旅シリーズ怪文書 ナイルくん一行がネフェルパトラ様の謎かけに挑む話 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  黒髪の女王は、私室を王宮より少し離れたところに移させた。 砂漠にいる者でなくとも、誰しも寝静まる夜には休息が必要である。 「はあ……退屈ぞよ」  しかし、長命の魔導士である彼女にとって必要な”休息”とは、 どうやらその身を休めさせることとは無縁なもののようだった。  岩陰に潜む砂蛇が身を持ち上げるように、ひと伸び。 絶世の美女すら霞む老いを知らぬ肢体が、人知れず弾む。 女王は窓辺に向かい、頬杖をついて一言呟いた。 「……来たか」  ほどなくして、窓の外から裸足で砂を踏む軽快な足音が聞こえてくる。 誰かに気づかれぬように抑えているものの、なお大きなその呼び声に女王は苦笑した。 「女王様ーっ!」 「ジョオウサマ、ジョオウサマ」  窓の外から女王を呼ぶ少年は、トットリアの行商人、ナイルである。 彼は喋る不思議な鞄と共に各地を巡り、それをこっそり女王に見せている。 「ずいぶん遅かったではないか、”大臣殿”? 妾をこれほど待たせたのだ、見合った成果はあったのであろうな?」  女王ネフェルパトラからの問いかけに、少年は曙光のような笑顔で答える。 「はい、もちろん!それはそれは大冒険で……おっと、続きはお楽しみです!」 「ジョオウサマ、ビックリスル、ゼッタイ。 アト、コレ、ジョオウサマニタノマレテタ、シュウシホウコク」 「かばんちゃんも元気そうで何よりであるぞよ。 まあもう既にびっくりしとるぞよ、ちょっと有能すぎんか?お主」  鞄が次々と吐き出す魔パピルスの書類を受け取りながら、 女王は寝台の上に腰掛け、床に座るナイル少年と向き合った。 「……はい、こっちは準備出来ました、それではお願いします!」  太陽はすっかり沈み、退屈も苦役もここに終わる。 「うむ――さて、謎かけの時間だぞよ。 お主の言う……妾を笑顔にできるような品とは、何ぞや?」  砂漠の夜明けはいざ知らず。 終わらない謎かけの続きが、ここに再び始まった。 旅シリーズ怪文書 ナイルくん一行がネフェルパトラ様の謎かけに挑む話 『ネフェルタリ・ナイト!』~夜明け知れずの謎掛け~ ****** 「……つまらぬ」  蜃気楼と共に揺蕩う国、トットリアの王宮・謁見の間にて。 窓の外に広がる砂海を眺め、女王ネフェルパトラは嘆息した。  ここ、サラバ砂漠とは、不変の砂原である。 かつてよりこの地を治める古王アテンが、最もよい例だ。 卑しくも生にしがみつき、故も知らず王を名乗り続け、 挙句の果てに逆らうものの存在を許せず、足を引っ張り続けている。  兎角、かの王が未だ動いている以上、我々トットリアの民が この砂原に自由を見出すことは永遠にない。それこそ、不変である。 「……実に、つまらぬ」  精鋭部隊、トットリアンナイトの一人が声を上げた。 「は……申し訳ありません。 何分、先刻の謎かけは随分と奥深く――」 「お主らのせいではないわ。これは全く別の悩みぞよ。 それはそうとお主らが答えられぬのも一端ではあるぞよ、励め」  部下の一人を一瞥し、女王ネフェルパトラは再び考えを巡らせる。  300余年もの間この地を治めた女王として、現状に不満はない。 無論、かの古王が失せ、砂漠が解放されるならそれが最善。 だがアテンは強い。刺客を差し向けることは極めて高いリスクを伴う。  そもそも王たるもの、見据えるべきは敵でなく民である。 トットリアの民は、砂と共に生きる事を望んでいる。 ならばその地を統べる王は、無論民の望みに寄り添うべきだ。 その為に、妾は古代魔術を用いて砂漠に居を構えているのだ。 何十年、何百年もの間……変わらず、この玉座に腰掛けているのだ。 ――つまらぬ。 いや、つまらぬ。猛烈につまらぬ。 交易がリスクになる故、蜃気楼の魔術を用いて近場の集落で済ませているものの、 ここ十数年ほど、この国には新しい概念が全く入ってこぬのだ。 同じ服を着て、同じ飯を食い、同じものを見て、同じもので一喜一憂する。 ……妾個人は、流石に謎かけだけでは退屈になってきた。  民はそれでもよいからサラバにおるのだ、という事は分かっておる。 王としてすべきことも。故に、これは単純に妾の問題なのだぞよ。 「……これは、難題ぞよ」  この謎の答えを、どうすべきか。 それは到底、答えの見えぬ謎かけであるように感じられた。 「――女王様、申し上げます。今月の交易記録について……」 「知っておる、どうせ先月と変わらぬのであろ。よきにはからえ」 「いえ、それが……新たな交易先と取引した記録がございます。 相手は……シーフェラー・カンパニー……ウエス王国の会社、ですか?」  交易担当の者と、トットリアンナイトの者が少しざわつく。 「個人間での交易は国法典上、問題ありませんが…… しかし、この少年はなぜわざわざ単身でウエスまで……」  ……ほう? このサラバに、未だに変わるものがあったとは。 ともすれば、暇つぶし程度にはなるやもしれん。 「……悪くない、やもしれん……妾は会ってみたいぞよ。 その少年、ナイルとやらをここへ。”商売道具を忘れるな”、と伝えよ」  女王はそう言うと、退屈をしのげることに胸を躍らせた。 しかし、いつの世も……為政者の退屈しのぎとは、傲慢で意地悪なもの。 女王からこぼれた不敵な笑みに、そば仕えの者は身が引き締まるのであった。 ……この後、ネフェルパトラはこの判断を一瞬ひどく後悔することになる。 ******  しばらくのち、トットリア王宮・謁見の間にて。 厳か、だがどこか過疎地故の鷹揚さを持った雰囲気の中、 ターバンを巻いた赤髪の少年が、鞄を携えて深々と礼をした。 「面を上げよ」  緊張している面持ちの少年は深呼吸をしたのち、 持ち前の愛嬌ある笑顔とよく通る声で、元気よく挨拶をした。 「……はじめまして、ネフェルパトラ女王様! 作法を知らず申し訳ありません、僕は最近行商人をやってる、ナイルという者で……」 「――朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何ぞや?」  一切の顔色を変えずに、遮って女王は問うた。 トットリアン・ナイトたちがざわつき、周囲に緊張が迸る。  ”女王ネフェルパトラが、それも初対面でなぞなぞを始めた”ということは、 それだけ女王が相手を重視しているか、相手をもて遊んでいるかのいずれかしかない為だ。  されど、ナイルも腕利きの行商人、すぐさま答えを返した。 「……え、ええと……”人間”、ですか?」  周囲が皆、一問目は正解か、と思ったところで、 女王のエメラルド色の目は妖艶に、いたずらっぽく細まっていく。 「答えは――”そういう生き物”ぞよ」  王宮の者が皆、どよめいた。少年ナイルは驚いた顔で聞き返す。 「えっ? いや、でも答えは人間の筈で……」  周囲の物からも、異論を唱える声が上がる。 「そ、そうです女王陛下! これは人間以外……!!」 「朝昼夜を、人間の一生になぞらえた謎かけでは!?」  ネフェルパトラは飄々と言い返した。 「ほほほ、何を言うとる、人間が一日で老いるわけないぞよ」 「「「「た、確かに……!!」」」」  理路整然極まりない答えに、周囲の者は愕然とする。 これこそ、女王の謎掛けが弟子たちの心を掴んで離さない理由であった。  しかし、当の女王はどこか退屈そうに声を発した。 「存外大したことないのう、拍子抜けだぞよ。 “王家の宝物に認められた者”が、この程度とは」 「「「……えっ!?」」」 「あっ……」  女王の弟子たちから驚きの声が上がる。 隠し事がバレたナイルは、ばつが悪そうに目を逸らした。 「古代魔術の千里眼で見た通りぞよ。その鞄は、この地の宝物に 近い魔力組成をしておる故な。ほれ、何か申してよいぞ」  女王の呼び声に応じて、先程まで何の変哲もなかった鞄が、 ガバリと口を開け、白い歯と舌を見せて笑った。 「オハツニオメニカカレテコウエイデス、ネフェルパトラジョオウヘイカ」 「ほほほ、なかなか流暢に喋るではないか、気に入ったぞよ」  赤髪の少年は謝罪するとともに、以前より抱いていた疑問を恐る恐る口にした。 「だ、黙っていて申し訳ありません……えっと、ひょっとして鞄ちゃんって、 やっぱり僕が持っていていい物じゃないんですか……?」 (ふむ、やはり千里眼で見た通り……良い子のようであるな。 あの宝物を使っても問題は起こさないであろ……はぁ、良いことだが退屈ぞよ)  ネフェルパトラは表情を変えぬまま、微笑んで答えた。 「気にするでない。何も妾は咎めだてするつもりはないぞよ。 古代王家の宝は人を選ぶ故、選ばれし者にしか扱えぬ。 大方、見つけたら鞄の方からついてきたのであろ?ならばもとよりお主のものぞよ。 どうしてもというなら、”ウエスからの輸入品を妾に献上した件”で交換ぞよ」  ナイルは許されたことと、喜んでもらえていたことに顔色を明るくした。 「よ、よかったです……! ありがとうございます!」 「ヨカッタナ、ナイル! ジョオウサマ、カンシャシマス」 (さて……ここからが本題ぞよ)  女王は目を細め、それとなく切り出した。 「それにその鞄……その宝物は、妾も見たことが無い。どれ、ここはひとつ…… ”それを最大限使って妾の謎かけに挑む”、というのはどうであろ? もし3問以上解けたならば、特別な褒美を取らすぞよ。損はあるまい?」 「えっ……!? よろしいのですか、では……」 「お待ちください、女王陛下……それは些か危険かと。 仮にも王墓の宝物、何が出てくるか……」  待ったを掛けたのは、名もなき砂漠戦士。 砂中戦を得意とする、トットリア有数の強者である。 「ほう? それはつまり、王墓の宝物に、現女王である妾が後れを取る、 という意味で受け取っても良いかの、砂漠戦士よ……ほほ、冗談ぞよ」  ネフェルパトラは睨むのをやめ、ふっと笑った。 「……無礼、お許しあれ」  砂漠戦士は目を伏せ、一歩下がった。 一方、ナイルは不安そうにしていた。 「おや、ナイルとやら、報酬がいらぬのか? ……まあ、この謎かけに付き合ってくれる者はそう多くは無いが――」 「いえ、そうではなく……かばんちゃんが出すものは、 僕の意思で出せるわけじゃないんです。つまり、何が出てくるか僕も……」 「ほほほ、それ以上言うでない。 それでこそ、退屈しなくて済むというものだぞよ」  女王は他者の心配をよそに、ただ僥倖を感じていた。 「皆の者、覚えておくとよい。 “謎かけを愛する者、未知や驚きに動揺することなど、あってはならん”。 雨が降ろうが槍が降ろうが、悠々と構えるべきぞよ」  女王のその態度には、どこか子供のようないたずらっぽさと、 為政者としての確固たる矜持が滲んでいた。 弟子たちや多くの民が彼女に従うのには、理由があるのだ。  ナイルは胸を打たれた様子で声を上げた。 「女王様……!! はい!! そういうことなら、このナイルとかばんちゃん、全力で挑戦します!」 「うむ。女王に二言は無いぞよ。 さあ、謎かけを続けるかの……日は沈んだばかりぞよ」 (これで少しは面白くなるであろ。 くふふ、楽しみじゃ、どんなものを出してくる、王墓の意思よ?) ――つまるところ、女王は”答え”に飢えていた。 いったい、どのような形で退屈が埋まるのか。 何があれば、女王でありながらも退屈を埋められるのか。 「それでは、二問目。 なんでも斬れる剣でも、斬れないものは何ぞや?」 ――女王の求めていた”答え”は、ネフェルパトラが全く予期しない形で訪れた。 「う、うーん…… 鞄ちゃんに聞いてみますね。何かわかった?」 「ワカッタ、”ヨンデクル”」  鞄はもぞもぞと蠢いたのち。 ――瞬間、その場のほとんどの者に、不意の走馬灯が迸る。 漆黒に似た甲冑の内側から、鮮血よりも赤い赫色が覗く。 万物に揺るがされぬ不動、その剣は大地に座し、剛毅にして凄烈。 「あっ久しぶりですね、エビルソードさん」  魔王軍四天王が一人、エビルソードと全く同じ姿かたちをしたものが、 かばんちゃんの口からぺっと吐き出された。 「……ほえ?」  ネフェルパトラは、頓狂な声を漏らした。  つづく 明日まとめて出します Q.旅で最も甘いものとは何ぞや? A.ネタ作る時の甘い見通し