そこは、どこかに存在したかもしれない あるいは存在しなかったかもしれない 数多の”可能性”の時空のひとつ ここで語られるのは そんな“可能性”の時空の片隅に ひっそりと埋もれていた、ちいさな記憶… 舞網チャンピオンシップ開催前夜─── スタンダード次元:舞網市にある千束のセーフハウス Side:千束とたきな 「たきなー、一緒に映画観ようよ〜」 「み・ま・せ・ん。明日から舞網チャンピオンシップが開催されるんですよ?わたし達は応援者側と はいえ遅刻なんてもってのほかです」 「ダイジョーブ!今日観るやつは『キミの名は』のシンカイ監督が作った30分ぐらいで終わるアニ メ映画だから!さくさくっと見れちゃうぜい☆」 「わたしはもう寝る準備に入るので観るなら1人で勝手に観てください。寝過ごしても起こすつもり はありませんからね」 「ちぇっ、たきなのいけずー!」 千束はたきなと普段通りのやり取りをしていると、自身のスマートフォンからスヌーズ音が鳴る。 どうやら誰かが通話を掛けてきたようだ。 「んー?こんな時間に誰だー?ミズキが悪酔いして掛けてきたんか?ハイハ〜イみんな大好き千 束さんですよ〜」 『───あ、もしもし?千束さん?オレ、遊矢だけど…』 「……ってちょちょ、遊矢くん!?」 その相手とは榊遊矢であった。 「連絡の相手は遊矢君なんですか?」 「うわぁおいきなりシュバってくんな驚いたでしょーが!」 『あ、もしかして何かやってた?それだったらゴメン』 「やーやーなんもないなんもない!暇過ぎてこれから映画観るトコだったし!それよりどしたの遊 矢くん?こんな夜遅くに連絡くれるなんて珍しいじゃん!」 『いや、試合前だから緊張してちょっと寝れなくてさ。話したくて…』 「ナルホドねー、それで私に通話してきたってコトか。ちょい待ち、今ちょうどたきなも横にいるから ビデオ通話にすんね!」と画面越しに通話出来るモードに切り替え、会話を再開させる。 「ど〜よ遊矢くん!普段は見られないお姉さん達のと〜ってもレアな寝巻き姿だよ〜?ドキドキす るでしょー!」 『え!?』 「何故逆に緊張が強まる様な真似をするんですか…それはそれとしてわたしも気になりますね。 どうでしょうか?遊矢君」 『えっ!?』 そんな恒例行事(?)のいじりはそこそこに、すぐさま話題は舞網チャンピオンシップ関連に移り、 その前哨戦とも言える出場資格を得る為に行われた4連戦を振り返っていた。 1戦目の茂古田未知夫戦ではデュエルにも料理にも完成系はなく、柔軟な発想とその場その時 の臨機応変な対応こそ最高のおもてなしである事を学ぶ。 2戦目の九庵堂栄太戦ではデュエルはカードを通じたコミュニケーションであり、独り善がりでは 成立しないもので対戦相手や観客を含めたコミュニケーションこそ大切な事を学んだ。 3戦目の方中ミエル戦ではプロの決闘者とは常に人を喜ばせるプレイをするのが前提である事を 学び、新たなる力であるルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンにより観客(ギャラリー)や対戦相手 の予想を超えた驚きと感動を与えた。 4戦目────自らの親友である権現坂昇戦ではプロ決闘者は例え周囲の全てが敵のサポーター と言う自身にとってアウェーな状況であっても力を発揮せねばならぬ時もある事を学び、応援して くれる家族や仲間がいない中で親友との一騎打ちに勝利した。 遊矢はこの試合達を通し様々な大切なものを学び成長している事を強く実感していた。 そしてさらに、その先へと進む為の予感も─── 『オレ今、何かを掴めそうな予感がするんだ。それさえ掴めたら近付けるかもしれない。父さんの 背中に、父さんのエンタメデュエルに…!』 「そっかぁ。遊勝さんのエンタメ、ねぇ。んー……」 「千束…?唸ってどうしたんです?」 「……めっっっっちゃ惜しい!90点!」 『え!?な、何でいきなり採点式!?』 「憧れのお父さんに近付いて嬉しくなる気持ちはよぉーく分かるよ。私もおんなじ様なモンだったし ね。でもね、そこで遊勝さんをゴールにしようとしちゃダメ。目指す道は同じでも歩いている人は違 うんだから」 『それって、どういう…?』 「んー難しい?しょーがないなぁ、ここでヒントをあげちゃおう!この4戦で対戦相手やお客さんた ちがド肝を抜かしてきたのは”誰”のエンタメだったからでしょーか?」 『──────!』 「…明日キミがその答えを見せてくれるのを待ってるからね」 『……うん。わかったよ、千束さん。ちゃんと答えてみせるから』 「楽しみにしてるよ。あ、もうこんな時間じゃん!そろそろ私らは寝るね!おやすみ遊矢くん!」 『あ、うん。今日は話に付き合ってくれてありがとう千束さん!たきなさんも。2人ともおやすみ』 「おやすみなさい。遊矢君」 ピッ、と通話の音が切れる。 「…大丈夫でしょうか、遊矢君。かなり悩んでたたみたいですけど」 「ん?大丈夫だよ。あの子はちゃーんと答えてくれる子だから!あとは気付くだけ。あの子自身だ けが正解に導ける回答にね」 ───魅せておくれ。私のエンターテイナー Side:遊矢 「……」 (オレは、ずっと父さんや千束さんの様になりたいって思って頑張ってきた) (どうすればあの2人みたいなエンタメデュエルが出来るか考えて、試行錯誤して…少しずつ前に 進んでいった) (でも、それはあくまで2人の真似をしようとしてただけとも言えて……) 「このままじゃダメだ…!」 ただこのまま進んでいけば父や千束の背中を追い続ける哀れなモノマネ道化師として終わるだ け。 必死で考えを巡らせる遊矢の耳に、スマホの通知音が入る。 「なんだ…?アオからメッセージ?」 確認すると、『遊矢のエンタメ、楽しみにしてるから〜』と言うメッセージと可愛らしいスタンプが送 られていた。 「───────」 そのメッセージを見た瞬間、まるで天啓を得た様に先程の千束の言葉、そして遊勝塾の塾長であ り師である柊修造の言葉を思い出す。 ────この4戦で対戦相手やお客さんたちがド肝を抜かしてきたのは”誰”のエンタメだったからで しょーか? ─────お前も一流になれ、遊矢!ペンデュラムと言う扉を最初に開いた人間として後に続く者た ちの模範となれ! 「は、はははははっ!そっか……そうだよな。オレも父さんや千束さんみたいに誰かへと道を見せ ているんだ」 (そしてそれは同じ道を歩んでいる様に見えても、進むルートは違う。皆それぞれゴールを目指す んだ。自身だけが視える道筋で!) 「その道標になるのが“オレ”の、オレだけのエンタメ────!」 スタンダード次元:二木市にあるアオの自宅 Side:アオ 「あ、遊矢からメッセの返信だ……って、ふふっ」 『応援ありがとう!アオ オレだけのエンタメデュエルを楽しみにしててくれ』 「ヒッポのスタンプとかあったんだ〜」