オカマがカレーを食べる話 「あっっっついわねぇ……」  ヘカトン明美が心底うんざりと言った様子で天を仰いだ。  彼女の頭上では白昼の太陽がギラギラと輝き、季節外れの強い日差しを投げかけている。 「今週ずっとこの暑さららしいわよ」  それに応じたのはヘカトン明美を姐さまと慕うケルベロス朋子である。  サカエトル地下を拠点に暗躍する盗賊ギルド『宵の明星』に属する二人。  普段は「化粧ノリが悪い」だの「姐さまが行かないならボクも」と言って地下から出たがらない二人だが━━ 「迷惑な奴らよねぇ、拠点丸ごとサウナにするなんて」 「ちょっと朋子!サウナなんてやめて!聞いてるだけで暑くなっちゃうわぁ〜」  つい先日のSSSによるサカエトル地下サウナ化計画によりギルドは半壊、未だロウリュ噴き出る拠点にはとてもじゃないが居られないと街へ繰り出し今に至る。 「しかし、こうも暑いとアレね」 「アレ?」 「カレー……食べたいわね」 「この暑さに!?」 「この暑さだからよ!」  いまいちピンと来ないケルベロス朋子を尻目にヘカトン明美は周囲を眺めた。  サカエトルの市井は酷く賑やかで、立ち並ぶ露店からは往来の人間を捕まえんと威勢のいい声が飛び交い、もはや通りを挟んで喧嘩をしているに等しい。  しかし決して不快なのではなかった。皆自身の利益のために声を張っているに過ぎないが、それら個々の力が渾然一体となりサカエトルの喧騒を形成している。  数日前に地下から高温の蒸気が吹き出し、それを追って巨大ロボットが現れ街で格闘戦を繰り広げたとしても何ら変わらない。逞しく生きる人々の活力がそこにはあった。 「なんだかカレーみたいじゃない?」 「………それって良い意味なの?」 「カレーなんだから当然、良い意味よン💜!あぁ〜ん、もう完っ全っにカレーの口だわぁ〜、行くわよ朋子!」  ヘカトン明美はもはや流れ落ちる汗で化粧が崩れるのも厭わず市井の波に身を投じた。  季節外れの猛暑の中、これから胃の腑に一層熱を込めようと言うのだから気にするだけバカらしい、そう思ったのだろう。 「んもぉう!待ってよ姐さま!」  それに続いたケルベロス朋子もまた、熱々のカレーに口内を蹂躙される期待感に胸を膨らませるのであった。  カレー。  それはインド発祥の煮込み料理。  様々なスパイスと食材を掛け合わせることにより生まれる独特の香りと奥深な味わいは、カレーと一言で形容するには困難なほどに多種多様、しかしそれこそがカレーである。  古き時代、魔王の台頭と共に活発となった冒険者と共に世界を巡り、時にその土地の風土に合わせ味を変え、時により手頃に手軽に姿形を変え広く普及していった。  それはもはやインドで生まれたカレーとは異なるものだったとしても、多種多様な姿を持つカレーであるが故にそれもまたカレーの歴史なのである。 「っていうのを踏まえて!これから行くのはガツンとスパイス本格インドカレー店よ!」 「……明美姐さまがカレー通だったなんて知らなかったわぁ」  感心するケルベロス朋子を尻目にヘカトン明美の説明は続く。