あの日と同じ公園、同じ夜の闇の中に、私が放った魔法の閃光が迸った。 「ふぅ…これで、何人目、だっけ」 「5体目にゃ。さすがにちょっとペースがおかしいにゃ…」 「それって、やっぱり…」 「うん。『レア物』の噂が、あっちの方で相当広まってるっぽいにゃあ」 大精霊ハルドンさんから魔法少女の力を授かって、早二週間。すみれちゃんは、まだ帰ってこない。 すみれちゃんが修行のために魔法少女の世界へ向かってから、サキュバスはかなりの頻度で現れている。 渚ちゃんがいてくれるおかげで、初心者の私でもなんとかなってるけど…。 「雫、お疲れ様。怪我したりはしてないか?」 「あ、こーくん。うん、大丈夫」 変身を解いたところで、茂みの中に隠れていたこーくんが来てくれた。 一緒には戦えないけど、近くにいてくれるだけで気持ち的にはすごく安心できる。 「む〜…私も頑張ったにゃ!」 「あ、ああ…そうだよな。渚も、お疲れ様」 「にゅふふ〜撫でて撫でて!」 「はいはい」 見た目が人間の姿になってても、やっぱり猫なんだなぁ。…ちょっと、羨ましい、かも。 「ん?どうした?」 「な、なんでも、ない…。それより、そろそろ帰ろう」 「ああ、もうこんな時間か…。明日も学校あるしなぁ」 サキュバスは(基本的には)夜しか出てこない。そのおかげで助かってるところは、ある。 しっかり寝て、ちゃんと授業も受けて、夜は魔法少女になって戦う。 戦うのは毎日ではないとはいえ、これがずっと続くのはさすがに困る。 何よりも、アイドルのBDを観る時間がまともに取れなくなったのが、一番しんどい。 すみれちゃん、いつからこんな生活をしてたんだろう。 「すみれちゃん、いつ帰ってくるのかな」 「…どうだろうな。修行っていうくらいだし、まだまだかかるのかも」 「ごめん。一番すみれちゃんのことを心配してるのは、こーくんだよね…」 弱気と不安が、つい零れてしまった。 すみれちゃんだって大変なんだ。私の方がお姉ちゃんなんだから、がんばらないと。 渚ちゃんの元気に救われているのを感じながら、私たちは家に帰るのでした。 ----- 「ただいま〜…ふぁぁぁああああ…」 学校が終わって帰宅した途端に、大欠伸。はしたないけど、眠いものは眠いんだからしかたない。 夜更かしには慣れてるとはいえ、戦うとなるとやっぱり普通とは違う疲れが出てしまう。 授業中に寝落ちするのは我慢できたのは、褒められていいと、思う。 とはいえ、さすがにちょっと…しんどい…。仮眠、しよう。 引きずるような重い足取りでお部屋に戻って、なんとか着替えた私は、そのままベッドの中へ。おやすみなさい…。 ・ ・ ・ 「雫ちゃん、起きて!またサキュバスが来たにゃ!」 「ん、んん…」 身体が、むちゃくちゃ揺さぶられて…あ、頭がガクガクする…! 「な、渚ちゃん、ストップ…!起きた!起きたから…」 なんとか起き上がって、ぐわんぐわんする頭を軽く振って意識をはっきりさせる。 耳や尻尾の毛が目に見えて逆立った状態の渚ちゃんが、ベッドの脇に立っていた。 今まで、こんなことなかったのに。 「前に会った、強いサキュバスの気配を感じるにゃ…!雫ちゃん、気を付けて」 「それって、すみれちゃんとも戦ったことがあるってこと?」 「そうにゃ。あの時はギリギリ追い返すのが精いっぱいで、大変だったにゃ」 そんなに強い相手…私で相手になるんだろうか。 …ううん、なんとかしないと、いけないんだ。すみれちゃんがいない間は、私がみんなを守るって、決めたんだから。 「行こう、渚ちゃん」 「了解にゃ!」 渚ちゃんと一緒に、家を飛び出した。 確かに、魔力の流れを感じる。…なんか、強い魔力と、小さめな魔力、2つあるように感じるんだけど…? 「あれ、もう1人の方も来ちゃったっぽいにゃ…?」 「2人も一度に来るなんて、聞いてない…!」 「う〜ん、別々に動いてるっぽいし、とりあえず、弱い方から行ってみるにゃ?」 正義の味方のやり方じゃないような気もするけど、そんなこと言ってる場合じゃないよね…。 「わかった。まずはそっちから、行こう」 魔力を感じる方に向かって走りながら、こーくんにメッセを送っておいた。 今はとにかく、できることから…。 ----- 「えっと、魔力を感じたのは、この辺だと思うんだけど…」 やってきたのは、初めて変身した時と、同じ公園。 サキュバスは公園が好きなの…? 「多分、木とか遊具とかで隠れる場所が多いからにゃ」 「なるほど…」 そう言われると、確かに。 普段は気にしたことがなかったけど、陰になってる場所が多い。警戒しないと。 …あ。 「えっと、渚ちゃん。あれって…」 渚ちゃんの背中をつついて、見つけた尻尾の方を示した。 よく見ると、ドーム状の遊具に空いている穴から、サキュバスの尻尾が見えている。 「…あ。えーと、ああいうのもたまにいるにゃ」 あんまり戦いが得意なサキュバスじゃないのかもしれない。 本当は先制攻撃した方がいいんだろうけど、ちょっと気が引ける。 なんて考えてたら、見られてることに気付いたのか、サキュバスが自分から出てきた。 …かわいい!私よりちょっと小さいくらいかな?今まで出てきたサキュバスは美人さん、って感じだったけど、こんな子もいるんだ。 「え、えっと…こんばんわ…」 まさかの挨拶。え、私、この子と戦うの?今から。 「今日は、あの子はいないんですね?  猫ちゃんと一緒にいて、魔力も感じる…あなたも、魔法少女?」 「そう。すみれちゃんの代わりに、この町を守ってる」 「そ、そうなんだ…あの子じゃないなら、なんとかなる、かな?」 言ってることはともかく、あっちも不安みたい。 「あっ、申し遅れました。私、チサって言います」 「私、兵藤雫。よろしく」 なんだろう、この子とは仲良くできる気がする。 「だー!よろしくしてる場合じゃないにゃ!相手はサキュバス!倒さないと被害が出るにゃ!」 「ひぃっ!ごまかせなかった…」 「雫ちゃん、変身にゃ!」 悪い子じゃなさそうだし、もうちょっとちゃんとお話ししたかったなぁ…。 あまり気は進まないけど、もう1人いるみたいだしちゃんと戦わないといけない、よね。 「ふぅ〜…」 息を吐きながら集中して、身体の中の魔力の流れを感じる。何度かやったら、この感覚もすっかり慣れてきた。 「バースト・アウト!」 全身を駆け巡る熱とともに、魔力が漲っていく。 一瞬の光の中で、私の姿は魔法少女のものに変わった。 「弾ける光のひとしずく!魔法少女、ぷにもちどろっぷ!」 私が変身したのを見て、チサちゃんも覚悟を決めたらしい。戦う構えを取った。 あ、でも…そんな姿もかわいいなぁ…。 「雫ちゃん?」 「…はっ」 いけない、ちゃんと戦わないと。 左手に力を込めて、叫ぶ。 「おにめっするカリバー!」 何も無い所から、私の魔力に合うように作られた武器が生成される。 それが、おにめっするカリバー。 「カリバーって、剣?だよね?それ、どう見ても、釣り竿じゃ…」 「おにめっするカリバー!」 「まさかのごり押し!?」 実際、これは魔力で作った釣り竿なんだけど。がんばれば斬れるんじゃないかな?たぶん。 「とお〜!」 カリバーを振って、魔力の糸と針を思い切り投げると、ぱっと見はチサちゃんよりも全然上の方に飛んでいった。 「やっぱり釣り竿じゃ…って、あ、あれ?どこに投げて…」 外れたように見えるのは、フェイク。 狙いは一番引っ掛かりやすい場所…布面積の多い、スカート! 「ひゃあああああ!?」 狙い通り!魔力で軌道修正された針は、チサちゃんのスカートをばっちり捉えた。 そのまま竿…もとい、カリバーをぶんぶん。 「目が、目が回るぅぅぅぅぅ…」 ぐるぐる目になったチサちゃん。これくらいで下ろしてあげても大丈夫、かな。 と、思った矢先。 「っ!?」 全身がゾワッとするほどの、プレッシャー。 何か…ううん、誰か、来る。 次の瞬間、その『誰か』が、夜の闇を切り裂いて現れた。ついでに、糸も切られた。 「まったく、何をしているの…」 「ふええ…。えっ、ルイさん…?あ、ありがとうございます…助かりました…」 ルイさん。 そう呼ばれたのは、チサちゃんよりもずっと大きくて、強い魔力を感じさせるサキュバス。 …今まで会ったサキュバスの人達より、だいぶセクシー。 「飛べるようになったなら、下がってなさい」 「は、はい。気を付けてください、あの子結構強いかもです」 「…そうは思えないけど」 む、舐められてる。 「…今日はあの子はいないようね」 あの子。すみれちゃんのこと、かな。 「今は、私が…私と渚ちゃんが、この町を守ってる」 「ふうん?見たところ、まだ魔法少女なりたてみたいだけど」 こっちの戦力を冷静に分析してる。ただでさえ強そうなのに、油断もない。 これは、まずい…かも。 「まずは、これでどうかしら?」 手のひらから軽く放たれたように見える、魔法弾。 カリバーで受け止めようとして、後悔。滅茶苦茶、重い…! 「くっ…!ええーい!」 思いっきり力を込めて振り抜くと、魔法弾は明後日の方向へ飛んでいった。 「はあ…はあ…」 「あら、今の一発でもう息切れ?」 冗談じゃない、ちょっと強すぎる。 「し、雫ちゃん!大丈夫にゃ?」 「なんとか…」 渚ちゃんが慌てて私とルイさんの間に飛び込んできてくれた。 痺れた両手の間隔が戻って来て、カリバーをしっかり握り直す。 出し惜しみしてる場合じゃ、ない。 私は渚ちゃんに、小声で話しかけた。 「渚ちゃん、ちょっとだけ時間、稼げる?」 「?何かするつもりにゃ?」 「うん。なんとかできるかは、わからない、けど」 「…了解にゃ!」 言うが早いか、渚ちゃんはルイさんに飛びかかった。 するどい爪の攻撃を何度も繰り返していくけど、空を飛べるルイさんには軽くかわされてしまう。 …急がないと。 私はハルドンさんに貰ったリングとカードを取り出した。 右手のリングを顔の前に持ってきて念じると、足元に魔法陣が展開された。 「何をする気!?」 ルイさんがこちらの動きに気付いて、上空から向かってきた。 ただ事じゃないと思ってか、さっきよりも明らかに強力な魔法弾が放たれた。 でも、今の私を包む魔法陣は、特別。 ルイさんの魔法弾は、魔法陣にぶつかると同時にかき消されていった。 「な、何ですって!?こんな強力な結界が…?」 ルイさんも驚いてるけど、私もちょっとびっくり。一応、話としては聞いていたけど。 それよりも、今のうちに。 私はカードを改めて見つめる。 ハルドンさんが用意してくれた、すみれちゃんと渚ちゃんのカード。 教えてもらった使い方は、ちゃんと覚えてる。 「すみれちゃん!」 まずは、すみれちゃんのカードをリングの魔法石にかざす。 すると、カードはたちまち光の粒子になって、魔法石に吸い込まれていった。 続けて、もう一枚。渚ちゃんのカードも同じく魔法石にかざした。 「渚ちゃん!」 さっきとおなじように、渚ちゃんのカードも魔法石に吸い込まれ…魔力が、奔流となって、溢れ出す。 夜の闇を切り裂くように、魔法陣からも、リングからも、閃光が走る。 私の中にも、熱い魔力が漲ってくるのを、感じる。 …これなら。 「魔法の力、お借りします!」 宣言とともに、右手を突き上げた。 噴出された魔力が、私のところに戻ってくる。 新しい、力。 私の姿が、変わる。 「ぷにもちどろっぷ・ストレイヴィオレット!」 すみれちゃんと渚ちゃん。2人の姿を合わせてモチーフにした、新しい衣装。 「ええ〜!?何それ!?」 渚ちゃんの驚いた声。私も、これだけの力が得られるとは思ってなかった。 「出鱈目な…!これなら、どうかしら!?」 ルイさんが、また魔法弾を放つ。こんどは、さっきよりもさらに強力なやつ。 「ま、まずいにゃ!雫ちゃん、逃げて!」 たしかに、今までの私だったらどうにもならなかったと思う。 でも、今なら。 私は両手をそっと触れ合わせて、雫の形を作った。 今の私にできること。 「ドロピウムフラッシュ!」 雫が弾けるように、私の中から魔力が光線となって解き放たれた。 まるでいきなり昼間になったみたいに、光が広がっていき…ルイさんの魔法弾も飲み込んでいった。 「嘘でしょ!?きゃああああッ!」 ルイさんの悲鳴をかき消すような、大爆発。 夜中にこんな音がしたら大騒ぎになっちゃうかも…と思っている間にも、夜の闇と静寂が戻ってくる。 「か…勝っちゃった、にゃ…。あのサキュバスに…」 渚ちゃんの声が聞こえた。 …本当になんとかなって、よかった…。 安心したら足元がふらついて、そのまま尻餅をついてしまった。 「ちょ、雫ちゃん、大丈夫にゃ?」 「うん…まだ、魔力のコントロールが不安定だったみたい…。一気に使い過ぎた」 全開のフルパワーで放ってしまったから、ほとんどすっからかん。 「そ、そんな…ルイさんが、やられちゃった…?」 あ、隠れてたチサちゃんが戻って来た。 このまままた戦いにはならない、よね。 「…さすがに、本当に驚いたわ」 「えっ?」 頭上から、声がした。 「うそ…」 ルイさんが、月を背負って、飛んでいた。 あれを受けて、まだ動けるなんて…。 「ギリギリだったけど、なんとかやり過ごせたわ。…もう、魔力は残っていないみたいね」 口調は穏やかだけど、怒ってる。ものすごく、怒ってる。 渚ちゃんも、もう余力は無さそうだし…。ど、どうしよう…。 「雫!」 背後から聞こえてきた、声。 すごく安心する、あったかい、声。 大慌てで走ってきたその人は、私の前に立って、ルイさんを睨みつけた。 「こーくん!」 「レア物…何をしに来たのかしら?」 見れば、わかる。 私を…私と渚ちゃんを、守ろうとしてくれてる。 本当は怖くて、震えてるのに。 「早く逃げるんだ!」 声を振り絞って、そう言った。 本当は私が、守らないといけないのに。守りたかったのに。 もう、私には何もできないの…? 悔しくて握りしめた右手のリングが、光った…気がした。 …そうだ。私は、なんで戦おうと思ったのか。 確信が持てなくて隠していた…ううん、言い訳をして、見てみぬふりをしていた。本当の気持ち。 今、やっとわかった。 「…こーくん」 「何してるんだ、早く…っ!?」 私の呼びかけにこっちを振り向いたこーくん。 その唇に、私は自分の唇を重ねた。 「なっ!?ちょっと、こんな時に何をしているの!」 「そうにゃそうにゃ!」 「わ、わぁ…」 3人の声が聞こえるけど、そんなことはどうでもよかった。 溢れだしてきた感情は、もう止まらない。止まれない。 唇を通して流れ込んでくる想いが、私に力をくれる。 新しいカードが、光とともに左手に現れた。 名残惜しさを感じながら、こーくんから離れて…もう一度、リングの力を使う。 「…魔法の力、もうちょっとお借りします!」 こーくんのカードを、リングにかざした。 カードがリングの宝石に吸い込まれ、新たな力が生まれた。 「ぷにもちどろっぷ・トリニティバースト!!!」 3つの力をお借りした、黄金の力。 それこそが、ぷにもちどろっぷ・トリニティバースト。 「また姿が…何なのよこの子!」 ごめんなさい、今は、少しでも早く、こーくんとちゃんとお話がしたい。 今度は初めからそのつもりで、全力。 「トリニティウム・エクステンション!」 魔力、全解放。 躊躇なく放たれた魔力が、空を覆いつくす程に広がっていく。 「まずい…チサ!」 「えっ?ひゃあ!?」 いち早く危険を察したルイさんが、チサちゃんを連れて全速力で飛んでいった。 …逃げられちゃった、か。でも、今はそれも気にならない。 「…こーくん」 「え。あ、ああ…すごかったな、雫」 「…うん。勝てたのは、こーくんが来てくれた、おかげ。ありがとう、こーくん」 本当は、もっと色々と言いたいことがあるのに。なんだか恥ずかしくて、言葉にならない。 その時。 背後の草むらから、がさっ、という音。 「あっ、すみれちゃんにゃ!帰ってきたんだね!」 「すみれ!」 ああ、よかった。修行、終わったんだね。 …あれ、なんか、元気が無い…というか、なんか目が虚ろなような? 「雫ちゃん、さっきの、なに?」 声もなんだか冷たい、気がした。 「さ、さっきの…?」 「キスだよ!お兄ちゃんとしてた!」 「あ。えーと…ごちそうさまでした?」 我ながら、多分間違ってる。 「そっか…雫ちゃんもなんだね…」 「す、すみれちゃん…?なんか、顔が怖いよ…?」 「問答無用!記憶消去魔法、エール・ソーワット!」 「えっ、ちょっと待っ」 ----- 実は、その時の記憶消去魔法は、私には効いていなかった。 ハルドンさんが言ってた、リングの魔法耐性効果が働いていたみたい。 すみれちゃんは魔法が効いたと思って、元のやさしいすみれちゃんに戻っていた。 なんとかごまかせてるけど、もしバレたらと思うと、後が怖い。 こーくんも渚ちゃんも、あの夜のことは覚えていないみたいだった。 でも、あの日気付けた私の思いは、ちゃんと残っているから。 いつかきっと、ファーストキスは、やりなおし。 しばらくは、今のこの関係を楽しんでいよう。 魔法少女ぷにもちどろっぷの戦いは、これからも続くのだから。 終わり。