「ワシに教えられることは全て教えた、だがお前にはまだ欠けているものがいくつもある。これからの旅はそれを見つけるのが課題じゃ…」 そう言うと師匠は私に一振りの太刀を与えてくれた。私に欠けているものが埋まった時にこの太刀は鞘から放たれ、それが免許皆伝の証となると告げた…。 極東に住む師匠の元を離れ早〇年、未だ背中の太刀を抜けぬまま強者を求め彷徨う毎日、そんな中私はあの男と出会った…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ とある地方都市にある食堂の片隅、一人で食事をする男に向かって少女はこう言った。 「貴様はヤン=デホムだな? 私と勝負しろ…」 食事中の男、ヤン=デホムはめんどくさげにこう返す。 「俺はお前など知らぬ。勝負する謂れもないし、ケガしたくなければとっとと失せろ…」 「私の名はスパーデ=ディ=レンハート、レンハート王国第三王女だ。レンハート王家不倶戴天の敵である貴様を見逃すわけには行かない」 スパーデの力強い物言いにヤンはため息をつきながら返す。 「俺の相手はユーリンだけだ、そのガキには用はない。どうしても俺を殺したいというのなら、家に帰って親父を連れてくるんだな。世間知らずのお嬢様をイジメる趣味はない…」 お嬢様と言われスパーデは憤慨の表情を垣間見せながらこう返す。 「貴様に用はなくても私にはある! △年前の聖子園大会! 貴様が襲撃を予告したあの日のことを覚えているか!」 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ (回想:△年前) スパーデ「観覧を中止するですって?! せっかく私の晴れ姿を眼前でお見せできるというのに!」 ユーリン「しょうがないだろ。ヤンの奴が聖子園を襲撃するって予告状を出してきやがったからな。あのアホはただの構ってちゃんだから、俺は行かず相手にしないのが一番波風立たないんだよ」 スパーデ「でも父上ならヤンなど出てきても簡単に倒せるはずでしょ? 何ならこの私が奴を仕留めてみせます!」 ユーリン「俺とアイツが戦えば、俺が勝つにしても周りには大きな被害が生ずる。それにスパーデ、お前とヤンが戦ったら…お前死ぬぞ」 あの時の父上の強く冷徹に放つ物言いは生まれて初めて見た姿だった…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 「そういえばそんなこともあったな。ユーリンの奴が来ないから興ざめしたんだっけ…」 「でも良かったじゃないか。優勝した後にマスクドDにボコボコにされて、無様に地面這いつくばってた姿を親父に見られなくて」 ヤンは嘲笑しながらこう返す。 マスクドD。通称聖子園の魔物とも呼ばれる怪人物。 優勝者が決まった後に突然現れ勝負を挑みあっけなく倒すと「お前には聖剣を受け取る資格はない…」と言い放ち去っていく。 この男を倒せた者は聖子園の歴史上未だいない。 私の人生、こと剣に関しては父ユーリンに手ほどきを受けて以来負けを知らなかった。 それは勇者学園入学後も同級生、上級生、講師、対外試合でも常に私の前には勝利しかなかった。 その自身にとって初めてかつ最大の屈辱である敗北をこの男に見られていたのか…。 「貴様まさか見ていたのか…?」 「そりゃ見ていたよ。いつどのタイミングでユーリンの奴が現れるかわからないからな」 「そうか…見ていたのか…。貴様だけは殺す!!!!!」 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 店を出て裏手にある広場のような空き地に移動する。勝負の前に私は果し合いの作法通り名乗りを上げる。 「我が名はレンハート王ユーリン=ディ=レンハートが娘にして、レンハート王国第三王女スパーデ=ディ=レンハート。王家の仇敵ヤン=デホムよ、いざ尋常に勝負せよ!」 「俺の名は…お前が散々言ってたから別にいいか…。分かり切った勝負だしハンデをやるよ俺は片手しか使わないでやるから来な…」 下種な男め…果し合いの作法も知らんのか…。まぁいいこんな勝負秒で終わらせてやる。 初手は私の最大の得意技・瞬足の居合を放とうと刀の鯉口を切った。 奴は右腕に剣を持ったまま構えも取ろうとしない。それどころか明らかに動きの邪魔になるであろう長い外套も身に着けたままだ。 そうか…そんなに私を舐めているんだな…。 呼吸を整え奴の動きを観察する…全く変わらない。もういい一気に決める! 「ムンッ!」 気合一閃と同時に居合を放つ。私の居合は気功による身体強化を合わせた縮地により間合いが驚くほど伸びる。 抜刀の速さ太刀筋ともに会心の出来、だが肉と骨を断ち切る感覚はそこにはなかった…。 奴は私の居合をまるで往来を通行する人を避けるかのように無造作にかわした。 会心の一撃をかわされ気は動転する。いや今のはまぐれだ、より早くより手数を出せば切り伏せることはできる! 真向!横薙ぎ!袈裟切り!突き!幾度となく刀を振るうも奴はいとも簡単に避ける。 まるで宙に浮かぶ綿毛を切ろうとしてるのに、綿毛はその風圧で飛ばされていくかのように…。 「どうした?もう終わりか?」 もう飽きたかのようにあくびをしながら奴は言う。 「卑怯だぞ!避けてばかりで!勝負しようという気はないのか?!」 後から思い返すと実に無様な言葉だった。一太刀も浴びせられない怒りがこう言わせたのだろう。 「そうか。じゃあ俺からも行くかな…」 奴はそう言うと無造作に近づいてくる。何をする気だ?と思考を巡らせようとした瞬間、奴は一気に距離を詰めてきた。 右手で持った剣を所謂テニスのバックハンドのように横薙ぎに切りつける。 ガードをしようと刀を構えたが、奴の剣はその隙間を縫い私の二の腕を傷つける。 そこから先は一方的な展開だった…。 両腕、両足に致命傷にならないまでも無数の切り傷が生まれる。 しまいには刀を握る右腕の親指を切られると保持することもできなくなり、刀を落としてしまった。 「これでもうわかったろ。お前の太刀筋、型、体捌きは申し分なかったが、これはよほどいい師匠に恵まれたんだろうな。だがなユーリンとこのガキ! 肝心のお前自身が全然だめだ」 マスクドD、師匠に継ぐ人生三度目の完敗であった…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 宿の部屋の中で座禅を組み瞑想をする。果し合いで付いた傷は食堂に居合わせたヒーラーに金を払い治してもらった。 先の勝負を回想する。自身の体調や動き自体は問題なかった、むしろ好調とも言っていい具合だろう。だが奴には通じなかった。 ならば実力の差?確かにそれはあるかもしれないがそれを認めてしまっては先に進まない…。堂々巡りの思考を繰り返す中で、私は師匠の言葉を思い出す…。 「他人と対峙しどうしても分かり合えないと思ったら、まずは相手の気持ちになって考えてみるんじゃよ。人にはそれぞれの理屈ってもんがあるから、それを読み解けば折り合える部分も見えてくるからのぉ…」 あんな奴の思考など理解したくもないが、まぁいいやってみよう…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 奴は初対面から果し合い中もしきりに煽るような言動をしてきた。その意図は簡単だ私を怒らせ平常心を奪うためであろう。 現に私は冷静さを欠き、初手の居合を避けられた後は焦りも加わり持ち直すことはできなかった。全く恥ずかしい限りである…。 だがその後も奴は私の太刀をまるであらかじめ読めていたかのように避けていた…。奴は先を読める能力者?いやそんなはずはない。 そんな力があるならわざわざ煽って平常心を欠かせるような小細工をする必要もないのだから。 逆に私が相手の動きを予測するのならどこを見るか…。 人は何か動きを始める時には必ず挙動というものがある。視線、筋肉の動き、息遣い、気配…。 そう考えれば果し合い中の私は一切隠そうともせず、次はどこ行きますよと自分から教えていたようなものだろう。これは恥ずかしくて師匠に顔向けができない…。 次はあのガードをすり抜ける見えない剣だ。仮にガードを無効にできるのなら正中線にある急所を断ち切ってすぐに終わらせることもできただろう。 それをせずに弄るように手足を傷つける…これには何の意味が…? 私は奴が剣を片手で持っていたことに注目した。 手首の使い方か! 私は片手で刀を振るってみて奴の動きの再現を試みた。 その結果得た答えは片手剣ならではのメリット、手首の返しで剣の軌道を寸前で変えているということだった。 さしずめ格闘技で言うところのブラジリアンキックのようなものだろう。 だがこの技にはデメリットもある。傷を負わすことはできても断ち切るところまで行くには軌道を変えた分のロスで威力が足りないのである。 だからかすめただけでもダメージが深く見える手足の末端部に集中していたのだろう。 こうして思考をトレースして仕込んでいたタネを読み解くと、奴は実に周到で恐ろしい男であることがわかる。 何より奴を捉えることができなかった一番の理由、それは極力挙動を見せないということであった。 あの長い外套も口元や構えや筋肉の動きを見せないためのものであろう。そして視線も俯瞰で広く取る事を意識しているため狙いを逆読みしにくくなっている。 こうして私の落ち度も奴の手品のタネもわかった、だが勝つためにはそれだけでは行かない…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 10日後、同じ食堂にて。 「ヤン=デホム!貴様に再び勝負を挑む!」 「なんだまたユーリンとこのガキか。お前じゃ何回やってもコテンパンにされるだけだから、さっさと帰って花嫁修業でもしてろ」 「煽ろうとしても無駄だぞ。今度はこちらも準備はしているからな。それに私の名はスパーデだ。貴様も老人ボケになるにはまだ早い年齢だぞ」 前回とは違い今回は動きの邪魔にならない程度のアーマーを腕や足に身に着けている。 前回と同じ食堂の裏手にある空地へと移動する。 「おい!今日は名乗りいいのか?」 「人の名前も覚えられないようなボケ老人に名乗る必要もなかろう」 「言ってくれるな…、予習復習はもう済んでるってわけっ!!!!!」 奴は軽口を終える前に奇襲ともいえるタイミングで攻撃を仕掛けてきた。 奴の放つ突きを左斜めにすくい上げ払う。払われ上げられた勢いを利用し、奴は左袈裟切りで私の右腕を狙う。 防御のために構えた刀の隙間を縫って右腕を切りつけるが、残念そこはアーマーだ! これが対処法その1、奴の狙いどころである手足にはアーマーを纏う。当然ながら奴はその隙間を狙ってくるから、防御自体は隙間の箇所に集中すればいいという寸法だ。 距離を取り、正眼いわゆる中段の構えを取る。あらゆる攻撃に対処可能な基本の構えである。 「小細工は通用しないようだから、少し本気を出させてもらうぞ」 そう言い放ってから奴が繰り出す連撃はスピード、威力、コンビネーション、どれも昨日とは桁違いだ。 だが私はそれを正眼の構えから冷静に受け流す。時折フェイントを仕掛けてくるが、それにも騙されず淡々と受け流す…。 これが対処法その2、無我の境地と言いたいところだが、私にはそこに達するまで力量はまだない。 なので私は今まで仕合ってきた記憶を思い出し、こう来たらこう返すのコンビネーションを何十いや何百とノートに書き出し、それを繰り返し剣を振るいイメージトレーニングすることで、何も考えずとも体が動くまでに覚え込ませた。 名づけるならさしずめオートガードとでも言ったところだろ。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 奴がいくら打ち込んでもオートガードで防げるが、逆に私は奴に仕掛けることもできない。果し合いは膠着状態に入っていた…。 「全く埒が明かないな…千日手ってやつだな。こういう時はどうすればいいか知っているか?」 なるほどそれは私も知りたい。 「帰るんだよ。じゃあな…」 私があっけに取られ「おい!待て!」と追いかけようとした瞬間、奴は振り向きざま横薙ぎに切りつける。 やられた…これも奴のブラフか…と後悔したが、『残心』つまり体に染みついてたオートガードはまだ生きていた。 横薙ぎの剣を下からすくい上げるように払い、その勢いを利用して返す刀を上段の唐竹割りで一気に断ち切る…はずだった…。 ヤンは両の手で剣の刀身を持ち上段切りをガードしていた。鍔迫り合いという状態である。 だが上から押しつぶす態勢となっている私の方が有利であることは確かで、力で押され奴は片膝を突き必死にこらえる。 もう少しで刃が奴の首に届く…。一気に押し切ろうと気合を入れた瞬間であった…。 つかえていた物が突然無くなるような感覚が生じ、私は地べたへ倒れ込んでいた。私が気合を入れた瞬間に合わせ、ヤンは剣を捨てて身をかわしたのである。 私が奴を探そうと立ち上がろうとした瞬間、みぞおちに鋭い衝撃を食らう。ヤンは自身の剣の鞘を使って私の腹部に強烈な突きを入れたのだ。 顔面KOは天国、ボディブローは地獄の苦しみとも言うが、私は声にならない叫びを上げながら苦悶した。 「まさか俺に両手を使わせるとはな…。お前を侮っていたことは謝罪しよう。だがこれでわかったろ! 何度やっても無駄だから俺の前に姿を現すな、スパーデ!」 なんだ…人の名前ちゃんと覚えてるじゃないか…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 他の町へと続く道中を行くヤン=デホムから10mほど後方に、歩みを同じくするかのように一人の少女が歩いている。 「おい、俺は昨日もう姿を見せるなと言ったはずだが、何で付いて来る?!」 「付いてなどはいない! 私は貴様を倒すまでは国元に帰らないという誓いを立てたから、いつでも貴様を仕留められる位置をキープしているだけだ!」 「そんな無謀な誓いを立てたら、本当に一生国に帰れなくなるからやめとけ」 「あのたった二度の戦いで私は貴様との差を少しではあるが縮めることができた。この分で行けば1年いや1カ月もすれば貴様を倒して、国元に帰ることができるだろう。だから貴様には私の剣の糧、いや生贄になってもらうぞヤン=デホム!」 「全くユーリンとこのガキが…。娘が親父のストーカーのストーカーに成り下がっちまったって聞いたらユーリンのやつ泣くぞ」 「そこに関しては心配するな! 昨日父上にこの件に関しての手紙を送っておいたからな。きっと誓いを果たすまでは帰ってくるなと送り出してくれよう! ところで今日は名前で呼んでくれないんだな?」 ………… (レンハート王城内・国王執務室) ユーリン『お父さん!そんなの絶対許しませんよぉぉぉぉ!!!! おのれヤン!お前だけは絶対俺が殺す!!!!』 ―――――こいつが付いてくるなら、ユーリンの奴その内怒り狂って出て来るかもしれねぇな…。 そんなことをふと思ったヤンの口元にかすかな笑みがこぼれたのであった。