊婦の着るものではない。 生まれつきの白い肌、それを羞恥にほんのり赤くさせてそんなものを着てくるのだから、 彼が我慢できなくなったことをどうして責めることができようか――もっとも、 夫をそうして誘う彼女自身、恥ずかしげな困り眉の下の唇は蠱惑的に微笑えんでいて、 よもや誘いを断られるとは思っていないような様子であるから、似た者夫婦であると言えよう。 眼鏡を外した彼女の舌を、男は何の遠慮もなくねぶる――唇と唇を重ね合い、 薄っすら灯された常夜灯の影の中、二人はどろどろと溶け合っていく。 乳房を夫の胸板に擦り付け――男は、妻の腰、尻との境を鷲掴みにして、 さらに肉体の境界線を曖昧なものにする。唾液が、顔と顔の区別を失わせていく。 青い瞳の中に、自分の顔の映るのを――こんな雌を自身の妻にできた喜びとともに眺め、 また自身の瞳に映る彼女の顔が、蕩け、甘えきった雌の表情であることに支配欲をそそられる。 身重なことは、二人にとって障壁とはならなかった――むしろ、より強く、興奮を煽り立てる。 重なり合い、混ざり合った結果がこうして生るのだ。二人の間に仮定される、 目に見えない愛情だとか肉欲などいったものが、物理的な実体を得て、証明される。 そこに幸福感を覚えぬものはいるまい。まして、既に第一子が産まれ出でた末のこと。 男は執拗く、彼女の膨れた腹を撫で回す――舌を這わせ、爪で掻き、出臍に歯型を付ける。 そしてまた、手のひらをいっぱいに使って自身の唾液を全体に薄く広く伸ばしていく―― そうされると、女はまるで自分の腹部が、本当に彼に呑み込まれたかのような錯覚に陥る。 目の前の雄に身体の全てを差し出し、あらゆる箇所を、彼に、使ってもらう悦び。 青紫の下着は、真っ黒になった乳首を隠すにはあまりに薄すぎる。 なまじ隠そうとされているがために、一層、彼の興奮と執着とは強くなって、 我が子が散々に飲み、歯型を付けたはずの妻の乳房に、また見境なくしゃぶりつくのである。 赤子の手で搾られながら飲まれるのとは違う、大人の男の指と口での、強い刺激。 それは彼女の乳腺を容易に開き、甘ったるい白牛の母乳をだらだらとそこに垂れ流す。 男はそれを一滴も無駄にするまいと、右の乳首と左の乳首とに交互に口を付けながら、 しまいには、乳房をぐうっと乱暴に引っ張って乳首同士を一塊に重ねてしまい、 両方をいっぺんに口の中に咥えて、ずぞぞぞぞ、と下品な音を立てながら啜り飲む。 そうされているだけで、女の声は高く――我慢の効かない音程へと変わってしまう。 寝ている我が子を起こさないようにと気を付けているはずなのに、どんどん、大きく―― だが声は不意にやむ。乳を一方的に吸われ続けた彼女の背はぴぃん、と反って、 絶頂に達したことを、夫の目の前にさらけ出してしまう――頬はさらに、赤くなる。 まだまだこぼれてくる乳を、押し止めるように最後にぎゅっ、と吸いきった彼は、 目ざとくも、妻のはしたない表情について、ねちねちと言葉で責めるのであった。 こんなに敏感で淫乱な身体でこの先、授乳し続けることができるのか、 出産直後にあっさりと妊娠するような子宮じゃ、何人できることかわからないぞ――等。 指で膣口をかき回しながら、頬に何度も口づけをしながらそんなことを言ったところで、 彼が妻にご執心であることがばれるに過ぎないのだが――五人十人と産まされることを想像して、 さらに彼女の頬は赤く、青い瞳には期待の光が満ち満ちる。 寝転がった夫の上に跨って、自らゆっくりと腰を降ろす――そしてまた、ゆっくり上げていく。 にちゅにちゅ、にちゃにちゃ。艶めかしい水音が寝室に絶え間なく響き、 そこにはしたない喘ぎ声が重なって――いよいよ彼の興奮を最高潮に押し上げていく。 乳房はほとんど暴力的なまでにぶるん、ぶるんと彼の鼻先を踊り、 その黒い突端からは、まだ垂れ続けている母乳が勢いよくぴゅっ、ぴゅっ、と噴く。 二人の両手は二十本の指を蛇の群れのように絡ませ合っていて、 相手の左手の薬指、そこにはことさら強く、自身の薬指と中指とを押し付けていく。 女の身体がまた、絶頂によって止まるのと同時に――男は下から精を吐きつける。 既に先客のいる場所目掛け、今はそこに宿らせてやれなくてすまんな、と思いながら。 代わりに、腹部をまた撫でる――自分と彼女との間の、人種の壁を越えた間の子のいる胎を。 何人でも、俺の子を――と、彼が自身の人種のことをふと言おうとすると、 女は夫の口を唇で強引に塞いで、その先を言わせまいとする。 愛し合う男女の間に、そんなものは関係ないわよ、と。