『それでは全ゾンビィ位置について……よーい……』
『フランシュシュ、発進！！』
山田たえによるやけに気合のこもった合図でゾンビィは走り出す。
玄関口から駆け出して、目指すは二階北北西の衣装倉庫。
行く手には当然のごとく吹矢・鉄檻・吊り天井。
これ後片付けどうするんだろうと一人不安になったのはスコンと頭を射抜かれた紺野純子である。
しかし各々七年もゾンビをやっていればちょっとやそっとの殺人トラップに音を上げるわけもなく、各ゾンビ馬は力付くで罠を蹴散らしていく。
なおもし五体満足でゴールにたどり着くゾンビが出なかった場合牛肉は没収、運営側で独占する約定になっており、幸太郎のトラップ作りにわりと本気で協力した山田たえも今や立派にフランシュシュの一員だと言えよう。
「あーくそ扉閉められとる！鍵ん場所のヒントは……グラサンが3日前営業帰りに寄った店ェ！？
　ざっけんなそんなんヒントにならんかろーが！」
二階堂サキの怒声を聞いたゾンビ馬達は即座に六方へ散開、各々がヒントのヒントを探して洋館一階を駆け巡るフェーズに突入した。

洋館を走りながら水野愛は思った。
『そんなんヒントにならんかろーが！』
サキの言う通りだ。こんな"分かって当たり前の事"がヒントになるはずがない、答えを言っているようなものだ。
となれば散らばったのはブラフで、本質は走力と暴力の勝負。そうなればどちらも突出しているとは言い難い自分の不利は明白。
「……？」
などと案じていたのだが、分かりきった正解ルートを駆ける愛の前に立ちはだかるゾンビの影はない。

いや。
だって。
アイツの3日前って玄海町だったでしょ、「クチゾコが美味かった」ってウザいくらい自慢げに話してたじゃない。クチゾコって靴底の訛りでしょ？お土産だって買ってきてくれたんだから印象に残ってないはずが……
あ。
そっか。
わかんないんだ、皆。真剣に聞いてないんだ、アイツの仕事の話なんか。そうだよね、アイツウザいもんね。結構頑張ってくれてるけど、アタシ達のために。
そっか、そっかぁ。

愛は口の端が吊り上がるのを抑えきれなかった。
なんせ真実に気付いてるのは推定自分だけである。あとは鍵を確保してしらばっくれつつ再集合し、タイミングを見て扉を開け逆から鍵を閉めてしまえばいい、佐賀牛10kgは私のモンである。
それにしても幸太郎の奴も可哀想だ、他の誰にもこのクイズが解かれなかった時の心境を思うと心が痛む。
勝利の暁には普段のねぎらいも兼ねて夢の焼き肉タイムに同伴させてやる事もやぶさかではない。150gまでなら佐賀牛も下賜してやろう、咽び泣いて喜ぶに違いない。
脳内で華々しい勝利の予祝をしながら伝説の平成アイドル・水野愛は靴箱へとウイニング・ラン。
迂闊であった。
「愛ちゃん……ザコ敵みたいになっとーよ……」
やや軽蔑の目線を向けながら並走してくるのはさくら。
一転して驚愕に目を見開いた愛がセルフボディチェックを施せばあら不思議、右耳が二つも付いている。
「ちょっとズルくない！？体重微減ってそういうこと！？」
「佐賀牛やもん私だって食べたかよ！！」
ギャアギャアと言い争いながら走る音を他のゾンビも聞きつけて、水野愛の圧倒的アドバンテージは早くも水泡に帰すのだった。

ところ変わって実況席。
監視モニターに囲まれて、二人のアダルトは景気よく鍋島の蓋を開けていた。
モニター越しに苦悶するゾンビの絶叫がいい肴である。
「悪いわね、お酌までさせちゃって」
「気にせんといてください。後輩が先輩ば立てるのは当たり前んことです」
「先輩……ね。巽くん、前から思っていたけれど、私を相手にすると少し堅苦しくない？」
「は……」
「図星であった。ネクロマンシーの際「たえ先輩はがば強かけど性格もがばアレやけんな、29の独身やけんな、ぜぇったいふざけたらアカンぞ。スコップでドス！やけん」なる親切なアドバイスをいただいて以来、幸太郎は自我のある山田に対しては慎重に慎重を重ね接していた。それを見透かされた形である。
……と、言ったところかしら？」
「人のモノローグを読み上げんといて下さい。どこから知っとるとですか」
「女の勘よ、あとあなたは色々顔に出過ぎです……まぁいいわ、懐かしい顔も浮かんだし今回は不問とします。ホラ、巽くんももっと飲んで。先輩命令」
「……いただきます」
酒の具合か思い出か、更に機嫌良く酒瓶を空けはじめるたえに幸太郎は安堵の息をつくのであった。

閑話休題。
「いや館中にデストラップ撒いといて実況席でなん酒盛りしよっとや全部聞こえとんぞあんのボケグラサン！！！！」
ブチギレた二階堂サキのボルテージが上がる。
「乾くんは山田先輩がいいんですね。おっぱいが大きければ誰でもいいんですね。」
ブチギレた源さくらの暗黒面が顕現しかける。
新鮮な佐賀牛を求め蠢くゾンビ馬達はゾンビでゾンビを洗う大混戦の真っ最中であった。もうそこら中に誰のか分からない手やら足やらが転がっている始末である。
純子が苦し紛れに生やした幻覚キノコの胞子で全員ラリゾンビになったり、リリィが仕込んでいたロメロが突如巨大化してレイドバトルが始まったりとすったもんだでもう3時間。
長編映画でも終わる頃合いになって、6人はようやくゴール目前までたどり着いた。
ということは、つまり。
「巽くん、スコップ！」「はい」
「良し……よくここまで這い上がってきました、ガッツ溢れるゾンビィ達。ここを通り佐賀牛を手にしたければ私を踏み越えて行きなさい！……ひっく」
「たえちゃん……！」
後はすっかり出来上がっているラスボスを倒すだけである。

瞬殺であった。
宇宙人とのやり取りを経て一回り強くなったゾンビィアイドル・フランシュシュ。もし地方アイドル最強ランキングなる不毛な企画があるのなら間違いなく最強格である。
しかし相手は山田たえ。ザ・ファースト・ゾンビィ。しかも自我と愛用のスコップ二本を取り戻し、いい感じに銘酒・鍋島が回った脳は手加減を忘れ、むしろ酔拳作用で彼女の持つ天与のスペックをブーストする。
最も粘ったゆうぎりですら五合の打ち合いが限界、残りは描写もなくバラバラ死体である。
「この程度ですかフランシュシュ！矜持を見せなさい、源さくら！ひっく！！」
「たえちゃん……私達は「この程度でありんすかさくらはん！！矜持を見せなんし！！！！」
辛うじて右足と胴体が繋がったままのゆうぎりが放つ渾身のサッカーボールキック。
なんか良い感じのセリフをキャンセルされ「ぶーっ！」とか叫びながら宙を舞うさくらの頭。あんぐりと口を開けて見送る幸太郎とたえ。
無論、さくらがふっとぶのはゴール方向である。
無論、全てがさくらの狙い通りである。

ずっと思っとった。私は持っとらんって。でも幸太郎さんは言ってくれた。俺が持っとるって。
水害の時は逆やった。
持っとらんって落ち込んどる幸太郎さんを、私が持っとるもんで元気付けることができた。
ふしぎやね。持っとらんのと持っとるのって、まるで磁石のごとある。
私、持っとらんくてよかった。どっちもあるけん、くっつけるとやもんね。
そう。くっつけるとよ。私達、ゾンビィやけん。
「ゾンビィ・マグネット・パワー！！！！」
バカバカしくても、荒唐無稽でも、叫んで動いて暴れてしまえば。
サキちゃんの右足が、純子ちゃんの左足が、ゆうぎりさんの左腕が、リリィちゃんの右腕が、愛ちゃんの胴体が。
持っとる皆のパーツが、持っとらん私のぶっ飛ぶ頭に引きつけられて──
全員であり誰でもないそれは、言うなればフランシュシュの怪人。
いびつな五体満足は、確かにゴールの地を踏んだ。
山田たえは苦笑する。
こんな手段で超えられてしまったのでは、達成感も何もあったものではない。
ただただゾンビという存在のアホらしさと、それを活かしきったさくら達の根性に感心するだけであった。

協議は難航した。
六人全員が「自分がゴールした」と言い張って譲らず、ついには取っ組み合いの喧嘩すら始める始末。
山田たえはついさっきの感心を一切取り消し、やはり自分がもう少し全体を引き締めなければならない、と使命感を新たにした。
結局のところ佐賀牛は全員で円満に分け合うことになったのだが、ここで余計なことをするのが巽幸太郎という男である。
「実は……デザートがありまぁ〜〜〜〜すっ！モッチモチモチモチしたスイーツじゃい！どや〜？美味そうじゃろ〜？競馬が一走で終わるかボケェ〜〜〜〜」

「愛、オメ肉がば食いよったし苦しかろ。無理すんな」
「あら、二階堂サキともあろうものが盤外戦術？負けるのが怖いの？」
「巽さん、後でお話があります」「おや、純子はんから闘志とは……面白そうな気配がするでありんすね」
「リリィももっかいやるー！！！」
「たえちゃーん！ほら、今度はたえちゃんもっ！」

馬鹿騒ぎはまだまだ終わらない。
長い夜が来ようとゾンビィ達は眠らないのである。

ﾊﾞｹﾓﾝ
さくら…

ほんとに愛ちゃんしかわかってないのよか…

大長編過ぎる…

いいもん見た…

山田先輩のかつての活動拠点だから洋館コースの解説に最適すぎる…

５番と６番逆では？

ゆうぎり姐さんすら五合の打ち合いで斬り伏せる山田は何者なんだ…しかも酔ってて

姐さんもバカ強いけど荒事専門だからな山田先輩

ダブルスコップ
くぅ〜これこれ山田先輩の必需品

玄海町でも食えるかもしれないけどクチゾコが採れるのは有明海側だぜ！

人間の時点でサガコと戦ってきた女だから
ゾンビィ状態ならさらに強くなってやばーい

さくら
あなたもダブルスコップで戦う術を身につけるのです
私が直々に教えますね

ファーストゾンビィの馬名感

>さくら
>あなたもダブルスコップで戦う術を身につけるのです
>私が直々に教えますね
山田先輩さくらちゃんに甘いな…

ところで山田先輩なんで普通に自我取り戻してんですか

>ところで山田先輩なんで普通に自我取り戻してんですか
なんやかんやでドーン！！じゃいかんのかーい？