この人族領域の大半を下界と呼び憚らない田舎者のエルフが、何故にその下界で旅をしているのかと言うと村の掟のせいだとは以前一度聞いたことがある。その際にこの旅の終わりがいつになるかと聞かなかったのは、旅の終点があるということを受け入れたくなかったからだ。 出会ったころに比べるとお互い随分強くなったものだし、何よりこのエルフの周囲への反応も随分と変わった。出会ったころというのは初対面の相手を無能呼ばわりして平気な顔をしてみせておりそれはもうあたしも腹を立てたものだが今は力を示してみせろとなるほどには軟化した。相も変わらず上からの目線だが、初対面同士の冒険者ならお互いの実力を確認し合うことは当然だろう。 村の掟とやらが──見聞を広めるためなのか、それを以て本人に成長を促すためのものなのか、それをあたしは知らない。知らないけれど、あたしの相棒はどちらもしっかりと果たせていると思うのだ。だから、最近はとみに思う。別れの時が近付いているのではないかと。 エルフの時間感覚ならばもっと長く続くものかもしれないし、けれどあの下界下界と蔑む様子を見ているとやはり早く故郷に帰りたいのだろうな、とも思ってしまうわけで。結局ちゃんと確認しないあたしが悪いと理解しながら、現実があたしに都合の悪い方だと嫌だから聞けていない。 ゴロンと同じように寝転がって、手を取る。手入れの所作が綺麗だと褒めてくれた羽で二人を包んで──羽の方をどう思われているのかは知らないけれど──この寝方も随分と馴染んだ。寝付きは向こうの方が断然いいから、寝静まった頃にあたしが勝手にこうすることも多いけど起きている時にしても受け入れてはくれるから嬉しい。正直、依然はどうやって寝ていたのか分からなくなってしまうくらいには、この寝方は馴染んでしまった。 十数年の孤独にうち震えた魂は、すっかり寝食を共にする存在に絆されてしまって。だからこそそれを失うことに怯えてる。 離れたくないから手を繋いで。失いたくないから羽で包んで。ただ何となく、いたずらのようなつもりで始めたそれに、いつしか別の意味を求めて繰り返してる。 「ヤだなあ」 しくりしくりと胸が痛む。別れの時が決まったわけでもないくせに。勝手に想像して悲しんでるだなんて、そんなの知られたらどれほど馬鹿にされるか分からない。 「ヤだなあ……」 どうせエルフなんて馬鹿みたいに長い時間を生きるんだからあたしと一緒にいてくれたらいいのに。そう考えてしまう度に、自分の都合しか考えていない浅ましさに嫌悪する。帰りたがっているに違いないのに。 「嫌だよ、ナヴィエ」 あんまりブツブツ言ってると起こしてしまうから、意識して口を噤んだ。目を閉じて心を落ち着かせようとして、重ねた手から伝わってくる体温だけに意識を向けた。 十数年の孤独から、得ることが出来てしまった温もりが失われたら。あたしは次に訪れる孤独に耐えられるかが分からないから、せめて今だけでもとあたしは自分に嘯いて身を寄せた。