幼馴染の定義とはなんだろう。 小さい頃から一緒にいること?気の置けない仲であること? オレは、幼馴染とは「対等な関係」のことだと思っている。 サーナイト。物心つく前から一緒に育ってきた、妹みたいな幼馴染。 いわゆるオヤブン個体であるあいつは、確かにデカかった。ラルトスの頃から人間であるオレと身長変わらなかったし、キルリアに進化した時はオレの身長を抜かしたこともあった。 でも、それは幼い頃の話。オレが二次性徴を迎え、あまり高身長とはいえないまでもそれなりに背を伸ばしてからは、キルリアに身長が負けるなんてことはなかった。生来のおっとりした性格もあって、キルリアはいつもオレの後ろでぼーっとしているような、まさしく手のかかる妹といった風情で我が家の一員になっていた。 「………は…?」 そう、彼女がサーナイトに進化するまでは。 まばゆい光に包まれ、念願だったサーナイトに進化した時。 ──その身長は、控えめに見積もってもオレの1.5倍。 とんでもない巨体に育った幼馴染が、そこに鎮座していた。 果たして、あなたに想像がつくだろうか。 つい昨日まで妹みたいに可愛がっていた幼馴染が、いきなり2メートルを優に超える長身へと進化を果たした時のオレの気持ちを。 「サナ…♪」 「うおっ…!?やめろサーナイト!オレはぬいぐるみじゃな…っぷ!?」 進化できたことが嬉しいのか、軽々と俺を抱き上げるサーナイト。進化してサイコパワーによって肉体が強化されたのかと思うかもしれないが、そうじゃない。 元々要領が悪く、エスパータイプのくせにサイコパワーの行使が得手ではなかったキルリア。長い付き合いで、オレはキルリア、もといサーナイトがサイコパワーを行使する時、無駄に気合を入れてサナナナ…と詠唱する癖があることを知っていた。 つまり、今のサーナイトは純粋に、本来種族的には相応に非力であろう膂力だけで、オレをおもちゃのように扱えるほどの力があるということだ。 のっしのっしと、体格に見合った力強い歩調で家路につくサーナイト。その胸に抱かれたオレは、これから家庭で、学校で、街中で、ことあるごとに訪れるであろう恥ずかしい未来を予感して、既に赤面が収まらないのだった。 その日から、オレとサーナイトの関係性は一変した。 「お……えっ?……マジ?」 「うわ……」 ざわめく通学路を、サーナイトはその巨体をもってずんずんと進んでいく。 結局、進化してからというものサーナイトは隙あらばオレを胸に抱き、まるであらゆる外敵から身を挺して守るように振る舞っていた。家の中でも、外でも、──そして学校でも。 手持ちのポケモンに抱っこされたまま衆目に晒されるオレの姿は、さぞかし奇異に映ったことだろう。 だが、サーナイトにとってはそんなことは問題じゃない。キテルグマやリングマが人里に降りてきて人を襲うニュースが取り沙汰される昨今、こいつにとってはたとえ通学路であろうとも、片時も目を離せないくらい心配な環境なのだろう。 サイコパワーによる感知を張り巡らせ、周囲の警戒を続けるサーナイトが、見上げるオレと目が合う。 サーナイトは、オレに向かって。幼い弟を安心させるかのように、にっこりと優しく微笑んだ。 エスパーじゃなくたって、親密な相手が抱いている感情くらいは読み取れる。つい昨日まで対等だった幼馴染から向けられる感情は、己より弱く愛しい存在を守り慈しむような、漢字二文字でいえば寵愛と表されるそれ。 サーナイトは、オレのことを大切に思ってくれている。故にこそ、今までオレの後ろに隠れ守られる側だったことに負い目を感じていて、守るに足る力を得たのならそれを行使するに躊躇がない、という理屈も分かる。 だがそのロジックに、オレの尊厳は含まれやしない。安全第一、と言われてしまえばそれまでの、理解してもらうにはあまりにも恥ずかしい難題。 あぁほら、今、隣の席の女の子がこっちを見ていた。困惑するその子の横で、友人と思しき少女が苦笑いしている。 サーナイトをどう説得するか、そしてクラスメイトにどう弁解するか、オレはさして良くもない頭をフル回転させながら、幼馴染の胸に抱かれて登校する羽目になるのだった。