二次元裏@ふたば

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147819 B25/11/26(水)22:58:23No.1376574130+ 27日00:19頃消えます
 ジェンティルドンナに、手を握られている。

 自ら提案したことなので、「握らせている」と言った方が正しいだろうか。
 ともかく自分の右手は今、彼女という規格外の膂力を持つウマ娘にその命運を握られている。
「…………」
 視界の端、控室の片隅に、パチンコ玉大になって転がっている鉄球が映る。
 レース前にジェンティルドンナが手慰みに転がしていたものだ。
 いつもながらその膂力には驚かされるばかりだが、その彼女の手が今握っているのは自分の手だ。

 こうして彼女に手を預ける機会は、これまでにも無いではなかった。
 だが、今のジェンティルドンナは明らかに、これまでで最も──力のコントロールが、できていなかった。
125/11/26(水)22:58:41No.1376574248+
 事の発端は数十分前。

 『ドバイシーマクラシック』。
 外つ国に燦然と輝く国際GI。各国から強豪ウマ娘が集まる世界の大舞台。
 そこに参戦したジェンティルドンナはその最終直線にて、前を塞がれる不利を受けていた。
「……ッ!」
 彼女が左右に首を振り、包囲網の隙を探している様が観戦席から見てとれる。
 前には壁。横にも蓋。
 世界中から集ったレース巧者達が、上位人気の彼女を徹底的にマークしていた。
 トレーナーである自分はもちろん、彼女も当然諦めてなどいまい。
 だが、それを見ていた観客は、誰もがきっと思ったことだろう。
 バ群に抜け出す隙間など無く、栄光への道は閉ざされたのだ──と。
225/11/26(水)22:58:59No.1376574354+
 だが、次の瞬間。
 ジェンティルドンナの体が、左右にブレたように見えた。
(なっ……!?)
 違う。
 一瞬の減速、あえての後退……、そうしてできたバ群の隙間目掛けて、彼女が真横に跳んだのだ。
 ウマ娘が全力疾走している最中に真横に跳躍するなど、そう容易くできるものではない。
 だが、彼女は成した。そして包囲網を突破した。

 そして、更にその直後。
 世界は、圧倒的な“力”を見た。
325/11/26(水)22:59:13No.1376574441+
(……揺れた?)
 不意に、足元から伝わる“衝撃”があった。
 そして一瞬遅れて到達する、レース場全体を揺るがすような轟音。
「──ッハァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
 爆撃のような踏み込みと共に、紅の女王が吼えていた。
 ゴールまではすでに残り200mを切っている。
 観衆の中には、こう思った者もいたことだろう。
 誰もが死力を尽くして走る中でただ一人減速した彼女が、どうしてそこから猛追できようか、と。
 そんな余人の考えを一完歩で踏み砕き、ニ歩、三歩とジェンティルドンナと先頭との距離は縮まっていく。
 並ぶか? いや、並ばない。
 あっという間に他をかわして先頭へ躍り出ると、その差をどんどん広げていく。
 そしてそのまま、堂々たるゴールイン。
 これが力だと誇るような貴婦人の進撃に、観客は止まぬ熱狂と歓呼の声で応えたのだった。
425/11/26(水)22:59:29No.1376574553+
 こうして、ジェンティルドンナは覇者として、遠くドバイの地をも征した。
 それは同時に、ティアラ路線出身の日本ウマ娘による同レースの初制覇という偉業でもあった。

 ……だが、あれほどの凄絶なレースをして、何の代償も無いはずはない。
 彼女に相応しい賛辞を考えながら地下バ道で彼女を出迎えた時、その顔をひと目見て、すぐに異常を悟った。
「大丈夫か!?」
「……あら、勝者を出迎える一言目にしては、随分と無粋ですのね」
 ジェンティルドンナは、決して他者に弱みを見せない。
 強者ゆえの余裕か、君臨者の矜持か。
 激しいレース後であってもその微笑は崩れず、常に凛とした佇まいを崩してこなかった。
 そんな彼女が、滝のような汗を流し、ほんの僅かにふらつく様子すら見せている。
525/11/26(水)22:59:46No.1376574680+
 怪我でもしたか、何かあったのか──すぐに駆け寄ろうとする自分に、彼女が告げる。
「お気遣いなく。ただの疲労ですわ。……それと、今は力加減が難しいの。近寄らないでくださる?」
 そう言って、ジェンティルドンナが壁に手をつく。
 すると自分の見ている前で、コンクリートの壁に巨大な亀裂が入った。

 ……そしてスタッフに平謝りし、ジェンティルドンナを控室に引き上げさせたのが数分ほど前の話だ。
 ジェンティルドンナは、こと膂力においては規格外のウマ娘である。
 そんな彼女が日常生活において周囲のあらゆるものを壊し尽くさずにいられるのは、
 ひとえに繊細な手加減をしながら日々を過ごしているから過ぎない。
 だが、かつてない程の激走を経て、その力加減が難しくなったジェンティルドンナ。
 勝利者インタビューももうすぐだというのに、このままでは彼女を人前に出せない。
 あれこれと考えを巡らせていると、ふと、ジェンティルドンナが手をこちらに差し出してきた。

「トレーナーのお仕事よ。……落ち着けてくださる?」
625/11/26(水)23:00:02No.1376574768+
 かつてと同じ言葉だった。
 いつかのレースで、出走前に彼女としたやり取りを思い出す。
 あの時も自分は彼女に手を差し出し、彼女は過不足ない力で握り返してきた。
 この手が自分を、より高みへと引き上げるのだと言いながら。

 そうだ。
 自分という存在は、彼女のために在る。
 ならばこの手程度、担当ウマ娘のために差し出せなくて何がトレーナーだろうか?
「ああ。任せた」
 恐怖が無いといえば嘘になる。
 だがそれでも、ジェンティルドンナの手を取り、しっかりと繋ぎ合う。
 ほんの一瞬、重機に押し潰されるかのような圧力を手に感じ……それがすぐに遠ざかっていく。
 ふと見ると、彼女は真剣な目で二人の手を見つめていた。
725/11/26(水)23:00:20No.1376574862+
 しばらくの間、時計の針の音だけが控室に響いていた。
 控室の片隅に転がる鉄球を眺めながら、彼女の呼吸が整うのを待つ。
 すでに握りあった手は、いつもの力加減に落ち着いているように思えた。
 だが、ジェンティルドンナはまだ自分の手を握り続けている。
 きっと彼女の中で、まだ調整は続いているのだろう。

 その時、控室のドアがノックされた。
 勝利者インタビューの時間を告げる、現地スタッフの呼びかけである。
「あ、はい、でも彼女がまだ……」
「ええ、すぐに参りますわ」
 自分の声を遮るように、するりと手を離したジェンティルドンナが椅子から立ち上がる。
 その佇まいには、すでに普段の凛とした空気が戻っていた。
825/11/26(水)23:00:31No.1376574930+
「……もういいのか?」
「ええ。おかげ様で」
 そう言ってドアノブに手をかけ──壊すことなく、当たり前のようにジェンティルドンナが扉を開いて見せた。 
 それを見てほっと一安心する自分に、彼女が再び手を差し出してくる。
「では、ここからは改めて、ウィナーズサークルまでエスコートしてくださる?」
「ああ、仰せのままに」

 こうしてまたひとつ、彼女の頭上に勝利の栄冠が輝いた。
 だが、これほどの栄誉を手にしても、彼女が満足することはない。
 これからも彼女はまだ見ぬ強敵を求めて新たな荒野に飛び出し、力を示し続けていくのだろう。
 貴婦人の進撃は続く。

【了】
925/11/26(水)23:04:29No.1376576238そうだねx8
彼女のレースで一番好きなDSCを題材にしたものをいつか書きたかったのです
うまくまとまらなかったのでお蔵入りにしていたのですが
今日という日にどうしても出したかったので…出しました
彼女にはとても多くの感動をもらいました
ありがとう、安らかに
1025/11/26(水)23:05:31No.1376576570+
そうか…
1125/11/26(水)23:06:32No.1376576901そうだねx2
良かったよ
1225/11/26(水)23:17:23No.1376580609+
ありがとう…
1325/11/26(水)23:21:53No.1376582189+
よく出してくれた
1425/11/26(水)23:26:16No.1376583643+
https://youtu.be/uflvGYWjsUg?si=UK9yjil98RXu5e_q
いいよね…


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