「ん、んんっ…… ぁー……ーっ」
軽く喉の調子を確かめ、髪を触る。
……悪くない、いつも通りの少し高めの音。普段通りの声が出ている……、自分では思
う。
茶色い自分の髪の調子も、部屋を出る時に確認した通り。普段と変わらず、……いや普
段より少し気合が入ったままで、調子は悪くない。
「こほんっ! |来兎《らいと》ー! いるー? 入るわよー!
簡素な扉。
刑務所の囚人部屋の扉を思わせる金属製の扉越しに、私は声をかけ、戸を叩く。
普段ならば、部屋の前を巡回している警邏の人間もいるのだが、一仕事を終えたのを理
由に、無理を言って暫く時間を作って貰った。
暫くは、この部屋には誰もやってこな……二人きりの時間、という訳だ
「おう、|呉香《くれか》か? 開けられるんだろ、入って来いよ」
「んっ……
中から帰ってきた声に、私は預かっていた鍵を扉に差し込み、鍵を回す。
ガチャリと、軽い音を立てて扉のロックはあっさりと外れてしまった。
あっけない、あまりにも簡単に出来てしまったソレが、逆に私の戸惑いを高めるようで
……自分でも訝しみたくなるほど、ドキドキした気持ちで、取っ手を回し、扉を開く。
「よう……どうしたんだよ? 面会の時間って訳でもないだろ?」
「ま、ね。ちょっと特別に時間作って貰ったのよ……元気してる?」
「ハッ……元気もクソもあるかよ。UGN の狗やって、あとは囚人生活だぞ? ……お前の顔
でも見なけりゃ、元気の一つも湧きゃしないさ」
ベッドの上に寝転んでいた、尖った金髪をした男。|羽場見来兎《はばみらいと》は、
私が顔を覗かせると、身体を横向きにし、暇そうにしていた顔から一転、少し皮肉さを交
えながらも強気な態度で笑ってみせた。
……どうやら、理不尽な目になどは合っていないらしい。そのことに私は安堵しつつも
、彼の皮肉に正論を返していく。
「文句言ってんじゃないわよ! 本来なら、処理班に処理されるなり、冷凍刑にされ
るなりだった所を、保護観察処分扱いでチルドレンとして様子見して貰えてるだけで儲け
物なのよ? ……そんだけやらかした自覚くらい、あるでしょ
「分かってるさ。だからこうして、甘んじて罰を受けてるんだろ。……少しでも救われる
チルドレンが増えるのならって、前提の上でだけどな」
……私も、アンタが教官にしたこと、忘れたつもりもないし。……ほんと、今の処分で
謝しときなさいよ」
「そう、だな……。ヨギのことは……いや、いい。分かって……あぁ、言葉で反省したつも
りになる気はない。……負うべき、罪なのは自覚してるさ」
一瞬、気まずい沈黙が私たちの間に流れる。
ミサイル強奪、自衛官の殺害、教官の……UGN エージェントの殺害。
大きな物だけでも3つ、これでよくこの処分で収まったものだと、私ですら思う。
……私が泣きついてお願いしたことが、この結果に繋がったと思うのは傲慢かもしれな
いが、その一部ではあるのかもしれない
教官のことは今でも複雑だし、自衛官の殺害に関して……ジャームになっていたとは
いえ許せるものではないが。
それでも……私の中に感謝の思いが湧いてしまうのは、私が愚かな女だからだろう。
本来ならば UGN では決して許されない彼が、ここに……チルドレンとして、再び私の前
にいるという。この現実……信じられなくて、何度も疑いそうになる。
そして、疑うたびに彼の存在を確認し……どうしても、感謝と安堵の思いが、湧いて
しまうのだ。
「あー……それで、今日は何しに来たんだよ? に会うのは、決まった時間とかだけの
はずだろ?」
「あ、えっと。……ちょっと、一仕事終わったからね。報酬を兼ねて、アンタに……その……
気まずさを誤魔化すためか、来兎の目が私に向き、問いかけてくる
その目の強さに、どうして来たのかを見透かされてしまっているような気がして、ドキ
リと私の胸が高鳴った。
思わず、しどろもどろに言葉を返してみせたが、段々と声は小さくなっていき……
「報酬で……俺に?」
……そ。……会えないかなって、ちょっと、交渉したら……時間貰えて、だから」
どうして来たのかの答えを言わされていくと、途端に羞恥が顔に昇ってくる。
自分の頬が熱くなり、赤くなっていっているのを自覚しながら、つい顔を逸らしぽつぽ
つと告げていく……ギシ、っという音がベッドから鳴ったのが聞こえた。
驚いて視線を戻せば、すぐ目の前に彼……来兎が立っていた。
…………ったく!」
「きゃっ!? も、ちょ、いきなり何っ!? ちょっと、抱きしめないでって!」
「無茶言うな! そんな可愛いこと言われて、呉香を。惚れた女を抱きしめずにいられる
かよっ!」
ぎゅうと、強い力で彼の腕が私の背中に周る。
厚い胸板に、私の顔が押し付けられ……彼の匂いが、呼吸をするだけで感じられた。
少しだけ汗っぽい、けれど不快ではな……彼の匂いと、人間のような熱さをして
る彼の体温を。
「んっ、むっ、バカっ! 馬鹿力で抱きしめるんじゃないって……あぁもう、ちょっと放
して! 苦しいっ!」
「ハハ! 悪い悪い 嬉しくて、ついな! れ、これくらいでいいか?」
「む……。まぁ、これくらいなら
背中に周った腕の力が緩められ、押し付けられる顔に彼の顔を見上げる余裕が出来る。
出来た隙間からそうして彼の顔を見ていると、子供のようなキラキラとした瞳が私を見
下ろしていた。
……喜びすぎ、バカ。……にしても、すごいわね UGN。まさかアンタの身体、ここまで治
すなんて」
「あぁ。それに関してだけは俺も感謝してる……ま、中身は殆ど機械なのは変わらない
けどな? ……培養した人造パーツで、人としての機能を取り戻せるとは、思わなかっ
彼の温もりを間近で感じながら、改め UGN の技術力……特にレネゲイドに関しての
術には感心させられる。
機械として身体の殆どを失っていた彼を、僅かに残っていた細胞から最低限の臓器を修
復。
殆ど機械なのは変わらないとはいえ、それを入れ替えることで人としての感覚を取り戻
せる所まで状態を安定化させるとは、流石に夢にも思わなかった。
「前の身体じゃ、呉香に触れててもあまり感触も分からなかったしな……こうして触れ
合えてるのをはっきり感じられる。これだけでも戻ってきた価値はあったと思うぜ」
……調子乗り過ぎ。どんだけ私に依存してんのよ、ったく」
彼の軽口に、苦笑をしてみせる。
すると、見上げる彼の口元が、きゅっと強く結ばれた
……冗談だと思うか?
「え……?」
ふいに落とされる問い掛け。
見つめてくる瞳は、何処までも真剣そのもので……そんな目で見られていると、いやで
も胸の鼓動が高まるのを感じてしまう。
「俺に会いに来てくれたってことは……自惚れだなんて、思わなくてもいいよな? なぁ
、呉香……
「来兎? ちょ…………まっ、んっ!」
彼の顔がゆっくりと下りてくる。
拒否するのならば、拒否しろ……そうするだけの時間は与えると、そう言外に言ってい
るようであった
私は、その近づいてくる彼の瞳と唇を、視界いっぱいに広げながら文句を言おうとして
口を上に向け……結局言わずに、そのまま閉じて、彼を待つ。……瞳も、一緒に閉じなが
ちゅ……
小さな、水音が響いた
……良かった、嫌がらないんだな」
……バカ、もっとムード作りなさいよ。アンタは……っ」
唇を触れ合わせるだけの、淡いキス。
ざらりという彼の唇の感触が消えてから目を開くと、悪戯に成功したことを喜ぶような
、子供の笑みがそこに広がっていた。
それが、なんだか無償悔しくて……恥ずかしくて、つい悪態をついてしまう。