コージン=ミレーンの日記 □月×日 ここはダスタブ国境を抜けて最初にある大きめの町。俺とライトの二人は乏しくなった路銀を稼ぐために、この町にある冒険者ギルドを訪れた。 レンハートと並び人間と魔族との共生が進んでいる国だけあって、末端のこの町でも異形の俺たちを何も違和感を持たれず受け入れてくれている…。 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「あれ、この依頼だけ妙に報酬が高いですね? 魔獣一匹倒すだけなのに何でだろ?」 ライトが数ある依頼書の中から件の物を見つけた。 「一匹でこんなに値が張るのなら相当手ごわい奴ということだ。相手次第にも寄るが一匹だけなら俺達二人掛かりで行けば楽な案件かもしれないな…」 俺は依頼書を持ってギルド職員に尋ねに行った。 「あぁそれですか…。実はその魔獣が何なのかさっぱりわからんのですよ」 受付にいた中年の職員は面倒げに答えた。 「そんな訳の分からない依頼を出していたのか? しかもこの額だ何か裏があるんじゃないのか?」 「いやぁ、元はね現場近くに小さな村とも言えないような集落があるんですが、そこに行商へ行ってる商人が集落の近くに魔獣が住み着いているから退治して欲しいって依頼だったんですよ。で、大した魔物でもないだろってことで冒険者を送り込んだんですが、どいつもこいつもその魔物の姿すら見る前に諦めて逃げ出しちまう次第で…」 「そんなことを何回も繰り返してたら、依頼者の商人さんも段々意地になったのか金は払うから絶対倒せ!とおかんむりになって、結局このお値段になったわけです…」 「意地になったと言ってもたかだか村以下の小さい集落だろ? 割に合わなすぎるんじゃないのか?」 「私もね、もういいじゃないですか?と言ってみたんですけど、全然引かないんですよ。これは私の勘なんですが、その集落に女でも囲ってたんですかね…」 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 職員の与太話は置いておくとして、その魔獣のせいで小さな集落が困っているというのなら倒しておいて損はないだろう。俺とライトはその集落を目指すべく山道を歩いていた。 「あの丘を越えた先に例の集落があるらしいのだが…」 俺が一息つきその丘を見上げた時、何かが飛来してくるのを感じた。 「よけろ!ライト!」 俺たちはバラバラに分かれ、物陰に身をひそめる。 二本、三本、飛来物が地面に着弾する音が聞こえる。一体何を投げられたのだ?と思い見てみると、それはただの木の枝であった。 いや、枝といっても長さ太さを考えればちょっとした槍ぐらいのサイズはある。 しかも槍のように真っ直ぐではなく、枝葉も無造作に生えっぱなしの木をそのままへし折ったような枝をここまで正確に投げ込むのは、どんな仕組みなのだろうか…。 俺はライトに作戦を告げる。 「二手に分かれる。俺は囮になってこの道を真っ直ぐ進む。お前は回り道をしてあの枝を投げつけている奴の場所まで周りこめ。俺が注意を引き付けるから合図と同時に仕掛けろいいな?」 「分かりました。ミレーンさんも気をつけてください!」 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ ライトが動き出したのを見計らい、俺は両の手足に魔力を込める。戦闘準備は万端だ!さぁ行くぞ! 枝を投げ入れてるであろう魔獣のいるポイントを見据えながら、俺はゆっくりと坂道を登っていく。 「来たな。だが無駄だ…」 魔獣は俺を狙って正確に枝を投げつけてくるが、逆を言えば俺を狙っているのがわかるのであれば、投げ込まれたものをかわし払えばいいだけの話である。 もちろんこんな芸当は生身の人間の頃ではできなかったのだが…。 坂道を登り続け、件の魔獣の場所まで約20mほど。近すぎるせいか投的はなくなったが、代わりに威嚇するような魔獣の唸りのようなものが聞こえる。 「なるほど、直接やり合おうってわけか…」 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 坂道を登り切り件の魔獣と対面する。そこで俺は意外な物を見た…。 「ナ、ナチアタ…」 巨大な節足類のような下半身に真っ白い素肌の女の上半身がくっついている。だがその上半身の女は俺の見知った顔であった。 彼女の名はナチアタ=コンナーニ。カンラーク時代の聖騎士の同僚であり、優秀な狙撃手で風魔法の使い手でもあった。 確かに彼女の腕なら、無加工の木の枝をあれだけ正確に投げ込むことは可能かもしれない。 だがカバネグイはあくまで姿を偽装するだけで、中身はただのケダモノのはず。確信を取れない俺はこの魔獣にコンタクトを試みた…。 「待ってくれナチアタ! 俺だ!コー…」 呼びかけのため自分の名を名乗ろうとした時、脇の茂みに追いついて隠れてたライトの気配を感じた。まずいアイツに俺の本名は知られたくない…。 「お互い故―人になったと思ってたから、生きていて驚いてるだろう。だが俺はこんな姿になったけどまだ生きている」 「個ー人的にはあまり話したことはなかったが、周りの皆からもお前の実力は聞いていたぞ」 「お前はよく孤―児んたちの世話をしていたな。俺はちゃんと覚えている…」 さりげなく名前をアピールしているのだが気づいてくれ…。 何か分かってるんだか分かってないんだか判断しづらいリアクションだな、最も生前からそうだったけど…。 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「(ミレーンさんが魔獣と何か話してる? 足止めしてくれてるのか…。あっ何かネタが尽きて困り果ててる…。これはもう限界、後は頼むって合図だよねミレーンさん!!!)」 ライトは茂みから飛び込み、右腕の刃で首を刈ろうとする。奇襲に気づいた魔獣は右手をかざして魔法を発動させた。それは強力な風魔法だった。 強力な風に煽られ失速し体勢が崩れる。魔獣の白い巨大な右腕がライトの首をのど輪締めのように掴む。 「ガハッ!」 竜化の影響で完全に異形化した右腕以外も肉体は強化されてるはずのライトであるが、さすがに脆い急所は強靭な力で締め付けられるには弱かった…。 ライトが危ない! 仕方がない魔獣としてこいつを討たねばならぬか!そう思った時…。 「もう良かろう、やめてやれ…」 ライトが現れた茂みの反対側から声が聞こえる。現れたのは一人の老人であった。 老人の言葉を聞き、魔獣いやナチアタはライトを優しく地面へと置いた。 ライトはすでに気を失っていた。 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 俺は気を失ったライトを抱え老人の後をついて行く。ナチアタも同行する。 集落に着くとそこには十数名ほどの住人がいた。壮年中年の男性、老婆、少年が2-3名ほど。ギルド職員が言うような色気のある事情はなかったようだ。 確かに歓迎されるような立場ではないが、いかにも邪魔者が来た、早く帰れというような視線は不快感がある。 ライトが気を失っている間に、ナチアタに聞きたいことを質問した。 「ナチアタ、俺はお前の聖騎士仲間のコージンだ。お互いこんな姿になっちまったけど中身は全く変わらない。お前は一体どうなんだ?カバネグイなのか?それとも昔のナチアタのままなのか?」 俺の問いかけに対し『えっ?マジ?う―ん、どうだろ?…なるほどわかった!』と意味が取れるボディランゲージをした後、彼女は握手を求めてきた。 とりあえず本物かまがい物かは分らんが意思の疎通を取れることが分かっただけでも良しとしよう…。 「で、あんたらは何しに来たんだ…?」 俺たちを連れてきた老人がそう問いただす。 「俺たちはこの集落に来る行商人の依頼で通行を邪魔する魔獣の討伐に来た。まさかそれが昔の知り合いかもしれないとは思わなかったがな…」 俺の説明を聞いて老人は苦笑しながらこう言った。 「行商人ねぇ…。ここには行商人なんて一度も来たことないよ。まぁそいつの素性なんてわしにはお見通しだがね」 どういうことだ?と俺が問おうとした時、老人は俺をある場所へと連れて行こうとこっちへ来いと手招きをした…。 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 老人の自宅に入りいくつもの妙な仕掛けを越えた後、俺は宝箱が置かれている小部屋へ着いた。 「これは…?」 「あいつ等の狙っているものはこれだよ。最も今じゃこれっぽちしか残ってないがね…」 老人は金貨が1/3ほど入っている袋を見せた。 「元はこの宝箱に余るほどあったんだがね…。住人どもを食わして行くために少しずつ切り崩して行ってたらもうこれだけさ…」 「わしはね、元はある盗賊の頭をしていたんだよ。だが寄る年波のせいで体も利かなくなって、跡目を譲ってそれまで蓄えたお宝と共にスローライフなんてのを夢見てここに住み着いた…」 「ある時、男の子を連れた一人の男がここに流れ着いた。病気で年貢を納めることのできなかった小作農だった。わしは今にも死にそうな顔をした彼を見過ごすことができず、ここで療養するように勧めた…」 「そんなこんなしてる内に戦場からの逃亡兵だの、借金で首が回らなくなったやつだの、揉め事で人を刺したやつだのが色々流れ込んできてこのありさまってわけさ…」 「そんなやつらの面倒を見る義理はないだろ。出て行けとは言わなかったのか」 「そこまで強くは言わないさ。元気になったら出て行けぐらいの程度かね…」 「元々この金はアイツらみたいな弱い者からむしり取ったという負い目もあるし、この老い先短い身が使い切れない金を後生大事に抱えてもどうだって気持ちもある。それに何より、わし自身が寂しかったから誰かにいてもらいたかっただけなのかもしれないの…」 この集落に入ってから正直何とも腑に落ちないもやつきを感じていたが、寂しかったからというとこだけはこの老人の気持ちが理解できた…。 俺もライトに出会った時に同じような境遇の仲間を見つけて、つい旅への同行を誘ってしまった。 あいつは俺と一緒にいることに対してどう思っているんだろうか…。 「この金が尽きた時やアンタが死んだ後のことは想像しているのか?」 「わしが生きてる内に金がなくなったらあいつ等に殺されるかもしれんの。死んだ後はどうじゃろ? 散々揉めた後、諦めついてどっかへ消えて行くだろうな…」 「人間どん底に落ち切った時にすぐさまやり直せと言われても無理なんじゃよ。立ち直るためのほんの少し気持ちを落ち着ける場所、それがここになればええと思うだけじゃよ…」 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 老人の前向きとも後ろ向きとも言えない覚悟を知った後、俺は聞きたいことを質問する。 「俺たちに魔獣の討伐依頼をした者はアンタの関係者か?」 「おそらくそうだろうね。食い詰めて元お頭が蓄えた金銀財宝を狙ってのことだろ。笑っちまうね…もうこんだけしかねぇってのに…」 「ナチ…いやあの魔獣はどうやって手なずけたんだ?」 「大したことはしてねぇさ。アイツが恐らく魔獣狩りの冒険者にやられてケガして動けなくなったとこをウチのガキどもが見つけたんだ。治療して飯を食わしてやったら恩にきてくれたんだろうな…何か役に立ちたいみたいだからこの集落を守ってくれと頼んだのさ」 なるほど、とりあえず状況の把握は済んだ。その偽依頼を出した盗賊どもを捕えれば万事終了ってわけだな…。 集落に戻ると目を覚ましたライトがナチアタに言葉のない精一杯の謝罪をされて困惑している。 「ちょっと!ミレーンさん!これ一体何なんですか?めっちゃ怖い!」 俺はライトにすべての事情説明をした。 「じゃあこれから全部終わらせに行くか!」 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「討伐の依頼を終えた。こいつがその証だ、確認しろ」 カウンターにハイオークの生首を置く。こいつはこの作戦のためにわざわざ山に踏み入って見つけた上物だ。 「えっ?!本当にやっちゃったんですか? すみません依頼者の方に確認を取るんでまた後日お願いします!」 翌日俺たちは手続きのためギルドに呼び出された。 「コイツは頼んでいたやつと違います! 虚偽の成果には報酬は払えません!」 眼鏡をかけたうさん臭い商人風の男が難癖をつけている。こいつが依頼人か…。 「すまんが俺たちはその魔獣の詳細を一切知らされてない。アンタがそいつを見たことあるんだったらどんな奴なのか教えてくれないか? 金を渋って難癖つけてるだけならこちらも相応の覚悟があるが…」 「とにかくこいつは違うんです! もう依頼は取り下げますからね!」 商人風の男は肩を怒らせながらギルドを後にした。 「すみません…。報奨金は出ませんが、とりあえずコイツの素材だけ買い取らせてもらうってことで勘弁してもらえますか…」 「気にしなくてもいい。金ならこれから稼ぐ…」 俺は認識阻害を発動し商人風の男を尾行した。 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「結局、ガセだったのか…」 町はずれの廃倉庫の中に20人近くの荒くれ者がいる。商人風の男の報告を聞いて憤慨したのはその首領格であったのだろう。 「こちらとしても詳細の分からない標的の依頼をこれ以上ギルドに任せるのには限界があります。何とか対策を考えないと…」 「安心しろ!今日でそれも全部終わる。死刑か奴隷堕ちかはしらんが自らの行く末を案じろ!」 俺は認識阻害を解除し盗賊の群れの中に姿を現した。 倉庫内にいた盗賊どもは殺気立ち、すでに得物を抜いている。 「悪いがこの人数では手加減できない。うっかり殺してしまった時はすまないと言っておく…」 そこからは一方的な蹂躙だった。普段、魔獣や魔王軍の連中を相手するのに比べたら、ゴロツキが何人集まっても赤子の手をひねるような容易さである。 俺の強さに恐れをなし裏口からコソコソ逃げていく奴らがいる。だがそこにはすでにライトを配置している。 「ごめんなさい。ここは通すなって言われてますんで…。右腕使うと殺しちゃうから生身の部分でぶん殴るから許してくださいね」 生身の部分と言っても竜の因子で強化された肉体は戦闘種の魔族ぐらいの強度はある。大人とはいえ人間の大して鍛えてもいないゴロツキ程度には過ぎた一撃だ。 状況は20分も経たないうちに終了した。 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「こいつはアンタらの取り分だ」 集落の老人に報酬の入った袋を渡す。 「この金はいったい?」 「この集落を狙う賊どもを一網打尽にしたのさ。懸賞金の方がギルドの報酬よりも大幅に上回ったんで、あんたらの取り分も渡しに来た。元々あんたにここの事情を聞かされてなければやろうもしなかった話だしな」 老人が感謝の意を述べる 「気にするな。ナチアタも世話になってるしな」 「で、ナチアタこれからどうする。もうこの村を守る必要はなくなったわけだが…」 ナチアタはどうしようかな…というボディランゲージをする。 「だったら僕たちと旅しましょうよ! 僕だって一人で当てもなくさまよってたけど、ミレーンさんと合流してからは自分にできることを見つけられるような気がしました! ナチアタさんだって、ひょっとしたら自分が今の姿になった意味を見つけられるかもしれませんよ!」 ライトの誘いにナチアタは力いっぱいハグをして答えた。 「ちょっ…!待って!キツイ!死ぬ…!!!」 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 集落からの帰りの道中ライトはこう聞いてきた。 「あそこの人たちこれからどうなるんですかね?」 「知らんよ。爺さんの自己満足とそれに集る穀つぶし共の集まりだ。ああいう連中はケツに火が点くまで何もしないもんさ。俺たちにできることはやってあげたんだ、もういいだろ…」 俺はどことなく胸につかえていたはっきりしない感情を吐き出した。 「仲間も増えたからこれからの方針を少し考えないとな。とりあえずはドラグランド捜索か…。ライトはどう思う?」 「まずナチアタさんに服を着せませんか…」 魔獣になったとはいえおっぱいモロだしの姿は、思春期の少年には刺激が強かった。