満月の夜。 月の見える丘で少女は呻く。 卑しい獣の衝動が、私の身を灼き焦がす。 「うぅ……!そんな事を願っては……駄目なのに……」 はしたない、と。 そんな短い言葉すら紡ぐのが難しいほどに。 中等部のまだ幼い自分の体を強く抱きしめる。 それでも震えは止まらない。 気を逸らす為にのあの方の姿を思い浮かべたが…それは失敗だった。 少し寝癖が付いてぴょんと跳ねた髪。 シワが残っているYシャツ。 目元に薄っすら残っているクマ。 苦痛の中においても頬が少し緩んでしまうほど、幸せな日常。 同時に少しずつ積もっていった欲望。 「私が何を……偉そうな事を……!」 自虐するも内なる声はそれを嗤った。 ――違うでしょう? 獣は囁く。 自分が遠のいて、主導権が奪われていく。 瞳が熱く、変質していくのが分かる。 "私"は失われ、紅く美しい世界が顕現した。 開放された獣は歓喜し、叫ぶ。 ああ……とうとう目覚めてしまったのだ。 誰にも明かせない秘めたる本能!! 「ああッ!!――――――甘やかしたいッッ……!!!!」 母性本能が。 「……というわけなんです」 「なるほど?」 食堂で午後のアフタヌーンティー。 吐露されたスティルの悩みを全て聞き終えた。 ガタッと遠くで胸の豊かなウマ娘が反応したが無視。 「"強者と競い合い、喰らいたい"という本能以外のものも目覚めてしまったというわけだね?」 「はい……年下の私がトレーナーさんにこんな気持ちを抱くこと自体、失礼だと分かっているのに……」 申し訳無さそうに目を伏せる。 「スティルは優しいからね。そんなにおかしいことでもないと思うよ」 ケーキを口に運ぶ。 動揺は見せず、彼女が思い詰めないようにしないとな。 正直は意味は分からないんだが。 「そうでしょうか……あっ、口元にクリームが……」 スッっと前に乗り出して、指で俺の口元についていたケーキのクリームを 指で拭い舐め取る。 「ふふ……かわいい……あっ、ご、ごめんなさい!」 「あ、ありがとう」 不意な行動で反応できなかった。 「トレーナーちゃん」 「えっ?なんだって?」 「トレーナーさん。今後もしかしたら失礼な事をしてしまうことがあるかもしれませんが」 「あ、ああ分かってる」 すべて本能のせいだね。本能が悪いね。 「だけど流石に人目につくのはまずいかもしれないな」 「ええ……なのでよろしければその……」 もじもじする。 「何でも言って欲しい」 「!………はい!」 花が咲いたような笑顔と優しい瞳。 ああ、やっぱり君は笑顔こそが 「二人のときはママって呼んでいただきたいんです」 子供を見る目だった。 「ぃいよぉ?」 声が裏返った。 「あっ……私がしたいというわけではなく、ですね……普段から少しずつ解消することで 本能の不満を解消していければと……」 「そそうか」 ティーカップを持つ手の震えがとまらんぜ。 「……ご迷惑です……よね」 「いや。大丈夫だよ」 ノータイムで返せたが不安すぎる。 一体どうなってしまうんだ俺達は……。 頭痛がした。 ふと、視線を感じて後ろ振り返る。 「……」 アドマイヤグルーヴが無言で腕を組み、遠くからこちらを見ていた。 こちらに来るでもなく、しばらくするとどこかに行ってしまった。 何すか。