玄関のドアが閉まる乾いた音が、速水公太の意識を現実へと引き戻した。ついさっきまで隣で笑っていたはずの母親はパートへ向かい、家の中には静寂だけが取り残される。テーブルの上にはラップのかかった朝食。中学二年生の日常は、いつもと同じ気怠い空気の中から始まる。牛乳を喉に流し込みながら、窓の外に目をやった。隣の家のカーテンはまだ閉ざされたままだ。あの部屋の主、立花響と、その腕の中で眠る赤ん坊の、穏やかな寝息が聞こえてくるような気がした。 制服に着替え、鞄を肩にかける。誰に言うでもなく「いってきます」と呟いた声は、がらんとした室内に虚しく響いた。自分の家と響の家とを隔てる低いブロック塀を乗り越えるのは、もはや習慣となっていた。合鍵を使って忍び込むようにドアを開けると、ミルクの甘い匂いと、響の使っているシャンプーの残り香が混じり合った独特の空気が公太の肺を満たす。リビングのソファには、響が脱ぎ捨てたのであろう薄手のカーディガンが無造作に置かれていた。それを手に取り、そっと顔を埋める。彼女自身の肌の匂いが、まだ微かに残っている。 奥の寝室を覗くと、ベビーベッドの中で小さな柚葉がすやすやと眠っていた。その隣のダブルベッドでは、響が薄いタオルケットだけを体に巻きつけ、穏やかな寝顔を晒している。朝日がレースのカーテンを透かして、彼女の長い髪を淡い金色に染めていた。大学生である彼女は、午前中の講義がない日はこうしてゆっくりと朝の時間を過ごしている。そして、その穏やかな時間のすぐ隣に、自分がいる。この家の、この母親の、そしてあの赤ん坊の、誰にも知られていない秘密の構成員として。 公太はベッドの縁に静かに腰掛けた。響の寝顔を見つめる。少し開いた唇から、規則正しい寝息が漏れていた。無防備なその姿は、庇護欲を掻き立てられる少女のようでもあり、同時に、男の欲望を無言で受け入れる女のようでもあった。自分より五つも年上の女。自分を男にした女。そして、自分の子供を産んだ女。その事実が、ずしりとした熱い塊となって公太の下腹部に溜まっていく。学校のチャイムが鳴り響く教室も、友人と交わす馬鹿げた会話も、全てが遠い世界の出来事のように感じられた。ここだけが、本当の自分の居場所だった。 響の頬にかかった髪を、指先でそっと払う。その瞬間、彼女の瞼がぴくりと震え、ゆっくりと開かれた。眠りの淵から浮上してきたばかりの瞳は、潤んでいて、焦点が定まっていない。 「……こうた……?」 掠れた、甘い声。その響きだけで、公太の体の芯が疼いた。 「うん。……学校、行く前に」 「……そっか。もうそんな時間……」 響はゆっくりと体を起こした。タオルケットが滑り落ち、豊かな胸の輪郭があらわになる。その先端は、朝の冷たい空気のせいか、小さく硬く尖っていた。彼女はそれを隠そうともせず、気怠げに髪をかきあげる。その仕草の一つ一つが、公太の目を釘付けにした。 「柚葉は?」 「まだ寝てる」 「よかった」 響はそう言って微笑むと、公太の頬に手を伸ばした。ひんやりとした指先が肌を撫でる。 「……ねぇ、公太」 「なに?」 「今日、夕方から少しだけ出かけてきてもいいかな。サークルの友達と会う約束、しちゃってて」 「……別に、いいけど」 「柚葉のこと、見ててくれる?」 「……うん」 それはいつものことだった。響が時折求める、母親でも妻でもない、ただの「立花響」に戻るための時間。その間、この家の主となるのは公太だった。柚葉の父親でありながら、父親であることを誰にも知られていない少年。その歪んだ関係性が、二人だけの秘密の儀式をさらに濃密なものにしていた。 「ありがとう。助かる」 響はそう言うと、公太の唇に自分のそれを軽く重ねた。ミルクと彼女自身の唾液の混じった、甘い味がした。それは行ってきますの挨拶であり、これから始まる倒錯した一日への、共犯者同士の誓いでもあった。 学校での時間は、まるで内容の無い映画を早送りで見ているかのように過ぎていった。数学の公式も、英語の不定詞も、頭の中をただ滑っていくだけで、何一つ留まらない。意識は常に、隣の家にあった。チャイムが終わりを告げると同時に、公太は教室を飛び出した。友人たちの呼び止める声が背後で聞こえたが、振り返ることはなかった。 響の家に戻ると、彼女は既に出かける準備を終えていた。いつもより少しだけ念入りに化粧を施し、普段は着ないような、体の線がはっきりとわかるワンピースを身にまとっている。その姿は、公太の知らない「外」の世界の女の顔をしていた。それが少しだけ、面白くなかった。 「じゃあ、行ってくるね。多分、二時間くらいで戻るから」 「うん」 「ミルクは冷蔵庫に。おむつはそこの棚。もし泣き止まなかったら、これで……」 響は慣れた手つきで育児用品の場所を指し示す。その母親らしい姿と、今しがた見せた女の姿とのギャップが、公太の心を奇妙にざわつかせた。 玄関で、響はもう一度振り返った。 「本当にありがとうね、公太。あなたがいるから、安心できる」 その言葉に含まれた絶対的な信頼。それは母親が息子に向けるそれとは明らかに異質な、依存と支配の匂いを帯びていた。公太は何も言わず、ただ頷いた。ドアが閉まり、鍵のかかる音が響く。再び、家の中は静寂に包まれた。だが今度は、朝とは違う種類の沈黙だった。これから始まる二人きりの時間を前にした、期待と罪悪感が入り混じった、濃密な静けさ。 公太はまず、寝室へ向かった。ベビーベッドの中では、柚葉がまだ眠っていた。小さな胸を規則正しく上下させ、時折、口をむにゃむにゃと動かしている。その無垢な寝顔を見下ろしていると、背徳的な欲望とは別の、奇妙な感情が湧き上がってくるのを感じた。これが、自分の娘。自分と、あの女の血を受け継いだ、唯一の存在。 その小さな手に、そっと自分の指を触れさせる。すると、柚葉の指が反射的にきゅっと握りしめてきた。温かく、柔らかい感触。そのあまりの無防備さに、公太は息を呑んだ。この小さな命に対して、自分はあまりにも身勝手で、汚れた存在なのではないか。一瞬、そんなまともな思考が頭をよぎる。だが、すぐに別の感情がそれを塗り潰していく。 響さえも、知らない秘密。彼女との関係だけでは満たされない、より深い場所へと堕ちていきたいという渇望。公太はゆっくりと自分のズボンのファスナーに手をかけた。硬く膨張した自身のそれを、まだ幼い娘の寝顔のすぐ横で、ゆっくりと扱き始める。背徳感が脳を焼き、快感を増幅させる。響が帰ってくるまでの、限られた時間。そのスリルが、さらに興奮を煽った。 柚葉の寝息と、自分の荒い息遣いだけが部屋に響く。視界の隅では、窓の外の景色が少しずつ夕暮れの色に染まり始めていた。世界の全てが、この部屋の中で完結しているような錯覚。響がいないこの空間で、自分は父親として、そして一人のオスとして、この娘と対峙している。その倒錯した認識が、公太を快感の頂点へと導いていった。 粘り気のある熱い液体が、数回にわたって迸る。その一部が、柚葉がくるまっている純白のベビー布団に、小さな染みを作った。公太はぜえぜえと肩で息をしながら、その染みを指でなぞった。響に知られたら、どうなるだろう。怒るだろうか。それとも、あの蠱惑的な笑みを浮かべて、もっと、と唆すのだろうか。 その時だった。玄関のドアが開く音が、静寂を破った。 「ただいまー。ごめん、思ったより早く終わっちゃって」 響の声だった。まずい、と思った時にはもう遅い。彼女は寝室のドアを開け、そこに立ち尽くす公太と、彼がまだ握りしめている自身の昂り、そしてベビー布団にできた生々しい染みを、その大きな瞳に映した。 時間が、止まったように感じられた。公太は動けなかった。弁解の言葉も、謝罪の言葉も出てこない。ただ、響の反応を待つことしかできなかった。軽蔑されるだろうか。罵られるだろうか。この倒錯した楽園が、今、終わるのかもしれない。 だが、響の反応は公太の予想を、あらゆる意味で裏切るものだった。彼女は驚いたように数回まばたきをした後、その唇の端を、ゆっくりと吊り上げたのだ。それは怒りでも、悲しみでもない。まるで、最高に面白い玩具を見つけた子供のような、純粋な好奇と喜びに満ちた、蠱惑的な笑みだった。 「……ふふっ」 喉の奥で、ころころと鈴が鳴るような笑い声が漏れた。彼女はゆっくりと部屋に入ってくると、公太の隣に膝をつき、布団にできた染みを仔細に観察した。 「……すごい。まだ、あったかい」 そう言うと、響は人差し指でその白い液体をすくい取り、躊躇うことなくぺろりと舐め取った。そして、恍惚とした表情で目を閉じる。 「……うん。公太の味」 その言葉が、公太の理性の最後の箍を、粉々に砕いた。目の前の女は、母親でも、普通の大学生でもない。自分と同じ、あるいはそれ以上に、背徳という名の蜜の味に飢えた、共犯者だった。 響はゆっくりと目を開けると、公太の昂りをその手で優しく包み込んだ。ひんやりとした指先と、熱い欲望の塊との対比が、背筋にぞくりとした快感を走らせる。 「……柚葉が、見てるよ」 ベビーベッドの中から、いつの間にか目を覚ました柚葉が、ぱちくりとした大きな瞳で二人を見つめていた。何が起きているのか理解できないまま、ただじっと、その光景を見つめている。 「いいじゃない。パパのかっこいいところ、見せてあげなきゃ」 響はそう囁くと、公太の耳元に唇を寄せた。 「今度は、この子の上にして?」 その声は悪魔の囁きのように甘く、抗うことなど到底不可能だった。響は公太の手を取り、眠る柚葉の、まだ未成熟な小さな腹の上へと導く。温かい肌の感触が、公太の残っていたわずかな罪悪感を焼き尽くした。響の手が、公太の欲望を扱き始める。ゆっくりと、しかし確実なストロークで、快感の頂点へと導いていく。柚葉の無垢な瞳が、すぐそこにある。その視線が、かつてないほどの興奮を公太に与えた。 響は恍惚とした表情で、その光景を見つめていた。自分の娘の体の上で、その父親である少年が、欲望を解放しようとしている。その歪みきった構図の、中心にいるという事実が、彼女をたまらない興奮で満たしていた。 「……もっと、もっとだよ、公太。こんな綺麗なもの、他にないじゃない」 響の声に導かれるように、公太の体が大きく痙攣した。二度目の熱い迸りが、柚葉の小さな体を白く汚していく。その瞬間、響は歓喜の声を上げ、娘の体に飛び散ったそれを、まるで極上のデザートでも味わうかのように、舌で丁寧に舐め取っていった。 その後、二人はどちらからともなく求め合い、リビングのソファで貪るように体を重ねた。夕陽が部屋をオレンジ色に染め、壁には二つの影が醜く、そして美しく絡み合っていた。隣の部屋からは、何も知らずに眠りについた柚葉の、穏やかな寝息だけが聞こえてきていた。彼らの倒錯した日常は、また一つ、新たな扉を開けたのだった。 あの夏の日の午後から、二人の関係性は緩やかに、しかし確実にその形を変えていった。秘密を共有するという甘美な毒はゆっくりと神経を蝕み、かつて存在したはずの日常と非日常の境界線を溶かしていく。もはや公太にとって、学校の制服は単なる生徒であることの証明ではなく、響との倒錯した遊戯にリアリティを与えるための小道具に過ぎなかった。 その日、響からメッセージが届いたのは、最後の授業が終わる直前のことだった。「面白いことしない?」という短い文面に、スマートフォンの画面が心なしか熱を帯びたように感じられた。公太が「なに?」と返すと、すぐに「学校の制服のまま、うちに来て」とだけ返信があった。それ以上の説明はなかったが、公太は特に何も考えず、ただ言われた通りにしようと決めた。彼女の言葉は、抗うことのできない命令となって、彼の思考を支配していた。 チャイムが鳴り終わり、喧騒に包まれる教室を背に、公太は逸る心を抑えながら隣家への道を急いだ。合鍵でドアを開けると、リビングからは何の物音も聞こえない。ただ、奥の寝室から微かに明かりが漏れていた。誘われるようにそっとドアを開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。 部屋の中央に、響が一人、裸で立っていた。その手には二つのものを持っている。一つは、柚葉の名前が記された母子健康手帳。もう一つは、彼女自身の名前と学籍番号が印刷された、大学の在学証明書だった。 「……こうた。こっちに来て」 響の声は、いつもより少しだけ上ずっているように聞こえた。彼女は公太にスマートフォンを手渡す。 「これで、私を撮って」 言われるがままに、公太はカメラを起動し、赤い録画開始のアイコンをタップした。レンズの向こうで、響の姿が鮮明に切り取られる。彼女は一度深呼吸をすると、まるでオーディションに臨む女優のように、カメラを真っ直ぐに見つめた。 「立花響、二十歳。大学二年生で、子供が一人いるシングルマザーです」 その声は震えていなかった。むしろ、楽しんでいるかのように滑らかだ。彼女は母子手帳と在学証明書を、カメラの向こうにいるであろう誰かに提示するように、胸の前に掲げてみせる。 「お隣に住んでる、五歳年下の彼に、孕ませてもらいました。……おちんちん、大好きです」 最後の言葉は、囁くように、しかしはっきりと発せられた。そのあまりに直接的な響きに、公太のスラックスの下で、熱い塊がゆっくりと形を成していく。その時、部屋の隅のベビーベッドから、柚葉がぐずる声が聞こえ始めた。だが、響は一瞥だにしない。彼女の意識は、母親であるという現実から完全に切り離され、レンズの向こう側へと注がれていた。 響は持っていた二つの証明書をそっと床に置くと、その場にゆっくりと膝をついた。そして、両手を床につけ、深く、深く、頭を下げる。乱れた黒髪が、滑らかな背中のラインを隠した。 「母親より、メスであることを優先しちゃう淫乱な女に、おちんぽ、恵んでください……!」 恥じらいと、それ以上の喜悦に染まった声が、静かな部屋に響き渡った。その宣言を聞いた瞬間、公太の中で何かが弾け飛んだ。彼は無意識のうちに制服のスラックスのベルトを外し、硬く張り詰めた自身のそれを、窮屈な布地から解放する。 「……舐めていいよ」 その言葉が許可の合図だった。響は顔を上げ、濡れた瞳で公太を見つめると、膝立ちのままにじり寄ってきた。そして、まるで長年求め続けた聖杯に口を付けるかのように、一心不乱にそれをしゃぶり始めた。 じゅぽ、じゅぽ、と生々しい水音が響く。公太は、スマートフォンの画面越しにその光景を眺めていた。ファインダーの中では、一人の女が娼婦のように雄を求め、ただひたすらに口淫に耽っている。背景では、世界から見捨てられた赤ん坊の泣き声が、BGMのように流れ続けている。その完璧に狂った構図に、公太の口元からは笑みが止まらなかった。 響の舌が巧みに先端を舐め上げ、喉の奥で扱くたびに、強烈な快感が背骨を駆け上がっていく。もはや限界だった。公太の腰が大きく跳ね、熱い奔流が響の口の中へと注ぎ込まれる。響は一滴も零すことなくそれを受け止めると、名残惜しそうに唇を離した。そして、カメラに向かってゆっくりと口を開き、中の白い液体がよく見えるように誇示する。それから、こくりと、喉を鳴らして全てを飲み込んだ。 「……年下の男の子の精液、とっても美味しいです」 語尾にハートマークがついていそうなほど、うっとりとした声だった。その恍惚の表情を最後に、公太は録画を停止した。画面が、一旦暗転する。 数分の後、撮影は再開された。場所は、同じ寝室のベッドの上。響が仰向けの状態で、その体の上に柚葉を抱えながら、大きく脚を開いた姿が映し出される。泣き疲れたのか、柚葉は母親の胸の上で小さな寝息を立てていた。そして、響の顔の両脇には、先ほどの在学証明書と母子手帳が、まるで彼女の身分を証明する墓標のように、きちんと置かれている。 カメラの向こうから、公太が息を呑むのが分かった。響は濡れた瞳でレンズを見つめ返し、挑発するように舌なめずりをする。 「二十歳のシングルマザーに、無責任な中出し、してください。……もう一回、あなたの赤ちゃんで、私を孕ませて」 その言葉と同時に、彼女の脚の付け根で、桃色の秘裂がひくひくと蠢いた。決壊したダムのように愛液が溢れ出し、シーツに染みを作っていく。それは、自らを犯す唯一の主人を、ただひたすらに待ち望んでいる姿だった。 公太はスマートフォンのファインダー越しに、その言葉を受け止めた。レンズを通して切り取られた世界では、響の懇願は現実味を帯びない、どこか遠い国の映画のワンシーンのように見えた。画面の右上には赤い録画中のアイコンが点滅し、その下にはバッテリーの残量を示す緑色のバーが静かに横たわっている。その無機質な記号と、画面中央で母親でありながら女の性を剥き出しにする響の姿との、あまりの乖離。その歪みが、公太の脳を痺れさせ、倫理観を麻痺させていく。 孕ませて、と彼女は言った。かつて一度、過ちのようにして起きてしまったことが、今、明確な意思を持った行為として繰り返されようとしている。しかも、その一部始終は電子の記録として刻まれようとしていた。公太は息を呑んだ。恐怖よりも、抗いがたい興奮が全身を支配していた。自分が握っているこの小さな機械が、神の視点となってこの部屋の全てを支配しているような、万能感。 彼はゆっくりと指を動かし、画面をズームさせた。響の潤んだ瞳が、懇願するようにこちらを見つめている。その視線はレンズを通り越し、公太自身の魂に突き刺さってくるようだった。もう、ただの撮影者でいることは許されない。この物語の、主演になれと、彼女は全身で要求していた。 公太は録画を続けたまま、寝室のドレッサーにスマートフォンを立てかけた。画角を数回調整し、ベッド全体が、響の顔の横に置かれた二つの証明書が、そしてこれから自分が立つであろう場所が、完璧に収まるようにセットする。赤いランプが、冷徹な観客の目のように、二人を静かに見つめていた。 彼はベッドには向かわず、一度響に背を向けた。そして、学生服のズボンと下着だけを、ゆっくりと足元に下ろす。Yシャツのボタンは一番上まで留められ、少し緩んだネクタイが胸元に垂れている。その滑稽なまでのアンバランスさが、この状況における彼の唯一のアイデンティティだった。学生であり、隣人であり、そして今からこの女を孕ませる、名もなき雄。 振り返ると、響が期待に満ちた目で彼を見上げていた。その視線を受けながら、公太はベッドに上がった。軋むスプリングの音が、やけに大きく部屋に響く。眠る柚葉を起こさぬよう、慎重に四つん這いになり、響の体に覆いかぶさった。 間近で見下ろす彼女の体は、強い熱を発していた。ミルクの甘い香りと、発情した雌特有の、むせ返るような匂いが混じり合って公太の鼻腔をくすぐる。視線を落とせば、腕の中の柚葉が安らかな寝息を立てていた。そのすぐ下で、母親である響の秘裂は、ぬらぬらとした粘液で濡れそぼり、次の生命を受け入れる準備を完了させている。生と性、母性と淫欲が、このベッドの上で矛盾なく共存していた。 「……こうた」 響が、掠れた声で彼の名を呼んだ。公太は何も答えず、ただ彼女の脚の間に自分の腰を滑り込ませる。硬く膨張した先端が、溢れ出る泉の入り口に触れた。その瞬間、響の体がびくりと大きく震え、甘い吐息が漏れた。 公太はゆっくりと、自分の存在を彼女の中に埋めていく。抵抗など何一つない。むしろ、内壁が喜悦に打ち震えながら、彼を吸い込み、絡め取っていくのが分かった。Yシャツの袖口が響の柔らかな乳房を撫で、ネクタイの先が、眠る柚葉の頬に触れそうになって揺れている。 一番奥まで突き入れると、響が「あっ」と短い声を上げた。それは苦痛ではなく、待ち望んだものが与えられたことへの、純粋な歓喜の声だった。彼女は両腕を公太の首に回し、その体を強く引き寄せる。 「……見て、公太。カメラ……ちゃんと、撮ってるよ」 耳元で囁かれた言葉に、公太は視線をドレッサーの方へ向けた。スマートフォンの小さなレンズが、寸分の狂いもなくこちらを捉えている。自分たちが今、一つの肉塊となって結合している姿が、あの小さな記録媒体の中に、永遠に保存されていく。その事実が、最後の理性の壁を粉々に打ち砕いた。公太は腰を一度大きく引き、そして次の瞬間、獣のような衝動のままに、深く、強く、体を打ち付け始めた。 部屋の空気そのものが粘度を増したようだった。ベッドのスプリングが軋む単調なリズムと、肌と肌がぶつかり合う湿った音、そして二人分の荒い呼吸だけが、世界のすべてになった。公太のYシャツは汗で背中に張り付き、その不快な感触だけが、かろうじて彼に学生服を着ているという現実を伝えている。 彼の視界の中で、響の顔が苦痛とも快感ともつかない表情で歪んでいた。唇は半開きになり、そこから熱い吐息が漏れ続けている。その視線は虚空を彷徨ったかと思うと、不意に公太の目を捉え、その奥を射抜くように見つめてきた。彼女は喘ぎ声の合間に、途切れ途切れの言葉を紡ぐ。 「……すごい、こうた……学生服のまま、私を……おかしてる……」 その言葉は、非難ではなく、むしろ賞賛と感謝の色を帯びていた。彼女は自らが作り出したこの倒錯した舞台の上で、完璧に役を演じきる共演者を、心から讃えているかのようだった。 公太の動きに合わせて、響の胸の上で眠る柚葉の小さな体が、ゆりかごのように穏やかに揺れていた。その無垢な重みが、響の体を介して公太の腹部にまで伝わってくる。母親の胎内で羊水に揺られる胎児のように、柚葉は二人の交合が生み出す揺らぎの中で、ただ安らかに眠り続けている。その事実が、公太の背徳感を極限まで研ぎ澄ませた。 彼は一度動きを止め、響の顔の横に置かれた二つの証明書に目をやった。片方は、彼女が「立花響」という一人の学生であることを示す紙片。もう片方は、彼女が「立花柚葉の母」であることを示す手帳。そして今、その二つのペルソナを併せ持つ女が、自分の下で乱れている。公太は、彼女のアイデンティティそのものを、この行為によって蹂躙しているのだという全能感に酔いしれた。 「もっと……もっと、めちゃくちゃにして……。私、ただの母親じゃ、いられない……」 響の指が、公太の汗ばんだ背中に、食い込むように立てられる。その痛みが、公太の腰を再び激しく動かさせた。もはやそこに理性は存在しない。あるのは、記録され続けるという興奮と、目の前の女を支配しているという欲望だけだった。 響の体が、不意に大きく弓なりにしなった。喉の奥から、声にならない叫びが漏れる。公太を締め付ける内壁が、痙攣するように強く収縮を繰り返した。その生命の最も深い場所で起きた歓喜の爆発が、引き金となった。公太の思考が、真っ白に染め上げられる。腹の底から突き上げてくる熱い塊が、制御を失ってほとばしった。彼女が求めた通り、無責任に、そして一切の躊躇いもなく、その命の源を、彼女の最奥へと注ぎ込んでいく。 動きが止まると、部屋には沈黙が戻ってきた。ただ、ぜえぜえという二人の喘ぎ声だけが、やけに大きく響いている。汗で濡れた体が、ぴったりと密着したままだ。響の胸の上では、柚葉が何事もなかったかのように、すうすうと小さな寝息を立てていた。 公太は響の体に体重を預けたまま、ゆっくりと顔を上げた。視線の先、ドレッサーの上で、スマートフォンの赤い録画ランプが、悪魔の目のように、まだ静かに点滅を続けていた。 長い、長い沈黙だった。世界から音が消え、ただ二人の心臓の鼓動だけが、結合した体を介して互いに伝わっている。公太は響の体の重みと、汗ばんだ肌の感触を感じながら、ゆっくりと現実へと意識を浮上させていった。視線の先の赤いランプは、変わらず冷徹に点滅を続けている。全ては記録された。この、取り返しのつかない狂気の儀式は、永遠に消えないデータとなって、あの小さな機械の中に閉じ込められたのだ。 不意に、腕の中で響の体がもぞりと動いた。彼女は公太の体からそっと離れると、乱れた髪をかきあげることもせず、上半身を起こした。そして、まっすぐにドレッサーの上のスマートフォンを見つめる。その瞳には、先ほどまでの情動の嵐が嘘のように、凪いだ、しかしどこか挑発的な光が宿っていた。 彼女はゆっくりと両手の指でピースサインを作ると、それを顔の両脇に掲げ、悪戯が成功した子供のようににっこりと微笑んだ。 「年下おちんぽに、中出しして貰いました」 その言葉は、カメラの向こうにいるであろう、不特定多数の誰かに向けられていた。恥じらいなど微塵も感じさせない、晴れやかな宣言。大きく広げられた彼女の脚の間からは、公太の放ったばかりの白い濁流と、彼女自身の愛液が混じり合った液体がとろりと滴り落ち、シーツに新たな染みを描いている。部屋には、熟れた果実が腐り始める一歩手前のような、甘く背徳的な匂いが満ちていた。 響は、その宣言だけでは飽き足らないようだった。彼女は自身の脚の付け根に、ためらうことなく指を伸ばす。そして、二人の体液が撹拌されたばかりの粘液をたっぷりとすくい取ると、信じられない行動に出た。彼女は、胸の上で眠る柚葉の、その小さな口元へと、濡れた指先を運んでいったのだ。 「私の赤ちゃん、ママの愛液と、パパの精子を飲んで育ってます」 囁くような、しかし明瞭な声が部屋に響く。響は楽しそうに目を細め、まるで極上の離乳食でも与えるかのように、柚葉の唇に指をそっと押し当てた。柚葉は眠りながらも、母親の指を乳首と間違えたのか、ちゅぱちゅぱと小さな音を立てて吸い始める。 「んふふ……。将来、ママみたいに淫乱になっちゃうかもね」 響は困ったように、しかしその声色には隠しきれない喜悦が滲んでいた。公太は、息をすることさえ忘れてその光景を見つめていた。本来ならば母親の乳を吸うべき口が、今吸っているのは、両親の交わりの証そのものだった。響の手が、自身の秘裂と、我が子の口元とを、何度も、何度も往復する。その度に、柚葉はもごもごと口を動かし、父と母の淫らな体液を、こくり、こくりと飲み込んでいく。その姿は、無垢な赤子というよりも、これから世界に災厄を振りまくために育てられている、小さな淫魔のように見えた。 そして、その全てを、ドレッサーの上のスマートフォンが、一瞬たりとも見逃すことなく、克明に記録し続けていた。