『<闇市>』 ꕤ  プロローグ  ꕤ 「――以上が予算の修正案です」  大臣イーンボウが淡々と読み上げた。広い会議室にはあと一人、ただこれを退屈そうに聞いている女性だけがいる。 「続いて反社会的勢力との抗争の件ですが……」 「大臣」  女性がおもむろに口を開いた。 「そなたにすべて任せると……言ったはずじゃったのう?」  女王シュティアイセ・アンマナインは伏目でブレスレットを眺めながら気怠そうにしている。 「しかし女王様こればかりは。あなたの決定として世に出るのです。どうかお聞きください」 「だってぇ、退屈なんじゃもん!」  いい歳してだってじゃねえよ……と、内心そう思いながらもイーンボウはシュティアイセを優しく諫めようとする。しかシュティアイセにもかねてから言いたいことがあるようだった。 「大体自分はボーリャックちゃんの面白報告受けているくせに、イーンボウちゃんの説明は堅すぎなんじゃよ。こんなもの紙でよかろう」  そう言ってじいっと睨みつけたのはイーンボウが持っている資料だった。 「お渡しして、きちんと目を通されますか?」 「読むよ?」  今度はイーンボウが疑いの目でシュティアイセを見つめる。誰に向かって物を言っているのかと、シュティアイセは不服そうだ。ここは示しをつけてやらねば。 「読んだり……」 「読んだり?」 「読まなかったり?」 「では反社の件ですが」 「イーンボウちゃん説明堅すぎなんじゃよ~!」  そのときイーンボウの手からはらりと資料がこぼれ、その文字がシュティアイセの目に飛び込んできた。 「イーンボウちゃん、それは?」  資料を拾い上げたイーンボウに、その資料を渡せという仕草をしながらシュティアイセは自ら椅子を降りて近寄っていく。 「ああ、これは。なんでも世刃(セイバー)がブラックマーケットに出品されるという噂がありまして」 「世刃? これが?」  シュティアイセは今はブレスレット状になって自分の手首に収まっている宝剣を見せながら訊いた。  「世剣(せいけん)・世刃(セイバー)」とはこの国ウァリトヒロイ王国に伝わる神の剣だ。国宝にもなっている。最近はシュティアイセが肌身離さず持ち歩いており、流出したなどということは到底考えられない。 「ええ。ですから贋作です。疑いようもなく」 「ふーん……」  シュティアイセはなにやら考えていた。 「そういえば今度ボーリャックちゃんが帰ってくるんじゃったのう!」 「……で、なんですかこれは」  普段リャックボーとして諜報活動をしているボーリャックは、潜入先である魔王軍から長期休暇(バケーション)を得てウァリトヒロイ王国に帰ってきていた。  帰国早々シュティアイセに呼び出されたかと思うと、すでに旅支度が整った八六式高機動車(ハチロク)が用意されていた。 「<闇市>へ行くぞ、ボーリャックちゃん! もちろんイーンボウちゃんには内緒じゃ♪ ████王国への外遊ということになっておるからの。それじゃあ出発!」 「待て待て待て」  多少の問答はあったが、結局シュティアイセが押しきりボーリャックを連れ立った。いつものことだ。  八六式高機動車は風を受けながら大地を駆ける。シュティアイセが連れ立ったとはいっても運転はもちろんボーリャックがしている。 「なんでそんなに贋作が気になるんです?」 「代々伝わる王家の宝剣の品位を貶めようとする輩に興味があっての。顔くらい拝んでみたくなるじゃろ?」 「なりますかね?」 「あと<闇市>についても調べたんじゃがこれが案外興味深くての。ボーリャックちゃんもよく見ておくとよいぞ」 「どういう所なんです? その<闇市>」 「それがなーんもわからん!」 「ほう……?」  そんな話をしているうちに車は████王国へと入った。 *  ある日レッドバーニングライオンは司令部に呼び出されていた。 「獣魔兵団、およびこの団長レッドバーニングライオンに<闇市>調査の命令を下す。実行者は団長含め二名までとし、作戦の一切は他言無用とする。もちろん作戦実行にあたらない他の獣魔兵団団員にもだ。質問は?」  束の間の沈黙が流れた。予想外の言葉に目を見開いたレッドバーニングライオンだったが、またかと言わんばかりの諦めの表情を見せた。 「……まあいいですよ。言いたいことがあるんですが」 「聞きたいことではなく言いたいこととは随分だな。これは命令だ」  言いながら司令部長は資料を突き出す。 「二人か……。メンツ確定だなこりゃ」  勝手に話が進んでいくので仕方なく渡された資料をめくりながら、レッドバーニングライオンも徐々に仕事の顔になっていった。 「開催地に出向いてもらうのでな。大勢で行って目立たれても困る」 「なんで獣魔兵団(うち)なんです? インテリジェンスならあるし他にも適任がいるでしょう」 「諜報部はいろいろあり今人手が足りなくてな。遂行中の作戦だけで手一杯なのだ。今回の作戦は喫緊ではないのでな。それで……」  司令部長は一瞬逡巡したが、唸りながら口を開いた。 「……ううむ。まあよいだろう。じつは四天王会議で揉めてな。結果的に獣魔兵団になら任せてもよいと決まったそうだ。獣魔兵団はエビルソード軍の影響が強いが、今や独立している側面も大きいのでな。これまでに各軍とも作戦を遂行してきた実績の表れ。信頼されているということだ」  魔王軍は組織の大部分が組織立っていない。正確に言うと部署内での上下はあるものの、部署間の上下関係が曖昧になっている。そのため部署間の依頼・命令には強制力がない。別部署の依頼・命令を受けるかどうかは、そのときの情勢や軍内政治、また従来の慣例に頼って(または相手の実力を見て)決める場合が多い。それでは組織が回らないため間に入るのがこのなにも接頭辞のつかない「司令部」だ。  司令部は魔王、四天王の方針を聞き入れながら部署間の命令・作戦の取捨選択をし、ときには四天王に直接判断を仰ぎながら、様々な部署へと命令を下す。部署間の連携が必要なときに取り持つこともある。司令部の命令は魔王、四天王に次ぐ重みがある、と受け止められている。これも慣例だ。  つまり今回、エビルソードから獣魔兵団に命令が直接こなかったのは、この命令が四天王全員の合同のものだったからというわけだ。 「四天王会議って魔王様もいたんスよね?」 「まあそういうことだな。頼んだぞ」 「待ってくれ。言いたいことがあると」 「なんだね。おしゃべりはこれくらいでいいだろう」 「団長はオレじゃねえ」 「団長、うなされてました」  茂みからレッドバーニングライオン越しに巨大なテントを見つめてヨモギが言う。「かわいそ……」とつぶやきながら、レッドバーニングライオンもまた眼下に広がる<闇市>の風をその炎の鬣(たてがみ)に感じていた。  伝令の時点であの命令内容なら団長とレッドバーニングライオンで行くしかなかったが、団長を間違われたという事実を聞いた獣魔兵団団長フェンリエッタが卒倒したたため、この二人が作戦に当たることになった。ヨモギはレッドバーニングライオンの人選だ。 「あの……なんで私なんですか」  猫々ヨモギは獣魔兵団の体育会系なノリが苦手だ。その筆頭であるレッドバーニングライオンも苦手だ。事あるごとにバーベキューやボウリング大会に誘ってくるレッドバーニングライオンにはじめは言い寄ってきているのかとも思ったが、すぐにそうではないことがわかった。 明らかにレッドバーニングライオンが兵団の空気を作っている。それが判明してからというもの、それ実感するたびに自分の中に陰鬱な気分が募っていくのを感じるのだった。  そして今回その本人から直接のご指名である。仕事だからまだ割り切れるが、それにしてもヨモギは新人だ。様々な思いがヨモギの脳裏を巡り、つい疑問が口を衝いた。  レッドバーニングライオンが振り返る。 「オマエ諜報やりたいって言ってたろ」 「えっ……」  ヨモギが酒の席でつい漏らした本音だ。それも言ったのは一度だけ。気にもすらされていないと思っていたヨモギは不意を突かれた。 「先輩覚えて……?」 「もし他部署にいく気なら多少実績になるんじゃないか? それに獣魔兵団は目立つヤツしかいないからな。人間っぽいヤツもいた方が今回はいいだろ。適材適所ってな」  獣魔兵団を辞めたかったことも、一人だけ見た目が人間寄りで獣感が薄いことを悩んでいたことも、もしかして見透かされている!? ――と、内心ヨモギは焦った。そしてレッドバーニングライオンに洞察力があったことに驚き、悩みを活かす采配に感心し、洞察力があるならもっと接しかたがあっただろと怒り、なにより諜報のやる気を汲んでくれたことに喜んだ。しかしこれらの感情が同時に襲ったヨモギは今のこの感情を自分では言い表せない。 (これが先輩の真骨頂か! なるほどね! 『オレ、悩みわかってますよ』的なね? こうやって何人も籠絡してきたんだ!) 「情報はしっかり頭に叩き込んできたか?」 「えっ、はい!」 「よし。これが無事に終わったらパーッと飲みに行くか!」  ああやっぱりそれなんだなと、ヨモギは思った。 * 「どこ行くの?」  ハルナは咎めるように、一人平野を行くマーリンの背に言い放った。  先の戦闘でユイリアが負傷し、現在一行はとある町にしばし滞在していた。幸いユイリアは順調に快方に向っている。しかしパーティの間にはどこかぎこちない空気が流れていた。  今日は朝からマーリンは一人で出掛けた。つい先ほど出発の際に仲間であるズンターと「帰りは遅くなる」程度の言葉を二、三交わしただけだ。マーリンとしてはハルナとユイリアに悟られないように動いたつもりだったが早々に引き止められてしまうことになった。  マーリンはきまりが悪そうに応える。 「……なんでお前がいるんだよ」 「たーのーまーれーたーの! ユイリアはアンタが気を落としてるんじゃないかって随分心配してたわ。自分が怪我してんのに。『マーリンが元気がないのは私が怪我してるせいですから、早く元気にならないと』とか言ってんのよ? アンタがもっとシャキッとしなさいよね!!」  そう言われて、マーリンはぐっとたじろぐ。しかし怪我をさせた責任は自分にあると、ここ数日マーリンの心は晴れないのだった。 「……だからってオレがいつもみたいにヘラヘラしてるのはなんか……違うだろ!」  そう言いながらマーリンはふたたび歩き始めた。「あ、ちょっと」とハルナもそれに続く。 「ついて来んなって。別にバックレねえよ」 「んー? なにか聞こえたかなぁ? これは独り言なんだけど、私はこっちに用があるだけかもー?」  とぼけるハルナの声色はいつもの人前での調子にも似ていた。 「絶対いつか本性バレるぞお前」 *  エクレールは異国で一人、浮かない顔をしていた。  冒険者ギルドの建物の中、コルクボードに乱雑に貼りつけられた依頼は紙の端がところどころ歪に破れていたり、書き損じを塗りつぶしていたり、紙同士が重なり内容が読めなかったりしている。そんな些細なことにさえエクレールはイライラさせられた。  エクレールはウエス王国の王子だ。  王である父から勇者の命を受け国から一人旅立った。出陣パレードこそ華やかなものだったがエクレールはそれが虚飾であると知っている。妾腹の憂いが無くなった王室は万事順調。今ごろは嫡子――弟が世継の準備をしていることだろう。体のいい厄介払いというわけだ。 「つまらないな……」  エクレールは結局なにも依頼を受けることなくギルドを出た。  すると道端で泣いている女の子が目に留まった。歳は六、七ほどだろうか。  唐突な状況に気を取られぽかんとしたエクレールだったが、ふっと溜息交じりの笑いが出るとそれまでの苛立ちが和らいでいった。 「どうしたんだい。迷子かな」  エクレールは自然に声をかけていた。  女の子は首を振る。 「メアリーエリザベスアンヴィクトリアがいなくなっちゃったの」 「メアリーエリザベスアンヴィクトリア……?」 「うん」 「メアリーと、エリザベスと、アンと、ヴィクトリア?」 「ううん。メアリーエリザベスアンヴィクトリア。お姫様なの!」  よくよく話を聞いたところ、女の子は引っ越してこの街にやって来たらしい。その最中(さなか)、大事にしていた人形を失くしたのだそうだ。 「きっと前のお家で独りぼっちになってる……」 「大丈夫。メアリーエリザベスアンヴィクトリアはちょっとおめかしに時間がかかってるだけさ。なにせお姫様だからね。僕が行って迎えてこよう」 「本当!?」  女の子と別れた後、エクレールは街の角に体を預けながら思案していた。 「これはなかなか骨が折れるな。まさか別の国だとは……」 「それがですな、坊っちゃん。すでに家具一式<闇市>に流れたようでして……」 「そうかバザールに……ってじい!? なにしているんだこんなところで!?」  角を挟んで背中越し、隣にいたのはじいだった。ウエス王国のエクレールのお付きで、エクレールのおしめも換えたことがあるほど古くからのつき合いだ。もっとも、お付きであったのもこの間までの話だが。 「このじいめは坊っちゃんのことが心配で心配でなりませんで……。なにやらお困りのご様子でしたので、僭越ながら助言に参じた次第でございます」 「なにやってるんだ? 今までずっとつけてきたのか?」 「そんなそんな。国への奉仕がありますゆえ。それよりも坊っちゃん、今度の<闇市>は████王国の辺境で開催される予定とのこと。人形はそこに売りに出される可能性が高いかと」 「████か……それはまた遠いな。というかなんだ? この短時間で情報収集までしたのか? さすがだが怖いぞ?」 「お褒めの言葉ありがとうございます。じいもついて行きたい気持ちは山々なのですがすぐに帰らねばなりませぬ。私(わたくし)の小遣いから少ないですが餞(はなむけ)を……」  じいはエクレールに小さな袋に詰めた金貨を渡した。 「それと行きがけに占い師を名乗る森の魔女から“今回のラッキーアイテム”をもらいましてな」 「今回のラッキーアイテム」 「なんでも『金髪おかっぱで赤いマントを羽織ったあなたのラッキーアイテムはこれ! “よくわかんない古代の遺物”~』だそうでして。坊っちゃんが持っていた方がよろしいかと。なんだかよくわかりませんが」  そう言って、エクレールは本当になんだかよくわからない物を受け取った。とりあえずお守りサイズである。 「これは……その……なに?」 「さあ……」  受け取った本人が聞いていないとなればもうお手上げである。 「とりあえず占い師……森の魔女が言うのであれば持っていた方がよろしいでしょう」 「知り合いか?」 「いいえ。しかし人を見る目には結構自信がありましてな」  ほっほっほ、とじいは笑う。 「それでは坊っちゃん、お気をつけて」  言うが早いか、ふっとじいは消えた。嵐のようだった。 「なんなんだ……」 「ああ、それと!」  やにわに、ふたたびじいが現れた。エクレールは驚く間もなかった。 「魔女が『ニセモノによろしくとよろしく』とのことです。では」 「ええと、それはつまり僕がニセモノによろしくすればいいんだな……? いやまず本物が誰なんだ」  エクレールの言葉は虚空に消えた。 *  ただ<同盟>とだけ呼ばれる組織がある。  世界中に加入する商人がおり、その独自の流通を使って商売をしている。<同盟>加入者の店ではその土地では通常あり得ないアイテムなどを入手できることがあるが、すべてはこの<同盟>の流通網のおかげだ。  加入者は<同盟>(<同盟>の加入者は<同盟>の運営を指してこう呼ぶ)と取引して商品を卸してもよいし、商人同士取引をする際に<同盟>の流通網を使うだけでもよい。手数料を納めれば同様に利用できる。  この一切を取り仕切るのが、これもただ<主宰>とだけ呼ばれる人物である。  <主宰>の正体はそのすべてが謎に包まれている。人間だ魔族だなどと言われるがどれも怪しい噂だ。<同盟>加入者は誰もその顔を見たことがないし、<同盟>の幹部でさえ数人がやっと名を知っている程度で、とにかく表に姿を出さない。  しかし<同盟>はすべて<主宰>の意思で運営されている。どこになにを卸すか、次の<闇市>の開催はいつかはすべてが<主宰>の思惑による。  しかしこの流通網の実態は完全なブラックボックスだ。<同盟>の品がどのような経緯を辿り店で売られているのかはそれを扱う加入者でさえも知らない。ここにも噂が絶えない。<同盟>の発展の影にはいつも争いや不正なやり取りがあったなどと。  この流通網は今や世界規模となり、いくつかの国の経済にじわじわと食い込んでいる。しかしこの実態に気づけたとして、これがどんな影響をもたらすのかはまだ誰にもわからない。  <闇市>とは、そんな<同盟>の催しだ。  <同盟>加入者の間に開催の噂がひっそりと流れはじめると、それが<闇市>開催の合図になる。  毎回不定期・不定地で、数日間<同盟>の商人が集まり大規模な取引をする市が開かれる。その経済規模は莫大なものだという。  今回の開催地は████王国辺境の荒野。  様々な者達が、それぞれの目的を果たしにやってくる。  物語の交わる場所――<闇市>が今回もまた開催される。 ꕤ  本文  ꕤ  レッドバーニングライオンと猫々ヨモギは崖の上から<闇市>を見下ろしていた。  木組みに布の日除けという簡素な作りの露店がいくつも並んでいる。屋根もなく茣蓙を敷き商品を並べているだけという店も多い。近くではじつに雑然としている市場だが、遠くから眺めればそんな店々がいくつも集まって道を作り、区画を作り、<闇市>全体を形作っている。なかには馬留(うまとどめ)だけの区画や、店はなく木箱だけがひたすら並んでいる区画もある。  そして二人がいる場所の向かいの崖の上にはオークション会場の巨大なテントがこの場を支配するかのようにそびえ立っている。 「じゃあヨモギ、今回の目的を言ってみろ」 「はい」  ヨモギはこの日のために事前の資料を頭に叩き込んでいた。なにせヨモギにとって初めての諜報任務、楽しみすぎて眠れなかったほどだ。 「最終目標は<主宰>の魔王軍への勧誘です。そのために<主宰>を見極める必要があります。その前段階としてまずは今回<闇市>の実態を探ります」 「うむ。では<闇市>の実態は、なにが知れればいい?」 「えっと……」  魔王軍の資料では「組織の実態を調査報告する」としか書かれていなかった。 「組織構造とか命令系統とか構成員ですかね……? あと資金源と<主宰>の正体とか。思想や目的が知れれば一番いいと思います」  ヨモギは自分で言っていて、乾いた笑いが出そうになった。だが今は己の所属を顧みているときではない。 「そうだな。だがそれは今回だけでは無理だな。それに<闇市>に来たんなら<闇市>でできることをした方がいい。今回は流通だけを大雑把に把握することにしよう。どんな品物があるか、どんなヤツがいるかよく見とくんだ。聞けば買い手どころか売り手もも参加自由らしいじゃねえか。出身地くらい簡単に答えてくれるだろ」  「そうですか……?」「世間話程度のもんよ」と会話が続く。しかしヨモギはまだ疑問だ。 「それで『組織の実態』って、上が納得してくれますかね?」 「ああ、立派も立派な実態だ! 軍は<主宰>を引き入れてこの規模の流通をそっくりそのまま使いたいわけだろ? そういうことだ」  つまりレッドバーニングライオンは「<同盟>の価値を評価するための流通の調査は、立派な<同盟>の組織の実態の調査だ」と言っている。  なるほど直接実利的な「組織の実態」ではあるが、レッドバーニングライオンの話は筋が通っているし、上の無茶振りに対しても十分誠実で、なおかつ自分達の能力的にも実現可能な範囲だ、とヨモギは思った。 「仕事以外がああじゃなかったらなぁ〰〰〰〰……」  「かっこいいのに!」とは心の中だけで言った。 *  マーリンとハルナは<闇市>の中を歩いていた。  各店が無造作に商品を並べたり積み重ねたりしながら道を作り、ずっと続いている。  武器、防具など冒険者には欠かせないアイテムなどはもちろん、装飾品、各職人向けの道具、美術品、骨董品、書物、衣服、生活雑貨、家具・家電などじつに多くの店がある。専門店も多く雑貨だけでも壺を売るだけの店や、絨毯だけを売る店、ランプだけを売る店など様々あり、さらに専門的な部品の一部だけを売る店もかなりある。宝石類はアクセサリから原石まで売られ、道具も螺子・釘の類から既製品までとても幅広い。  半面、食料品の扱いはあまりないようだ。日持ちする穀物やスパイス、根菜、加工食品などは見受けられはするものの<闇市>全体からすればその割合は少ない。一部の区画には屋台が集まるが、ここの参加者向けのフードコートといった趣で仕入れのためとはまた違うようだ。  珍しいものでは椅子とテーブルだけ並べられた区画もある。ここで土地の売買、先物取引など契約の類の取引もやっているようだった。商人同士の契約の機会でもあるのだろう。  道を行けば客引きに会いとても活気がある。「鍋安いよ!」「さあ! 今回皆様に自信を持ってお届けする商品はこちら魔女の箒!」「そこのかわいいお嬢ちゃん! この服はどうだい?」「今ならエゴブレインキーホルダープレゼント!」などの声が方々から飛び交う。  とある店の前でマーリンが立ち止まり、なにやら物色しはじめた。手ごろなサイズと値のナイフを見つけたらしい。 「普段<闇市>(こんなところ)で怪しい物仕入れてたんだ?」 「うるさいぞ。おっちゃん、これいくらだ?」 「それか? 五万ってとこだな」 「おいおい、大量生産品だろ? せめて一万にしてくれよ」 「なんだ同業か? なら二万五千にまけといてやる」 「一万二千!」 「二万五千」 「一万三千!」 「二万五千!」 「おい下げてくれよ」 「しつけえなお前も。よしじゃあ二万だ。これ以上は無理だぞ」  するとそこへ突然声がかけられた。 「もしかしてジャックか? 久しぶりだな!」  別の店の主がマーリンに親しげに話しかけてきた。マーリンも嬉しそうにその男を迎え、二人は再会の抱擁を交わした。 「親父! 元気してたか!」 「お前も元気そうだな。買い物か?」 「この店の親父ノリが悪くてよお。なんとか言ってやってくれよ」  マーリンと親しい親父がナイフと店主を交互に見た。 「なんだ████さんの知り合いか? やめてくれよ。商売やりにくいぜ」 「うーん、一万五千くらいならまあいいんじゃないか? お互い」 「よしてくれよ。もう二万まで引き下げてんだぞこっちは」 「まあまあ、ここは俺の顔を立ててくれよ。貸しもあることだし」 「だからそれを稼ごうってんじゃねえか! もうわかったよ! 一万五千だ」  店主は大きく溜息をついた。こうなった時点で観念するしかないと諦めたようだった。 「さすがだぜ親父! ありがとな!」 「ああ。お前も頑張れよ」  マーリンは一万五千で目的のナイフと手に入れ、その親父とは早々に別れた。 「知り合いがいるのね」  黙って見ていたハルナが口を開いた。 「……まあな」  マーリンはあまり探られたくないようだった。  ふたたび沈黙になる。マーリンにとっては少々心地悪かったようで、少しだけ言葉を継いだ。 「<闇市>にはいろいろ世話になってるからな」 「ふーん……」  ハルナもそれ以上は詮索しなかった。 * 「あれじゃないかの?」 「あれっぽいですね……」  シュティアイセとボーリャックはとある武器屋を遠くから覗っていた。  店には世刃(セイバー)によく似た剣が仰々しくディスプレイされていた。周りはポップで飾り立てられ、「大特価!」「ウァリトヒロイ王国国宝『世刃(セイバー)』今ここに見参!」などといちいち装飾が多い手書きフォントで通りを行く客に訴求している。騙されようがあるのかというほどいかにも贋作という雰囲気だ。色もうるさい。 「……ツツシミ様リスペクトですかね?」 「よし、ちょっと行ってシバいてこようかの」 「やめてくださいって。それより入手経路聞いた方がいいんじゃないですか」 「冗談じゃ冗談。まずは現物を確保しておくかの」  「でもいちいちあやつに金を払うのも癪じゃのー」と言いながらシュティアイセは金を用意し店へ向かった。 「へいらっしゃい! お嬢さん! なにをお求めで!」 「活きのいい国宝でも貰おうかの」 「ほう『世刃』ですかい? お目が高い! とあるルートから仕入れた正真正銘本物のウァリトヒロイ国宝! この機会に買っておいて損はねえですぜ!」  とまで説明し、店主はシュティアイセの顔をしげしげと眺めた。 「お嬢さん、どこかで見た気が……」 「んー? 嬉しいのう! 左様、わしが王都一刀流のティアじゃ! 冒険者としてわしも顔が売れてきたんじゃないかのう?」 「そうでしたっけね?」 「そうじゃよそうじゃよ~。で、いくらなんじゃ?」  店主は違和感を拭えないながらも顎をさすりさすり「そうですねえ」思案する。 「普通は五千万もらうとこなんですが、大まけにまけて一千万でどうですかい」  店主はにんまりといやらしい笑みを浮かべた。 「ああ? おぬしそれは二つばかり桁が違うんじゃないのかの?」 「これ以上は安くできませんぜ」 「違うわ! 仮にも本物の国宝を名乗るならのう! 数十億は下らな――むぐっ」 「はい、それ以上喋らない。っていうか普段どんな気持ちで剣振り回してるんですかアンタ!」  黙って見ていたボーリャックが割って入った。一旦シュティアイセを退かせて小声で抗議する。 「安く買えるんならそれでいいでしょう! 変なところで見栄張らないでください!」 「だってぇ……。ウァリトヒロイがナメられていたら腹が立つし?」 「なにが『だって』だ。いい歳して」 「うん?」 「いえその……」 「というかニセモノに一千万は普通に高いわ! なんとか百万程度にならないものかの」 「うんうん合ってます。その意気ですその意気」  シュティアイセはふたたび店に臨んだ。 「あー店主。百万ではどうかの」 「はん。話になりやせんぜ」 「じゃあ二百万」 「あのねえ。こっちは一千万って言ってんすよ? 国宝が! 一千万! 破格でしょう?」  店主の言葉に、シュティアイセはまたぴくっと苛立ちを募らせはじめた。 「見てくださいよこの刃! 彫刻! そして結晶状の装飾! 美しいでしょう? これぞ正しくウァリトヒロイ王国に伝わる伝説の神の剣! 半端な値じゃ渡せやせんぜ」 「だーっ! おぬしな! よくもまあぬけぬけと並べ立ておって! よいじゃろう……。そこまで言うのならばその腐った眼にきちんと刻みつけるとよい! 本物の国宝を! ようく見――」 「だめですって!」  ボーリャックがふたたび止めに入った。 「さっきより長かったけどボーリャックちゃん待ったのう?」 「やめてください」 「はあ。せめてわしの国で売ってくれたら取り締まれるんじゃがのー」 「████に協力を要請したらよいのでは?」 「んーそうじゃのう。ん? あれは?」  シュティアイセは道を行く大男を見つけた。 「おー! ベンケイ!」 「げっ! ティア殿!?」 *  マーリンとハルナが人混みの<闇市>を歩いていると、「あっ待って!」という声が耳に入ってきた。どこかで誰かが揉めているのかと思うが早いか、いきなり男の子が飛び出しマーリンにぶつかった。  急な出来事に驚いたマーリンは倒れてしまったが、ボロボロの貫頭衣に身を包んだ男の子は振り返りもせずそのまま駆けていった。 「痛えな! 待てコノヤロー!」  マーリンが叫ぶと、先程聞いた声が「あっ」と驚いたように近くで言った。 「君はマーリン!」 「げっクリスト!?」  マーリンとクリストは共闘したことがある仲だ。以前それぞれのパーティの道中に偶然出会い、そのとき魔王軍と戦いになったことがあった。  お互いのパーティはおおむね仲が良いのだが、しかし――。 「まさか市場でまた詐欺を働いていたのか!」 「してねえよ! 相変わらずなにかとうるさいな!」  この二人だけは馬が合わなかった。クリストには冒険者や勇者の肩書をいいように利用して詐欺を働くマーリンのことがどうにも許せないのだ。 「大体なんでお前一人なんだよ。イザベラはどうしたイザベラは」  何故かクリストはぐっとひるんだ。特別不思議なことを聞いたつもりがなかったマーリンは訝しんだ。 「……うるさいな。君には関係ないだろう」 「おやおや~? 喧嘩はいけませんなぁ! おなじパーティ同士仲良くしないと!」 「もうおなじパーティじゃない」 「えっ!?」  マーリンは二人の微妙な距離をからかったつもりだったが、予想外の答えに驚きを隠せなかった。ハルナも驚いている。 「僕がいてしまってはイザベラやパーティの皆が正しく評価されない。もともとイザベラが一人で旅をしていたときでさえ、はじめは怖がられていても最後には勇者として皆から感謝されていたんだ。それが今は僕ばかりが注目されてしまう……。このままだと皆不幸になるだけだ」 「待て待て! 引き留められなかったのか?」 「手紙だけ置いてきた」  「マジかこいつ……」とマーリンは口をあんぐりさせていた。少しばかり触れ合った程度でも、イザベラがクリストをいかに信頼し、またそれ以上に思っているかということは十分すぎるほど伝わっていた。ともに魔王軍と戦ったときも、たしかにクリストは“勇者”として称えられていたが、パーティの皆だって、イザベラだってむしろ一緒に喜んでいた。 「バッッッカお前! 今すぐ戻れ! 皆探してるぞ! 多分イザベラはそんなふうに思っちゃいないって!」 「はい! ハルナもそう思う! もう一回イザベラねぇねとお話してみようよ!」  「それとね」とハルナが言葉を続ける。 「棚に上げててむかつくからいい加減言いたいんだけど、マーリンにぃにもユイリアねぇねと喧嘩してるの」 「なっ、なにをしているんだマーリン!!」 「年増! お前!! 喧嘩じゃねーし!」 「だからお話聞いてあげて!」  目の前の店の主は文句を言うでもなく目を細めながら頷いていた。 * 「おー! ベンケイ!」 「げっ! ティア殿!?」  シュティアイセが見つけたのは裏頭(かとう)を被り薙刀を携えた大男、ベンケイだった。  以前シュティアイセが冒険をしようとこっそりと城を抜け出したとき、偶然出会ったのがこのベンケイだ。シュティアイセが「国宝」の世刃を携えて道を行く様子を見て、ベンケイらがその価値に気づき必死に止めたのだった。  ベンケイの第一声を聞き、ボーリャックは「またろくでもないことをしてたんだな」と察していた。 「いや久しいのう! 変わりはないか?」 「ティア殿も相変わらず世刃を振り回しているのでござるか……!?」  シュティアイセはベンケイに事情を説明した。 「そういうことなら拙者に任せてほしいでござる」 「本当か? 頼もしいのう!」 「拙者は真贋の知識はあるゆえ、交渉というかその方面でどうにかしてみるでござる」  ベンケイは店に臨んだ。  店主と話す前に、まずは偽物を熱心に眺めてみた。偽物ではあるがよくできている。これだけのものを作り上げるために相当研究したのだろうことが覗える。レプリカとしてそれなりの価格で売ることもできただろうにとベンケイは残念に思った。  そんな様子を見て、店主の方が先にベンケイに話しかけてきた。 「お客さん、そいつが気になるんですかい?」 「まあそうでござるな」 「そいつはウァリトヒロイ王国に伝わる国宝! ――」  滔々と店主が説明しだした。ベンケイは内心やれやれと呆れたが、気合を入れなおして口を開いた。 「『神の力、即ち創造と破壊の力そのもの』……」 「ん?」 「『破壊神伝承』でござる。この剣を扱うのであればご存じのはず。かつてシヨク・アンマナインらの功績によって荒神は剣となった。その剣こそ『世刃』!」  ベンケイは力強く語った。 「つまり魔力変化系の剣。……しかしこの剣には継ぎ目があるでござる」  ベンケイは鍔(ガード)や握り(グリップ)、柄頭(ポンメル)の造りをまじまじと眺める。剣はたしかに人間が魔力によらず鍛造したときとおなじような構造をしている。  しかし店主はなんだそんなことかと反論した。 「それはただの伝承さ。その剣はな、伝承が成立したころ、同時期に造られたんだ。それが実物の方の『世刃』。伝説の剣として今まで受け継がれてきたってわけさ」 「伝承はなかったと?」 「国をまとめるには神話が要るんだろうさ」  むっとして一歩出たシュティアイセを後ろ手で制し、ベンケイは話を続けた。 「……なるほど。そう思って鑑てみるとまた違った趣があるでござる」  ベンケイは剣を別珍のケースから取り出すと、腕を伸ばし剣を光に透かすように斜め上に掲げた。剣の周囲の空気がうっすら青く発光しているのが見える。 「マジカルブルー! 見事なものでござるな。特にこの青は鉄を叩きながら魔力を込めることで強度が増すという魔族の発明と言われる鍛造技術でできたもの。いわゆるイビルブルーでござる! 銘は……無いでござるな。しかし刀身(ブレード)は綺麗な単一鋼で、鍔の仕上げも現代的でござる。この握りの心地は革の下に巻いてある麻紐が若干太め……。入りは細いが太めで丸形の特徴的な鏨痕(たがねこん)、やや柄寄りの重心、樋(フラー)の長さ、どれも北方の工房の特徴でござる。しかし樋は若干浅く控えめな造形でござる。おそらくでござるがこれは技術研究のための模造品。しかし魔力体の剣をそのまま再現すると強度が落ちてしまうため、ある程度剣として使用できるように北方の技術で補ったいわば折衷の剣でござる。だからこのような樋になってしまったのでござるな。そうそう、イビルブルーは長年人類は再現できなかったのでござるが、つい二、三十年ほど前の魔王軍との戦を機に製法が判明し、人類側で再現できたのがたしかつい十数年前……これもたしか北方の工房が達成していたでござる。この魔力結晶を再現した装飾も北方原産の青水晶ではござらんか? それなら向こうの宝石店に現物が……」  いつの間にかベンケイの周りには人だかりができていた。「なるほどなあ」「勉強になる」「やっぱ偽物じゃん!」「とんだインチキ店じゃねえか! 返品させろ!」などと声が聞こえてくる。 「おお! わかりにくいがここに魔ッサウのワルウルフの刻印があるでござる! これは……」 「もういいわかった! その剣は贋作だよ! でもその剣だけだ! 他の剣に関しちゃバッチリ本物だからよ! 勘弁してくれ!」  店主はこれ以上変な噂が立っては商売あがったりだと、この世刃が贋作であることをついに認めた。  「おおー」とシュティアイセとボーリャックはベンケイに拍手を送った。 「これでいいだろ! とっとと消えてくれよ!」 「じゃあこのニセモノ、いくらで譲ってくれるかのう?」 「やるよんなもん!」 「悪いのう♪」 「この剣はどうやって手に入れたんだ?」  ボーリャックが訊いた。店主は一瞥したが、すでに参っており投げやりに答えた。 「……それは<同盟>から買ったものだ。出所は知らねえよ。なあもういいだろ」 * 「あ、あった……!?」  一応女の子から人形とおなじ生地を使ったアップリケを見せてもらったとはいえ、この広大な<闇市>から目的の人形を探し出すなんて干し草の山から針を探すようなもの、と思っていた。しかし今まさに目の前にある人形は、紛れもない、あのアップリケの生地とおなじ柄の洋服を着ている。  エクレールは手を伸ばした。すると別の方向からも手が伸びてきた。 「待て! この人形は僕の物だ!」  エクレールは叫んだ。  もう一方の手の先には大柄な若い女がいた。女はエクレールの言葉に眉間の皺を寄せ、敵意を露に言い放った。 「はあ? 悪いがこれは私の大切な人形だ。少女趣味なら他を当たるんだな」 「はっ、勘違いだろう。大切な物なのに手放しているから人形の顔も忘れるんだ。これは僕が探していた物だ」  ぴくりと女が反応した。 「大切な思い出を、家族を忘れるわけがない。それ以上ごちゃごちゃ抜かすと斬るぞ」 「これは僕が探していた人形でしかない。それに悪いがそんな短気じゃ人形遊びも似合わなそうだ」 「貴様は似合いそうだな」 「なに?」 「得物を抜け。もうそれでいいだろう」  そう言って女は短剣を構えた。  エクレールは面倒くさいことになったと呆れたが、しかし聞く耳を持たない相手と早々に決着をつけられるなら、決闘はこの際わかりやすい。  エクレールは無言で女を見据え、柄に手をかけた。 「私の名はノエル・フレデリカ・ラングリッジ。忌々しき魔族の血を引く名だ」 「僕はエクレール。…………人形は僕がもらう」  抜きつつ、エクレールは応えた。ウエスを名乗るかいささか逡巡したが結局控えた。  構え、相対する二人。人形を売る店主は何故こんなことになったのかとただただ困惑するばかりだった。しかし早速野次馬が取り囲み、無責任に勝負を煽っている。  誰かが賭けもしているらしい。古の銅貨が弾かれ、やがて縦の勢いを失う。重力に従ってゆっくりと落ちはじめる。銅貨は見知らぬ偉人と数字を交互に見せながらそして――。  パチンと、手で覆われた次の瞬間、二人は駆け出した。 「はーい。そこまでー」  完全に集中していたエクレールは簡単に足払いに掛った。そのまま魔導具を使われ、魔力の光で手足を拘束される。 「え、ちょっと……」 「この市は揉め事禁止だからね。暴れる人は捕まってもらう。クランク?」 「こっちもオールクリアだ」  ノエルもまたエクレールと同様に拘束されていた。 「じゃ、収監するんで。あなたたちよろしく」  エクレールとノエルは別の警備に引き渡された。  すると今度は「盗賊だー!」と遠くから声が聞こえた。 「ちょっとは休ませてほしいんだけど……」  アリシアは不満を言いながらもクランクと向かった。 *  マーリン達と別れた後、クリストは一人<闇市>を散策していた。  パーティから抜けたクリストは、行く当てもなく歩いているうちにこの<闇市>へと偶然流れついた。初めての<闇市>、見るものすべてが珍しく、肌で直に<闇市>感じていた。  そんなふうにしながら歩いていたので前から来た男とぶつかってしまった。クリストは慌てて謝ったが、男は大したことないというふうに身振りしながら応えた。 「大丈夫大丈夫」 「申し訳ない。珍しい市だったのでついよそ見をしてしまって……」 「なんだ兄ちゃん、<闇市>は初めてか? なにかの縁だ。いいことを教えよう。あまりきょろきょろしてるとカモられるぞ」 「ははっ。なんとも活気がありそうな市ですね」 「まあ高値で売られるくらいならいいんだがな。なかには詐欺や偽物も多い。ここにいるやつらは皆が皆俺みたいなお人よしじゃねえからよ! ははは!」  クリストはマーリンはここに詐欺の道具を買いに来ているのではないかと直感した。次会ったときは注意しなくては、と思った。  この際疑問に思っていることを訊かせてもらおうと、クリストは崖の上に立ち一際目立つ巨大なテントを指さしながら男に尋ねる。 「あのテントはなんですか?」 「ああ。あれは<主宰>のオークション会場、この<闇市>で一番金持ちが集まる場所さ。中には豪商や貴族、それに各国の要人もお忍びで来ているって噂だぜ。まあ俺達にゃ縁がねえ場所よ」 「へえ、そんな場所まで。美術品とかが出ているんですか?」 「ああ。美術品から骨董、土地に建物、それにどこかの首が回らなくなった国や組織の権利まで売ってるって話だぜ。港とか箱物とかな。あとは珍しい生き物とか奴隷とか、金持ちが欲しそうなものならなんでもさ」 「奴隷……」  クリストの表情が険しくなった。そういえば先程の男の子はオークション会場の方から来ていた気がする。手枷を取った後、途端に駆けだした。すっかり憔悴しきった男の子のどこにそんな活力があるのか疑問だったが、今思えばあれは……怒りだ。  クリストの胸はにわかにざわつきはじめ、あの男の子への気掛かりが膨らんでいった。 「いろいろと教えていただきありがとうございます。失礼」 「おっと兄ちゃん。これやるよ。<闇市>楽しんでけよな!」  クリストが受け取ったのはエゴブレインのキーホルダーだった。 「これは……?」 「どうにもハケなくてよ。お代はいらねーぜ。じゃあな!」 「あ、ありがとうございます!」  クリストはよくしてもらった手前、要らないとは言えなかった。  それよりも今はあの男の子だ。 * 「盗賊だー!」  どこかの店主が叫んだ。  そこには獣人が三十人程度はいるだろうか。皆眼帯をしており薄ら笑いを浮かべながら立っていた。その中央には一際威厳を放ち、鉄の拘束具をリストバンド代わりにしている男、バンデットウルフがいた。 「へッ、チンケな盗賊呼ばわりかよ。いいかよく聞け! 俺達ァ美術品しか狙わねェ美の求道者よ! わかったら素直に絵の一点でも差し出すんだな!」 「副長! あそこに壺の山がありますぜ!」 「ようしまずはそこからだ。野郎ども取りかかれ!」 「へェ!」  盗賊達が駆け寄っていき乱暴に品定めを始める。価値がないと判断した品は容赦なく投げ捨て割れてしまうのも厭わない。 「はいはーい。そこまでー。もう何してんのかな。壺割っちゃってるじゃん」  アリシアがクランクと到着し盗賊達に告げた。しかし彼らはアリシア達を気にもせずやりたい放題だ。  そこへバンデッドウルフが近づいてきた。 「今ァ取り込み中だからよ、後にしてくれねェか」 「あんまり荒らされると給料引かれちゃうんだよね。悪いけど」 「ま、そういうことだ」 「はァ~ア。傭兵ってなァ信念がねェよなァ! これァ金よりも崇高な――」  ダン、と、バンデッドウルフの足元の土が跳ねた。 「問答無用。やめさせないなら次は当てる」  アリシアが銃を構えていた。  バンデッドウルフは笑い出した。 「ハハハハッッッ!! たかが二人で何ができるってンだ!? オイ、ちょっと暇な奴ァ手ェ貸せ!!」 「二人なわけないじゃん。お望みどおりすぐに他は来るから」 その様子を遠くからシュティアイセ一行が見ていた。 「おー? 賊が出たのか?」 「出てったらだめですよ。すぐ目立つんですから」 「せ、世刃も使わない方がよいでござるよ!」 「目の前で人が困っていたら助けるのが冒険者じゃろう!」 「知らない間に冒険者としての自覚がすごいですが、女王としての自覚も持ってください!」 「ん、その声はリャックボーか?」  ギクリとボーリャックが固まった。  ボーリャックはシュティアイセとベンケイに無言で合図を送りその場を離れてもらう。  しばらく距離を取った後、シュティアイセは勢いよく駆けだした。 「よし、ボーリャックちゃんを振りきったぞ! 賊め! 覚悟せい!」 「ティア殿!? その反応でいいのでござるか!? それにここはボーリャック殿の言うとおり下手に目立つのはやめるでござるよ!」 「ぶー。冗談じゃ」  冗談とは言いつつ今回のシュティアイセは不服そうだった。  すぐ目の前ではバンデッドウルフの仲間が商品をひっくり返しながら品定めしている。幸い怪我人などは出ておらず、店主や客などはただその様子を遠巻きに見つめているだけだった。シュティアイセにはなんとも歯がゆかった。 「ボーリャック殿が……」 「ボーリャックちゃんなら大丈夫じゃ。今までいろんな修羅場を乗り越えてきたからの」  そこへ駆けていく男の子がシュティアイセの目に留まった。バンデッドウルフの仲間が投げ出した壺の軌道が、ちょうど男の子の走る先と交わる。 「許せベンケイ!」  シュティアイセは世刃を抜くと壺を防いだ。男の子はそのまま何事もなかったかのように駆けていった。 「おぬし! 好き勝手やらかしおって! すぐ終わらせてやるからちょっと相手せい!」 * 「ん、その声はリャックボーか?」  ギクリとボーリャックが固まった。  シュティアイセとベンケイに無言で合図を送りその場を離れてもらう。声の方向がどこからかわからないという演技をしながら、懐の仮面を最小限の動作で取り出して装着した。 「リャックボー?」 「や、やあ! レッドバーニングライオンくん! こんなところで会うとは!」  振り返るとそこにはエプロン姿のレッドバーニングライオンと猫々ヨモギがいた。どうやら目の前の店で働いているようだった。 「やっぱりリャックボーじゃねえか! こんなところでどうしたんだ?」 「なんだその恰好は……? 猫々くんまで」  ボーリャックは下手なことは答えられず、とっさに質問を無視して話題をすり替えた。レッドバーニングライオン達が明らかに変な格好をしていたことは幸いだった。  レッドバーニングライオンの方はとりあえずリャックボー――ボーリャックの態度に違和感は持っていなかった。しかし異なる部署が動いていることに少々引っかかった。司令部を通った案件ならある程度作戦に統制がかけられているし、リャックボークラスが同時に動いているとなれば事前に知らされそうなものだった。そういえば……と、レッドバーニングライオンは司令部長の言葉を思い出していた。ここは現場レベルで意識をすり合わせていた方が得だろうか? 「じつは今立て込んでてな……詳細は伏せるが」 「なーに言ってるんですか! 見てのとおり、お店のお手伝い中です!」 「がははは!」  「立て込んでいる」は仕事中、「伏せる」は諜報活動中の意味だ。  冗談を言ったふうだが、その意味はきちんとボーリャックにも伝わった。まさか獣魔兵団が諜報活動とは驚いたが、いかにも魔王軍の采配と言えばらしいとボーリャックは妙に納得した。 「で、何してんだよ」  レッドバーニングライオンが話を戻す。  ボーリャックは獣魔兵団がどこからの指示で動いているのかまだ量りかねていた。通常の任務ならごまかしが効くが、問題は司令部の作戦だった場合である。その場合作戦のバッティングがないよう、他部署にも統制が敷かれる。  「獣魔兵団が諜報」という以外は特段不審な様子もない。質問内容も至極基本的なやり取りで、言外に読み取れるような情報はなにもない。ここは一か八か――。 「上から頼まれてな……。まったく、せっかくの休暇が台無しだよ」  ボーリャックは恐る恐るエビルソードのジェスチャーをした。レッドバーニングライオンの反応をすぐに見ることができず、顔をそらしていた。 「なんだ! やっぱりそうか! いや、上が揉めたという話はオレも聞いていた。オマエも大変だな!」  どうやら当たりだったようだ、とボーリャックは安堵した。  レッドバーニングライオンは「四天王会議で揉めた」という話を思い出していた。大方エビルソード軍が他軍を出し抜こうとして独自に情報収集しているのだろうと解釈したのだった。 「まあ、なんだ。お互い頑張ろうぜ。せっかくだからシャワルマでも食ってけよ! うまいぞ!」 「ああ。お言葉に甘えていただくとしよう」 「五つで千六百です!」 「金取るのか……多いし……」  レッドバーニングライオン達と別れた後、ボーリャックは急いで木陰に停めておいた八六式高機動車(ハチロク)へ向かった。魔王軍がいるとわかった以上、スパイの身でこれ以上女王と行動をともにするのはまずい。  ボーリャックはスクロールを広げ、シュティアイセにメッセージを転送した。 “魔王軍発見。護衛難し。至急████に協力要請へ。ベンケイ、女王を頼む!” *  「盗賊だー!」と遠くから声が聞こえた。  それよりもマーリンは自分のことで忙しかった。  ようやくクリストを振り切ったと思ったら、今度はハルナがいない。しかも先程仕入れた素人に売りさばく用のナイフが無くなっている。代わりに懐から出てきたのは魔力で錠をするタイプの手枷だった。 「畜生! あのガキ!!」  おそらくぶつかってきた男の子の仕業だろう。  普段ならこんなことには引っかからないマーリンだが、あのときは同時にクリストが現れたため気づけなかった。  しかし幸運にもすぐに男の子は見つかった。先程と同様ボロボロの貫頭衣に身を包み、マーリンが買ったナイフを握りしめながらオークション会場のテントの方へ駆けていく。 「にゃろう! 待ちやがれ!」 「さっきの! 待ってくれ!」  駆けだしながらマーリンと同時に声をかけたのはまたしてもクリストだった。  二人は並走しながら男の子を追いかける。 「げっクリスト! もういいだろ!?」 「生憎だがこっちも君に構っている暇はない! あの子に用があるんだ!」 「お前もかよ! 俺はナイフ取り返すまでは引けねえからな!」 「なに!? なんてものを取られてるんだ君は!! まずい。あの子はきっと自分が死んででも人を殺す気だ!」 「どういうことだ?」 「あの子はおそらく逃げ出した奴隷だ! 最初に会ったとき、あの子は手枷をして一人でいたんだ。幸い魔法の類だったから僕が解除できたが、途端に逃げてしまった。あのとき不意に見せた鬼気迫る雰囲気がどうにも気掛かりだったが、ナイフを持ってあのテントに向かっているとなればもう十中八九そういうことだろう! あの子一人で復讐なんて、わざわざ死にに行くようなものだ! 僕はあの子を見殺しにはできない……!!」 「クソッ! 面倒なことに巻き込みやがって……!」 *  エクレールとノエルはおなじ檻に入れられ、オークション会場にもなっている巨大なテントの一室にいた。他の檻もあるがすべて空で、今この部屋にはエクレールとノエルだけ。隅の檻に小さく収められている。  まるで人身売買の現場だとエクレールは思った。いや、というかどう見ても。 「……さっきは済まなかった」  不意にノエルが口を開いた。 「少女趣味だと馬鹿にした」  エクレールはふっと笑ってしまった。奴隷として売られてしまうかもしれないというときに、なんともスケールの小さな話だ。  今にして思えばなんともない言葉である。あのときの怒りはとっくに薄れていた。何故決闘にまで発展したのかもう思い出せない。  それはノエルもおなじようだった。 「……女の子に人形を頼まれてね」 「そうか……」  再び沈黙になるが嫌な感じではない。空気が和らいでいた。  エクレールは鉄格子を掴むとふと今までが思い出された。ほんの数週間前までウエスにいたのだ。 「王宮で暮らしていたのにな……」  ノエルは小さく驚いた。 「エクレール、と言ったな。もしかして近ごろ西の王国から旅立ったという……」  エクレールはしまったと思った。しかしもうこれもなにかの縁かと、観念して明かした。 「ああ。ウエス王国の王子、エクレールだ」 「いや、本当に失礼をした。まさか王子とは知らず……」 「よしてくれ。ウエスはもはや関係ない。平和に奉げた身さ。特にウエスの」  ノエルは黙って聞いていた。 「庶出の僕は死んだ方が国のためなんだ。結局父からは最後まで愛されなかった」  ノエルもウエス王国の王室の話はなんとなく聞いた覚えがあった。所詮ゴシップ程度のことと捉えていたが、まさか本人からこんな言葉を聞くとは思ってもみなく頭を槌で叩かれたような衝撃を受けた。  ノエルは「そうか……」とだけ相槌を打ったが、それ以上の言葉が出てこない。そもそも他人を慰めることには慣れていなかった。しかしエクレールの気持ちは痛いほど伝わっていた。  ノエルにも幼いころに捨てられた経験があったからだ。 「……私は魔族と人間のハーフでな。幼いころ『魔族』に早々に捨てられたんだ」  しばしの沈黙を突き破り、ノエルが口を開いた。今度はエクレールが黙って聞いていた。 「幸い人間の夫婦が引き取ってくれて、学校にも通わせてもらっていたんだ。夫婦はずっと子供に恵まれなかったんだが、数年前に神の祝福があってね。女の子を授かったんだ。私は不安だったが、夫婦も女の子も、私を本当の家族のように扱ってくれたよ。今もずっと感謝している」  「だが……」とノエルの表情にふっと陰が差した。 「あるときおと……養父が勤め先から解雇されてな……。ちょうどそのころ、人類軍と魔王軍との対立が激化して、人間の街にいた私は街の皆からきつく当たられることがあったんだ。はじめは私だけが堪えれば済む話だと思っていた。だが養父が解雇されて……原因は私だった。結局一家は引っ越すことになった」  エクレールは相槌も忘れて愕然としていた。自分が王族としていかに安閑と暮らしていたことかと思った。 「そんなことになっても、養父も養母も私には本当のことをなにも言わなかった。心機一転して新しい街へ行こうとしか言わなかった。私は引っ越しの直前に養父が解雇されたこと、その原因が私だったことを人伝に知ったよ……。そして……もうそれ以上その家族にはついて行けなかった。引っ越しの日、私は家族に手紙を残し、家族が行く路とは反対に歩いて旅に出たんだ」 「そんな……! そんなことがあっていいのか!!?」 「ふふふ。私のために怒ってくれるのか? ありがとう」  ノエルはさらに続けた。 「あの人形はその家族の子が遊んでいた人形なんだ。私もよく一緒に遊んだよ。なんでこんな所にあるのかは私にもわからないが、だからあの人形からは手を引いてくれると嬉しい。お願いだ」  エクレールは小さく引っかかった。引っ越したばかりの人形を失くした女の子、おなじ人形を求める二人……もしかすると? 「もしかして君が女の子と一緒に遊んだというその人形の名前……メアリーエリザベスアンヴィクトリアか?」 「そうだ! なんで――」  言いかけて、ノエルはすぐに笑い出した。 「なんだそういうことか! なんというか、世の中にはすごい偶然というものがあるものだな。ふふふ」  エクレールも一緒に笑っていた。一度は武器まで手に取り睨み合った相手と、まさかこんな結末になるなんて。  ひとしきり笑い終えると、ノエルはすっかり元気を取り戻していた。 「そうと決まればここを出る! 少しばかり離れていてくれ」 「出られるのか!? 武器は取られてしまったぞ」 「私には秘策があるんだ。少々荒っぽいが勘弁してくれ。いくぞ!」  凝縮されたマナは赤く光る剣となり、地面から檻を貫いた。 * 「続いて取り扱いはこちら。現魔王軍四天王ヘルノブレスの兄が四天王在位中に使用していたというロングソードの内の一振りです。作りは████年、彼が信頼した████工房のもの。彼は刀剣には実用性を重んじましたが、これは金糸細工や象嵌などが施された大変珍しい物で、美術的価値も高い一品となっております。これには逸話があり、貴族の彼にふさわしい一振りをと彼の家族によって贈答されたとか。しかし詳細なことはわかっておりません。████年の████の戦いにおいて実際に使用されたこともあります。清掃以外の修復は一切行われておりませんが、状態は極めて良好。そこに当時の彼の刀剣の扱いの技術の高さや愛着が感じられる品です。そして市場に出るのは今回が初めて。美術品、刀剣類としては比較的若い品ですが、彼の実績、人気から考えれば今後の高騰は必至。今が一番の買いどきかもしれません。  それでは参りましょう。800万から。1000! さあ始まりました。1500! 140番が1500。2000! 152番が2000万です。 さあ2100万! 2100万です。47番。2200! 300! 88番が2300万! 他にいませんか? 2500! 140番、2500万です。2550! 2600! さあ2600。他にいませんか。2700! きました2700、132番のかた。2800! 3000! 出ました3000。3100! さあ3100! 現在3100万、52番のかたです。3100万、他に誰もいなければ、ファーストコール! さあよろしいですか。3200万! 108番、3200。3300! 3400! 3500は同時に手が上がりましたが108番のかた。さあ、3600! そして3700! さあそちらのかた、67番。3800? 3800でよろしいですか? 承ります。3800です。3900! 4000! 出ました4000万です。4000万での入札です。4100! 4500! 勝負に出ました。140番が4500万。さあどうでしょう4500万。他にありませんか。ファーストコール! 4550万! そちらのかた、4600! さあ4600万、108番。4700万! 4700は30番、遠隔でのご参加です。4750万! 4800、4900! さあ4900万は152番。キリが良くないですね。どなたか5000、いらっしゃいませんか? どうでしょう。さあ108番が5000万! 出ました5000万! 5100万! 152番、5100万です。どうですか。ファーストコール! ただ今5100万です。セカンドコール! よろしいですか? はい、5150万! 67番です。5200万! 50! 5250は152番です。さあ動きませんか? ファーストコール! さあ諦めますか? 1万上回るだけでも結構です。動かなければセカンドコール! さあ次で最後ですが。きました、108番が5300! 5300万です皆さん。5350? そちらの83番、ここにきてこの回初めての参加です。5350万! それでは一回目を唱えますがよろしいですか? ファーストコール! 5370万! さあ152番、執念の入札、5370万。さあ言いますか? 入札ですか、そちらのかた。迷っていますか? しかし急がないと締切もあります。ファーストコール! 5390! 5390万です。5400! 152番! 皆さんもうよろしいですか? 出ました108番が5410! 5410万です! いきますよ、ファーストコール! さあ、5410万ですが、セカンドコール! よろしいですか? 入札はありませんか? それではファイナルコール! もう次は落札です。5410万。まだ入札できます。よろしいですか? ……よろしいですね? それでは!!」  カンッ――。 「おめでとうございます、108番のかた。魔王軍元四天王の剣が5410万での落札です。  さて次はギリギリでのエントリー。その剣を押さえ本日最大の目玉となった商品です。ついに発見されたあのアニマギカ族。名はキョムです。アニマギカ族といえば魔法少女████の相棒ラナが唯一知られた個体でこれまで発見されてきませんでしたが、つい先日とあるキャラバンがとある国を移動中偶然発見しました。残念ですが場所などに関する詳細についてはまだ公表することができません。しかし我々はすぐにこの個体を鑑定に回しアニマギカ族であるとの結果を得ました。また魔力測定も行いました。その結果ラナには少々劣るものの莫大な魔力を秘めていることを確認しています。これはキョムがラナより若い個体であることに起因していると考えられ――」 *  貫頭衣の男の子はオークションテントの通用口まで辿り着いたが警備兵に捕まっていた。  そこへようやくクリストとマーリンが追いつく。  警備兵二人と男の子はなにやら問答しているふうだった。男の子に迫っているふうの男が突如激昂した様子を見せ、とっさにクリストは数少ない攻撃魔法を放つ。命中したものの、男の子を抱えていた方の警備兵が驚き、男の子は逃れてテントの中へ入ってしまった。 「しまった!」 「何してんだお前!」  するとクリストの背後から別の警備兵が剣を振り下ろそうとする様子をマーリンは捉えた。 「転ばせる魔法!」  警備兵はすっ転んだ。二人は再び男の子の後を追う。 「助かった! 君に助けられるとは癪だが!」 「どうなってんだ!? 今度は撃てたぞ?」 「君なにか変なアイテムでも持ってるんじゃないか?」 「って言っても、店で買ったアクセサリと、あのガキに押しつけられた手枷くらいだ」 「その手枷だよ! 魔法を封じるために魔消石が使われてるんだ。ちなみに魔消石は魔力を消すことは有名だが魔力の掛けかたや組み合わせかたによっては整流器の役割を果たすんだ。鍵を使わず開錠するにはそのへんの知識も必要だね」 「言ってる場合か!」  テントの中が騒がしくなったのをエクレールは感じていた。遠くで警備兵の怒号がする。何やら不測の事態らしいとすぐに直感した。 「すまないノエル。少し気になる。人形は君に任せた。売れてしまわないうちに手に入れてくれ」 「ああ。わかった。気をつけろよ」  通用口を入ればそこはすぐ舞台袖。その幕の先の舞台はオークション会場だ。  男の子は舞台袖に並べられた木箱や美術品をよけながら舞台に出た。 「それでは1000万からスタートです。おや」  男の子は上手(かみて)に立っていた。  舞台には中央よりやや下手(しもて)側によけて演台とオークショニア。中央には大きめの鳥籠に入った精霊。その後ろにはスクリーン。精霊を挟んで反対側にはオークションの参加者がざわついた様子で男の子を見ていた。  すぐに男の子は<主宰>はこの場にいないと悟った。死ぬ気で来たのにあんまりだ。いっそ死ぬのならせめて<同盟>にダメージを与えたい。  男の子はオークショニアに向かって飛びかかろうと舞台中央に飛び出した。オークショニアはそれを認めて魔法で迎撃する構えに入った。クリストとマーリンが警備兵とともに上手に流れ込む。その最中クリストは先程の中距離魔法を放つ。しかし警備兵に服を掴まれ弾道が逸れ舞台の上のスポットライトに当たった。マーリンもなにかしようと無我夢中で手に持っていた手枷を投げた。舞台下手袖にはエクレールがいた。エクレールも男の子が飛びかかっている事態を見てすぐに異様さを察知すると、威力は低いが即時発動する魔法を唱えた。そのとき、スポットライトの光がエクレールに向かって当たった。エクレールは目がくらみ、軌道が逸れた魔法はマーリンが投げた手枷に当たった。その瞬間――、エクレールが持っていた古代の遺物、クリストが持っていたエゴブレインのキーホルダー、そして鳥籠の中の精霊、キョムが光りだし――――。  ドゴオオオオオォォォォォォンと、激しい轟音とともにテントに光柱が立った。 ꕤ  エピローグ  ꕤ 「やあ。初めましてかな?  ここは物語の幕間、世界の隙間……。  安心してほしい。幸いあの事故では死者はおろか怪我人さえも出なかった。テントや道具はボロボロになったけどね。様々な魔力が干渉した結果さ。解明して人為的に作り出さない限り、おなじ現象は二度と起きないだろうね。  この事故があってすぐ危機を感じた商人たちは逃げ出し<闇市>は解散……。ウァリトヒロイ王国の報告を受けた████王国はすぐに兵を派遣、数日後に到着して現地を見回ったそうだがすでに蛻の殻……端切れや炭のひとかけらさえも残っていなかったそうだよ。  今でも世界中で闇の商人が<同盟>の流通を使って商売をしている。またいつかどこかで<闇市>も開催されるだろう。  物語はここで終わり。  いや、それは正確じゃないかもしれない。このエピローグも、誰かの物語のプロローグなのさ。そうやって物語は紡がれていくんだ。  彼らの旅はこれからも続いていく。  なんだい? それじゃ納得しない? 我儘だなキミも。  いいよ。それじゃあ特別に見せてあげよう。  いくつかの物語の続きを……」 *  テントから轟音が響いた。  客達は慌てて駆けだし、商人たちも馬留(うまとどめ)にわっと群がり我先にと退避しはじめた。攻撃だ、盗賊だ、████王国の兵が来た、古代のゴーレムが復活したなどと根も葉もない言葉が方々から飛び交っている。 「チッ、オメェらそこまでだ! ズラかるぞ!」 「なんかヤバそうな感じじゃの?」 「ティア殿! 早くこちらへ!」 「ありゃー……。これお給料貰えると思う、クランク? クランク? あれ」  テントから轟音が響いた。  八六式高機動車(ハチロク)を走らせていたボーリャックだったが、またしてもの事態の急変に「クソッ!」と漏らし車をUターンさせる。 「ボーリャック殿! こっちでござる!」 「良かった無事だった!!」  ボーリャックは急いでシュティアイセとベンケイを拾った。 「このまま████へ向かいます! いいですね!」 「うむ。よろしく頼む」 *  あの<闇市>からしばらく後――。  レッドバーニングライオンは四天王、そして今回は司令部長も参加する前で<闇市>の報告をしていた。 「今回は簡易の報告ということで簡単にまとめました。<闇市>の様子はス魔ホに画像で記録しているため、これからここに写っている商品や人物を特定、ひいては流通の把握を行いたいと思います。ざっと見た感じですがメックの遺物、霧の森の青い琥珀、これは████商会がハイム商会だけと取引している品でおそらくヴェルナ経由、こっちが死人領の書物、ギャンブランドだけでしか手に入らない景品。それにウァリトヒロイ、ウエス、魔海、緑神国、モー・ダメダ、フルイイセーキ遺跡、百獣の森、ノースカイラム、サームイテツク、コメトレルデ、セントリヴェラ、ジーコランド、サンク・マスグラード、ゴク=アック、サイラント、アイアンデール、桃仙国、ペル・ヴェルセ、レンハート、カルデラシア、エジンナイル、ドコダカ、ネオヨーク、インド……。西はセーブナ、東はコトまでじつにいろいろな商品が流通していると思われます。そして魔界、魔族領の商品も……。もっとも、偽物もかなり紛れていますが。  おなじように商人や客の特定も進めたいと思います」 「<主宰>の正体は?」  ダースリッチが口を開いた。 「商人を中心に聞き取りましたが、皆口をそろえて直接は見たことがない、話したこともないと言うだけで、正直事前資料以上のことはわかりませんでした」 「せっかく<闇市>まで出向いたのにわからなかったわけか?」  エゴブレインが少々意地悪く返した。 「たしかに、その言われは正直覚悟していました。しかし月並みですが<闇市>に出向いても大した収穫は得られないというのが我々の結論です。<同盟>の構造については少し見えた部分もあります。いくら<同盟>と呼んでいても<主宰>と加入者商人達は対等じゃない。複雑なんですが<主宰>と加入者、加入者同士の取引はありますが、<主宰>の流通網に依存しきってて金や集中する仕組みです。まあそこは普通の流通にも似てる部分があるんですが、<同盟>の特異な点はその流通網が完全に隠されているところです。そしてそれを知らずとも加入者がも発送側として利用できる。そしてその秘匿された流通網は各国の税を不正に逃れられるほどで、商品の取引額も通常ルートに比べてかなり安い。それが<同盟>です。はあくまで<闇市>はひとつのイベントに過ぎない、というのがまあオレの見立てです」 「ふん」 「兄の剣がオークションに出品されていたと聞きました……」  ヘルノブレスが普段職務中には見せない妹の顔を滲ませながら言った。 「……爆発ときに行方がわからなくなったらしいです。ちなみに爆発の原因についてはまだわかっていませんが、画像からオークション参加者が特定され次第聞き取りをしたいと思っています。……おそらく魔貴族にも参加者がいたと思われるのですが、そのときはご協力をお願いしたいです。そうすればお兄様の剣の行方もわかるかと……」  レッドバーニングライオンは一息吐いて言った。 「いずれにしろ流通、組織系統、<主宰>の正体、そして今回の爆発の原因などについては引き続き調査が必要かと思いますが、この流通規模は改めて手に入れるべき価値があると思いました。本格的に<主宰>を魔王軍へ勧誘する方向で議論を進めてみもよいかと……。あ、すみません、なんか提言みたいになっちまいましたね。報告なのに」 「ふむ。面白い……」 エビルソードがぽつりと呟いた。 * (なんであの感じでシゴデキなんだって思ってたけど……)  ヨモギは机に突っ伏しながら四天王説明用の簡易報告書をヒラヒラさせた。  今レッドバーニングライオンが発表資料として使っているものだ。帰ってから二人ですぐに作りはじめ、先程会議直前に仕上がった。 (あの感じだからだわ……。ほんとコミュ力オバケ……)  レッドバーニングライオンとヨモギは<闇市>での作戦会議の後二手に分かれてス魔ホを使いあらかた現地の様子を撮って回った。そして合流してからはより詳細に品揃えなどを写真に撮りつつ、商人らと話しまくっていった。レッドバーニングライオンは他人に取り入るのがじつに上手だった。客や新人商人などを装い気さくに話しかけ、商品を買ったり店を手伝ったりしながらあっという間に仲良くなり、商人の出身地や<同盟>の内情を聞き出していった。 (ス魔ホ借りれるんなら出発前に言ってほしい……) 「此前,紅炎獅子先輩一緒御楽?」 「わっ! 虎丸!?」  現れたのはおなじ獣魔兵団に所属する虎丸だった。 「なに言ってんのキモいんだけど」 「哈哈哈」 「いや待って! なんでそれ知ってんの!?」 「今,四天王会議<主宰>勧誘決定。公開情報。此後通達,魔王軍全力取組」 「へえ……。口頭うまくいったんだ……」 「特別団編成予定,我聞」  魔王軍は<主宰>を勧誘するための特別チームを編成することを決めたらしい。そこにレッドバーニングライオンやヨモギが加わるかどうかはまだわからない。 *  あの<闇市>からしばらく後――。  エクレールは女の子に人形を渡していた。 「メアリーエリザベスアンヴィクトリア!!」  エクレールが差し出した人形に、女の子が駆け寄り抱きしめる。 「ありがとう! 世界一の騎士さま!」 「はは。身に余るお言葉です、お姫様」  「騎士か……」とは思ったが、なにより女の子が笑ってくれただけでエクレールは十分だった。  女の子の家に出向いたため両親が手厚くもてなそうとしたが、エクレールは「たまたま近くで拾っただけ。おそらく引っ越しの荷馬車から落としたのだろう。そこまで大したことはしていない」と頑として断った。それよりも――。 「本当に会わなくてよかったのか」  エクレールはその様子を建物の角に隠れて聞いていたノエルに言った。 「……ああ。これでいい」  お互いにこれからのことはまだわからない。しかしエクレールにはノエルとこのまま別れるのが惜しまれるような気がした。それはノエルもおなじだった。 「もしよかったら、まだしばらく旅をしないか。一緒に」 「ああ。勿論」  袖振り合うも他生の縁どころか、おなじ人形に翻弄された似た境遇の者同士。しばらく助け合っていくのも悪くない。  しかしその目的は大きく異なる。これから先、二人が本当にわかりあうのかはまだわからない。 *  「あれー? エゴブレインキーホルダーがない? まいっか」 *  <闇市>にマーリンとハルナが到着してすぐ――。  マーリンはユイリアへのプレゼントを探そうと、とりあえず雑貨屋を見て回ってみた。その後ろを特に声をかけたりもせずハルナもついて行く。 「だーっ!!! わからん! なにがいいんだ!!!」  あれこれ吟味していたマーリンがついに叫んだ。マーリンはこれまでに女子に“プレゼント”なんて贈ったことがなかった。  地面に膝をついて嘆くマーリンだったが、ふとハルナを見つけて子犬のような目で見つめた。クゥーンとまで鳴く。 「やめて……気持ち悪い……」 「ハルナサマ……その年の功で私に助言を……」  ハルナはマーリンの脛を蹴った。 「がっ!!??」 「別になんでもいいわよ。大事なのは話すきっかけでしょ!」 「嘘だ! 女のなんでもはなんでもじゃない! ……と本に書いてあった!」  マーリンはマーリンなりに勉強しているようだ。 「どんな本読んでるのよ。私が選んだらマーリンの誠意が伝わらないじゃない」 「『渡すのはなんでもいい。大事なのは話すきっかけ』って今お前言ったよな! 俺も端からそのつもりだ! でもこう、良い物というか、無難な物というか……喜ばれる物を渡した方がいろいろスムーズじゃねえか!」  ハルナはマーリンを疑いの目で見つめていた。しかしこれが真剣にユイリアのことを考えた結果で、ちゃんと彼女に向き合って話すために最高のコンディションを整えるため、決して楽をしようとして自分に頼ってきているわけではないとわかり、はあと大きく溜息をついた。 「……私達は旅の身だから、あんまり重くないのがいい」  ハルナが雑貨を見ながらゆっくりと歩きはじめる。 「持ち運びしやすくて……。ちょっとしたプレゼント程度だから、消耗品とかがいいのかな? だとしたら少し良い物。できれば実用的で、ちょっと可愛かったりして……。身につけられたりしたらテンション上がる物もいいかも。ユイリア、あれでちゃんと女の子だし」  ハルナがいくつかのアイテムを手に取った。 「私なら……あ、いや、これとかどう? 後はアンタが選んで」  ハルナがマーリンに見せたのは花の髪飾りやブローチだった。いずれも魔法アクセサリで、花の種類ごとに効果がある。今回の<闇市>の開催国、████産だ。  マーリンは真剣に選び抜いた。 *  マーリンが選んだのはルネの髪飾りだった。ルネという植物の花から作られており、一度なら攻撃から身を守ってくれるという効果がある。 「まあアンタにしては良かったんじゃない? 後はちゃんと話しなさいよ」 「ああ……まあ……その、なんだ、……ありがとう」  マーリンはまだなにかうだうだとしていたが、意を決したようにハルナに紙袋を押しつけた。 「礼だ! やる! これでチャラだ!」  ハルナは驚いたが、紙袋を開けて中身を見てみた。そこにはユイリアのとおなじ、ルネの髪飾りが入っていた。 「はあ!!!???? なに考えてんの!? アンタ馬鹿なの!!??? こんなの着けれるわけないじゃない!!!!」 「え!? だって欲しそうだったから……!」  ハルナは自分の胸が苦しくなるのを感じていた。こんな気持ちになるためにパーティに入ったわけじゃなかった。 「こんなの着けれるわけないじゃない……」  今度の声はマーリンには聞こえなかった。 *  マーリンとクリストが男の子を追いかけていたころ――、整然と木箱が並べられた人気(ひとけ)がない<闇市>の端で、ハルナはその木箱の一つに腰かけていた。  その隣には一人の男性――。 「手筈どおり、勇者を罠に掛けたな?」 「はい……」  魔王軍諜報部。ハルナ、いやカゲツの上司だった。 「今更なんなんですか……」  ハルナは終始うつむいたまま男と目は合わさない。 (こんなの着けられるわけない……着けていいはずない……)  ハルナは紙袋を握りしめた。  乾いた音がくしゃっと鳴った。 おわり