人生が常に上手くいくことなんてない、それくらい分かっている。子供のころからそうだった、他人よりすこしばかり顔が怖かったから中々友人も出来ず、歳を重ねてもヤクザのような職種とよく間違われた、現実に神田大和はそんなことはない、警察だ、品行方正で模範的ともいえる立派な男だ、言葉にすると変な誤解を生みそうではあるが、正しく子供が好きで健やかな成長を願える善性の男でもある。 「――保護、ですか」  道を踏み外したと思われる部分はいくらでもあった、しかし、ここまでとは思いもしない、と、勤める警察署の一室、書類上存在しないことになっている部屋ですこしばかり頭をクラクラさせていた。  目の前に居るのは立場が上の、それこそキャリア組に属する側で本来は同じ警察と言う組織の中でも本来顔を合わせるような相手ではない、男だ、壮年のやや厳しい目つきの男が書類を出してうなずいた。 「そうだ、電脳犯罪に巻き込まれている、事件解決まで君に保護を頼みたい」  手渡された書類にはいくつかの情報と、顔写真が乗っている、女性の、見た目だけで言うのであれば美人と言うほかない、伊吹ねんり、21歳、特筆することはない、すこしばかり気にするのは職業がセクシー女優、アダルトビデオに出演する女優であることくらいだ。  2枚目の書類を見る、経緯が記されている、ここ1カ月程度、不審な男性による付きまといがあり、警察に連絡をしたものの影も形もつかめず、しかし被害は継続、不審な所は男の姿は各種防犯カメラに写り顔まで分かっているものの、一定位置にてその姿が消える、と言う、その際に特殊電磁波、デジタルウェーブを検知、特殊電脳事件として認定、対応がデジタル課に求められた、と、言うことになる。 「……私以外に適任は居ると思いますが」  神田大和は荒事が不得手だ、警察と言う職に勤めている以上最低限鍛えてはいるがあくまで最低限、そもそも元は少年課の職員だった。デジタル課への異動はやや不本意なものに過ぎない、偶然とはいえ電脳に住まう存在、デジタルモンスター…略称をデジモンと呼ぶ存在と縁が出来でしまった産物と言える。  男が溜息を吐いた、 「そうだな、他にもいるだろうさ…そして、そう言った存在はまた別の事件に回されている」  もとより適性がありデジモンの力を借りているような存在は、より凶悪な事件に対応する、当然のことだ、分かってはいるが飲み込みがたい、何かあってからでは遅いのだ、しかし、色々と飲み込み最後はうなずいた。 「わかりました、職務の方まっとう致します」 「頼んだぞ」  大和は聞き訳がよい、あるいは組織人として成熟していた、今時29は社会でもひよっこの側とはいえそれでもなお警察に勤め続けていれば個人の意見というものがなきように扱われることを知っている、どれだけ不服であろうとも声をかけられた時点で受けないという選択肢は無理を通さなければ存在しない。  ため息とともに存在しないことになっている部屋を出た、倉庫だ、秘匿された電脳技術によるものだ、物理空間に対しゲートと呼ばれる電脳世界への移動技術を活用することで何もないところから電脳に向かうことができる。埃っぽい倉庫を抜けて軽く制服を払って指定場所に向かう、第三会議室、小会議室と署内では呼ばれているそこは通常の会議室に比べてもかなり狭い、重要でない要件を片付けるためだけのスペース、扉を開く、甘い香りがした。 「あ、大和さんですか?初めまして、ひえ――伊吹ねんりです♪」  甘い香り、声も甘い、耳が溶けそうな気分になる。女、書類で見た伊吹ねんりだろう、しかし写真で見るよりよほど美人だった。 「……はぃ」  腰が少し引ける、声、小さく出る、もとより声は大きく出せない性質だが高鳴る心音が余計に開く口を小さくした、恨めしいと思った小心なわけではないがこう言ったときにまともに喋れない自分を。しかし、ねんりは気に求めてない様で、あでやかに笑う。 「よろしくお願いしますね!えっと、事件が終わるまで護衛、してくださるんですよね?」 「そういうことに…なって……います」  本当に自分がこの人の、と大和は思った、悪い事をしているわけではないのに何だかとてもいけない状況のように思えた。 「わぁ!とっても頼りになりそうな人が護衛で嬉しいですよ~♪よろしくお願いしますね~大和さん♪」 「ア……ハイ」  自然な動作で手を取られ、笑顔を向けられる、とても眩しい、勘違いしそうになる。職業を知っている、不特定多数の男性と性的な事をする職業であることを、この笑顔は誰にでも向けられるものであることを、それでもなお淡い心を抱かせるのは…魔性だ。ずっと一緒に居れば心がどうにかなってしまいそうだ、頼むから事件は早く解決してくれ、と、切に願った。 「それでは行きましょうか~」 「……えっと、どこに?」 「?護衛なんですよね」 「……ソウデス」 「なら、近くに居てくれるんですよね~?」  ……そう言えばそう言うことになるのか、護衛なのだから。 「ハイ……ソウデス」 「なら、しばらく私の家に泊まりってことでしょう?」  え……?  え……? 〇  ねんりが借りている賃貸は少しばかり高いがセキュリティの良いマンションで女性人気のある物件だ。男性がいない訳ではないが、比率で言えばやはり女性の方が圧倒的に多い。  そう言えば私生活で男の人を部屋にあげるのは初めてだな、思う。AV女優と言う職業についてはいるが別に倫理は破綻していない、撮影でセックスをした男性を恋人にしたいかと聞けばそんなことは無かった。  元よりねんりはそう言った相手を求めてはいない、性的な欲求は撮影でついでに解消できるし、なんなら撮影台本で渡される恋人ごっこのイチャイチャで十分と言えた。だからかプライベートに男性というものが入り込む状況がない、と言っても良い。 「狭い部屋ですがごゆっくり~」 「FOOO!ここがママ候補の女のハウスね――あいだっ!?」 「ちょっとお前は黙れ」  愉快だなーと、横を見た、ここ数日護衛として寝食を共にする男性、神田大和、そしてそのパートナーのシスタモン……見てみれば本当に人にしか見えない、だが申告でデジモンとあるからきっとそうなのだろう、きっと自分と騎士くんみたいな関係なのだろうな~と、ふわ、と思った。関係性は少し違うかもしれないが。  ロックを開錠して扉を開く、照明を付けて中へ促した、音が来る。留守番を頼んでいた騎士くんの物だろう。 「ねんり、おかえ――」  現れる、甲殻の上側には巨大な牙が生えていて、中身は緑色、やや大きな二枚貝のお化けのようなデジモンだ。騎士くんとは呼んでいるが、確か自分の事をカブトシャコモンなどと紹介していた記憶がある。 「あ、騎士くんただいま~」 「あ、あ、あ」  いきなり壊れた、最近多いなー、などと思い、靴を脱いで近づき甲を軽くたたく、振動している、身体を震わせていた。 「ねんりが男を連れ込んでる――!!」  人聞きが悪いなー、と思いつつも状況的にはそういう事ととらえられても仕方ない。関係性は全く違うのだが。 「違うよー、この人は警察の付けてくれた護衛の人だよ」 「何をっ!?ねんりには僕がいる!」 「気持ちは嬉しいけど、状況が状況だからね~?」 「う、う、う、ぼ、僕はそんなに頼りないかいねんりぃ」 「ううん、騎士くんが頼りになるってちゃんと知ってるからね」 「ねんり――」  顔を明るく輝かせたのを見る、やっぱりこちらのほうが騎士くんは合ってる、と、ねんりも笑った。騎士くんがこほんとわざとらしい 咳払いをして見せ、顔を引き締めて、 「我が名はカブトシャコモン、姫たるねんりの騎士!」 「あ、路地裏で猫に食べられそうなところを助けたの」 「ねんり~…なんでそれを言っちゃうのさ~」  しょげるように騎士くんがうなだれる。  笑い声、 「ぶっ…ふふっ…ご、ごめんなさっ…ほほっ…が、我慢するつもりだったのですが……で、デジモンがっ……い、行き倒れかけてっ……ね、猫に」  腹を抑えてシスタモンが笑う、何やらツボにはまっていたらしい。 「お、お前っ!?何を笑って!!」 「いえ、お、押さえ用としてもちょっと面白すぎ――」 「お前は……行き倒れかけてスーパーの試食品を馬鹿食いしていたところを捕縛されたんだろう」 「あ、ちょ、大和何をばらして!」 「ぶふぉぉっ!?せ、聖なるデータで構築されたっ…シスタモンがぁ!試食品を馬鹿食いっ!?」  変わるように騎士くんが今度は笑い出す、楽しそうなのは結構だな、と、眺め、 「……お互いに、大変な状況だった、それは笑うべきことじゃない」  たしなめるのは大和だ、ボソボソとした声ではなく、大きな声ではっきりと。  ばつが悪そうに騎士くんとシスタモンは押し黙る。確かに笑っていい事柄ではなかったな、と、ねんりも少しだけ反省し、同時にちょっとだけ安心した。警察が向けてくれた護衛は男性、本来は女性をと言う予定だったがその女性のパートナーは捜査向きで護衛から外れることになったらしい。ちゃんとした組織の太鼓判を押された人物ならば信用は出来るだろうと思いつつもやはり異性と言うのは少し気になる。それも撮影だけの関係じゃなくなりそうな相手となれば尚更。しかし今の、正しく人として良い部分を見た以上、善性の人と見てきっと問題がない。 「その…来たばかりで騒がしくして失礼しました」 「ううん、大丈夫~しばらくにぎやかで楽しそう~」  きっと何とかやっていける気がする。 〇  大和が上がったねんりの部屋はよく整えられていた、本人曰くずぼららしいがパートナーのカブトシャコモンが都度に整頓してくれているらしい。  マンションはよくある1LDK物件だった、ありがたいと思う、護衛である以上近くにはいる必要はあるがあまり近すぎるのはそれはそれで困る。  宿泊用の最低限の荷物を隅に置けば、こちらにと、ソファに促された、時折友達が来るからその時に使うのだ、というもので気にせず座っていいとの事だが、なんだか気が引ける、男性の自分がと思いつつ。 「おっ!大和様!このソファ最高です!座り心地がグッド!」  なんらかのネジがぶっ飛んでいるシスタモンは遠慮というものを忘れているのか、あるいは知らないのか、勝手知ったる我が家のごときに振舞い始めた。一撃げんこつを落とす、ここは大和の部屋ではないのだから勝手な真似は慎ませなければならない。最初はもっと優しくたしなめていたはずなのだが、もう突っ込みを入れるのも板についてしまった。警察官としてこれは良いのだろうか。 「あいだっ!?大和様っ!ぼ、暴力はいけません――」 「……指導だ、人の家で勝手をし過ぎるんじゃない」 「だったらもっと優しさプリーズっ!愛の手を頂戴アガペー!」  身に着けるべきはまず常識だろう、と思い溜息を吐けば、横から笑い声が来る、キッチンから飲み物をねんりがもってきていた、テーブルの上に置き、 「私はあんまり気にしないからね、シスタモンちゃんもくつろいで~」 「あ、聞きました!?女神発言ですよ!ゴッデス!これもまさに神の御心の如くっ!曰く『旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることである人たちは気付かずに天使たちをもてなした。』とあるのですから!イエスホスピタリティ!」  都合のいい解釈をする事だけは大得意だな、と頭を抱えてしまう、天罰がいつか起きてもきっと助けたりはしない。 「ええい!お前!ちょっと図々しいぞ!」 「おっと、家主が良いといった以上従うべきはねんりさんの言葉でしょう?神は言いました『私は自分が憐れむと思うものを憐れみ、慈しもうと思うものを慈しむ』と!ねんりさんがぁ、良いといった以上それに従うんですぅっ!」 「うがーっ!限度があるだろうが限度がっ!!」  がやがやと騒がしさが増す、とても申し訳なくなる、いきなり入り込んできておいてこのざまだ、いい気分にはならないはずだ。ちら、とみればねんりは今だに笑っている、思った以上に大物かもしれない、この状況を楽しんでいるのなら。  自分はどうだろうか、この状況をやっていけるかどうか、と思えば少し不安にもなる、しかし任務として受けた以上するほかはない、ふぅ、と小さく息を吐く。少し気を張りすぎているかもしれない。大丈夫、なんてことはない。どうせすぐに片が付くはずだ、所詮ちょっと変わったストーカー案件なのだから。 「あ、そうだ!」  唐突にねんりが叫んだ、 「大和さん食べれないモノある~?しばらく一緒なんだから聞いておかないと~」  そう言えばそう言った問題もあったな、と思う。そう言ったものは特にない。 「…………」 「食べれないモノなんてないけど和牛のステーキが大好物……と、大和様は仰っています」 「言ってません……その、特段苦手なものはないですし、カップ麺などで十分――」  あ、とねんりが声を出す、 「もしかして大和さんあんまりお料理しない方?」 「…………警察という仕事上どうしても…」  趣味人が自分で、と言うことでもなければ疲れて帰るとやる気は起きない、そもそも食事は署内で提供されることもあれば場合によってはコンビニなどで都度買うことが大半だった、食事スキルが育つはずもない。 「んー、それは良くないと思いま~す」 「ふふふ…ねんりのご飯は美味しいぞ!」  カブトシャコモンが胸…?身体?を張る、どこか自慢げだ。 「うぉっ!料理スキルあるとか超優良物件ですよ大和様っ!やっぱりママはここに居た――!あふんっ!」  見境の無いことを言うシスタモンに一発挿れて黙らせる。 「その……お気になさらず」  シスタモンのたわごとはともかく、職務で一緒に居る以上あまり気にさせるわけにもいかない。 「良いんですよ~♪あ、でも男の人に料理なんて初めてですから~♪口に合わなかったら言ってくださいね~♪」 〇  肌や髪に気を使い始めると最終的に自炊に行きつく、ねんりは大雑把な自分を自覚している、そもそもAV女優になっているのもほぼ成り行きなのもある、それはそれとしてやるとなったらそれはそれとして真面目にする、自分の意思で選んでいないなどと言い訳はしない。  野菜は大目にするが今日からは大和が一緒に住む以上ちょっとボリュームにも気を付ける必要がある、量を作るならスープが良い、コラーゲンたっぷりの鶏肉団子のスープにしようと頭の中のレシピを引いて決定、冷蔵庫の中身も丁度いい。  鳥ミンチを捏ねて玉ねぎとショウガなどを混ぜ込む。かさましと言うだけではない、噛んだ時の触感にアクセントが産まれる、にんにくはちょっと恥ずかしいので今回は無しだ。  水をたっぷりと鍋に挿れて沸騰しない程度に熱し、野菜を切り、挿れる、キャベツ、ニンジン、大根、もう1つ玉ねぎ、レンコンを、そのまま熱を通しながら捏ねておいた鶏肉を団子状にして居れる、そのまましばらく待てば完成だ。ご飯は今日は五穀米仕立てにしてある。 「お、おおっ!凄いですよ大和様っ!!やっぱりママ――」 「だーれがお前のママか」 「おや、作ったのはカブトシャコモンではなないですね!ええ、なのでママ認定――OK!」 「OKなわけないだろぉっ!?」  元気だなぁ、と笑いながらも配膳を進める、お客さん用の茶碗は男の人にはちょっと小さいかもしれないが、今日は仕方ない、今度買いに行けばいい。 「ふふっ…元気元気~♪だけど冷めないうちに食べようね~」 「はーいっ!ママ……!」 「くっ…こいつ無敵なのかっ!?」 「神の愛に包まれるシスターですしぃ?」 「堕落したシスターだなっ!?」  言い合いながらもしっかりと席についている、何だか子供が増えたみたいだな、と思いつつ、 「大和さんも座って~」  呼ぶ、身体が固まっている大和だが呼べば言われるがままに席に座る、どこかぼーっとした表情で。 「大和さん、どうかしたの?」 「あ……いえ……」  途中からぼそぼそとした喋り声に戻り、シスタモンが笑う、 「大和様はとても美味しそうだ、と仰っています」  その言葉に照れたように大和が顔を赤くする、ああ、 「ふふっ♪それならよかった♪じゃあ、食べてみて欲しいな」  なんだ、 「…………!」 「大和様はとても美味しい!ママにしたいと仰っています」 「こ、後半は捏造っ!」  この男(ひと)結構可愛いかもしれない。