サンク・マスグラードの森。雪つもる白銀の野。雪が音を吸い、静寂に包まれる地に、轟音が響く。 傾き、倒れていく大木。その根元に男が立っている。雪国らしい厚手の服で身を覆い、その奥から激しい怒りに満ちた目が光っている。 彼が斧を振るう度、一本、二本と木が倒れていく。彼の名は、オサケスキー。 彼の酒樽(たからもの)に手を出そうとした者がいる。それは許されざる行為であった。 倒れていく木々の間を縫い、女が飛び出してくる。露出こそ少ないものの、雪国には少し薄手の修道服。その顔に微笑みをたたえ、その手には斧が握られている。 その斧をオサケスキーへと叩きつける。しかし、その一撃は彼の斧で受け止められ、女の腹へ蹴りがとぶ。女はそれをひらりと躱して距離をとる。彼女の名は、シスター・アンノル。 彼女は困惑していた。悪(さかだる)をぶち壊すのに、ここまで抵抗されたのは初めてだった。いや、抵抗された事はあったが、これほど強い相手は初めてだった。 有り体に言ってしまうと、面倒臭い。とシスター・アンノルは思った。 オサケスキーの斧がシスター・アンノルに迫る。しかし、身体を捻り翻し、その一撃を避ける。ふわりと金色の髪が風にのる。 単純に素早く力強い斧捌きが彼女を狙う。一撃一撃が重く、まともに攻撃をもらえば、ひとたまりもないことが分かる。 シスター・アンノルの斧がオサケスキーを捉える。しかし、その一撃はオサケスキーの斧に受けとめられる。続けて繰り出されるシスター・アンノルの追撃を、オサケスキーが薙ぎ払いで弾き返す。 一度体勢を立て直しつつ後ろへ飛び退くシスター・アンノルへ、オサケスキーの斧が迫る。 先程から似たような事の繰り返しである。両者は思っていた。この打ち合いを続けても (埒が明かん……!!) (ジリ貧ですね……) 先に動いたのはオサケスキーの方だった。 数度の打ち合いの末、距離を取ったシスター・アンノル。その時、オサケスキーの身体が大きく膨らみ、彼は、火を吹いた。 「…………!!!??」 予想外の出来事にシスター・アンノルの反応は遅れ、火に飲まれた。 火にまみれ、吹き飛ばされ、転がっていくシスター・アンノルに、オサケスキーは一歩踏み出す。 様子見はしない。追撃し、確実に仕留める。そう判断した、その時、 「天鐘」 周囲にシスター・アンノルの声が響く。 「燃ゆる円環」 何かを詠唱している。おそらく神聖魔法。 「聖都の楔」 聞いたことの無い詠唱。だが、 「其は、神罰の代行者」 回復の類で無いことは解った。 『ジャッジメント・レイ』 瞬間、オサケスキーの上空より光の柱が降り注ぎ、周囲を焦土と化した。 蒸発した雪と舞い上がる土煙が周囲を包む。 シスター・アンノルは身体に燻る火を払いながら、神に祈る。 「主よ、感謝します……」 警戒は解いていない。あの男は強い。今の攻撃を避け切り、反撃してくる可能性は十二分にある。 ならば、おそらくは、横か後ろ。土煙に紛れて不意をついてくる。そう判断した、その時、 オサケスキーが、土煙から飛び出してくる。真正面から。 「っ…………!!?」 攻撃を避け切ったのではない。受け切ってきた。 オサケスキーが斧を振り下ろす。 轟音が響く。地面が揺れる。土と雪が空高くへと舞い上がる。 戦いは、終わらない。 ――― ―― ― ― ―― ――― 戦いが、終わらない。 予想外に長引いているし、想定外に周りに被害が出ている。 そろそろ二人を止めないとマズい。このままでは決着がつく頃には周囲は更地になっている。 とは言うものの、迂闊にあの間に飛び込めば、隣で気絶しているバニラのようになるのは目に見えている。 仕方ない、と『無名(あなた)』はため息を吐く。 「フカタロウ、あれ止めてきて」 「…………えぇ!!」 突然の無茶振りに小さなサメが驚いて、振り返った。