こんなことを言っているけど、エルは画像の中身を見たわけではないんデス。
ただ、ネットの一時アップローダーに貼られていることだけ知っています。
このアップローダーは２、３日で消えるそうデス。ほとぼりが冷めれば、自然消滅していくはずデス。
「これマジな奴？」
「全部見えちゃってんじゃん」
「エルコンドルパサーのトレーナーだよな、隠し撮りか？」
「堂々とした下半身すばらしい」
「むほほ、いいですな……」
……信じてください。エルは見ていないんデス。
でもURLをタップする寸前で、ずっと迷っている状況デス。

トレーナーさんは何も知らずに、呑気に立ちながらタコスを食べています。
もっちゃもっちゃと咀嚼するそのほっぺに、サルサソースの赤い点々がついていました。
教えてあげるべきデスかね？　でも、混乱させるだけで根本的な解決にならないデスよね。
エルはつま先から頭頂部まで改めてトレーナーさんの全身を見つめました。
もし、服を着ていなかったら、大胸筋があって、腹筋があって、さらにその下に――。
ごくり、とエルは喉を鳴らしました。普段隠しているトレーナーさんの素顔が、今ネット上に公開されている。
そして、エルはそこにいつでもアクセスできる状態にある。
背徳感と共に、不思議な優越感のようなものが沸き上がってきました。
「エル、俺がタコス食ってるのがそんなに珍しいか？」
「い、いえ、そうじゃないデース！　あはは、エル、なんか汗かいてきちゃったなー」
「？　別に今日は暑くないが……」

ああ、もうこんなに後ろの方に行っちゃってる。
この調子だと、もって１日でしょうか。一時アップローダーの寿命は儚いデスね。
見るなら、早めに見ておかないと。ローカルに保存することも考えられますし。
「なに、悩んでるんだ？」
びっくりして尻尾がピーンってなりました。あわててスマホを胸に隠します。
って、別に焦る必要はないデスよね。何も悪いことしていないんだから。
「なんでもないデェス！　トレーナーさん、例えば、例えばの話なんですが」
「うん」
「エルの、その、不適切な画像がネットにアップされていたとしたらどうしますか？」
「あー、今流行りのAI生成みたいなやつ？　あれ困るよな。管理者に言って削除してもらうよ」
「……それだけ、デスか？」

「それだけ、とは？」
「個人的に楽しんだり、隠し持ってエルを脅す材料に使ったりしないんデスか？」
トレーナーさんは笑いました。底意なく朗らかな笑い方でした。
「そんなことするわけないだろ。そんなことする必要がない。だって」
「だって？」
「だって、もうエルの素顔を知っているから。マスクの下まで全部知っているのに、いまさらチンケな画像に心動かされたりしないよ」
エルは、すごく安易な言い方デスけど、どきんとしました。
同時に、自分がやろうとしていることの愚かさに気付きました。
トレーナーさんは少しも疑っていないんデス。あけすけで、正直。一人のウマ娘として真摯に向き合ってくれている。

それなのにエルは抑えきれない好奇心から、人のプライベートにずけずけ入り込もうとしている。
トレーナーさんの弱みを見つけて、そこにつけこんで優位に立とうとしている。
トレーナーさんは何も隠し立てしていないというのに――。
エルは画像のURLを静かに閉じました。考えてみれば、ただのコラ画像だったのかもしれません。
いいえ、もし万が一本物だったとしても、エルにとっては価値のないものデェス。
エルは、人の素顔というものにあまりに過敏になりすぎてました。
人には必ず裏があるものと思い込んでいました。
少し考えれば、トレーナーさんがどういう人なのかなんてすぐにわかるはずなのに。
えへ、エル、馬鹿デスね。大馬鹿ものデス。
「トレーナーさん、久しぶりに寝技の練習しませんか？　エル、新技を用意してきたんデェス！」
「えー、痛いのは嫌だな。でも、ほどほどに付き合うよ」
この先、エルが画像を開くことは二度とないでしょう。

「ああっ、シンボリルドルフのトレーナーが裸体を公開している！」
「ジェンティルドンナのトレーナーもポーズを取ってる！」
「ライストレがオイルに濡れて……あまりにセクシーだ！」
「悪質な流出に対抗して、公式が正真正銘の"本物"を提供」
「学園に透明性を求めた結果」
「ストレスフルな職場に見出された一筋の活路」
「先の見えない不況と閉塞した社会の中で燦然と輝く光」
「爽やかな露出狂たちの叙事詩」
「暗い話題を吹き飛ばす一陣の風」
「きらめく宝石のような肉体美」
「かぐわしく匂いたつ秘密の花園」
タイムラインがめちゃくちゃ賑わってました。
……やっぱり、エル、あの画像見とけばよかったデェス。比較できたのに。

エロ。

ねこの学園

だらしないと思われたらスカウトに差し支え出そうだし身嗜みや体型維持は大事

ひでぇ学園