当てのない旅の途中ミレーンことかつての仲間であるコージンが、ここから少し回り道になるがカンラークがあるなとこぼした。 かつての故郷であり聖騎士の仲間たちと過ごした思い出の場所。 私はどうしても行きたいと思い、何もないから止めとけという彼を無理やり引っ張って行った…。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ エビルソードの斬撃により私が援護射撃を行っていた望楼と共に崩れ落ちて終わった第一の人生。 そしてこのカバネグイに食われたことで始まった第二の人生はカンラークから遠く離れた見ず知らずの国にある森の中からスタートした。 それからは原隊に帰還しようと果てしない距離をさまよい、時には魔獣狩りの冒険者や兵士に追われることもあった。 そんなさなか偶然出会ったのは同じ聖騎士の同僚であったコージンであった。 彼からはカンラークは落ち多くの仲間たちが亡くなったという話を聞かされていたが、それでも自分の目で見るまでは信じてはいなかった。 だが現実は非情であった…。 大聖堂を中心に美しい街並みが広がっていたかつての聖都。だが今そこにあるのは廃墟と瓦礫の山であった。 私はコージンたちと別れて、かつて自分たちが過ごしていた地域を探して回る。大切な人たちの痕跡を探しに…。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 自分がどこで生まれたのか私は知らない。ただ物心ついてから育ったのは「外院」呼ばれる場所であった。 聖教会の助けを求め集まってきた難民、流民、貧困層、そういった者たちが住む地域であったが、教会による生活や就労の支援などにより秩序はそれなりに保たれていた。 私はその外院にある孤児院にてマザーと呼ばれる中年の修道女によって育てられた。 彼女はとても温厚で施設の子供全てに分け隔てなく愛情を注いでくれた。私はマザーが大好きだった。 だから彼女の真似というわけではないが、年下の子たちの面倒を率先して見るようになった。 いずれはマザーと一緒にここで子供たちの世話をしながら暮らしていけたらと思うようになった。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ この施設には私と同い年の女の子が一人いた。彼女は内向的で恥ずかしがりやの私と違い活発でお転婆。よく男の子たちに交じって遊んではケガをこさえてもきた。 だが私が男の子たちにからかわれると、飛んできては追い払ってくれる優しい一面もあった。私と彼女とは正反対な性格ながらとても仲が良かった。 彼女は剣の修行と称してよく棒切れを振り回しては、男の子たちとチャンバラ遊びをしていた。 私は聖騎士になるの!が彼女の口癖だった。マザーは少し呆れ顔をしていたが、私は彼女ならできると思っていた。 そんな子供時代の日々に多少の変化が起きたのは私が10歳になった時であった。 私が階段から足を踏み外して転落し誰もが大ケガをすると予想した時、それは起こった。風魔法の発現である。 この特別な力を得たことで自分に大きな変化があるというわけではなかった、とりあえずその時点では…。 髪や洗濯物を乾かしたり、夏の暑い夜を風で涼しくしたりして皆に喜ばれるのはうれしかった。そんな日々を過ごしながら、私は12歳の巣立ちの時を迎えた…。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 巣立ちの時。外院に住む子供たちは12歳になると教会で職業適性の審査を受けて労働者として社会に奉仕するよう指示される。 口の悪い言い方をすれば無駄飯食いはガキの内までということである。 何か希望する仕事があるのならよほど適性が外れてなければ大抵就くことはできるが、私の友人のように聖騎士を希望すると倍率は高く、進めるかどうかは運と実力次第だった。 私はマザーのように子供たちの世話をしながら過ごしたいと思っていたので、修道女か教師を目指そうと思っていた。 だが結果は意外なものであった…。 私に命ぜられたのは聖騎士であった。発現した風魔法の希少性を買われてのことであった。 私は人と争うことも傷つけることもしたくはない。無理だから変えて下さいと頼みこんだものの、これは神の思し召しであるとして聞き耳を持たれなかった。 ただ救いだったのは5年勤め上げれば除隊して違う職業に就くことが許されるのと、同じ施設の友人も聖騎士として入団できたということであった。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 人と争うことが苦手な私は後方支援をメインとする弓兵を志願した。 幸い私の持つ風魔法との相性は良く、戦線から最も遠い場所から撃つ狙撃手の役割を得た。 時は魔王乱立期と呼ばれていた頃の残り香があった時代。 討伐されなかった勢力や生き残りが徒党を組み小軍閥となり各国と衝突し合っており、聖騎士団もその鎮圧のために諸国を転戦していた。 私も入団して短い訓練期間を経た後、戦場へ出ることとなった。 最も敵意殺意と遠い場所から味方を守る仕事と最初は思っていたが、それは全く違っていた。 狙撃手とは敵意を向けていない相手の命を一方的に狙うことであった。 例えそれが魔族であったとしても自分の引き金一つで命を奪う。その罪悪感に苛まれ一度手足だけを狙ってみたこともあった。 だがそれは間違いであった。手負いになった敵は死にもの狂いになり、それを鎮圧しようとした仲間が3人亡くなる原因となった。 私の些細な同情が回り回って仲間の命を奪うことになるのなら、自分は冷徹な機械に徹するしかない…。 そう自分を思い込ませると元々口数少ない性分が進み、今では挨拶するのも億劫になるほどであった。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ そんな私も本来の自分を取り戻せる場所が二つあった。 一つは私の育ったマザーのいる孤児院。休みの度に帰り子供たちの世話をする。 年を重ねるごとに元々の見知った顔ぶれは少なくなっていくが、新しく入った子供たちも私に懐いてくれる。 いつかここに帰ってくるんだ…それだけが任務で擦り切れる心の希望であった。 もう一つは同じ孤児院出身の友人であった。 非番の日が合うことがあればよく街に出てたわいもない話をした。 最も彼女が10話す内の1を返すぐらいであったが、それでも職務中に比べれば大幅に増えていた。 彼女はよく剣術の話をした。 今日は誰それに勝っただのこの切り返しがどうとか門外漢には全く分からない内容だったが、目を輝かせながら語る彼女の生き生きした顔がうらやましかった。 ある時いつものように彼女が剣術の話をしていると、本部から派遣されてきたという勇者の話題になった。 その人には手も足も出なかったがあの美しい太刀筋は見習いたい、あれは私の目標だと頬を紅潮させながら熱っぽく語っていた。 普段誰かに負けた時には悔しさのあまり愚痴ばかりたれていたくせに…。 その時、彼女は普段では言わないような質問を私にしてきた。 「あなた子供が好きっていつも言っているけど、誰かいい人と自分の子供を作る気はないの?」 この剣術馬鹿がそっちこそどうなのよ?!と反論したいとこであったが、子供は好きだけど自分の子供は特に考えてないとお茶を濁すので精一杯だった。 実際これは本心の内でもあった。 自分の子供を持つことで孤児たちへの愛情に偏りができるのが怖かった。 そもそも父親母親が揃っているという生育環境ではなかったので結婚という形式に憧れを見いだせなかった。 二次成長期を迎えると発育が良かった私は周りから下卑た目で見られることが増えた。 それを嫌がり体のラインが出ないようなマントを身に羽織るようになった。 それが乗じて恋愛というものに全く興味を持てなかった。 いったい何でこんな質問を? そう思いながら対面に座る友人を観察しているとあることに気づく。 今彼女はきっと恋をしているのだろう。その気持ちを誰かと分かち合いたいのではと…。 その感情に気づくと、ますます私はどこか欠けた人間だという気持ちが膨らんでいった。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ それ以降も彼女とは何度か会った。以前よりも明るくどこか人当たりも柔らかくなっていた。 その時は例の勇者と一緒に稽古したいのに、レンハートからやって来た新人がいつも一緒にいて稽古できないと愚痴っていた。 そこで初めてコージンの名前を聞いた。 私は軽く微笑みながらその会話を聞き流した。 後、半年もすれば5年が経つ…。そうすれば私も本当の自分を取り戻せるはずだ…。 ―――――エビルソードによるカンラーク事件の1カ月前の話であった。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 孤児院の跡地だった場所で思い出に浸る。 もうここには誰もいないんだな…。マザーたちは無事なのか…。そして友であった彼女は…。それだけが気がかりであった。 コージンたちと合流しようと移動する。遠くから口論している声が聞こえる。 何やらと様子を伺うとそこにいたのは見知った人間であった。 『(おんどりゃ!コージンにギル!何ケンカしとんねん!ワレぇ!)』 一触即発の空気を醸し出していた二人の間に割って入る。興奮のあまり心の声が旅先で覚えたサカエトル弁になっている。 『(あんなことがあってからようやく出会えた仲間やろ!仲良うせぇや!)』 強烈な勢いでコージンとギルを張り倒す。 周りを見るとライトが尋常じゃない闇のオーラを出しながら興奮状態になっている。これはいけない! 『(やめなさーい!ライトぉ!女の子をイジメるのは最低ですよー!)』 ライトを抑えようと全力でハグをする。ライトの全身はバキバキにへし折れ失神した。 突然の乱入者に空気は完全に沈黙した。    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 反省タイムが終わりそろそろ解散という雰囲気になった時、ギルが私に話しかける。 「まさかナチアタまで生きていたとはな。俺の他にもクリスト、イザベル、イゾウも生き残っている。もっともイゾウに関してはお前と同じで姿が変わり過ぎて、正しい意味で生き残ったかどうかは怪しいがな…」 「後はアイツもいる。ボーリャックの奴だ! 俺たちをいや人類を裏切って今は魔王軍に入っていやがる。俺もイザベルもこの裏切り者は粛清しなければならないと思っている…」 イザベル、私の大事な友達…。 あなたは一体どこに行こうとしているのか、どうしたいというのか。 それをあなたに聞くために私は早く人間に戻らねばという思いを強くした。