「クリスト、すまんが助けてくれ!」  突如自宅に飛び込んできたサーヴァイン・ヴァーズギルドの、いつも冷静沈着な彼らしくもない、酷く狼狽した様子にクリストは目を見開いた。  明らかに長時間駆け続けてきたのか肩で息をし、思い詰めた表情で玄関で佇むギルを訝しながらもクリストはリビングまで迎え入れた。足元を見ればかなりの強行軍で駆けつけたのか、だいぶズボンの裾が汚れているのを確認できる。  これほどこの人の思い詰めた姿はカンラーク崩壊後初めて再開した時か、またはリャックボーと名乗る、カンラークの勇者ボーリャックと対峙した時か。と、リビングの丸テーブルの椅子の一つに呆然と腰掛けたまま微動だにしないギルの姿に嫌な胸騒ぎを覚えつつも、クリストは真向いの椅子に自身も座り急な来訪の意図を問うた。  「なんですか急に…ギル先輩らしくもない」 「ハナコに……なる」 「…はい?」 「このままだと俺はハナコなしではいられない人間になる!」  今度こそクリストは開いた口が塞がらなくなった。アズライール改めレンハート付きの親衛隊メイド、ハナコが現在18歳の時の出来事である。  現在(ハナコの薦めで)放浪生活を一旦止め、レンハート勇者王国に腰を落ち着かせることにし、(ハナコの薦めで)国王ユーリン・レンハート、王妃シュガー・ディ・レンハートへの謁見に臨み、(ハナコの薦めで)当座の稼ぎとしてレンハート城の城兵としての職を得、(ハナコの薦めで)レンハートの教育機関の臨時講師として学生たちに回復魔法を教え、(ハナコの薦めで)ハナコの母親のサキにハナコ同伴で御挨拶を行い、(ハナコの薦めで)彼女の実家近場の賃貸物件(何故か大国レンハートの首都の賃料にしては破格なほど格安だった)に住み込んでいる彼はふと一つの深刻な現状に思い至る。 (もしかして俺はハナコにすっかり生活を管理されてるダメ男になってないだろうか?) 「それで僕の家に駆け込んできたわけと…。ですが新婚の家庭に連絡もなしに急に駆け込むのはどうかと思いますよ」 「う、す、すまない。イザベラ殿には詫びを伝えてくれ」 「はい!」  ニッコリと頷くクリストの姿にギルは(これが家庭を持った男の強さか)と、かつて聖都カンラークで皆の弟分として可愛がられてたころの彼の姿を思い出し、若干の眩さを覚えるギルであった。 「ところでイザベラ殿は?」 「今日は旅で出会った女性の仲間たちと女子会です」 「ふっ、唯一の新妻だから新婚生活について今頃質問攻めにあっているのではないか?」 「あはは…、まあ今日は予定もないしゆっくりとしていってください。お茶を淹れますから少し待っててください」 「む、すまんな」  やはり持つべきものは同胞だと、ようやく軽口も出る具合まで気分も落ち着かせたギルの姿を確認すると、クリストは席を立ち台所へ足を運びかけ、頭を書きながら戻ってきた。 「あ、お茶っ葉切らしてました。ちょっと買ってきますので少し待っててもらってもいいですか?」 「いや、そこまでしてもらわなくても…」 「これくらい気にしないでください。ついでにお酒とつまみになりそうなものも買ってきますので、適当にくつろいでてください。急いでこちらまで来たので疲れがあるのではないですか?」 「む、そうか。ではよろしく頼む」 「はいっ」  自宅を出たクリストは背後にギルの気配がないことを確認すると、買い物袋からバインダーと2枚の便箋を取り出し、一気にペンを走らせる。 『ハナコさんへ、現在ギル先輩はこちらに避難中です。だいぶ先輩も心揺らいでおりますので、貴女の大願もあと一息と思われます。 クリスト』 『気ぶり仮面へ、Sは現在僕の家に退避中。計画は順調に進行しておりどうやらだいぶSは心揺らいでいる様子。ですがまだ身を固める心境には至ってないので、もう一押し必要かと。 K』