「今日はなんも用意してなかったなあ」  香穂ちゃんがお昼のパンを食べる手を止めて言った。総合栄養食とかいうやつらしい。コレ一つだけで一食分の栄養がとれるのだとか。 「もしかして楽しみにしてた? ごめんねー」  小柳香穂ちゃんはわたしたちのグループ、クインテットで昼食をとるときに楽しい質問のお手紙をもっていることがある。今日はもってるって尋ねたらそういうお返事だった。  わたしはグループのキャラの深掘りみたいな感じでちょっと楽しみにしている。でも今日はそういうことじゃなくて……。 「じゃあこれ、どうでしょう!」と古めかしい装飾の封筒を取り出した。 「へえ、れな子のお題か」  王塚真唯が目をキラキラさせて手を伸ばしてくる。めっちゃ美しいのに、たまにこいつは小学生の男の子みたいな顔を見せるときがある。最近増えたかもしれない。  ちなみに真唯のランチは、カリッカリに焼いたベーコンを砕いて、マリネのサラダに和えたの。オレンジはついてないけど無糖のヨーグルトを用意している。おっしゃれー。 「ちょっと考えていたお題にぴったりの封筒見つけたから」  喜ぶ真唯にでへへ、と笑ってしまう。LOFTで見つけたの。強いな! LOFT! 「もしここがファンタジー世界だったらあなたはどんな職業? 甘織らしいわね」  真唯から手紙を受け取った琴紗月さんが中身を一瞥して天使に回す。あ、ごめん紫陽花さんだった。瀬名紫陽花さん。これがまたニコニコニコって笑うんだ! 「これ、以前れなちゃんと話してたやつだね」  そう。一学期の頃、紫陽花さんから出た話題だ。  あのときは二人で勝手にメンバーにジョブを振り分けてったんだけど、夏休み明けて真唯と紫陽花さんとの色んなことが片付いた今、今度はみんなに聞きたみたくなったんだ。 「んで、紫陽花さんは、武闘家ね」  わたしが宣言したのは、紫陽花さんが白ごまのかかったご飯を一口含んだときだった。手作りのお弁当なんだよね。かわいい。弟くんたちよ。一粒ものこしてはならぬぞ。 「ふわ⁉」  いきなり決めつけられて紫陽花さんがむせる。咳を堪える紫陽花さんの背中を、おにぎりを置いてとんとんする紗月さんと、水筒のお茶を注いであげる香穂ちゃん。  んくんく、と飲んで、ふはーと紫陽花さんが息をつく。 「どうして? 僧侶じゃなくて」驚く紫陽花さんにわたしはあたりまえみたいに言った。 「前、紫陽花さんが、武闘家になりたいって言ってたから」  そうなのだ。  以前はわたしは、紫陽花さんに「紫陽花さんは僧侶!」と断言してしまったのだ。  いや、いまでもお似合いだよ? 誰だって紫陽花さんに癒されちゃうよ? 仲間だっておけらだってモンスターだって。いや、モンスターが癒やされちゃうのはマズいけど。  でもそういうことじゃなくて、最近はちょっと考えがかわった。想像ごっこなのに、あれはダメこれはダメって無粋だよね。 「でもどうしてあーちゃんは武闘家なの? 戦うなら戦士とかでもいいじゃん」  おっとここで香穂選手の挙手だ。いい質問だね。その答えはだね……。答えは。  あーん、わかんないよ! 紫陽花さん答えて! 頼りない出題者ですまねえ!  紫陽花さんは、そうね、と考えて。 「武器をつかわなくていいから。もし敵に襲われても、拳があればなんとかなるでしょ」  にっこりして両手でぐっと拳をつくる紫陽花さんに、紗月さんが「最適コスパの選択ね」とシンプルな評価を下した。 「同じ職業がかぶってはいけないのね」  と紗月さんがもう一度ルールを見返す。そして低いいい声で尋ねてきた。 「まさか甘織、私が読書家だから魔法使いとか思ってないわよね」 「あれ? あのとき紗月さんいましたっけ。それとも魔法?」 「いないし魔法でもないわ。あなたの単純な連想から想定した簡単な推理よ」 「あの、私も、紗月ちゃん頭いいからねって同意して」 「さすがは瀬名ね。私の行動より適正を見抜いた発言だわ」  あの、紗月さん、ちょっとわたしと紫陽花さんの態度違いすぎやしませんか?  真唯は手元のヨーグルトのパックのふたを引っ張って「でも紗月は武力もあると思うよ」と私見を述べる。スポーツも結構得意だし。 「魔法戦士とか職業にあるのかな」 「魔法戦士かー。ちょーっとさーちんのイメージと違うんだよなあ」  香穂ちゃんは食べ足りないのか、ポッキーを開けながら言う。わたしはまばたきした。 「あ、紗月さん! 僧侶! 僧侶がいいと思う! いったあ!」  思わず声をあげる。紗月さんの長いおみ足がわたしのスネを蹴ったのだ。 「誰がスペイン宗教裁判の審問官ですって?」 「ごかいだよ! 蹴るのはまさかのときだよ! 紗月さんの優しさ! 人の弱点を的確に見抜いて時に癒やし、時にデスする能力からの連想だよぉ!」  わたしがわめくと、紗月は優しいからね、と真唯が加勢してくれた。うう……いつもポジティブな真唯、好き。それを聞いて紫陽花さんも手を打つ。 「それじゃあ賢者とかどうかなあ? 魔法も回復も出来るの紗月ちゃんにぴったり」  紗月さんがちょっとだけ思案してから首を左右に振る。 「賢者とはおもはゆいわ。私を呼ぶのなら、そうね、大魔道士とでも呼んでちょうだい」  バチバチ! 来たねえ!  その途端、香穂ちゃんが反応した。輝く瞳が、さっとわたしの目を見て頷く。そうだよね、あれ、あのマンガのネタだよね。 「偶然よ」  またいつもみたいに心を読んできたけど、紗月さんの耳が赤い。多分これはわたしへのサービスだ。香穂ちゃんもかもしれない。オタク特有のぉ、定型会話ってやつ。  キャラの台詞をちょうどいいときに挟むと、話題がわーっと盛り上がったりするアレ。人生で絶対使わなそうな台詞を入れると通って思われることがある。いや……痛か。  そこに紫陽花さんがかぶせてきた。 「うん。あれだよね。アニメでもなってたわよね。ダイの大冒険、だっけ?」  不意をつかれた紗月さんが停止した。紫陽花さんは笑顔のまま至近距離で追撃する。 「チビたちが好きで見てたよ。ポップ……? だっけ? 仲間想いで、嘘ついても、かっこつけようとしてて。紗月ちゃん、いま、ポップの台詞言ったよね?」 「へえ。紫陽花はそういうの好きなんだ」  真唯が感心したような声を出すので、今度テレるのは紫陽花さんの方だ。 「え、私、結構マンガとか好きだよ。ワンピースも全部見てるし」 「……瀬名、ごめんなさい。私が悪かったわ。いえ、なにも悪いことしてないけど」  カンカンカン! 勝利のゴング。  武闘家瀬名紫陽花、ついに賢者紗月をノックアウトか! なんだか紗月さんはやっちまった、と恥じているように、両手で顔をすっぽり包んでいる。 「私は恥じるようなことはなにもしていないわ。次よ、次。香穂、あなたの番」 「あたしは魔法使い。これは譲る気なかったんだ。ゴメンね」  冬の蚊みたいなへろへろ声の紗月さんから順番を渡されて、ほっとしたような声を出す香穂ちゃん。  多分夏休み前とかだと、香穂ちゃんが魔法使いって言われてもわたしは「え?」って思ったかもしれない。  でも、裁縫の腕前とか香穂ちゃんの秘密とか、いろんなことを知って、素直にそうだねって思えた。にまーっと笑う彼女は、まだ第三形態とかあっても驚かないけど! 「香穂ちゃんの魔法すごいものね。男の子も女の子にできるかも」  紫陽花さんがはしゃぐと。 「んー、女装はしたこともさせたことないけど、男装ならできるよ。あーちゃんもする?」 「あ、紫陽花さんに男装を?」  思わず、あ、紫陽花さんに男装を? って口にするところだった。いやしてたわ。  それにしてもこの可憐な天使が香穂ちゃんの魔法で男の子に! ズボン履くだけじゃないんですよ!? 「やだ、わたしお兄ちゃんになっちゃうの? おーぼーなお兄ちゃんになりそー」 「ふふふ、と笑う紫陽花お兄ちゃんにメロメロだよ!」  ふふふ、と笑う紫陽花お兄ちゃんにメロメロだよ! と思わず声に出そうになって。 「声に出てるわよ」「出てる」  紗月さんと香穂ちゃんにつっこまれて咳払いして、わたしは最後に残しておいたタコさんウィンナーに口をつける。  それにしても新たな魅力発見! ありがとう香穂ちゃん! 妄想だけでイケそうです! 「ということは」  わたしの興奮をそっちのけにして真唯が尋ねた。 「私はなにになればいいんだい?」  んー、と考えてわたしは特に考えなく口にした。 「勇者では?」    誰も直接私に反対しなかった。ただ紗月さんの眉がちょっとだけ動いた気がした。 「却下だわ。勇者の称号なんて、こいつに与えてはダメよ」  そんなこともわかんないのバーカあんた真唯小学校真唯科に行って一から学び直しなさいみたいな口調で紗月さんが宣言する。  えー、って顔しているわたしに紗月さんが説明する。 「いい? 確かにこいつはそう呼ばれてもいい女だわ。顔もスタイルもよく責任感が強く、世界は全て善に溢れていて、自分はそれを守る為に戦えるとか言いそう。  ゲームソフトのパッケージの中心にいるような女よ。  でもそれってファンタジーゲームのキャラクターというより王塚真唯の物語と私たちになってしまうわ。  気分が悪い」  一見、真唯が目立つのが気に入らない、と聞こえるような内容だけど、おそらく本意は違う。と思う。紗月さんなりの褒め言葉が混じって聞こえる。  要するに、勇者みたいなスペックをもってる真唯だけど、特別に用意された専用職じゃなくて、ありふれた職業で真唯魅力を引き出せって言いたいんじゃないかな。  だと思う。だって二人は仲良しだし……仲良しだよね?  邪推を止めて、わたしは考える。  じゃあなんだろう。召喚士…モンスターや精霊を召喚する…でも召喚されるのは誰だ? それを考えた瞬間、紗月さんから「却下」と声をかけられる。召喚されるのは自分だと思ったのかもしれない。 「そしたらみんないつでも会えるな」とか真唯が言うからあながち間違った予想ではなさそうだ。グラビアから抜け出したような美女がわたしの視線に気づいて微笑する。  この蠱惑の笑みで毎夜召喚される甘織れな子……。真唯のコマンド。よし、れな子天使のキッスだ! なんか真唯からあやしいひかりを感じる! 無理無理! 召喚は無理!  紫陽花さんは、ガンナー、ドラグーン、将軍、うーん、といろんな兵種を呟いている。 「そうだなぁ。バーサーカーとかバーバリアンとかはさすがにマイマイっぽくないしー」  香穂ちゃんの呟きにわたしは天啓を受ける。いやぴったりじゃん! それそれそれだよ。真唯は自分の意地を押し通すとこあるもんね! 狂戦士で決まり!  そう思って紫陽花さんを見るとキョトンとした紫陽花さんがわたしを見つめていた。なにこの瞳……。これ吸い込まれそう。なんで見つめてくるの?  やがてそれは真唯に伝染した。顔を見合わせた美少女が、我終生の友を得たりみたいな表情でを見つめてくる。やめろお! 見るな! 2人ともそんな目でわたしを見るなぁ! 「さて、まあそれは置いておいて」  真唯はランチボックスにヨーグルトのカップをしまいながら紗月さんに視線を向ける。 「君はなにを想像したんだい? そこまでいうからには紗月にはわたしの明確なイメージがあるのだろう?」  そうだ。紗月さんは自分から話題を振ったとき、え、知らない自分で考えれば、とか言わない人だ。もー、ちゃんと話してくださいよ。後出しジャンケンずるいなあ! 「私はいつもチョキであなたに勝利よ、甘織」  紗月さん、思考を読むのはレギュレーションで中止してもらえませんかねえ! それにそれってわたしがパーってことですか? 否定しないけど! 「とにかく真唯にぴったりの仕事よ。冒険に絶対必須でかつ不可欠で貴重なもの」 「随分もったいつけるなあ。なんだい?」 「王様。  セーブしてくれるし、わたしたちが死んだときリスポーンする貴重な場所よ」  その瞬間、いつもの王塚真唯らしからぬ表情で真唯が言う。 「せめて一緒に冒険させてくれないかなあ!」  そんな特別じゃない特別な顔をする真唯を見て、紗月さん、得意げに笑った。