妙だ。何かがおかしい。どうしてこいつら皆慌てる素振りすら見せねえんだ?何が起きているのか理解できてねえのか?ここが酒場だからってどいつもこいつも酔っ払ってやがるのか?  「テメエら!これが見えねえのか!?」  だから俺は右手のブツ ― 「保安官」を名乗るバカどもの頭を幾度も撃ち抜いてやった回転式拳銃(リボルバー) ― を人質にしたガキの頭にさらに強く押しつけて大声で言ってやった。  「このガキの頭を吹き飛ばされたくなきゃ馬を用意しろって言ってんだよ!」  クソが!俺だってこんなチンケな真似、やりたくてやってるわけじゃねえさ。だが俺はまだこんなところで終わっていいような人間じゃねえんだ!ここを逃げ延びさえできれば必ずいつかまたチャンスが…!  「とか言ってるがどうするよ?」  「俺ぁ嫌だね。この前買ったばかりのメックホースなんだ。お前は?」  「俺の相棒を無法者にくれてやれだって?冗談じゃないぜ。というかアイツ誰だ?」  「近所でギャング同士の抗争があったらしい。おおかた負けた方の一人が逃げ込んできたんだろうさ」  …だというのに一体何なんだ!?何故こうも上手くいかないんだ?今回こそしくじっちまったが俺ぁ今までずっと成功し続けてきたんだぞ!何も持たない貧乏人からギャングとしてここまでのし上がってきたんだぞ!俺を怖がるのが普通だろうが!  「てめえら、俺を舐めてるのか?!言っておくが俺はあの『保安官殺しのセーヌ』だぞ!ガキだって何人も殺してきたんだぞ!」  「お前、知ってるか?」  「名前ぐらいは。こんなやつだったんだな」  だから何なんだよ!?この気の抜けたような反応は?それともまさかガキの命なんざどうでもいいと思っているのか?もしそうなら人質に取る相手を間違ったとでもいうのか…?  その時、酒場にいた客のうちの1人が不意に口を開いた。  「ああ、そうだ。ところで『保安官殺し』さん…だっけ?一つ聞いてもいいか?」  「な、何だよ?!」  「イヒト…あー…顔に火傷の跡がある保安官に見覚えはないか?あんたに似たような男についてどうこう言ってたような気がするんだが」  顔に火傷の跡がある保安官…?そんなやつは…いや、いた。確かこの前、俺に捜査に協力をお願いできないかとか言ってきたやつがそんな顔だったはずだ。  「ハッ!誰の話かと思えば…ギャング相手にギャングを見なかったかと聞いてきたあのマヌケか!あんまりにも笑えたから適当な嘘を吹き込んでやるついでに鉛玉をプレゼントしてやったよ!」  「殺したのかい?」  「ああ!」  「だってよ、アナちゃん」  「嘘ね」  「あ?」  「あなた、つまらない嘘をつくのね」  不意に耳慣れない声がした。今まで聞いたこともないような声だった。  いや、違う。声自体は何も珍しいものなんかじゃねえ。普通の声だ。だが、何だ、これは?この背筋が凍るような感じは…?俺の背中を冷たいものが流れる。これは、冷や汗…なのか…?  そこで俺は気が付いた。今のは若い女の、ガキの声だった。ということは今の声の主は…  「お兄ちゃんから聞いたわ。悪い人から何発か撃ち込まれたけどお守りが身代わりになってくれたおかげで命は助かったって。お兄ちゃんったらね、大怪我してるくせにまず「お前がくれたお守りを壊してしまってすまない」って謝ったのよ。わかる?自分よりも私を気遣ったの。優しすぎて心配になるわ」  気が付けば俺の右手は震えていた。理由が分からない。相手はガキだぞ?しかもこうして銃を突きつけられているガキ相手に…俺が怯えている…何に?  「が、ガキがっ!舐めた口を聞くんじゃねえ!死にてえのか!?」  「だめよ。それじゃ私は殺せないわ。私を殺したいなら銀の弾丸を用意しないと」  ガキの首が回り俺の方を向いた。俺を見るその目つきはセーブナの荒野で見ることができるそれにそっくりだった。つまり、獲物を目の前にしたオオカミの…  「さっきの話の続きだけどね、私はお兄ちゃんのそんなところが大好きなの。底抜けのお人好しでいつも他人のことばかり考えているお兄ちゃん。誰よりも真っ白なお兄ちゃん。私の大事な大事なお兄ちゃん。でもね、心配なのも本当なのよ。この世には悪い嘘つきがいっぱいいるから。例えば…あなたのような」  「アナベラちゃん!」  「なぁに、マスター?」  「あー…その…何だ…ええと…あんまり店を壊さないでもらえると助かる」  「んー…頑張るわ」  その時になってやっと俺は気が付いた。セーブナを支配する弱肉強食という掟は誰に対しても平等であるということに。そして人質に取る相手をやはり間違えていたことに。  「私、お兄ちゃんと違って悪い子だから大事な人を傷付けられたらそれはもうすごくすごく怒ってしまうのよ。よくもお兄ちゃんにあんな酷いことをしたな、許さない」  俺が最後に見たのは、これから起こることに備えて耳を塞いだ酒場の客たちの姿だった。