「ほほう…！」

豊かな髭を蓄えた魔族の老人、オクゲはその料理を一口食べると、思わず感心の声をあげた。

品の良い古伊魔里の皿に乗っているのはとある魚を焼いたもの。言うなればただの焼き魚だ。一見した印象のみをもって質素な料理と表する者さえいるだろう。では何故この料理はオクゲを、ありとあらゆる贅を尽くしてきた食道楽の魔貴族を唸らせたのか。その答えは簡単だ。

とくと見よ、この虚飾の無い美しい一皿を。食材の味を活かしたと豪語するのは簡単だが、真の意味でそう語るに値する料理を出せる店は決して多くない。それは選び抜かれた料理人と食材のみが可能とするのだ。皿の上を過剰に飾り付けるのは名人の手による水墨画の余白を墨で塗りつぶしてしまうようなものだ。足すことばかりで引くことを知らなければ真に料理人とは言えない。

さらにオクゲに言わせれば飾り付けることばかり考えている者などは、他者に己の権勢を見せつけることばかり考えている成金の若い魔貴族たちと変わらない。料理人も魔貴族もある意味では似たようなもの。それは己の能力に自信がないと大声で喧伝しているに等しい。実力者は自分の力をあからさまに見せびらかしたりしない。のようなことをせずとも一流のもとには「本物」を知る同じ一流たちが集まってくるのだから。そう、この店がそうであるように…

口内に残る余韻を楽しみながら店主の方をちらりと見やれば、今日もまたいつものように妖艶な微笑が返ってくる。文字通り、言うまでもないという意味だろう。当然だ。このように豊かな香りと風味を持つ魔鮎は今が旬の四魔十川の魔鮎以外にありえない。最近では希少なものだがオクゲのためにわざわざ用意してくれたのだろう。以心伝心。言葉にせずとも伝わるならば言葉にする必要はない。それは野暮というものだ。オクゲはそう考えると二口目を口に運んだ。

ここは魔王領が誇るシックでオシャレなバー「黒触洞」。ワンランク上の魔族たちがワンランク上の文化を静かに楽しむ店である。