入会試験の前半部分は簡単だ。  公用語の読み書きができるかの筆記試験。  簡単な四則演算ができるかの筆記試験。  他の人との受け答えができるかの面接。  つまり、最低限の生活ができるか、に等しい。  ここで躓くやつは、大体の仕事がダメだろう。  だが、こんな辺境の田舎星では、そんな事もできない奴がいくらでもいる。  教会付属の養護施設で育ったステラだが、それだけのことを教えてもらったのは恵まれた方だと言える。神に感謝を。  そして、体力測定にビームライフルを使った射撃試験。  銃のカートリッジを交換し、レーザーサイトを頼りに、的の中心を殺傷能力の無い出力のレーザーで撃つ。  的のセンサーがレーザーが当たったのを感知して中心との誤差を横のディスプレイに表示する。  誤差3、5mm。  この数字は合格ラインなのだろうか。 「おめでとうございます、合格です」  面接試験を受けた部屋で待っていると、受付嬢がやってきてそう言われた。 「これがハンター証明証です。このカードは──」  そう言って受付嬢はハンター証明症について説明をしてきた。  どうやら色々と多機能なカードなようで、ステラは一度の説明では覚えきれなかった。 「わからなくなったら、聞いてくださいね」  一通りの説明が終わると、証明証を渡された。  財布に入る程度の大きさのカードだ。ステラの名前と登録番号が刻印されている。 「では、今日から貴方もハンターです。仕事の探し方はわかりますか?」 「はい、端末にこのカードを差し込んで検索するんですよね」 「はい。それと、カウンターに来てくれればおすすめの依頼を紹介できることもありますよ」 「はい」 「最後に」  急に神妙な顔をして受付嬢が言う。 「貴方は英雄でもプロフェッショナルでもありません。入ったばかりの新人です。弱くて当然です。決して無理をしない事。危ないと思ったらすぐにやめて、逃げてください。いいですね?」 「は、はい」 「では、これで貴方もハンターの一員です。栄え有るハンターライフを!」  こうしてステラは見事ハンターになった。  ハンターギルドの中には、身を守るための最低限の、それでもカタギの人間が見たらひっくり返るような武装をした強面達が、立体映像の掲示板を睨んでいる。  その視線が、新参者に向けられる。 (うっ)  それに一瞬怯んだ後、なにくそ、と睨み返して堂々とした姿勢で  ハンター達の喧騒が聞こえる。  ハンター達の体臭と芳香剤の匂いがケンカして、なんとも言えない臭いになっている。 「屋内は禁酒禁煙です」と書かれた髪が壁に貼られていたが、酒とタバコの臭いがした。  お世辞にもガラの良いところとは言えない。  ハンターギルド。宇宙の荒くれ共をまとめ上げる巨大組織。  かつて、人類は別の宇宙に居たとされる。  そして「何か」が起こり、この宇宙にやってきた。  それは単なる冒険心からとも、強大な外敵の襲来から逃げるためとも、宇宙レベルの災害から避難するためとも、教会の言う通り神々から使わされたのだとも言われている。  しかしやってきたこの宇宙もまた危険に満ちていた。  凶暴で強力な原生生物。  星を食う化け物。  意志を持った自然現象。  物理攻撃の効かない、力ある悪霊。  神の如き万能の力を振るう邪神。  それら人類の脅威を人々はまとめて「モンスター」と呼んだ。  モンスター達は強大で、人類の科学を上回る力を持って人類を殺戮した。  文明は崩壊し、生き残るために同じ人類に手をかけるならず者たちも居た。  それに抗い、モンスターやならず者を狩る者を、人々は「ハンター」と呼んだ。  彼らが協力するために寄り集まったのがハンターギルドである。  その歴史は星間国家より古く、その影響は宇宙中に行き渡っており、「7大国家」でさえハンターギルドに表立って敵対は出来ない。  今日もハンター達は、個人が持つには強力すぎる力を持って、宇宙を駆け巡っている。  広間に戻ってくると、さっきの子がまだ居た。 「ねえ、君」  声をかけると、その子はこちらを向いた。  綺麗な顔をしている、と思った。  顔は目鼻立ちが整っており、帽子に隠れがちな琥珀色の瞳は澄んで、パッチリと開いていた。  顔立ちは中性的で、男か女かわからない。  それでもその子を「少年」だと思ったのは、全体的に漂うキリッとした「雄」の雰囲気からだろう。  ステラがじっと見つめていると、少年は怪訝そうな顔をして、 「何か用ですか?」  と聞いてきた。 「う、うん。君、ハンターになったばかりだよね?」 「違います」  即答された。 「私はハンターではありません。年齢制限に引っかかりました」  そりゃそうか、とステラは思った。  もしこの子が男の子だとしたら小さすぎる。  何しろステラの頭半分くらいまでしか無いのだ。  多分12、3歳くらいだろう。 「えーと、君、なんでこんな所に居るの?」  子供がこんな所に居ては大変だ。  良くて警察に「保護」されて労働施設にブチ込まれる。  悪けりゃ人さらいに捕まる。  最悪殺されて身ぐるみを剥がれる。 「ハンターの方の仕事を手伝って、報酬をもらうところです」 「そのハンター達はどこ?どのくらい待ってるの?」 「仕事終わりで臭うからシャワーを浴びてこいって言われて、出たら居なくなってました。2時間位です」  それを聞いて眉をひそめそうになったが、怖がらせないように優しく言う。 「うーん、それ、持ち逃げされてるんじゃないかな?」 「多分そうだと思います」  呑気に答える少年を前に出して、ハンター達に向かって大声で言う。 「誰か、この子と組んでいたハンターを知りませんか?報酬を持ち逃げされたらしいんです」  ハンター達はこちらを一瞥しただけで、無関心だった。苦笑しているものも居る。 「誰か心当たりのある人は居ませんか、誰か──」  ステラが呼びかけ続けていると、「どうしたどうした」と声をかける者が居た。  長い髪がハネて狼のようになっている。  防具に包まれた身体は筋肉がついており、引き締まっている。  銃をぶら下げている。  いかにもな女戦士である。 「この子が、報酬を持ち逃げされたらしいんです」 「なんだそのガキ。おい、お前ハンターなのか?」 「いえ、ハンターの人の手伝いをしたんです」  ガキ呼ばわりされた少年がムッとした表情で答える。 「持ち逃げされたって、もらおうとしたらぶん殴られたりしたのか?それなら受付に言えばそのハンター達にペナルティを与えるくらいはしてもらえるかもしれないな。それと、お前」  今度はステラに向かって話しかけた。 「基本的にはソイツとそのハンターの問題だからな。部外者があんまり周りに喚き散らすな。『コイツはマヌケです』って宣伝したいのか?」 「そんなつもりじゃない」  ステラは眉をひそめて反論した。 「とにかく、ハンターってのはそういう世界だ。一応聞いておくが、お前はハンターなんだよな?」 「そうだよ」  えっへん、と胸を張ってステラは答えた。 「じゃあ、次からはお前が一緒に仕事を受けてやれば、取りっぱぐれねえだろ」  そうだ。自分がこの子と仕事をすればいいのだ。 「とにかく、これ以上喚き散らすなよ」  そう言ってハンターは去ってしまった。 「うん、じゃあ受付に行って相談してみようか」  そう言ってホーリーを受付に連れて行く。  先程の受付嬢に話かける。 「はい、どうかされました?……あれ、なんですかその子」  受付嬢は柔和な対応をしてくれたが、少年を見る目が少し厳しかった。 「この子が依頼料を持ち逃げされたみたいなんですけど」 「残念ながら、それではこちらから出来ることはありませんね」  事情を聞いた受付嬢は、困った顔をして、受付嬢はそう言った。 「その子とハンターの間で契約を交わしているわけでもないですし、暴力を振るわれたとかならともかく、離席した隙に逃げられたというのは……それに、その子も本来なら外部の方の使用が禁止されているシャワー室と洗濯機をハンターの許可を得て使ってますし、今度の件でペナルティ、というのは出来ないですね」 「そんな!」  ステラが抗議の声を上げる。  少年の受けた仕事を詳しく聞いてみれば、斥候として最前列に置かれたという。  斥候と言えば聞こえがいいが、こんな子供にやらせるという事は、探知など期待しては居ない。要するに弾除けである。  弾除けにされた挙げ句に報酬まで持ち逃げされるなんて、あんまりな話だとステラは思った。 「というか、その子、保護者とかいるんですか?いないなら自治軍に――」 (あ、ヤバッ)  自治軍、と聞いてステラは嫌な予感がした。 「いえ、この子は私の弟です」 「いや明らかに人種違うじゃないですか」 「もらわれっ子なんです。ほら、行くよ」  そう言ってステラは少年を外に連れ出した。  ハンターギルドの前にはハンター目当ての店が何件も立っていた。 「なんでもやります」と書かれた看板を持った子供たちが何人も入り口にいる。この子達は本当に雑用から斥候から弾除け代わりにと何にでも使われる。  この子もその類の子なのだろう。  弾除けにされるよりは股を開いた方がいくらかマシなので、この「何でもやります」の中には女はほとんど居なかった。  ちょっと離れた所で宿無しで寝ているのか酔っぱらって寝ているのかそれとも野垂れ死んでいるのかわからない連中が何人か倒れている。  お世辞にも教育にいい場所とは言えなかった。 「ちょっとこっち来て」  ハンターギルドからちょっと歩いた所、人目につかない所に少年を連れ込む。 「あの……?」 「危なかったね。もう少しで通報されるところだったよ」 「私、今何されてるんですか……?」  少年が不安そうに上目遣いでこちらを見る。 「何って……」  ステラは自分のやった事を振り返ってみる。  少年からしてみれば「いきなり知らないお姉さんが話しかけてきて、喚き散らしたと思ったら、人気のない所に連れ込まれた」という事になる。一歩間違えればこっちの方が犯罪だ。 「あー、いきなり連れ出して、ごめんね。君、名前は?」  落ち着かせるように、少年の目を見てゆっくり言う。これはこれで何か口説いているようで怪しい。 「ほりい、です」  不審なものを見る目で少年が名乗る。 「Holy?いい名前だね。私はステラ。これで私たち知り合いだよ、ね?」  丸っきり変質者の言い分である。 「はあ」  ホーリー(というようにステラには聞こえた)は、気のない返事をした。 「連絡先とか、ある?」  怯えさせないようにゆっくりと優しく言う。これはこれで口説いているようで怪しい。 「通信番号なら……携帯端末は有りませんけど」  怯えながらホーリーが返事をする。 「そっか。教えて?」  そう言ってハンター証明証を取り出す。これは簡単な通信端末にもなる。ハンター証明証から、立体映像のウインドウが開かれる。  証明証に通信番号を登録させる。 「そういえば、君、住むところはあるの?」 「寝るところはあります」 「その住むところって、ちゃんと雨風や侵入者を防げる所?ダンボールや廃材で出来てたりしない?」 「絶対に安全なところだと思います。狭いしいい加減に出て行けって言われてますけど」 「出ていけ?宿代でも滞納してるの?」 「い、いいえ。そういうわけじゃないです」  目を逸らしてホーリーが言う。 「そう……ならいいけど。でも、宿代にも困ってるんだ」 「まあ、貯金はありますが」 「許せない。そのハンターを見つけてとっちめよう!!」 「あの、私は別に」 「いいの?」 「多分、大した額ではないので」  ホーリーは苦笑しながら答える。 「ふうん」  ステラはホーリーをじっと見る。 「じゃあ、報酬の代わりにお姉さんがご飯を奢ってあげよう!」 「え?え?」  急な提案に戸惑うホーリーの手をギュッと握って、ステラは歩き出した。  大豆肉を使ったミートパイがテーブルに置かれる。  ヴィーガンが喜びそうなこのメニューが、ステラの手持ちの金で腹いっぱい食べられる食事だ。  ステラは食べるが、ホーリーは手を付けようとしない。 「どうしたの?もしかして大豆肉は嫌?」 「いえ、でも会ったばかりの人に食事を奢ってもらうなんて……」  どうやらホーリーは遠慮をしているようだ。 「いいってば。ほら、この子も食べてーって言ってるよ?」  そう言いながらミートパイを切り分けてホーリーの口元に持っていく。 「はい、あーん」  そこまでされてようやく観念したのか、ホーリーは口を開けてミートパイを頬張る。 「おいしい?」 「はい……」  ホーリーがナイフとフォークを持って食べ始める。  その様を見てステラは微笑む。  無理に食べさせて喜んでもらえなかったらどうしようかと思っていた。 「飲み物も付いてるんですね」  そう言いながらホーリーはオレンジジュースを飲む。  なんだか薬臭かった。 「飲み物は別だよ。ここら辺は水が悪いから、浄水された水を買うか、お酒で割るか、ジュースやお茶にしないととお腹を壊すよ。そのジュースだって、薬臭いでしょ?消毒用の薬を、味付けしてごまかしてるんだよ」  そう言いながらステラは水で割ったワインを飲む。  食事をするホーリーを見る。  それにしても綺麗な顔をしていると思う。  肌なんて雪のように白く透き通っていて、髪だって絹糸みたいにサラサラとしている。  着ている帽子とコートも、汚れてはいるが破れやほつれはない。随分と仕立てのいいものだ。  棒だと思っていた武器は、よく見ると綺麗な装飾が施されて、鍔が付いている。  あれは鞘に収められた剣だ。それもかなり立派な。  ナイフとフォークを扱う手つきだってどこか優雅さを感じさせる。  じっと見ていると、その視線に気づいたようで、ホーリーもこっちを見た。  ニコッと笑う。ホーリーは虚を突かれた顔をしてこちらをじっと見た後、俯いて食事を続ける。  二人が食事をしていると、他の席からの声が聞こえる。 「聞いたか?町外れの旧軍基地跡の話」 「ああ、隠し区画があるって奴だろ」 「機動兵器があるかもしれねえって噂だぜ」 「ただの噂だろ?大体、そんなところに置いてかれた機動兵器なんて大したことねえよ。壊れてるか型落ちか足の遅い重量級だろ」 「大体、あの遺跡は前からそんな噂ばっかりじゃねえか。誰かが遺物を発見して大金持ちになっただの、まだ生きている区画があっただの、賞金首が住み着いてるだの、そういうのは噂になった頃には全部掻っ攫われてて、行ってももう何もねえんだ」 「まあ、そりゃそうだけどよ。今度、依頼がない時にでも行かねえかって思ってな」 「勘弁してくれ、たまの休みに何が楽しくてお前らと宝探しに行かなきゃいけねえんだ。地べたすりじゃあるまいし」  地べたすり。空を飛ぶ術を持たないハンターの事を機動兵器持ちは蔑んでそう呼んだ。 (という事は、あいつら全員機動兵器持ちか)  ステラは更に聞き耳を立てる。 「ステラさん」  聞き入っていたステラにホーリーが話しかける。 「食べ終わりました」  皿にはまだ4分の一ほどミートパイが残っている。 「どうしたの?美味しくなかった?」 「いえ」 「でもまだ残ってるよ?」 「後はステラさんの分です」  ステラの小皿に盛った分が4分の1。  ちょうど半分ずつになるように残したようだ。 「私はいいよ。ホーリーが食べて?」  そう言うとホーリーはミートパイを切り分けて、 「あーん、です」  とこちらに寄越してきた。  ステラはむう、と唸って、 「そうされてはもったいなくてしょうがない」  と、口を開けた。  ホーリーはにっこりと笑った。  この子、こんな顔もするんだ。  食べ終わって店の外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。 「そろそろ宿を取らなきゃ」 「もう暗いし送っていきます」 「君が?私を?」 「男ですから!」  そう言ってホーリーはドヤ顔でガキーン、とガッツポーズを取ってみせた。 「じゃあ、一緒に行こうか」 「はい」  夜道を二人で一緒に歩く。 「そういえば、ステラさん、さっき噂話に興味があるみたいでしたね」 「え?う、うん」 「あの噂の元、多分私です」 「え?そ、そうなの?」 「はい。この前遺跡に行ったときに見つけたんです。場所も大体分かります。明日一緒に行ってみますか?」 「うん。うんうん!」  ぞいの構えでコクコクと首肯するステラ。 「では、明日の朝に支度して、今日は帰りましょう」 「うん、集合場所はハンターギルドで、約束だよ!」 「はい」  翌朝、ハンターギルドでホーリーと会った後、銃とホバーバイクをレンタルした。  ホーリーによれば、件の遺跡には浮浪者やならず者が住み着いており、身の守りは必要なのだという。  ホーリーが結構マトモな武装をしている事も知った。  懐からゴツいプラズマガンや手榴弾を取り出した時はびっくりした。コイツ、自分よりも金持ってるんじゃないのか、と思ったほどだ。 「あの基地の辺りで賞金首がうろついているので気をつけてくださいね」  受付嬢にそう言われて賞金首の一覧を見た。  賞金首:ナロードラゴン 賞金額2000ボル  ステラの生活水準なら2000ボルも有れば半年は暮らせる。  これでも賞金首の中では低額なようで、3000ボル、5000ボル、10000ボルを超えるような賞金首がずらりと並んでいた。 「気をつけます」  そう言って、ホバーバイクに跨る。ホーリーを後ろに乗せて基地に向かった。  朝の日差しと空気が気持ちいい。 「そういえば、賞金首が出るようになってるみたいだよ。会ったらどうするー?」 「ステラさん一人なら死んでますね……」 「何?君ならなんとか出来るの?」  ステラがムッとする。 「ナロードラゴンくらいなら」 「ナロードラゴンってそんなに弱いの?」 「弱かったら賞金首になりませんよ……でも、賞金首の中ではアレより安いのは滅多に居ませんね」 「ふうん」  ステラはあまり興味を惹かれていないようだ。 「じゃあ、現れたら守ってね」  そう冗談めかして言うと、ホーリーは、 「はい」  と真面目くさった声で言った。  しばらく走っていると、旧軍基地の遺跡が見えてきた。 「見えてきたよ」  ステラは遺跡を見て言った。 「そうですね」  ホーリーは空を見て言った。 「急いでください。来ます」 「?来るって何が──」  ステラも気づいた。  空から何かが迫ってくる。  何かが近づいてくる。  速い。すぐに追いつかれる。  ステラがホバーバイクの速度を上げる前に、ソイツはステラ達の眼前に降り立った。  それはゲームから出てきたかのような、典型的なドラゴンの姿をしていた。  予想以上に巨大だった。  ナロードラゴン。  機動兵器で戦うべきとされる賞金首が目の前に居た。  賞金首の額は単純な戦闘力で決まるわけではない。  一般市民へ総合的な危険度・発見して仕留めることへの困難さ等も加味される。  そういう意味では巨体故に物陰に隠れられず、基本的に逃げることが無く、探さなくても向こうから襲いかかってくるナロードラゴンは「倒せるハンターにとっては」狩りやすいと言える。  しかしこいつは単純な戦闘能力は同クラスの機動兵器とタメを張る位は有る。  ホバーバイクに乗った、碌な武装もないガキ二人が立ち向かった所でどうにもならないのはステラでもすぐわかった。  ホーリーがステラの胸元に手を伸ばし、何かの紙を入れる。 「隠し区画の入り口までの地図です」  そう言ってホーリーがホバーバイクを降りる。 「私がコイツの相手をするので、一人で行ってください」  そう言って刀を抜くホーリーの首根っこを引っ掴んでホバーバイクに連れ戻し、一目散に逃げた。  後ろでナロードラゴンがドスン、ドスンと追ってくるのがわかる。 「右に避けてください」  ホーリーの言葉通り右に避けると、さっきまで居た車線にプラズマ光が奔る。 「ひいいっ」 「左に曲がってください」 「左に」 「右に」  そうやってホーリーに誘導されて、いつの間にか遺跡にたどり着いていた。  基地の入り口は破壊されており、そこに滑り込んだ。  ナロードラゴンが入口に向かってブレスを吐く。  おそらくこうやって何人もの獲物を焼き殺してきたのだろう。  二人はなんとか生き残っていた。 「大丈夫ですか?」  そう言うホーリーの頬をステラは張った。  パシンという乾いた音がする。 「バカ!あんなのの相手なんて出来るわけ無いでしょ!何考えてるの!?」  ステラは刀一本でナロードラゴンに立ち向かおうとしたホーリーを叱責した。 「私ならなんとか出来ます」  ホーリーは心外な、という風に憮然とした顔をした。 「ハア、君はゲームとかのやりすぎだよ。危ない事はしないでね?それで、君が見つけたっていう隠し区画はどこ?」 「こっちです」  ホーリーが案内する。  基地の通路は、無機質な外観に反して変な匂いがした。電源が死んでいて暗い。  浮浪者が住み着いていたのであろう、毛布や食べかすが残っている。ナロードラゴンの生息圏に入ったので住処を移したのだろう。多分これらが臭いの元だ。  進んでいくと、扉が破壊されていた。電子ロックの自動扉で、電源が死んでいるから開けられなかったのだろう。  そこをさらに進み、梯子で下に下り、右往左往して、やっとそこにたどり着いた。 「ここです」  そこにあったのは壁だった。 「この先に隠し区画があるの?」 「はい。この先に空間があります」  そう言ってホーリーは刀を抜いた。  構えて、縦に切る。  その一連の動作が、ステラには見えなかった。暗かったせいだろうか、と思った。  壁を見ると、縦に大きく切り傷が付いていた。  その傷に向かってホーリーがガン、ガン、と殴りつける。  壁がへこみ、切り傷が広がっていく。  人が一人入れる程度の裂け目ができた。 「すごいねー。強化服とか着てるの?」 「強化服は着ていません。コートの下は防護服です」 「じゃあ、戦闘用の義手なの?その歳で大変だね」 「生身ですよ」  ホーリーが心外な、という目で答える。 「う、うそだあ。強化服か義体でもないと建物の壁なんて壊せるわけ無いよ。その刀も単分子ブレードかなんかでしょ?」 「単分子じゃありませんよ。良い刀ではありますが……」 「そうだ!『魔法』でしょ!『王国』では研究が進んでるって聞いてるよ!私知ってるんだから!」 「行きますよ」  いい加減めんどくせえなという目でこっちを見てから、、ホーリーは裂け目に潜り込む。 「あ、待ってよお」  進んでいくと、明かりが灯り始めた。 「ここは電源が生きてるみたいですね。警備システムがあるかもしれません。注意してください」  言うが早いか、ホーリーが手でステラを押し止める。 「な、何?」 「ここに赤外線センサーがあります」 「そうなの?」 「踏まないように注意してください」 「うん」  その後も、ホーリーはどうやっているのか、警備システムを見破った。  そういえば、ここに入る時だって、あの壁を破って入った。  壁の向こうにある、見たこともない区画をどうやって見つけたのか。 「これがこの区画の『宝』みたいですね」  そこには、巨大な大鎧が佇んでいた。  機体各所に散りばめられたバーニア。  装甲は薄く、人工筋肉の作り出す筋骨隆々なアスリートのような体型が浮き出ていた。  腰に取り付けられた巨大な主砲。  すぐ傍のウエポンラックに、ライフルが引っ掛けられている。  白と青で塗られた、青空のような機体。  AMー45S アレックス。  熟練パイロット用の、高機動アームドモンスター。  ステラは惹きつけられるように、アレックスに向かって歩き出す。 「あ、待ってください!」 「え?」  その瞬間、耳障りな警報が鳴る。 『侵入者を確認。5分以内に退去するか、ICカードを差し込んでください。5分以内に退去するか、ICカードを差し込んでください。侵入者を確認──」  警報とともに警告が鳴り響く。  横のハッチが開き、中から警備ロボットが出てくる。  蜘蛛のような姿勢の対人ロボット。胴体にはレールガンが積まれている。  それが2体迫ってくる。  その時、後ろに居たはずのホーリーが目の前の対人ロボットの、更に奥に居た。  刀を抜いている。  その瞬間、対人ロボット2体がバラバラになり、機能を停止した。 (?!????!???????)  ステラには何が起こったのか分からなかった。  警報は鳴り続けている。  5分経ったらしく、『排除開始。排除開始。DELETE。DELETE。DELETE』という音声が響いたが、ロボットはもう居ない。 「注意してくださいって言いましたよね?」  ホーリーが振り向いて言う。目つきがジトっとしている。怒っているようだ。 「ご、ごめん……」 「早く乗ってください」 「え?え?」 「あれに」  そう言ってホーリーは、アレックスを刀の切っ先で指し示した。 「わ、私が?いいの?」 「私はもう自分のを持ってるので」 「ええ!?持ってるって、機動兵器を!?」 「早く乗ってください」  驚くステラを急かすように、ホーリーがアレックスを指し示す。 「う、うん」  アレックスに駆け寄り、操縦席から伸びた縄梯子を伝って乗り込む。  ドン、とホーリーが飛び乗ってくる。 「シートベルトをしてください」 「は、はい」  慌ててシートベルトを付ける。 「なんでいきなり敬語なんですか?」 「い、いいから早く教えて」  ステラの顔が赤くなる。 「じゃあ、このヘッドセットを被ってください」  ウイイン、と大きな機械が頭の上から覆い被さってくる。 「操縦桿を握ってください。次は、起動を選んでください」  言われた通りにすると、頭部のカメラアイからの映像がヘッドセット内に流れ込んでくる。 「あ、操縦席のハッチを閉めてください」  どうやるの、と聞こうとすると、自動でハッチが閉められた。 「では、横のウエポンラックから武装を取ってみてください。ブレイン・マシン・インターフェイスは使ったことがありますか?」 「横のライフル……」  機体が立ち上がり、視界が横を向き、右手がライフルを掴む。 「じゃあ、歩いてみてください」  そこで、ERRORの表示とともに、左足が損傷している旨を伝えられた。 「左足が壊れてるって」 「スティックを前に倒してみてください」  言われた通りにすると、ガクン、ガクンとぎこちなくバランスを取りながらアレックスが歩く。 「やはり調子が悪いか……」 「だからここに置いてかれたのかな?」 「多分そうでしょうね。早く街に帰りましょう」 「うん……どうやって出るの?」 「格納庫のハッチを壊しましょう」 「ハッチを?」  そう言って格納庫の入口を見ると、赤いマーキングとともに、Lock onと表示が出た。 「Lock onって出たよ」 「武装を選択して、トリガーを引いてください」  とりあえず、一番威力の高い武装、と思ったら、アレックスは腰のビームキャノンをチャージし始めた。  操縦桿のトリガーを引く。  高出力の粒子ビームが勢いよく放たれる。  ビームがハッチを貫き、格納庫の出入り口に大穴が空いた。  そこから外に出る。  外はまだ昼間で、明るい日差しが見えた。 「町はどっちだろ。あ、レンタルのホバーバイク回収しなきゃ」  ガクン、ガクンとやや危ういバランスで歩くアレックス。 「基地の方向からわかりますよ」 「そうだね……ん?」  レーダーに反応がある。  それはすぐにこちらにたどり着き、威嚇の咆哮を上げた。  ナロードラゴン。 「このお!さっきは良くも追い回してくれたなっ」  だが今はこっちだって機動兵器持ちだ。  ナロードラゴンがプラズマのブレスを吐く。  それを回避しようとしたが、脚の不調で避け損なった。  アレックスの薄い腕装甲が削られる。 「それなら……!」  腰のビーム砲を起動させる。  が、チャージしている隙にナロードラゴンが突進してきた。 「うわあっ」  取っ組み合うが、踏ん張りが効かない。これも左足の不調が原因である。  それに、ナロードラゴンの方がアレックスよりも体格が良い。万全の状態でも取っ組み合いは難しいだろう。 「落ち着いてください!ナロードラゴンは力押ししかしません。機動力で……その機動力がやられているのか。一度ハッチを開けてください。外に出ます」 「こんなモンスターの目の前で!?それこそ死んじゃうよ! 「安心してください。外に出るのは私だけです」 「え?」 「なんとか出来るって言ったでしょう?」  確かに、ホーリーの身体能力は常軌を逸していた。  走れば見えない速度で動く。  剣の威力は軍用の防護壁や装甲化されたロボットをバラバラに切り裂く。 「で、でも」  それでも、小さな子を危ない目に合わせるということには変わらない。 「早くしろよメスブタ。大丈夫です、私が一から十までやるというわけじゃありませんから。少し、ステラさんに有利にするだけです」 「そう?なら……ん?今暴言吐かなかった?」  ハッチを開ける。そこからホーリーが飛び出す。  疾風が駆け抜けたかのように、ホーリーはナロードラゴンの喉笛を斬った。  そのままナロードラゴンの皮膚を切り裂きながら着地し、左足の腱を斬る。 「グオオッ」とナロードラゴンがバランスを崩す。その隙に、ホーリーは十数メートル上の操縦席まで自力で戻ってきた。 「ハッチを閉めて反撃してください」 「う、うん」  アレックスの右手に持ったライフルで反撃する。ライフルの銃口からレーザーが出てくるが、大したダメージになっているようには見えない。  ナロードラゴンの爪が迫る。 「格闘で相手の体勢を崩してください」 「わかった!」  グオオオオオオ、とアレックスが唸り声のようなエンジン音を立てる。  ナロードラゴンの腕を受け止め、指先から作業用高振動ブレードの爪を出して食い込ませる。  ライフルを捨て、右手でパンチを繰り出す。  左足の故障もなんのその、といった感じの腰の入ったパンチが繰り出される。  その一撃でナロードラゴンは大きく体勢を崩し、ダウンする。  その隙にレーザーライフルを拾い直し、腰の大型粒子ビーム砲をチャージする。  ダウンしたナロードラゴンは空を飛んで体制を立て直し、なおも向かってくる。  フルチャージしたビーム砲、両手でしっかり構えたレーザーライフル。ついでに肩の、ミサイル迎撃用の小型レーザー砲。  全力の一斉射撃でナロードラゴンを迎え撃つ。  5つの光条に貫かれ、その巨体が、遂に崩れ落ちた。 「起きてこない、よね……?」 「ナロードラゴンは騙し討ちとかはしてきません。体力が回復して起きてくるとかなら別ですが。コアは残ってますか?」  ナロードラゴンのズタズタの体を高振動ブレードの爪で解体する。  胴体から宝珠のようなものが出てきた。 「これを壊せば、もう心配無いです」 「これ、売れるって聞いたことがある」 「そうなんですか?」 「うん。モンスターのコアは一番のお宝だって本で見た」 「それほっとくとまたモンスターになりますよ」 「ダメ?」  ステラが上目遣いで言う。 「じゃあそれと、討伐証明に首と、レンタルホバーバイクを回収して帰りましょう」 「う、うん。……えへへ」  そう言いながら解体作業を続けるステラ。  2000ボルの賞金首を仕留めた。  この事はステラにとって大きな成功体験となる。 「では、賞金2000ボルと、コアの買い取り5000ボル、ナロードラゴンの首に付いていた角と牙が合計で1000ボル。合計で8000ボル、お収めください」  受付嬢はそう言って100ボル札の10枚束を8つ、寄越してきた。 「お、お金持ちだ……!」  町に帰ったステラ達はハンターギルドの係員を呼び出し、街に持って入るには大きすぎるドラゴンの首とコアを査定してもらった。  その査定結果がコレである。 「それと、工場の人に機種特定の事を聞きましたか?」 「いえ、まだ工場に入ってないです。なんですか、それ」 「工場の人にこの機動兵器はどういう機種ですって証明してもらうんです。それが終わればハンター登録したデータに『こういう機種を持ってます』って記録できますよ」 「そんな事しなきゃいけないんですか?」 「そうしないと偵察機持ってる人が見栄張って主力機持ってますって自己申告したりするので」 「そんな人がいるんですか」 「ハッタリ効かせてなんぼみたいなところがありますから、ハンターの人達って」 「わかりました。えーと、何でしたっけ」 「機種特定、です。ハンター証明証も必要なので、忘れないでくださいね」 「きしゅとくてい、ですね。わかりました」 「それと、機動兵器を持ってることと、賞金首を討伐した事でポイントが追加されました。あと一回、採取の仕事でもいいから受ければCランクへの昇級試験が受けられますよ」  新入りであるステラのランクは最底辺のDである。  これはステラが不出来だったとかではなく、どこかの国の特殊部隊が引き抜かれたとかでない限り、新入りは一律Dランクからである。  ランクが上がれば権限も増える。  どんなに優秀な能力を持っていても、ハンターとしての心構えが有るかどうか分からんような奴に権限は渡せない、という事である。  今回の「あと一回依頼を受ければ」というのも、実力は証明されているが、他のハンターとのコミュニケーションや依頼の手続きができるかどうかわからないから一回正式な依頼を受けろ、という事である。  Dランクだけでは仕事ができない。必ずCランク以上の付き添いが必要になる。  DからCに上がれば、同ランク同士で組むことも、一人で仕事を受けることも出来る。フットワークがグンと軽くなる。 「わかりました。まず工場に行ってきますね。それに、相棒と報酬を山分けしないと」  そう言って、報酬の8000ボルを後生大事に懐にしまってギルドから出た。  町の外にはアレックスが佇んでいた。 「ホーリー!報酬をもらってきたよ!うわ、何これ」  アレックスの足元に居たホーリーの周りに数人の人間が倒れていた。  全員無事ではない。  明らかに死んでいる者も居る。 「アレックスを盗もうとした連中です。見張りが私だけだと思って侮っていたんでしょうね」  軍仕様の機動兵器には鍵が付いていない。操縦席に乗り込まれている時点でセキュリティが突破されていることを意味するし、そうなっては鍵など意味がないからだ。それに何より、緊急発進の時に邪魔になる。  だからホーリーが見張っていたのだが、子供一人で守っている機動兵器などならず者たちの格好の餌だ。  普通なら。  ホーリーは普通ではない。 「だからって殺すことはないんじゃないかな?死んでるよね?この人」  近くの、上半身と下半身が別れた男を見ながらステラが言う。 「銃を持っていましたから。殺さないとこちらが危ないです。それに、何人か殺すことで見せしめとなります。この様子を見て、逃げ帰った人が多く居ます」 「でも……」  そりゃこの光景を見たら手を出そうとは思わないだろう。だが、ステラにはやりすぎとしか思えない。 「賞金をもらったんですよね?」 「う、うん。はい、ホーリーの分」  そう言って報酬の半分、4000ボルを渡す。 「随分多いですね」 「コアが5000ボルもしたんだよ!賞金の倍以上だよ!ね?コアを持って帰ってよかったでしょ?」  どやあ、とした顔をするステラ。 「そうですね。では、工場に行きましょうか。これだけ有れば修理もできるでしょう」 「うん!!……その前に、この人達のお墓、立てようか」  アレックスの指で地面を抉り、そこに死体を放り込んで埋め立てた。その辺の廃材を十字に組んで、墓標とした。 (まだ生きてる人も居たんだけどな)  ホーリーはそう思ったが、黙っていた。  悪人どもに遠慮することもあるまい。 「修理費は1000ボルって所だな」  アレックスの損傷を見た整備員は、そう見積もった。 「左の腿からイカれちまってる。マトモな戦闘は無理だな。まあ、腿だけで済んでるのが救いだが。あとは全身に細々とした傷があるが、ちょっと装甲タイルを付けとけば勝手に直るだろ」 「勝手に、ですか?」 「アームドモンスターには自己修復機能が付いてるからな。ちょっとした傷は勝手に直っちまうんだ。後付の武装や追加装甲なんかは無理だけどな」  随分と便利な機能が付いているものである。 「機動兵器って皆そうなんですか?」 「戦闘機や戦車にも一部の高級機や特殊機体には付いてるが、アームドモンスターはどの機体にも付いてる。こいつらは人工的に作ったモンスターみたいなもんだからな」 「モンスター、ですか」 「ああ。モンスターコアにコントロールロッドを差し込んで、特殊な金属で身体を生成させるんだ。お前が持ってきたっていうナロードラゴンのコアも、大手企業か軍事施設か、まあどっかのデカイ施設で加工されて、アームドモンスターのコアにされるんだろうよ」 「あ、それは本で読んだことがあります。自分で倒したモンスターのコアをアームドモンスターに加工して愛機にするって話」 「まあ、そんな奴もいるな」 「ハンターの冒険録で読みました」 「物語の話かよ」  と整備員は呆れた顔をした。 「それと、機種特定だったな。ハンター証は持ってるか?」 「あ、はい」  財布からハンター証を取り出す。  整備員はそれを見て、近くの情報端末にハンター証に刻印されたステラの名前と登録番号を入力する。 「名前と登録番号……これでよし。後はこっちからハンターギルドの方に送っておく。それと、お前」  整備員がホーリーの方を見て呼びかける。 「いい加減アームドモンスターの操縦席で寝泊まりするのはやめろ。整備できねえし、食べカスが中に入り込んで故障したらどうすんだ」 「え?何?どういう事ホーリー?」  ホーリーが目をそらす。 「コイツ、自分のアームドモンスターの操縦席に住み着いてるんだよ。金が無えんだとさ」  ホーリーの代わりに整備員が答えた。 「並の宿屋より安全です」 「お風呂はどうしてるの?着替えとかはあるの?」  ホーリーはうつむいて口をつぐんだ。 「ホーリー?今日から私の部屋に住もうね?」 「はあ……」  ホーリーはイエスともノーとも言えない返事をした。 「君の荷物取りに行こう。操縦席で寝るのはもうおしまい!」 「はあ」  ホーリーのアームドモンスターの格納庫に行く。 「ここです」 「……デカくない?」  そのアームドモンスターは、ステラのアレックスよりも明らかに大きかった。  ずんぐりむっくりしていて横に大きいせいもあるだろうが、それを加味しても明らかに大きい。  その上分厚い装甲に包まれていて、いかにも頑丈そうだ。  よく見ると腰の後ろ側、要するにケツから左右2本のアームが伸びていて、その先に大筒が備え付けられていた。コレがまたデカイ。アレックスの全高ほども有るのではないか。  頭から電子装備が何本も生えている。その内の2本が特に長く、その様は龍のようにも獅子のようにも見えた。  皇国軍の主力アームドモンスター「篝火」。  黒の中に橙色を差しているその姿は、その名の通り闇夜に燃え盛る炎の様だった。 「こんなの乗り回してるの?そりゃお金もなくなるよ!」  見るからに装甲で耐えて撃ち合います、という感じの機体だ。  維持費だけで相当な額が必要だろう。  おそらく、ホーリーの収入はほとんどこれの修繕費に消えているのだろう。  操縦席に入ると、中は意外と広かった。  あくまで意外と、である。中で生活できるほどではない。  その狭い空間の中に、着替えの下着類と、元はテイクアウトの食べ物だったのだろう、紙袋いっぱいに詰められたゴミが数袋と、紙媒体の、文庫サイズの本が数冊、小綺麗に整頓されていた。  きれいなのか汚いのかわからない。  ただ、数日間洗っていないであろうホーリーの体臭と、食べ物の臭いは間違いなく臭い。  さっきまで消毒されたような臭いの整備室の匂いを嗅いでいたので、はっきりとそれがわかる。  とりあえず整備員にゴミ袋を貰って紙袋や破れたりほつれたりした下着類を捨てた。  文庫本の中身を開くと、コミックだった。  ステラの読めない文字で書かれている。 「これ、何語で書いてるの?」 「ヤマト語です」 「どこの言葉?」 「『皇国』の言語です」 「皇国?皇国って、ヤマト皇国の事?君、大国の出身なの?」  ヤマト皇国と言えば、7大国家の一つである。  大国出身なら、この歳で機動兵器を持っているのもおかしくはないのかな、とステラは思った。  ホーリーは知られたくないことを知られた、というように眉をしかめた。 「あ、詮索してるわけじゃないよ?でも、君に興味がないって言ったら嘘になるかな」 「……そうですか」 「あ、興味があるっていうのは変な意味じゃなくてね?だって相棒になるんだし!!」 「相棒、ですか」 「そうだよ。よろしくね、相棒」  ステラが人懐こい笑みを浮かべて言う。 「……どうも」  ホーリーはイエスともノーとも言えない返事をした。  ステラ達の座っている席に厚切りのビーフステーキが運ばれる。 「すごい、私本物のお肉なんて初めて食べるよ…………」  ステラはゴクリ、と唾を飲む。 「食べたこと無いんですか?」  とホーリーが聞いてくる。  ここはハンターギルドの近くにある飲食店。  ハンター向けに精のつく料理が揃っている。  「本物の」肉もチーズも酒も置いてある。  ステラたちは今日の締めくくりとして、ここで食事を摂ることにしたのだ。 「合成肉のミートパイとかソーセージとか、そういうのは食べたこと有るけど、本物の肉のステーキなんて初めてだよ」 「じゃあ、食べましょうか」 「そうだね。天におられる私達の父よ。皆が聖とされますように…………」 「いただきます」  孤児院時代の癖で食事の前の祈りの言葉を唱えていると、ホーリーが「イタダキマス」とだけ言ってステーキにナイフを入れた。それを見て、周りのハンター達が物珍しげなものを見る目でこちらを見ていることに気づき、祈りを中断する。  自分は今日から宇宙を駆ける荒くれ者なのだ。食事の前の祈りなどせずにガツガツと食うのだ。  ステーキにフォークを突き刺し、ナイフで切り分ける。大きめに切り分けたほうが荒くれ者っぽいだろうと少し大きめに切った。  ジュワッと肉汁が出て、中の赤い部分が見える。 (この赤いのって血かな?なんだか怖いな)  恐る恐る口の中に入れる。  肉を頬張ると、初めて食べる味が口の中に広がった。 (これが肉…………でも、なんだか噛みにくいな)  初めて食べる肉の塊は、なんだかゴムのように弾力がある。  肉と一緒に口に入った脂身がなんだか気持ち悪かった。  だが……旨い!!  荒くれ者が集う食堂。下手なものを出せば大変な事になる。この辺りの店は、大体味かボリュームに自信がある。  こんな物を食べていたらそれは強くもなるだろう。  噛めば噛むほど肉の中に閉じ込められた肉汁が出てくる。  夢中になって噛み続けた。  しかし、途中であることに気づいた。 (この肉…………噛んでも噛んでも噛みちぎれない!)  分厚い上に大きく切り分けられた肉は中々飲み込める大きさになってくれない。 「ステラさん」 「ん?」 「さっきから一切れ目を噛んでばかりですけど、噛み切れないんですか?」 「ん、んーん!ふぁじめてだからふぁみしめてるだけ!」 「一回吐き出したほうが良いんじゃないですか?」  ホーリーが訝しげな顔をする。  こんなに人が多い場所でそんなみっともない真似はできない。  ここで吐き出したりしたらその噂が広まって「吐き出しステラ」なんて呼ばれるようになるかもしれない。  ステラは意を決して肉の塊を飲み込んだ。  肉が喉に詰まる。 「ん、んー!んんー!」 「ステラさん!ほら、ジュース!」  差し出されたジュースを一気に飲み、肉を流し込む。 「はは、ねーちゃん、無理すんなよ」  店内が苦笑に包まれる。 「次は小さく切り分けたほうが良いですね」  そういうホーリーの困り顔が、なんだか呆れたように感じられた。  実際にはかなり心配していたのだが、ステラは恥ずかしさでそう感じたのだ。  席に付き、澄ました顔で素知らぬ顔で食事を続けた。  今度は一口サイズに切って食べる。  なんだかさっきよりまずくなった気がする。 「美味しかったですね」 「うん。でも、恥かいちゃったよ」 「掻き捨てましょう」 「うん、そうする」  2人は笑いながらステラの宿に戻った。 「では、今日はもう帰りますね」 「ちょっと待って」  帰ろうとするホーリーを引き止める。 「今日は私の所に泊まるって言ったでしょ」 「あれ、本気だったんですか?」 「冗談だと思ったの?ロボットの操縦席に住んでるなんて、ほっとけるわけ無いでしょ。ほら、行くよ」  そう言って宿に連れて行かれる。 「この部屋だよ」 「お邪魔します」  部屋に入る。  簡素な机に硬そうなベッド。部屋の中は埃臭い。シャワーとトイレがついているだけマシだろう。  いかにも金のない駆け出しが住む狭い安宿という風だった。 (ここに二人で寝るのかな)  ホーリーがそう思っていると、急に後ろから抱きしめられた。 「うわあ!?」  クンクン、と匂いを嗅がれる。 「やっぱり臭い」  ステラが囁くように言った。 「そんなに気になりますか?」 「匂い自体はそうでもないけど匂いの質が・・・・・・くっつくとツンとくる」  そんなに臭うのかな、とホーリーは思った。 「シャワー浴びて」 「はい」  そんなに臭うのなら仕方がないだろう、とホーリーは思った。  シャワー室に向かう。 「脱衣所はないよ。ここで脱いで」 「あ、はい」  帽子とコートを脱ぐ。  ステラの方を向くと、ガン見していた。 「あの、脱ぐんであっち向いててもらえますか」 「そうだね」  ステラが後ろを向く。  服を脱ぎ、シャワー室に入り、蛇口をひねる。  「ぬるいお湯」というより、「冷たくない水」といったようなシャワーが出てくる。 (これで匂い落ちるのかな?)  石鹸を泡立てて入念に洗う。  ステラはホーリーの脱ぎ捨てた服を見ていた。  手に取って、匂いを嗅いでみる。  臭い。  下着を手にとってみる。  やっぱり臭い。 「ホーリー、服も臭いよ」 「そうでしょうね」  シャワー室から声が聞こえる。 「下着まで臭い」 「何を嗅いでるんですか!?」 「パンツは仕方ないけど、シャツは私のを使って」 「私は床で寝るんですから、くっつくと臭うくらいなら別にいいんじゃないですか?」 「何言ってるの?二人ともベッドで寝るよ」 「え」  本当にベッドで二人で寝た。  ベッドが小さいので、ホーリーがステラの上に重なって無理やりベッドに収まった。  ステラの胸を枕にする。  柔らかい。  ステラが頭を載せている枕より柔らかいのではないか。 「顔は可愛いのに、体は可愛くないね」  ステラがホーリーの体を撫でながら言う。  ホーリーの体はよく鍛えられ、密着するとゴツゴツしていた。 「触り方がいやらしいです」 「ホーリーだって私のおっぱい触ってるからお互い様だよ」 「やっぱり床で寝ます」  そう言ってホーリーが起き上がると、ステラはその腕を掴んで、 「ダメ」  と引き止めた。 「お客さんを床で寝かせられないよ」  そう言ってホーリーの手を引く。  再び二人の体が重なる。 「今日一日で色んな事があったね」 「そうですね」 「ハンターになって、君と出会って、機動兵器を手に入れて、賞金首を倒して・・・・・・・」 「今日会ったばかりの男と一緒のベッドで寝るんですか?」 「嫌?」  ホーリーは少し間をおいて、 「悪くないです」  と答える。 「明日も色々ありますよ。もう寝ましょう」 「そうだね。ねえ・・・・・・ホーリー・・・・・・・私、、君を頼っても・・・・・・良い・・・・・・」  今日の疲れが出たのだろう。ステラは言い切らないまま、深い眠りについた。 「大丈夫ですよ」  ホーリーも眠りにつく。  ステラの体は柔らかく、暖かく、寝心地が良かった。  こんなに気持ちよく眠るのはいつぶりだろうか。  朝起きるとホーリーが居なくなっていた。  出て行ってしまったのか。  工場に行き、夜勤の工員の「もうすぐ帰れたのに」という表情を見ないフリをしながら、篝火の操縦席を見に行ったが、いない。  その後は町中を駆け回った。人もまばらな街中、24時間空いているハンターギルド、薄暗い路地裏、どこにもホーリーは居なかった。 「やっぱり無理やり泊まらせたから嫌がっちゃったのかなあ」  そう呟きながら部屋に戻ると、ホーリーが帰ってきていた。 「おかえりなさい。どこか行ってたんですか?」  何事もなかったかのようにホーリーが言う。 「それはこっちのセリフだよ!どこ行ってたの!?心配したんだよ!?」  ステラの剣幕にホーリーは少したじろいで、 「朝の鍛錬に……ご心配をおかけしましたか?」  と答えた。 「おかけされましたよ!もう、なんで起こして一言言ってきますって行ってくれなかったの?」 「はあ、それは気が付かず。すみませんでした」 「もう!心配掛けた罰として朝食はホーリーが奢って!」  ステラはそっぽを向いて、プンスカと怒りながらねだる。 「はい。でも、もうすぐお昼ですね」 「じゃあ、2食分食べる。デザートも付けて!!」 「はいはい」  本当に2人前食った。レストランでデザートのアイスクリームを食べながら、ホーリーはやはりここに栄養が行くのだろうか、とステラの豊満な胸をじっと見る。  その視線はステラからしてみればバレバレで、ふふんどうだ、とばかりに寄せたり揺らしたりしてみる。  特に反応に変化はない。 「この後なんですけど」  ホーリーが口を開いた。 「武器防具を買いに行きましょう。ステラさんは最低限の武装をするべきだと思います」 「そうだね」  ホーリーは防護服に耐弾性のあるコートに何でも切れる刀にプラズマガン。  ステラは安い薄手の布の服に武装なし。  あまりにも貧相、いや無だ。武装していない。モンスターを狩るとか言ってる場合ではない。その辺の暴漢からすら身を守ることが出来ない。 「私を探して街中走り回ったって言ってましたよね。その格好でですか?」 「うん」  そう言われてみれば、この治安のあまり良くない町でデカイ胸とケツを薄着でユッサユッサ揺らしながら走って誰にも襲われていないというのは奇跡である。  そういうわけで、食事を食べ終わると、ハンター用の装備類を置いてある店に来たのだった。  店内には様々な重火器があり、ステラが持てるか持てないか、という大きな銃も有った。  防具や服、下着類まで有る。触ってみると、どれもかなり頑丈で厚手な生地で作られているのがわかる。 「まずは防具から揃えましょう」 「その前に下着を変えたいよ。これ窮屈なんだもん」  そう言って頑丈さ重視の色気のない下着の中で、マシなデザインのものを見繕う。  試着室に行き、乳尻を締め付ける下着を着替える。 「ホーリー、ホーリー」  ホーリーを呼ぶ。 「これどうかな?」  そう言って試着室のカーテンを開ける。  豊満な肢体が露わになる。  ホーリーは戸惑う様子もなく、上から下まで見回した後、 「いいと思います」  と言った。  この「いいと思います」は(どうでも)いいと思います、と言っているのだな、と思った。 「ふーん」  そう言ってカーテンを閉める。  面白くなかった。  ホーリーが赤面して、何見せてるんですか、早く隠してください、とか言って恥ずかしがるのを期待していたのに。そうでなくても、思わず凝視するくらいはすると思ったのに。  自分にはそんなに女としての魅力がないのか。  そう思いながら、歳にしては豊かな胸を見下ろす。  チンコ無いんかあいつ。  そのすぐ前、カーテン一枚越しの所で、ホーリーは顔を赤くして俯いていた。  ステラの豊満な肢体。金糸のような髪。整った顔立ち。  昨日はあれに抱かれて寝ていたのだ。  その感触を思い出す。  あれを見せたということは、ステラは自分の事を悪くは思っていないのだろうか。  それとも、なんとも思っていないからあんな事ができるのだろうか。  股間が熱い。  頭がステラのことでいっぱいになる。  これは良くない。 「トイレに行ってきます」  何でもない風にホーリーは言う。だがその息は熱を帯びていた。 「行ってらっしゃい」  不機嫌そうな声でステラが答える。  トイレから帰ると、ステラは会計を済ませ、服もハンター用のものに着替えていた。 「おかえり。長かったね」 「そうですか?」 「ウンコだー!!こいつウンコしたんだー!!デートの最中にー!!」 「銃は買いましたか?ちゃんと試射しないとダメですよ?」  囃し立てるステラに、ホーリーは呆れたように言う。 「まだ。よくわかんないから、君が来るまで待ってた」  あっけらかんというステラに、呆れと喜びが混じった、仕方ないなあという顔でホーリーが応じる。 「ハンターなのに銃の事がわからないんですか?」 「駆け出しならそんな人珍しくないよ。日銭を稼ぐためにハンターになる人だって多いし。それに私、銃じゃなくて機動兵器に興味があってハンターになったから」 「そうですか。では一通り見てみましょうか」  ホーリーが銃のコーナーに向かう。 「うん!」  ステラがそれについていく。 「ところで」  ホーリーが振り向く。 「これってデートなんですか?」  デートの最中にー!!というステラの言葉を、ホーリーは聞き逃していなかった。  ステラはホーリーの顔を見た後、目をそらして、 「さあね」  と言った。 「こちらです」  店員に案内してもらって、店の地下の射撃場に行く。  ホーリーが勧めてきたのは対モンスター用のプラズマライフルと、サブウェポンに高出力のレーザーガンだった。  まずはプラズマライフルから試射を始める。  電源を入れると、ギュウウン、と銃の中で極小のプラズマが生成され、発射待機状態になる。  引き金を引くと、高出力のプラズマが発射され、的の大半が蒸発する。 「威力・攻撃範囲ともに申し分なく、多少的から外れても当たります」  店員が銃の説明をしてくる。 「外れてるんですか?」 「はい。ちゃんと当たれば跡形もなく吹き飛んでいるはずです」  的は左半分が少し残っていた。 「この際、射撃の練習をしたほうが良さそうですね」  ホーリーが言う。 「う、うん」  今度はスコープを覗いて、狙いを定めて撃つ。  今度は跡形もなく蒸発した。 「どう?」  ドヤ顔でホーリーを見る。 「もう少し遠くの的を打ちたいですけど、屋内の射撃場じゃあ無理ですね。10発くらい撃っておきましょう」  ホーリーにそう言われて、もう10発撃ってみた。  全て命中した。 「ふふん♪」  どうだ、とばかりにステラはホーリーを見る。 「こんなものですね。次はレーザーガンです」  少しは褒めてくれたっていいじゃん、と思いながら、プラズマライフルを置き、レーザーガンを手に取る。 「電源が入ったままです!」  ホーリーからの叱責が飛ぶ。 「ああ、あ、あわ」  突然の大声にびっくりして、慌ててプラズマライフルの電源を切る。  それをホーリーと店員が同時に、クイ、と銃口を傾ける。  シュウウウ、と言う音と共にプラズマが収縮し、銃口から高熱を帯びた空気が漏れた。  二人が銃口を傾けてくれなかったら、この蒸気に顔を焼かれていたところだ。 「「気をつけてくださいね」」  ホーリーと店員が同時に言う。  特にホーリーはかなり怒っているようだ。 「す、すみません」 「では、レーザーガンを試射してみてください」  そう言われて、セーフティを外して、レーザーサイトを頼りに照準して、レーザーを撃つ。というか機構的にはレーザーサイトの出力を上げているだけなので、狙い通りに的の真ん中を撃ち抜く。 「レーザーって当てやすいね」 「そうですね。レーザーサイトを見ずに射撃できますか?」 「レーザーサイトを見ずに?」 「アレを確認してから撃つのはちょっと遅くなりますから。敵はもっと早く撃ってくるかもしれませんよ?」  そう言われて。レーザーサイトを使わずにレーザーを打ち込む。  的の中心から大きく外れた。 「貸してみてください」  そう言われてホーリーに銃を渡そうとすると、 「セーフティ」  と言われて慌ててセーフティをロックして渡す。  ホーリーは渡された銃をピュン、ピュン、ピュン、と連射する。  全ての弾が的の中心に吸い込まれた。 「すごーい機械みたい……」  感心するステラ。 「ここまでとは言わずとも、ある程度早打ちは出来るようにしておきたいですね」  そう言ってカートリッジを抜いて、充電器に押し込むホーリー。 「プラズマライフルもレーザーガンも宇宙統一規格のカートリッジを使っているので、全宇宙のガンショップ、ハンターギルド、工場等でも充電できますよ」  と、店員が説明する。 「へえ」 「プラズマライフルは大型カートリッジ一つに付き10発、レーザーガンは小型カートリッジなので6発撃てます」 「ではこれと、カートリッジをそれぞれライフルは5つ、レーザーガンは3つ買っておきましょう」 「うん」  会計を済ませると、手持ちの残金はもう2500ボルになっていた。 「いっぱいお金使っちゃったね」 「初期投資は大事です。ここでケチると命を落とします」 「うん。あ、携帯端末買いに行こっか。君、持ってないって言ってたでしょ」 「はい。身分証明が出来なかったので」 「私の名義で作ろう。私、孤児院で戸籍登録してるし、身分証明だってハンター証で出来るもんね!」 「ありがとうございます」 「じゃあ、行こ」 「はい」 「ありがとうございましたー」  携帯端末の店の店員が挨拶をする。 「ありがとうございます。でも、2つも買っていいんですか?」 「うん、私もちゃんとしたのが欲しかったし。ハンター証でも代わりは出来るけど、本当に通信くらいしか出来ないからね」 「そうなんですか。そうですよね、通信端末を全員に無料で渡してたら、いくらお金があっても足りませんよね」 「うん。……ホーリー、忘れないでね」  ステラが目に妖しい光を湛えながら言う。 「その端末、私の名義だから。逃げたりしたらすぐ解約するからね。もう逃げられないゾ♡」 「はあ。別に逃げたりなどしませんが」  何言ってるんだこいつ、というような目でホーリーがステラを見る。 「そっか。じゃあ、一緒にギルドで仕事探そっか。私、何でもいいからあと一つ仕事を受ければランクアップするんだってさ」 「そうなんですか」  ハンターギルドに入っていないホーリーにはランク、というものがどういうものかよくわからないが、多分めでたいことなのだろうと思った。 「では、頑張りましょう!」  ホーリーがぞいの構えで鼓舞する。 「うん!」 「というわけで、何かいい仕事、ありませんか?」 「装備も揃えて、アームドモンスターも修理にも出してるんですね」 「はい!」 「アームドモンスターのデータが工場から送られてきたので確認しました。アレックスで間違いないようですね」 「はい」 「では、こちらの依頼などどうでしょう?」 「特定地域の偵察と……同じ地区の制圧?」 「はい。機動兵器持ちの方優先で受けられる仕事で、決められた地区の様子を見て、可能であればモンスターや野盗を殲滅するんです。報酬は偵察が一人50ボル、制圧が250ボルで、弾薬・修理費はこちら持ちです」 「内容の割に随分安いですね」  横からホーリーが口を出す。 「この地区は強いモンスターが出てこないんですよ。それに、安い分弾薬・修理費がこちら持ちなので」 「もしもの事……例えば、強力な戦力を持った盗賊や、強力なモンスターが徘徊してきたら?」 「逃げて報告してください。その場合は偵察のみの報酬となります。最低限取り逸れる事はないので、どうでしょう?今回はBランクの人が付き添いで、Dランクの方3名が一緒に仕事を受けます。全員機動兵器持ちですよ……一応」 「一応?」 「はい。Dランクの3人は新人で、機動兵器を貰ったことで舞い上がってて、ちょっと不安なんです。ステラさんはそんな事はありませんよね?」  う、とステラは言葉に詰まった。  ステラだって一昨日登録したばかりで、機動兵器を手に入れて賞金首を倒して、十分に舞い上がっている。  その自覚があるのは年下なのに明らかに格上のホーリーが傍にいて、力を見せつけられているからだ。 「そ、そうですね、ソンナコトナイデスヨハハハ」 「そうですか。安心しました」  受付嬢がニッコリと笑う。 「では、そちらにメンバーが揃っているので、挨拶してください」  そう言われて見てみると、見たことのある顔……いやゴーグルが居た。 「あっ」 「よう」  ホーリーと会った時、騒ぐステラを嗜めた、あのゴーグルのハンターだった。 「うまくやってるようだな……なんだ、ソイツも一緒か」  ホーリーを見てゴーグルのハンターが言う。 「俺はブルーノ。Bランクのハンターだ。お前達は?」 「ステラ・サントラナ。Dランクですが、今回の依頼でCランクになります」 「君もか!俺たちもそうなんだ!これが終わったら俺達と組まないか?」  ブルーノの周りにいた青年がずいっと前に出てきて声をかけてくる。 「俺はアルク。後ろの二人はファミィとヨルン。この仕事が終わったら3人で組むんだ。君も入らないか?」 「ファミィです。よろしくお願いします」 「ヨルン。よろしく」  アルクの後ろで二人の少女が挨拶する。 「オメーは女ばっかり誘うな!いい加減にしとけ」 「そんなつもりはないんだけどなあ」  嗜めるブルーノに、アルクがへへ、と笑った。 「それと、この子はホーリー。連れて行っていいですか?重量級で足が遅くなりますけど、戦力にはなると思います」 「重量級?お前、確かハンターじゃないんだよな。修理費も弾薬費も出ないが、いいのか?」 「構いません」  ホーリーはいつもの仏頂面で言う。 「ホーリー?君も女の子なのかな?」 「男です」  アルクに対して、食い気味に答えるホーリー。 「そうか……君はまだ子供みたいだけど、ちゃんと仕事はできるのかな?」  明らかに落胆した様子でアルクが尋ねる。 「心配はいりません。うまく出来なかったとしても死ぬだけです」 「簡単に死ぬとか言うな!」  何かの癇に障ったのか、アルクがいきなり激昂する。 「そんな気持ちで来るなら足手まといだ!」  そう言うアルクを、ブルーノが小突く。 「いてっ」 「それを決めるのはお前じゃねえ。俺だ」  ドスの利いた声でブルーノが言う。 「俺はコイツよりもお前のほうが心配だよ」 「なんだよ……」 「それで、この子は連れてってもらえるんですか?」  ステラが不安になって尋ねる。 「ああ、別にいいぜ。本人が良いって言ってるしな。ところで、重量級って言ってたな。機体は何だ?」 「篝火。アームドモンスターです」 「んー?聞いたことあるような……だが、ここらじゃ聞かない機体だな。ハンター証が有れば詳細がわかるんだが……」 「見ればだいたい分かると思います」 「そうか。よろしくな、ホーリー」 「俺は反対だ」  アルクが反対する。 「だからそれを決めるのはお前じゃねえっつってんだろ!」 「俺だって参加してるんだ!意見を聞いてくれたって良いじゃないか!」  ブルーノにアルクが食って掛かる。 「じゃあなんで反対なんだ?」 「それは、こいつが死ぬとか言うから……」 「落ち着け。本気だってことのアピールだろ。本当に死んでもいいって思ってるわけじゃないよな?」  ブルーノがホーリーに尋ねる。 「私が本当に死ぬとしたら、あなた方全員が先に死んでると思います」  ホーリーは真顔でそう言い放った。  その発言に、アルクだけでなく、その場に居た、ステラ以外の全員がピクリと反応した。 「おもしれえ事言うじゃねえか」  と、ブルーノ。 「お前!何様のつもりだ!」  と、アルク。 「随分な自信みたいね」  と、ヨルン。 「あ、あの、皆さん落ち着いて」  と、ファミィ。 「ホーリー!いくら何でも失礼でしょ!ごめんなさい、この子にはよく言って聞かせますから」  と、ステラが言うと、ホーリーはブルーノに向かって、 「嫌なら外してもいいですけど、元々お金をもらって参加するわけではないので、一人で勝手にやらせてもらいます」  と言い放った。 「ほう」  ブルーノは思案した後、こう言った。 「お前は連れて行く。ステラの付き添いとしてな。だからお前が勝手な行動を取れば、その分ステラの信用に傷がつく。この意味がわかるな?」 「勝手にしてはいけない、ということですね」 「そうだ、いい子だ。ステラの為に、俺の言う事をよく聞いて、危なくなったらすぐ逃げるんだぞ」 「はい」  ホーリーは素直にそう答えた。 「じゃあ登録番号を教えてくれ。お互いの情報を共有する。 ステラが他の4人とお互いにハンターの登録番号を教え合い、情報を見た。  翌日。  街の外で6人は集まり、出発した。  ホーリーの篝火は……やっぱりデカかった。  アレックスの頭が篝火の胸くらいまでしか無い。  腰の大砲も、手に持った大太刀も、アレックスでは装備できなさそうだ。  ブルーノが「重量級っていうか、大型機じゃねえのか、コレ」と言っていた。  だが、やはりというかその分足が遅い。  Dクラスの3人はハンター養成校に通っているらしく、そのおかげで大手チームに加入して、安物とは言え機動兵器を貸して貰っているようだ。 『ステラは一昨日入って、自力で機動兵器を手に入れたのか、すごいな』  と、軽量級アームドモンスター「ゴブーリキ」に乗ったアルクが言う。  ゴブーリキは本当に最底辺の安物で、頭と胴体が一体化しており、手足は細く短く頼りなく、突き出た腹に操縦席があるという、アルク自身も「みっともなくて恥ずかしい」という位の不格好さだ。せめてもの格好つけとして、背中に剣を背負っているが、全く似合ってない。 『しかも、賞金首まで倒してる!』  ホバー戦車「センチュリオン」に乗ったファミィが言う。  これはゴブーリキよりも大分マシな装甲と武装を持っているが、その分足が遅い。ホーリーの篝火と同じくらい遅い。そのおかげでホーリーの足の遅さが気にならなくなっているが。  旋回砲等はなく、戦車と言うより自走砲だ。 『へへ、ホーリーに手伝ってもらって。ね?』  とステラがホーリーに話しかけて、会話の輪に参加させようとする。 『そうですね』  そんなステラの気遣いをよそに、ホーリーは無愛想に言う。 『アレックスか。いい機体だ。だが、それを初めて操って戦うのは難しかっただろう』  アレックスと同程度の中量級アームドモンスター・ヘルハウンドに乗ったブルーノが言う。  その名の通り、面長の頭と犬耳のようなセンサーが付いたヘルハウンドは、高速で耐久力もそこそこあり、何と言っても強力な索敵や電子戦をこなす名機だ。直接戦闘力こそアレックスに劣るが、戦略的に見た場合、どちらが部隊に欲しいかと言われれば、ヘルハウンドに軍配が上がるだろう。 『はい、ホーリーが居なかったら危なかったです』  アレックスは今日の朝までに修理が完了して、足取りが軽やかだ。 『その機体、『カガリビ』だったっけ、それも一緒に戦ったの?』  小型ガンシップ「スカイキャット」に乗ったヨルンが尋ねる。  ガンシップというのは空飛ぶ戦車と形容される、火力・装甲・機動力のバランスが良い機動兵器だ。 『いえ。篝火で攻撃したら、ナロードラゴンなんて跡形も残りません』  とホーリー。 『へえー』  それを受けて面白くなさそうに、アルク。 『そろそろモンスターが出てくる頃だな。俺とステラが先行する。お前らはちょっと待っとけ』  ブルーノにそう言われて、足を止める4人。 『ステラ、索敵は出来るか?』 『索敵、ですか』 『ヘルハウンドには劣るが、アレックスにもいい索敵装置が積んである筈だ。やってみろ』  そう言われても、ステラには索敵の仕方などわからない。自転車の練習じゃあるまいし、いきなり実地でやれと言われても、やり方がわからない事にはどうしようもない。  そう思っていると、その思考を読み取ったAIが勝手に索敵モードに入った。  立体映像で球体状の3次元索敵情報が載せられ、ヘッドセットを通じて脳内にも直接情報が流れ込んでくる。 『うわっ何これ』 『なんだ、VRゲームとかやった事無いのか?』 『そんなお金無かった』 『まずはそこからか……機動兵器は操縦者の思考を読み取って動く。もちろんその逆に機体からの情報が操縦者の脳内に直接流れ込むこともある。この感覚に慣れろ』 『思考を読み取って動くならこの操縦桿は何なんですか?』 『思考を読み取って勝手に銃をぶっ放さないように最終的なトリガーはそれで引くんだよ。それで、索敵は出来たか?』 『大型なし、中型が3、小型が14体居ます」 『よし、よく出来た。……戻る前に、お前に言っておきたいことがある』 『なんですか?愛の告白ならあらかじめごめんなさいって言っときますけど』 『馬鹿野郎。ホーリーの事だ』 『ホーリーの?』 『ああ。昨日、あの後カガリビって機体について調べたんだが、アレはハンターには出回ってない。皇国軍の正規軍専用の機体だ』 『それって……』 『ナロードラゴンが跡形もなく吹き飛ぶってのはフカシじゃない。本当にそのくらいの機体だ。あんな子供が持ってるようなもんじゃない』 『……』 『お前、とんでもねえ拾いもんをしちまったのかもしれないな』 『そうですか』  それを聞いてどうしろというのか。ホーリーから離れろとでもいいたいのか、それとも、もっとご機嫌を取れとでも言いたいのか。 『あいつはただもんじゃねえ』  そんな事は知っている。 『せいぜい仲良くやれよ』 『言われなくてもそのつもりだよ』  なんだ、そんな事が言いたかったのか。  下らない。神妙に聞いて損した。 『この話は、ここだけの話だ。ホーリーに俺が余計なことを吹き込んだ、なんて思われたくないからな。さあ、あいつらの所に帰るか』 『はーい』  それから4人の所に戻り、フォーメーションを組んだ。 先頭にブルーノのヘルハウンドが出て索敵、その後ろにステラのアレックスとヨルンのスカイキャットが付いてきて、小型を掃討。ファミィのセンチュリオンは足が遅いので、アルクのゴブーリキとホーリーの篝火で護衛。これで目的の地区まで移動する。  道中の中型、3から10メートルくらいの敵はヘルハウンドのミドルレーザーやアレックスのレーザーライフルで掃討し、小型、3メートル以下のものはアレックスの迎撃用レーザーやスカイキャットの対人プラズマ砲で潰した。 『進路上の敵だけだ。余計なやつには手を出すなよ。俺達の仕事はあくまでD5地区の殲滅なんだからな』 『はい』  ブルーノの指示に返事をする。 『そろそろだな』  D5地区とやらが見えてくる。  索敵してみると、なるほど、そこそこ多くのモンスターが巣食っているようだ。   『射程内です。撃ちますか?』 『ん?そうか。じゃあ一発頼む』 『一発ですね』  そう言うとホーリーは篝火を飛び立たせて、上空から腰のビームバズーカを一発撃った。  トカマクで生成された超高温のプラズマがD5地区の、特にモンスターが密集している所に着弾して、その周囲が爆炎に包まれる。  地面が蒸発し、あとに残ったのはクレーターだ。 『おいおいお前だけでなんとかなるんじゃねーのか、コレ』 『連射できないので小型に対する殲滅力には劣ります』 『そうか、じゃあもう一つの方で一発ぶちかましてくれ。後はセンチュリオンに合わせて突入だ』 『はい、全速前進!!……すみません、遅くて』  申し訳無さそうにファミィが言う。 『気にすんなよ!戦場に着いてもロクに活躍できない俺よりマシさ』  哀愁を漂わせて、アルク。 『私達3人共どっこいどっこいだから気にしないで』  と、ヨルン。 『私なんて、自分の機体の事もよくわかってないよ』  と、ステラ。 『お前らはまだまだこれからだろ?Bランクにもなってステラと同クラスの機体な俺の気持ちも考えてくれ』  と、ブルーノ。 『アレックスもヘルハウンドも悪い機体じゃないと思いますが……』  と、ホーリー。  D5地区が全員の射程内に入る。  センチュリオンの主砲であるレールガンが、ゴブーリキが左手に持った散弾を装填した滑腔砲が、ヘルハウンドとスカイキャットのミサイルランチャーが、アレックスの粒子砲が火を吹く。  それに少し遅れて、篝火のビームバズーカがその弾幕の穴を埋めるように飛んでゆく。  大型火器は中型モンスターを優先して狙い、小型モンスターには副砲をぶちまけた。  一同が血に酔ってきたその時、ブワッ、と羽虫のようなモンスターが飛び立ち、群がってきた。 『何だコイツら!?』 『数……134匹!?』  索敵したステラがその数に驚く。 『グランゴだな。小型の飛行型モンスターだ。的が小さいから命中率の高い武器で狙え』  ブルーノの指示通り、アレックスの迎撃用レーザーが、センチュリオンの多目的副砲レーザーが、ゴブーリキの散弾滑腔砲が空のグランゴを殲滅していく。 (ホーリーは副砲とか持ってないのかな)  篝火の方を見てみると、近づいたグランゴを刀で切り落としている。  今までの鈍足は何だったのかという程に素早く動いている。  手に持った大太刀を振るえば、ビームバズーカを撃てば、数匹のグランゴがまとめて吹き飛ぶ。  時々取り付こうとするグランゴがいるが、装甲以前にバリアで近づけもしない。  一番苦戦しているのはスカイキャットだ。  命中率と連射力の高い対人プラズマキャノンは下向きについている。  空を飛ぶ群れには当てづらい。  対空に使える装備はもう撃ち尽くしている。  軽量の航空機故に、装甲もそんなに厚くない。 『ヨルン、高度を下げろ!!』  そう言ってアルクのゴブーリキが剣を片手にスカイキャットの周りのグランゴを切り落とす。  ステラとブルーノもスカイキャットの周りに群がったグランゴを巨大な腕で振り払う。弾丸のような速度で動く数トンの腕が、グランゴの体をいとも容易くバラバラにする。 『ヨルン、下がれ!』  ブルーノが撤退指示を飛ばす。 『ごめん!』  スカイキャットが戦線離脱する。  グランゴはスカイキャットを追うが、スカイキャットのほうが速かった。  一行は羽虫にたかられながら、戦い続ける。  数分間の戦いの果てに、ようやくグランゴを全滅させた。 『索敵──クリア。作戦終了!!」  ブルーノが作戦終了を告げる。  皆疲労困憊だった。 『その、なんだ』  ブルーノが口を開いた。 『こんな雑魚でも、数が揃えば恐ろしいんだ。強いモンスターを倒すばかりがハンターの本懐じゃないぞ』 『『『『はーい』』』』 (さっさと撤退命令を出しておけばよかったぜ)  と今更気付いたブルーノが言う。  彼もまだまだ研鑽が必要なようだ。 『皆さん疲れているんですか?』  ホーリーが言う。 『当たり前だろ!!』  アルクが答える。 『ホーリー、すごい動きしてたね。疲れないの?』  ホーリーの戦い振りを見ていたステラが尋ねる。 『こういう時に対処するために、日頃の鍛錬が必要なんです』 『そうだぞ』  ブルーノが乗っかる。 『皆さん疲れているようでしたら、私が先行します』 『じゃあ、俺とホーリーが先行する。何しろ索敵担当で、付き添いだからな』  こうして皆で帰った。  機体を思うように動かせなかった。  自分がもう少しうまく機体を扱えるようになれば、もう少し状況は変わったのだろうか。  例えばホーリーのように。  篝火の背中を見ながらステラは思案した。  翌朝、ホーリーに起こされた。 「ステラさん、ステラさん」 「ん……なーに?一人でトイレ行けないの?」 「違いますよ。鍛錬のために外に出ます。起こして知らせろって言ったじゃないですか」 「あー……」  そういえば、そんな事を言った気がする。 「では、行ってきます」 「ちょっと待って」  ステラが止める。 「私も行く」 「え?」 「私もその鍛錬とやらに付き合うって言ってるの」 「はあ」 「ちょっと待ってて」  顔を洗って、着替えて、銃をホルスターに入れてホーリーと一緒に部屋を出る。 「まずは走ります。付いてきてください」 「うん」  二人で一緒に走り出す。  数十分後。 「ハアー、ハアー、ヒイー、ヒイー」  ステラは息も絶え絶えになってホーリーに付いてきていた。  町内一週くらいだと思っていたら、町の外れの山道に入っていた。 「大丈夫ですか?」  そう言うホーリーはまだ余裕がある様だ。 「ど、どこまで走るの?」 「山頂までです」  もう少しだ。 「が、がんばる……」  山頂に着いたときには、もう朝日が上っていた。  ホーリーは「休んでいてください」とステラに言って、その辺から薪を拾ってきて積み上げた。  それが二つ。  ホーリーは木の棒を二つ持っている。その一つをこっちに寄越してきて、 「アレに向かって打ち込みます」  と、積み上げた木を指さした。 「……へえええ~?」  ホーリーはバシバシと目にも止まらない速さで木の棒で積み上げた木を叩くと、積み上げた木の方が折れていった。  木で木を折ってる。  信じられなかった。  ステラは立ち上がって同じ事をした。 「ええーい!」  ベチンと木の棒を積み上げられた木に当てる。  十分くらいそうしていた気がする。  ホーリーはその様子をしばらく見ていると、 「そろそろ帰りますか」  と言って帰り支度をした。 「ええ?でもまたコレ壊してないよ」  とステラが言うと、 「初めてで壊せるわけ無いじゃないですか」  と言い放った。 「ええ~?」  帰りも走った。  街に帰ると、喫茶店で朝食を摂る。  トーストとベーコンエッグとサラダのセットにコーヒーを付けて、ホーリーと話す。 「毎日あんな事してるの?」 「惑星内にいる間はそうですね。走って剣を振ってます」 「ふうん」 「でも、いきなりでよく付いてこれましたね。途中でおぶっていくつもりだったんですけど」 「私、前は教会付属の孤児院に居て、クルセイダーの訓練を受けてたの。だから、軍人になれるくらいの体力はあるよ!」  そう言って腕を曲げて力こぶを作るポーズを取るステラ。 「ならなかったんですか?クルセイダー」 「うん。筆記試験で落ちた。でも、そのおかげで君に出会えたから、それは良かったかな」 「……それはどうも」  ホーリーが照れているのを感じて、ステラは微笑んだ。 「この後はアームドモンスターの使い方を教えてよ」 「アームドモンスターですか?」 「うん、昨日わかったんだけど、私、予想以上に使い方わかってないみたい」 「クルセイダーの訓練では習わなかったんですか?」 「うん。機動兵器の使い方は習わなかった。機動兵器はクルセイダーになってからだって」 「では、食べ終わったら練習しましょう」  ギルドにあるシミュレーションを使おうとしたら、順番待ちでいっぱいだった。  まず実機の性能を確認させてくださいとホーリーが言ったので、工場に預けてあるアレックスに二人で乗って、一通り動かしてみた。  ホーリー曰くこのアレックスに搭載されているAIは相当に頭がいいらしく、その補助が有るからステラはこの機体を扱えているようだ。 「今の状態だと、全部AI任せにしたほうがステラさんよりも強いですね」 「ええー……」  ステラが不満の声を上げる。  それでは自分はなんのために乗っているのか。トリガーを引く係か。 「それに、正規軍仕様なのか、火器やエンジンの性能もハンターが使っているものより良いようです」 「そうなんだ」 「大体のところはわかりました。下手に操縦技術を上げるよりも、シミュレーターで戦術眼を磨きましょう」  そういうわけで、ギルドのシミュレーターを使う事にした。  シミュレーターを協力モードにして、使用機体をアレックスにする。篝火のデータは無いという事で、ホーリーは107式偵察機、通称「ヒトツメ」を使う事にした。  ランダムで選ばれたミッションは哨戒任務。  盗賊に狙われている村の近くを30分間哨戒して、敵が居たら追跡して撃破するか、友軍に連絡して応援を呼ぶかして排除しないといけない。  敵は30分間現れないかも知れないし、大部隊で奇襲をかけてくるかも知れない。  索敵や通信を妨害してくるかも知れないし、大型モンスターが乱入してくるかも知れない。  ランダム要素で埋め尽くされたこのミッションを、30分間村を守りながら生き残るのがクリア条件だ。  もちろん実際の哨戒任務は30分なんて短くない。ギルドのシミュレーターの使用時間が一人1時間だから短く設定されているだけだ。 「このデータはハンター仕様なので、いつものアレックスの80%くらいの性能だと思ってくださいね」  と、ヒトツメに乗ったホーリーが言っていた。  ヒトツメはその名の通り大きな単眼が目を引く小型アームドモンスターで、レドームが陣笠の様に頭に被さっている、足軽のような姿をしたアームドモンスターだ。  強力な索敵能力が特徴で、皇国では徴兵されたパイロットに対してコレを与え、兵役が終わるとなんと武装解除したコレを貰えるらしい。  ステラなりに慎重に索敵しながら進んでいく。  ホーリーはステラに随伴して特に何も言わない。  ただ、ステラが見落として村に向かった敵や奇襲してきた敵を始末するだけだ。  ステラが質問をすると一応教えてくれる。  5体の敵が出現し、ステラはその内3体を見逃していた。20分で大型機の敵が3体の取り巻きを連れて出てきて、更に大型モンスターの乱入を受けた。 「ステラさん逃げてくださいジャミング掛けながら逃げてください村に連絡して全速で逃げてくださいジャミング掛けないと蜂の巣に……あーあ」  ステラが撃破されたので、ホーリーもミッションを放棄して再戦する。  同じ設定で初めて、また最初から始める。  2回目のミッションは、1回目の失敗を踏まえてホーリーが色々口を出してくる。 「レーダーに映ってないけど居ますジャミングされてます自動照準じゃロックしてくれないから自分で照準して撃ってください」  そう言いながらホーリーが3機現れた敵のうちの1機を撃ち落とす。  2回目は30分持ったが、自分一人では無理だったろうとわかる。  他の利用者が居なかったので、延長して沢山のシチュエーションでシミュレーションした。  盗賊基地への強襲偵察、大型モンスターの撃破、モンスターのうろつく地域での哨戒。  使っていてわかったのだが、このAI、ステラのアレックスより圧倒的に気が利かない。  ブースターを吹かす時も出力を自分で調整しないといけないし、武装はちゃんと細かく指定しないといけないし、索敵も細かな指示を入れないと指示した機能しか使わないし、ホーリーに言われるまで自分がジャミングも掛けずに戦っていた事もわからなかった。というか、ジャミングという概念すらステラは知らなかった。  それらを、ステラのアレックスは全部自動でやってくれていたということである。  全部AIに任せていたほうが強い、というのがよくわかった。  機体性能だってそうだ。  ホーリーによればデータ内のアレックスは武装の威力が低いらしく、ステラのアレックスなら抜ける装甲に時々阻まれているそうだ。  AIの性能の低さは格闘性能にも現れていて、格闘戦をしても避けないしモーションが適当で威力が出ない。力任せに手足を振っているだけだ。  また、アレックス自体の弱点として軽いエンジンを採用しているため高機動高火力に対して出力が足りていない。調子に乗って全力で射撃するとエネルギー切れを起こすし、ブースターを吹かしながら主砲を撃っても止まる。  適切なエネルギー管理をすることが必要だとホーリーに言われた。  索敵をし、進行方向や速度を調節し、敵との距離を測って適切な武装を選ぶ。  格闘戦では素早く指示を出し、避けて当てる。  しっかりとしたアームドモンスターの扱い方の基礎を、ステラはこの3時間で学んでいた。  ランダムで起こったイベントが理不尽な内容だったとかでなければ、ステラは安定した戦果を出せるようになった。 「またミッション成功したよ!どう?」 「よく出来ました」 「へへ。褒められた」  本当によくやっている、とホーリーは思う。  ステラが覚えた技術は、3時間のシミュレーション程度でモノにできる物ではない。  2回の実戦経験というアドバンテージが有るにしても、ステラの学習能力は目覚ましいものがあった。 「じゃあもう一回……」 「ええー疲れたよ休憩しようよー」  欲が出てきたホーリーにステラが待ったをかける。 「何言ってるんですかお腹空いてる時にも敵は襲ってくるしむしろそこを狙ってくるんですそれに3時間なんて実際の作戦時間に比べたらすぐですステラさんが失敗した理不尽な状況だって実戦では起こりうるんですあと2時間がんばりましょうそしたらご飯食べていいですから」  ホーリーが力説する。 「はあ……」  朝の鍛錬からの疲労を感じながら、延長の手続きをする。  残りの2時間は集中力が切れたのか、芳しい成績ではなかった。 「ほらーやっぱり休んだほうが効率良かったじゃん」  口を尖らせながらステラがぶーたれる。 「長時間動けるスタミナと集中力を育てるのが大事なんです」  何も間違ったことはしていない、とばかりに眉一つ動かさずホーリーが答える。 「お昼はどこで食べよっか」  と、ステラ。 「ステラさんにお任せします」 「たまにはホーリーががエスコートしてよ」  そう言ってホーリーの尻を軽く蹴る。  お返しとばかりに尻を綺麗なフォームで蹴られた。  ホーリーにとっては軽く蹴ったつもりだったが、コイツの身体能力である。ステラにとっては滅茶苦茶痛かった。 「痛った!」 「では町を一通り歩きましょうか」  痣になってないかな、と尻を撫でながら、ステラはホーリーに付いていった。  昼飯はホーリーの提案でスシバーで食べたが、店から出たホーリーは難しい顔をしていた。  どうも、思っていたのと違ったらしい。  午後は依頼でも探してみようと掲示板を見たが、そこでCランクの昇格試験をまだ受けていない事に気付き、受付嬢に頼んで試験を受けさせてもらった。  Cランクの試験も簡単だ。  数学の試験が分数を使う様になったのと、銃のメンテナンスが出来るかが追加されたくらいである。  それと、面接の質問でアレックスの入手経路と、それに付随してホーリーの事を聞かれた。 「そのホーリー君は、とても強いんですね」 「はい、少なくとも私よりは」 「大きくなったら是非ハンターギルドに、と言っておいてください」  にこやかに受付嬢は言う。  こうして特に問題もなくCランクになったステラは、ギルドに備え付けられた情報端末で仕事を探していた。  この端末はハンター証明証を入れて依頼を検索するもので、証明証から読み取った情報から現在のステラに受けられる仕事だけを表示してくれる。 「何かいい仕事無いかなあ」  ボヤきながら検索していると、携帯端末に連絡があった。  アルクからだ。 「もしもしー?」 『ステラか?今度村の警備をするんだけど、お前も来るか?』  依頼を向こうから誘われた。  自分が必要とされるのに悪い気はしない。 「うん!」  ステラは喜んでOKした。  穀倉地帯を踏み潰さないように歩いて、ステラ達は村に着いた。  周りには広大な穀倉地帯が広がっている。 「よくぞおいでくださいました」  と、村長が挨拶に来た。 「よろしくお願いします」  とアルクが答える。 「では早速説明を──」 「じゃあ、皆散開して村の警備に当たろう!」 「おい、村長から詳しい説明聞けよ」 「説明?何の?」  あっけらかんとアルクが言う。 「そう言えば私達も詳しい事聞いてない」  と、ステラ。 「ていうか、こいつら達、誰だ?アタシは紹介されてないぞ」  アルクはファミィとヨルン以外にもう一人、女の子を連れていた。  その紹介をしてもらっていない。 「あー、この子はステラ。そいつはホーリー」 「5人での仕事じゃなかったのか?」  紹介するアルクに気の強そうな少女が問いかける。 「ステラにはコイツがくっ付いてくるんだよ。まあ、オマケだと思ってくれ」 「そうか。アタシはジェシカ、よろしくな。番号を教えてくれよ」 「よろしくね」  ジェシカと名乗った少女とハンターの登録番号を交換する。 「あの機体、お前のか?個人で所有しているのか?」  そう言ってアレックスを指す。 「そうだよ」 「そうか。いい機体だな。ソイツは、あのデッカイ機体に乗ってきたんだろ?装甲が削れても修理費は出ないけどいいのか?」  ホーリーを指して言う。 「まあ、多少なら仕方ないです」 「あの、もう一人分の食料を用意しなければいけないのですか?」  村長が困った顔で言う。 「駄目ですか?」  ステラが不安そうな目で聞く。 「この後来る討伐隊の準備もしなければいけないので……我々も裕福というわけではありません。依頼料も、必死にかき集めたものであの程度です」 「だ、そうだ。ホーリー。悪いが帰ってくれ」 「ちょっとアルク!」  ステラが抗議の声を上げる。 「私は構いませんが」  ホーリーが口を開く。 「あなた方だけで依頼を完遂できるとは思えません」 「何だと!お前、この前から俺達の事馬鹿にしすぎだろ!」 「警備の依頼をわざわざハンターに出すという事は、仮想敵が居る、という事ですね?」  ホーリーが村長に向かって言う。 「はい、最近盗賊団に襲われまして……前は街道を通る輸送機を襲って居たらしいのですが、奴らが現れたことによって輸送機のルートが変わり、次の標的に選ばれたのがこの村なのです」 「じゃあ、俺達で盗賊団ごとやっつければいいんだな!」  アルクが妙な方向でやる気を出した。 「おお!やってくださるのか!」 「それはアタシ達の仕事じゃねえ」 「そうだよ、受付の人も、討伐じゃなくて警備の仕事です、って言ってたよ」 「それに私達が居ない間に村が襲われたらどうするの」  ジェシカ、ファミィ、ヨルンが口々に文句を言う。 「でも、討伐数に応じて軍からボーナスが出るんだぜ?逆にそれがないと安すぎるよ」 「ちょっと待ってギルドじゃなくて軍からボーナスが出るの?どういう事?ちゃんと話して」 「ああ、この村は盗賊団に襲われたらしくてな、3日以内に食料の備蓄をよこせって言われたんだってよ。で、俺達が3日間泊まり込みで警備するんだ」 「それって戦闘が絶対にあるって事だよね?」  ステラが愕然とする。 「そう、この村の用意できる報酬じゃ安すぎるから政府軍が追加でボーナスをくれるってわけ」 「ていうか3日も泊まり込むなんて聞いてない!」 「警備の仕事なんだから、泊まり込みは当たり前だろ?」  キョトンとした顔でアルクが言う。 「ハンターギルドに依頼が行くって言うのを見越してるだろうから、それなりの戦力か作戦を用意してるでしょうね」  ホーリーが呆れた顔で言う。 「大丈夫だ!俺達Cランクに上がったから機体が強化されたからな!」  確かに機体が変わっている。  アルクの機体はずんぐりとした騎士甲冑の様に見える機体にブレードを装備したもの。  ファミィの機体は戦車からアームドモンスターに。細い手足と背中の高機動ユニットによって、妖精を思わせる機体となっている。  ヨルンの機体もアームドモンスターに。右手に巨大なレールガン、胸にレーザー砲を4つ装備している。装甲もそれなりに厚そうだが、それだけに鈍重そうだった。  全員前よりは随分とマシな機体になったようだ。  ジェシカの機体はソードマン。腕部の中型レーザーと10連装短距離ミサイルを装備した、近接型アームドモンスターだ。名前の由来となったブレードをノコギリのような歯の付いた斧に換装している。これではソードマンではなくアックスマンだ。  盗賊くらいなら追い返せるのではないかと思った。 「だから今回はお前の付き添いは無しだ。俺達だけでなんとかしてみせる。子供はこんな危ないことをするな!」  アルクがホーリーに言う。 「でも……」  ステラはまだ不安を隠せない。 「どうしますか?ステラさん」  ホーリーが聞いてくる。 「ステラからも言ってやってくれ!保護者に付いて回るようなやつは足手纏いだってな!」  その言葉を聞いて、はっとする。保護者に付いてきてもらっているのは自分だ。いつまでこの子に頼っているつもりだ、と。 「うん、アルクの言う通りだよ。ホーリーはまだ子供なんだよ。こんな危険な仕事をしてもいい歳じゃない。それに私はもうCランクだよ。一人で仕事を受けられる、一人前のハンターだよ。ギルドだってCランクだけで出来る仕事だって判断してランクを決めている筈だし、多分大丈夫」  ステラはそう自分の考えを言った。  虚勢でないと言えば嘘になる。  だが、このままだと自分はいつまで経ってもホーリーのお荷物だ。 「では、私は帰ります」  ホーリーはそう言って振り返り、篝火のところに向かう。他ならぬステラが自分で大丈夫だと言っている以上、自分が残る意味はない。 「じゃあ、全機散開。周囲の見回りをしよう」  そう言ってアルクが指示を出す。 「散開とか言う前に誰がどこを警備するのか教えてくれよ」  と、ジェシカ。  確かにいきなり散開と言われてもどこに向かえばいいのかわからない。 「えーっと、じゃあ俺は北で、ステラは南で──」  アルクが適当に決める。 「ね、ねえ。皆索敵の訓練とか受けてるんだよね?」  頼りない指示にステラが不安になって尋ねる。 「訓練どころか、実戦でやってるよ」  と、アルク。 「私はもうすぐBランクだ。警備や盗賊討伐の仕事なんていくらでもやってる」  と、ジェシカ。  それなら、シミュレーターだけの自分よりはマシだろう。 「うん、なら皆の指示通りに動く」 「じゃあ、ジェシカが西で──」  アルクが割り振りを決める。  その日は特に何も起こらなかった。 「結構美味いな、このメシ」  村から提供された食事は粗末なものだったが、空腹のせいか、それとも本当によく調理されているのか、結構おいしかった。 「贅沢なものはありませんが、お代わりだけはたくさんありますからね。遠慮しないでください」  と、村人のおばさんが言う。 「え、村長さんが食料が一人分増えるのはきついって、それで仲間が一人帰っちゃったんですけど」  と、ステラ。 「あら、そうだったの?ハンターさんだから、高い食材を用意しないといけないとでも思ったのかしらねえ」 「気にするなよ、ステラだってあんな子供に危険な仕事をさせるべきじゃないって言ってたろ?」 「皆、今日の見回りで何か気付いた事あるか?」  食事をしながらジェシカが言う。 「いや、別に」 「私も別に何もなかったよ」  全員が特に何もなかったと言う。 「多脚戦車の足跡を見つけた。本当に何もなかったのか?まさか歩き回ってただけとは言わないよな?」  ジェシカが問い詰めると、ステラ以外が目を見合わせた。 「私は車のタイヤ跡があったくらいかな。今時車輪で移動する機動兵器なんて無いでしょ?多分村人の乗り物だよ」  と、ステラ。彼女はシミュレーターとは言えホーリーからちゃんとした索敵を教わっている。何か有ればわかる筈だ。 「アルク、お前はどうなんだ?」 「そう言えばアームドモンスターの足跡っぽいものを見つけたけど……盗賊なのか、この村のワークホースなのかわからないからなあ」  ハア、とジェシカが眉間に皺を寄せながらため息をつく。 「食事が終わったら村長に詳しい話を聞こう」  ヨルンが提案する。 「聞くって何をだよ?」 「盗賊がどの方角から来たのかとか、来た時の戦力はどのくらいだったかとかだよ!よく考えたらお前何も聞かずに話進めてたな!」 「なんだよ、いきなり怒り出して。気づかなかったお前も悪いだろ」  いい加減怒り出したジェシカに、アルクが口を尖らせて言う。 「ごめんなさい、馬鹿な人で」  何故かファミィが謝る。 「馬鹿って何だよ。何だよ、皆して文句ばっかり言って。じゃあジェシカ、お前が指示してくれよ」 「うっ……アタシは頭脳労働とか苦手なんだよなあ」  ステラは不安になってきた。  アルクは明らかに経験が足りてない。  ファミィとヨルンも同様だろう。  ステラなんて先日ハンターになったばかりだ。  唯一経験豊富そうなジェシカもまとめたくないと言うのだからもうグダグダだ。 「まあまあ、ケンカは食事の後にしなさい。食事中のケンカはマナーが悪いよ」  村人のおばさんが宥める。 「うん、そうだよ。今は仕事のことは忘れて、ね?」  と、ファミィ。 「そう言えば、ジェシカの機体ってソードマンだけど、武器を換装してるね。他の3人も見たこと無い機体だった」  ステラがそれに乗っかって話を変える。これも仕事に関わる事だろうと言えばそうなのだが、それ以外に話題が見つからないのだから仕方がない。 「ああ、キラーバイトアックスのことか?あれは──」  皆が口々に自分の機体の紹介をする。  どうやらアルク達3人も先輩ハンターが改造したお古の機体に乗っているそうで、ハンターは普通自分に合わせてカスタマイズした機体に乗るそうだ。 (カスタマイズかあ……)  その話を聞いて、ステラは自分のアレックスをどんな風にカスタマイズするか、と考えてみた。  が、詳しい知識が無いので上手くイメージが出来なかった。  そもそも今の自分はAI以下なのだ。  カスタマイズなんて考えるのは、せめてAIよりはマシな動きが出来るようになってからにしよう。  受付嬢はホーリーの機体が篝火である事を初めて知った。  なぜ知ったかと言えば、ホーリーが賞金首のモンスターを狩った討伐証明を篝火に持たせて見せたからであり、なぜ賞金首を狩ったかといえば、仲間はずれにされてイラ付いたからだ。  憂さ晴らしのついでに金までもらえるのだから、賞金首は良い。  ハンターでなくとも賞金が貰えるのだから尚良い。 「ホーリー君、凄いね。これ、10000ボルの賞金首よ」 「そうですね」 「それに、こんなにすごいアームドモンスター、私初めて見るわ」  受付嬢の話し方がなんだか馴れ馴れしい。やはり子供扱いされているのか。 「こんな凄い機体、どうやって手に入れたの?」 「内緒です」 「お姉さんにだけ教えてくれないかなあ?誰にも言わないから」  そういう事か。  篝火は現在市場に出回っていない。一度だけハンター用にデチューンされた物が販売されたが、篝火の運用には手間と金がかかるので、ハンターに人気が出なかったのである。  そして、正規軍の篝火は「撃破」された事がない。  今の所、篝火が敗北したのはマシントラブルで「故障」した時だけである。  それだってほとんど回収されている。  正規軍人でもない人間がこれを持って運用しているという事自体が何かを匂わせるものなのである。 「ダメです」  ホーリーは頑なに拒絶した。  嘘が下手なのは自分でもわかっている。  適当に言い繕っても問い詰められればバレてしまう。  最初から口を閉ざすのが、ホーリーには一番良いように思われた。 「賞金をください」 「そ、そうね。ではギルドに来てください」  受付嬢の口調が急に敬語になる。  もうこれ以上は聞かない、という事なのだろう。  ギルドに行き、受け取った10000ボルの束を懐にしまい、他の賞金首を探す。  賞金首:ダリル・シェーファー 350000ボル  盗賊団の親玉らしい。  盗賊団の親玉。きっと強力な機動兵器で武装しているだろう。周りにはそこそこの機動兵器に乗った取り巻きが数多くいる筈だ。  機動兵器の取り巻きは厄介だ。恐らく確実に重量級の篝火では避けきれないような集中砲火を浴びせて装甲を削ってくる。  下手をすると駆動系を狙ってくるかも知れない。  駆動系や内部機構をやられれば、こんな星では正規の部品が手に入らない篝火は、自己修復機能で直るのを待つしか無い。  それに何日かかるか。  ホーリーはその賞金首は後回しにして、別の手配書を探した。  ステラのアレックスが索敵結果を出す。 「うん、多分こっちから来てる」 『そうか』  ジェシカが報告を受けて返事をする。 『来た方向がわかるならこっちから仕掛けないか?奇襲がかけられるかも知れないぞ』  アルクが提案する。 『そうだな。それをやったら多分後には引けない事と、敵陣なんだから本格的な戦力と何かの罠が確実にあるってことを考えなければそういう選択肢も取れるかもな』 『行こう』  ジェシカの皮肉を聞かなかったかの様に、アルクが頑なに行こうとする。 『じゃあ決をとろう。行きたい奴』  誰も返事はしなかった。 『俺は一人でも行くぞ』 『いい加減にしろ。何焦ってんだよ、そんなに戦いたいなら明日あっちから勝手に来るだろ』 『明日やっつけても、明後日また別のやつが来るかも知れない。奴らを放置していたら村の人達はずっと苦しむ事になるんだ!』 『お前一人で行くって、正確な位置がわかるのか?今は方角がわかるだけだぞ』 『うっ……』 『わかったら撤収だ。ステラ、引き続き索敵を頼む』 『そうだ!ステラが付いてきてくれればいいんじゃないか!』 「ええっ!?私?」  急に話を振られてステラが焦る。 『頼む』  ステラにはアルクが無茶を言っているのだけはわかる。 『しょうがないなあアルクは』  ファミィが呆れ気味に話に入ってくる。 『痕跡があるなら私でも追跡出来るよ。行こう』 『ファミィ……』 『二人じゃ死にに行くようなものだよ。私も行く』  ヨルンも続く。 『ったくしょうがねーなあ!私も行くよ!』  ジェシカも一緒になった。 「ええー……」 『ただしヨルン、お前は残れ。逃げる事になったら足の遅いお前じゃ逃げ切れないからな。その代わり、私達が帰ってこなかったらハンターギルドに伝えろ。代わりにステラが入る』 (えっ私も行く事になってるの!?) 『ステラが先頭に行ってくれ。この中じゃステラの機体が一番いい索敵持ってるからな』 「ちょっと待って私行くって行ってない」 『えっ来ないのか!?』  ジェシカが驚いたように言う。 「なんでそこ疑問形なの?」 『そうか。行きたくないならいい』 『ステラさんが居たら心強いんですけど……』 『無理はしないで。やっぱり私が行く』 『来てくれないのか……』 「わかったよ!私も行くよ!ヨルンちゃん、あとは任せたよ!」 『そう来なくちゃな!お前も俺達の仲間だ!』  勝手に仲間認定された。  斥候のステラを先頭に、かなり離れてアルク達が進む。 「ここ、開いた所は地雷原だから気をつけてね」  そう言って各機にデータを送る。  全員ホバー移動だが、ここに仕掛けられているものはレーダーで移動中の物に反応して弾を飛ばす機動兵器用の地雷である。 「前方にセントリーガン2基」 『私が撃ちます』  ファミイが前に出て、長大な荷電粒子砲でセントリーガンを撃ち抜く。  更に進んでいく。 「うっ」 『どうした?』  立ち止まるステラにジェシカが問いかける。 「ヘルハウンドが2機。もう補足されてるかも」  ヘルハウンドの索敵能力はブルーノに見せつけられた。あの索敵能力ならこちらより先に補足されているかも知れない。 『落ち着け。様子を見たい。映像を送ってみてくれ』  そう言われて、ジェシカのソードマスターに映像を送る。 『んー、こいつら、気付いてないんじゃないのか?ていうか、こっち見てないぞ』 「あれ?」  ヘルハウンドはこちらに背中を向けて、帰っている様だった。 『よし、着いていこう。ステラ、奴らの様子を見ておいてくれよ』 「うん」  そうしてヘルハウンドに付いていくと、奴らは急にこちらを向いた。  ロックオンアラートが鳴る。 『ジャミングをかけろ!』  ジェシカがそう言う前にステラはジャミングをかけていた。  ゴブーリキ数体が現れて、手にした機体の大きさにそぐわない大きなレールガンでこちらを狙ってくる。  ヘルハウンドがジャミング対策にミサイルの弾道を入力して撃ってくる。  完全に罠に嵌められた。  あのヘルハウンドは最初から気付いていて、こちらをおびき寄せていたのだ。 『撤収、撤収ー!』  ジェシカの声に合わせて、皆で撤収する。  そこに立ち塞がるように、2体のアームドモンスターが姿を現す。 『シャドウニンジャ!?隠れて付いてきてたのか!!』  シャドウニンジャ。  光学迷彩を始めとしたステルス性能を持つ高性能アームドモンスター。  アレックスの索敵を突破して近づいてきていたらしい。  シャドウニンジャが砲撃してくる。 『この野郎!!』  ジェシカが吠える。シャドウニンジャに斬りかかる。 『アタシが抑えてる内に逃げろ!』  ジェシカがステラ達に逃げるよう促す。  もう1機のシャドウニンジャが再び姿を消し、その隙にアルクとファミィが包囲網を抜け、続けて抜けようとしたステラの前に姿を消していたシャドウニンジャが現れて単分子ブレードで切りかかってきた。 「きゃあっ!!」  驚いて応戦できなかったステラの代わりにAIが回避行動を取る。 「このお!!」  攻撃を外したシャドウニンジャに、落ち着きを取り戻したステラがトリガーを引きアレックスが殴りかかる。  アレックスのパンチを食らったシャドウニンジャは大きくバランスを崩し、そこにアレックスの主砲が直撃して沈黙した。  足を止めて追撃などせずに、逃げていればよかった。  アレックスは足を止めた隙に他の敵の砲撃を浴びた。 「きゃあああああ!!」 『ステラ!!」  もう一体のシャドウニンジャを仕留めたジェシカがステラの応援に行く。  追いついてきたヘルハウンド2機と、更に新手の敵が見える。  トールハンマー。  全身を包む重装甲と遠近両対応の様々な重火器を持つ大型アームドモンスター。  その圧倒的な重装甲と小回りの効く火力は中型までのアームドモンスターにとって絶望的な「壁」になる。 『おい、聞こえるか?』  通信が入ってくる。 『……ああ』 「誰?」  ジェシカとステラが返事をする。 『目の前のトールハンマーのパイロットだ。名前はダリル。』 『賞金首のダリル・シェーファーか』  ジェシカは賞金首の情報を一通り知っていた。 (ダリル・シェーファー……縄張りはもっと北だった筈。こんな所に拠点を移していたのか) 『知っているなら話は早い。大人しく投降しろ。命だけは助けてやる。命だけは、な』 『……わかった』 「ジェシカ!?」 『ステラ。命の保証がある内に止めとこう。ゲームセットだ。それとも、お前と私でこの戦力差を覆すか?』 「……わかった。私も降参します」 『機体を降りてこっちへ来い。ヘルハウンド達はその機体を持って来い』  こうしてステラとジェシカは、盗賊たちの捕虜になった。  ハンターギルドに帰ったアルク達は話を聞いたホーリーに締め上げられていた。 「ぐっ……がっ……」 「ごめんなさいホーリー君。離してあげて、死んじゃう!」 「早く救助隊を組織してください」  首を捕まれ持ち上げられるアルク。それを庇うファミィ。受付嬢に救助を申請するヨルン。 「襲われた場所を教えろ」  アルクを締め上げながら目だけをギョロリとファミィに向け、ホーリーが聞く。 「私の機体のレコーダーに道の記録が残ってる筈だから、手を離して!」 「…………」  ドサ、とアルクが床に放られる。 「アルク!!」  駆け寄るファミィ。 「早くレコーダーを見せろ」  抑揚のない声でホーリーがファミィに告げる。 「待ってくれ!!」  アルクが叫ぶ。 「俺も救助に参加させてくれ!!」 「早く工場に行くぞ」  ホーリーはそれを無視してファミィに話しかける。 「頼む!!」  ホーリーがアルクを見た。 「いい加減にしろ」  ゴミを見る目だった。 「お前に何が出来る?」 「何がやれるかわからない。だが、何でもやる」  ホーリーは思案する。 「何でもと言いましたね。命は賭けられますか?」 「ああ、当然だ!」  アルクは希望が見えたかのような笑顔でそう言った。 「捕らえた獲物が、こんな小娘とはな!」  そう言ってダリルは縛られたステラとジェシカを値踏みした。 「シャドウニンジャの修理の目処は立ちそうです」  盗賊がそう報告してくる。 「こいつらからいただいた機体もそこそこいい物だったし、若い女が二人も手に入るとはな。特にそこのお前」  ステラを見て言う。 「お前、処女か?」 「だから何よ」 「処女なら何もしないでおいてやる。お前みたいな女は金持ちが買ってくれるからな。処女なら尚更だ」  そう言って次はジェシカの方を見る。 「こいつは情報を吐かせた後、お前達の好きにしていいぞ」  部下達に向かってそう言った。 「ヒャッホー!!」 「女だあ!!」  盗賊たちが騒ぐ。  盗賊達に混じった女性が憐れむような、しかしホッとしたような表情でジェシカを見る。  ここでの女性の扱いがどんなものかがわかる。 「待って!!ジェシカがそうなるなら私も同じ目に合わせて!!」  と、ステラ。 「やめときな。お前じゃ耐えられないよ」  ジェシカはそう言った。 「こっちだ!!」  盗賊達に連れられてジェシカが別室へと連れていかれる。 「お前はこっちだ」  そう言われて牢に案内される。  牢の中で、ステラはホーリーの事を考えていた。  もしホーリーを帰さなかったら、こんな事にはならなかったのかな。  そう言えば、帰す時、ホーリーに部屋の鍵渡してなかったな。昨日はどうしてたのかな。また操縦席で寝たのかな。  助けに来てくれたりしないかな。  もし、ここでホーリーが助けに来てくれたら、私────  ファミィから聞いた地点の手前で篝火を降り、見回りのヘルハウンドの足跡を辿り、途中で襲ってきたモンスターを真っ二つにし、地雷原を勘で避け、着いた先には渓谷を削り出して造られた砦が有った。  ここが盗賊たちのアジトだろう。  ホーリーはアジトの壁をじっと見ていた。  その壁の一つ向こう、アジトの廊下で2人の盗賊団員が歩いている。 「金髪の方の捕虜、上玉だったな。なんとかしてヤれねえかなあ」 「ああ、アレはたまんねえぜ」 「でも、勝手に手を出したらボスにドヤされるな」 「もう一人の方は好きにしていいっつってたな。アレも結構なモンだったし、アレで我慢しようぜ」 「なあ、手や口ならいいんじゃねえか?要は膜さえついてりゃいいんだろ?」 「乳でもいいな。お前ボスに言ってみろよ」 「ハハハッ」  下卑た会話をしているその途中で彼らの意識は途切れ、二度と目覚めることはなかった。  二人の盗賊ごと斬り裂いた外壁を押し広げて、ホーリーは中に侵入する。 (一人残してステラさんの居場所を聞けば良かったかな。いやそれだと壁をこじ開けてる間に連絡されるか。)  二人の死体を見る。 (二人の死体を片付けるか?いや壁の傷を見られた時点で気付かれる。時間のほうが惜しい)  ホーリーは走った。  小便をするステラの様子を見張りがニヤニヤと見ている。  大事な所は手で隠している。  そのせいでちょっと手に付いた。  こっち見ないで、と言っても無駄だった。遠慮なくガン見してくる。  その時だった。 「ここか?」  廊下の方で聞き覚えのある声がした。  ガチャリ、と牢のある部屋のドアが開く音がする。 「誰だ?」  見張りがドアに向かって銃口を向ける。  次の瞬間、ジュウ、と見張りの上半身が蒸発した。 (!?)  ズル、ズル、と何かを引きずる音と共に、足音が近づいてくる。 「ホーリー!?」  現れたのはホーリーだった。  右手にプラズマガンを構え、左に盗賊らしき男を掴んで引きずっている。  盗賊の男は肩を外されたようで、変な風に曲がっている。 「な、本当だったろ?命だけは助けてくれ!」 「そうだな。寝てていいぞ」  そう言ってホーリーは男を放る。その様子を見て呆気にとられているステラの方を見て言った。 「逃げますよ。パンツ履いて下さい」  ステラは便器に座ったままだった。 「ま、待って、ジェシカも助けないと」  パンツを履きながらステラが言う。 「ジェシカ?」 「ほら、昨日会ったでしょ?一緒に仕事した」 「ああ、昨日の。あの人も居るんですか?」 「うん。私とは違う所に連れて行かれて、今拷問されてるか、それとも……」 「それとも?」 「ホーリーには、刺激の強い事に、なってる、かも」  ステラなりに慎重に言葉を選んで言った。  ホーリーは疑問符を浮かべたような顔をして首を傾げたが、すぐに気を取り直して、 「とりあえずそこから出ましょうか」  と言って鉄格子を掴む。  ギギギ、という音とともに鉄格子がぐにゃりと曲がり、人間一人が通れる位の隙間ができた。  ステラはもうこれ位では驚かなくなっていた。 「おい」  ホーリーが先程放った男に銃を向けながら呼びかけた。 「聞きたいことが増えた。もう一働きしてもらう」 「ク、クソッタレが!」  ジェシカを助けて、アレックスとソードマンを回収してアジトの外に出ると、ホーリーは空に向かって信号弾を撃った。 『よし、俺達の出番だ!』  信号弾の光を見て、アームドモンスターの中で待機していたアルク達が動き出す。 『忘れちゃ駄目だよ、これは陽動だって言われたでしょ』 『もう勝手なことしちゃダメ』  ファミィとヨルンがアルクに注意する。 『任せとけ!』  そう言いながらアルクは信号弾の方向に向かう。  見回りのヘルハウンド2体がやって来てミサイルとレーザーを発射する。  それを避け……きれず、装甲が削られる。 『ぐあ!?クッソオオオオオオ!!』  頭に血が上ったアルクがヘルハウンドに突撃する。 『ちょっとアルク!?』 『任せとけって何に対して言ったの』  そう言いながら援護射撃をする二人。  ヘルハウンドは相手が3体だということを確認して、撤退する。 『逃がすか!!』 『ダメ!アルク、戻って!!』  二人が留めたその時、新たな通信が入った。 『何やってんだ、アルク』 『ジェシカ!!それにステラも!!』  現れたアレックスとソードマン、そしてジェシカからの通信で二人が無事だとわかったアルクは、少しだけ頭を冷やした。 『私はホーリーをカカリビの所に送っていくよ!!」  と、ステラが戦線を離脱する。  その時、ダリルのトールハンマーが姿を現した。 『俺の部隊を滅茶苦茶にしやがって、もう許さんぞ!!』  そう言いながら右腕のビームキャノンをジェシカの機体に向かって発射する。 『そうかい!!』  そう言ってジェシカはバトルアックスを構えたが、振り下ろす前にトールハンマーのタックルが決まる。 『このトールハンマーに真正面から勝負を挑んでくるとはな!!』 『くっ!!』  距離を取って牽制しようにも短距離ミサイルは先の戦闘でもう使い果たし、当然補充もされていない。残るは腕の小型レーザーだが、こんな物を当ててもトールハンマー相手では牽制にもならないだろう。怯みながらなんとか斧を当てられないかと振り下ろそうとするジェシカだが、その前にトールハンマーに組み付かれる。 『ジェシカ!!』  アルクがトールハンマーに突っ込む。 『ふん!!』  ダリルは突っ込んでくるアルクの機体にソードマンを投げつける。 『うわあああああ!!』  アルクの機体はたまらず尻餅をつく。  トールハンマーの胸の砲門から光が放たれる。  ワイドブラスター。  大型機に多く採用される、掃討用の拡散ビーム法である。  射程は短く、装甲貫通力も低いが範囲が広く、中量級以下の敵には絶大な効果を発揮する。  その拡散ビームが、アルクとジェシカに降り注ぐ。 『くっ!!』  ジェシカのソードマンはビームを受けながら範囲外に逃げようとする。 『ぐあああああ!!』 『被弾するたびに叫ぶなよ!!攻撃されてるのは機体なのになんでお前が苦しんでんだ!?』  叫ぶアルクにジェシカが突っ込みを入れる。 『キャアアアア!!』 『アルク!!』  ファミィとヨルンが助けを呼ぶ。  突撃したアルクに距離を離された二人がヘルハウンドとゴブーリキに群がられていた。 『ファミィ!!私から離れてヘルハウンドを狙って!!』  ヘルハウンドをレールガンで狙い、レーザー砲でゴブーリキを掃討しながらヨルンがファミィに指示する。 『でも、それだとヨルンが集中砲火を浴びちゃう!!』  ファミィの機体ならゴブーリキの群れから距離を取ることも、遠くからヘルハウンドを狙撃することも容易だろう。  しかし、ファミィの気質がヨルンを見捨てる事を良しとしなかった。  そこに、彼女らから見れば遠くにいる筈のトールハンマーが長距離ミサイルを撃ちこむ。 (クソ、俺が二人から目を離したばっかりに……!!)  アルクは猛省したが、それも長くは続かなかった。 『コイツは私が足止めする!!お前は二人の所に行け!!』  そう言って斬りかかるジェシカから距離を取って、ビームキャノンを放つトールハンマー。 『チッ』 『ジェシカ!?クッソォォォォォォ!!』  トールハンマーの方が近くに居たからだろう。冷静さを失ったアルクがトールハンマーに斬りかかった。 『フン、素人か!!』  ダリルの嘲りとともにあっさりと躱される剣戟。  カウンターのパンチを食らって、装甲が砕け散り、内部機構が露出するアルクの機体。 『ぐあああああ!!』  トールハンマーはアルクの機体を掴み、盾にする。   トールハンマーがビームキャノンをチャージし始める。 『コイツに撃つか、お前が撃たれるか、それともコイツごと俺を斬るかあ!?』 『くっ!!』  ファミィとヨルンはこちらの援護には来られない。  味方機を盾にされては、大振りな斧での攻撃は味方を巻き込む可能性がある。それ以前に、ダリルの技量を考えると、迂闊に切り込んだ所でトールハンマーに逃げられてアルクだけを斬る、という結果になりかねない。  万事休すかと思われたその時。 『高エネルギー反応!?何だこの数値は!?』  ダリルが焦った声を出す。  その瞬間、野太い光条が2本走り、ヘルハウンド1体が吹き飛び、トールハンマーにも攻撃が加えられた。 『ホーリー!!撃つのを止めて!!味方機が盾にされてるよ!!』 『ステラ!!』  聞こえてきたステラの声に、ジェシカが喜びの声を上げる。 『皆!!お待たせ!』  ステラのアレックスと、ホーリーの篝火が戦線に加わる。 『カガリビだと!?』  篝火の姿を確認したダリルが驚きの声を上げる。 『皇国軍の高級機が、なぜこんな所に!?』 『そんなに凄いのか?その機体』  ジェシカがステラ達に聞く。援軍の到着に安堵したらしく、声が少し落ち着いていた。 『そうみたい!!』  ファミィ達の所に駆けつけ、主砲とビームライフルを連射モードにしてゴブーリキ達を掃討しながらステラが答える。 『クソッ、このアジトは放棄する!!ズラかるぞ!!』  ダリルの声に反応して、ヘルハウンドとゴブーリキ達が撤退していく。 『そいつは賞金首だ!!逃がすな!!』 『賞金首?』  ジェシカの声にホーリーが疑問形で答える。 『ダリル・シェーファー。350000ボルの賞金首だ』 『ああ、盗賊団の首領の……もう少しマシな戦力かと思っていたけど、大したことないですね……』 『おっと、追ってくるなよ。コイツがどうなってもいいのか?』  アルクの機体を盾にしながらダリルが言う。  ホーリーは無言で篝火の大太刀を構え、篝火を加速させる。  鈍重そうな姿からは想像もできない、瞬間移動のような爆発的な勢いで、篝火が一気に距離を詰める。  そして、手に持った大太刀でアルクの機体ごとトールハンマーの上半身と下半身が分かたれる。 『な、何!?』  ダリルが信じられない、といった声をあげる。  篝火は邪魔だ、とばかりにアルクの機体を退かせ、トールハンマーの分厚い装甲を指でベキベキとこじ開けて操縦席を剥き出しにする。  中に入っていたダリルは、両手を上げて降参の意を示していた。 『おい、俺ごと殺す気かよ!?』  そう言うアルクに、ホーリーは顔色一つ変えずに、 『命を賭けるって、言いましたよね』  と答えた。 『畜生、チクショウ……!!」 (俺にももっと強力な機体があれば……!!)  アルクは悔しさでわなわなと震えた。  ギルドに帰ると、なんだか大事になっていた。  まず、アルク達が依頼の失敗報告をしていたため、報酬も修理費も弾代も出ない。  そして、救出の緊急依頼を出していたため、救出部隊が出来ている途中だった。今から依頼をキャンセルしても、こいつらの分の報酬は払わなければならない。  極めつけに、ダリルの賞金を貰う段になって、ホーリーが「貴方達も貰う気なんですか?」と言い出した。  確かにダリルはホーリーが一撃で倒した。  他の盗賊はホーリーの篝火が出てきたら逃げ出していった。  つまり戦力的にはホーリー一人でなんとか出来た可能性が高い。  ステラとジェシカは捕まっていたところをホーリーに救出されたので、どうこう言える立場ではない。  アルク達だって頼んで救出に連れて行ってもらって、勝手にピンチになっていた。  それに何より、この依頼にホーリーは参加していない。ステラ達が自分でいらないと言って帰らせたのだ。ステラはこの件に対しては、自分達は仲間だと言う資格すらないのだと思う。  一番先に文句をつけたのは勿論アルクだった。 「俺達も一緒に戦っただろ!!だいたいお前のせいで俺の機体が壊れたんだぞ!!!!」  アルクに続いてファミィとヨルンも加勢する。 「ホーリー君、お願い!」 「アルクの言う事にも一理ある。アルクは足手纏いだったかもしれないけど、私達は言われたことをこなした」 「そんなに足手纏いだったか、俺……?」  ヨルンの言い様に、アルクが抗議の声を上げる。  ジェシカもなんとか分け前をもらおうと必死だった。 「そう言わないでくれよ旦那~、な、アタシ達仲間だろ?」  自分より背丈の低い子供を旦那呼ばわりである。  ホーリーは呆れた顔で皆を見て、最後にステラの顔をじっと見た。  お前からは何もないのか、とでも言わんばかりだ。 「うーん、えっと」  なんと言おうか迷った後に出たのは、以下のような台詞だった。 「ホーリー、仲間はずれにしちゃってごめんね?私、まだ貴方がいないとダメみたい」  分け前が欲しい、というようなことは言ってないつもりだった。  今まで君、と呼んでいたのが、貴方、になっていたのに自分でも気づかなかった。 「いいでしょう」  その返事がお気に召したのか、ホーリーのお許しが出た。 「6人で分けると端数が出ますから、余った分はどうしましょうか」 「旦那の取り分ですよ、へへっ」  ジェシカはすっかり三下のようになっている。 「じゃあ皆でカウンターに行こう。全員ハンター証を出すんだ」  と、ジェシカ。 「?賞金は一般人でも貰えるんでしょ?ハンター証が必要なの?」  ステラが疑問を呈す。 「ハンターが賞金首を倒すと評価点も貰えるんだよ。アタシ達、依頼に失敗しただろ?だから評価点が下がる。ステラ達なんかはDランクに戻るんじゃないか?それを少しでも取り戻さないと」 「そっか」 「賞金は山分けでも、評価点は何人でかかっても同じだけ貰えるからな。350000ボルの賞金首を生け捕りだ。依頼失敗の減点を帳消しにできるかもな」  ジェシカは嬉しそうに言う。もしかしたら賞金よりも評価点目当てで山分けを要求したのかも知れない。  真っ二つになったトールハンマーと壊れたシャドウニンジャはアルク達のチームで買い取ってもらえる事になった。どうやら、独自の整備工場を持っているらしく、パーツに分解して再利用できるそうだ。  一通りの後始末を終えて、解散となった。  アルクが皆で一緒に食事をしようと言い出したが、ステラとジェシカは断った。 「そういうのは依頼成功した時にするんだよ」 「貴方、ホーリーに突っかかるでしょ。一緒にご飯なんてできないよ」  とは言ったが、皆同じ大衆食堂で飯を食うので、結局皆で食事を摂ることになった。というか、ステラとジェシカが座ったテーブルに、アルクが勝手に座った。  せっかくだからと頼んだ大皿のメニューがドカッと大きなテーブルの真ん中に置かれ、それぞれの席に酒と、ホーリーの席には果汁ジュースが置かれた。 「はい、ホーリー。あーん」 「一人で食べられます……!」  ステラとホーリーがいちゃついている。 「アルク、アルク」  ヨルンがアルクに話しかける。 「ん、なんだ?」 「あーん」  ステラ達を見て真似したくなったようだ。 「何だよ急に」  と、アルク。 「「いいからあーん」」  ステラとヨルンがハモる。  ホーリーとアルクが仕方ないなあ、という風に口を開く。 (わ、私も……!)  ファミィもやろうとした時、 「なあ、ステラとジェシカはチームに入ってないのか?」  とアルクが聞いたので、タイミングを逃した。 「アタシは身内でチーム作ったら、賞金首との戦いで壊滅してな……今は一人だよ。やっぱりちゃんとしたプロが入ってないとダメだな」 「私もまだチームに入ってないよ」  二人が答える。 「じゃあ俺達のチームに入ろうぜ!」 「入ったとしてもお前とは組まないぞ」 「私も」 「ちぇ、なんだよ二人共。俺と組むのがそんなに嫌かよ」 「当たり前だ。ていうかお前、私達と組みたくて誘ったのか。ハーレムでも作るつもりか」 「別にそんなつもりじゃ……ただ同じ位のレベルで組んだほうが楽しいかと思ったんだよ」 「私と組んだらホーリーが付いてくるからハーレムじゃなくなるよ」  アルクの勧誘を適当にあしらう二人。 「ステラはいつまでお守り付きで冒険するつもりなんだ?」  と、アルク。 「お守りって……相棒って言ってよ。ね、ホーリー?」 「まあ、お守りになってるのは否定しませんが」 「ちょっと!?」 「そう変な話じゃねえだろ。ベテランに付いてきてもらって戦うハンターなんて珍しくない。アタシだってさっきちゃんとしたプロが居ないとダメだ、って言ったろ?まあ、コイツらの問題は、なんでその役目がこんなっ子供なのかってところだが、実際実力があるんだからそこはしょうがない」  と、ジェシカが助け船を出す。 「ウチのチームなら大手だからベテランも沢山いるぜ!ジェシカもステラも、それなら文句ないだろ?」 「しつこい男は嫌われるぞ」 「ホーリー、おいしい?」 「悪くないです」  全く乗り気ではない二人。 「そう言えばステラとホーリーはどういう関係なんだ?あれか?名家のお嬢様とそのお付きとかか?」  と、ジェシカ。 「お嬢様だなんてとんでもないよ。私は孤児院出で、ハンターに登録した日にホーリーと出会ったの。皆、ハンター歴は私よりも長いよね?ギルドの中で、この子、見たこと無い?」  ステラが皆に聞く。 「んー?そういえば、見覚えがあるな。賞金首の掲示板によく居たような……あ!あの黒いアームドモンスター、見覚えがあるぞ!!確かアタシ達が壊滅した時に、助ける代わりに賞金首を狩っていった奴だ!!あれ、お前か?」 「そんな事はしょっちゅうなので、あれ、と言われてもどれの事なのかわかりません」 「あの、私も見かけたことがあります」  と、ファミイ。 「こんな子が一人で居て良いのかなって思ったんですけど、その時はまだ私達も初心者で、よくわからなくて、そんなものなのかなと思って……ごめんなさい!」 「別に謝らなくても……結構色んな人が見てたんだね。誰か助けようって思わなかったのかな?」 「こんな田舎惑星のさらに辺境のハンターなんて、大体がその日暮らしのロクデナシだよ。他人の事になんて気が回らない。実際アタシがそうだったようにな」 「でもこの子、会った時は仕事の報酬を持ち逃げされて困ってたんだよ。夜も、アームドモンスターの操縦席で寝て、着替えもなくて、お風呂にも入って無くて」 「別に困ってたってほどではないです。あとお風呂は時々入ってました」  ステラの発言をホーリーが訂正する。 「じゃあお前が一緒に暮らしてやればいいじゃないか。今の状態だとどっちが養われてるのかわからないけど」 「うん。そうしてる」  ジェシカの発言に、ステラが前向きになる。 「ホーリー、いつか君を養ってあげられるようになるからね」  ステラがホーリーの頭を撫でながら言う。 「期待しています」  ホーリーは全く期待していない様子で答えた。  宿への帰り道、ホーリーがハア、と溜め息を付いたのに気付いた。 「ホーリー?どうしたの?」 「ああ……特に何も」 「そんなに賞金山分けにするの嫌だった?」 「別に」 「仲間はずれは嫌?」 「別に」 「アルクに何か言われた?」 「別に」  ホーリーはそう言っているがさっきからステラと目を合わせようとしない。 「……何が不満なの?」 「別に気など損ねてはおりませんが」  ツンとした表情でホーリーが言う。 「じゃあどうしたの?溜息ついたよね?」  ホーリーは少し間を置いて口を開いた。 「私達、いつまで二人でいるんだろうって思って」 「え?」 「最初は、ご飯奢ってくれたからその分の恩返しにって、機動兵器の所に案内しただけなんです。それが、相棒って言い出して部屋に連れ込んで一緒に暮らしてるけど、私の訓練に付き合うって言ったり、やっぱり私の助けはいらないって言ったり、私を養うって言い出したり、ステラさんが私をどうしたいのかがわかりません」 「え?う、うーん……」 「ステラさんは私を利用したいんですか?保護したいんですか?」 「ちょ、ちょっと待って」  詰め寄るホーリーをステラが止める。 「私が君をどうしたいかっていうのと、私達がいつまで二人でいるのかって話が、結びつかないよ」  ホーリーはステラにそう言われて、話しづらそうに俯いた。 「その、そこがわからないと、ステラさんとどう接すれば良いのかがわからないというか、これからも他の人に馬鹿にされながら仕事の手伝いをするのかなとか、そうなると辛いというか」  ホーリーは言葉に詰まっている。恐らくホーリー自身もハッキリとした実態のない、不安のようなものなのだろう。そして、それをうまく言語化する事もできない。 「私といるのは嫌かな?」  ステラは悲しそうな顔でそう言った。 「そういうわけじゃないんですけど……」  ステラにはどうしたら良いかわからない。  確かに自分はホーリーに対して不義理なところがあったと思う。  愛想を尽かしてもおかしくない。  でも、何の見返りもなく助けてくれて、頼めば賞金だって山分けしてくれた。 「でも、利用したいのか保護したいのか、っていうのは、ちょっと言い方が悪くないかな?」 「すみません」 「私、利用してるように見えてる?」 「……わかりません」  ホーリーが罪悪感のようなものを感じている隙に、ステラはホーリーの手を取った。 「手、繋いで帰ろっ」 「?いいですけど」  ぎゅうっと手を繋いで帰る。  お互いに温もりと安心感を感じた。  これだ。これが必要なのだ、とステラは思う。  それを離したくないがために、宿への帰り道、ホーリーへの「答え」を準備する。  宿に帰り、一息つく。  なんだか急に眠くなった。  さっきまで考えていた事が霧散しそうになる。  そうなる前に、言おうと決めた。 「ホーリー、さっきの話なんだけどさ」 「はい」 「ホーリーは私といるのは嫌じゃないんだよね?」 「……どうなんでしょう」 「嫌って事?」  イラッとする。疲れのせいか、余計に機嫌が悪くなる。 「そういうわけじゃないんですけど、どうしたらいいかわからなくて、すごく不安で、ドキドキして、いっそ一人になったら楽になるのかなって思ったけど、帰れって言われた時、すごくがっかりして、悲しかったです」 (ふうん)  ステラはホーリーの搾り取るような言葉を聞いて、もう一つ質問をした。 「私がホーリーの事嫌いって言ったらどうする?」  ホーリーはハッとしたような顔をした後、 「嫌いなんですか?」  と覚悟を決めたような目と震えるような声で聞いてきた。  この反応でステラは確信した。  これなら言ってもいいだろう。 「好きだよ」  それを聞いて、ホーリーは安堵した。 「そうですか」  力が抜けているのがステラにもわかる。 「ホーリーは?私のこと嫌い?」 「嫌いじゃないです」 「じゃあ好き?」 「えっと、それは」 「私ね」  ホーリーの隣に座り、手を握りながら言う。 「ホーリーの事、ちょっと怖いけど頼りになるって思う。今はね。でも、最初に出会った時に可愛そうで弱い子で、守ってあげなくちゃって思ってて、それを引きずって君への評価がちょっと狂ってるんだと思う」 「はあ」 「君の方がちっちゃいのもあって、アルク達の前ではカッコつけて自分の方が保護者みたいに言っちゃった。それはごめんね?」  ホーリーが俯く。 「でも、ホーリーは帰れって言われてそのまま帰ったよね?」  ホーリーが顔を上げてステラの方を向く。 「ステラさんが帰れって言ったんじゃないですか」 「でも訓練の時は私の言うことを聞かずにがんばりましょうって言ってたよね?あのくらいの強情さが欲しかったな」 (私、めんどくさい女だな)  ホーリーもそんな目で見ている。 「ホーリー、私の方からも聞くね。君は私をご主人さまにしたいの?私の先生になりたいの?」  ホーリーはまた俯く。 「君はそういう、上下関係みたいなのをハッキリさせたいんだろうけどさ。相棒ってそういうのじゃなくて、対等な関係なんだと思う。お互いに足りないところを補い合う、そんな関係になろ?」  ステラは俯いたホーリーの目を覗き込みながら言う。 「でも、今は君の方が強いし、しっかりしてるし、私なんて居なくていいよねって思う。でも、それでもなんとか君と一緒に居たいんだよ」  自分でも滅茶苦茶な事を言っていると思う。  だがこれがステラの、15歳の少女がなんとか絞り出せる精一杯の言葉だった。 「だから、それまでの間ちょっと協力してくれないかな?今は私の事、足手纏いで見ててイライラするかも知れないけどさ」  ホーリーはなにか思案しているようだ。  お互い、言ったことはぐちゃぐちゃした心の中をそのまま言葉にして出したような、支離滅裂な内容だった。 「私は」  ホーリーが口を開く。 「うん?」 「ステラさんに利用されたいです」 「え?」 「ステラさんの言う事を聞いて、ステラさんのためになる事をして、ステラさんの代わりに死にたいです」 「ちょ、ちょっと待って」  ステラが焦る。 「私の代わりに死ぬって、私はそんな事望んでないよ。私は君と一緒にいたいよ」 「でも、ステラさんの為なら、私は命を賭けられると思うんです」 「それは望んでないって」 「貴方がそういう人だから、自分の全てを捧げようと思ったんです」 「バカ」 「そうです馬鹿です。だからステラさんが私をどう使うか決めてください」 「私だから?」 「そうです」 「でも、それは私が望んでないって言ったよね?ソレにふさわしい人間が、ソレを望んでないって事は、ソレは間違っているということだよ」  幼い時に読んだ騎士物語、「海賊旗のガンボイ」の一節を引用して説得する。  ホーリーはぶつけた思いの丈を否定されて、シュンとなる。 「ねえ、なんで私の事をそういう風に思ったの?」 「わかりません。優しくされれば、誰にでも靡いてたのかも知れません」 「それだけ?」 「それだけのことが出来ない人が、世界にはいっぱいいるんですよ」 ──他人の事になんて気が回らない。実際アタシがそうだったようにな。  ジェシカの言った言葉を思い出す。  ステラはホーリーをぎゅうっと抱きしめた。  ホーリーはステラの体温を、女の子特有の体の柔らかさを、仕事終わりで少し臭う体臭を感じる。 「大丈夫だよ。私は君の事、愛してる」  抱きしめられながらのそれは、蕩けそうな一言だった。  ボーッとした、何か宇宙の真理でも悟れそうな一時の後。 「もう……大丈夫です」 「そう?」  そう言ってステラはホーリーから離れる。 「ホーリー」 「はい」 「男の子のそれって……悪い事じゃないんでしょ?」 「!!」  ホーリーの股間が膨らんでいた。  それの意味するところを、ステラは知っている。  ホーリーは赤くなって俯いた。 「いいんだよ。シャワー浴びてくるね」  そう言ってステラはシャワー室に向かった。  ホーリーもシャワーを浴びた後、ステラが待っていた。  なんだかやたらと着崩している。  胸の谷間が見える。  パンツの一部が顔を覗かせている。  その格好で、ベッドの上に女の子座りである。  いつも以上に無防備な気がするのは気のせいだろうか。 「じゃあ、寝ようか」 「はい」  部屋の明かりが消され、二人共ベッドに入る。 「ねえホーリー」 「なんですか?」 「ホーリーがその気になったらさ、私、絶対抵抗できないよね」  弱みを握られた、と思う。 「その時は責任は取ってね」 「バカ」 「うん、バカだね」  ヘヘ、とステラは笑った。  それから数日間は訓練の日々だった。  朝は早くから起きてマラソンと木の棒を振る体力作り、その後朝食を摂ってから、昼までシミュレーター。昼食が終わったら射撃訓練と実機訓練。夜は早めに就寝。  時々受付嬢から仕事の斡旋が来るので、それをこなす。  一ヶ月もすれば、ステラはひとかどのハンターになっていた。  ある日、訓練を休んで、一緒に出かけた。  街の中にキリステ教の教会がある。  キリステ教は宇宙でも最大勢力を誇る宗教で、こんな開拓惑星にも布教しにやってくる。  大きな教会が建つと教会付属の病院が一緒に建つので、大体の星ではありがたがられる。  もう一つ、教会付属の建物がある。  救貧院だ。  開拓中の田舎星では孤児や貧民など珍しくもない。  放っておけば犯罪者になりうる彼らを受け入れてくれる救貧院もまた、開拓中の惑星にとってはありがたい存在である。  ステラもここの出身だ。 「こんにちは~」  ステラが扉を開けると、中にはシスターと子供たちがいた。 「あら、ステラちゃん。久しぶり」 「お姉ちゃーん!」  子供の一人がステラに抱きつく。 「おっとっと」 「こら、ダメよ」  ステラがバランスを崩しそうになり、シスターが子供に注意する。 「だってぇ……」 「ごめんなさいね」 「ううん、構わないよ」 「ステラさんはもうちょっと体幹の訓練が必要みたいですね」 「ええ~……」 「ここがステラさんのいた孤児院ですか」 「うん!ホーリーも楽しんでってね!」 「はい」 「今日は何の用事かしら?」 「ふふん」  ステラは財布から小切手を出した。 「寄付しに来ました!!」 「まあ!」  シスターは小切手の金額を見て、 「こんな額、どうやって稼いだの!?まさか貴方、危険な仕事をやったんじゃないでしょうね!?」  と詰め寄った。 「い、いやあ~そんな事無いですよ。ちょっと運良く賞金首を狩れただけ」 「賞金首!!そんな危ない事をして!!この子も巻き込んだの!?」  と、ホーリーを見る。 「巻き込んだっていうか、この子が倒しました」  へへ、と笑いながらステラ。 「こんな子を、弾除けに……」  ふらり、と倒れそうになるシスター。 「弾除けじゃないです!!この子ちゃんと強いんですよ!!機動兵器も持ってるし!!」 「こんな女の子が、辛かったでしょうねえ」 「男です」  大事なところを誤解しているシスターに、ホーリーが反論する。  シスターはホーリーをまじまじと見て、 「あら、ごめんなさいね」  と謝った。 「とにかく、私はちゃんとハンターやってるから、安心してよ」 「それならいいけど」 「ステラお姉ちゃん、遊んでよぉ」  子供達がステラにせがむ。 「はいはい。じゃあ、何して遊ぶ?」 「かくれんぼ!」 「じゃあ。私が鬼やるから、みんな隠れて」 「はーい」 「10秒数えたら探し始めるから、それまでに隠れてね」 「はーい」 「9、8、7、6……」 「わっ」  突然、子供が声を上げる。 「どうしたの?」 「ネズミがいる」 「どこ?」 「あっち!」  見てみると、バカでかいネズミがいた。  下手をすると子供を食い殺しそうなデカさだ。 「任せて!」  ステラは護身用のレーザーガンでネズミを撃ち殺す。 「ふう……」 「ステラお姉ちゃん、凄い!カッコいい!」 「へへん!」 「ステラお姉ちゃん。もう1回やって!」 「ダーメ、おもちゃじゃないのよ」 「ステラちゃん、人気者ねえ」 「ええ……まあ……」  ステラは照れたように言う。 「お姉ちゃんも遊んで」  子供の一人がホーリーのコートを引っ張る。 「お兄ちゃんです」  ホーリーが睨みながら言う。  それからしばらく、二人は子供たちと遊び続けたが、ホーリーは遊びが下手なようで、子供達にいいように遊ばれていた。  ステラはその様子を見て、クス、と笑った。