「ありがとうございました…!」 すっかりお馴染みになった釣り番組の撮影。 今回は新商品の釣り竿を使わせてもらえるとあって雫はウキウキで当日を迎え、撮影時間内に見事に大物を釣り上げてみせた。 スタッフさんや共演者の方からも褒められて、笑顔で挨拶している。 本当に、自然にいい笑顔ができるようになったな…。 …おっと、感慨にふけっている場合ではないな。 撮影中も釣り用のウェアを着ていたとはいえ、時期が時期だけにすっかり寒くなってきている。 雫は大丈夫だろうか? 「お疲れ様、雫。順調そうだったな」 「牧野さん。お疲れ様、です。うん、貸してもらった釣り竿、すごく使いやすかった」 よほど気分よく釣りができたんだな。雫の活躍ぶりがいい宣伝になってくれるだろう。 上機嫌な雫に、持ち込んでおいた上着をかけてあげた。 「寒い中、よく頑張ったな」 「あ…ありがとう、ございます」 もこもこした上着に袖を通して、ほっこりと暖かそうで一安心だ。 …いや待て。ほんのりと顔が赤くなっているような気がする。 まさか、風邪の兆候か!? 前にアングラークイーンコンテストに出た時も大変だったし、もっと体を温めた方がいいか。 となると…。 「…牧野、さん?」 急に辺りを見回し始めた俺を不審に思ったのか、雫が不思議そうな顔をした。 「ああいや、どこかに自販機が無いかなと。…あ、あそこにあるな」 俺は財布から小銭を取り出すと、雫に手渡した。 「これで何か温かい飲み物でも買っておいで」 「あ…うん。ありがとうございます。ちょっと行ってくるね」 小走りで駆けていく雫の後ろ姿を見送った後、俺は番組のスタッフさんや共演者の方と改めてご挨拶させていただいた。 皆さんからの雫へのお褒めの言葉が、本当にありがたい。 今後ともよろしくお願いします。そうお伝えして戻って来たが…あれ、雫は? …あ、まだ自販機の所にいるな。…何をしてるんだ? 「牧野さ〜ん!これ、これ!」 なんだか興奮気味だな…何かあったのか? 急いで雫の方へ駆け寄ると、雫は自販機の中にあるサンプルの一つを指さした。 「すごいの、あった」 「何だ何だ…?」 よく見ると、何やらやたらと赤い缶…。これは、韓国のスープ風のドリンク…だろうか。 「すごくない?お米も入ってるんだって」 「確かに、余り見ないな…って、まさか」 「これにする!」 いや、確かに温かくはなるかもしれないが。 「雫って確かわさびが苦手だっただろう?これ、見るからに辛そうだが…大丈夫なのか?」 「む。確かにわさびは今でも苦手…だけど、辛い物が食べられないとは、言ってない」 「それはそうかもしれないが…本当に、大丈夫なんだな?」 「今や私もBIG4の端くれ。だから、大丈夫。  それに、もしかしたら、今後バラエティ番組で激辛チャレンジとか、あるかも」 「いや、BIG4と激辛が大丈夫かどうかは関係ないと思うんだが…。というか、前にそんな感じで行った優が酷いことに」 などとツッコミを入れている間に、雫はあっという間に件のドリンクを購入してしまった。 本当に大丈夫か…?中身のスープがしっかり混ざるようによく振ってから、雫は缶を開けた。 …雫の手元からでも、かなり辛そうな匂いがしてくるんだが。 「し、雫?やっぱりやめておいた方が…」 「…ごくり。だ、大丈夫…大丈夫…」 冷や汗が出ているぞ。 雫はゆっくりと、缶を口に運び…一口。 「!!!!!????!!??!?」 声にならない叫び、とはこういうものを言うのだろうか。 雫はその場にバタリと倒れ込む…寸前でどうにか受け止めることに成功した。 「だから言ったのに…」 雫の手から落下した缶から、赤い液体が辺り一面に広がっていく。 ちょっとしたスプラッタ事件の現場のようだ。千紗が見たら喜ぶかもしれない。 …なんて、現実逃避している場合じゃないな。さて、どうしたものか…。 ----- 「…はっ!?」 「ああ、雫。気が付いたか」 あの後、雫を社用車に運び込んでから、番組のスタッフさんに事情を説明して手伝っていただいて惨状の現場をどうにか片付けた。 皆さん笑って快く手伝ってくださったが、それはもう恥ずかしかった…。 後で謝罪に伺わなくては…。 気絶中に起こったそんな事情を雫に説明すると、顔を真っ赤にして俯いてしまった。 「ご、ごめんなさい…」 「いや、俺ももうちょっと強く止めておくべきだったな…」 「私も一緒に謝りに行く…」 「そうしてくれると助かる」 反省会は終わり。俺は先ほど買っておいたものを上着のポケットから取り出して、雫に手渡した。 「これ…コーンスープ缶?」 「さっきの辛いスープの横に売ってたから、買っておいたよ」 暖房が効いている車内だが、結局雫はスープを一口飲んだ…というか口に含んだだけだったからな。 念のため、雫が起きる前に買っておいたのだ。 「…美味しい」 ようやく笑顔が戻ってきたな。俺も一安心だ。 「そういえば」 「ん?どうかしたか?」 雫が何かを思い出したように話し始めた。 「さっきまで気を失ってる間、夢を見てた」 「夢?どんな?」 「…この間のソロライブの時に着た、天使の衣装で空を飛んでいく夢…」 死にかけてるじゃないか!?戻って来てくれてよかったよ…。 「夢の中で、羽の生えた瑠依さんが飛んできて引きずり降ろしてくれた。危ない所だった…」 ああ、そういえば瑠依も飛んでたっけ…。 「瑠依と仲良くなっていてよかったな…」 「うん。命が助かった」 それ、絶対にこういう時に言う言葉じゃないよな!? はあ、何だかどっと疲れたな…。雫がコーンスープを飲みきるまで、ゆっくり待つことにしよう。 終わり。