それは硝子の風船を思わせる姿だった。中の透けて見えるようであった。 白い肌は、その下に静かに巡る赤をこれ以上ないまでにくっきり見せていて、 しかもそれは、まだほんの途上でしかないというのだから、彼女の姿を見たものは皆―― そしてその言葉を、少女はあの締まりのない笑顔で、しかし端的に拒絶する。 無理だろう、と人がいう。それは逆効果である。安全を最優先に――これも却下。 自分だけの生命ではないのだから――そのことは、少女自身が一番よく知っていよう。 それを承知した上で、己の胎に命を宿したのは彼女自身であるのだから。 卵巣から排出された卵子が卵管を通る最中に、それ目掛けて放たれた精子に取り囲まれ、 子宮壁に着床してから細胞分裂を始め、単なる生殖細胞の一対でしかなかったものが、 十月十日をかけて、独立した一個の生命へと姿を変えていく。 この営みは、世の人の数だけあって――重ねられた世代の数をそれに掛けて、 膨大な回数行われてきた、人間の、哺乳類の為すべき人生の第一義であった。 父と母もそうして自分をこの世に連れ出してきたのだ――と、頭では理解している。 だがいざ彼女が回ってきた自分の順番に準じようとした途端、 周囲の人間は口を揃えてそれを止める――不可能だ、と心に燃料をくべる。 それは彼女が、その相手にと見初めた男であっても、同じことを言うのであった。 男は少女の名字を、平坦で、何の感情も込めていない口ぶりでさん付けにする。 限りなく事務的な響きが――ぞくぞく、ぞわぞわと、背中を擦り上げる。 姿勢を崩すことは許されない――ここで彼の言葉に従わなければ、“お仕置き”もない。 妊娠によって僅かに嵩を増した乳房も、彼女の年齢を鑑みてもなお薄いまま、 しかしそれとは反比例するように、幾人も産み育てた熟女のものでさえまだ上品に映る、 色濃く、ぷっくりと厚みある大輪の花を咲かせた乳首の全体は、 その“お仕置き”を彼女の乳首がどれだけ受けてきたか、何よりも雄弁に語っている。 それが、ぷるぷる、ぴくぴく、と期待に満ち溢れ、今にも弾けそうなほど―― 二度目のさん付け。だが彼は少女ほどの有能さを持ちえていない。 二回の発音の違い――それは彼女の待ちかねる行為を告げる福音となり、 しかも、それを見抜かれていることを知ってなお、男はわざと、そうする。 期待に打ち震える薄い胸――と裏腹の、下品に育て上げた乳首――の愛らしさに、 自作の美に魅了される、芸術家の職業病めいたものに罹っていたからだ。 無論、彼の仕事は年端もいかぬ少女を孕ませ、胸を性感帯に仕上げることではない。 三度目はない。二度の呼び掛けに応えなかった“悪い子”にはお仕置きが待っている。 無言のまま、男は指を伸ばし――虚空を掻くように指先を踊らせる。 目隠しで視界を制限され、聴覚と触覚によってそれを補わさせられている少女は、 彼の指先が乳首からどの程度の距離にあるかを、小数点まで正しく言い当てる。 触れられてもいないのに、体温によって歪む空気の僅かな揺れ――指を曲げるときの、 極々小さな、気流のうねりをも、敏感にされきった乳首は敏感に感じ取る。 彼に実際に触れてもらっているかのように、脳内ではその様子と感触が再現され、 先走って脳を駆けた信号は、まだ彼の指が接地していことに動揺して視界を白ませる。 そして限りなく現実と同期した演算結果は、直後に訪れる衝撃に綯い交ぜにされるのだ。 男は無造作に少女の乳首を、ほとんどもげるのではないかという強さで捻り上げる。 それによって姿勢を崩そうものなら、彼は途端に胎の子の父親という立場に戻って、 今日はもう、それ以上何もしてくれなくなる。“お仕置き”もそれで終いだ。 年不相応の乳首を左右ともにいたぶった後、男の指は無言のままに下に滑る。 刺激の空白――乳首に残る余韻はまだ強く、彼女の被虐趣味を十分に満たしてくれる。 だがそれも時間経過と共に薄れていく。じんじんする鈍い痛みが消えていく。 すると代わりに、彼の指が今どこにあるのか、がわかってくるのだ。 早く触れてほしい――そう考えた途端、少女の膣内はぐずぐずに蕩けた。 焦らすような指の軌跡を、そのまま感じ取れるようであった。 上を向けばそれに応えてなだらかな下り坂、膨らみの上側の皮膚がざわめき、 下を向けばより直接的な、性器への刺激を期待して陰唇がむずがる。 だがそのどちらでもなく、指は膨らみの頂点にある、ぷっくりした臍の周囲を旋回し、 空気の膜を隔てた、遠い世界から触れてきているに過ぎないのであった。 それでも、爪先が触れるか触れぬかの距離を、かき混ぜているその感覚は、 痺れの消えた触覚に、ありありと伝わってくる――また、身体が火照りだす。 かり、かり、かり、と、短く切り揃えられた爪の角が、臍を掻く。 ここもまた、膨らみが目に見えるようになってからきっちりと仕込まれた部位であり、 一掻きごとに少女の肉体は、快楽の波の中に翻弄される小舟めいてゆらゆら揺れる。 だが、声を上げることも今の彼女には禁じられていた。喘ぎも、切なさによる甘えも。 これでまだ、ようやく安定期に差し掛かったばかり。膨らみにはまだその先があり、 ただでさえ繊細な骨格が臨月に達しようものなら、どうなるか知れたものではない。 少女は己の身体がそんなふうに美しく崩れていく様を想像するにつけ、 鏡の中に嫌というほど見た、出し殻のような細く、小さく、薄い身体が、 しっかり母としての役割を果たしていることに、酷く興奮するのであった。 だが――宿ったものはやがて、産まれ出づる定めにある。 二人の間に授かった――ありきたりの言葉を使えば“愛の結晶”が――外界に出るためには、 当然、母の肉体に設けられた出口を通らねばならない。この、今にも折れそうな身体を。 安産型には程遠い骨盤は、数値で測っただけでも胎児の平均的な大きさに足りていない。 鼻の穴から西瓜を出すようなものだ、と俗に表現されるその痛みは、 こと彼女の肉体においては、毛穴から砲弾を出すのにも匹敵しよう。 まして、子宮にいるのは三つ子であったのだ――二月先の己の姿に、また興奮が高まる。 男は手を少女の胎から遠ざけ――ぱしん、と音を立てるように打った。 弱い体幹に大荷物を抱え、その上で平手打ちを受けたのだから立っているのもしんどい。 それに耐えて、なんとか“お仕置き”を中断させずにいられるようになったのは、 二人が出会いからしっかりと、基礎体力作りに努めてきた結果である――それを、 このような淫蕩のために浪費するなど、当初の彼らが想像できただろうか? まだ道は途上。彼女の望みを果たすため、じっくり仕上げねばならない。 初産の完全無補助、自然分娩――肉体の出来上がった成人女性にすら厳しいこと。 それを、同年代と比較しても著しく華奢な未成年の女子にやらせようというのだ。 風船の表皮に、赤々と痛々しい手の跡が残る。いよいよ割れそうなその皮膚を、 男は打って変わって優しい手つきで撫でる――自分の付けた傷を愛でている。 それは彼にとって、“お仕置き”を完遂させたことへの“ご褒美”である。 自分の愛する相手を、いくらそう望むからといって苦難の中に頭まで沈める―― 彼女の肉体がいかに脆いかを、彼は本人より正確に把握している。 それを、壊れない――死なせない限界でいたぶりながら、強くさせなければならない。 指の腹で丹念に、母子の健康を確かめる彼に、少女はむしろ不満げな顔をする。 彼が刺激を与えてくれないことに。彼がそれを止めるよう判断した、己の肉体の弱さに。 彼女が自力での出産を果たすためには、未成熟な肢体を改造していかねばならない。 どれだけ食べても、胎児が通常の三倍速で栄養を使い果たしてしまうのだから、 彼女自身の肉体の土台を作り変えるために使える栄養は、ほとんどないのである。 そして元からの食の細さもある。大きく持ち上げられた内臓が物理的な容量を失い、 食べようにも食べられない、という事情もそこに重なってくる。 それを無理にでも食べねば、母子ともに栄養欠如の状態に陥ってしまうのだから、 生物の本能的な楽しみの一つである“食”もまた、彼女には大きな負担になった。 だが、こみ上げる喉のひりつきと――それがあっても平らげられるよう調整された食事、 そんなところに、彼の確かな愛情を感じて、頬が緩んでしまう。 そして食後の運動は――食前のそれより、ある意味では激しい。 膣口も膣道も、初夜から種付けまでを経て――処女の頃よりはましになったが、 まだまだ、狭く、伸縮性に欠けた産道しか出来上がっていない。 それを、外からぐちゅぐちゅ、ぐにぐにとかき回し、拡げながら直径を大きくしていき、 もうすぐそこまで迫った出産予定日に向けて、十分に柔らかくせねばならない。 指だけでは、間に合わぬところまできていた――入浴時に腹を支えてもらいながら、 少女が自らの指を膣口に差し込んで拡げようと悪戦苦闘していても、思うようにならない。 腹が迫り出しすぎて湯船から飛び出て、視界を大きく制限していることもある。 だがそれ以上に、自分だけのものでなくなった自分の身体を持て余し、 母体でありながら、彼女は第四の胎児めいて他者からの介助を必要としていた。 赤子に吸わせるべき母乳を絶対的に不足させていながら、それを出すための部位、 乳首だけは立派すぎるぐらいに育て上げられた肉体は、酷く不釣り合いであった。 そしてそれが、彼には酷く――蠱惑的に映る。約束を破って、壊したくなるほど。 風呂から上がった後の彼には、紳士性など欠片もない。彼女の身体を拭いてやりながら、 勃起した性器を洗い清めたばかりの彼女の肌のあちこちにぺちぺちと当て、 いざ寝床に戻るや否や、身重の彼女の性器に、いきり立ったそれをねじ込むのだ。 丁寧に磨き上げた硝子細工を突き崩すような激しい抽挿は、 彼女の子宮内に三つの命が宿っていることなど忘れ果てたかのようだ。 薄い尻たぶにばちんばちんと平手を叩き込み、時に髪をも乱暴に掴み、 愛する相手としてではなく――単なる肉穴として、乱暴に“使う”。 その際の彼には、彼女の肉体を慮りながら耐えられる閾値を探るような精密さはなく、 抑え込まれていた雄としての本能だけに塗り潰された、一匹の獣に成り果てている。 それを受け止める少女の側もまた――雄に支配され、子を孕むためだけの袋になって、 雌としての欲望を満たす悦びに、どこまでも溺れていくのである。 溜まりに溜まったものを吐き終えると、すぐさま男は優しく彼女の全身を撫で、 大丈夫か、産気付いてはいないか、身体にどこかおかしいところは――と、 また人の変わったように、少女の肉体を世界に一つの宝物として愛でる。 落差こそが彼であり、両面性こそが彼であった。彼女の無茶な要求―― 女として産まれたからには、愛する男との子をありのままで産みたい。 たとえそれが肉体に過度の負担を掛けようとも、運命のいたずらで、多胎となろうとも。 二人以外のあらゆる人々が、その挑戦を悪徳の全てであるかのように言おうとも。 彼はその無垢なる願いに応え、彼女の肉体を作り変えてやらねばならぬのだった。 硝子細工は醜く膨れ、今や彼女は自力で立つのもやっとな程に身体の均衡を欠いた。 かつては世界中の観客を喜ばせるために磨き上げられてきた細く美しい身体は―― 今や彼と彼女自身を悦ばせるためだけのものへと成り代わっていた。 抜け目のない彼は、既に名前を六通り準備している。後はその時を待つだけ―― 手帳に書かれたその文字列を見てにやける彼に、少女は言った。 “次”の名前も、考えておいてね――言い終えて深呼吸、目を瞑る。 鉛筆を取り落とした彼の顔を、薄目にちらちらと眺めながら。