ファヨン編続き 朝焼けの色が混じった木漏れ日が差し込む森の中、ギリードゥモンが樹間に紛れて構える狙撃銃・べリョータの銃口は、1km先にあるテントを、微動だにせず捉え続けている。コートをギリードゥモンのテクスチャと同じ色の物に取り替えたファヨンは、首に掛けた双眼鏡で、枝葉の緑と樹木の茶色がなだらかに続いていく空間を、無言で見つめる。 しばらくして、テントが微かに動く。そこから灰色の服を着た男と、小型のデジモン……マメモンが談笑しながら、テントから出てきた。 ファヨンはすぐに双眼鏡の倍率を上げ、男の顔を捉える。ひげの剃り残しが目立つ、20代半ばか後半の男。そして、双眼鏡越しのファヨンの視界の右下に表示された【登録無し】の四文字。 つまりは【商品】……それを理解したファヨンはパートナーに、無感情に進める流れ作業をするような声音で、短く言った 「ギリードゥモン、撃って」 「……コアシュート」 べリョータの花弁のような銃口から火が吹き、弾けた音を鳴らす。撃ち出された弾丸は、無風の静寂を針で傷つけていくように、囁くような風切り音と共に目標に向かい、真っ直ぐ進んでいく。 弾丸が届く直前に、マメモンが振り向いた。だがその瞬間に弾丸はマメモンのテクスチャに触れると、そのまま体を貫き、彼方へと消えていく。 「デジコアに命中」 ギリードゥモンが短く言う。撃ち抜かれたマメモンは、何かを伝えるようにテイマーの方を向き口を開くと、そのまま0と1に変わり、消えていく。 テイマーは消える瞬間を見届けることなく全力で走り出すが、突然伸びてきたツタが足に絡み、引きずり倒される。男は激しく抵抗をするが、落葉だらけの地面から黒紫の大渦が巻き起こるの、男は何かを叫びながら飲み込まれた。 「これでこの前逃がした分は帳消し」 パートナーデジモンは始末し、テイマーはダークエリアに送った。完全体まで進化させる事が出来たテイマーならば、高く売れる。双眼鏡の倍率を戻し、右に左にと見渡す。やや暗く濃い緑の葉を茂らせる樹木が立ち並ぶ中、持ち主を失ったテントが吹き始めた風に僅かに揺れ動いていた。 他に何かの影は見えない。ファヨンが双眼鏡を降ろした後、淡い緑のデジヴァイスをコートから取り出し操作し、通信を始めた。 「スゴヘッソ(お疲れ)。朝早くから手伝わせてごめんねブロッサモン!後は任せたよ!」 それまでの淡々とした無感情な声音とはかけ離れた明るい口調で連絡を行い、ブロッサモンからの返答を聞いた後、通信を切った。そして、狙撃銃を降ろしたギリードゥモンを同じ言葉で労うと、ノヘモンへと退化させると、落葉の少ない場所を確認して、ゆっくりと歩き始めた。 「さて、朝ご飯、食べに行くよ」 「食べに行く?テントにあるもの使わないの?」 「そ。あ、一応……これ置いて行こうか」 ファヨンはノヘモンに向けて淡い緑のデジヴァイスと【純真の紋章】を見せると、歯を見せ、にかりと笑った。 篤人達が泊まる宿は、食事はついていない。そのため、街に滞在している間は勇太や光達も共に、食事をしている。朝、全員が町外れに集まると先日のうちに買い集めた食材で、調理をしていく。 篤人も三幸も、調理は不得意だった。一番慣れてるように見えた勇太は、「まず頑張ることと、回数だと思います……」と、困ったことがあったような顔をして、二人に答える。 そうやって悪い手際で八名分のサンドイッチを完成させ、食べようとした時、ファングモンとデビドラモンがを動かし始めた。 「どうしましたの?ファングモン、デビドラモン」 「誰かこっちにきてる……敵意は無さそうだが」 やがて靴音が聞こえ、それが徐々に近づき始めると、篤人の視界にはダークグリーンの髪が映り、困惑の感情が、一瞬で全身に広がった。 「アンニョン(おはよう)!勇ちゃん、今日の朝ご飯はサンドイッチ?」 「は!?ファヨンさん!?なんで!?」 推定13時間、あまりにも早すぎたファヨン達との再会に、全員が閉口した。そんな様子に構わずファヨンは、地面に敷かれたシートの上に座る勇太の後ろから首に両手を回し、そのまま座る。 「あ、あの……離れて……」 勇太は照れつつも、少し嫌がった様子で首に動かすが、ファヨンは構わずに全員の手許に置かれているサンドイッチを見て、話しかける。 「勇ちゃん。お姉ちゃん達の分、ある?」 「アンタらの分はねぇ!帰れ不審者!!」 勇太の隣に座る光が、虎の咆哮のように怒鳴りつけるとファヨンは小さく謝罪し、惜しそうに離れた。このやり取りを見て篤人は、見捨てる訳にもいかなかったが、したいようにすればいいと勇太に言ったことを今になり、悪く思い始めた。 「あの、ファヨンさん?昨日確か……後は何とかなると言ったはずでは……?」 「何とかなったし材料費くらいは出すよ。ま、可愛い弟に会いに来たってことで!」 「結局、朝ご飯は厄介になる気だよ勇太」 三幸の言葉にあっけからんと返すファヨンに、ヴォーボモンはため息をついた。 結局、材料費くらい出すならと、2つ余ったサンドイッチをファヨン達に渡すと、ファヨン達は大喜びで頬張り始める。 「またこのアホがすまない……が、今回はすぐに返すから見逃してね勇ちゃん」 「ノヘモン…君まで気安くそう呼ぶの…?」 少し申し訳無さそうな様子こそ見えるも、気安く呼ぶノヘモンの言葉に勇太は顔を引き攣らせた。 「ったく!こいつのお人好しにも困ったもんよ!っていうか片桐!アンタにも責任あるでしょ!」 不満はあれど仕方なさそうにしていた光が、昨日のことを思い出したのか、篤人に食って掛かる。ジャンクモンがそれを宥めるが、篤人はサンドイッチを一口齧ってから、口を開いた。 「でも鬼塚さんは、そんな日野君が良いよね?」 「はあぁぁぁぁ!?」 無表情に篤人に、怒りと照れが激しく駆け巡りファングモンの毛皮の色のような赤い顔で、光は今にも牙が伸びそうな形相で篤人を睨む。 その様子を見てファヨンは、からかうようにニヤリと笑い、勇太は……何かを押し込めるように、俯いた。たまたま視線がそれらに向いた光は、湧き上がった感情を無理矢理引っ込めるように、ドサりと座り直して、牛乳を一気に飲み干した。 そのやり取りを終えたのを見計らい、三幸が篤人の肩を軽く叩く。振り向いた篤人は、何か言いたげに眉を下げた表情をする三幸に、ここじゃ言いにくい?と聞くと、三幸は首を、縦に降った。 勇太達に、ちょっと離れるね。とだけ伝え、篤人達はファヨンの姿が見えなくなる所まで離れると、三幸は、苦々しく口を開いた。 「篤人さん。昨日、ファヨンさんの持ってたデジヴァイス……ひと屋の鳥谷部って人のと同じで……」 戸惑いながら話す三幸の言葉で、ファヨンが自分に向けた目やファングモンが怪しんだことを思い出し、篤人が疑問に感じた点が、線になった。 「まず、教えてくれてありがとう犬童さん」 硬い笑みで三幸に礼を言うと、そこからは吹き上がった暗く熱い感情を押さえつけるように、抑揚なく、口を開く。 「ただ……仮にあの人それを言った所で、シラ切られて終わるよ」 「むしろそれだけならいいまであるぞミユキ。下手なことしたら、ユウタやヒカリも巻き込む」 篤人とファングモンが眉間に皺を寄せながら話す様子を見た三幸は拳を握りしめ、不服そうに答えた。 「歯痒いですが……勇太君や光ちゃんを巻き込むのは、御免被りますわ」 「ま、あいつにはこっちの話をしないってだけでも、取れる手段にはなるぜミユキちゃん」 「ジャンクモンの言う通りだよ犬童さん……そろそろ戻ろっか」 「へぇ……今日は、東のほうに行くんだ」 「はい。夕方か夜には、戻るつもりです」 話の最中、勇太から依頼の行き先を聞いたファヨンは、一瞬ノヘモンに視線をやったあと、濃紺のデジヴァイスを取り出し、操作を始め地図の画面を開くと、しばらく無言で眺めた後、ノヘモンにもそれを見せてから、口を開いた。 「あの辺、整備されてない荒地だから……足元、気をつけなよ? 後さ、生い茂った雑草や低い木に隠れて、小型のデジモンが不意打ちしてくるのにもね?」 予想もしなかったファヨンの忠告に、勇太達は思わず固まった。 「アンタ、ひょっとして行ったことあるの?」 「いや?地図は見慣れてるのと、ノヘモンじゃ自分の足で歩くしかないからさ」 光の問いに半笑いで答えたファヨンは、僅かに残ったサンドイッチを、そのまま口に放り込んだ。 「チャルモゴッスムニダ。ありがとね、勇ちゃん……あっそうだ。この前のお礼と材料費含めて、お姉ちゃんがお小遣いあげる」 「え!?そ貰えませんよ!!」 「いーのよ!ほら、デジヴァイス出して!」 ファヨンの圧に押されてデジヴァイスを出した勇太は、ファヨンが操作をする濃紺のデジヴァイスから送信された記録を見て、顔を強張らせ、固まった。 「……あれ?どうしたの?」 「……ファヨンさん?あの、操作間違えました?」 ファヨンが勇太の言葉に目を丸くしている間に、篤人達の「ごめんよ」と少し申し訳無さそうに声と、足音が聞こえた、その瞬間ファヨンは、誰にも目を見せないように、一瞬だけ俯いた。 「片桐!この不審者、今度はお小遣いとか言ってんだけど!!この前無一文だったクセに!」 「……多少のお礼と材料費なら、受け取って文句無いと思うけど」 「……あの、俺のデジヴァイスを見てください。見間違いかもしれないので」 勇太の間違いであって欲しいという願うような声音を聞き、篤人は勇太のデジヴァイスの画面を覗いた。 送金記録・60000bit それだけが表示された画面を見て、篤人は少し目を細めた後、眼鏡を外して目を擦ってから、もう一度見直した。 またしても、同じ文字が表示されている。篤人は周りに一応確認してとだけ伝えると、ファヨンを向き、問い始めた。 「ファヨンさん。昨日のことがあるにしても奮発しすぎです。というより…昨日無一文だったあなたが、なんでこれだけのお金を?」 「あー……もう一つのほうにはあったの。今度はそっちを、テントに忘れちゃったけど……」 その後ろで、送金記録を確認したヴォーボモンや三幸の驚きの声や、ジャンクモンの操作ミスを疑うような声を聞きながら、ファヨンは額を右手人差し指で掻き、困った声音で答えた。 何か隠してるか、何かをした後だ。篤人は確信して……後ろの仲間達に目をやると、光が、ファヨンに向けてゆっくりと、近づいてくる。 「悪いけど片桐、私もコイツに聞きたいことがある」 冷静な口調から、何かが漏れ出ているな雰囲気を感じた篤人は、背筋に冷たいものを感じ、無言で引き下がった。 「ファヨン。アンタ……勇太にして欲しいことでもあるわけ?」 自分が見てきた物に対しての嫌悪感や暗い怒りの混ざった目で、低く光は問いかけたが、ファヨンは……目を丸くして、きょとんとしていた。 その様子に違和感を感じた光が、改めてファヨンの暗い緑の瞳を、じっと見る。まるで、頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるような、目。 やがてファヨンが、ゆっくりと勇太のデジヴァイスを確認すると……口で手を覆い、申し訳無さそうに返した。 「……ミアーン……一桁多かった……」 「またかアンタ!こいつの人が良いことに感謝しなよホント!!」 それから操作し直し、6000bitの送金を行う。それでも勇太は、受け取ることを渋ったか、ファヨンとノヘモンに押され、苦笑いを浮かべ、謝礼を受け取った。それから依頼に向かうために去って行く勇太達を見送ると、ノヘモンがファヨンに、問いかけた、 「……どうするの?ファヨン」 問われたファヨンは、デジヴァイスを操作し、篤人達が通るであろう道の地図にしばらく眺めると、ノヘモンにその画面を見せた。 「山林地帯。街道を通るなら……ここから狙える?」 「十分。他は?」 「協力者が2人は欲しい。これは……試したいことがある。上手くいったら分断も狙える」 「雇うか本部に連絡ね……まぁ、刺客を送るよりはマシな動きって所?」 「そうね……最悪は見逃して、行き先だけ連絡しましょ……ところでさ、ノヘモン」 ノヘモンが何?と返すと、ファヨンは苦い顔を浮かべ、口を開いた。 「小学生?のお小遣いに6万円って多かった?最近の子供ってさ……お金かかるって聞いたけど……」 「多い多い、アンタがどうだったか思い出しなさい」 「……あの頃にはコンビニくらいしか行かなかったから、分かんない」 思い返し、沈んだ顔で答えるファヨンに、ノヘモンは、沈黙で答えるしかなかった 依頼を終えた篤人達は、足元が小石や雑草に塗れた荒地から整備された街道に変わった所で、休息を取ることに決め、草むらの中に無造作に置かれた家電のオブジェの近くにシートを敷くと皆が思い思いの場所に座り、ミネラルウォーターに口をつける 「ふぅ……お二人とも、明日でお別れですのよね」 一息がついた所で、三幸が勇太達に向かい、少し名残惜しそうな顔で話しかける。 「ま、短い間だったけど嫌じゃ無かったわよ……妙な不審者にも会わなけりゃもっと良かったけど」 「デビドラモン、あの人と会いたくない……」 ファヨンのことを思い出し忌々しそうに口を開いた光の言葉に、デビドラモンが不安げに俯きながら話す。その様子を見た勇太やヴォーボモン、テイマーである光は、意外そうに目を丸くした。 「あのファヨンって人、なんだったんだろうね勇太……お姉ちゃんじゃないのは分かるけど」 「考えんじゃないわよヴォーボモン!あいつは妙に間抜けな不審者!!それだけよ!!」 「落ち着いてね光……でも悪い人、では無さそう、だったし……変わってる人、ってだけかな……」 思い返し憤る光を一度宥めてから、適切な言葉を探るように歯切れ悪く話す勇太を見て、篤人は三幸の話を思い返し、腹の底から湧いた悪い人かもしれないという言葉を押し込むと、水を飲み干し、無表情で答えた。 「ああいう人もいるのは、現実もデジタルワールドも同じって「ご、ごめん!助けて!」 助けを求める声に、皆が振り向くと、片腕を押さえ、痛みからか歯を食いしばり顔を顰めているガオモンが、街道外れの草むらからゆっくりと篤人達に向かって歩いてきた。それに勇太が真っ先に近づくと、押さえている腕の観察を始める。 「これなら回復ディスクでどうにかなるね……でもどうしたの?」 「誰のかは分からないけど、銃弾か何かが当たっちゃって……うん、ありがとう。」 勇太はヴォーボモンが持ってきた回復ディスクを、ガオモンに使うと、腕を振り回して感触を確かめてから勇太に礼を言うと、少額のbitを渡し逃げるように去っていった。 「リボルモン辺りの流れ弾かな……大した怪我じゃないし良かったけど……」 去っていったガオモンを見送り終えると、篤人は眼鏡を外して目を擦り、考え始めた、 「ちょっと片桐。面倒になる前に戻るわよ。こんな時間に巻き添えは嫌よ私」 少し苛立った様子を見せた光に視線をやると、あたりを見渡す。街道を進めば、もう1時間程度で街に着く。ただ、夕焼けが夕闇に変わりつつある中、まかり間違って戦いに巻き込まれるのは、光の言う通り、面倒になる。 「鬼塚さんの言う通りかな……ジャンクモン、デストロモンにはなれそう?」 勇太も三幸も考えた様子を見せたが、反対はしなかった。 「俺様はいいが……ただの流れ弾かもしれねェのにいいのか?お前も疲れるぞ?」 「暗い時に面倒を避けたいだけだよ。デストロモンになって……山林側は避けて、戻ろうか」 ジャンクモンの言葉に少し申し訳無さそうに篤人が返すと、黒と紫のデジヴァイスを取り出した。 「よし。ジャンクモン、進……」 デジヴァイスが輝く前に、銃声のように聞こえた音と、悲鳴が聞こえた。その瞬間に篤人は進化を取りやめ、音のした方向へ、駆け出した。 「すまん人間!なんか持ってねぇか!?」 街道外れの冷蔵庫のオブジェを背に座り込み、足を抑え苦悶の表情を浮かべるフーガモンに話しかけられ、駆け寄った三幸が回復ディスクを使用した。 「傷は大丈夫……あの、さっきの音はどこから?」 「すまねぇ……多分だが、あっちのほうだ」 傷が癒えたフーガモンがゆっくり立ち上がると、山林の方に指を差した。 「この辺、ギリードゥモンかバルチャモンの縄張りなんてないんだがな……。 とにかく助かったぜ。お前らも気をつけろよ」 フーガモンは何度か足を上げ下げした後、幾らかの果物を三幸に渡し、立ち去っていく。 篤人はフーガモンが指差した、山林の方に目をやる。夕闇の僅かな橙色が映る暗い木々が、風で揺れ動く。輪郭すら分からない存在が、銃口を向けているかもしれない。 腕を撃たれたガオモンもまさか?そこまで思うと篤人は、早く戻ろう。そう口に出そうとした。 「片桐さん。俺、放っておけません」 篤人より先に、勇太が、口を開いた。 「ちょ、勇太!」 「勇太君の言う通りです篤人さん。縄張りの主張にしても、流石にやりすぎです!」 「あんたもか三幸!」 勇太の言葉に続いた三幸に、光は短く吐き捨てた。 「待ちな。夜の森は流石に危険だぞ……オレが言うんだ。間違いない」 ファングモンは目を逸らし、思い出した事柄から苦々しく唸りながら話す。三幸はそれを聞いてすぐに落ち着いたようで、苦々しく話すファングモンに「思い出させてごめんなさい」と小さく謝った。 「これはファングモンの言う通りだよ。やるなら明日、準備をして明るくなってから」 「結局、片桐もか……ったく!誰だか知らないけど最後の最後で!!」 篤人の判断を聞いた後、光は山林の方を向き、悪態をついた。 「……おい片桐!決まったんならさっさとデストロモンわ「みんな!散って!!」 突然のデビドラモンの叫びに、反射で全員が散らばった。僅かに遅れて耳に入った重い射撃音と共に、地面が貫かれる。篤人が窪みに視線をやると、薄茶色の種が草むらを穿って、地に埋め込まれていた。 「アツト!あいつらが撃たれたのこれか!?」 「まだ分からない!でも、そう思う!!」 ジャンクモンの疑問に篤人が返すと、すぐにデジヴァイスを取り出し、進化をさせようとした。しかしその瞬間、地を穿った種子が急速に芽吹くと、鮮やかな緑色をした茨が次々と伸び、散らばった篤人達を分断する壁のように、急激に成長していく。 「ヴォーボモン!この茨、焼き払える!?」 「やってみる!……プチフレイム!!」 勇太の指示を受けたヴォーボモンが口から小さな炎を吐き出すと、茨は燃えて灰へと変わり、茨の壁に黒く焼け焦げた穴が穿たれた。 「よし!これなら進化すれば……あっ!?」 しかし、穴はすぐに再生して伸びた茨で、再び塞がった。ならばと三幸がファングモンをヘルガルモンに進化させ、茨の壁に爆炎風を浴びせたが、更に大きく焼けた穴は、すぐ同じように再生するのみであった。 「ちょっこれやば……勇太!」 「犬童さん!日野君をお願い!!こっちは僕と鬼塚さんで何とかする!」 茨で埋まった壁の向こうに残された篤人と光の姿を、三幸は言葉を返す間もなく見送ると、歯を音を立てて軋ませてから、右頬の裂傷に手を触れた。 「三幸さん!早くこの壁を何とか!」 「勇太君。気持ちは分かりますが……少し、耐えてもらいますわよ」 三幸の言葉を聞き、勇太は喉元から出た言葉ごと押し込めるように、唾を飲み込み、堪えた。その姿を見た三幸は小さく礼を言うと、右頬の裂傷に手を置いたまま、話し始める。 「勇太君。私達……多分、狙われましたわ。そうじゃなければ、分断までするか怪しいですもの」 「狙われた?誰に?」 「そこを考えるのは後にするぞヴォーボモン……来やがった……」 ヘルガルモンが固唾を飲み込むと、いつしか夕闇から夜の闇へと変わった草むらを踏みしめる音も共に、がしゃりと金属が擦れる音が聞こえてきた。 夜の世界にもなりなお映える、銀の甲冑を纏い、両肩に赤い花を咲かせた騎士のようなデジモン、ブルムロードモンが三幸と勇太の前に現れると、一切の言葉もなく、花の槍を二人に向けた。 「勇太君!援護を頼みますわ!!」 「はい!……ヴォーボモン!超進化!!」 勇太が傷だらけのデジヴァイスを取り出すと、ヴォーボモンは黒い鉱石を鮮やかな色で赤熱させた、巨大な翼を持つ竜へと姿を変えた。 「切り抜けるよ!ラヴォガリータモン!」 「うん!……ヘルガルモン!」 「ああ、しっかり働いて貰うぞ!!」 ラヴォガリータモンに言葉を返すと、ヘルガルモンは爪に炎を纏い、ブルムロードモンに突撃した。 篤人は壁の穴が塞がっていくのを見た瞬間、すぐにデストロモンへと進化させた。ライジンモンとの戦いで果たした山のような巨体の半分程度、それでも、大型の完全体よりも頭一つ大きな姿。 「デストロモン!話せる!?」 「アツト!これなら問題ねェ!」 パートナーと意思疎通が出来ることを確認した篤人は、すぐに光の方に視線をやった。篤人の目と茨の壁を交互見て、すぐにデビドラモンをレディーデビモンに進化させた。 「ああもう!よりにもよってアンタと!!」 「不満は後で好きなだけ吐いて!まずどこに敵がいるか……」 「みんな!上!!」 不満を吐く光に対して顔も見せずに篤人が答えながら、周りを見渡そうとしたが、レディーデビモンの声に反応し、咄嗟に上を見る。空から突風のような音を鳴らす細い茨が、デストロモンに迫っている。それに気づいたデストロモンが、左腕の大爪を振り上げ迎え撃つ。 茨……ではなく、茨の鞭の切っ先が爪に触れると、大砲のような轟音と共に、デストロモンの爪は、鉄の杭を撃ち込まれたように砕け散った。 「デストロモン!?」 「っぐ……かまうな篤人!大砲は無事だ!」 デストロモンは、苦悶の声を堪えながら鞭が波打ち戻る方へ、三連装砲を構えた。それから軽い着地音と共に現れない薔薇の女王とでも形容すべきデジモン、ロゼモンの手元へと戻っていく。 「あの白髪の子か……中々、可愛いわね」 ロゼモンが鞭を振り回しながら、薔薇の意匠で隠れた目からも感じられるような、値踏みをする視線と言葉を、光に向ける。 「さっさと引っ込め不審者!幾ら私が美少女だとしても!そういうのはお断りよ!!」 「帰れおばさん!!」 それに対した光とレディーデビモンの罵倒に、ロゼモンは僅かに苛立ちから口元を歪ませる。 「おい片桐!さっさとあの不審者吹っ飛ばして勇太達と合流するわよ!」 「そうだね……デストロモン!」 篤人の言葉に応えて、デストロモンは三連装砲から光弾を放つ。それに対しロゼモンは鞭を瞬時に縮めて振り回すと、それを弾き、防ぐ。 「レディーデビモン!あんたは上から!!」 「オッケーひか……」 レディーデビモンが飛び上がった瞬間、何かを察し飛び上がるのをやめると、左肩と翼を、何かが貫いた。 「ちょっと!何が「鬼塚さん!まずこっち!!」 撃ち抜かれた左肩を抑えるレディーデビモンに光が駆け寄るが、すぐに篤人は腕を掴み、デストロモンの脚部の後ろまで引っ張った。 ロゼモンの鞭が、レディーデビモンに風を引き裂くような音を立てて迫る。デストロモンが庇うように鞭に向けて爪を振り下ろす。それを見たロゼモンは鞭の軌道を変え、下から振り上げ、切っ先をデストロモンの腕へと突き刺した。 苦悶の声を漏らすデストロモンが苦し紛れに反対の腕の三連装砲から光弾を撃ち込むが、引き戻し再び振るわれた鞭は、光弾を弾いた。 レディーデビモンはその隙に、デストロモンの後ろに隠れた。 「レディーデビモン!何があったの!?」 「わかんないけど撃たれた!何か変な音が聞こえると思って飛ぶのやめたけど……飛んでたらデジコアに直撃したかも!」 デストロモンの足を遮蔽物とする形で、光が撃たれた左肩を抑えるレディーデビモンから 「片桐!多分助かったけどさ……乱暴よアンタ!」 「僕は日野君みたいに優しくないんだ。我慢して」 不満を吐く光に目線も合わせずに答える篤人に、光は舌打ちをしてから冷静さを取り戻そうと、大きく息を吸い込んだ。 「……まず敵は、目の前のロゼモンと。多分犬童さん達の所にもいるのと、隠れて撃ってきた奴」 「こっちは、撃たれて飛べなくなったレディーデビモンと……下手に動けないデストロモンね」 「……鬼塚さん。まず、出来ることを探そう」 ロゼモンの背後に広がる山林の木々が、篤人の目には、無数の銃口のようにみえた。 「全員デストロモンの後ろに隠れた……勘の良いレディーデビモンね。飛んでたら一発だったのに」 「デストロモンのデジコアは……胸部だけど、この距離であの装甲を撃ち抜くのは無理よ」 約1km離れた山林地帯、デストロモンに向けて銃口を向けるギリードゥモンが、忌々しく口を開いた。 それを聞いたファヨンはしばらく間を置き、茨の壁で隔たれたブルムロードモン達の争いのほうに、双眼鏡を動かしたり 「ロゼモンにはデストロモンの胸部装甲を削るように指示を出す。ブルムロードモンのほうは……勇ちゃんを傷つけたくないから、慎重にね」 「随分こだわるわねファヨン。昔、何かあった?」 「何も無いよ。ただ、弟が欲しいだけ」 「……まぁ、いいわ。しっかりアンタも見るのよ」 ギリードゥモンの呆れた返答を聞くとファヨンは口元を真一文字にしたまま、【弟】と【抹殺対象】の姿を双眼鏡越しに見つめ直し、小さく呟いた。 「もう少し離れろ犬童……勇ちゃんに返り血がかかったらどうしてくれんのよ」