二次元裏@ふたば

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28440 B25/09/29(月)19:51:23No.1358094036そうだねx4 20:53頃消えます
「お疲れ様でした、ご主人様。施術の方はまたのちほど、午後にまいります」
「失礼いたします」
 深く一礼してドアを閉めた二人はまったく同時に胸に手を当て、ほう、と甘い息をついた。
「……ちゃんとできたかしら、私。変ではなかった?」
「立派でしたよ、お姉さま」
 まだ不安げな姉に、ダフネは微笑んだ。「さ、行きましょう」
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
125/09/29(月)19:51:46No.1358094199+
 季節外れの大雨がきれいに晴れ上がり、リヨンの街はガラスのしずくを撒いたようにきらめいて見えた。濡れた石畳の上を、鼻歌を歌いながらダフネは歩く。
「ずいぶん上機嫌じゃない」
「それはもう、お姉さまと一緒にこの仕事ができる日を待っていましたから」
「ふうん」
 川沿いの舗道の石畳はところどころ剥がれ、砕け、飛び散った泥が雨に流されて筋をつくっている。デルタを仕留め、ヨーロッパがオルカのものになってからまだ一月足らず。戦火のあとはまだ、街のあちこちに残っている。
「まあ確かに、こんなに大切な仕事を今まで他の害虫がやっていたんだと思うと怒りがこみ上げてくるわ」
「またそんな風に言って……それ、落とさないでくださいね」
「大丈夫よ。自分の心臓を落としたってこれを落としたりしないわ」
 ずっとエプロンのポケットに入れたままの手を、リーゼがいっそう固く握りしめる。
225/09/29(月)19:52:21No.1358094419+
 数ブロックほど歩くと大きな病院が見えてきた。旧時代からある病院で、デルタが人体実験の研究拠点として使っていた場所だ。医療設備が充実していたのでオルカが病院として再オープンしたが、デルタ時代からの住民は絶対に近寄りたがらないため、印象の改善が目下の急務である。
 そんなわけで花など飾られてやや過剰に歓迎ムードの正面玄関を避け、リーゼとダフネは裏手にある目立たない通用口から入った。
 廊下をすこし進んだところにある小さなドアに、
〈セクションS〉
とだけ書かれたそっけないプレートがついている。
「ただいま戻りました」
「お疲れ様ー」
 部屋に入ると、クリーンベンチから両手を抜いてドクターが振り返った。「どうだった?」
「問題なかったわ」
 扉をきちんと閉めたリーゼはようやくエプロンから手を出し、握りしめていた密閉式のカップをドクターに渡した。
「ひゃー。お兄ちゃんは今日も元気だねえ」
 受けとって重みを確かめたドクターは嬉しそうに笑って蓋を開ける。中のどろっとした液体をピペットで吸い上げていくつかのマイクロチューブに手際よく注ぎ分け、最後に一滴スライドグラスに落として顕微鏡にかけた。
325/09/29(月)19:52:38No.1358094532+
「ふんふん、色調よし、粘稠度よし、活動率はざっと65%ってとこかな。あとは染色して解析してっと……とりあえず、午後の施術は予定通りやって大丈夫そう」
「よかったです。お姉さま、そちらの準備もお願いしますね」
「わかってるわ」
 シザーズリーゼは頬を赤らめ、しきりにカップの中身を見ている。ダフネも検査機器の準備をしながら、ちらちらと目をやるのを我慢できない。
 もう何度も繰り返している業務だというのに、なかなか完全に慣れるのは難しい。カップになみなみと入っているのは、ダフネ自身も身をもってよく知っている液体……司令官の精液だからだ。
 オルカ医務局・セクションS(Semen)。その名の通り、司令官の精液を取り扱う部署である。
425/09/29(月)19:53:06No.1358094737+
 司令官は定期的に、避妊のための薬品投与を受けている。
 今の情勢下ではオルカの弱点を増やすことになりかねない妊娠というリスクを抜きに隊員との情事を楽しむためだが、そのシステムが整うまでには長い議論と試行錯誤の道のりがあった。
「避妊具を使えばいい」
 という提案はむろん真っ先になされ、そして棄却された。
「少なからぬ隊員が、すでに『生』の幸福感を知ってしまっている」……というのがその理由である。
「あの誘惑に抗しきれるか? よしんば自分自身は我慢できたとしても、彼の方から求められた時拒むことができるか?」
 この問いに自信を持って是と答えられる者は、最高幹部の中にさえ一人もいなかったのだ。
「そもそも、そんなことが許されるのだろうか」
 これもまた、真っ先に問われたことだ。司令官とのベッドタイムはオルカ隊員にとって最高最強の福利厚生である。むろん同時に主人への性的奉仕でもあるわけだが、どちらがより多くの幸福を享受しているかといえば圧倒的にバイオロイド側だ。
525/09/29(月)19:53:30No.1358094913+
 それゆえ司令官への避妊処置とは、バイオロイドの都合で主人たる人類の体に手を加える行為ともいえる。バイオロイドであれば、本能的な忌避感を覚えずにいられない所業だ。
「司令官自身が提案したことだ」
「その厚意に甘えていていいのか」
「避妊処置が必要なら、我々バイオロイド側に行うのが筋ではないのか」
「外部拠点まで含めればオルカはすでに数万の人員を抱えており、今後ますます大きくなる。全隊員に避妊手術をするのはコストと手間の両面からあまりに非現実的」
「だとしても、司令官は我々の主人たるのみならず、この地球上ただ一人の人類である」
 何よりも、これが最大の問題であった。
「その生殖器官に手を加えて、万が一ミスや後遺症によって機能が損なわれでもしたら、文字通り人類の存亡に関わる。コストで測っていい問題ではない」
「たとえば、しかるべき処置と訓練を受けた隊員だけが司令官と同衾できる制度にしては?」
「それは大きすぎる格差を生む。オルカの理念に反する」
「誰もが司令官に抱いてもらえる可能性がある、というのは宣伝工作上の大きな武器でもある。戦略面からもそれは避けたい」
625/09/29(月)19:54:12No.1358095253+
「全隊員の排卵周期を把握・管理するのはどうか。手術よりは低コストで済むのでは?」
「しかしその場合、新規に合流した隊員の……」
 数時間におよぶ侃々諤々の議論のすえ、
「とにかくいったん具体的な避妊方法を模索する。その安全性や効率をみて是非を判断しよう」
 というところに落ち着いて、幹部会議は一応の決着をみる。
 この問題専用にドクターモデルが新たに一機復元され、医務局の全面協力のもと研究にあたった。数ヶ月にわたる試行錯誤のすえ、作用機序の異なる複数のホルモン剤を、経口・注射を併用しつつ交代で投与する方式がもっとも人体への負担が少なく、かつ必要な時完全に生殖能力を復元できる方法として考案される。数回の動物実験を経たのち幹部会議と司令官の承認を得て実施に移され、同時にこれらの施術を管轄する部署としてセクションSが設置された。
 こうしてオルカはようやく、ゴムもピルも必要ない自由な夜を手に入れたのである。
725/09/29(月)19:54:58No.1358095585+
「リーゼお姉ちゃん、今日の注射は2番のメチルフェニル・クロム剤だよね? 成分比がちょっとだけ変わったから注意してね。前のよりも輸精管の萎縮が少ないはずなんだ」
「このピンクのラベルの方を使えばいいんでしょう?」
 セクションSは今も、より確実かつ安全な方法を求めて研究を続けている。ホルモン剤の成分も日々細かく改善されており、今では司令官の毎日の体調にあわせた調整もできるようになった。
 そしてセクションSにはもう一つ、公にされていない仕事がある。
「お姉さま、よく見ててください。まずこうして日付を書いて……」
 ダフネは部屋の一番奥にある冷凍キャビネットを開けた。極低温の空気が作り出す白い霧が足下へ流れ落ちる。キャビネットの中には金属製のキャニスターが据えられ、日付の書かれたマイクロチューブがぎっしり並んでいた。
 シザーズリーゼが、ほとんど畏敬の面持ちで顔を近づける。
「これが、ご主人様の……?」
「ええ」ダフネもまた、厳粛にうなずいた。「避妊処置を施していない状態の『活性精液』です」
825/09/29(月)19:55:19No.1358095743+
 ドクター06……セクションSのドクターが施術プランを策定するにあたり、絶対必要な要素として提示したのが司令官の精液サンプルの凍結保存だった。
「どんなに慎重になっても、事故の可能性を完全にゼロにはできないからね」
 投薬スケジュールに隙間を設け、避妊効果が完全に切れる日を定期的につくる。そしてそのタイミングで司令官の精液を採取し、生殖能力をチェックするとともに、万一の事態にそなえてサンプルを凍結保存する。これがセクションSのもう一つの役目である。
 ダフネは今回採取した精液のチューブをキャニスターの空いたソケットに収めて、ドアを閉めて急速冷凍モードを起動する。コンプレッサーの唸りが狭い室内を震わせた。
「手順はこれで全部です」
「覚えたわ。次からは……たぶん、一人でできると思う」
「お姉さまならきっと大丈夫ですよ」
 堅い面持ちのリーゼの緊張をほぐすように、ダフネは微笑んだ。
「わかってると思うけど、この冷凍庫のことは絶対秘密だからね。外では誰にも言っちゃ駄目だよ」
「わかっているわ」
 まだ実験台の方へちらちら目をやりながら、リーゼがきっぱりと答えた。
925/09/29(月)19:55:55No.1358096037+
 活性精液の採取はまた、セクションSがこんな目立たない病院の片隅でほそぼそと運営されている理由でもある。いつか司令官の子を宿すことを夢見る多くのオルカ隊員にとって、「妊娠可能な司令官の精液」というものがどれほど危険な誘惑に満ちた代物であるかは言うまでもない。誰がいつ魔が差して良からぬ行為に走らないとも限らないし、オメガ陣営に知られればそれこそオルカの弱点を一つ増やすことになる。
 何より精液採取という任務自体も、誰にでも任せられるものではない。高い性的技巧と確かな医療知識、そして鉄壁の自制心を兼ね備えた信頼できる者しか、セクションSの裏の顔を知ることはないのだ。
 シザーズリーゼ021は司令官がオルカに乗艦した時から付き従っている古参隊員であり、医務局の中核スタッフの一人でもある。しかし、メンタルに不安定なところがあるという理由でずっとこの役目からは外されていた。それが司令官との交換日記によって精神が劇的に安定したことで、ようやくのことでレアから「任せて問題なし」とお墨付きを得られたのである。そのことがダフネには嬉しくて仕方がない。
1025/09/29(月)19:56:31No.1358096284+
「さっき見た感じ、結構前のせ……サンプルもあったわよね。欧州作戦より前のも持ってきているの? どうして?」
「マイナス200度まで急冷できる特殊冷凍装置がこれ一つしかないんです。技術部に申請はしているんですが、今は大変な時期ですから、なかなか」
「電気もすごく食うしねー」
「たまに、何もしてないのに電気使いすぎって怒られることがあったけど、これのせいだったのね」
「はい……すみません、黙っていて」
「ダフネのせいじゃないでしょう。そういう仕事だったのだから」
 フェアリーシリーズは全員が姉妹の絆で結ばれているが、中でもリーゼ……エリザベスA型とダフネA2型は共通の遺伝子をベースに作られた、ある意味実の姉妹である。セクションS発足当初から表裏フル要員だったダフネにとって、姉に対してこれほど重要な秘密をかかえたまま毎日を過ごすのは辛いことだった。今ようやく、その重荷から解放されたのだ。
「これからお兄ちゃんの移動も増えるだろうし、冷凍庫のことはそろそろちゃんと考えないとね」
「箱舟に送ったらどうなの。あそこはそれこそ、凍結保存が仕事でしょう」
1125/09/29(月)19:57:03No.1358096494+
 その時、バツンという音とともに部屋が真っ暗になった。
「!?」
 この部屋には窓がない。照明が落ちれば室内は闇である。ダフネが急いでドアを押し開けると外の廊下も薄暗く、何人かのナースが慌ただしく行き来していた。
「停電ですか!?」
「そうみたいです!」
 通りがかったアクアを追いかけて、ダフネはナースセンターへ駆け込んだ。すべての照明や機器の電源が落ちた薄暗い室内は騒然としている。
「非常電源はどうしたんですか!」
「動かしてますが、出力が足りないんです!」院内電話を掴んだままのドリアードが答える。
「AGSは?」燃料電池で駆動するAGSは緊急電源の役割ができる。しかし、口にした直後にダフネは気がついた。
 リヨン中央拠点化の最終段階として、ル・アーヴルからの兵站ルートを確保する大規模制圧作戦が大詰めを迎えている。その中核を担っているのがAGS師団で、先週から市内のAGSというAGSが出払っているのだ。
「市外の診療所とも連絡がとれなくて。いま外を見に行っていますが、もしかすると全市規模の停電なのかも……」
1225/09/29(月)19:59:38No.1358097617そうだねx3
意外と長くなったので続き
fu5650233.txt
司令官の避妊手術ってけっこう大ごとだよね…と思って書いた話です
1325/09/29(月)20:45:51No.1358121033+
注射なのかな


1759143083697.jpg fu5650233.txt