27文字 15行 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ ①  そこには案山子が立っていた。  やってきたのではなく、最初からそこにあるかのように。  (ウチのハイパーな直感やと危険って感じやけど…先は、あの狐面から助けてくれたよな…?) 「な…なぁ、あん…、!!」  案山子は小都華の呼びかけを無視し、当然のように弓を構え始める。 ②  (なに、期待してんやウチは!この状況で、味方な筈ないやろ!)  案山子に目や鼻といった生物的な顔を構成する部位はなく、浮かぶ黒い点とそれに付随して面が寄生虫のように、蠢いていた。  そこに表情は一切なかったが、友好的な感情は感じ取れなかった。  (来る…!!!!!) ③ 「すまん!月彦!ちょい我慢してな!!  クダモン!!死んでんとこ悪いけど力貸してな!!!」 「分かって…る…!やってやんよ!!!  …あっ駄目…全然、力出ない…。」 「って、オイ!!!」  姿を表したクダモンは、ぐったりと小都華の肩に乗る。  その間もノヘモンがゆっくりと弓を引く。  (言うても弓、一発射た後に隙が生まれる筈や、そん時に頼むでクダモン!)  (分かった…でも余力は、成熟期で一発技出す位しか残ってないから!) 「分かっと…る…!?」 「!?」  その瞬間、一発ではなく雨の様に矢が降り注いできた。 「うお…!なんやこれ!!????」  小都華は神札をなんとか投げ壁のように展開できたが、隙どころか一歩も前に進めない状況となった。  神札も矢の雨ににより剥がされていくのを新しい神札を投げ展開し、なんとか防いだ。  しかし、いずれ突破されるのは時間の問題となった。 「な…なんや!?ざっけ、ここに来て!?こんな!?」 ④ 「小…都華さん…トンネルに…。」  月彦がトンネルの奥を指差す。 「お…おう!」  小都華は、それに従いトンネルの奥へ逃げて行く。 「どうするの!?このまま行ったって、また戻っちゃう!」 「わーっとる!分かっとるけど!!どうするんや!あんなもん!」  (そもそもあの坊さんが言う事がホンマなら、あの案山子は幽霊やろ…!なんで村の連中なくてウチらなんや!?  あかん、トンネルに蓋をした神札も、もうん保たん!?死ぬんか…ここで。) 「小…都華さん、クダモンさん…落ち着いて…ゲホ…ゲホ!!」 「月彦!君、無理すんな、喉焼けてるんやろ。」 「だい…じょうぶです…それより、落ち着いて、相手は…デジモンです。」 「デジモン言うても…あんなん…。」 「相手は御伽噺の幽霊や妖怪じゃありません。  有機と電子の両方の性質を持つ、あくまで生き物です。  矢の本数や狙いは、人間の僕達とは…比べ物になりませんし…正確ですけど、どう狙いを定めてるか…僕の見立てでは視覚でした。」 「視か…そういう事か!」  小都華はトンネル中の電灯を破壊していった。  幸運なのは、トンネルのループ箇所は出口付近であった事であった。  トンネルは、暗闇に包まれた。 ⑤  神札が破壊され、ノヘモンが中へ入って来る。  更に幸運だったのは、ガラス片を踏むことでノヘモンの位置が小都華達には把握できた。  (狙うなら…クダモンさん…、相手が僕らを通り過ぎて、奥へ行った時です。  ループが、案山子にも有効なら逃げ場を防げますし、どっちみち後方を取れるアドバンテージはあります。)  (わか…!!!??)  鼠だろうか、小都華達とは、別の方向からの物音にノヘモンは、正確に矢を射て断末魔の鳴き声とその後の静寂が再び広がった。  (う…嘘やろ…こいつ、目だけやないんか?)  (…小都華さん…?)  動揺から小都華の呼吸が荒くなってきた。  それは、ノヘモンが近くに来る程に、荒くなってきた。  その理由が恐怖心なのは、震えで伝わって来た。  ノヘモンもその荒い呼吸に敏感に反応し、確実性はないまでも先に比べ歩む足取りが遅くなって来た。  (はぁ…はぁはぁ。)  (小都華さん…!) (小都華!!)  (はぁはぁはぁっ)  月彦の意図を小都華が受け取れていなかった。  恐怖心からかなのか、周りが見えていない。  ノヘモンが目の前で止まった。  小都華の呼吸が、どんどん荒くなり人間でも耳を澄ませれば聞こえる程になってきていた。  クダモンが腹を括り戦闘の体勢を取った。 ⑥  (クソっ…すみません!)  (…へあああああああああ!????つつ月彦はん!!??小都華!!??)  (!!!!???)  月彦は、最小限の動きで小都華の呼吸と動きを止めるために、自身の唇を重ね、震えている腕を押さえつけた。  (んん!!!んん!!…!!…!…んっ。)  最初は、静かに暴れていた小都華の動きも徐々に落ち着いていった。  音が止み、勘違いと思ったのかノヘモンは歩みを進めて行き、遂に小都華達が後ろを取った。 ⑦ 「今や!!!!クダモン進化!!!!」 「セーバードラモン!!!!、メテオウィング!!!」  クダモンが、闇色の炎を纏った火の鳥に進化する。  弓を構える前に、流星のように炎を飛ばすが、ノヘモンは一瞬早く躱した。  ノヘモンの表情はない筈だが、笑っているように見えた。  弓を引こうとした瞬間、後方から避けた筈の炎にぶつかり体勢を崩した。 「今や!セーバードラモン!!!」 「ブラックセーバー!!!!!」  セーバードラモンの鋭い爪が、ノヘモンの顔面を勢いよく貫き吹き飛ばす。  吹き飛んだノヘモンは、それでも立ち上がろうとしたが、力尽きそのまま倒れ込んだ。 「はぁ…はぁ…堪忍して、成仏してくれや。」  セーバードラモンも力尽きクダモンに退化し、倒れ込んだ。 「ようやってくれたな、ありがとな。」 「へへ…。」  クダモンに微笑んだ後、小都華は顔を真っ赤にして月彦を睨みつけた。  月彦の顔は反対に見る見る青くなっていった。 「…っイイー!!!!イイーー!!!月彦!!!お前な!!!おま…お前な!!!!!傷直ったら覚えとき!!!!????!!イイー!!!!!イイー!!!!!」 「ふぁい…。  そ…それよりまだ、話聞けるかもしれませんよ。」 「ふん!!!!」   ⑧ 「さてと…では、もろもろ聞かせて貰おうじゃないかい。」 「が…あっ…。」  ヴォルケニックグレイモンの前に、ノヘモンが首のみの状態へ分解されていた。 「けひ…、随分と…だな。」 「怨みもないが、今大切な弟を危険に晒しているのは、看過できない。  君らが張ったであろう結界と君達について、洗いざらい吐いてもらおうか。」 「結界…?俺は知らない…他の奴だ。」 「他?おかしな事言うじゃないか?…案山子である君が張ったのだろう?」 「俺…達はひと…り…じゃない…、何人も何人も…何人も…捧げられた。」 「?…何人も…成程、除霊の失敗は、半分くらい柳玄さんがポンコツだからと疑っていたけどそういうカラクリか。」 「どういうことでい?伽夜子ちゃん?」 「簡単な事で、現場写真の案山子。  アレが全部別々の生贄にされた人間…案山子って事なんだろうね。」 「でも、案山子に組み込まれた肉片は同一人物だったんだろ?」 「そこだよ。  きっとこの怪異が起こった切っ掛け、君達を幽世から呼び出した回路になる人物がいたんだろ?  肉片もその人物のものだろ?」 「けひ…けひひ…。」 「もう一つ…。」 ⑨ 「あんたらの目的ってなんや?  最初は、あんたらが居るのは怪異の兆しやと思ってた。  出来ても、昼の鼠達くらいなもんやと…。  でも先の狐目やったのや、今の力があれば…言いたかないけど。」 「僕…達…、克也に起こしてもらった。  だから…克也の言う事聞く…、正直君達もどうでもいい…でも、明日の邪魔する。ほんとは大国殺したい…殺したい…みんな殺したい…。」 (克也…日瞬の坊さんが言ってた…その子がいなくなってから全部おかしくなった言う…。) 「でも…!殺した!殺してやった!!!!  あの狐目!!!!痛かった!!!!やめて言ったのに!!!身体熱くて!!!!!痛かったのに!!!!」 「あんた…焼死事件の…。」 … 「でも、明日皆んな喰われる。  そこのジジイ達みたいに心だけじゃない。  肉体も俺達みたいに、全部…全部けひ…けひひひ。」  そう言い残すと2か所のヘノモンは消えていった。 ⑩ 「ホンマにここで合ってんか伽夜子さん?」 『ああ、お節介と思ったけどセーフハウスとして使えそうな廃墟を見つけておいたんだ。  神札やら回復フロッピーとかの物資も式神に持たせてあるから活用したまえ。』  伽夜子の案内で来たのは、数年前に営業が停止し廃墟となった温泉旅館であった。 『旅館の主人が、大国と揉めた経過があったみたいでね、夜逃げ当然で、中も殆ど綺麗なままみたいだ。  それに、DWとの繋がりも強いから温泉の効果は、効能の説明以上にあると思うよ。』  ちょいちょいと小都華の袖を引っ張たのは伽夜子の式神だった。  式神の後ろには、バックが置いてあった。 「これが伽夜子さんの式神かいな、なんや可愛いやんけ。  おっ結界の神札に、神隠しの神札、それに式神の神札、助かるわ。」  結界の神札は先から小都華も使用していた防御に使えるもの。  神隠しの神札は、光学迷彩のようにあらゆる認識を阻害し、透明人間のようになれるもの。  式神の神札は、今のように自立して行動する人形を作れ、更には特定個人の姿形も模倣できるものでった。   ⑪ 「痛い!!やめ…!!帰し…て!!!」 「ひ!ふっ!ふん!やはり初物じゃの!」  幼い少女に大国は覆い被さり、荒々しく腰を振っていた。  大国には小児性愛の毛色があり、生贄に捧げる前に女児であればこのように手を付けていた。 「なんや、節操あらへんなあ。  不安で不安でたまらんでこんな事してはったら、緊張で腹下すガキンチョと同じやないですか。」 「随分と手痛くやられたみたいだな。」  幽霊のようにゆらりと蓮華院が現れた。 「無理に生贄なんて用意する事あらへんかったん違います?」 「ふん!貴様には関係ないだろ!」  大国は見向きもせず、腰を振り続けている。 ⑫ 「まぁ、ええわ。  僕も準備しに帰っただけやさかい、先生に口出しに来た訳じゃあらへんですし、お好きにどうぞ。  それに、さっきの件で確信したわ。  案山子は先生をは殺しはせんですよ。」 「本当か!?」  大国は動きを止め、初めて蓮華院に振り返った。 「あの案山子は、個別に意志を持っとるけど大元の行動理念はひとりのものみたいや。  その案山子が先生を殺そうとせん限り大丈夫でしょ。  個別に案山子が動けるなら、先生をとっくに殺しとる。  僕に襲い掛かった案山子みたいにね。」  蓮華院がチラリと奥の暗闇を見る。  そこにも、当然のように案山子が立っていた。 「あのふたりは殺して、祭り…ミシャクジ様への捧げものは喰わせたる。  だからもう邪魔すんなや、平田 克也。」 ⑬ 「小都華~早くしなよ~。」 「うっさい!こっちにもアレや…!覚悟いるんや!」 「だって月彦はんとワンコ、尻から浮いてるよ。  もう、服のまま入りなよ~。」 「出来るかい!アホ!」  旅館に侵入した小都華達は、傷と疲れを癒すため回復フロッピーを溶け込ませた温泉に浸かる事になった。  重症であったのと先程の件で、小都華の機嫌が悪かったのもあり、月彦とコヅキガルルモンは、先に温泉で投げ込まれていた。  しかし、体力のなくなっていたふたりは、そのまま沈没し、尻から浮かんでいた。 ⑭ 「ああ、もうしっかりし!男やろ!」 「すびばせ…ん。」 「あと、目開けたり後ろ向いたら殺すで。」 「開けはくへも、開けられまへん…。」  結局、何度も岩に寄りかからせてもへたりこみ、尻だけ浮いてしまうため小都華が膝に頭を乗せ支える事となった。 「…小都華さん…良い匂ひがしまふ。」 「ああ!!!!!???なな…な!セクハラやアホ!バカ!」 「ぐええー!!!」  小都華が太ももを締め月彦が顔を潰され情けない声を上げた。 「すみまへ…ん、つひ…けいひょふでした。」 「ほんまやで…たく。  なぁ…ひとつ聞いてええか?」 「…。」 ⑮  伽夜子が行った反魂の儀から数時間、犠牲者の重蔵の意識が回復していた。 「と、言う訳なんです。  意識も戻ったばかりで、理解に苦しむ話ではありますが、我々には、少しでも情報が必要なんです。  あの案山子や、村に関する事を教えてください。」 「…いや、分かってる。  オカルトな話だが、あの案山子がいや、正幸が子(ねずみ)として捧げられた時に、気付いていた筈なんだ。  村の儀式についての歴史は知っているかね?」 「向こうに派遣した私の弟達から聞いています。  飢饉を避けるために大蛇のデジ…神様であるミシャクジ様に人を捧げ始めたのが、時を経て村の継続ではなく、恣意的な理由で特定個人に使われているとか。」 「そうか…その認識で概ね合っている。  より細かく話すなら、大国家を中心とした儀式を執り行う家系を上とし、他を下として村を二分化し、上の連中が利益を独占してきた。  今では、殆ど大国が独占している状態となっているがね。」 「我々としては、今の状況が知りたいんです。」 「そうだな…。  正幸…私と徳三郎を襲った案山子についてなら…。  私と徳三郎はアレを正幸の怨霊だと思っていた。  そうだ!徳三郎は!?」 「…すまねえな、奴さんは、精神が持たなかったみてえでな。  連れ戻しはしたが…恐らく一生廃人だろうな。」 「…そうか、徳三郎。  だから胡散臭い山師の外法なぞに頼るなと…。  私と恐らくは…徳三郎も儀式については、噂程度でしか知らない。  だが、妬みにしては、村を取り巻く雰囲気は異様であったとも記憶している。  確信はないが、皆んな薄々感づいてそれを話していたと思う。  だから、実情とあってるかはすまない…約束できない。」 「かぁ~年寄りは前置きが長いねえ。  んな事分かってるからさっさと本題に移って…ぐへ!」  伽夜子がブシアグモンの頭をグーで殴り笑顔とジェスチャーで続けてくれと促した。 ⑯ 「ミシャクジ様への生贄は基本的に、牛や馬だった。  数年に一度、村の年寄りが生贄に捧げられてたのだと皆言っていた。  見返りに、ミシャクジ様は我々の願いを叶えると。  クソ…今、思い返すと…気付ける筈だったのに…。」  (近年の若年層の行方不明と話が違う…成程、これが一因か。) 「ただ、あの年は大雨が続き、皆がミシャクジ様が若い子を求めているのだと言っていた。  その時分、丁度年齢が合うのが私と徳三郎、大国…そして正幸の4人だった。  当時の当主に呼ばれ、4人の中で誰かひとりをお前達で、選べと言われた。  正幸だけが、下の子だった…、私達は薄々どうなるか分かっていながら…ただ恐ろしくて、親友だったのに…。  後日、まるで正幸は最初からいなかったかのように村の連中は振舞った…正幸の両親までもが。  私は、耐えられなかった罪悪感にも、村の連中にも。  だから、高校を出て早々に村から飛び出す形で出た。   暫くして、徳三郎も村の外で、生業を持ち始めた。  とはいっても、村の権力を広げるためのものであったみたいだがな。  表向きは、交流もあったが、そこまで親密には付き合いはなかったが…去年。」 「案山子が現れた。」 「顔は崩れていたが、一目で正幸と分かった。  そして復讐に来たのだと…あの時の事を怨んでいるのだと。  徳三郎が相談に来て、私の前にも…柳玄先生にお願いし、お祓いをしてもらったが、それでも…何度も何度も。  テレビやSNSで情報を募って、二度と現れないのを確認しようとした。  その度に、正幸の目撃情報が寄せられた。  私は、罰なのだと思った。  正幸が、私達に怨みを返しにきたのだと…もう諦めていたが、徳三郎は大国に頼り…恐らくはあの山師の邪法を…。  だが、結局はこの様だ…クソ…徳三郎。」 「ひとつ…最初に、お二方の前に現れた案山子はその正幸さんだけでしたか?」 「うん?ああ?そうだが。」 「私が、予防策を張ったあなた方のような村出身の人達には、正幸さんも一体だけの案山子が現れる事はありませんでした。  案山子は突然に、複数体決まって現れています。」 「…そうか。」 「…終わったら、墓に花でも手向けてやってください。」 ⑰ 『と、言う訳だ。  君達に行ってもらって個人的な感情を抜けば正解だった。  今件の根幹にあるのは、やはりミシャクジだろうね。  話を聞くに、数十年前よりも今のが、人間の生贄が増えている。  それが、力を着けたのが原因の一因、爆弾の燃料の役目だったんだろうね。  事件のきっかけとなった起爆剤は、平田 克也少年が生贄に捧げられて、何かを願った。  十中八九、村民を自分と同じ目に遭わせる復讐だろうね。  他の案山子達も基本的には平田少年の目的に従いながら、自身の自由意志によって行動する…有体に言ってテロ組織だね。』  (ただ、何か少し違和感があるんだけど…話しても無駄に混乱させるだけだから黙っておくか。) 『とにもかくにも、案山子が目的は、明日の祭りでやってくる村内外の人達を全員ミシャクジの生贄捧げる事だろう。  皮肉な話だが、案山子は焼いた肉で獣避けをするのが始まりと言われているが、逆に、生贄の臭いでミシャクジを呼び寄せる撒き餌になってたとはね。  すまないが、まだ村外の人間に被害が出る可能性があるから私はギリギリまでそちらに合流できない。  …ていうか聞いてるかい?  なんか、水音聞こえるけど混浴とかしてないかい!!!??  駄目だよ!お姉ちゃんそういうの嫉妬で狂うよ!???ちょっとふた「大丈夫なんで切らせてもらいます!」 『あっちょい!?』  そう言い残すと、小都華はスマホの通話を切った。 「怒られるかいな?」 「多分、大丈夫だとは思います…多分。」 ⑱ 「…一応、聞きますけどここで待っててくれるって事は?」 「傷が治り始めたらそれかい…、い・や・や。」 「でも…。」 「…ひとのファーストキス奪った貸しがあるやろ。」 「…それを言われると…でも。」 「んで、先の話の続きやけど君の昔話聞かせてな。  ここに来てから、なんかずっと表に出さないようにしとるけど怒ってるへんか。」 「これも貸しですか?」 「…ウチかてんな野暮やない。  もし君がいいと思ったらで、ええんや…ウチらの…その仲で…いいと思ったらな。  この事件を追うのに、もっと君の事知りたいんや。」 「貸しなら…拒否してました。」 「…。」 ⑲ 「同じなんです。  彼らと僕と…伽夜子さんは。  僕らもいえ…正確には僕がですけど。  僕の生まれた街は、DWとの境界が曖昧な場所でした。  そこで、DWの管理システムものグドラシルを奪取し、恣意的に改良した菩提樹というシステムが、街を全て演算し特異なひとつの世界を形成していました。  世界の幸と不幸のバランスは一定だそうです。  誰かの願いが叶うと、他の誰かが涙を流す事になる。  ならば、その不幸を誰か1人に押し付ければ…他の皆んなは幸せになれる。  街という狭い範囲なら菩提樹の演算能力で、それが可能でした。」 「…。」 「それに、選ばれたのが僕です。  不幸…というよりも呪いが蓄積していき7才の時、デジモンに家族が襲われて、僕以外全員喰われました。」 「…伽夜子さんは…。」 「本当の姉さんの名前は陽子です…。  因果の中心では、時折不可思議なことが起こるそうです。  陽子姉さんは喰われる最中、たデジモンと混じり合った。  それが、伽夜子さんです。  あの日、2つの事で僕は生き延びました。  1つは、姉さんがデジモンと混じって力を得た事で僕を守ってくれた。  2つ目は、僕のパートナーのコヅキガルルモンがその時にDWから来た。  その2つが僕を守ってくれました。  伽夜子さんは、人間とデジモンが混じったエラーでその後眠りについて…僕は、その時はコヅキガルルモンに気付けませんでした。  後から、知った事ですが親戚が僕達家族を売っていたそうです。  去年の16歳の時に、再び呪いが蓄積して、またデジモンに襲われました。  今度こそ死ぬかと思った時に、伽夜子さん曰く愛の力らしいですけど、目が覚めて僕をまた助けてくれました。」 「…伽夜子さんは君の姉さんの意識を…。」 「混じった事で、記憶の断片はあっても、もう喰ったデジモンとも陽子姉さんとも別の存在になったそうです。  姉さんは…陽子姉さんは僕の事を異性として好きだったらしくて…それが、伽夜子さんを目覚めさせるきっかけになったそうです。」 「…。」 「真相を知った時は伽夜子さんが憎かったです。  敵が目の前にいて、僕に馴れ馴れしく話かけていた。  …というよりも誰かに怒りをぶつけたかった。  でも、もう僕にとって伽夜子さんは大事なひとだったんです。  怨みきれなかった…自身に降りかかった呪いが愛おしくなってた。  元凶を突き止め、菩提樹を破壊した時、僕は憎しみで首謀者を殺してしまった。  人の世の理で裁くのではなく、幽世の魔物として殺してしまった事を後悔してるんです。  案山子達の憎しみは、理解できます…当人達にその論理で止めさせるのは酷な事だとも思っている。  だらか、誰かが止めてやらなきゃいけない。  そして、大国を幽世の魔物としてではなく、人の世での犯罪者として罪を裁かせたいんです。」 ⑳ 「…。」  月彦の顔に、湯船とは別の水が当たるのを感じた。 「ありがとな…話してくれて。」 「…僕も良かったです。  話せたのが、小都華さんみたいなひとで。」 「明日の戦い、きっと嫌なもん見る事になると思うんや。  その時、遠ざけるんじゃなくて君の背負ってるもん一緒に背負わせてくれや…。  先みたいな寂しい事言わんといてくれ。」 「いいんですか?」 「…。」  月彦に掛かる影が濃くなった。  ただ静かに水の流れる音がした。 ㉑  祭り当日の正午、月彦達の傷が癒えきった。 「んじゃ、伽夜子さんとの打ち合わせ通りに行くで。」 「?」  小都華が手を上げ何かを月彦に促していた。 「バカやな、景気付けや。」 「…!ああっ、はい!」  ふたりがお互いの手を叩き合う。 「んじゃ、また後でな!相棒!」 「…ええ。また後で。」  小都華と月彦はそれぞれ背中を合わせ離れていく。 ㉒ 「良き相方を持ちましたね月彦。」  マンゲツガルルモンが月彦に語り掛ける。 「うん。マンゲツガルルモンと同じでね。」 「…女性にそう言った言動は避けた方がいいですよ。  私は心配です。」 「?…行こうか。」 「ええ。」  羽織を翻し、月彦は歩き始めた。 ㉓  祭りの会場では、多くの人間で賑わっていた。  蛇穴村の祭りは、花火が有名であり、その日だけは村民人口の2千人の倍以上の人間がやって来る。  外部からの有名店の出店も立ち並び蛇穴村の大きな収入源となっている。    会場から見えるが、人のいない地域体育館の付近で爆発が起こった。  誰かが煽るような逃げろという声に祭客は、一斉に逃げ出した。 「なんだ、この騒ぎは!」  騒ぎを聞きつけ大国が駆けつけてきた。  爆発のあった位置には、月彦とマンゲツガルルモンがいた。 「やはり、祭りを妨害しに来たか!行け!!」  大国の掛け声と共に背後から、蓮華院が貸し出していたガルルモンが複数月彦達に飛び掛かって行った。 ㉔ 「なんか、エラいとこやな…ホンマに社の中なんか?」  祭会場の騒ぎに乗じて小都華は、ミシャクジがいると思われる社の内部に忍び込んでいた。  そこは、社の中とは思えない広大な空間が広がっていた。  巨大な蛇の石造、様々な社に降る雨が小さな滝のようになっていた。 「異界って事なんだろうね、多分ミシャクジがいる、当たりだよ。  …ねえ、もしかして怖い、月彦はんいて欲しいの?手握ったりして欲しいの?ねえ?ねえ?」 「うっさいな!集中せえ!おっきな声出しとるとバレるで!」 「いや小都華のがうっさいよ。」    ㉕  最奥と思われる場所まで来たが、特に襲われる事はなかった。 「なんやだだっ広いとこやな。」 「小都華。」  クダモンの声が真剣を帯びる。  目の前には、舞台が広がっておりそこで崖になっていた。  崖の下からは腐肉の異臭が漂ってきた。  小都華がそこを覗き込もうとした時。 「全く悪い子やな、これ不法侵入とちがう?  好奇心旺盛なガキはすぐ死ぬんやよ、知らんのかいな?」  そこには、異様な出で立ちとなった蓮華院が小都華の後ろから話しかけて来た。 「焼き焦げて死んだと思っとたわ、というかなんやその恰好熱で脳が焼けたんか。」 「いややわ、大阪の子って失礼な口聞きはって、品がないわ。  それに、男に対してその口の利き方、そんなん女としてアカンわ。」 「はっ!馬鹿かいな!そんな時代とっくに終わっとるんや!エンジェウーモン!!!」 「まかせな!!!!!」  蓮華院と小都華の間にエンジェウーモンが割り込む。 「お~こわ、2人とも流石によう似てますわぁ、血気盛んで嫌やねぇ。」  ヘラヘラと笑いつつ蓮華院は後方に下がり神札を投げる。  そこから巨大な蛸と人が混じり合ったようなデジモン、ダゴモンが現れた。 「小都華、やっぱり前みたいに力がフルで出せない。  肩のダンプカーが軽自動車並みだ。」 「なんや、その例え!でもやるっきゃないでウチらであそこまでは!!」 「おう!!!」 ㉖  ダゴモンは身体から生えている無数の触手を伸ばし、エンジェウーモンを捕らえようとするが、それをエンジェウーモンは身軽に躱していく。 「なんや、案外やるやないか。  前の時は、木が周りに合ってで動けなかったんか?  でもこれならどうや?」  ダゴモンが触手を鞭の様にしならせる。  それにより速度が大幅に加速し、エンジェウーモンは叩き落とされ、遂には触手により拘束されてしまった。 ㉗ 「くっ!!!」 「正直、僕は金さえ引ければ大国のおっさんも誰が死のうがどうでもいいんやけど、君ら特に貧乏神君はどこまでも追ってきそうやし、ここで死んでもらうで。  貧乏神君、君の生首でも転がして見せたらどんな顔するんやろうなぁ。  ダゴモン、そのまま引き裂き。」 「エンジェウーモン!!!」  エンジェウーモンの身体に巻き付いて触手が力が込められていく。 「ぐぐぐ…舐めるな!!!!!!」 ㉘ 「!?」  エンジェウーモンは一瞬、クダモンに退化し、隙間から抜け出し再び進化をする。 「ホオオオオリイイイイイイイイ!!!!!アロオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」  エンジェウーモンの蹴りがダゴモンの頬を蹴り飛ばす。  巨体が倒れそのままダゴモンは霧散し、消えていく。 ㉙ 「やるやないか、ガキ!!!!」 「小都華!!来るよ!!!!」  蓮華院が神札を掲げる。 「万象を照らす炎の王よ!  今、星の囁きに応え大地を煉獄へと変えよ!!  究極体!ソルメラモン!!!!!」」  一気に気温が上がり、暗がりだった空間に一気に光が差し込む。 「死ねや。」  ソルメラモンの身体から無数のプチメラモンが小都華達に向かってくる。 「…今や、月彦。」 ㉚  小都華の後方から無数の矢がプチメラモンを貫く、それはマンゲツガルルモンであった。 「なんでや…確かにこの女しか…アレは、そうか神隠しの神札やな…。」  月彦は、神隠しの神札を使い、小都華の後ろからバレないように近づいていた。 … 「なんだこれは…。」  祭り会場で月彦と思い襲い掛かった大国達が見たのはガルルモンに噛み切られ霧散する紙屑であった。 …  (成程…会場で騒ぎを起こしたんは、客の避難を促すためだけやと思ったが本命はこっちのミシャクジ…蛇やな。  そして、わざわざ奇襲をかけて…あの距離、50m…結界の範囲を知るためか。)  蓮華院が小都華を見るとにやりと小都華は下品に笑い返した。 (あのガキもグルやな、貧乏神君に合図送って範囲を知らせてたんか。  結界のタネは割れてるんか?いや、遠距離での攻撃を行ったという事はタネはまだ割れてへん!  チッこんなガキに腹括らにゃならんとわ!!!)   ㉛ 「今や!!!月彦!!!」  マンゲツガルルモンがソルメラモンを射抜き、霧散していくのと同時に月彦が蓮華院へ走っていく。 (次の手を打たれる前に潰しにかかるつもりやが…甘いで!!!)  蓮華院が後方のマンゲツガルルモンに向かって何かを投げつける。  瞬間、マンゲツガルルモンから力が抜けていった。 「なっ!?」 「小都華さん!今のが結界の要だ!!!!」  投げつけられたのは、蛇石であった。 「エンジェウーモン!!!」  蛇石に小都華達が気を取られた一瞬だった。  上空から何か巨大なものが降って来た。 「見えないいい!!!!怖い!!!!!ああああああああ!!!!」  そこには無数の球体と、蓮華院に協力していたデジチューバーの顔があった。 「まっスピリットは劣化品なんやけどな、このセフィロトモン瞬間火力だけなら結構なもんやで。」 「ビビんなやエンジェウーモン!!」 「ああ!!」  セフィロトモンは周囲に当たりながら小都華達の方へ向かって行く。 ㉜  小都華はマンゲツガルルモンの手元にあった月彦のバックから弓を取り出す。 (伽夜子さんが言うには、ウチの弓が当たらないのは邪念が多いから、集中して一心デジソウルを感じて打ち抜けば!!!)  目を閉じる小都華の暗闇の視界の中に一瞬炎のような明るい揺らぎが見えた。 「これや!!!!」  小都華の射た矢が真っ直ぐと蓮華院の心臓目がけて飛んでいく。 「甘いんや!!!ガキ共が!!!」  しかし、蓮華院は矢を右手でつかみ取った。 「ブラフや!後方でしか居直ってないからって体術が全く出来んと思っとんたやろ!!!!…僕の勝ちや‼‼‼‼…?」  蓮華院が矢の先端を見るとそこには液体の入ったパックと先程、蓮華院が投げ込んだ結界の要の蛇石があった。 「やっぱりその石、温かい!!!!今や月彦!!!!」  懐に飛び込んだ月彦がパックを鉈で切り裂く、後方へのがれた蓮華院であったが、その液体が眼に入る。 「なんやただの水…や…しまっ!!!」 ㉝  (結界は主に2種、要を幾つか設置してその内部と外部を遮断する方法、もう一つは自身と要になるもの何かしら接点を持たせ一定の範囲を隔てるもの。  先の蓮華院の投擲で後者である事は分かった。  普通は視線だけど、前回の戦闘での暗闇は普通じゃ見えない。  恐らく別の方法、そしてソルメラモンが現れた瞬間に結界の効果が消えた。  そしてチラリと見えた蓮華院の縦長の瞳孔!!!) 「蛇の目!!!ミシャクジから貰ったかで!温度で石と繋がりを作っていたな!!!」 「このガキ気付いて!!!!」 (そして、いつも後方にいる事。  対象と石を目で捉えるのが発動条件!!!)  月彦は蛇石とセフィロトモンを目線で繋ぐ。 「この水!僕と蛇石の接続を切って自分が結界を作るためか!!!」  セフィロトモンが力を失い、小都華達に突っ込むギリギリで倒れ込み、元の人間へと戻っていった。 「クソがあああ!!!!!!!!!」  蓮華院が月彦に襲い掛かろうとするのを躱し、左肩から大きく鉈で切り裂いた。 「今度は僕達の勝ちだ。」  蓮華院はそのまま倒れ込んだ。 ㉞ 「オイオイ!!これ死んでんじゃないか!?」  小都華が慌てて駆け寄る。 「大丈夫ですよ。  こんなんで死ぬ可愛げなんてこういうタイプにはありませんよ。  身体強化の具合から十中八九、死にませんよ。  ほら、いつまで死んだふりしてるんですか。」  月彦が軽く足で蓮華院を小突く。 「なんや、気付いとったんか。  たく、可愛げのないガキやな。」 「あなたにもしっかり罪を償ってもらいます。  それまでは、死んでもらったら困るので。」 「馬鹿が、甘いで。」  そう言うと蓮華院は崖の方へ札を投げ込んだ。  次の瞬間、爆発と大きな地響きが鳴った。 「まだ、デジモンか!?何を!!?」  次の瞬間、何かが小都華達の足元を過ぎていった。 「なんや!???」 「まさか、ミシャクジを!!???  っていない!?」  ミシャクジに気を取られた隙に蓮華院は姿を消していたが、声だけが社内部に木霊する。 「爆発でミシャクジの結界破らせてもらったで。  ま、せいぜい頑張りや。」 「あの狐目!最後までふざけよって!!!」 「不味い!儀式は深夜って聞いてたけどもう人間の匂いを辿って村に!!!」   ㉟  月彦達が村に着いた時には、村の様相は地獄のようであった。  子供が有り得ない方向に身体を回しながら何かに咀嚼させれる。  それに怯える別の子供の泣き叫ぶ声。  それをどうにかしようと親の声切実な叫び声、逃げ惑う人々。  そしてそれを嘲笑いながら、人々を逃がさないように襲い掛かり取り押さえる案山子達であった。  村の唯一の入り口であるトンネルからも叫び声が聞こえる。  恐らく月彦達と同じように村から脱出できなくなったのが伺えた。  人々のいる祭り会場とは別に田園の中心に巨大な8つの頭を持つ大蛇がその身体を宙に浮かせくねらせていた。  移動の為退化させたミカヅキガルルモンで案山子達の間に割って入るが、余りにも数が多すぎ、斬り倒しても斬り倒してもキリがなかった。 「あかん!元を断たな意味ないで!!」 「でも、この人達を放っておけば!?」 ㊱ 「あら?お困りかしら❤︎月彦ちゃん❤︎」 「日瞬さん!!?…それに…「なんや!?その濃ゆい集団!?」  日瞬の後ろには大量の僧侶、しかも日瞬と同種の人間であるのが伺えた。 「うんふ❤︎青年部の同士達に声を掛けたの❤︎  貴方達が居なくなった後、昔相談に来てくれた子の案山子が現れてね、助けてあげて欲しいってね!」  そう言いつつ日瞬達は案山子達を薙ぎ倒し、宙に浮いた人々を引っ張り戻した。 「あかん…色々ツッコミたいけど…」 「今のご時世どう触れてもコンプライアンスに違反しますね…まぁいいです!よろしくお願いします!」 「やーん!任せて❤︎…覚悟しやがれ!!!」  月彦達は日瞬達にその場を後にし、大蛇のデジモン、オロチモンへ向かって行った。 ㊲  田園に着き、見上げるオロチモンは社で見た姿より、より巨大に膨れ上がっていた。 「たらふく喰って、ブクブクデカくなってんか!?」 「食料が絶たれたのか怒り狂ってる…不味い。」 「余程人の欲望を喰ったのでしょうね…とんでもない力を感じます。  究極体でも抑えきれるか…。」 「おい!月彦アレ!」 「大国…と案山子。」 ㊳  そこにはうずくまりブツブツと呟く大国とオロチモンを見上げニヤニヤと笑っている案山子がいた。 「おい!おっさん!あんたアレのコントロールの仕方知らんのか!  坊主達が抑えてるけどあのままじゃ皆んな死んじまうで!?」 「違う…私はただ…先祖と同じ事をしただけだ。 私のせいじゃ…私の」  大国はこの惨状に心が押し潰されたのか現場から目を逸らし、ブツブツと呟くだけで、小都華の声は何も耳に入っていなかった。 (あの案山子…。)  オロチモンが小都華達に気付き、首を伸ばし襲い掛かってくる。 「あかん!やるっきゃないで!」 ㊴ 「!?」  気付けば、案山子の足元には多くの躯があった。  それが全て案山子と同じように笑みを浮かべている。 「ああ…母さん…僕が…ミシャクジ様に…お役目を…もう少しだよ…皆んな…みんなで幸せに。」  案山子が大国を抱え、オロチモンを避ける。  オロチモンが小都華達と案山子の間に入り、大国を取り逃してしまった。 「クソ!煙で大国達が見えへん!」 「案山子は大国を殺すつもりがないみたいです!  仕方ありません!先に大蛇をなんとかしましょう!」 「あーもう!しゃあないいくで!」 「「進化!!!」」 「マンゲツガルルモン!」 「エンジェウーモン!」 ㊵ 「クソ!この大きさでなんて速さだ!?」 「矢が通りません!負担は大きいですが月彦と合流して進化を!」 「ダメだ!霧と土煙で見失っ…ぐ!?」  オロチモンの8つの巨大な肢体がダゴモンの鞭のような触手より速く動き、エンジェウーモン達を取り囲みその巨体をぶつけてくる。  単純な攻撃であったが、人間を喰らい、大きく、力強く成長したオロチモンのその攻撃はそれ故に切り崩す術もなく2体のデジモンを傷つけていった。  オロチモンの出現に伴い降り始めた雨は霧となり土煙と混じり、視界を奪いテイマーとデジモンを見事に分断させた。 「ぐあっ!!!」 「マンゲツガルルモンはん!!!」  マンゲツガルルモンが噛みつかれ腹から切り裂かれる。 「来てはダメです!!!」 「がああああああああ!!!!」  助けようと近づくエンジェウーモンを見計らい、別の頭が勢いよくぶつかり吹き飛ばされてしまう。 ㊶ 「あかん!あかん!あかん!!!」  小都華達の目の前に広がっていたのは津波であった。  オロチモンが降らせた雨が溢れかえっていき田園を覆い尽くす津波となっていた。 「逃げ…!!!」  小都華達がお互いに手を伸ばそうとする。  しかし、津波の大きさから距離感を誤り、行動しようとした瞬間には、小都華達は津波に飲み込まれてしまった。 ㊷ 「…さん。」 「小都…華さん。」  (ここは…。)  月彦は気付けば、異界と言えるような場所に浮かんでいた。  意識が保てず薄らとしか認識できなかったが、どこからか声が聞こえてきた。 (何かを見せようとしているのか…。) 「お母さん。」 ㊸ 「なんで! お前は! 何もできないんだ!」 「ごめんなさい、ごめんなさい!」 「だから私たちは捨てられたんだ! お前が何もできないから!」  六畳の部屋の蛍光灯はチカチカして、影が壁で揺れていた。  台所の流しには空になった缶チューハイと洗ってない皿。 冷蔵庫を開けても、ケチャップと卵がひとつだけ。  お母さんの声と一緒に、椅子を蹴る音が響く。  僕は布団に潜り込みたいのに、逃げられない。  だから謝るしかない。僕が悪いから。僕が役立たずだから。 ㊹  僕はお母さんが大好きだった。  なんとか笑ってほしくて、叩かれても、いじめられても、がんばって勉強した。  運動は足が悪くてダメだったけど、勉強だけは一番を目指した。  に……しゅんさん?たちが僕のことでお母さんと話しても、僕はお母さんが好きだから離れなかった。  テストも何回も100点を取った。  最初は、お母さんも笑ってくれた。  その笑顔は、薄暗い六畳の部屋で見た、数少ない光みたいだった。  僕はそれを、自分が生きている意味だと思った。 「そんなのが……なんの役に立つの。」  でも、ある日からお母さんは喜ばなくなった。 あとで知ったけど、お父さんに会っていたらしい。  お母さんは僕を叩かなくなったけど、今度は何もしなくなった。  台所の流しには洗っていない皿が山になって、冷蔵庫の中は空っぽだった。  お母さんはただ泣いていた。  部屋の空気が重くて、テレビの音だけが響いていた。  僕は殴られるより、それがつらかった。  お母さんが僕を見てくれないこと、そのほうがずっとつらかった。 ㊺  僕は、自分がどうすればいいのか分からなくなった。  お母さんに笑ってほしくて、それだけを思ってがんばっていたときは、いじめられても平気だった。  痛いことも、冷たいことも、全部消えるみたいだった。  でも、お母さんが何もしなくなってからは……涙が止まらなかった。  夕日の赤い光が部屋の壁に長く伸びて、影がゆらゆらして怖かった。  公園の土の味が口に苦く残って、擦りむいたひざがひりひりして、悲しくて、涙が止まらなかった。  冷蔵庫のモーターの音だけがぶうんと鳴っていて、部屋の中がからっぽみたいに感じた。  僕は、なんで生きているんだろう。 ㊻  しばらくして、お母さんが僕が覚えてる中で1番の笑顔をしていた。  僕は初めてお父さんに会った。  お父さんは僕を見下ろし、嫌そうな顔をしていた。  お父さんが言うには、僕はこの村のためにミシャクジ様に捧げられるという事でだった。  その為にお母さんは僕を産んだということらしい。  それを喜ばないといけないらしかった。 ㊼  よく分からないけど、お母さんが喜んでるから僕も嬉しかった。  お母さんはしっかりとお役目を果たすんだよ。と何度も言った。  僕はそれに何度もうなづいた。  でも、お母さんは僕じゃなくてずっとお父さんを見ていた。 ㊽  社に連れて行かれて裸になって身体を縛られた。  何かが身体を這いずり回って、何かが身体を締め上げてきた。  痛くて、辛いけど、お母さんはそれを笑って見ていた。 ㊾  僕は初めて分かった。 これが僕の産まれた意味なんだって、これが幸せなんだって。  だから、だから思ったんだ。  皆んなにもこの幸せを分けてあげないといけないんだって。  そしたら、ミシャクジ様が語りかけてきた。  その力を上げるってだからもっと皆んなを僕みたいに捧げないとなんだって。  お父さんは村を大きくする大事な仕事があるから駄目だけど他の人は、皆んな皆んな。  だから、僕はお母さんを…悲しかったけど死んで欲しくなかったけど、だってそれが幸せなんだから。 ㊿ 「そんな訳あるかいな!」 「だって僕はお母さんが好きだったから。」 『あなたが頑張れば私達はまた、お父さんと一緒に。』 「僕頑張ったんだよ。」 『あんたがあのひとに認められないから!』 「ごめんなさい…ごめんなさい。」 『子になれば、御役目をしっかりと果たすんだよ。』 「ねぇ…だからお母さん。」 『一度でいいからあんたを産んで良かったと思わせてよ!!』 「…お母さん僕幸せだったよ。」  何を目の前にしているか、重々に分かっていた。  しかし、小都華はその少年を抱きしめずにいられなかった。 「違う…そんなの…そんなの幸せじゃなんでもあらへん…!」 51 「なんで、お姉ちゃんが泣いてるの?なんで、そんなこと言うの?」  じゃあ…僕はどうすれば幸せになれたの?  小都華には、この少年に、もう既に終わっている小さな命に掛ける言葉が見つからなかった。  終わってしまったものにどの言葉を投げかけようと何も変えられない。  そこに残るのは欺瞞だけであるのが分かっていた。  それでも、抱きしめる手だけは一層力を増していた。 52  鳴動するように案山子達の絶叫と嘆きが木霊していく。 『もっと生きたかった!』 『あの人に会わせて!!!』 『まだ俺にはやりたい事もやらなきゃいけない事も!!!』 『お母さんお父さん!!!!』 『まだ眠りたくない』 『母さん…怖い怖い怖い怖い怖い。』 『友達にごめんと言いたい』 『手を…つなぎたい。』 『なんで…俺が、一体何を。』 『一度でいいから恋を…。』 『名前を…あの声でもう一度。』 『あの人に会いたい』 『好きと…。』 『約束したのに…。』 『父さんに…もう一度褒めら…。』 『ややこを抱きしめて。』 『孫の…あの子の成長を。』 『もう一度、家に帰りたい』 『灯りの下で…』 『海を見たかった。』 『星を数えたかった。」 『こんな甲斐性のないのが…人生なんて。』 『誰か…手紙を届け…。』 『声を誰か俺の声を…。』 『まだまだやりたいことが…。』 『春を…桜をもう一度。』 『あの…花を。』 『やり直せたら…素直に話して。』 『帰りたい。』 『帰りたい。』 『帰りたい。』 『生きたい、生きたい、生きたい。』 『生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい。』  雨が案山子達の涙のようにその勢いを増していく。 「…」 53  生者に、死者へかけれる言葉はなかった。  ただ、月彦は左手のデジヴァイスを強く握る事しかできなかった。 「案山子…あなた達の心、確かに受け取った。  あなた達を成したのは確かに人の業。  せめて…。」 54 「静かなる闇夜を照らす銀の灯火よ。」  月彦がゆっくりとデジヴァイスを天に仰ぎ構える。 「星の囁きに応え、」  腕を広げ、案山子達の声に応えるように叫ぶ。  「今!!!力を!!!…解き!放つ!!!」 55  瞬間、世界が止まり月彦の代わりに別の姿があった。 「究極体…ゲッコウガルルモン!」  月を背負った、白銀の狼の姿のデジモンがそこにいた。 56  オロチモンがゲッコウガルルモンに気付き、肢体を伸ばし襲い掛かって来る。  ゲッコウガルルモンが静かに左手を構える。  背負った月が砕け、ゲッコウガルルモンの前で再形成され回転を始める。  回転した月は襲い掛かるオロチモンを弾き飛ばす。 57  ゲッコウガルルモンが鳥居から一歩踏み出すと、羽衣のように浮き一気に加速し、オロチモンへ向かって行く。  それぞれの肢体が更に速度を上げゲッコウガルルモンへ突っ込んで行く。  ゲッコウガルルモンがそれを視界に入れると月は幾つにも分かれ、オロチモンの攻撃を弾いていく。 58 「アレが…究極体…てうおまたかいいい!???」  ゲッコウガルルモンを見ていた小都華はその後ろの再度来た津波を見つけて再び叫びながら走り出した。 「うおおおおおおおおおお!!!!!!マジかあああ!!!!????」 「小都華さん。小都華さん。」 「ってうお!?月彦!?なんでここおるんや!?」 「えっ酷くないですか?」 「あっいや、ちゃうんねん。  なんか、あんな大見え切っていなくなりはったから…なんかこう…ガって融合したんかと…こんなひょっこり出てくると思うわけないやろ!ナメとんか!!!」 「いや、位置が変わっただけで…、まぁ確かにまぁ…。」 「それよりあの津波や!今度巻き込まれたらどうなるんや!?今度こそオジャンちゃうか!?喋くっとらんで死ぬ気が走りや!!」 「それですって!小都華さん!神札で足場作れば!!!」 「それや!!!!君天才か!!!!ってうおおおおおおおおお!?!!!????」 59  小都華が月彦を指さすために振り向いたら今まで以上の絶叫を上げた。 「なんですか!?」 「見てみ!!!!アレ見てみ!!!」 「…!!!!」 「反応薄いな君!!!」  そこには、小都華達に迫っている5m程の津波ではない、村を取り囲む山より巨大な津波が迫っていた。 「不味い…、今迫ってる津波なら田園が埋まるくらいだけど、アレは村全体が…。」 「…っ。」 60 「お困りのようじゃあないか。」 「伽夜子さん!!!!」  勢いよく空から降って来たのは伽夜子とブシアグモンであった。 「無理して、超特急で来たぜ月彦ちゃん!小都華ちゃん!」 「外の方達は…!」 「安心しな、完璧な結界で全員分に警察に配布させたさ。」 「ついでに、坊さん達も助けて来たぜ!」 「あの津波だね…まかせな!」 61 「いくよブシアグモン殿!」 「おうよ、おっちゃん今回出番少ないし張り切っちゃうぜ!」 「大地を裂く火炎よ、焦熱に煌めく赤き奔流よ! 竜の血脈と共鳴し、灼熱の律動を奏でよ! 完全体!ヴォルケニックグレイモン!!!」  進化したヴォルケニックグレイモンは大剣を地面に突き刺し、左手の炎をの腕を大きく掲げる。 「炎陽火輪!!!!!!!」  大きく肥大化した球体上の炎を遠くの巨大な津波に放つ、一瞬大きく輝いたと思ったら、津波が一気に蒸発して、その勢いを失くしていく。 「油断しない!こっちの津波は来るよ!!!」  そういうと伽夜子は神札を取り出し足場を作っていく。 「伽夜子ちゃん!来たぜ!第2波だ!!」  再び、山を飲み込む程の津波が現れる。 「こっちに集中する!君達は大蛇を!!!」 「「はい!!!」」 62  ゲッコウガルルモンがオロチモンの首を3本落とす。  しかし、オロチモンは怯まず他の肢体を伸ばし攻撃を続ける。  3本の首が田園に溜まった水に音を立てて落下する。 「嘘やろ!?アレで怯みもせえへんのか!?」 「力の流れを見るに本体は、中心の首だけだ!!!  後は蛸の足程度だ!」 「月彦、アレ見てみい!」  小都華が指した先には、落とした筈の首が水面を切ってゲッコウガルルモンへ向かっていた。 「なんちゅう、しぶとさや…。」 (ゲッコウガルルモンは押しているが、今の大蛇で手一杯か…!) 63 「ゲッコウガルルモン!!!!」 「…!月彦!!!」  ゲッコウガルルモンが月彦の呼びかけで、背後から迫っている落とした首に気付く。  月を分割し、それを月彦の方へ飛ばす。 「小都華さん!落ちた首を完全に殺します!足場を作ってください!」 「!…ええい分かった!!!まかせとき!!!」  月彦がゲッコウガルルモンへ向かう首と並走するように神札を足場に駆け上がっていく。  月彦に向かった分割した月を鉈で打ち鳴らす。  飛び散った火花が大きな炎となり剣の形に変わっていく。 64  ゲッコウガルルモンが他の頭を弾き、中心の本体へ一撃を入れられる瞬間が出来た。 「僕を信じろ!!!!ゲッコウガルルモン!!!!」  その言葉にゲッコウガルルモンが中心の本体へ分割した月を組み立てた剣で真っ直ぐに向かって行く。  目の前にゲッコウガルルモンを突き落とそうと現れた首を月彦が背後から切り伏せる。 「今だ!!!!」  ゲッコウガルルモンの突きが本体に直撃する。 「!!!!!!!!!!!!!!!」  鳴き声とも及びつかない振動の様な鳴き声が辺り一面に鳴り響く。 65  ダメージに慄いたオロチモンは逃げ出そうと田園に広がる水面に逃れようとする。 「不味い!!!」 「逃がすな!!!!月彦君!!!そいつは人の味を覚えた!!!また人を襲うぞ!!!!」  オロチモンが逃げる時に発した衝撃でゲッコウガルルモンと月彦は態勢を崩し、初動が一瞬遅れてしまっていた。 「!」  オロチモンが逃げようとする水面を勢いよく何者かが絶ち割った。 「最後の最後で見せ場ないっちゃあ、せっかくの筋肉が泣くんでね!!!」  そこには、小都華を抱えたボロボロのエンジェウーモンがいた。 「小都華!いくよ!!!」 「おうよ!!!!」 「これがウチらの!/アタシらの!『ホーリーアロー』だああああああああああああ!!!!!!!!!」  勢いよく放たれた左アッパーがオロチモンを再びゲッコウガルルモンの元へ吹き飛ばす。 66  そこには左手に巨大な剣を持ったゲッコウガルルモンが構えていた。 「大蛇よ、お前を斬り清める。」 67 「案山子よ…この世、縁に囚われるな…許せ!!!」 68  ゲッコウガルルモンが振り上げた剣がオロチモンを切り裂く。   69  砕けたオロチモンの肢体が華のように炸裂し、鮮やかに散っていった。  マンゲツガルルモンが静かに田園に降り立つとそこは、幽世ではなく美しい緑の稲が揺れていた。 70 「私の…私の村が…私が築き上げたものが…。」  田園の真ん中で大国が散ったオロチモンの華を今にも泣き崩れそうな顔で見ていた。 「あの…ジジイまだ!!!」  身勝手な理由で未練がましく縋りつく大国の姿に怒髪天が来た小都華がにじり寄ろうとした瞬間、月彦が大国の顔面を殴りつけた。  余りにも、らしからぬ行動に小都華は呆気に取られてしまった。 「な…!おま…な!!私を…誰だと!!  私が…我々がいたからこの村は、発展をしてきた!!!!  私がいなくなってみろ!!!!この村も!!!!  いや!!!!私はミシャクジ様の力でこの国自体に大いに貢献してきた!!!!!!  その私を!!!!ええい!!!!多少の犠牲がなんだ!!!!どうせ社会に対して貢献できないガキに老人ばかりだ!!!!それで多くの人間が利益を享受できてるんだ!!!それが!!!それがこの世界だ!!!!私は!!!私がその汚れ仕事を担ってやったのに!!!その私を!!!!貴様ごときが!!!!」 「…大国さんもドジですね。  コケるなんて…。」  月彦は淡々と続ける。 「あなたを警察に突き出します。  あなたは、ミシャクジ信仰の…幽世の神主じゃない…。  あんたは!!!自分の利益と尊大な自尊心を満たす為に大勢の人間を犠牲にした最低の殺人犯だ!!!  常世の人の手で、裁かれるんだ。」 「そもそもお前らごときでどうにか出来るとでも!?  私には幾らでも手を回せる人間が!「おっと。」  伽夜子が笑みを浮かべいつもの飄々とした態度で近寄って来る。  笑みは浮かべているがその目は笑っていなかった。 「…実はね。  ここに寄る時に狐目の胡散臭い男に、色々な書面、動画、音声データを貰ってね。  それに、今あなたの屋敷から逃げてきたって言う小女の関係で警察が、あなたにお話を聞きたいみたいですよ?  あっ、そうそう、ついでに資産ごっそり盗まれてるみたいだけどいい友達を持ったみたいだね。」 「れ…蓮華院…!!!」  大国も観念したようで力なく項垂れた。 71  連行されていく大国を見送った後、 小都華が静かに月彦に声を掛けた。 「正直…君が殴るなんて意外やね…。」 「…そうですね、人の手で裁くなら、僕が手を上げる事はあってはいけないと思います。  それは、法の役目です。  でも…。」 「でも?」 「誰かが…小都華さんが泣いてあげたように…せめて、誰かが怒ってあげなきゃと思ったんです。」 「…。」  月彦は雨の中振り向かず答えた。  その時だけは、決して振り向こうとはしなかった。 72 『…前線を伴った発達中の低気圧が北海道付近にあって、北東へ進んでいます。低気圧や前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込み、西日本から北日本では大気の状態が非常に不安定となっており、雷を伴い激しい雨の降っている所がありま…。』  事件が終わり、警察からの聴取も終わった小都華達は日常へと戻っていた。 「日瞬さんから聞いた話だと今、蛇穴村は蜂の巣を突っついたような状況だそうです。  社からは、大量の死体、伽夜子さんは、最低限の被害で済んだと言ってましたけど、それでも大蛇に喰われて命を失くした方や精神に変調をきたした方は、数十名はいるそうです。  大国の件も電脳犯罪捜査課の担当する分野も含めれば判決は気の遠くなる程、先になりそうだそうです。」 「墓に手合すのは、当分先やな。」 「ええ、蓮華院も追わないと。  ただ、それでも…あの場でどさくさに紛れて殺して、幽世の事だって言い訳を与えないで、自分のやった事を公の場で突きつける事が出来るだけ、ずっとマシだと思ってます。」 「…。」 「その、ありがとうございます。」 「?ん?どうしたんや急に?」 「あの時、小都華さんがいなかったら、あの子達の為に泣いてくれたから、僕は…留まる事が出来た。」 「…そっか。」 73 「そういえば、今日制服なんですね。」 「ん?ああ、受験勉強や、夏休みやけど学校で補習やっててな。」 「…そうですか。」 「あれから色々考えてな。」  そう言うと小都華は御守りと藁を取り出した。 「それ…。」 「持ってよう思ってな。  あの時、ウチはあの子に何も声を掛けてやる事できんかった。  多分、今もそうやと思う。」 「…。」 「せめてな、アレ見たんなら、生きれんかったあの子らの分くらいと思ってな。」 「…小都華さんが背負う事なんてないですよ。」 「月彦…覚えとっか?役場行った時、見せてもらった蛇と子の置き物。」 「ええ…。」 「きっと、アレ作ったひとも忘れんようにと思って作ったんとちゃうんかな。  あの子達の供養もあるんやろうけど、自分が一体、何の上に生きてるかって。  …大国のジジイはきっと忘れてしまったんやと思う。」 74 「なぁ、月彦。  あんたと伽夜子さん結構いいとこの高校行っとるんやろ?昼喰った後、勉強教えてな。」 「…いいですけど。」 振り向いた小都華の顔は…、 「ウチにはあの子達が手を伸ばせなかった未来に手が伸ばせる。  背負う訳やない、ただ…上手く言えんけど、ウチはあの子らの分も欲張って手伸ばしたくなったんや。  …ウチがそうしたいんや。」  そう言って振り向く小都華の笑顔は夏の日差しのように眩しかった。  そう、月彦には思えた。 「…今日の昼は、素麺と天ぷらですけど食べていきます?」 「お、ええな!ご相伴に預かるわ!!」  勝手な事と分かっている。  だが、月彦にはこの笑顔で何かが少し報われたのではないかと思いたかった。