ヴァリトヒロイ王国の王都サカエトルのギルドに、ミッションの報告のために訪れたサーヴァイン・ヴァーズギルトと、†天逆の魔戦士 アズライール†ことハナコは、ギルドのロビーのテーブルの周囲の人だかりの中に青いマントの騎士の姿を見つけた。 「クリストか?」  ギルの呼び声に顔を上げたその青年は、二人の顔を確認すると顔をほころばせて椅子から立ち上がる。爽やかな美貌、知性と理性を伺わせる金髪碧眼の青年。まさしくギルの同胞、滅びし聖都カンラークの聖騎士の1人、聖盾のクリストであった。 「ギル先輩…!それにアズライールさん、お久しぶりです」 「ああ…イザベラ殿たちも、元気でなによりだ」 「うむ、久しいな我が同盟者ギルの同胞たちよ!」 「お久しぶりです…。サーヴァインさん。アズライールさん」 「お初にお目にかかります。ウチはジュダちゅうもんです。以後よろしゅう頼んます」 「同じく、オレはヴリッグズと言います。ただのホフゴブリンですが根性だけはありますぜ」  テーブルを囲むように座っていたクリストの仲間たちも、立ち上がり二人に挨拶を行う。  黒いドレスを身にまとい、その長身と何とも悪そうな目つきが印象的な女性、漆黒の勇者イザベラ。銀髪のアシメトリックスタイルに何となく胡散臭さを漂わせる糸目の女性、神速のジュダ。ホフゴブリンの男性、石剣のヴリッグズ。何れも個性的な、それでいてギルの目からみても極めて優れた素質を感じられる冒険者たちであった。 ************ 「とうしたんだクリスト」 「ギルさん。この盾ももう限界かと思いまして、買い替えを検討しようかと」  そう言いながらクリストが自分の半身と言っていい大盾を抱きかかえてテーブルの上に置いてみれば、なるほど、盾の表面に大小様々な傷跡が入り、特に一際目立つのが盾の上部から盾に一文字に大きくヒビ割れた損傷が何とも痛々しい。 「魔王軍獣魔兵団、レッドバーニングライオンと対峙した時にやられてしまいまして…。何とか撃退はできたのですが、鍛冶屋からももうここまで酷いと完全に治すのは難しいと…」 『うおおおおおお!!俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ! 勝利を掴めと轟き叫ぶッ!』 『あッ…!』 『イザベラ様!危ない!』  熱く心の炎を燃やし、一瞬の隙をついてイザベラに灼熱の炎を纏わせたレッドバーニングライオンのファイアパンチを間一髪で盾で防いだクリストだったが、その時の衝撃に彼の盾は耐え切れず、大きく破損してしまったのだった。 「そうか…傷だらけだものなお前の盾は」 「使い手が未熟なもので…情けない限りです」 痛まし気に盾を撫でるクリストの姿に、彼が心からこの盾を愛用し、大事に扱ってきたことがギルたちにも察せられる。 「いや、誇れ。その傷はこいつがお前と、お前の仲間を護りきってきた何よりの印だ」 (お前のその姿こそ、聖騎士としてあるべき姿なのだ。死にぞこない、棺を担がずにはいられない亡霊のような俺とは違って)  仮に彼と自分を比べて果たして聖職者としてよりふさわしいのはどちらか、と問われれば躊躇わずギルはクリストと即答するであろう。今の自分は今は亡きカンラークの同胞の復讐のみを生きる糧とし、あろうことか死者を永久の眠りにつかせる終の住処である棺を武器としている。これでは冒涜者と糾弾されても抗弁の一つも叶わないに違わない。 そう物思いに沈みながらクリストの大盾を撫でるギルの姿を背後からハナコが複雑な面持ちでじっと見つめていた。 「そう、だよクリスト」  イザベラもギルの発言に頷くと、そっと腰を屈め愛おしげにクリストの大盾の傷を撫でていく。まるで一つ一つが、まばゆい宝物であるかのように。 「この傷は、私を守ってくれたもの。この傷はジュダを、こっちはヴリッグズを…。そしてこの傷は無力な市民たちを魔物から護った時に出来たものだもの」 「イザベラ様…」 「そうや、この傷、みんなさんこの盾が、クリストはんと一緒に戦い続けてきたんやっていう、これ以上ない証拠や…。この盾も、きっと本望だと思うわ」 「俺にはこの盾が王宮や博物館に飾られたどんな綺麗な盾よりもカッコよく見えますぜ旦那!」 「ジュダさん、ヴリッグズ…みんな、ありがとうございます」 ************ 「でもどんな盾にようかと思うと色々目移りしてしまって…」  苦笑しながらテーブルに置かれた装備のカタログを指さすクリスト。ギルが覗き込んでみると確かにそこには大小様々な性能や形の盾が所狭しと並んでいた。 「わ、私はこれいいと思う」  イザベラがおずおずとカタログをめくり該当の頁を指さす。 「ドラゴンの皮に魔力を込めて加工したドラゴンの大盾、使い手を魔法攻撃から護るの。それに、炎系統の攻撃に対して強い耐性があるのクリスト」 「へえ…いいですねイザベラ様」 「で、でしょ?」  クリストの賛意にイザベラの顔が綻ぶ。その姿は誤解を受けやすい圧の強い女でも、頼もしい勇者の姿でもなく、ただの恋する年頃の少女の姿であった。 「いいと思うが…いささかタンク役のクリストには盾が薄いのではないか?クリストにはこれが合うと思う」  椅子に座り、難しい顔でカタログをめくっていたギルが、イザベラとは違うページの商品を指し示す。その台詞に微かにだがイザベラの眉が顰められた。当然であろう。イザベラはこのメンバーの中で、カンラークにいた時期を別とするならば──彼女が一番クリストと共にいたのだから。  クリストの強さ、イザベラへの貢献──単に戦闘力だけではなく、身を呈して仲間を護るその姿勢、誤解されやすい自身や仲間たちのために誠意を尽くして誤解を解こうと奮闘するその姿を、誰よりも長く見てきたのは彼女に他ならないのだから。 「見ろ。この大盾は何より耐久性が凄い。振り回せば武器にもなろう。何より持ち主のお前の命を他のどの盾よりも護ってくれよう」 「なるほど…自分と仲間を護る大盾の能力を最大限まで引き伸ばせそうですね…」 「ああ…何事も命あっての物種だ。大盾使いのお前なら何よりも物理の耐久性を求めた方がいい」 「おお!流石我が同盟相手サーヴァイン!何とも心強き頑丈な盾ではないか!そうであろうクリストよ!」 「…サーヴァイン、さんっ!アズライールさんも、私の選んだ盾でも物理は保証されます!というより物理耐性が弱い大盾なんてそもそもありません…!」 「…その中でもより物理の高いものを選ぶべきだといっているイザベラ殿。タンク役であるクリストが一番狙われるときは接近戦なのだから、物理面に特化したものを選ぶべきだ。……ブレスや魔法攻撃はこいつの防御魔法で対応可能だ」 「うむ、大盾を司る守護騎士よ!貴公には様々な守護魔法の専門家であり、魔法やブレス系への耐性を高める魔法にも長けていると、我が同盟者サーヴァインから聞いたぞ!」 「なるほど…物理耐性に特化した盾を持って、魔法や炎などは防御魔法で防ぐ、ですか…」  ギルの意図を理解するクリストに満足げに頷くギル。その優し気な顔で弟分を見つめる彼の横顔に、ハナコは複雑な感想を抱いていた。 (なによ、そんな顔できるじゃないのよギルのヤツ…)  自分が彼と共に旅をするようになって久しいが、その間に見た彼の顔と言えば、常に眉間に皺を寄せた、まるで神に許しを請うべく修行を積む修験者のように険しい顔をする姿ばかり。このような顔を見れた喜びと、それ以上にその顔を引き出せたのが自分ではないことに彼女は謎の苛立ち──この苛立ちの正体に気づくのはもう暫く後のことである──を抱いていた。  その時だった。 「あめえなあ色男さんよお」 「誰だ!」  ハナコが咄嗟に声の方向を大鎌で切り払うと、”何もない空間から”大きく飛びずさった気配を感じた。低い笑い声と共に徐々に人型の輪郭が露われ、やがてはっきりと一人の男の姿がその場に現れた。  青いローブわかりやすく魔法使い風な帽子。三下なにやけ顔、如何にも大物ぶった魔術師風な容姿の、その実ケチな詐欺を生業とする三流魔術師──マーリンの姿がそこにあった。 ************+ 「むっマーリンですか」 「よう優等生。また会ったな」 「ギャンブルのツケを払いに来たんですか?」 「追加の融資ならいつでも受けるぜ」 「ドブに捨てるのを融資とは言いません」 「へへっ知らねえのか?失敗は成功のもとって諺をよ」 「同じ轍を踏む、という諺を貴方に送りますよ」  売り言葉に買い言葉、まるでラリーのようにポンポンといつまでも会話を続ける二人にギルは不審げな顔を浮かべる。彼の記憶の中ではこんなにも強い言葉を使い、それでいながらどこか会話を楽しんでいるような風にも見受けられる、少なくともカンラークにいた時にこのような彼の姿は見たことはなかった。 「ああ、この人はマーリン。まあその…腐れ縁です」 「親友ではなかったのですか?」 「「誰が!」」  ギルの訝しげにな目に気づいたクリストが苦笑いを浮かべながら紹介しようとするが、話の腰を折るように彼の背後に控えていた集団の中の一人の女性が割って入ってきた。  生糸のような美しい白髪、身にまとうはどこか扇情的な雰囲気を感じさせる鎧、だがそれを感じさせない生真面目で芯の通った性格を伺わせる美貌、そして何より目立つのはその手に持った青く輝く勇者の剣。一目でハナコとギルにも彼女が常人ではないことが察せられる。 「お初にお目にかかります。私はマーリンの仲間のユイリアと申す者です」 「同じく、吾輩はズンター・エセック・ボルボレオIV世と言うものである。以後よろしくである」 「私ハルナっていうの!二人ともよろしく!」 「ハルナはん、お久しぶりさんどすなあ」 「ジュダお姉ちゃんも元気そうでなによりどすえ~」 「次どすえ言ったら怒るで」 「ハイ」 「ボルボレオさん、元気そうでなによりでさあ、近ごろは腰の方はどうですかい?」 「なに、最近は効果のいい湿布があって助かるであります!はっはっはっ!」  彼女に続いて残る二人も名乗りを上げる。再開を喜ぶPTの中に一人外れた場所でポツンと立っている少女がいることに気づいたクリストが、マーリンに彼女について尋ねた。 「すいません、あの方はどちら様でしょうか?」 「ああ言ってなかったな。おい来いよマイン!」  マーリンの呼びかけに反応したその少女はおずおずと集団に近づき、緊張した顔つきで挨拶を行った。 「わ、私は『マイン』と申します!新しくユイリア様たちのPTに加わせていただき、現在ヒーラーの役目を担っております!」 ************  新入りの少女、マインの自己紹介が終わったのを見計らうと、マーリンはテーブルの上に置かれたカタログに手を置いて話を本筋に引き戻した。 「クリスト、おめえにはその大盾は似合わねえよ」 「まず、重すぎる。ただのタンクならそれでいいが支援と回復も兼任してるやつが鈍足じゃあ話にならねえ」 「ついでに、お前、これ片手で扱いながら槍振り回せんのか?」  次々とギルの薦めた盾の短所を指摘するマーリンに仏頂面で聞いていたギルだったが、最後の発言に耐えかねて声を荒げた。 「言わせておけば…クリストは本物の戦士だ。こいつへの侮辱は許せん…!」 「気位云々じゃねえよ。こいつの役割とその盾は合ってねえって言ってんだよ。ついでにイザベラさんよお、アンタの薦めた盾は炎に強いが寒さに弱い。弱点を抱えた盾はお薦めできねえな」 「じゃあ、貴方の薦める盾は、何ですか」 「はいよ、じゃあちょっとカタログを失敬っと…」  険しい顔で問うイザベラにも動せず椅子にどさっと座り、鼻歌を歌いながらページをめくっていく。実力的には二人に遠く及ばないにもかかわらずマーリンはヘラヘラとした態度を崩そうとしない。  その姿に(やっぱり演技力と交渉術は本物ですねこの人)と呑気に感心するクリストであった。 「こいつだ、大きさはコイツの今までの盾と変わらねえ、加えて持ち主の魔力を底上げする」 「…別に、それなら私のでもいいと思う」 「それに出力を上げるということは、魔力の消費量が増えるということだ。それだけ長時間の戦闘が不利になる」   ギルとイザベラから次々と突き付けられた指摘にもチッチッチッと指を振り、”武器”のカタログを持ち出して三人の前に該当の頁を掲げた。 「そこでだ!俺が一緒にお薦めするのはこれ!攻撃した相手から魔力を吸収し、溜めた魔力を放出して攻撃することもできる槍だ!」 「「「…槍!?」」」 「クリスト、てめえに足りないのはなんだ?ずばり攻撃力だ!戦いが長引くほどジリ貧になりやすい!そうだろ?」 「うっ…」  図星を突かれたクリストが思わず呻く。それを見て彼の仲間たちがすかさずフォローに回る。 「ちょっと待ってなぁ!クリストはんの支援魔法は攻撃力も上げられる。それでウチ等は百人力やで!」 「それに攻撃面ならオレとジュダとイザベラの姐さんたちで十分ですぜい!」 「マーリンさん。クリストは、貴方が思ってるほど、弱くはないです」 「別に集団戦なんて言ってないぜ?俺が言いたいのは1対1や数的不利な状況に陥った時なの」 「…だからジリ貧ですか…。確かに、僕の最大の弱点はそこですね。……悔しいですが、よく言ってくれました」 「いいってことよ!俺とお前の仲だろ?ホッホッホッ…」 そう言って頭を下げるクリストに鷹揚に頷くマーリン。ニヤニヤ顔が何ともイザベラたちから見て憎たらしいことこの上ない。 「ですが、一つ言わせてもらうと……お値段は如何ほどで?」 「〜♪」 「目を合わせろマーリン野郎」 ************ 「賑やかだな」  新たにロビーにやって来た女性がクリスト達に近づき声を掛ける。その姿に気づくと、クリストは顔をこわばらせ、イザベラは気遣わしげにクリストと女性の顔を交互に見つめ、ギルはその場に立ち尽くし、ハナコはキッと女性を睨みつけた。  右腕に義腕をつけた、まるで地獄から生還したようなどこか荒んだ空気を漂わせた氷の美貌の女性騎士……聖騎士イザベルの姿がそこにあった。 「あっ、イザベル先輩…!……どうしてここに…?」 「なに、今の契約主からたまには休暇を取れと頼み込まれてな」 ややこしいことになるから彼女は口にしなかったが、現在の雇用主であり護衛対象であるヘルマリィから「貴女もたまには休んでくださいな」と半ば強引に年休をとらされ(少しは休暇中に彼女の摩耗した精神が癒されればという親切心だが、彼女がそこに思い至ることはなかった)、とりあえず人と情報が集まる王都サカエトルでカンラークの残党やボーリャックに関する情報はないかと、ギルドに立ち寄ったところクリスト達と鉢合わせしたのであった。 「「「「………」」」」  戸惑い、悲しみ、敵意、諦観、あらゆる負の感情が4人の間に渦巻いていく。その尋常でない様子に気づいた冒険者たちも一様に不安気な、或いは警戒の表情を浮かべる。 「あの!イザ、ベル、さん…」 「心配するな、イザベラ殿。今日はあのような議論をふっかけにきたわけではない」  心細げにイザベルの所に駆け寄るイザベラに、イザベルも僅かに表情を和らげてイザベラに争う意思はないことを告げる。 「よかった…」  その発言を聞いてそっとイザベラは胸をなでおろした。当然であろう。彼女にとって魔剣の悲劇によって失われた大切な妹と同じ名前をした女性と、自分の大切な相方が『あんなに悲しい言い争いをまた繰り広げられる』ことは彼女にとって何よりも耐えがたかったのだから。  だが…その流れをぶち壊すイレギュラーが一人いた。 「あのー…」  ユイリアのPTの新入りの少女、マインがおずおずと手を上げた。 「マーリンさんから聞きましたけどクリストさんってカンラークの騎士さんなんですよね?」 「…ええ、そうですが」 「マインどの」  小声でマインを窘めようとするボルボレオだが、残念ながら彼女の耳には届かない。 「雰囲気から察するに、サーヴァインさんとイザベルさんも旧知、というか同志なんじゃないですか?」 「…そうです」 「そうなんですか、何かの導きですかねえ!」  暗にもうそれ以上言うなとヴリッグズが声を張り上げて話を遮ろうとするが、彼女は止まらない。否、こうなった彼女は止められない。 「聖騎士たちの間でなにかいざこざとかあったという噂がありましたが、もしかしてその件と関係があるんですか!?」 「やめーや!!」  耐えかねて叫び声を上げたのはジュダだった。その声にようやくマインは周囲の極限まで張り詰めた空気に、その原因を作った自身への非難の目に気づき顔を青ざめる。 「あ、あの…わたし、そんなつもりじゃ…」 「申し訳ありません。この者は話題の選び方が不得手で、場の空気を察するということが苦手な子でして」 「いや、いい」  謝罪の弁を述べようとしたユイリアの言葉を手を上げて遮り、イザベルがギル──顔から全ての感情が消え去っている、クリスト──顔が蒼白になっている、イザベラ──これから始まる光景に怯え肩を震わせている、ハナコ──ギルの前に立ち塞がりイザベルを睨みつけている、の顔を見渡す。 「ああ…そうだ。我が同胞の仲に仲間を裏切った痴れ者が出た」 「その処遇を巡って俺たちは意見が分かれた」  イザベルの発言を継いでボソッと呟くギル。5人の脳裏にあの時のあまりにも残酷な光景が蘇ってきた。 ************  かつて今のクリスト達は今のメンバーと合流する前、イザベラとまだ二人旅だったころ、ギル(と、彼に付いてきたばかりの頃のハナコ)、そしてイザベルと再会を果たせたことがあった。  だが、喜びも束の間、直ぐに三人はとある問題を巡って意見が激突した。 『イザベル先輩!どうか、どうかボーリャック先輩の処断については猶予をください!僕はリャックボーと会ったことがありますが、どうもあの人は心から魔王軍に伏してるとは思えないのです!』 『クリスト、お前はいつからあの男のスピーカーになった?そんなに奴を恋しいのならさっさと魔王軍にでも走れ!』 『復讐は何も生まない!そうカンラークで神の教えを習わなかったのですか!』 『神が気奴等に罰を下してくだされば私も何も言わん!何もしてくださらないから我ら聖騎士が神の代理として誅するというのだ!』 『やめてえ!クリスト!イザベルさん!二人ともお願いだから言い争わないでえ!』 『っ!イザベラ殿…』 『奴の真意はわからん。だが、ボーリャックがエビルソードの手先になったというのなら…、カンラークの同胞たちの霊を慰めるためにも奴を斬らねばならん』 『ギルさん…』 『もういいでしょっ、ねっ、ギル!もうやめましょうこの話は!』 『はっ、なにが霊を慰めるだ。棺を武器に変え放浪するその姿はなんだ?お前も私と同じ復讐鬼と化したのではないのか』 『……俺は、おれは…』 『生きる屍となって徘徊するお前の目的が復讐でなくてなんだというのだ?この『くたばり損ないのギル』が!』 『…なに、よ。今、ギルのこと、なんて言ったのよ!?何でそんなこと言うのよ!!?許さない…、絶対にアンタを許さない!!!』 『くたばり損ないのギルか……。いい名だ。有難く使わせてもらおう…。そう思うだろ?アズライール』 『ギル…馬鹿…バカぁ…』 『もう、やめて…クリストも、イザベルさんも、皆、もう止めて…ヒックッ……うええええん』  その後、程なくしてイザベルはクリスト達と袂を分かれ、また、ギルもクリストとは別行動の方がいいと彼の下を離れていった。  ハナコもクリスト達と行動するようギルは何度も勧めたが、ハナコは頑としてそれを跳ねつけ、ギルと行動する道を選んだのだった。 ************  重苦しい沈黙が場を支配している中、クリストが意を決してイザベルの方に顔を向けた。 「…あの人を誅すのはどうか待っていただけませんか」 「ほう?まだアヤツを庇うのかお前は」 「…信じるも何も、あれの行動が全てを物語っている…」  ギルもクリストの主張を受け入れることはできない。頭ではクリストの主張を信じたい。だが、自分自身の目と耳でボーリャックの真意を知るまでは、死んでいったカンラークの聖騎士や民のためにも裏切り者・リャックボーを斬るという旗を降ろすことはとてもできなかった。 「ですが!」 「もうよい」 「!」  イザベルの静止の声にクリストが固まる。威に伏したわけでもない。納得したわけでもない。だが、彼女の声色に以前の──カンラークが陥落する前の聖騎士だった彼女の面影を感じたからであった。 「私たちの道は聖都の崩落と共に分かれた。これからは各々が信じる道を行けばいい」  それが、イザベルの下した決断だった。真相はわからない。拗れた感情の縺れを解くこともかなわない。そして信徒が集うべき聖都は崩壊した。ならば、後は自分の信じた道を各々が歩むしかないのだ。 「…わかりました。ですがこれだけは言わせてください。もしカンラークの生き残り同士で刃を向け合う時が来たら、僕は必ず大盾を背負って争いを止めに走ります」 「…それが護るべき価値があるとは思えない者たちでもか」 「イザベル先輩も!ギルさんも!ボーリャック先輩も僕にとってはイザベラ様たちと同じ様に決して死なせたくない人ですから!たとえその人が死にたがってても僕は駆けつけます!」  なぜなら、僕は大盾使いの聖盾のクリストですから、と哀し気に笑うクリストの姿に、ギルも、イザベルも無言で答えることしかできなかった。 「私も、イザベルさんには絶対に死んでほしくない」 「イザベラ殿…」  イザベルにはなぜイザベラが自身のことをここまで気にかけてくれるかはわからない。それでも、自分を護るという彼女の決意が本物であることは、その目を見れば一目でイザベルにも理解できた。 「…私は、ギルがその人と蹴りをつけるというのなら止めはしない」  ハナコは、ギルの道先を遮ろうとはしない。それは、彼が如何に悲しみ、絶望、そして怒りを抱えているのかを彼と共に歩んできてわかってしまったから。でも。 「ただ、絶対に私を置いていかないで。だって私たちは仲間なんだから」 「……」  無言、だがそれは完全に拒否されたわけではないと一先ず自分を納得させたハナコはクリストの方を振り返ると、小さく頭を下げた。 「…ギル。お前に二つ言わなければいけないことがある」 「まず一つ、お前にあの時言った暴言を撤回してお詫びする。本当に済まなかった」 「いや、いい。あの時の俺はまさしく生きる屍だった…」 「そしてもう一つ…お前がロリコンだとしても私はお前のことを見捨てないからな」 「………は???」 ザワザワ…ロリコン?…?ヤッパリアンナオンナノコツレテッタノッテ…ナントマア…コタエアワセデアルナ…タダレテル… 「はああああ!!!??ロリコンって、わ、私のことを言ってるの!?」  顔を真っ赤に染めたハナコが自分を指さして絶叫する。 「お前、何歳だ?」 「15よ!」 「コイツは26だ」 「全然若いわよ!こんな雰囲気だから三十路でもおかしくないかと思ってたわよ!」 「悪かったな老け顔で…」  むしろ全然アリよ!と叫ぶハナコに誰も突っ込まないだけの情けは、この場に集う一同にも存在していた。 「まあ数年経てば18と29で犯罪臭は少なくなくなりますから!」 「む、それもそうか。やはりお前は賢いなクリスト」 「えへへへへ…」 「ちなみに私は27だ、1歳差だな」 「だから何よ!このおばさん!!」 「ここでクリストのコソコソ話。昔は、ギルさんはそれはもうイザベル先輩のことを慕っていたのですよ。イザベルさんイザベルさんってそれはもう、親鳥を追いかけるカルガモの子供みたいにイザベルさんの後を付いてまわって」 「私だって必死にギルに置いてかれないよう追いかけてきたわよ!!!」 「もうやめてくれ…」  とうとうギルが死んだ魚の目でギブアップ宣言。場が爆笑で包まれ、これまでの緊迫した空気は消失していた。 ************ 「今回は全面的にこっちが悪かった!後でこいつにはキツく言っとくからよ!」 「本゛当゛に゛す゛い゛ま゛せ゛ん゛!!私、昔から本当に空気とか読めないし話題選びとか下手くそで、生゛き゛て゛て゛す゛い゛ま゛せ゛ん゛!」  手を合わせ頭を下げるマーリンの横でマインは泣きじゃくりながら土下座を繰り返していた。その姿が何とも美しく、これまでに何度も土下座を繰り返すことで磨かれていった巧の技であることが伺える。 「いや、結果的に言えば貴公のおかげで我らは胸に溜まってた思いを打ち明けることができたのだ」 「ヤメテクダサイ…ホントウニスイマセンデシタ…」  イザベルの合図とともにギルとクリストも立ち上がると、マインに向けて深々と頭を下げて礼を述べる。一方のマインはと言うと、最早顔色が真っ青を通り越して土気色になってしまっている。 「もしそれでも自分の気が済まないのなら…一緒に僕の盾について意見を述べてもらえないでしょうか?」 「了解しました!」 「では、吾輩も一緒に考えさせてもらってもいいでありますか?マイン殿」 「ボルボレオさん…ありがとうございます!」 「なになに吾輩も参加して見たくなってきただけでありますから」 そういって豪快に笑うボルボレオに精神的に追い詰められていた新入りを気遣う心遣いを感じ取り、微笑みを浮かべていたユイリアも自分も盾をクリストに薦めることを述べた。 「あっ、じゃあオレと共同で推薦ということにしませんかユイリアの姐さん」 「ヴリッグズ?」 「へへ…オレも何か日頃の恩返しに旦那に盾の一つでも推薦しようかとしたんですけど、やはりオレの頭じゃあまり良し悪しの区別がつきにくくてですね…。ユイリアの姐さんと一緒なら頼もしいやと」  恥ずかし気に頭を掻きながら理由を述べるヴリッグズにユイリアもこれを快諾。そうなると流れに乗り遅れまいとジュダもハルナと二人で盾を進めることになった。 「フフッ、楽しみに楽しみにしとってやクリストはん。ウチの地方の立派な盾を進めてあげるさかい」 「はいっ楽しみにしてますジュダさん」  ニコやかにクリストに話し込むジュダの姿に一抹の不安を覚えるハルナだったが、意気軒昂とカタログをめくるジュダの姿に口をつぐむ。  後にこの発言が、ジュダを大いに苦しめることとなる。 「では、私にもクリストにお薦めしたい盾がある…が、ちょっと待て」  そう言い残しロビーを去っていったイザベルが戻ってくると、別のカタログがその手に握られていた。 「最新の製品でな…ロビーに置かれてるようなカタログには乗ってないのだ」 「この、サカエトル製の大盾をクリストに薦める。物理はもちろんあらゆる属性の魔法、炎や氷などのブレス攻撃にも対応しており、最新鋭の技術が惜しみなく注ぎ込まれた大盾の完成形とも言える逸品だ!」  どうだとばかりに自慢げな顔で回りを見渡すが、皆一様に微妙な顔を浮かべるばかり。 「…?なにか不満が?」 「いや、性能は不満はないですけど…」 「これ、いくら…?」 「ゼロの数がこんなについた盾初めてね…」 「分割払いをお薦めします。ってわざわざカタログに但し書きされてるな…」 「俺が薦めた槍とのセットの案を軽く超えるぜ…」 「サカエトルの一般的な兵士の標準装備一式揃えても充分にお釣りがでますよこれ」  カタログを眺めながら次々と指摘される真っ当な指摘にどんどんイザベルの顔が青くなっていく。最後の希望を込めて後輩の顔を見るが苦笑いと共に告げられた「今回は保留ということで」という言葉に絶望し、 ごんっ  と、テーブルに突っ伏して轟沈した。 ************ 「決まりました!」 「どれどれ…えっマインさんこれは」  マインがお目当ての盾の載ったページをテーブルに広げて該当の頁を指さす。 「ダズタブ製の大盾です!クリストさんの風格ならピッタリと思います!」  力説するマインの背後でボルボレオも大きく頷く。長方形の盾に守り神を表す亀と、門番を表す犬の紋章が刻まれた気高い盾。いかにもダスタブらしい派手好みな装備といえよう。だが、それを見て微かにクリストの顔が曇った。 「でも、派手すぎやしないですか?」 「駄目ですか?」 「…ただでさえ、僕は勇者と変に誤解されて目立ちがちなところがあるのに、この盾では更に誤解が広まらないかと…」  クリストには大きな悩みを抱えていた。それは自分の容姿が勇者だと誤解され、本物の勇者であるイザベラの活躍が脇に追いやられるこケースが多々見られることであった。何度も否定し、自分の功績が過剰に盛られてると幾度も説明したが、それも勇者様の謙譲の精神だと更に誤解されてしまう始末。  さらに困るのは、当のイザベラにこのことを相談しても、 『クリストの評判が上がって凄く嬉しい。末はA級、いやS級冒険者だね。エヘヘ…』  と、クリストの評判が上がるのを我が事のように喜んでいることであった。 「………」  マインがチラッとマーリンの方を見る。マインが先程の失態から自分の発言に過度に慎重になっていると察したマーリンが(言ってやれ)と大きく頷くと、それに意を強くしたマインはクリストの方に向き直り、クリストの発言に反論すべく大きく息を吸った。 「それは違います!いえ、それは間違ってます!」 「!?」 「タンク役とはいわば撒き餌です!どれだけ相手の注目とヘイトを集められるかが肝心と思ってます!」 「マインさん!?」 「イザベラさん、大丈夫です。今回は失言ではありません」  "撒き餌"という発言にイザベラが抗議の声を上げるが、ユイリアに制され渋々と椅子に座り直す。 「勇者とどうしても誤解されてしまうのならいっそ受け入れればいいのです!敵のクリストさんへの攻撃も激しくなりますが、その分周りへの被害は薄くなります!あとはどれだけクリストさんが耐えられるか本人次第です!」 「…なるほど、ありがとうございます」 「それに、老婆心ながら一言付け加えさせていただくと、運命とは自分一人の力ではどうにもならないもの。どうしても勇者としてのイメージを持たれずに勇者と見なされないものもいれば、逆のパターンで周りから望まずとも勇者と周りから見なされ後戻りできなくなる者もいるのである。我輩の見たところクリスト殿は典型的な後者と思うのである」  ボルボレオがマインの言葉を引き継ぎクリストに諭すように話しかける。自身を勇者の末裔と信じ、混沌の世で世直しのためにどれだけ実力が伴わなく、周りから軽く扱われようとも自分のこの世に生まれた使命を信じぬき歩み続ける。その彼の言葉は重くクリストの胸に響いた。 「………」 「もし、クリスト殿がどうにもならない悩みを抱いているのなら、それは貴公が世界によって背中に背負わされた業のようなもの。自らの業を何とか逃れようともがくだけでなく、面と向き合って対峙するのも一考と考えるのである」 「………!!」  真っ赤な顔でブンブンと首を縦に振るマイン。 「……」  長い逡巡の上に、ゆっくりと頷き、クリストがページに付箋を貼ると、マインの顔にこの場で初めての笑みがこぼれた。 ************ 「じゃあオレも薦めさせてもらうぜ旦那ぁ」 「私とヴリッグズの共同で薦めさせてもらいます」 「いよ!待ってたぜユイリア!」  続いてヴリッグズとユイリアが並んでクリストの真向いの席に座ると。マーリンの口からエールが飛ぶ。 「オレたちが薦めるのはこれ!エルフの手で作られた加護の盾でさあ!」 「耐久性はもちろん保証します。それに…」 「なんとこの大盾は!」 「「持ち主の傷をある程度癒す効果があります!!」」  ドンッ、と擬音が聞こえてきそうなポーズと見事なハモリで高らかと宣言する二人。それを長身美女のユイリアとホフゴブリンのヴリッグズが大真面目な顔でやってるのだから何ともシュールである。 「ですが、私はヒーラーでもあります。癒しの楯を持つ必要性は…」 「ク・リ・ス・ト・さん、まずはヴリッグズさんの説明を聞いてください」 「うわぁ!?」  ずっとテーブルの向こう側から上半身を乗り出してきたユイリアに慌ててクリストが仰け反る。彼女は気づいてないがこの体勢だとクリストからは彼女の豊かな胸が鎧の上から覗けてしまうので精神衛生上大変よろしくない。 「………」  自分の胸を触りながら恨めし気に二人を睨むイザベラ。彼女の胸はユイリアと比べればだいぶ慎ましやかだから仕方ない本当に仕方ない。 「この盾のミソは使用者だけしか癒せないことですぜ」 「ですから…それでは」 「旦那が自分のためだけに使うことが出来る盾ってことですぜ」  ハッとするクリストに、我が意が通じたことを確信したヴリッグズが満足げに頷く。 「旦那はタンクなのに支援と回復役も務めてるから周りの支援に大忙し、いっつも俺たちを優先して自分の負傷は後回しじゃないですか」 「ヴリッグズさん、すっごく真剣に盾を選んでましたよ。クリストさんの役に立てる盾を何とかみつけたいって」 「や、やめてくさせえユイリアの姐さん!それは言わねえ約束でしょ!」 「これは失礼しました」  顔を真っ赤にして抗議の声を上げるヴリッグズの姿に胸を熱くしながら迷わず該当の項目に付箋を貼るクリスト。その光景をイザベラたちが微笑ましげに見つめていた。 ************ 「あれ?ジュダさんは?」 「そういやハルナも見ねえな」  そろそろ皆の意見も出尽くしたというところで最後にジュダたちの推薦する盾を聞こうと周囲を見まわすクリストだが、なぜか二人の姿がどこにも見当たらない。マーリンも二人の行く先を知らないようでキョロキョロと周囲を見まわしている。  その頃…。 「なんかあらへんのハルナちゃん!?東の方の大盾とか!」 「ああああああ肩を揺らさないでジュダお姉ちゃんああううあううあうう」 「す、すんまへん…」  ロビーから少し離れた廊下で顔ジュダがハルナの肩を揺らし続けていた。その顔には普段の笑みは失われ、どう見ても焦りでパニック状態に陥っている。  哀れ脳内を何分もシェイクされ続けたハルナの顔色は真っ青になっていた。 「結論から言うと…私たちの土地には大盾と言うものはないの!ごめんなさい」 「そ、そないな…イザベラはんは勿論ヴリッグズはんも薦めてるのにウチだけ何もあらへんなんて…」 「いや、ありませんでしたじゃ駄目なの?」 「あきまへん!クリストはんは、ウチの大切な仲間で…仲間で」 『僕はクリスト。イザベラ様と共に人助けをして回っている戦士です。貴女がイザベラ様と志を同じくするのでしたら、僕は貴女を歓迎いたします』  初めて会った時は物語に出てくるような素敵な騎士だと思った。少し他人行儀な気もしたが、それでもかつての仲間の自分に向けた目を思えばどうということはなかった。 『これくらいの傷はどうってことありません!それよりジュダさんの方はお怪我ははありませんでしたか!?』  献身的に自分なんかを護ってくれる彼の姿が眩しかった。自分は軽装だから、しょっちゅうどこかしら怪我を負っては彼に治療してもらった。その度に胸に甘い痛みが感じたが舞台役者へ観客が向ける感情のようなものと深く考えなかった。 「大切なお人で…」 『撤回してください…!あなた方はジュダさんの発言を曲解しすぎです!彼女はとても素晴らしい女性です!僕の言葉を受け入れて、僕の大切な仲間の発言を受け入れないその理由を聞かせてもらいましょうか!!』  イザベラはんやヴリッグズはん、そして自分の偏見の回復のために奔走する彼の姿に胸が痛んだ。気にしてないと伝えても、悲し気な顔をして首を横に振る彼の姿に何故か胸を締め付けられた。 「とてもいじらしい殿方で…」 『恥を承知で申し上げます。実は僕…初めは、僅かですが貴女に警戒心を抱いてました。勿論今は一片も疑念など抱いてないのですが…、あの時、素直に貴女を受け入れたイザベラ様と比べて、自分の心の醜さが情けなくてしかたありません…』 『…フッ、確かに、ジュダさんの言う通りです。太陽と自分を比較して、自分を罵りながら空に向かって手を伸ばし続けるのではなく、太陽をどう支えられるか考えるべきか…。ありがとうございます。また一つ貴女に大切なことを教わりました。』  あの人がウチに懺悔の言葉を打ち明けた時は不思議と何にも驚きはなかった。むしろそんなことで、と早く打ち明けてくれれば、という気持ちが勝っていた。それと同時に、彼が自分と同じ弱い心を持つ人間であることがわかり、騎士様から一人の男性として、より彼の存在が身近に感じられた。    黙り込むジュダをじっと見ていたハルナが、ポンと手を叩いてジュダの気持ちを代弁した。 「あ、好きなんだジュダお姉ちゃん、クリストお兄ちゃんのこと」 「ハルナはん!?そそそそないなわけやあらへんよ!ただウチにとって初めて出会ったすぺしゃるすーぱーれあな殿方ってだけやし!」 「それに…イザベラはんにかなわへんし…」  ジュダが加入した時から、既に二人の連携は完成されていた。それくらい高い水準でお互いを信頼し合っていた。それに、冒険者として、世直しの仲間として、ジュダから見てイザベラに自分が勝てるような要素は何一つ思いつかなかったし、自分の思いを優先して、自分を受け入れてくれた大切な仲間であり、親友と言っていい彼女の幸せを妨げるようなことは、ジュダにとって何よりも忌むべきものであった。 「うーん、ジュダお姉ちゃん…」 「お姉ちゃん、イザベラお姉ちゃんを太陽か何かだと崇めてない?」 「…え?」 「一般論だけど、勇者に選ばれる人は皆得難い素質を何かしら持ってるものだよ。こっちのボルボレオお兄ちゃんやユイリアお姉ちゃんもそうだけど、能力もそうだし、精神的にもとても常人と比べて優れたものを持ってる人が多い。それは事実だよ」 「でも、それを比べて自分を卑下するのは違うと思う。"太陽と自分を比較するようなもん"だよジュダお姉ちゃん?イザベラお姉ちゃんが立派なこととジュダお姉ちゃんが身を引くこと、これは決して=(イコール)で繋げちゃだめだと思うな」 「あっ…」 「多分、お姉ちゃんもクリストお兄ちゃんも似たような悩み抱えてそうだし、難しいけどね…」 『クリストはん、イザベラはんは太陽や神様と違うんやわぁ。お日様と自分を比較して、自分をクズやアカン人やと罵りながら空に向かって手を伸ばし続けるのやなしに、太陽をどう支えられるか考えるべきと思うんや』  ジュダの脳裏にかつて自身がクリストにかけた言葉が蘇る。 (そうか、ウチもクリストはんと同じやったってわけか…) 「でも、どないしてウチの国には盾がないんやー!」 「あ、それは」 「ジュダさん?」 「ひゃい!?」 「わっ」  ジュダの嘆きにハルナが答えようとしたところで、突如現れたクリストに声を掛けられて思わずジュダは大声を上げて飛び上がった。まさかこれほどの反応を返されるとは思ってなかったクリストも驚きの表情を浮かべている。 「そろそろ盾の話も纏めに入ろうと思うので、ジュダさんの推薦も伺おうかと」 「あ、は、はい!ちょい待っとって!」 「は、はい!」  真っ赤になってるジュダの顔に何故か頬が熱くなるのを感じながら、クリストは慌てて踵を返しロビーへ戻っていった。  どうしよう、もう時間はない。早鐘を打つ胸を押さえてため息を吐くジュダを見て、ハルナがジュダの肩に優しく手を置く。 「…ジュダお姉ちゃん」 「なに?ハルナちゃん」 「今から探すのは無理だから、正直に見つかりませんでした。って言おうよ!」 「でも、それやと…」 「ジュダお姉ちゃんが想いを寄せるクリストお兄ちゃんは、そんなことでジュダお姉ちゃんを誤解したり評価を下げるような人?」 「ううん!そんなんあらへんよ!」  ハルナの問いかけにジュダは激しく首を横に振る。クリストは絶対にかつての仲間たちのように猜疑心の籠った目で自分を睨むような人間ではない。それは彼女にも断言できる。 「どうもおおきに。行きまひょ、ハルナはん」 「うん!」 ************ 「ごめん!ウチ、探してみたけどウチらの土地には大盾ちゅうもんが思いつかへんかった!」  ロビーに戻ってくるなりバッと頭を下げるジュダに、むしろ恐縮したような面持ちでクリストは手を横に振る。 「そ、そんな謝らなくてもその気持ちだけで十分ですから!頭上げてください!もともと自分一人で決めるものだったし、そこまで考えてくれただけで嬉しいですよ」 「でも、盾がないなんてジュダさんの国は珍しいですね!」 (((マイン!その追い打ちはやめろー!)))  調子の戻ってきたマインの質問に、心の内で旅の仲間たちが悲鳴をあげる。案の定、ジュダの顔を見れば可哀想に顔からだらだら汗が流れている。 「なんか特別な事情とかあるんでしょうか!?」 「え、ええと…(知らへんしそんなん…)」  それが分かってれば自分はこのような状況に陥っていない。流石にそんなことをジュダが言えるわけもなく、ただ汗を流しながら口どもるばかり。  それを見て小さくため息をついてハルナが彼女に助け船を出した。 「私やジュダさんの土地はね。ここらの大陸と比べるととても小さい島国なの」 「ハルナはん!」 「そんで狭いのにとても山は多くてしかも起伏が激しいから、盾のような機動性が下がるような装備が活躍する余地は少なかったの」  それに、と一言置いてハルナはジュダの刀を素早く抜き取り、両手で構える。 「あちらでは刀をこうやって両手で構える。槍も同じで両手持ちが基本。勿論両手で二刀の刀を構える人もいないわけじゃないけど、これは主流ではない」  そこまで語るとハルナは刀をジュダに返す。いつの間にかロビーにいた冒険者全員がハルナの説明に聞き入っていた。 「それに、私たちの土地は戦いでは弓と馬での戦いが主なのが大きい。ほら、弓だと両手で撃たなきゃならないから盾のようなものは邪魔になるでしょ?勿論、盾が無かったわけではないけど、置き盾として地面に設置して矢を防ぐ類のものだった。代わりに鎧がこっちでは発展していったの。盾の機能を補えるように」 「なるほど!でも、魔法系の攻撃はどう防ぐんですか!?」 「(随分と食い下がるなこいつぅ…)うーん私も専門家じゃないけどね、陰陽師やお坊さん、ああこれは僧侶のような人たちね、そういう修行と徳を積んだ高名な宗教家のような人が陣を張って魔を防いだり、念が込められた文字が書かれたお札とかが、ある程度防ぐ効果があったね。あと矢とか剣とか、武器自体に破魔の効果が込められてたケースもあったよ」  ベンケイさんがいればもっと詳しくわかるけどね。と舌を出して可愛くおどけるハルナに、疑問が解けたマインは尊敬の目を向ける。 「ありがとうございました!」 「ハルナはん、ほんまおおきに!」 「大丈夫大丈夫これくらい!」  実際、魔王軍の下で隠密として、様々な武芸や武器の知識を仕込まれているハルナ/カゲツにとって、これくらいの説明は朝飯前であった。 ************ 「盾が必要ないくらい起伏が激しい土地ですが…」 「それに、武器は剣と弓ってことですぜ旦那」 「馬と矢による機動戦がメインってことか。確かにそれではクリストような大盾持ちに出番はないな」 「でも…想像がつかない。とても、気になりますね。一度見てみたいですねジュダさんの故郷」 (今だ!)  ハルナがジュダの故郷に関心を示すクリストの発言に応えるよう、素早くジュダに目で合図を送る。ジュダの脳裏にイザベラとクリストの姿が浮かんだが、逡巡は一瞬だった。 「ええで!とても風光明媚なとこやしとれる食べ物は美味しいし!ク、クリストはんも一度ウチとコトに来いへん!?」 「ジュダ…!?」  イザベラが驚愕の声を上げるが、ジュダもそれを気にする余裕はない。既に彼女はルビコン川を渡りはじめたのだ。後は流れに負け溺れるか、見事渡り切るかしかない。 「そうだよクリストお兄ちゃん!一度ジュダお姉ちゃんが里帰りする時は一緒に来てみてよ!」  すかさず合いの手を入れるハルナに、心動かされた様子でクリストは顎に手を当てて考え込む。 「…イザベル先輩、ギルさん。東方の土地では我らの神の教えは普及はどの程度でしょうか」 「いや、殆ど聞かんな。どうだギル?」 「…ああ、ブッキョウというホトケとやらの教えを説く宗教が盛んだそうだ…。それに古来から各地の土地の様々な神々を各々の土地で崇めているとか…」 「なるほど…ジュダさん」 「あ、は、はい!」  ジュダの方に向き直り、姿勢を正すクリストに、慌ててジュダも姿勢を正す。 「もし、カンラークを解放し、同胞たちの魂を鎮魂することができたらですが、貴女の国を訪れてみてもよろしいでしょうか?とても興味が湧きましたし…。もし、僕たちの神の教えが受け入れられる余地があるのかそれも調べてみたい。その時に力を貸してもらえたら…」  そう言って深々と頭を下げるクリストに、ジュダは、 「あ、あ、あ、あ、は、ははははいい……。ふ、不束者ですかよろしくお願いします…」  顔を真っ赤にして、そう答えるのがやっとであった。 「私も行きたいです!ハルナさんの師匠さんのカゲマル?さんにもご挨拶してみたいし」 「カゲマル?聞いたことがある気が…」 「あーっとハルナちょっとお花摘みに行ってくるからね(マインホントいつかぶちのめす)!」  これ以上話題が悪い方向に行かないうちにとハルナは退散を決め込んだ。頭の中でマイン抹殺計画を練り上げながら…。 ************  盾の紹介も済み、皆思い思いの休息を過ごす中、1人テーブルの椅子に腰かけカタログを凝視するクリストに、ヴリッグズが近寄って声を掛けた。 「さてと、どうしますか旦那」 「…悩みどころだね。ヴリッグズ、皆魅力的な提案だから」 「愛されてますね旦那、へへへ」 「ふふ…こんなご時世だからこそ人との繋がりというものの有り難さを実感しますね」  クリストは周りを見渡す。マーリンは今日の失言を悔やむマインを慰めてる。ああいうところが小悪党なのになんだかんだ人望がある所以なのだろう。  イザベルはギルと話し込んでおり、それをアズライールが周囲をチョロチョロとうろついて、何とか2人の会話を耳に入れようとしている。  クリストが見るところ、かつてギルがイザベルに向けていた目と、今アズライールがギルに向ける目に込められた想いは同じもののように思われる。これから先どんな未来が待ってるか分からないが、それでも3人の幸せな未来を祈らずにはいられない。  イザベラとジュダは別室に入ってった。部屋に向かう時の2人は何やら決意の表れた顔をしていたのが気になったが、「「これは女同士の大事な話だから」」と言われればこちらとしてはそれ以上踏み込めない。ちょっと寂しいが男性には話しにくい話もやはりあるのだろう。  気づけばハルナが二人の入った部屋の扉に張り付いて何とか中の様子を聞きこもうとしている。  ボルボレオとユイリアは鎧やアクセサリーのカタログを眺めてる。イザベラとはタイプが違うが、まさしく二人とも心から尊敬できる立派な勇者であった。  そのことが改めてわかっただけでも今日という日の価値はあったと言い切れる。  長く思考の末、深く頷いてクリストはカタログに写ってる一つの盾を指差した。