――どうして。 「やめて!私は……私はやってない!」 ――どうして、こうなったのだろう。 少女たちが、様々な目線を私に向ける。 侮蔑、憐憫、嫌悪。 看守に連れられ処刑台に向かう私の前に、筋肉質なガワのようなものを被ったなれはてが複数待ち構えている。 「ああっ、いや……嫌だ!」 思い出したくもない記憶が蘇る。 なれはてたちが……複数の男が、私を取り囲んでいる。 「嫌ぁ!いやだ!いやぁぁああ!」 一人が私を羽交い締めにする。一人が私の服を無理やり引き千切る。 ああ、あの時と、同じだ。 この島は、あの変なフクロウを除けば女の子しかいなかった。 ご飯がまずい、部屋が暗い、汚い……全て些細なことでしかなかった。 この世界から男が消えたのだ。大嫌いな、男たちが、全員。 少女たちはこの島を地獄だと言う。 私にとっては違う。ここは楽園だ。絶海の孤島に築かれた極小の社会は、私にとって天国だった。 服がビリビリに破られ、私の裸体が顕になっていく。 少女たちから向けられる視線が、一層鋭く、冷たいものになった。 【禁忌】に触れられ、私から私の制御が離れる。 正面に立っていたなれはてが、私の股を大きく開かせる。 「――!」 私はもう声さえ出せなかった。 ――どうして、こうなったのだろう。 ああ、そうか。私は全てを奪われたんだ。 魔女裁判なんてものがなければ。 「殺人事件」なんてものが起きなければ。 この島はずっと楽園だった。この島はずっと私のための世界だった。 くだらない。 なれはてから、男性器を模した触手が伸びる。 本当にくだらない。 少女たちの視線は、もう感じない。 あまりにバカバカしい。 股座は鋭く痛み、お腹の奥に熱いものを感じる。 ――殺人事件がなければ。 意識が急速に遠ざかる。感じたことのない異様なものが、体内から溢れ出ている。 「わたしの、せかいが」 思わず呟いた時、私の身体は、そう……爆ぜた、のだと思う。 視界が白一色に包まれ、私は意識を手放す。 私が私でなくなる直前、裁判所に少女たちの悲鳴が響いた。 終わりの間際に私の眼が一瞬だけ映した世界―― 下を見ながら絶叫する、白いフードの少女……いや、女が映る。 悲鳴だけがこだまする中、少しの満足感を覚え、私は、墜ちた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あっ、何個もすみません。みなさんに、大切なことを伝えておきます。」 ラウンジに集まった少女たちの前で、屋敷の管理者、ゴクチョーが説明をする。 「魔女になりつつある者は、抑えきれない殺意や妄想に衝かれてしまいます。」 「面倒なことに、毎回、囚人間で殺人事件が起こっていたんですよ。」 「殺人事件っ!?」 青髪の少女、シェリーは不謹慎にも目を輝かせた。 「人の話は最後まで聞いて下さい……。殺人事件が起こっていたのは、3年前までなんです。」 「3年前に、処刑された一人の魔女が魔法を暴走させましてね……。」 ゴクチョーは、心底面倒な気持ちを孕んだ声色で説明する。 「この屋敷のルールを書き換えてしまったんですよ。ですから、もう殺人事件は起きませんし、殺人衝動も生じません。」 シェリーが少し肩を落とし、一歩後ろに下がる。ゴクチョーは続ける。 「ですが、この魔法は既存のルールを【置き換える】形で効果を発揮しています。」 「その……みなさまには、大変申し上げにくいのですが……。」 「何が言いたいの。簡潔に言いなさい。」 部屋の隅で話を聞いていた黒髪の少女、ナノカが声を上げる。 ゴクチョーは大きなため息を一つ吐いた。 「やれやれ……では単刀直入に言いますね。」 「今、この牢屋敷で魔女になりつつある者は、抑えきれない【性欲】に支配されます。」 「そして魔女に近づくほど、その、みなさまの股の間には、男性器が生えます。立派な。」 一瞬の静寂のあと、ラウンジは狂乱に包まれた。 赤面する者。放心する者。怒りをぶつける者。話を理解できていない者。 「ちょっ、ちょちょちょちょちょっと待ってくれたまえ!話が、話が読めないのだけど!?」 「だっ、だんせい、だんっ……ちん……ですの!?」 「…………は?」 「意味わかんねーこと言ってんじゃねぇぞこの野郎!」 混乱の中、一歩前に出る少女がいた。二階堂ヒロだった。 清楚な少女は、凛とした声をあげる。 「間違いです。私には生えていない。」 絶対的な自信を持っているのか、ヒロの声には一切の迷いがない。そして、 「むしろ、危険因子はそこに立っている化け物のほうだ。」 確かに気になっていた。看守と呼ばれた化け物のローブは、おそらく下半身にあたる部位が大きく盛り上がっている。 ゴクチョーの言葉が本当なら、看守とは、なれはてである。なれはてとは、かつての魔女である。 つまりあの盛り上がりは――、 「私はこの世の悪を排す。まずは――。」 ヒロは暖炉脇に立てかけられていた、火かき棒を手に取った。そして、 「貴様だ、化け物!」 ――ダッ、と、ヒロが地を蹴った。 「悪は死ね!死ね死ね死ね死ね!強姦魔は死ね!不同意性交は死ね!不純異性交遊は死ね!」 ヒロは何度も何度も火かき棒を振り下ろしていく。 血や肉がびしゃびしゃと飛び散り、みるみる顔が赤く染まっていた。 看守の体は滅茶苦茶に崩れていく。普通の人間なら、一撃で死に至るほどの残虐な攻撃。 それでも。 看守はどれだけ攻撃されても、死んでいなかった。 明らかに人外の素早さと力により、刹那で反撃に振られた【丸太のような腕】は、 ――ヒロの頭を打ち据えた。 かろうじて意識を保ったヒロだが、力を失った体を看守は体から触手を伸ばし拘束する。 そして、あのローブの中にあったものが、ついに露わになった。 「キャアアアーッ!!」 それは、男性器というにはあまりにも巨大な、棒状の肉塊だった。 化け物はヒロを地面に組み伏せ、ものすごいスピードで下半身の衣類を破り捨てる。 そしてその綺麗な股座に、巨大な肉塊を突き立てた。 ――ここまでずっと状況に圧倒されていたエマは、その時ようやく我に返った。 「ヒロちゃんっ!!」 エマは駆け出そうとする。駆け出そうとした。だが、 「あ……ガっ……!」 もうすでに事は終わっていた。 巨大な塊が全体の半分ほどヒロの中に挿入され、凄まじい量の白濁液を撒き散らしていた。 二階堂ヒロの純潔は、散った。 「ヒロちゃん……?」 ヒロは全身を痙攣させ、目を見開き驚いた顔をしながら、口から泡を吹いている。 看守が拘束を解き、ヒロは力なく地面に投げ出された。 「うわ~……ぶちまけちゃいましたね……掃除しなきゃ……。」 ゴクチョーは淡々と、やはり面倒くさそうに呟く。 エマはどんな顔をしていいのかわからなかった。 ラウンジの少女たちは、この凄惨な光景にただ沈黙するしかなかった。 何人かは胃の内容物を吐き出している。 「あっ、最後に。みなさんに、もっとも大切なことを伝えておきます。」 ラウンジ内の状況を気にもしていないように、ゴクチョーは話を続けた。 「魔女によって孕まされた場合、その胎児は高速で成長しますが、その間母体は意識を失います。」 「というわけで魔女による懐妊事件が起こり次第、【魔女裁判】を開廷します。」 「【魔女】になった囚人は……あの……そちらも孕んでもらいますので……。」 「詳しくは【魔女図鑑】をご覧ください。では私はこれにて……。」 ゴクチョーが羽ばたき、通気口の中へと姿を消していく。 エマは力なく地面にへたり込む。看守の吐き出した白濁液で、目の前の床はべっとりと濡れていた。 その中心に、意識を失ったヒロが倒れている。 ふと足元に何かが落ちていることに気づく。 手の届く範囲にあったそれを、エマは咄嗟に拾い上げた。 (これ……って) エマの手の中にあるのは、万年筆だった。 それはエマにとっても、大切な――。 (ヒロちゃん……もう、手離さないよ) エマは万年筆を、自身のポケットにしまった。 ――よくできましたね。 聞こえた声に驚いたエマは、確かめるように周囲を見渡す。 当然、エマの傍には誰もいない。 (そうだよね、いるわけなんか、ない……) こうして、エマたちの獄中生活がはじまった。